がんと診断されたとき、家族との関係や役割の変化に悩む方は少なくありません。ここでは、家族に関する体験談を集めています。
うちも主人も、手術したら全部治ったと思ってる口だったので。がんの特集番組を見て、『私こういう副作用があるの』っていうのを言ったら、『治ったんじゃないの』って言われたのでそこで初めて説明できました
驚いたとは思いますが、特に腫れ物に触るような感じではなく、自然に接してくれました。特に息子はすぐに病気のことをインターネットで調べたり、病院の情報を探したりしてくれて、いろいろ協力してくれました。
長女は淡々としているけど、「じゃあ私が家のことやるね」と。免許もなかったのに、買い物も全部歩いて行って、重い物もリュックに入れて運んでくれて。そういう姿勢が本当にありがたかったです。
姉がずっと、とにかくそばに居てくれました。放射線治療も検査もいつもついてきてくれて、本当に支えてもらいました。側にいる娘も然りなんですけど、本当に家族に支えられてっていう感じですね。
家族が近くにいる安心感が大きかったです。正直、東京に残りたかった気持ちもありましたが、生活面や親のサポートのことを総合的に考えて、地元に戻るのが最善だと判断しました。
両親は就職について、4月から働けるだろう、という感じだったんです。私が最悪のことを考えているのに対して、両親は最良のことを考えていて、そこですごく揉めました。
もう奥さんはもう泣いちゃって、病室で泣いちゃって。で、先生もまあ、まだまだ決定じゃないので奥様っていう感じで。で2人でとぼとぼ帰っていくんですけども、その家路がすげえ遠く感じて。
母親は、あんまり自分の方にはネガティブな感情とかは多分見せてなくて、だけどその僕の視界の外で結構泣いたりしていたそうです。
舌がんの術後はコロナ禍で家族に会えず、しゃべれませんでした。だから、旦那と交換日記を毎日書いたり、100均に売ってるホワイトボードを使って、ビデオ通話で子どもと会話をしていました。
転院したところですぐ白血病だと分かったので、気持ちが追い付かないまま告知されました。妻もよく分からない状態でした。
私と双子の妹の手術が重なってしまったんですが、家族は体力的にギリギリの中本当によくサポートしてくれました。
夫に病気になった事は伝えましたが、子どもには白血病の名前のインパクトがありすぎてその時は言えませんでした。
両親から1日でも長く生きなさい、治療費の事は気にしないでいいからと言ってくれました。
吐き気がすごい強かったので、夜中でも食べやすいように、しょうがとか、卵スープとか、そういった食べやすいスープを奥さんが作ってくれたっていうのがありがたかった。
母が同じ血液がんだったので、息子にそういう血液がんのが遺伝したんじゃないかと気にしていて。お医者さんはそんなことはないって僕の主治医も母の主治医もはっきりと言ってたんですけれども。
子どもにがんのことを伝えたときは、よくわからない表情でしたが、話をちゃんと理解してくれていたみたいで。自分なりに考えて生きてるだけでいいんだよと言われ、嬉しかったです。
ちっちゃなお子さんを連れて毎日、病院に行くんですかとか、そういう問題もなるので、やっぱり切実な社会問題なのかなって思います。
小さい子どもが2人いるので、妻だけではサポート出来ないとき、副作用でしんどいときは、両親に助けてもらいました。
ずっと仕事ばっかりしていましたが、やっぱり家族と一緒にいたいなと思って。できる限り、家族の時間を少しずつ増やして、仕事中心から家族中心へ考えが変わりました。<br />
両親には絶対言いたくなかったんですよね。何か変なこと言われたら嫌やなっていうのもあったので。でもいつの間にか、旦那が勝手にしゃべってました(笑) 今思えば抱え切れなかったんじゃないかなと思います。