治療の選択、副作用との付き合い方、後遺症に関して率直に書かれた体験談を集めています。
体力がガクンと減りました。闘病前と同じようなペースでは生活できないので、少しずつ戻していく感じです。
がんについて全然知らなかったので、『がん=死ぬ』と思いました。頭が真っ白で、医師の説明も何も入ってこなかったです
後遺症で足が痺れてから、3年半たって何も変わりません。医師にも、これは残るかもしれませんねって言われてるので、もう一生ずっとかな。今は、命があればこれぐらいはいいのかなっていうふうに思っています。
抗がん剤の副作用で、食欲もまったくありませんでした。それでも「10クール終わったら」とか、「このクールが終わったら好きなものを食べよう」など遠い目標から近い目標まで立てて頑張りました。
最初の1年間はダンピングが月に1〜2回ありましたが、今では年に2〜3回程度です。食事も好きなものを食べられますし、制限もありません。人によりますが、私は幸運にも大きな支障はありません。
後遺症で、温度感覚が鈍くなっています。普通は熱く感じない程度でも熱く感じてしまうんです。例えば、家族は40度のお風呂に入っていても、私は38度や36度くらいでも十分なくらいです。
分子標的薬の副作用が本当に辛かったです。薬を飲んで20~30分すると嘔吐の症状が出てしまいました。自分の中で『トイレマップ』を作って、どの駅のトイレなら空いていてすぐ使えるかを把握していました。
抗がん剤による後遺症のひとつは耳鳴りです。これはずっと続いていて、例えるなら、夏に網戸越しにセミが大量に鳴いているような『ミーン』という音が24時間、常に聞こえている感覚です。
オキサリプラチンという抗がん剤のしびれが、足の指先に残っています。長時間立っているとしびれが強くなって、足の感覚がなくなったりするんです。
抗がん剤の副作用で「気分の落ち込み」がありました。仕事中は、人がいないところに行って作業して・・・30分くらいすると、自然に気持ちが戻ってくるんですよね。
放射線治療で皮膚がよわよわに。下着で締められて痛いので、下着屋さんで色々試しました。私が合ったのはグンゼのカップ付きの下着がすごい優しくて、綿でしゅっと馴染んでました。
手術後、声が聞き取りにくい状態が続いたため、うなずいたりジェスチャーや指さしも使って、工夫して生活していました。1ヶ月半くらい経った頃に「声が出る!」と感じて、その1週間後には普通の声に戻りました。
自家再建じゃないので、結構できないことたくさんあります。うつ伏せが駄目とか。手は随分挙がるようになったんですけど、挙げるまでに非常に時間がかかるのと、あまり荷物は持てないっていうのはありますね。
声帯がちょっと炎症を起こして震えなくなっちゃって、ガラガラの声になっちゃって。だいぶこれ大丈夫かなっていう、すごい不安な。
放射線治療の副作用で、粘膜がただれて喋ることができず、パソコンのタイピングで医療従事者の方とコミュニケーションをとっていました。しゃべる速度は遅くなっちゃうんですけど、柔軟に対応していただきました。
同じ抗がん剤治療をしてるからといって、副作用の出方って一人一人違うから、同じがん種で同じ抗がん剤やってる人の治療が全然参考にならないこととかも全然あって。
手術によって排尿障害が起こりました。自己導尿をしなければならないのですが、練習をボイコットしました(笑)<br />
人工肛門になるという抵抗感はありました。でもこのままだと直腸の狭窄で、食べることができないということを考えたり、ネットで実際に人工肛門になった人の話を見たりとかして、抵抗感はなくなっていきました。
分子標的薬の副作用が、同じ薬を飲んでる人の中でもかなり強く出ちゃったみたいで。体中の筋肉がけいれんしてしまって。おなかの筋肉とか全部がこむら返りを起こすような感覚。
このときの抗がん剤の副作用が一番きつくて、最初は、「関節痛いんですよね」みたいな感じで看護師さんに言ってたんですけど、だんだん本当に殴られてんじゃないのくらいに、骨という骨が痛くて。