目次
- ゲスト紹介テキスト / 動画
- ペイシェントジャーニーテキスト / 動画
- 病院や治療の選択テキスト / 動画
- 辛かったこと(副作用や後遺症など)テキスト / 動画
- 家族のことテキスト / 動画
- 仕事のことテキスト / 動画
- お金・保険のことテキスト / 動画
- 工夫したことテキスト / 動画
- 情報テキスト / 動画
- がんになる前と後で変わったことテキスト / 動画
- あの時の自分へテキスト / 動画
- 大切にしたいことテキスト / 動画
- メッセージテキスト / 動画
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インタビュアー:岸田 / ゲスト:石井
- 「家事全般が大好き」——宮城の兼業”主夫さん”、石井重明さん
- 肺の影から始まった、すい臓がんと肺がんの道のり——感情グラフで振り返る
- 「うんって思って納得できた」——流れのまま、標準治療一本で
- ひどい後遺症は特にない、けれど——すい臓を取った体との付き合い方
- 「病気になる前と変わらない形のままいてくれた」——妻の”普通”に支えられて
- 入院中もパソコンを持ち込んで——CADの在宅仕事と治療の両立
- 告知8ヶ月前に入ったがん保険「ギリセーフ」——そして一時金の”2年ルール”という盲点
- 点滴台を押して1日3〜4回——ナースステーションに手を振るほど歩いた入院生活
- 「玉石混交」のネットの中で——国立がん研究センターなど信頼できる情報だけを見る
- 「この病気になってなければ、知り合えなかった」——全国に広がったつながり
- 「思い切ってよかったよ、迷わずにいってよかったよ」——全部の自分へ
- 「悲観しなくてもいけるよ」を見せていく——宮城でのピアサポート活動へ
- 「自分のカラダに興味を持ってください。ただし、悪いところは探さない」
「家事全般が大好き」——宮城の兼業”主夫さん”、石井重明さん
岸田 それではがんノートをスタートしていきたいと思います!今日のゲストは石井さんです!よろしくお願いします!
岸田 石井さん、改めて簡単に自己紹介をお願いしてもいいでしょうか?
石井 宮城県在住、石井重明と申します。いろんなところでハンドルネームでは『主夫さん』と呼ばれております。

岸田 『主夫さん』!なんでですか?
石井 うちで仕事をしながら兼業主夫をやっているような感じで、家事全般が大好き!ということもありまして。
岸田 いいですね!いや本当。理想の男性だと思います。
石井 いえ、とんでもございませんいいように使われています(笑)
岸田 ご家族が奥様、お子様はいらっしゃらない?
石井 なしです、はい。
岸田 お仕事が自営業で、建設設備の?
石井 水道とか換気扇とかエアコンとかの図面を書いてます。
岸田 そして趣味がバトミントンやギター、料理ってあるんですけど、料理っていうのは先ほどこの主夫さんっていうところから料理も好きっていうことですかね?
石井 そうですね。
岸田 どんな料理を作られるんですか?
石井 もう何でもやります!
岸田 何でも?
石井 もう食べたいものを作って食べてる感じですね、嫁の意見はあまり聞かず自分の食べたいものを作ってます(笑)
肺の影から始まった、すい臓がんと肺がんの道のり——感情グラフで振り返る
岸田 そんな中ですい臓がんと肺がんも罹患されているということなんですけれども、今回ね、ちょっと石井さんにぜひ出てほしいというふうなところでね、ちょっとすい臓がんの経験談というのはなかなか多くないというところでね、出ていただきまして。そして肺がんも経験されている、どちらもステージ2Bであったということです。まだこれ後でね、詳細はお伺いしてきておこうと思いますが、告知が54歳、そして薬物療法や手術、そして経過観察を今されているということですね。次ちょっとこちら、まずこれからのお話個人の経験談でございまして、特定の治療を推奨をしているわけではございません。ご自身の病気はちょっと主治医にご相談いただければと思っております。またですね、この後感情グラフが出てきますけれども、このような流れとなっております。まず石井さんにね、お伺いして作らせていただいた感情グラフ、ペイシェントジャーニーでございますけれども、この中でどのようなことがなっていくのかちょっとお伺いしていきたいと思います。まずは一つ目、お父様の死去ということで、これはどういうことですか?どういう事情でしょうか?
石井 うちの親父がおそらく、おそらくなんですけど肝臓がんだったようで。というのは、もう…認知症になってたのと、病院が大嫌いで検査ができない…けども先生の触診とかでその辺が硬くなっているしおそらく肝臓がんでしょうと。もう治療も何もなく、もう1年半ぐらい自宅で看取りをしていました。父親がなくなって時間ができたんですね。時間ができて…というところで次のところに行きます。
岸田 そのちょっと時間ができた、その中で市の健康診断なんですね?

石井 ちょうどそれで親父が亡くなって、まあちょっと時間もできた。時間できた時にふと思ったのが、そんなバタバタとしてて健康診断受けてないなーってちょっと気がつきまして、いい機会だからこれは受けとこう!と、2〜3年やってねーなみたいなね。で、その頃ね、結構体重も増えてたんですよ、実は。そんなのもあって健康診断を受けに来ました。
「かえってよかったよね」——肋骨の裏に見つかった肺の影
岸田 するとここに書かれているように、肺の影を指摘されていく。
石井 はい。ちょうど結核検診みたいな感じで肺のレントゲン(検査)があって、それもついでに撮って…していたら、1ヶ月ぐらい後に結果が届いた時にそれ(肺の影)があるので要再検査ということで(結果が)来ました。
岸田 これはね、その時全然赤色でポジティブっていう事象なので、そこまで深刻ではなかった?
石井 そうですね、逆にちょっと肋骨の裏側あたりにあったらしくて、逆にこんな見つけにくいところだからかえってよかったよね〜っていう話だったんですよ。
岸田 何かあるのが見つかった。そんな中で、県立がんセンターで検査をされていくと。これはどういう流れでしょうか?
石井 その結核検診というか集団検診で影が見つかりました、で、おそらく肺の影だったので結核予防センターというところで再検査をしてCTを撮ったんですね。で、CTを撮ったところ、どうもこれ怪しいと。怪しいんで、一番うちからも近いしがんセンターを紹介しますということで紹介してもらったんです。そこがんセンターの方にかかって、呼吸器外科の方でいろいろとPET/CT(検査)だったり普通の造影剤CT(検査)、あとは肺シンチ(グラフィ)ってやつですか、そんなのでちょっと検査をしていきました。
岸田 普通…検査をされていく中でポジティブになるっていうのはあんまないんですけど、そこの時も検査してもらってよかったってことですね?
石井 そうですね。だってそれまでCT撮ったりとかそんな経験ないですから、どんななんだろう〜?ってそっちの興味本位が。
岸田 勝ったってことですね。
石井 すげー!こんなのなんだ!
「敵がどんなやつか分かってなかった」——すい臓がん告知と開腹手術
岸田 そんな中で検査を受けていきます。どうだったのか?それがすい臓がんの告知。
石井 はい。
岸田 えっ!?すい臓がんの告知受けてるんですか?全然フラットな状況なんですけど。
石井 普通ね、みんなガーン!!ってなるんですけど、まずその頃すい臓がんがどんな相手なのかよく分かってなかったっていうのと、あっそうだったのね〜みたいな、その程度でしたね、告知の時に…。
岸田 えっ!それでめちゃくちゃ焦るとかっていうのはなかった?
石井 なかったですね。敵がどんなやつかまだ分かってなかった。
岸田 まだ分かってない。これから分かっていく状況。だから…すい臓がんって言われてもまあ分からない?
石井 そうだったんだ〜ぐらい。
岸田 ぐらいの受け答え?へえ〜!じゃあまあこの時は生存率とかそういったところは?
石井 まだまだ。
岸田 ということですね。じゃあその後どうなっていくのか?こちら、手術を受けられていくということで、開腹手術とありますけれど、もう手術で取っていこうよという形になるんですか?
石井 そうですね。
岸田 この時のすい臓がんの告知は、さっき肺の影を指摘されているじゃないですか?すい臓がんを指摘されているじゃないですか?それで手術を受けるじゃないですか?これは…肺の影はすい臓だった?んっ?どういうことですか?
石井 えっとですね、PET/CT(検査)の結果、まず一番最初に引っかかっていた肺のところというのが反応が弱かったんですよ、あまり光ってなかった。その代わり…すい臓のところがピカピカに光ってたというので、PET/CTを撮った2日後ぐらいにがんセンターがすぐに来てくれ!と、ちょっと伝えたいことがあるというので行きました。
岸田 それで行って…その中で光っていると。
石井 光っている。
岸田 それが…。
石井 すい臓だったと。
岸田 で、すい臓の方にがんがあるぞということで。肺はもうじゃあその時は。
石井 はい、…『はい』だって(笑)
岸田 特に?
石井 特に…がんなのかどうかはもうこの光り方だと分からないし、もしかすると前やった肺炎かなんかの残りだったのかもしれないしということで、そのまま観察していきましょうって話。
岸田 だから、この手術っていうのは開腹手術で別に肺の影がっていうのではなくて、すい臓を除去していく手術と。
石井 とにかくすい臓だからやばいよ!って先生たちが、そうなんだ〜って聞いて。悪いとこあるんだったら取っちゃって〜ぐらいの。
岸田 えっ、すい臓全摘ですか?

石井 すい体・すい尾、あとひ臓と、たまたまその時左の副腎も炎症反応が起きていたのでそこまで取りました。なので、まだすい臓の頭が残っています。
岸田 そうなんですね。手術をされている、これも全然あれなんですよ、フラットなんですね?手術に関しても。痛いとか?
石井 痛いはそれだけありますけどね、でもまあ…そんななんだろうと。
岸田 ほう!
石井 で、今はほら麻酔とかもすごく進んでて、硬膜外(麻酔)でしたっけ?背中に入れといてカチッと押すと効くやつ。あれもう何回もおねだりして痛い!痛い!って。
岸田 マックスの回数決まってますけどね。
石井 決まってますけど、そのマックスギリギリまでやって。終わり頃に主治医に、痛いの嫌いでしょ?はい!みたいな。
岸田 そういったものもあったから、別に感情的にはフラットな状態が続いていくんですね。
石井 もう、うまく痛みもコントロールしてもらって。
岸田 この頃には、もうさすがにすい臓がんがどういう病気かって分かる?
石井 だんだんと徐々に相手の敵の顔が見えてまいりまして、これはまた大変なものだったんだなと。
岸田 ですよね!だって…この後ちょっと上がるんですけど、全然下がる様子がない。
石井 はいはい。
岸田 分かっても、あ、そうなんだっていう感じ?
石井 だって切って取っちゃってますもん!
岸田 あーそっか!そっかそっか。もう取ってるからっていうことで。その次はね、こちら、薬物療法されていくということで、これはもう切ってますけど。
石井 そうですね、術後療法っていうやつで。
岸田 薬物療法で…これはどういう?経口だったりとか点滴だったりとか?
石井 これは飲み薬です、経口で。
岸田 特に入院せず?
石井 入院せずですね。使ったことある方はご存知と思いますが、桃の味のするおいしく…ない!やつです。
退院2ヶ月半でディズニーへ——絶食入院を乗り越えTS-1終了
岸田 その治療をされていくという中ですね。そこから…なんなら一番上がってるとこなんですよ、マックスで上がってるんですよ。それがこちら、東京ディズニーランドのカウントダウン。

石井 9月に手術しまして10月に退院しました。そのまま2ヶ月半ぐらいでディズニーランドのカウントダウンに行く。前々から計画はしてて、チケットとか買ってあったんですけどね。
岸田 ディズニーランドのカウントダウン!これすごいですね!もう…その年ですもんね?
石井 その年です、2ヶ月半後です、退院して。
岸田 別に医療者…お医者さんから止められはしない?
石井 止められはしないという、そうですね。
岸田 中でカウントダウンに行って。これは何かあれですか?やっぱり治療中に行きたいな〜とか思ってた?
石井 うん、そうですね。分かる前っていうか…分かった時にはあれかな?もうチケット買ってたのかな?手術の前には。確か毎年ね、これはお盆ぐらいからチケット発売になって抽選なんですけど、それでもう当たってて何が何でも行くぞ!みたいな。
岸田 そういう目標があったわけですね。治療中も何が何でも行くぞということで行けた!というのがこの時。ディズニーお好きなんですね?
石井 好きですね〜!昔はね、若い頃ね、あんまり好きじゃなかったですよ。で、結婚した時にたまたまアメリカのフロリダの方のディズニーがあるでかいところに行って、そこからハマりました!こんな面白いんだ!って。
岸田 あ〜!フロリダに!本場に行ってからハマったと。そこからね、ちょっと下がっていきますがそれがこちら、職場復帰していくということで、これもポジティブなんですけれども、これは職場復帰…えっ、この時は、今は自営業ですけどこの時は会社員だったんですね?
石井 いや、この時はもうすでに自営だったんですけど、派遣会社を通して、まだこの状態なんで営業活動が自分でできなかったんで、前からちょっと付き合いのある派遣会社さんの方で声をかけてたら、あるよ〜って紹介してもらって。
岸田 お仕事でしていくっていうふうなイメージですね。
石井 はい。
岸田 そしてそこからちょっとネガティブな事象があります。それが、体調不良で1週間入院と。

石井 やられました〜!抗がん剤TS-1の副作用が、熱と下痢にきまして、お腹にきちゃって。
岸田 もうそれで熱と下痢が続いて入院までいっちゃうんですね〜。
石井 その状態ですぐがんセンターに行ったんですよ。
岸田 はいはいはい。
石井 電話して行ったら、そのまますぐに入院。
岸田 本当ですか〜。
石井 え〜?みたいな。
岸田 結構…値っていうか悪かったんですね?
石井 値っていうかもうだから…何食べても水飲んでも出ちゃいましたから。
岸田 あっそういうこと!
石井 脱水を起こすからっていうので、それで一週間。何よりも…4〜5日絶食!
岸田 うーん!
石井 一番つらかったです!絶食。
岸田 そっか〜何も食べれないこと。
石井 そう!それだけ楽しみですからね。
岸田 だからこう下がっているっていうところもあるんですね。
石井 やられちゃった〜!みたいなね。
岸田 本当ね、すい臓がんで告知されるよりもこの時の方が。
石井 そうですね(笑)ちょっといろいろねその前、職場復帰してストレスがたまってたりとかもあったんで。
岸田 そっか〜!何よりも食べれないことの方が。
石井 きつかったですね〜。
岸田 石井さん的にはね。その後上がっていきます、薬物療法が終了していくということで、これはもう一週間入院すれば体調よくなっていったんですか?
石井 えーとね、入院して次の日にはもう下痢止まりました。止まったんだけども絶食でした。まだダメね〜まだダメね〜、いついいの〜!みたいな。
岸田 そっかー、まあただそれ入院終わってもうだんだんよくなって、それで薬物療法も終了していくということで、薬物療法1年ちょっとされるんですね?
石井 丸1年でした。なんか普通TS-1って6ヶ月らしいんですけど、主治医の先生がかなりおっかない先生で、まだ若いし50代だから1年やっとけ!やってみよう!
岸田 そういうノリで。
石井 そのほうが確実だよね。半年でも1年でも効果の差があるかどうかっていうのはまだ分かってないけど〜みたいに言われて(笑)
岸田 分かっててほしい〜!
石井 そう(笑)
岸田 けど石井さんはそれでも。
石井 ある種の実験で、実験に乗っかって。
愛猫との別れ、コロナ禍での母の死去
岸田 それが終了していって、その後ガクンとこの中で一番下がっている事象、それが愛猫の死去と。
石井 そうなんですよ。うちで…入院する時には、一番最初病気が分かった時に3匹いました。で、手術して1回目退院してきて、そのうち3匹のうち1匹がすぐ亡くなっちゃったんですよ。

岸田 え〜!そうなんですね…。
石井 そうこうしてたらまた新しい子を引き取ってきたりしてまた3匹に増えてたんですけど、薬が終わった後ぐらいにまた1人というか…死んじゃって。もうそれの繰り返しで、親死んだ時より猫死んだ時の方が私泣きました。
岸田 うん。
石井 なんでなんでしょうね?
岸田 それぐらいもうね。
石井 子ども代わりというか、もう子どもですからうちの。
岸田 そういうことがあって気持ちが下がっていく中、その中でお母様の(死去)。
石井 …でしたね。ちょうどコロナの騒ぎの真っ只中でした。入院してたんですけどなかなかお見舞いも思うようにいかず、ただね…亡くなるちょうど1ヶ月前ぐらいに会えたんですけど、その頃はまだ元気で元気なわがままなまんまのうちの母親の記憶のまま見送ることができたので、それはそれでよかったのかな。
卒業目前、最後の検診でまた肺に影——右と左の同時手術へ
岸田 そういう意味もあって、このフラットな状況ですね。その後こちら、最後の検診で肺に影が…最後の検診ってことは…5年経った?
石井 そうです。すい臓(がん)から5年。
岸田 すい臓(がん)の時から5年。
石井 5年経って。
岸田 これで最後の検診ですよ〜これ終わったらもう。
石井 卒業ですよといった時に。
岸田 肺に影が…これあれですか?一番最初にあったこの時の肺の影っていうのが?
石井 そうです。
岸田 これがどうなるんですか?この肺の影。
石井 …が、えっとですね、最初…一番最初見つかった時には大体4センチ台だったんですけど、それが5年経ったらなんか大きくなってるよね〜っていうことで、もう一回じゃあ一番最初かかってもらった呼吸器外科の方にちょっと戻すんで診てもらってねっていう話で。
岸田 ちょっと大きくなってたんですね〜それが。呼吸器(外科)に戻してもらいますが、その後こちら、手術になっていくということは悪かったってこと?
石井 っていうか…その時撮ったPETでも光ってないんです、ぼやーっとしたくらいです。明らかなピカピカ光る状態じゃなくて。なんだけども5年前から引っかかってるし、まだ今もあるしちょっと大きくなってるんで。で、一番最初に行った時にすい臓(がん)が見つかる前の段階で、気持ち悪いから先生これ取っちゃおうって話を進めたんですね、持っててもいいもんじゃないんだろうから。それが5年経ちました、またちょっと大きくなってるかもしれない、で、かかったその呼吸器外科の主治医先生が、一番最初診てもらった先生だったんですよ。で、その時の話を覚えててくれて、どうする?あの時取っちゃおう・切っちゃおうって話だったよね?切っちゃおう!簡単に。
岸田 そうなんですね。
石井 もうその時腹決まってたんで、一番最初の段階で。で、その時にもともと持ってたのが右側だったんですよ、で、その時PET撮ったら左の下の方にもなんかちっちゃいけども光ってるのあるよ〜というのでこの時の手術は右と左と同時でした!
岸田 そうなんですね!右から左から?
石井 そう!
岸田 じゃあ2か所取っていったと。
石井 はい。
岸田 ということで、その胸腔鏡の手術をされていった。
石井 はい。手術の最中多分…片っぽ取ったらよっこらしょっとひっくり返して。
岸田 うん。
石井 反対側はまた切ってみたいな。寝てたから分からないですけど。
岸田 まあけどそんな…なんですかね、上がっているってことは、キツさとかっていうところは大丈夫だったってことですね?
石井 そうですね。前のすい臓のお腹切った時よりは楽でした、胸腔鏡(手術)って傷もちっちゃいし。なんで退院も早かったし。
岸田 そこでもう…その後、遺伝子検査を受けられて…ほう!このタイミングで?
石井 そうなんです。先生の方から…こういうのあるからやってみてやってみない?って言われて。有料だけどって(笑)
岸田 そうなんですね!自費!まさかの。
石井 丸々じゃなかったです確か。がんセンターというのがそういうので今やってたらしくて研究所も持っている。
岸田 この遺伝子は…取った肺の方の遺伝子?
石井 どっちだったんでしょう?それまで詳しく聞いてないですけどね。
岸田 すい臓もちろんね取られてるでしょうし、検体をね取られてるし、その検査っていうのを遺伝子検査をしていきます。これはどうですか?遺伝子検査怖いなとか?
石井 怖いなっていうよりも、どんなのなんだろう?って本当に興味だけ、興味本位だけです。
岸田 だからちょっとね。
石井 おらワクワクすっぞ!って言って(笑)
岸田 ワクワクして。
石井 どういうのが出てくるんだろう!?みたいな。
岸田 遺伝子検査…これやってみて結果はどうだったんでしょうか?
石井 はい、えーとですね、KRASG12Dという形でした。
岸田 KRASG12D…ちょっとあの…我々、全然何言ってるか分からないですけど…。
石井 私もよく分からなかったですけどね。結局すい臓がんとか大腸がんとか消化器系のがんって、KRASっていうのの変異が多いらしくて。その中でも12番目の…GのところがDに変異してますよっていうやつらしいです。詳しくは皆さんネットで。
岸田 がん情報サービスさんであったりだとか。
石井 その辺で正確な情報はそちらの方で。
岸田 また主治医の方だったりとか。そういった遺伝子変異があったよってことですね。そこが分かっていき、その後薬物療法をされていくということなんですが、これは…あれですか?やっぱり遺伝子検査で分かった治療でされていくんですか?

石井 …というよりも遺伝子じゃなくて、そのまま肺がんとしての普通の標準的な術後療法ですね。
岸田 そうなんですね、術後療法を肺がんで一般的な術後療法をされていったということで、これもあれなんですね?そこまで薬物療法もフラットなんですね?
石井 意外と皆さんシスプラチンとかきつくて、副作用ひどくてって言うんですけど、そんな多分…体力を持ってたのか運がよかったのかひどくなることもなく。
岸田 ええ〜!すごいですね!なかなか…!
石井 らしいですよね!
岸田 いやいやいや全然…すごい!あくまでも個人の経験談ですからね。
石井 そうですそうです、こういう人もいますよってことで。
岸田 大きな副作用も特になく。
石井 特になく
岸田 えっと、毛も抜けず?
石井 え〜これ最初からです(笑)
岸田 すいません(笑)
石井 いや、いいです(笑)
「一週間だけ、がんを卒業しました」——肺がん告知、そして再発
岸田 そしてその後ですね、肺がんの告知を受けていくということですけれども、これは?がん告知…その取ったものががんだったっていうことなのかな?
石井 そうですね、うん。なんかね…さらに粘液性がんっていうらしくて、なんか…ネバネバした液体を作るようながんだったらしくて。
岸田 っていうことはちょっと待ってくださいね、石井さんは…すい臓がんにいって肺に影があったというのは、すい臓がんとまた別のがん、肺がん…その粘液性のやつがあったってことですね?
石井 そうですね、だからダブルキャンサーだったと、結果的に。
岸田 結果的に!それも冒頭でちょっと紹介した(ステージ)2Bだったっていうことですね?
石井 そうですね。
岸田 こことここにあって…でっていうふうなことですね。ただこのがん告知された時に、この時もフラットなんですよね〜すい臓がんの時と同じく。すい臓がんの時と同じくこの時フラットで、えっ、感情…動かなかったですか?
石井 ああそうなんだ!ぐらい。
岸田 ああそうなんだ…。
石井 いやほら、その前にも5年前にね、後から分かったすごい最大の強敵(すい臓がん)をやっつけ切った…やっつけ切ってるかどうか分かんないんですけどね、まあそいつをやっつけてチャンチャンバラバラやってきてたんで。
岸田 そういうことか!だから…すい臓がんはもう終わってるから、次の肺がん…そういったところに告知があってもフラットで?
石井 だからすい臓がん…最後の検診ですい臓の方はもう所見ありませんと、これでもうすい臓がんの治療は終わりです。ただ肺の方・呼吸器の方を診てもらってねって言うんで、それから一週間あったんですよ。一週間呼吸器の方行ってそんな話をしてたんで、一週間だけ私がんを卒業しました!(笑)
岸田 一週間(笑)一週間だけがんのことを全く考えないで?
石井 もう健康体で。
岸田 そういうことですね。ただその後肺に…。
石井 そうなんです。第一試合終わったらすぐ第二試合のダブルヘッダーが始まったみたいな。
岸田 すごいですね。そんな中でね、治療されていって、で、告知を受けていく、その後に再発もされていくということで。この再発っていうのは手術や薬物療法で一度がんは消えてというか見えなくなって、その後どこに再発したの(ですか)?
石井 左のちっちゃい方の。
岸田 左下の方?
石井 右の方が大きかったので、右上葉って、肺の右は3つ左が2つ分割されてるらしいんですけど、右の上側のやつを全部取っちゃって左側はちっちゃかったので。そこだけつまんで取ってきたんですね。そのつまんで取ってきたところにまた光ってた。
岸田 そっか〜、その再発…さすがにちょっとフラットよりはちょっと下がったんですね?
石井 おいおいおい!みたいな、出てきちゃったかお前〜!みたいな。
岸田 焦りました?
石井 焦りはしなかったですね、うん。また切って取っちゃえばいいかみたいなので、その時にもう…前回ほら、つまんで取ってきただけだったんで、先生にまたさ、なんか変なの出てるよって言われた時に、じゃあ今度左の下側全部取っちゃおう!根こそぎゴソッと一回取れば大丈夫なんじゃない?みたいな。
岸田 そうですね〜そういうふうにもうご自身も思われて、そうかっていうふうな感じで?だから全然ネガティブにならず!そこまで。
石井 だってなってもしょうがないですもん!
岸田 そこでその後、先ほどおっしゃられた手術で取ったということで、これも胸腔鏡の手術をされた。
石井 はい。
岸田 その時はもう…左肺のところは取ってきて?
石井 もう。
岸田 大部分…下側の半分は全部取ってきたという感じなんですね?
石井 はい。
「またTS-1か!」——涙道閉塞を経て、経過観察へ。ステージは「合わせ技1本」の4B
岸田 その後こちら、薬物療法!?
石井 術後療法、3度目の。
岸田 おお〜!これはもうしないといけないですね?
石井 そうですね、やっぱり。
岸田 これはちょっと…下がっているのはどういう?
石井 どういうのかというと、すい臓がんの時にTS-1やりました。
岸田 やりましたね。

石井 で、また2回目の肺がんやって、またTS-1か〜!入院して点滴よりは楽なんですけど、何分…TS-1っておいしくないと、口の中で溶けちゃうんですよ!ややもすると。1日確か…1個だったかな?1回だけだったかな?確か朝だけなんですけど、口の中入れてちょっと時間経つと唾液が全部口の中でグズグズとラムネみたいに崩れていっちゃって!またそれがまあ桃の味でおいしくない!それを思い出して、またTS-1か!と、でもまあしょうがねえな!と。
岸田 しょうがないなっていうことでやられていくんですが、その後下がってきます。副作用、涙道閉塞って書いてますけどあんま聞かない…。
石井 ですよね?あの、TS-1の副作用の一つらしいんですけど、まず…目から鼻に通じるじゃないですか?涙って。で、その目から鼻に行くところがTS-1の薬が詰まっちゃって。
岸田 えっ!そんなことあるんですか?
石井 結局ほら、あの…抗がん剤なんで、全部出るじゃないですか?唾液だろうが涙だろうが。
岸田 ああ〜!そうそう。
石井 その薬が涙に入って…で、流れていく時に、そこを管のところを詰まらせていっちゃう。
岸田 そういうこともあるのね!
石井 もうそれ副作用で書いてあったんですよ、TS-1の冊子を読むと。それで、あっこれなのか〜。最初の頃はね、目うるうるしてて可愛いでしょ?みたいなやつが、さすがにちょっとねえ、出てるんで、これはよくないのかなっていうので。
岸田 これちょっと下がってネガティブなのは、これはネガティブだったとかそういうのですか?
石井 あのね…その涙目自体は大したことないんですよ。なんだけども結局あの…そのまましておくと、その…涙道、涙管?が詰まって完全にもう一生涙目になっちゃうよってので、処置としては目から鼻に管を入れてチューブを入れる。そこに置くんですけど、ステントみたいな感じ。それがもう半分詰まりかけてて、もうそれ入れるのが痛いの!麻酔はしてるんですよ。麻酔はしてるんだけども途中で切れかけてきて、先生おかわり!になるし、結構時間かかって右がひどかったですね。
岸田 麻酔は…全身麻酔じゃないですか?
石井 じゃないです局所(麻酔)です。
岸田 意識あるんですね?
石井 ありますあります。だから…視線によっては見えちゃいます。
岸田 怖いですね〜。
石井 なかなか見えなかったというのは。
岸田 そういうこともあってちょっと下がっている。
石井 本当に目の前ですから。
岸田 痛くて大変で…というふうな感じで、それをステント入れたらよくなったんですね?
石井 そうですね通りはよくなりましたね、その時は。

岸田 今は?もう大丈夫?
石井 もう大丈夫。
岸田 その後上がっているのはこちら、薬物療法TS-1もようやく終了しました。
石井 1年終了しました、2回目のTS-1。
岸田 で、経過観察。
石井 もう今は経過観察になっています。

岸田 今、状況的にはもう…がんは一応全部取り切っている?
石井 一応は取り切っている。
岸田 そういうことなんですね。
石井 そうですね。物理的にというか手術的にはもう取り切っている。
岸田 取り切っているということなんですね。あとちょっと僕の認識で、肺がんとすい臓がんじゃないですか?あれ?すい臓がんの転移とかっていったところは違ったんですよね?
石井 よく分かってないんです!それが、どっちが原発か分からないんです!つかった時は結局…後からですけど、取って調べたらがんだった、すい臓は完全にがんだった。どっちが先だったのか…分からないです。
岸田 ただ…型は違うんですよね?すい臓の型と肺の型は?
石井 右の(肺がんの)型とすい臓(がん)の型は違うということですね。その後出てきた左の(肺の)ちっちゃいやつはすい臓と一緒だった。そうなんですよ!そこは。
岸田 そうなんですね!ということは、すい臓の…左肺の左下は。
石井 間違いなく細胞の形を見ると転移で。
岸田 じゃあ右上は?
石井 よく分からないって。
岸田 すい臓がん転移されてたってことか。
石井 そうですね、すい臓から肺への転移。
岸田 今日ね、診察の説明の用紙もいろいろ持ってきてくださってるんですけれども、ここでね…なんか本当に僕すごいなと思う、ステージ4Bって書かれてるんですね?
石井 4Bでーす!
岸田 4Bっていうことで、これは…あれ?その…4Bって言われた時、えっ2Bと2Bだったじゃないですか?ここが4Bって書かれてるのはそれは何でなんですか?
石井 合わせ技1本です!
岸田 合わせ技!?合わせ技1本で2B・2Bやって、今の状態だと4Bでしょうっていうふうな?
石井 結局すい臓から肺の転移だったんで、遠隔転移があったということで分類するとこうなりますよって。
岸田 っていうことですね。この時にさすがに4Bって言われた時、ただペイシェンドジャーニーは全然ね、告知とかってやつなんですけど、さすがにちょっとは揺れ動きませんでしたか?
石井 合わせ技一本なんで(笑)結局お医者さんってがんを診ている先生はこの分類をしなくちゃいけない、そうするとどこに当てはまるかというとここになるというだけで。
岸田 ご自身的にはちゃんと治療をやっているし、取って対処するしというところで。
石井 後付け結果論の4Bなんで。
「うんって思って納得できた」——流れのまま、標準治療一本で
岸田 そういうことでした、ありがとうございます!ここからですね、さまざまな質問に答えてもらおうかなと思います!まず一つ目、病院や治療の選択、これはどのように選択していったのかというのは、石井さんいかがでしょうか?
石井 選択というかですね、結局最初の健康診断で引っかかりました、結核予防センターの方でCT取りました、そのまま県立がんセンターの方に紹介されましたっていうので、自分では選んではいなかったそのまま流れで。
岸田 だから治療していく中で、例えばさっきのTS-1も1年使用だったりとかそういった時とか…聞かれた時、いやもうちょっと…短い方がよかったなとかっていうのはない?
石井 ないですね。
岸田 じゃあもう医療者、医師から説明された通りにやっていくっていうのが石井さんのスタンス?
石井 そうですね。自分で違うと思えば多分拒否したりとか質問したりしたんですけど、うんって思って納得できたんで。
岸田 結構ね、やっぱりすい臓がんの患者さんとかっていうのも多分(この番組を)見てくださっていると思うんですけれども、その時に石井さんが重視したポイントってありましたか?
石井 えーっとね…抗がん剤TS-1やってくこと?
岸田 TS-1のみならず治療を全体的にこれだけは外せないなという。
石井 とにかく食べる!結局は…その時思ってたのは、強い薬だってのが分かったんで、とにかくこの薬に負けちゃいけない!負けたらもうこれで治療終わっちゃうから、だから何ができるかって、自分でも食べて体力を温存する。温存するっていうかね(体力を)落とさないようにする。
岸田 ってことはやっぱ食べれることを意識して、治療をしていたということですね?
石井 それなりに多分ひどくはないけども味覚障害もあったかもしれないぐらいだったんですけど、もう食べたくない…やっぱ気持ち悪くなったりするんです、吐き気がしたりとか。その時も食べる時に、これは薬に負けないようにこれが薬だ!と思ってごはんを食べて。
ひどい後遺症は特にない、けれど——すい臓を取った体との付き合い方
岸田 そういうことですね。ありがとうございます。そして次こちら、つらかったこと、副作用や後遺症ということですけれども、大変・つらかった、副作用先ほどね、涙道閉塞あったと思いますし、後遺症的なことって今のところどうですか?
石井 まあね、ひどいのは特にないんですけど、やっぱりすい臓を手術で取ってるっていうかね、残ってはいる(すい臓の)頭は残ってるんですけど、そのせいでやっぱりインスリンの分泌量が減るんで今ちょっと糖尿の方が…。
岸田 糖尿病になっちゃうってこと?
石井 なっちゃいますね。
岸田 じゃあ血糖値をちょっと調整したりしないといけない?
石井 今飲み薬とインスリンまでいかなくて、今知ってる人は分かるかもしれないけどマンジャロという注射なんですけど、週に1回やればいい。それで今コントロールしながら普通にごはんを食べてます。
岸田 それを糖尿病に関しては、やっぱり地元の病院とかになるんですか?
石井 最初は地元の病院っていうか行ってたんですけど、こうなってくると面倒なんで全部がんセンターで診てくれって。
岸田 がんセンター診てくれるんですか?
石井 あったんですよ。週に1回だけ東北大から先生来てくれてて、そこのところに行ったら、そっちでも全部診ようってことで。
岸田 診てもらってたということですね。だから今はそっちの方で病院はかかっているというふうなことですね。ありがとうございます。次こちら、困った時の支え、何に支えられた?っていうことと、困った時・大変だった時、これに支えられたなっていうものって何かありますか?
石井 何でしょうね?
岸田 じゃあ次いきます(笑)
石井 はい(笑)
「病気になる前と変わらない形のままいてくれた」——妻の”普通”に支えられて
岸田 次の項目はこちら!家族ということで、家族は奥様がいらっしゃったというふうなことをお伺いしましたけれども、パートナーの方にどう支えられたよとかこうしてほしかったよとかもしあれば教えていただけますか?
石井 支えられたというか、病気になる前と変わらない形のままいてくれたんですね。
岸田 うん。
石井 病気だからどうしなさいとかどうこうっていうのもなく、もうそのまん〜ま普通に接してくれてます。逆にこき使われてます!(笑)
岸田 それはありがたいってことですか?
石井 ありがたいですね!うん。結局そうすると自分でも意識する機会が少なくなるじゃないですか?病気だっていうのを。大丈夫なの?とか言われないし、頑張ってね〜!頑張ってるわ!
岸田 だからそういったこともなく、今まで通り接してくれて。
石井 変わらずに接してくれて。
岸田 告知自体は一緒に受けた?
石井 一緒に受けてます。
入院中もパソコンを持ち込んで——CADの在宅仕事と治療の両立
岸田 じゃあ一緒にという形で、それで今まで通り接してくれて嬉しかったということですね。次こちら、お仕事のことなんですけれども、仕事、本当にさまざまな治療の中でお仕事をどうしていったのかということをお伺いしていきたいのですが、さっきのペイシェントジャーニーでお仕事のところっていうのはこちらですね、復職っていうのがあったりだとか。ただこの後いろんな治療がなっていった時、復職っていったところだったりとか自営業ということで、取引先に言うのかだったりとかそういったところを教えていただけますか?
石井 はい、オープンにして私がしゃべりました。すい臓がんでした。っていうのはやっぱり、いつ何時またね体調を壊したりとかで迷惑かけるかもしれないよっていうのは言っとかないといけないだろうし、あとは…このがんになってもこうやって元気で仕事してられるんだよっていうのをちょっと見せたいなっていう。だから…その人がとか家族の方がなってもそんな悲観することなく仕事は続けられるし、ごはん食べて笑ってられるよっていうのを見てもらえればなっていうのも少しありますね。
岸田 じゃあ取引先だったりとかにはがんとこういうことは伝えて。ここら辺の治療の時はお仕事はさすがにできないですよね?
石井 えーとですね、それが…今いい時代で、全部在宅でネット環境があれば、私はCAD屋なんでデータ送ってもらってそれで書いてデータで送ってやって、あとは電話とメールでやり取りして。
岸田 そっか!じゃあ仕事をしながら治療されていった?
石井 そうですね。一番ひどい時入院している時にパソコンを持ち込んでやってました(笑)
岸田 そうなんですね〜!
石井 じゃないと間が持たないし入院中。
告知8ヶ月前に入ったがん保険「ギリセーフ」——そして一時金の”2年ルール”という盲点
岸田 なんかやってた方がよかったっていうこともあるんですね!そんな中でですね、仕事を続けながらといったところでありますけれども、お金や保険はどうされていったのか、治療費どのくらいかかりますか?
石井 治療費はですね、高額医療(高額療養費)の方を使っていたので、さほど大打撃になることもなく助かりました。
岸田 ただトータル結構治療されているから…普通に100万とか?
石井 いってますね、お父さんお母さんありがとうもありますし。あとは…たまたまですね、このがんの告知のちょっと前にがん保険今まで入ってなかったんですけど、ちょうどその時今住んでるところのマンションなんですけど購入したのがあって、火災保険とか入ったんですよ。その時一緒に健康保険とかも何も…がん保険とか生命保険やってなかったんで、一緒にもう申し込んだんですね。
岸田 そうなんですね!
石井 それでもう本当に…半年過ぎて8ヶ月ぐらい、2月に申し込んで告知が下されてギリセーフで保険がおりました。
岸田 ほんとたまたまです?
石井 保険屋さんごめんなさい!みたいな
岸田 いやいやいや、それは保険屋さんとしてもやっぱそれでちゃんとね、救えたっていうことで、すご!
石井 本当に運だけで。
岸田 じゃあしっかりそういった保険も出て、もう治療費カバーできた?
石井 はい。ただね、1個だけちょっと保険でショックだったのが、すい臓がんやりました、5年経ちました、肺がん見つかりました。その時には一時金ってどっちも出たんですよ。
岸田 ほうほう!
石井 要はそれ治療費に充ててくださいねみたいな。ただ肺がんやってその1年後にまた再発した時に。
岸田 あ〜確かにうんうん。
石井 ですよね?1年しか経ってない。それで申請したんです、そしたら間2年経たないと出ないんですよ、ゴーン!!でした。
岸田 そっか〜そういうのがあるんですね?
石井 ありました。それ知らなくて、えっ?みたいになってびっくりして。ただ手術自体はうんと大きい手術じゃないし入院も早々に4〜5日で出てきたんで大したあれもなく。
岸田 そっか〜、2年経たないと出なかったんですね。
石井 ちょっとその辺保険入ってる方も見直しというか、聞いといた方がいいかなって。盲点でしたね!あれは。
点滴台を押して1日3〜4回——ナースステーションに手を振るほど歩いた入院生活
岸田 ありがとうございます。こちら次、工夫したこと、治療中、入院中でも自宅療養の時でもいいんですけど、なんかこれ工夫したなっていうのはありますか?
石井 工夫したな〜っていうのは、やっぱり食べれるものを食べる!食べたいものを食べる。あとはすい臓がんやった時にとにかく病棟を歩いてましたね。
岸田 歩いてた?
石井 うん、暇だったのもあるけどベッドでじっとしてるのも嫌だったんで、点滴台持ってこうやってガラガラ1日3〜4回。
岸田 うんうん。
石井 だんだん調子よくなってきたら、今度は退院する前ぐらいからは階段の上・下に行ってみたりとか、とにかく体力を落とさないように。
岸田 すごいですね〜!入院中!?
石井 入院中。とにかく歩け歩けって前々から言われてたんで看護師さんとかにも、そしたらもう歩きすぎてね、また来たよみたいな。ナースステーションで手を振ってたくらい。
「玉石混交」のネットの中で——国立がん研究センターなど信頼できる情報だけを見る
岸田 それぐらい体力の維持に努められたというのを工夫したことということですね。次こちら、情報ということなんですけれども、がん告知された時のすい臓がんについてあまり知らなかったということもありましたけれども、その後情報とかがんに関しての情報、治療に関しての情報はどのように手に入れましたか?
石井 やっぱりメインはインターネットだったんですけれども、まあ見ていけばね、もう…玉石混交すごい状態であるじゃないですか。その中でやっぱり国立がん(研究)センターの情報とかとにかく信用できるところの情報だけをできるだけ見て。で、眉唾物のうさんくさいやつは、へへへって笑いながら見て(笑)
岸田 やばい治療…うさんくさい治療はしなかったんですか?
石井 しなかったです!
岸田 それはなんで?結構やっぱ…なんでしょうね、いろんな…すい臓がんというのもあると思いますし、なんか…そういうふうな気持ちに駆られることとかはなかったですか?
石井 なかったですね!もう標準治療だけでいったし。
岸田 だって肺がん再発した時に、この治療はどうなんだっていうこととかは?
石井 …もなく、標準治療で一本でした。だって…ね、結局『標準』って言いながらもあれが本当に『ベストの治療だ』っていうのが見たんで。
岸田 えっ、そのベストな治療だっていうのは、それはもう石井さんが何かで(見た?)。
石井 やっぱりその情報ですね、信用できるところで、そうだよね〜!みたいな。
岸田 そういうことで情報を見られて?
石井 標準的な人間なんで特別なことはしなかったですけど(笑)
「この病気になってなければ、知り合えなかった」——全国に広がったつながり
岸田 いやいやいやいや、いろんな意味で標準じゃないような気もするんですけど(笑)そういったところで情報を見られたということですね。次こちら、がんになる前と後で変わったことありますか?ということなんですけれども、心的に・体的にありますか?
石井 そうですね…えっとね、多分…この病気になってなければ、こんなにいろんな人たちと知り合えることはなかったと思います。あの…嫌な言葉ですが、『キャンサーギフト』ってよく言うじゃないですか?
岸田 がんになって得たもの・得たことっていうね。
石井 だけども逆に、この病気通じて知り合えた人たちもたくさんいるし、それも悲しい別れもあったんですけどね。でも…じゃなければこういう共通の話題で全国いろんなところで知り合う人もいなかっただろうし、それはとてもいいな〜と思います。
岸田 いろんな方と知り合えることができる。
石井 そうですね、で、こうやって話したりとか。
「思い切ってよかったよ、迷わずにいってよかったよ」——全部の自分へ
岸田 そうですね、今日もね、来ていただいてというところもね。そしてこちら、あの時の自分へ。もしがん告知の時でもいいですし手術の時でもいいですし、再発の時でも、あの時の自分へ声をかけるとしたらどんな声をかけますか?
石井 これも難しいですね〜。
岸田 パスします?
石井 言っておきます。思い切ってよかったよ!迷わずにいってよかったよ!
岸田 どの時の自分に?
石井 もう全部ですね。告知を受けた時も、あっそっか!と受け止めたし、落ち込むことなく。で、手術の時も逆にね、ほらもう全部取っちゃって〜!でイケイケで行ったし、それがよかったんだよって、あの時間違ってなかったよって声をかけてあげたい。
「悲観しなくてもいけるよ」を見せていく——宮城でのピアサポート活動へ
岸田 そうですね〜本当にね、石井さんはね、もう自分で…すごく選択されつつというか、パパパッと決められていって。そして次こちらですね、大切にしたいこと、何を大切にして生きていきたいかでもいいですし、これを目標にしていこうということでもいいですし、そういったものってありますか?石井さん。
石井 今大切にしたいのって、今私がこういう状況で過ごしてきてるじゃないですか。だからこれをみんなにもちょっと暗くならずに、大丈夫だよっていう言い方変ですけど、悲観しなくてもいけるよ。
岸田 こういう方もいるよっていうところね。
石井 今どんどん医療も進歩してるから、悲観しなくても大丈夫。一日でも頑張れば今日使えない薬も明日使えるかもしれないっていう時代じゃないですか今。なので…ね、一日でも頑張る。
岸田 またあれですよね、石井さんは患者会なども運営されていて、サポートされていて?
石井 サポートというか…下っ端の使いっ走りです(笑)
岸田 いろんなピアサポートといったところでも活躍されていて。
石井 これからやっていくんですけども。
岸田 宮城県の中でさまざまな活動もされていて。
石井 全然まだまだ足りないです。
岸田 いやいやいや。こうやってすい臓がんとね、肺がんの経験談をシェアしてくださる、それだけでも本当にありがたいなと思います。
「自分のカラダに興味を持ってください。ただし、悪いところは探さない」
岸田 皆さんぜひですね、また経験談を寄せてもらえたら嬉しいなと思います!そして最後に石井さんからメッセージをいただきたいなということを思っております。メッセージがこちらになります。
石井 メッセージはですね、治療とか進めていく中でまず『自分のカラダに興味を持ってください!』というのは、今どういう状況にあるとか、あとはどういう薬を使っている、どういう副作用がある、そういうのは自分の体にまず興味を持って、どこがどうなっているんだろう?主治医だけじゃなくて自分で自分の体をまず見てみる、どこを触っても大丈夫です!セクハラと言われませんから、自分の体。なのでいろんなところで興味を持ってください!ただ…自分の具合の悪いところは探さない!これも一つですね。
岸田 ありがとうございます!えっ!?自分の具合の悪いところは?
石井 どうしても…副作用とかが出始めると(具合が悪いところを)探しちゃうんですよ、ここ痛い!あっあそこも痛い!痛い!じいさんばあさんじゃないんだから(笑)悪いところを探し始めちゃうともう完全によくない状態に落ちていくんで。
岸田 そうじゃなくて?
石井 まず…ただそのまま放置はよくないと思うんですけどね。なので自分の体が今どういう状況なのか、例えばお腹痛いな〜昨日何食べたっけかな?とか。
岸田 そういったところをちゃんとしっかり把握しておくっていうのが大事だから、それを把握しておくと普段と違う症状が出たら、あっこれは病院に行こうかな〜であったりだとか。
石井 様子見ようでも済むかもしれないし。
岸田 特にね、やっぱ乳がんとかこういったがんとかも自分でね、セルフチェックができたりとかしますので、そういったところでちょっと何かあるなと思ったらすぐ大きめな病院に行ってもらえたら嬉しいなと思います!
石井 ありがとうございます。
岸田 …といった中でですね、がんノートを終了していくんですけれども、石井さん出ていただいていかがでしたでしょうか?感想とか。
石井 バキバキに緊張しますね
岸田 やっぱり(笑)全然全然!(笑)いやもう…石井さん9割5分笑ってらっしゃってた。そんなこと全然思わなかった!
石井 今から泣きましょうか(笑)
岸田 いやいやいや…がんノートらしくね、話していただいて。
石井 ありがとうございます!
岸田 ありがとうございます!またね、皆さんいろいろな経験談、石井さんともね、いろいろ話は以前もさせていただいて、やっぱりこう…特殊な例というかすごいレアケースであると思いますけれども、あくまでも一つのケースとしてね。
石井 こんなのもいるんだよということで。
岸田 見てもらえたら嬉しいなということを思っております!それでは皆さん、また次の動画でお会いしましょう!それでは皆さん、バイバイ〜!
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