がんと診断されたとき、家族との関係や役割の変化に悩む方は少なくありません。ここでは、家族に関する体験談を集めています。
ネットなどで得られるのはつらい情報が多いため、私は自分の体に集中し情報収集はしないと決めていました。妻、父、義理の父が役割分担し情報収集してくれて、まさに「チームで病と向き合う」体制がとれていました。
両親と治療法についてもめるっていうのは結構つらかったです。兄貴がおまえのやりたいようにやれということで言ってくれて、僕はすぐ抗がん剤治療にいけたので、すごく助かりました。
家族がお見舞いに来てくれてクリスマスのお祝いをしてくれたりして、すごい嬉しかったのをやっぱり覚えてるし、やっぱ家族、コロナに入ったら特にそうなんだけども、もう今の状況って家族しか頼れるものがないんです
入院してたとき、1日も欠かさず誰かが来てくれたことにめちゃくちゃ感謝してます。子どもが当時2歳とかだったんですけど、無邪気に笑っててくれてる姿を見て、ものすごくエネルギーをもらいました。
娘が高校3年生と小学校6年生の時に入院することになりました。シングルマザーだったので、妹と連絡をとりつつ、週1回とか2回とか決めてヘルパーさんに来てもらいました。
入院中もちょくちょく家族とテレビ電話しました。そのときめっちゃ痛かったんですけど、子どもの顔を見たり、奥さんの顔を見ると、テレビ電話してるときだけ痛いことを忘れるということがありました。
自分が朝早く起きられないと子どもも寝坊しちゃって、それで学校に遅刻することがよくあったんです。それが本当に申し訳ないことをしたと情けなかったですね。
どう説明しようか悩みましたが、娘が「学校で"2人に1人はがんになる時代"って習ったよ」と言ったんです。それで「ちゃんと知識として持ってるんだ」と安心して、「治療すれば治るから応援して」と伝えられました
時は中学生の息子がいたので「この子のお母さんは病気だから、かわいそうな子だ」と思われるのが嫌で、近所や周囲には一切言わず、徹底的に隠していました。
義理の姉は病理結果や治療に関することを全部調べて、『こういう意味だよ』『こういう治療があるらしいよ』と、難しい医療用語を分かりやすく説明してくれました。
兄が本当に動いてくれました。セカンドオピニオンを受けると決めたときから、ほとんどすべての病院に付き添ってくれていました。兄は仕事がとても忙しいのに、検査や診察のたびに休みを取ってくれました。
妻とは2人暮らしですが、普段通りに接してくれたのが一番ありがたかったです。泣き言も言わず、時にはブラックジョークまで言ってくれるので、気持ちが楽になりました。
僕ら2人は「子どもができなくても楽しくやっていこう」と思っていましたが、ご両親からすれば「孫の顔が見たい」という気持ちがあるじゃないですか。なのでご両親に挨拶に行くときは本当にガチガチに緊張しました。
母が告知の時「一緒に行く」と言ったんですけど、私は親の前で動揺したり弱いところを見せられなくて。「絶対に1人で行く」と言って、振り払って、1人で病院に行って、1人で告知を受けました。
妻は「お金のことは自分が何とかするから気にしなくていいし、休むときは休んでいい」と言ってくれて。私は無理のない範囲で仕事を続けたいと伝えたら「それもサポートする」と言ってくれました。
病気を経験して、家族こそ本当に支えであり、ある意味「第二の患者」でもあると痛感しました。家族の存在を意識しながら治療に取り組むことで、サポートもより強いものになると信じています。
その時ちょうど主人にもがんの疑いが出ていたのですが、主人は取り乱すこともなく「じゃあ次はどうしよう」と前向きに受け止めていたんです。その姿勢に私自身が励まされて、気持ちを切り替えることができました。
仕事を休んだり早退が増えて、残業も減り収入が落ちてしまったんです。そんな時妻が「その分は私がパートの時間を増やすから、あなたは無理しないで子どもたちを見て」と言ってくれて、気持ちが楽になりました。
子どもを小さいまま置いてきてしまったことへの申し訳なさもありました。そんな時、テレビ電話で家族、とくに子どもの姿を映してもらうと、それだけで「よし、頑張ろう」って思えるんですよね。
入院中は筆談でコミュニケーションを取り、家では妻が毎回ミキサー食を作ってくれました。思うように伝わらずイライラすることもありましたが、今振り返ると本当に感謝しかありません。
つらいときは、ささいなことで当たってしまうこともあります。でも、そのわがままを受け止めてくれる人がいると、「そうよね」と共感してもらえるだけで、気持ちが落ち着くんです。