がんと診断されたとき、家族との関係や役割の変化に悩む方は少なくありません。ここでは、家族に関する体験談を集めています。
全身麻酔が解けるときにすごく全身がしびれたんですが、母は一晩中さすってくれたりして、サポートしてくれました。
どう説明しようか悩みましたが、娘が「学校で"2人に1人はがんになる時代"って習ったよ」と言ったんです。それで「ちゃんと知識として持ってるんだ」と安心して、「治療すれば治るから応援して」と伝えられました
時は中学生の息子がいたので「この子のお母さんは病気だから、かわいそうな子だ」と思われるのが嫌で、近所や周囲には一切言わず、徹底的に隠していました。
義理の姉は病理結果や治療に関することを全部調べて、『こういう意味だよ』『こういう治療があるらしいよ』と、難しい医療用語を分かりやすく説明してくれました。
兄が本当に動いてくれました。セカンドオピニオンを受けると決めたときから、ほとんどすべての病院に付き添ってくれていました。兄は仕事がとても忙しいのに、検査や診察のたびに休みを取ってくれました。
妻とは2人暮らしですが、普段通りに接してくれたのが一番ありがたかったです。泣き言も言わず、時にはブラックジョークまで言ってくれるので、気持ちが楽になりました。
僕ら2人は「子どもができなくても楽しくやっていこう」と思っていましたが、ご両親からすれば「孫の顔が見たい」という気持ちがあるじゃないですか。なのでご両親に挨拶に行くときは本当にガチガチに緊張しました。
母が告知の時「一緒に行く」と言ったんですけど、私は親の前で動揺したり弱いところを見せられなくて。「絶対に1人で行く」と言って、振り払って、1人で病院に行って、1人で告知を受けました。
妻は「お金のことは自分が何とかするから気にしなくていいし、休むときは休んでいい」と言ってくれて。私は無理のない範囲で仕事を続けたいと伝えたら「それもサポートする」と言ってくれました。
病気を経験して、家族こそ本当に支えであり、ある意味「第二の患者」でもあると痛感しました。家族の存在を意識しながら治療に取り組むことで、サポートもより強いものになると信じています。
その時ちょうど主人にもがんの疑いが出ていたのですが、主人は取り乱すこともなく「じゃあ次はどうしよう」と前向きに受け止めていたんです。その姿勢に私自身が励まされて、気持ちを切り替えることができました。
仕事を休んだり早退が増えて、残業も減り収入が落ちてしまったんです。そんな時妻が「その分は私がパートの時間を増やすから、あなたは無理しないで子どもたちを見て」と言ってくれて、気持ちが楽になりました。
子どもを小さいまま置いてきてしまったことへの申し訳なさもありました。そんな時、テレビ電話で家族、とくに子どもの姿を映してもらうと、それだけで「よし、頑張ろう」って思えるんですよね。
入院中は筆談でコミュニケーションを取り、家では妻が毎回ミキサー食を作ってくれました。思うように伝わらずイライラすることもありましたが、今振り返ると本当に感謝しかありません。
つらいときは、ささいなことで当たってしまうこともあります。でも、そのわがままを受け止めてくれる人がいると、「そうよね」と共感してもらえるだけで、気持ちが落ち着くんです。
ありがたかったのは「1人にしないようにしていた」と後から言われたことです。これは本当に感謝しています。
1度目の入院の時は、母は自分の付き添いでずっと病院にいました。3歳の姉は祖父母の家に1年間預けられることになり、そのときは姉も相当つらい思いをしたそうです。大きな負担をかけてしまったと思います。
ネットなどで得られるのはつらい情報が多いため、私は自分の体に集中し情報収集はしないと決めていました。妻、父、義理の父が役割分担し情報収集してくれて、まさに「チームで病と向き合う」体制がとれていました。
親も妹も、忙しい中でも普通に接してくれました。後から聞いたのですが、母は私の高校時代のアルバムを見て泣いていたそうです。それでも私の前では平静を装ってくれていたことが、今ではありがたく感じます。
父との関係は特別で、入院中は父が病院に来てくれるたびに、病気のことだけでなく、世間で起きていることなども含めて、本当にいろんな話をしました。
親に伝えるときは本当に辛かったです。当時は東京に住んでいたので、電話で伝えたんですけど、きっと親は電話口で泣いていたと思います。それが何より辛かったですね。