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インタビュアー:岸田 / ゲスト:鈴木

神奈川育ち、49歳。舌がんを2度経験した鈴木さんの自己紹介

岸田 それではがんノートをスタートしていきたいと思います。今日のゲストは鈴木さんです。よろしくお願いします。

鈴木 よろしくお願いします。

岸田 鈴木さん、今日はタートルネックなんですね!?

鈴木 もう一年中この状態で。これは今日長袖なんですけど、半袖のもちょっと探して。まぁ何でかってちょっと見づらいですけど、この傷口隠しっていうのと紫外線の防止っていうのが。

岸田 そういうこともあって、っていうことですね。

鈴木 そうです。

岸田 紫外線だったりとかそういったところ。半袖のタートルネックなんてあるんですね!?

鈴木 モックネックっていうシャツがあって。今だとRight-onさんにしかなくて、ほとんどないんで同じものを買い占めて、家に白とかでも4枚とか5枚とか。で、もっと真冬になったらもっとちゃんとした温かいのあるんですよ。だからこの時期はちょっと暑いんですよね、半袖にもできないしっていう状態です。

岸田 Right-onさんの良い顧客になっているということですね(笑)ありがとうございます。鈴木さん、簡単に自己紹介お願いできますでしょうか?

鈴木 私、神奈川県出身の49歳の普通の会社員でございます。実際は44歳と47歳の時にですね、舌がん、2回目がそのまま再発というような、今に至るというような形で今も普通の仕事をしている単なるサラリーマンでございます。

岸田 ありがとうございます。趣味が旅行や料理、食べ歩きとありまして、旅行はどちらに?どこがオススメとかありますか?

鈴木 旅行はちょっと自分の親戚がいるということで九州を結構ちょっと、それも療養中に結構回ってきまして、これでまあ九州おすすめだなと。ご飯も美味しいですし、あとはあの水も、水もっていうより山も海もあっていいとこだな。

岸田 九州どこの方がおすすめですか?

鈴木 全体的にいいんですよ、やっぱ上の福岡。

岸田 おぉ、福岡。

鈴木 はい。だから、初めてちょっと療養中でしたけど博多どんたくも見ましたし。

岸田 いいですね。

鈴木 ちょっと具合が悪すぎてあまり食べれなかったんですけど、色々あって。関東圏でずっと住んでいたのでいいなと思いました。

「ただの喉の痛み」が人生を変えた――44歳から49歳、鈴木さんの5年間

岸田 ありがとうございます。そんな中でなんですけれども、鈴木さんの早速どのような経過をたどってきたのかといったところをこの感情の浮き沈みのグラフを通じてお話をできたらと思っております。吹き出しの色はこのような形となっております。

岸田 ではですね、早速なんですけれども、まずどのような形になっていったかというと、まずこちら、鈴木さんのまずは働きざかりの2児の父ということで、長女さんと長男さんがいらっしゃるんですよね?

鈴木 はい。

岸田 治療中は何歳?

鈴木 お姉ちゃんが9歳ですね。9歳と5歳。

岸田 9歳と5歳。子どもたちと家族で生活していたところで、そこからちょっと下がっていきますが、それがこちら。首の喉元が痛いけど…ということがあります。こちらちょっと どういう状況かお話してもらってもいいですか?

鈴木 割とちょっと忙しい時期でですね、やってる仕事もメインに動いてることが、外仕事をその頃はやってまして。で、割と風邪をひきやすかったっていうのはあるんですけど、まあ薬で市販薬でなんとかやってたんですけど、この右の喉元っていうんですかね、本当に根元の口と喉の境目みたいなものあまりにも痛いので、町医者の内科ではなく耳鼻科の方に行ったんですね。

鈴木 耳鼻科の方に初めて行ったら大変だ!ということでそのまま大きい病院に紹介されて、紹介状を持ってその日に行ったというような経緯があって。耳鼻科から大きい病院へ細胞検査、皆さんやられたこともあると思うんですけれども、それをやってみて結果的にはがんではなかった。

鈴木 ちょっとほっとした部分はあったんですけれども、それでも、がんではないけど正常な細胞でもありませんよということで、病的に言うと前がん病変、がんのなる手前っていうような状態ですと。そうすると口の中の粘膜というのは進行が早いそうで、最初は2週間に1回 見せに来てください。それがどんどん日数とともに、1ヶ月に1回はずっと行ってるっていうのがちょっとしばらく続きました。

岸田 ということですね、ありがとうございます。首の喉元の痛みっていうのは結構どういう系なんですか?ズキズキなのかチクチクなのか…。

鈴木 風邪で思いっきり声が出ないような、激痛というかしみる。しみるという言い方が正しいでしょうかね。何も飲んでないのにそんな状態で。

岸田 近所の耳鼻科に行って、そこから緊急で総合病院に紹介されて行き、そこで色々検査して前がん病変だったというところで、その時はほっと一息みたいな?

鈴木 そうですね。その時はね、実際がん保険の調査書を書いて、結果の時はですね。病変を取ってもらって1週間くらい時間がかかるので、取った時は当日なんですけど、その後はもう覚悟を決めて聞きに行ったっていう。それもがん保険の、その場でどうすればいいのかというのを聞くために。でも結果的にはつかなかった。

岸田 そうか。せっかくがん保険の、まあいいことなんですけどね、がんじゃないということでね。この時は…いいことなんですけどね…。ちなみにこの白(の吹き出し)はね、どちらでもないなんですけど、喉が痛い時(吹き出し)は赤色のポジティブなんですけど、それは何か理由はあるんですか?

鈴木 喉元が痛いのは、結局仕事もできたし、あとはがんではなかったっていうのが続いたのと、あと仕事はやっぱり忙しくてもう仕事の合間に検査に行ってたような、全然休めなかったんであんまり生活としたら変化がなかったっていう感じでしょうか。ちょっと本当に忙しい時期で。

岸田 この時忙しかったことですね、ありがとうございます。

薬もなく、治療もなく、ただ見守るだけ。「前がん病変」と告げられた日から1年半

岸田 そこで前がん病変と診断されていき、ただここから下がったり上がったりするような時期がきますが、それは一つ目は様子見。様子見になっていったんですね。

鈴木 そうですね。せっかく、がんではないけど正常じゃないので治療もないんですよ。薬もないと言われ、何もないと。自然の力を任せながら 規則正しい生活をして、がんになってないよねっていう確認のために通院みたいな。それがちょっとさっき言った2週間に1回であって、3週間に1回、だんだん伸びていくんですが1ヶ月に1回は必ず(通院)。あとは何ヶ月に1回かは多分細胞を取っているんだと思います。

岸田 ずっとそれでみていくといったところを続けられていって。そしてその後ちょっと上がりますが、プラマイゼロといったところは口内炎のようなものができるという感じですね。これは一般的な口内炎?

鈴木 そうですね。一般的なベロにできた口内炎。喉の方があんまり気にならなくなってきたら、今度ベロの方を口内炎に最近よくなるなと。そうすると、またチョコラBBとか口内炎薬で治ってたんですよ最初、これはいいと。で、それでも最近よくなるなと、疲れてるんだなってちょっと思ってたんですけど、そのうちあんまりにも治りが悪くなったので、あれ?というので。そうするとやっぱり同じ前がん病変が広がったという形だったらしいですね。

岸田 そうなんだ。

鈴木 簡単に言うと。

岸田 そういったものが広がっていってといったところでそこからちょっと下がっていきますが、大学病院の口腔外科も、と書かれていますけれども、ここから大学病院の口腔外科に移ったということですか?

鈴木 いや、これはメインでかかっていた総合病院の方の先生と口腔外科の先生、舌がんってどっかのタイミングでですね、耳鼻咽喉科と昔は口腔外科が多かったみたいなんですけど。

鈴木 で、それが今は耳鼻咽喉科がメインなんだよっていうことだったんですが、ちょっとたまたま知り合いの先生で、毎月行ってても私の状況があまりにも変わらないので、良くも悪くもならない。じゃあこれはもう一人の病院で診てもらおうと、たまたま総合病院の先生が紹介書を書いてくださいまして、交互に、まぁ極端ですけど同じ月に行く必要はないので交互に行くようになった、だから2人の先生に別の病院で診てもらっていた。

岸田 その別の病院で、じゃあ大学病院と総合病院でそれぞれの先生はそれぞれのことが分かっているというか連携取れているという?

鈴木 取れています。

岸田 おぉ、すごいですね。なんかセカンドオピニオンの進化版みたいな感じですね。

鈴木 ありがたいですよね。

岸田 2人の先生が同時に診てくださるという。それをずっとしていってという感じなんですね。

鈴木 ついでに言うと、その口腔外科だとやっぱりちょっと効かないとは思うけどと言われたようなうがい薬のような飲み薬みたいなのがあって、やっぱり科が違うと与え方がちょっと違うんですかね。こっちは薬が多分効かないんだけどなってやっぱり効かなかったんですけど、そういうのも試してそういう形で。

岸田 これはもう総合病院の先生がこの大学病院のここに行ってくださいみたいな感じで提案してくださる感じですよね?

鈴木 その時は私の住まいのそこのそばで、そこの先生にならっていう。

痛みが消えた日、がんだとわかった――「ホッとした」告知と、初めての手術

岸田 ありがとうございます。そこからちょっとまた上がっていきますが、このままみていったんですが、がん告知になっていくということなんですね。どういうきっかけで…前がん病変が変わったとかですか?

鈴木 そうですね。前がん病変の この期間がもう長くて実際は1年半近かったですかね、なったんで、もう私も結構毎月病院に行ってるっていうのが、その短時間なんですけど結構疲れてきてまして、ちょっとテンションとしては落ちたんですけれども。

鈴木 で、口の中にできたさっき言った口内炎、あれが だんだん痛くなくなってきたんで。

岸田 はいはい。

鈴木 それがお正月ぐらいだったような気がするんですけど、あ、これは良くなってきたんじゃないか、最初思ったんですが、実際はちょっとそれを診せに行ったら大変だということで。で、やっぱり細胞を取って、もう取る前から先生はわかってたようで、やっぱりそうだねって言って、はい がんですって。

岸田 がんと告知された時の心境はどうでした?

鈴木 実際はもう本当に長かったので、病名が出て良かったって言ったら変ですけど、手術しなきゃねっていうふうに言われたんで、あ、これで何か先が見えたというか、一番最初はもうなってるだろうと思ったのがなんなくて1年半くらい来たんで、ちょっとホッとした感はありましたかね。

岸田 うーんそうか ちょっとホッとしたっていうのもね。確かに何か分からないっていうのはね、ようやく病名ついてって言ったところはね、ホッとしたっていう患者さん確かにいらっしゃいますからね。

鈴木 治療が何もなかったんで、みるだけなんですよ。前がん病変で薬もなければ何もない だから本当は最初がんになる前に取っちゃうのはどうだという提案を先生に相談もしたことがあったんですけど、リスクが大きすぎると。要は極端に言うと、今のこの状態にするのがなってないのにっていうのが先生の判断。

岸田 なってないので、ここまでするのはちょっとどうなんだっていうことですね。生活の質ね、QOLも関わってきますからね。

岸田 で、それでがん告知を受けていってそこから治療に入っていくんですかね、こちら手術といったところに下がっていくということで。部分摘出とか色々書いてくださってるんですが、この時に先生たちが説明してくださった資料があるのでちょっとここを見ていきたいと思います。こちら、ドン。これがちょっと下のこれあれ。

鈴木 のどちんこですね(笑)

岸田 そう、のどちんこってあれ医学的に何て言うんやろう…(※口蓋垂:こうがいすい) あのあれですね、このやつと、でそれ下の奥で右に。この右側にこれがあるのが、ここにあるのが。

鈴木 がんです。

岸田 がんですってこれね。

鈴木 これは部分切除しますっていう、手術前説明という形の先生のちょっとイラスト。

岸田 はぁ。ここにがんがあったっていうことですね。これはあれですか、最初口内ぽかったやつ?

鈴木 そうですそうです。それがもうでもだんだん大きくなっているのはもちろん自分でわかってますし、それも激痛で痛い時も寝てる時に大きな痛みがあります。

岸田 さっき手術で部分摘出でしたっけ?何か書いてくださってたような…部分切除か、リンパ節郭清って書いてましたけど、部分切除ってことはこここの赤いところを切る。

鈴木 赤いところを切りますっていう説明ですね。

岸田 こういう形で切りますよっていう説明だったんですね。それね、切っていただくいただくっていうか切っていくその際の、実はですね、今回 特別に鈴木さんに患部の写真、当時の患部の写真をちょっと撮影したのをちょっといただきましたので、ちょっと苦手な方はね、ちょっと目を伏せておいてほしいと思いますが、ちょっとスキップしてほしいんですけれども、その時の手術の前の患部の写真出ますので。

岸田 こちらになります、ドン。ほー!!なかなか、これ右のこれ舌ですよね?

鈴木 そうですね。

岸田 これが…。

鈴木 そうです。

岸田 腫瘍部。

鈴木 それが腫瘍部です。

岸田 真っ赤っかですね。

鈴木 この時はあんまり痛くないです。

岸田 痛くない?

鈴木 痛くない。もうしみない、あんまり。この前のなる前がすごいしみてて。実際に完全にすごい腫れちゃってるんで、これは歯で噛んじゃうんですよ、当たっちゃうっていうか。だから本当に痛かったんですけど、その時はもうあんまり。

岸田 へぇ〜。

鈴木 あんまり。だから自分は良くなったと思い込んだんですね。

岸田 なんで痛くないんですかね?

鈴木 いや、私も分かんないですけども、でも先生からみるともうこれはがんで。多分ちょっと私の勝手な思いですけど、もう細胞自体が多分侵食しすぎてその神経もやられちゃってるんでしょうね…多分。

岸田 そういうことね。そっか神経も、ちょっともうこうバグっちゃってるというか。

鈴木 そうですね、多分。

岸田 だから痛みはもうというふうなところなんですね。

岸田 うわぁ、なんかちょっとね、そういう、ありがとうございます。こう切っていったというふうなのが、こう手術になってますけれども、これ結構ね、鈴木さんの中では結構低いあたりに、この直近っていうかこの中では低いところになってるかなと思うんですけれども、それの意味はなんか、手術がきつかったということですか?

鈴木 これは一番最初の手術だったので、今思えばまあそうでもなかったんですが、本当にガンと今までの中では一番落ちているのはものすごい痛かったんですよ。
で、切ったことよりですね、切った患部のせいでちょっとここが腫れるものですから、部分切除なのであの血管切開とかですね大したことをしていないんですね。
そうすると口の中が、私もあんまり経験ないですけど殴られた状態で、もう首をちょっとかくって絞められてるような息苦しくて息苦しくて、これが異常に痛くてですね。
あのね、痛み止めもなんていうんでしょうか、ロキソニンみたいのが多くて。これも点滴でも打つんですけど、で、ロキソニンみたいのが多くてご飯も食べれなくてっていうような感じで、まあ初めての、人生初めての手術だったんでそれが痛くて苦しくてという形で。今思えば全然、比じゃなかったんですけど2回目の方が。

岸田 当時の自分としては大変だったというところで。ただそこからちょっと上がっていきます。それが何かというと、食事で痛くないことが嬉しい。これはもう食事は食べていける?

鈴木 そうですよ。これはもう実際退院もして、退院する頃には結構喋るのもこんな状態ではなくご飯も普通に食べれる。

鈴木 ベロの舌先、先っちょは私取ってないのでそれだけ結構回復が早く。で、その後に何年ぶりですかっていうようなもう食事で痛くないっていう思いをしたのが、ものすごい嬉しいというより当たり前なんですけど、あっ、こんなに食事が楽しいみたいな、それでちょっとテンションがあがりましたね。

経過観察中に見つかった再発、そして想定外の場所へ――腓骨移植・腹部皮弁移植・3度の全身麻酔

岸田 そうですね、ありがとうございます。そこからちょっとだけ下がっていきますが、それがこちら。手術痕から唾液のようなものが。おおこれは新しいワードですけど、唾液のようなものが…どういう状態ですか?

鈴木 今はもう見えないんですけど、これも結局皆さんわかってると思うんですけど、手術からがんの寛解までは5年間という中で、私の場合はその転移を他にリンパも取ったんですが、転移をしてなかったのでとりあえず経過観察ということで月に一度診せに、2ヶ月に1回CTを撮るということを丸1年繰り返し。

鈴木 2年目は今度は2ヶ月に1回になって、3ヶ月に1回CTを撮って、ずいぶん被曝しているなと思っていたんですけど、その中でのそれの経験観察の途中で約2年半近く経ったぐらいの時に首の手術痕のところに傷ができたんですね。

鈴木 で、その傷からなんか膿ではないな なんだろうなっていうようなのがちょっと出てきたので、自分でちょっと多分ひっかいたんだなと思って主治医の先生と会ってなんかひっかいたねっていう感じで最初は言われてて絆創膏して、抗生物質塗って、で、それが全く治んないんですよ。

岸田 なんか穴のようなものから、膿みたいなものが出てくる。

鈴木 そう膿と、あとはさらっとしたんで唾液じゃないかな…って、自分で思ってて。先生に言って、ここから唾液が出ることはないと。そこまで手術をしてないので。いやっていう話で、ちょっとまた謎なことが起きてました。

岸田 ということですね。その謎なものが起きてて、その後こちら抗生剤で言っていただいたように1週間様子を見たということですね。そこから再発…。

鈴木 そこから実際は、もうちょっと長いから1週間様子を見ても治らないので、傷口をまた入院して手術しました、まさにそれはがんじゃないと。要はがんの、がんかなということで細胞検診はしてるんですけど、違うところ取ってたのでエコーで見ても何も出なかった。

鈴木 だからここの部分だけを取ろうっていう、ちょっと様子見で口の中の方取ろうねって言って取ったら出たんですね。ここの傷とはちょっと因果関係がよく分からないんですけど。

岸田 さっきの唾液のような のが出たところとは分からないけど、口の中取ってみたら。

鈴木 いた、がんがいた。

岸田 部位的には?

鈴木 喉元の方です。一番最初の痛かったよって言ってたところ。

岸田 右の喉が痛いって、最初書いてたやつですよね、ペイシェント・ジャーニーのグラフで一番初めの方ですね。首の喉元が痛いけど。

鈴木 そこは実際1回目の手術の時に部分切除と、表面の切除をしてもらったんですよ。

鈴木 ですので、そこからはよく血が出ることがあったんです、その手術後に。でもそこを動かさないと余計に固まっちゃうからって言われてて、結果的にはやっぱりそこがなってしまったっていうのが再発の元ですね。

岸田 なるほど再発していって、ちょっとね、また後でも再発のことは詳しく聞きたいと思いますけれども、その再発していった後にどんと下がっていきますが、それがこちら。手術?めっちゃ書かれてるけど、もうちょっと見るのを諦めますけれども、手術いろんなところを切っていったんですかね?

鈴木 そうですね。

岸田 はぁ…。

鈴木 今回は再発ということで言われるがままなんですけれども、今のこの状態に至るまでの形になってね、もう1回目の手術はもう本当に可愛いような。

岸田 もっと大掛かりになってくるんですね。

鈴木 そうですね。再発したところの場所が結局喉元の部分なんで下の顎の方の骨にまで、ちゃんと調べたらいってまして。さらに再発ということで、リンパ郭清を1回しているものですからもう1回しなきゃいけないから、簡単に言うと大目に取られているんですよ。

鈴木 要はもう絶対に広がるという前提なので。でもそれでもギリギリのところを取ったので、下顎から上の歯も2本分から骨を取られ根元を取られ、結局骨がなくなるのでよく言う骨の腓骨移植というのを私は左の足側からやられて、表面の部分はちょっと患部の部分が大きすぎてここの足の皮弁といって血管付きのあれ足りないものですから、ちょっとお腹のここからも皮膚をいただいて。

鈴木 全部ここに集約、今いろんな皮膚が、口の中と外側といるっていうような状態です。

岸田 皮膚が足りないとかあるんですね。

鈴木 多分面積的に取った分が大きすぎて。

岸田 大きすぎて。

鈴木 多分私の予想より、これはね、お腹の皮なの。

岸田 ちょっと見せてもらってもいいですか?ありがとうございます。

鈴木 お腹の皮ですね。

岸田 それがお腹の皮ですね。確かにちょっと色が変わってますもんね。

鈴木 あの、感触もお腹っぽいんで(笑)で、他は全部この辺の周りのという形ですね。

岸田 そっか。いや、こんなに治療してたらもう首元違和感だらけじゃないですか?

鈴木 そうですね、違和感しかないんです。

岸田 この時の手術の後の写真もいただいていますので、こちらをご覧ください。すごいですね。

鈴木 これは私が写っている方は、手術の4日目くらいで見苦しい状態なんですけど、かなり顔が腫れているのがわかると思うんですけど、やられた方ならわかる、気管切開をしてまして声が全く出せない状態。口は喋れなくて、患部を噛まないようにして。

岸田 噛まないように?

鈴木 そうなんです。綿を入れて綿をかじりついている。鼻からはご飯用のチューブですね、泥みたいなご飯を入れるため用のチューブで、あとはこんな状態だと体に、今まだドレーンバッグっていって手術後のどのくらい治ったかなっていう血を溜めるパックを多分5〜6個ぶら下げてる状態で、麻酔のカテーテルも入れてるので、もうボロボロの状態、やっと起き上がったような。

岸田 そういう状態で、手術後4日目?

鈴木 ぐらいだったと思います。

岸田 はい、その写真で。右側の写真は?

鈴木 これはレントゲンの写真なので、私がどういう風に骨が入ってるかって歯医者さんの側で撮ってもらった、チェーンみたいのがチタンプレート。

岸田 腓骨が入って(プレートで)それを補強する感じ?

鈴木 そうです。これはもう取らないやつなんですけれども、もう入れっぱなしっていうだから全部あれに沿ったちょっと二重に見えるところが腓骨の骨。

岸田 うーん。

鈴木 で、骨もまた。なんていうんでしょうか。こないだ えーと、最初20cmぐらい使ったって言われたんですけど。

岸田 腓骨を?

鈴木 だからここの顎なんで20cmだって言って。そうすると、足からだとね、こんなもんじゃないですか。そしたらちょっと根元がなくて。

岸田 ほう。

鈴木 なんか変なんですけど、ちょっといいんですか?みたいな。この間、左足をちょっと骨折しまして、剥離骨折なんですけど、それも情けないのが本当に5センチも歩かないかぐらいの、家のすのこで踏み外したんですね。あれ?と思ったんですけど、よくよく考えてみればやっぱり踏ん張りが効かないみたいでね、自分が思っている以上にですね。

鈴木 で、これがちょっと面白いんですけど、見せてもよろしければ。

岸田 はい、ちょっと待ってくださいね。ぜひぜひ見せていただきましょう。はい、こちらお願いします

鈴木 20cmって言われたのが、こんなになかったんですよ。ちょっと待って、見えますね。分かりますでしょうか?これ左の足のレントゲン写真なんですけど。

岸田 はいはいはい、えー!確かに。

鈴木 これ20cm…根元まで(骨が)無えじゃないかと思って、レントゲンで (足の)ここで折れてるんですけど、もうそれどころじゃなくて自分あっこんなに(骨が)ないの!?ちょっとね自分の中で笑ってしまいました(笑)

岸田 後でまた是非写真いただき、あとで入れておきます。ありがとうございます。

看護師に毎日訴え続けて、主治医に届いた――放射線を断り、自分で選んだ免疫療法という道

岸田 そこからですね、手術をしていってその後、他の治療を模索と書いてくださっています。でね、治療に関してなんですけど、他の治療っていうのは手術をされてその後放射線とか抗がん剤とかってことですか?

鈴木 そうですね。結局、皆さんやられているかと思うんですけど、手術後すぐはですね、分かってなかったんですがまず必ず転移とかしてるって言われてまして、2回目だったので絶対広がってくるから抗がん剤と放射線をしなきゃいけないんだろうなと思って細胞の検査をずっと待ってたんですけど、その後にもしなってなければやりたくないなっていうのがずっとあって、標準治療と言われるやつですね。

鈴木 なんでかっていうと、入院生活が長くて病院にいますとですね、自分みたいな状態の人よりですね、抗がん剤とかを打ってる方の方が多くて。でたまたま行った病院、割とその階でですね、その方っていうよりこの部位の科が入院してるところの病棟だったんで、見た目元気そうなんだけどすごい具合悪そうなんですよ、皆さん。

鈴木 一人のおじいちゃんとかとも話してて、自分は手術をしなかったと、だから放射線と抗がん剤をしたんだって言って、してるっていう状態で、夜になると結構うなるんですよ。嫌だなぁと思ってて。

鈴木 あとは色々ちょっとまた、これがあのがんノートを見つけるきっかけにもなったんですけど、そうなったらどうなるんだというので色々調べていくと、やっぱり放射線。主にはこの咽頭の、こっちは抗がん剤があまり効かないみたいなのであんまりやらない、私の主治医はそうやって言ってました。だからまあ放射線治療が多いと。

鈴木 多分放射線をやったであろう人たち、みんな口の中が大やけどしちゃってるんで味覚がなくなるとか唾液が出なくなるとか、もうあんまりいいことはないので、いやちょっと待ってくれよ。で、ちょっと色々悩んでました。

岸田 そうですよね、それでいいことがなく。放射線してもパーセンテージって、そこまでなんですよね?

鈴木 そうですね、本当に効くかどうかもわからないし。あとはちょっと時期的に堀ちえみさん。

岸田 はいはいはいはい。

鈴木 ああいう話もあったり、ちょっと情報多かったんで。あとはあの後だと何ですか、ワッキーさんとか。あれも咽頭がん、部位で言うとこの辺…という話があったので、確率としては先生に聞いたら、もし放射線やったらならない確率というのは医学的に言うと7%ぐらいかなと。

岸田 がんに再発しない可能性が7%下がるというか。

鈴木 そうですね、下がる、そうです。

岸田 可能性がね。

鈴木 なっていれば、多分やったらどうだというのはあるんですけども、しなかった場合は予備でやりましょうって的な話で7%という話でした。

岸田 それを7%って聞いてどう思いましたか?

鈴木 7%はやめようという結論なんですけど、なってないのに7%で実際は口の中なので 入院必須なんですよ。食べれなくなっちゃうんで、ひどいと多分医療的な部分で、一時的ですけど状態によってはそれなので通院の抗がん剤みたいなのは多分そういうのではないので、入院がまたちょっと延びると言ったら変なんですけどそれも嫌だったので、余計にちょっとありがとうございましたということで。

岸田 それはちょっと時間的には厳しいなということで、他の治療を探されていくということですね。他の治療を、ちなみにどういったものを探されたんですか?

鈴木 色んなものがある中でも、そうですね、2回目だったので何もしないの、1回目は何もしてなかったんですが、2回目は何もしないのないだろうなと思ってたら、たまたま知り合いの方でこういうのがあるよっていうのが、ちょっとANKの免疫治療っていうのがちょっとあって、ちょっとそれを最初視野に入れたんですが、民間療法だったんで、多分ご存知だと思う、ちょっと高いんですよ。
ですので、ちょっとその辺を考えてすぐ決断はできなかったんですが、結果的にはやりました。

岸田 おお、高くて、そう、結構いろいろ民間の免疫療法っていろいろあると思うんですけれども、なんでそれをやる決断をされたんですか?

鈴木 えっと、2回目の手術をした後はですね、もう本当になんていうんでしょうか、辛くて痛くて辛くて、これでお金残してこのままもう一回だったらもう何もできないと。であれば、治んないかもしれないけどとりあえずやんなくてなっちゃったよりまだいいかなと。ある意味なりたくないんですけど前向きなイメージと、あとは元気だったら、言い方変ですけど働ければ働きますっていうような、もう入院中も食べるものも食べれませんし。この状態で生きてるのは何の意味もないですよ。ましてやお金がどうなんなんて何とも思いませんので。そこからだんだん元気になってくるとちょっと思うんですけどね、今となってはずいぶん高いなとは思うんですけど、あの頃はちょっとそっちを優先しました。

岸田 ありがとうございます。
ちなみにがんノートでは標準療法を基本お勧めをしているんですけれども、やっぱりこういう免疫療法だったりという治療も、実際に考えられたりする方もいらっしゃるので、こういうリアルな経験談をお届けできたらと思ってます。
実際やってみられてどうでした?

鈴木 実際やってみて、手術もそうなんですけれどもお医者様が言うのは一般的なルーティーンなものですからあんまり危機感ないんですけれども、手術もそうですし、その治療もいや思ってるように言われてることは正しいんですが、こっちが思い込んでる感覚が違くて、要は免疫療法も打つと熱が出るんだよと。でもちょっと高温になるけどそれが大丈夫だよみたいな。
急に一気に9度ぐらいまで上がるんですよ、打って6時間後ぐらいで。7〜8時間高いまま。もちろん高いからといってロキソニンとかそういう熱さましは飲んじゃダメよなるべくっていう話で、だからそういうのを繰り返すとやっぱ体疲れるもんですから、結構つらかったですよ。

岸田 結構つらいんですね。期間どれくらい?

鈴木 期間は全部で12回私打ったので、その代わり1週間に2回。

岸田 1週間に2回。12回ってことは6週間。

鈴木 6週。休みか何かいろいろ入って多分7週間くらいのうちに12回っていう形で、私のパターンは。

岸田 免疫を高めるっていうことですね?

鈴木 具体的に言うと、自分の免疫の細胞を前もって取っておいてそれを培養して免疫の量を増やしたものを自分に戻すっていう方法。

岸田 そっか、それを6週間から7週間くらいかけていて。気になるんですけど、それは主治医はご存知なんですか?

鈴木 はい、メインの主治医の先生は知っております。私が退院したらこれをやりますって言って、医療情報をいただきたくて、正確にどこそこの病院でいつからこういうことをやっていつ帰ってくるんでまた先生診てねっていう、経過観察はやっぱしてもらわなければいけないので包み隠さず、治療費の金額まで言って驚いてましたけど。

岸田 驚いてました?

鈴木 先生の方がもらってるような気がするけどね(笑)はぁ…みたいな(笑)

岸田 だから別に鈴木さんは、医療が嫌っていうわけとかじゃなくて、そういう主治医にフォローしてもらうっていう形で進めていったってことですね?

鈴木 いいものなんでもじゃないですけど、基本的には西洋医学を信じながらプラスアルファそういうのはやろうという感じで。

岸田 そういうふうな選択をされてというふうな形ですね。皆さんは主治医の方だったりとかそういった情報サービスだったりとか、あくまでも経験談でございますのでそこはご理解いただければと思っております。主治医の方にご相談いただければと思います。ちゃんと鈴木さんも主治医の方におっしゃっていただいてますので、という形になります。

岸田 はい、で、次こちら、手術。これは、この手術は口腔内移植部整地のためと書いてますけれども、また手術していくんですか?

鈴木 そうなんですね。私今までなんですけどもちょっと全身麻酔3回やってまして、その3回目の手術は、手術と言ってもなんと言うんでしょうか、移植をした肉っていうのをですね、ちょっと多めに盛るそうなんですね。

鈴木 多めに盛らないとだんだん痩せていくって言ったら変なんですけど自分に吸収されていくので、それが少なくなりすぎちゃうとまたさらに盛るってことができないので、最初は多めに取って多めに盛るって言ったら変ですけど。

鈴木 それをその後に歯を入れるためのちょっと整地をするって変な言い方ですけど、畑のような整地をするために結局肉を削がなければいけないので、また全身麻酔をされ10日間ぐらいの入院をするような整地を。

岸田 えっ?てことはここで取って、だってあの腓骨とかも入れてそれで終わりじゃないですね、そっから整地してなんか。

鈴木 そうです。あの骨はいいんですけど、その周りに対するお肉の脂肪とか。

岸田 はぁー。

鈴木 それをちょっと多めに盛るんで。

岸田 それをちゃんとまた整えないといけない。

鈴木 時間とともに体が吸収していくんだよね。それが吸収するのを時間を待ってからやってるっていう感じなので、手術後の8ヶ月後とかだったような気がするんですけど。

岸田 その時に吸収されて、それでも残ってる部分というか。

鈴木 そうですそうです。それを一回ガサッと取って、その後も取っているんですけど大きく取るのはこの時だけという感じですね。このくらい残しておけばいいんだろうみたいな。

岸田 はぁー、そういう後の手術もあんねや…。あんま聞いたことないかもしれない。

鈴木 本当ですか。

岸田 そこの手術をして、そこまでされてから仕事復帰と。

鈴木 そうですね。

岸田 仕事復帰ちなみに青色なんですけど、これはどういう意図で?

鈴木 仕事復帰は結局、状態は状態であまりにも動けないんですけど、結構何もしてなかったんで結構元気だったんですよ。仕事はもうサラリーマンの方ご存知かも、上期とか下期とかだったんで節目で下期かなと思って、ちょっと早いなと思ったんですけど、ちょっとそこで。

鈴木 そしたらもう仕事が外回りとかではなく、ちょっとコロナ禍を経験してるんでうちの会社もガラッと変わってまして、内勤ができますよと。ほとんど在宅ワークでできますっていうのがあったんで、仕事復帰という形にさせてもらったんですけど。

鈴木 でも実際どこまで、ものすごい体力落ちてたんで、落ちてたのは自分でわかんないんですけど、本当にちょっと働いてみたり外出てみたりするとまあ動けないっていうのが今も感じてますけれども。それでちょっとポジティブだったりネガティブだったりっていう。

岸田 そこからちょっと次が、インプラントを入れるという。これは整地をしたから?

鈴木 そうです。要はインプラントを入れるために整地をするんですけど、インプラントではなくても整地はするっぽいんですが、インプラントを入れるためにまたちょっとプチ手術です。今度は入れるための切開手術ですね、今度は腓骨に打つんで。

岸田 そうですよね。

鈴木 でも肉がちょっと普通の方の顎の骨と違うんで、普通インプラントの手術だと日帰りみたいなのが普通の方は。でも骨は骨なのでなんかちゃんと麻酔をして腓骨にちゃんと打って。腓骨っていうのは強度がないみたいなんですよ。ですから、もしかしてくっつかないかもと言われながらインプラント、それがやっぱり1泊2日なんですけど手術入院ですね。

岸田 これはもうあれですか、鈴木さんの意向でインプラント入れたいってなったんですか。それとも先生たちが入れた方がいいよっていう感じなんですか?

鈴木 これも多分私だから入れた方がいいよって言ってくださったんだと思うんですけど、それを多分前提に形成外科の先生が腓骨をここにちゃんと入れてるんですよ、打てるように。多分それは年齢が若いからっていうような、結構このがんになる方お年を召した方が多いみたいで、もうそうなるとインプラントではないみたいなので、先を考えてやってくれたっていうふうに聞いてます。

鈴木 だから打てるよって言われてたんですけど、インプラントの先生からすると腓骨に打つのは結構細いねっていう骨がですね。

岸田 じゃあ先生からこういう打つといったところを提案してもらって、打っていくっていうことですよね。インプラント…、僕インプラントを打たれた舌がんの経験者さん初めてかもしれないです。

鈴木 本当ですか。

岸田 いらっしゃいます?

鈴木 たぶん皆さん歯を掘ってない方はあんまり…。

岸田 そういうことか。そうですよね。

鈴木 舌だと、舌か咽頭だけだと、舌の移植もベロだけ。

岸田 そうかそうか。

鈴木 だからだと思います。

岸田 しかもあれですよね、今日インプラント?

鈴木 本物がやっと入りました。

岸田 なんでかっていうと、ここは仮歯を入れるって言ったところでなってるんですけど、今日(収録前に)ちょうど本物が入ったんですよね?

鈴木 はい、入りました、本物が。

岸田 仮歯入れたのは慣らせるためみたいな?

鈴木 そうなんですね。要は入ってないところに入れてちゃんとできるかどうかっていうため、この仮歯の期間も非常に長くて。

岸田 どれぐらい?

鈴木 要はえーと、これがだから、これを入れたのが8月に…、ごめんなさい、8月に手術して今年の2月に、去年の2月に見つかった。

岸田 去年の2月?

鈴木 去年の2月で、もう1年越しですよね。

岸田 1年以上ですね。

鈴木 要は入れても根元の歯がですね、歯じゃない、骨がですね、偽物なんで、要は顎の骨と違って力がないので固まるまで半年とか放置するんですよ。で、この手術もちょっと簡単とすれば簡単なんですけど、そのインプラントを入れた後に仮歯を入れてもう一回ちょっとプチ手術をしてまして。

鈴木 それはインプラントの周りにですね、口の中の粘膜の粘膜をつけるために上顎を切って移植されて、それにインプラントの周りに歯茎の細胞を植え付けて、またそれを慣らさせるためにと言って時間もかかり。時間との勝負って言ったら変なんですけど、時間がかかりますって元々言われてたんで、やっとやっとなんですけど。

岸田 そういうことか。ようやくやっと今に至るっていうことですね。

鈴木 そうなんですよね、はい。

岸田 今が下がってるのは、別に下がってるってわけじゃなくてプラマイゼロっていうこと?

鈴木 うん、プラマイゼロ、やっとっていう。

岸田 ありがとうございます。様々な話をいただきました。

言われるがままから、自分で選ぶへ――2度の闘病が教えてくれた、治療との向き合い方

岸田 ここからは各項目に分けてお話を聞いていきたいなと思います。まず1つ目、病院や治療の選択といたしまして、基本的には病院は最初の耳鼻科からクリニックから総合病院に行ってそれから大学病院に行ってだったりとかいろいろあったと思うんですけれども、そこはもう紹介されてとかっていう感じですね?

鈴木 そうですね。

岸田 治療の選択というところは先ほどお話ありました。先生から提案されて基本的には 手術していって。ただその後の補助的な化学療法もしくは放射線というところは、自分の再発のリスクとか鑑みてそれはちょっと生活の質を下げるからちょっと嫌だよ…ということですね?

鈴木 私の場合ちょっとややこしいのは2回なってるんで、1回目の時はもう先生の言うがまま言う通りで、2回目の予後のための、今言ってた放射線とかをちょっとこっちの判断にさせてもらったっていうような形ですね。

岸田 それを先生たちも、もう鈴木さんそうおっしゃるんだったらいいよみたいな感じだったんですか?めっちゃ引き止められたりとかしなかったですか?

鈴木 あの、それも入院中からですね、言われるの分かってたんで、看護師さんにもう本当に嫌なんだ、本当に嫌なんだ、毎日のように訴え続けると先生に届くんですよ。

岸田 そういうパターン(笑)

鈴木 で 、今皆さんパソコンでこの人がどんなのっていう結構メンタルを気にしてくれるんで、もう来る看護師、別の看護師にいろいろ言うわけですよ。そうすると割とね、届きました(笑)

岸田 じゃあお医者さんと話す時には、鈴木さんそうみたいだねみたいな感じから入っていくってことですね?

鈴木 で、その時にいや本当は悩んでるんですって話の中で、でも本当にもしやったらね、どのくらいの確率でって言ってさっきの7%って聞いたんで、ありがとうございました、大丈夫ですみたいなっていう。

岸田 決断になったってことですね、ありがとうございます。これはもう皆さん本当にね、個人の判断になりますので、そこは鈴木さんはそう選択されたという形になります。

食事に疲れ、言葉が届かない――術後1年、鈴木さんが向き合い続けた後遺症のリアル

岸田 そしてその後、次こちら。副作用や後遺症のことといたしまして、今副作用や後遺症、後遺症ってね、もうがっつりと取ってインプラント入れてということですけど、何か今こう辛いことだったりとか大変なこととかいかがですか?

鈴木 すぐの時は、今ですらこれだけ喋れますけど全くモゴモゴ言ってるだけで、ご飯も食べれませんし、食べれるんですが全然口が開かないのでものすごい時間がかかるのと、噛む力もないものですからもう食べてる間に疲れていっちゃうんですね。

鈴木 麺類はすすれないわ細かいものでも細かすぎると食べれないわとか、そういうのは何て言うんでしょうか、多分切った人とか部位によって同じことをやっても多分みんな違うんだろうなって感じながら。だから、食事が非常にやっぱ大変でしたね。

鈴木 で、あとはやっぱり話すのが通じないっていうのはやっぱり大変で、途中まで通じても最後の何言ってんだろうみたいな、今も聞き取りづらいかもなんですけど、か行が言いづらいんですよね。

岸田 か行?

鈴木 私は、だから「か」が「は」に聞こえる。

岸田 確かに「は」に聞こえる。

鈴木 話の流れだと、単語だとなんとなくこの人こうやって言ってんだろうなって今ですらなんですが、ちょっとその辺はやっぱ副作用。後遺症とするとやっぱりそういうのが続きますと、結構メンタルがですね。やられるまではいかないけど疲れちゃうんですね。そうするとやっぱり人と関わろうじゃないんですけど、細かいこと言うと家族はあれですが、お店に行って店員に話しかけようとかはもう全然、だから。

岸田 今ぐらい喋れるようになるのはどれぐらいかかったんですか?

鈴木 これは、あの仮歯を入れるちょっと前ぐらいからです。

岸田 仮歯を入れるちょっと前ぐらいから。じゃあ。

鈴木 手術の8月以降、仕事復帰の前、このぐらいからだんだん。

岸田 1年やっぱかかってるってことですね。手術が1年ぐらいかじゃあ。けどすごいですね、なんかそこまでもう全然、だって普通に会話できてますもんね〜。

鈴木 うん、ですね。あとだからもう一つ後遺症っていうと、もうこれ以上多分良くなんないんですよ。要はもう年齢とともに衰えていくので、それを維持しなさいって言われてます。もうピークだと思います、年齢的にも。で、もうちょっとここ切った時に鼻の鼻腔っていうところちょっと傷つけられちゃってるんで、すぐ油断すると鼻から色んなもの出るんですよ(笑)

岸田 えぇー!!

鈴木 あの、要は普通は鼻を閉じて陰圧っていうのをかけてご飯を食べるんですね。飲み込むのも別に何にも皆さんもう、私も、もうこうなる前は何も思わなかったんですけど、だからあのなんていうんでしょうか、分厚いコップとかあとはペットボトルのちょっと口の広いのとかこぼれまくっちゃったり、ちょっとやると。
私お酒も好きなんで飲めるんですけど、ビールの泡が鼻の中に入っちゃってもうね(笑)なかなか。飲まないようにしてます。

岸田 ありがとうございます。そういうね大変な中でビールを、ビール禁というかね、してたりとかするっていうこともあったりとかするってことですね。ありがとうございます。

通院を守り続けた先に、再発があった――「まさかここに」という驚きと、フラットに前を向く力

岸田 そしてそんな中でその次のこと、このね、再発のことについてもちょっと伺いたいんですけれども、再発の時っていうのが怖かっただったりだとか、なんかそういったいろんなね、この再発した時感じたことあるかもしれないですけど、これは本当に白の枠なのでどちらかというとフラットに考えられているのかなということをお見受けしたんですけれども、ちょっとそこの時の心の動きっていうのを教えていただいていいですか?

鈴木 再発の時はですね、何を思ったか一回手術をした時に、次にもしがんになったらどこになりますかと心配していて、先生に聞いているとその先生は一番舌がんの場合は肺かなと言われたんですね。要は肺がんになる方が多いと、次にもしがんになる場合って話ですね。

岸田 肺に転移してということですね。

鈴木 そうです。ですから、その辺をということでCTも結構頭からこの辺まで見てくれるんですけど、それを信じて。あとはもう一つは、言われた通りって言ったら変なんですけど言われた月に1回 診せに来いとかああいうのはかなり守ってたんですね、自分。仕事が忙しくてもどうにかしてもう必ず行ってっていうのをやってたのに、ちょっと再発になるとちょっと心が折れそうになりましたね。再発になった時はやっぱりびっくりしました、あっ転移じゃないんだって。

岸田 そっか、肺じゃないんだ。

鈴木 そうなんですよ。だからまさかこのところにまた同じようなところの病名のがんっていうふうになるとはちょっと思ってなかったんですよ。肺にいくんだろうなとは思ってたんですけど、ちょっとね、それはびっくりしました。勝手な思い込みですけど。

岸田 びっくりしたって言ったところでのこの動きだったということですね、ありがとうございます。そこでね、ちゃんとしっかり治療されていってといったところでなっていきます。ありがとうございます。

がん家系の中で、それでも冷静に支え続けた妻と母――鈴木さんを囲む家族のこと

岸田 次こちら、家族のことについてお伺いしたいんですけれども、ご家族は最初の頃にちょっとお話をお伺いしたら、ご家族は奥様と長女さん長男さんとお母様もいらっしゃるといったところで、奥様やお母様のサポートだったりとか驚きとかいかがでしたか?

鈴木 これはそうですね、珍しくちょっと妻の方が私の実家に住んでくださいまして、2世帯で全部で5人で住んでるんですけれども、そのところで一番大変だったのは母ですね。
大変だと言いながらも、母も以前に胃がんになってまして、うちがん家系なのかな?って小さい頃からちょっと思ってて、がん保険も20代から入ってたんですよ。で、その後私、姉がおりまして、姉も胃がんになりまして。もちろん全然元気に回復はしてるんですけど、で そんなこんなで周りに結構いるんで、はぁって思ってて。

鈴木 妻の方は結構私のこの前がん病変からかなり長くてもう見てたもんですから、その辺はちょっと本人のあれはわかんないんですけど、支えという形では特に何も泣き崩れて大騒ぎすることもなく、まあ逆にそれの方が私としては騒がれてもですね、どうしようもない話なので冷静に冷静にいてくれたんじゃないかなと思ってます。はい。

岸田 そういうことですね。じゃあその、奥様側のあれはどうですか?冷静に?

鈴木 全然それも大丈夫です、その頃は大丈夫で。1回目の時はなんだかんだ、私が再発する前に妻のお父様は大腸がんになって、もうね、なんかがんだらけで、はぁーってがん話ばかりですね。その辺は大丈夫でした

「悲しい顔はされたくなかった」――コロナ禍で40日間会えなかった子どもの笑顔が、病室を支えた

岸田 大丈夫でした?ありがとうございます。そんな中でですね、こちら。その家族の中でもやはりお子さんのことも気になるんじゃないかなと思いまして、当時小学生ですよね?

鈴木 そうですね。あと小学生前の子と。

岸田 お子さんたちに、長女さん長男さんたちにがんのことをどうやって伝えたんですか?

鈴木 いや、私はたぶん直接伝えたのか、あとはちょっと病気になったよっていうことを、お姉ちゃんの方は多分分かってて下はたぶん言われてもまだ5歳とかだから、うん…みたいな。

鈴木 それが1回目だったので、1度目の時で、1度目の時は退院も早く、で、帰ってきた時見た目もこんなんなのでまあそんなに。

岸田 うんうんうん。

鈴木 2度目の方が子どもの方は多分姿形もちょっと変わり、コロナ禍で全く40日間ぐらい会えなかったので、そっから今テレビ電話。

岸田 あぁ、病室から?

鈴木 あったんで、はい。ちょっとひどい姿を見せてたんで、だからそういう意味ではまあ生きてますよーじゃないんですけど、そういう意味では助かりましたね。

鈴木 で、逆に言うとこんなことはあれですけど、いてくれて、笑ってくれてるのが救いでしたね私は、病室から会えない分だけ。もう悲しい顔されたくないですね。

岸田 いてくれて笑ってくれるのが。

鈴木 そうです。

「6人目になることへの引け目」――制度に守られながらも、鈴木さんが職場復帰に感じたリアルな葛藤

岸田 ありがとうございます。そしてその後、お仕事のことをお伺いします。職場復帰する・社会復帰する時にちょっと大変なこともっていうふうなお話もあったかなと思います、体力的なところとかね。そういったところ、まず会社は普通にがんを伝えたら休ませてくれたんですか?

鈴木 はい、もう全然普通に。休職制度もありますし、そういう意味では会社的にはとても良い制度と会社の周りの、仕方がないという部分もあるんでしょうけれども、そういう制度があります。

岸田 制度があって休職できたということですね。

鈴木 休職ができました。

岸田 もう社会復帰もスムーズにいった?

鈴木 そうですね、もう社会復帰もスムーズに。

岸田 会社系で困ったなっていうことは仕事はなかったですか?体力的なところぐらい?

鈴木 会社…、そうですね、本人的にはそうなんですけど、私も社歴が長いので戻ることによって迷惑かけるんじゃないかなっていうのはね、ずっと逆に。

岸田 社歴長いのに?

鈴木 だから要は何かっていうと、要は社歴が長いからその分ちょっと会社のことがわかってるので、5人のところに6人になったらどうなるって分かりますでしょうか。要は同じ仕事を私がいないことによって、いやここを5人でやってんだよと、大変だろっていうことが、私がろくにできもしないのに6人目になっちゃうと1人増えたことになるんですよね。

岸田 会社的にね、その部署が。

鈴木 そうなんですよ。そうなると。

岸田 6人分の仕事が来るみたいな?

鈴木 のもそうですし、あとはコストとして考えられちゃうので周りに迷惑をかける可能性があるなっていうのが。勝手な思いなんですけど、極論言ったらいなくてもいいわけですよ、最初は回るんです。

岸田 5人で回ってるから。

鈴木 そうなんです。

岸田 そこに6人目入ってたのコストとして。

鈴木 そうなんです、戻ることがなんか長かった分だけ(わかるので)悪いなーっていう思いはちょっとありました。考える必要ないんですけど、でもなんかちょっと思いました。ちょっとでも役に立てるように、裏方になる分でも裏方でもここまでみたいな、それが良いか悪いか分からないので、ちょっとその辺では今も同じなんですけど。

岸田 今も同じなんですね。

鈴木 悩みの方は悩みの方なんですけど。あとはもう最近は逆にちょっと表にだいぶ出るようになって、出れるようになったっていうのも 1つなんですけど、出れるようになってっていうのも、でもやっぱりきついんですよね。何でしょうねこれ、なんかよくわかんないです、本当に。

岸田 そのね、きつさも含めて今も仕事は復帰されているといったところですね。ありがとうございます。

20代の「なんとなく」が200万円になった――がん家系に育った鈴木さんが語る、保険とお金のリアル

岸田 そして次こちら、お金のこと、保険のことといたしまして、20代に民間の保険入られててっていうお話も聞きましたけれども、お金、治療費どれぐらいかかったのだったりだとか、保険、そうですね、どれぐらいおりたのだったりとかっていうのは言える範囲で構わないんですけれどもいかがでしたでしょうか?

鈴木 先ほどもちょっと言ったように保険。実際はがん保険だけど20代の相当早めから入ってまして、やっぱり私のその祖母もがんで亡くなっててがん家系なんだなぁと思ってて、掛け金が20代なんで何百円かだとずっとそのまま放置してたんですよ。
で、結婚を機に今度はちゃんとした生命保険も入るなんていうのはあるんですけど、実際は私がんなので生命保険はあんまりおりなくて。要は入院保険だから、入院をしてればまあまあ出るんですけど特化してるわけがないんで、どの病気でもっていうことなんで金額的にはそんなではなく。
がん保険の方でも実際は 1回ちゃんと出て、よくがん告知されたら100万だ200万だって。1回目の時はもうそれで。1回目の時はだから、リアルに言っちゃうと200万円もらって、で、その後結局でもCTのあれが2ヶ月に1回とか受けてますと大体1万円くらいで飛んでくんですね。今度はでも保険に適用にならないんで、そういうのは。抗がん剤とかなんかなるみたいなんですけど、経過観察になっちゃうので出ないので。

岸田 民間の保険の適用だということですね。

鈴木 そうですね、だから通常通りまあ持ち出し。それでもまあちょっと儲かったって言ったら変なんですけど。

岸田 全然だって、それ以外にも大変なことをされていますからね。生活の部分だったりとかね、お子さんもいらっしゃったりとか仕事でね収入も減ったりだとか。

鈴木 その辺はありますかね、お金は。お金の面ではある程度保険とその辺で。あとは休業中も何割か出ていたので一応回ってる。

岸田 じゃあトータルしたら、ちょっとプラスぐらいかなって感じ。

鈴木 今のところですね。このまま何事もなく経験観察すると結構持ち出す、やっぱり持ち出すかなと思います。

岸田 ちなみに保険金ってがんと告知されたらもうその後払わなくていいですよみたいなのもあったりするんですか?

鈴木 ないです。

岸田 それはないやつですね。

鈴木 私は。

岸田 じゃあ。

鈴木 今も払ってますね。逆にもう辞めれないんですよね。

岸田 そっか…そう辞めちゃうと次もう?

鈴木 そうなんですよ。10年更新なんでどんどん値段上がってるんです。どのタイミングでっていう保険の場合は。

岸田 ありがとうございます。

理由もなく涙が出てきた――2度目の手術後、鈴木さんが一番辛かったと語る入院中のこと

岸田 そしてちょっとこちら、辛かったことといたしまして、様々いろいろお話をお伺いしてきましたけれども、一番辛いタイミング、精神的か肉体的どちらでも構わないんですけれども、やっぱりそれはあれですかね、この手術、一番は手術ってことですか?

鈴木 そうですね、2度目の手術で入院中ですね、辛いの。

鈴木 肉体的なのとあとはちょっと良くなってくるとですね、なんていうんでしょうか、勝手に涙が出てくるんですね。多分メンタルか何かわかんないんですけど、そうなんですよ。そうなんですよって言ったら変なんですけど、だから子どもとさっき言ったような電話とか涙が止まらないんですよ。元気な姿を見てるのに、何でしょうねあれ。今はないですけどそういう時期がありましたね。

岸田 どうやって乗り越えるんですか?鈴木さんなりには。

鈴木 いや結局、またねって言うので、また明日ねみたいな。だからもう本当に数分でいいんですけど。で、あとは看護師さんとバカ話して。

岸田 周りの人と話したりとかってことですね。

鈴木 あれは多分生身に会えなかったからですかね、コロナ中で本当会えなくて。でも会ったから、でも妻には多分下着とかをちょろっと持ってきてもらうのに2週間…いや1週間に1回ぐらいは本当に数分ロビーでちょろっとっていうようなのだけはもう、あの目つぶって合わせてくれたんですけど、子どもはどうしても。子どもの方が会いたかったんでしょうね、もしかしたら会えなかった分だけ、はい。

岸田 まあそういうふうに、ことをされていったというところですね。ありがとうございます。

電車を一本送らせる勇気――術後の鈴木さんが日常で実践している、無理をしない生き方

岸田 そして次こちら、工夫していること・したこと。まあ治療中でもいいですし今でもいいですし、何かこうなんかこれ工夫したなっていうことがあったりとかしますか?

鈴木 工夫してることは、えーとそうですね、前より無理をしないっていうことを工夫してますかね。

岸田 大事ですね。

鈴木 歩くの一つにとっても、東京都内だとほとんど抜かされるんですよ、せっかちな方が多くて、こんなにみんなせっかちだったかな。そういうのに合わせないように、邪魔にならないように。混んでる電車もひどいと一本降りてでも。

岸田 おぉ。

鈴木 っていうのはありますね、今。

岸田 ちょっとでも空いてる。

鈴木 空いてるというよりも、無理だっていう。だったら自分から引っ込む。前だったら自分から入っていく方だったんですけど、その辺は変わったことにもなっちゃうかもしれないけど、そこがちょっと。

岸田 無理しないっていうことですね。

鈴木 そうですね。

岸田 ありがとうございます。

急がなくなった、無理しなくなった――がんが変えた鈴木さんの、日常のペース

岸田 そして次こちら、変わったこと、がんになって変わったことありますか?変わってないことありますか?っていう感じなんですけれども、なんかこうがんになる前と後で何か変わったことありますか?

鈴木 今のちょっと延長上になっちゃうんですけど、もう本当無理をしなくなったのと、本当にもう電車ならもうむしろ2本ぐらい送らせてもいいかなとか。もう最近特にですけど、余計にそう思うようになりましたね。本当に急がないようにしないと、あのひどい目に遭うなと。

岸田 ありがとうございます。

夢は「この状態を維持すること」と「食べ続けること」――日常を取り戻した鈴木さんが、今見ている景色

岸田 そして次こちらですね、今後の夢や目標はありますか?という質問なんですけれども、鈴木さん的に今後の夢や目標ありますでしょうか?

鈴木 今後の夢や目標。夢でも目標でもないかもしれないんですけど、本当にこの状態をちょっと維持できるようにいるのが一つの目標と、ちょっと食べることも結構好きなので。
まあ死ぬまで食べたいって言ったら変なんですけど、口で食べたいのをなんかちょっと今はちょっと夢に思いながら。普通だろって、当たり前だろって言われちゃうんですけど、食べれない時が結構長かったんで、いやもうそれがあるのは嫌だってちょっと思ってます。

岸田 あれですよね、だからあのインプラント入れられてもそっちではあまり噛めないんですよね?

鈴木 あまり固いものを噛めないと思います。骨に強度がないので、面白いですけど、あまり固いものを噛むと骨折するというか。

岸田 骨折するってあまり聞かないですよね(笑)

鈴木 あるそうです。

岸田 大変ですからね。

鈴木 そうするともう終わりなので。

岸田 これ食べないでくださいとかないですよね?

鈴木 ないです。

岸田 気をつけてくださいはありますけど、食べていくといったところで。ありがとうございます。

「なかなかなくならないんだな、命って」――人間の回復力を全身で証明した鈴木さんからのメッセージ

岸田 そしてここからメッセージとなります。鈴木さんのメッセージこちらになります。

鈴木 人間の回復力はすごい!っていうのを掲げさせてもらいました。あれだけですね、ちょっと、あれだけって言っても難しいんですが、自分が思ってたよりですね、すごい状態にされたら今ここまで回復できたっていう、自分がすごいというより人間ってすごいなって。
変な言い方をすると、なかなかこれ病気になってもね、なくならないんだなっていうのはね、とてもよくわかりますので全然前向きに生きていけます。ちょっとしたことを、先生のことを信じながらやっていけばなかなか本当人間はすごいななんて思いながらちょっと生きてる今日この頃です。以上です。

岸田 ありがとうございます。このメッセージですね、人間の回復力がすごい! ということで、本当に2回目の手術とかね、すごい手術をされてからもこうやってここまでお話されたりだとか、普通にね、遜色ないような形でなっているっていうこともね、すごいですしね。

岸田 もうこれを維持していくだけっていうところありますけれども。維持するためにリハビリじゃないけど、意識していることとかあったりします?

鈴木 意識してることは、もともとはよくしゃべるもんですから。

岸田 そんな印象は多分みんなあると思います(笑)

鈴木 多分これ相当リハビリになってるっぽくて、またちょっとやるんですけど噛む力とかですね、そういうのを検査する検査があるんですが、ちょっとその先生がですね、涙ぐみながらよくここまでリハビリを頑張ってきましたねって。あんまり何もしてないんですけど、多分ね、喋るのと食べることが好きなのでそれがいいんじゃないかなと思ってます。

岸田 ありがとうございます。というわけでがんノートを終了していくんですけれども、出てみていかがでしたか?

鈴木 今回出させていただいて、一度目のこれは拝見している時はですね、全くそんなことは思わなかったんですよ。やっとここのところ自分の方がちょっと余裕ができてきたのと、お伝えしたいなっていうのが伝わったかどうかはわからないんですが、ちょっとでも役に立てればな。
最近は自分の仕事よりもうちょっと社会に貢献じゃないんですが、そういうことしたいなっていう、街でゴミを拾うようなこともしてたりですね、ちょっと変わってきたもんですからちょっと出させていただきました。

岸田 ありがとうございます。きっとね、本当にいろんな情報が皆さんの参考になったんじゃないかなということを思いますので、あくまで一人の経験談として見てもらえたら嬉しいなということを思います。

岸田 それでは次の動画でまた皆さんお会いしましょう。それでは皆さんバイバイ。

鈴木 ありがとうございました。

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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