治療の選択、副作用との付き合い方、後遺症に関して率直に書かれた体験談を集めています。
分子標的薬の副作用が、同じ薬を飲んでる人の中でもかなり強く出ちゃったみたいで。体中の筋肉がけいれんしてしまって。おなかの筋肉とか全部がこむら返りを起こすような感覚。
3ヶ月後の仕事の依頼をもらっても、「そのとき、自分は再発してるかもしれない」と思うと、引き受ける返事をするのがすごく怖かった。迷惑をかけるかもしれない、という不安が常につきまとっていました。
特につらかったのは食事です。何を食べても気持ち悪くなるので。でもカップラーメンも食べられたんです。先生に相談したら『食べられるものを食べたほうがいい』と言ってもらえたので、安心して食べていました
口内炎によかったのがコーンフレーク。普通に食べると固くて痛いんですが、冷たい牛乳に浸すとすぐに柔らかくなって。そこにバナナを輪切りにして入れて食べると、冷たくて気持ちいいし柔らかいから食べられるんです
「これはこういう味だろう」と期待して食べても、その期待に応えてくれないんです。濃くしても同じ。ご飯自体が楽しくないです。
診断を受けたときは衝撃でした。ただ、経験者の方々の話を聞いていたおかげで、状況を理解して比較的落ち着いて受け止められたと思います。
ダンピング症候群に対して「食事中は水分を取らず、食後に飲むと楽になる」と知り、実践しました。今は一口ごとに50回噛んで、胃の貯蔵機能を口で補っています。その後に水やお茶を飲むようにしています。
急ぐとやはりダメで、以前パンを急いで食べたら電車内でダンピング症候群を起こして動けなくなったこともあります。今は朝は野菜ジュースとバナナ、と決めてルーティンを守るようにしています。
「やらなかったことを後悔したくない」という気持ちと、「もし体に残っているがん細胞があるならしっかり治療したい」という思いから、抗がん剤治療を受けることを決めました。
人工膝関節に感染が起きてしまい、再手術が必要になりました。しかも「これまでのリハビリは振り出しに戻る」と聞かされて、かなりショックでした。
移植では粘膜が弱って感染しやすくなるので、柔らかいトイレットペーパーやお尻拭き、歯ブラシも3本用意して無菌室でローテーションして使いました。
入院していたとき、味が分からなくなる時期があったんですが、食べられるようになったときに「こんなに美味しかったんだ」って気付いたんです。
がんについて全然知らなかったので、『がん=死ぬ』と思いました。頭が真っ白で、医師の説明も何も入ってこなかったです
後遺症で足が痺れてから、3年半たって何も変わりません。医師にも、これは残るかもしれませんねって言われてるので、もう一生ずっとかな。今は、命があればこれぐらいはいいのかなっていうふうに思っています。
抗がん剤の副作用で、食欲もまったくありませんでした。それでも「10クール終わったら」とか、「このクールが終わったら好きなものを食べよう」など遠い目標から近い目標まで立てて頑張りました。
最初の1年間はダンピングが月に1〜2回ありましたが、今では年に2〜3回程度です。食事も好きなものを食べられますし、制限もありません。人によりますが、私は幸運にも大きな支障はありません。
後遺症で、温度感覚が鈍くなっています。普通は熱く感じない程度でも熱く感じてしまうんです。例えば、家族は40度のお風呂に入っていても、私は38度や36度くらいでも十分なくらいです。
分子標的薬の副作用が本当に辛かったです。薬を飲んで20~30分すると嘔吐の症状が出てしまいました。自分の中で『トイレマップ』を作って、どの駅のトイレなら空いていてすぐ使えるかを把握していました。
抗がん剤による後遺症のひとつは耳鳴りです。これはずっと続いていて、例えるなら、夏に網戸越しにセミが大量に鳴いているような『ミーン』という音が24時間、常に聞こえている感覚です。
オキサリプラチンという抗がん剤のしびれが、足の指先に残っています。長時間立っているとしびれが強くなって、足の感覚がなくなったりするんです。
抗がん剤の副作用で「気分の落ち込み」がありました。仕事中は、人がいないところに行って作業して・・・30分くらいすると、自然に気持ちが戻ってくるんですよね。