がんと診断されたとき、家族との関係や役割の変化に悩む方は少なくありません。ここでは、家族に関する体験談を集めています。
妻とは2人暮らしですが、普段通りに接してくれたのが一番ありがたかったです。泣き言も言わず、時にはブラックジョークまで言ってくれるので、気持ちが楽になりました。
子どもって何も知らないじゃないですか、小さい1、2歳の子どもは何も知らないんで、忖度のない笑顔がわりと大きかったかな。(略)そういうのも含めて子どもに救われたかなっていう思いはあります
父と母にはお世話になりました、40歳にもなるのに。それよりも父と母が嫌だったことが、子どもの方が…私の方が先に、という可能性がかなり上がってしまったこと。そこは本当に申し訳なかったなと思ってます。
自分ががんであるっていうことは面と向かってはやっぱり言えなかったんですよね。どう伝えたらいいか?っていうのはもう何年も悩み通し…悩んできていました。
バレて私もお葬式(みたいな雰囲気)になるかと思ったんですけど、意外と私と同じで普通でした。そんなことなら最初から言ってもよかったかもな〜とかって思ったりも。すごい普通でした。
母親がよかれと思ってやってくれる、学校行きなさいとか、あと病院に食べ物買ってくるとか…そういうのがすごく嫌で、そっとしといてくれ!って思ってたんですよ。でも強く当たられても毎日来てくれて。
妻は病気にいい食事とかそういった体に取り入れるものを調べてくれてたみたいで。あと食事ですね、肝臓にいい食事とかそういうのを本とかネットで調べてそれを作ってくれて、すごいありがたかったし感謝しています
1日しか外泊できないから片付けることもできないし。そこまで体力もないから何もしてあげられなくて、もう…葛藤しかなかったですね。でも本当になんか…ね、(ネット通販で)買って子供に送るしかなかった。
病気だからどうしなさいとかどうこうっていうのもなく、もうそのまん〜ま普通に接してくれてます。
姉は、いつも通りの振る舞いをしてくれましたね、もう。何かもう…気の利いたことを言うわけでもなく、いつも通りに接してくれたのが結構よかったな〜と思います。
急にアクセル踏んじゃって終活を始めたり、遺影撮ってくるわとかって言っても、はいはいとかって言って揺らがないでいてくれる。「そんなこと言わないで」とか「そんなことしないでみたいなことを言わないっていう。
だからすごくこの普通に接してくれるっていうことが、どんなに力になることなのかっていうのを今自分が当事者となって家族から学んでるってことですね。
子どものことも家のことも、紙に「月曜日は何をする・火曜日は何をする、金曜日は何する、こういうことをする」っていう感じで夫に伝えて。あと保育園の先生にも状況をお伝えしました。
当時子供が小学5年生でした。膠芽腫(こうがしゅ)っていう病気だけに、これはちょっと正直に包み隠さず全てを話すしかないかなって。後でこうなんか…言ってくれなかった!とかっていうことがないように。
最初の頃はおそらく1年ちょっとぐらいでは多分旅立つだろうなというのが自分の中にも正直あって。今後どう自分が旅立った後にも困らないために整理しておくべきこととかピックアップしたりしました。
遺伝っていうところをもし伝えたときに、相当悩むというかショックを受けるだろうなと思っていて。全然両親の責任ではないんですけれど、そういうのを考えて両親には遺伝性のことも乳がんのことも伝えていません。
みんな私の前ではすごい普通を装ってましたね。なっちゃったんだからしょうがないじゃん、治療に専念しなっていう感じ、主人もそういう感じ。
家族が毎日来てくれて、カップ麺買ってきてくれたりマクドナルド買ってきてくれたり、あと手巻き寿司、なんかよく分かんないけど手巻き寿司は食べれて、食べたり。
開示の仕方とか家族への伝え方とかは、いったん深呼吸してからやったほうがいいんじゃないかなと思います。これ大事にしたくないから家族内での話にしといてよとか、そういうひと言はあってもいいかもしれないですね
夫は、とにかくがんのことを忘れられる時間を作ってあげたいから、今は、何でも好きなことしてていいよっていうっていう感じです。
夫は仕事を辞めて、フルタイムで介護してくれました。最初の入院の時も毎日面会に来てくれてすごく感謝してます。