がんと診断されたとき、家族との関係や役割の変化に悩む方は少なくありません。ここでは、家族に関する体験談を集めています。
ネットなどで得られるのはつらい情報が多いため、私は自分の体に集中し情報収集はしないと決めていました。妻、父、義理の父が役割分担し情報収集してくれて、まさに「チームで病と向き合う」体制がとれていました。
当時妻は、「がん=死」という感覚があったので、話し合いの時に「がん」という2文字が出るたびに涙ぐんでいました。
娘は何かおかしいと感じていたようで、伝えた時は「やっと言ってくれた」みたいな顔で受け止めてくれました。
うちはがん家系なので、親は落ち着いていました。一番動揺したのは夫でしたね。
娘はちょっと泣いた後に「じゃあ私、何すればいい」って。その切り替えはすごい強いなと思いましたね。
息子が「パパから聞いた、これからママをサポートしていくから、大丈夫だからね」って、抱きしめてくれました。
当時私は、「犯罪犯したわけでもないし別に隠すことじゃない」って思ってましたが、母は違っていました。隠した方がいいと。
妻もがんの研究に携わっていたこともあって、結構真剣に調べてくれて、セカンドオピニオンを勧められました。
最初の抗がん剤治療の時は、5日間の治療中ずっと家族がそばにいてくれました。母親は入院中ずっと毎日病院に来てくれました。
旦那さんと一緒に病院に行って告知を受けました。一番泣いてたのが旦那さんだったかもしれないです。
妻が告知のタイミングを先生にお願いしてくれていたようです。私のメンタルを気遣ってくれてのことです。サポートに感謝しています。
子どもが当時3歳と5歳でシングルマザーなので、お風呂とかも一緒に入るんです。乳がんって分かったので、「実はここ病気で、ママは手術して取っちゃうけど、すごいかわいいおっぱいに変えてくるから」っていう言い
母は毎日お見舞いに来てくれました。朝から面会ぎりぎりまでずっと。
妻は、主だった治療の節目にも立ち会ってくれました。
病院の近くに部屋を借りてくれたりして、私の受験のサポートもしてくれました。
入院中、かなり病むことがありましたが、とてもフォローしてくれました。前向きに気持ちを強く持って接してくれていましたね。
自分では泣いて言えないので、おばから母に伝えてもらいました。
「若いのに、がんになる体に産んでしまってごめんなさい」って言われて。母親にそう思わせてしまったのは結構しんどかったです。
全身麻酔が解けるときにすごく全身がしびれたんですが、母は一晩中さすってくれたりして、サポートしてくれました。
母親に「がんらしい。どういう手術になるかを待っている状況だ。」と話すと意外と淡々と受け止めてくれました。
がんって分かったときはすぐに来てくれました。母親のほうに限っては、がんセンターまで来てくれました。