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インタビュアー:岸田 / ゲスト:豊田

車とロックを愛する31歳会社員—MALTリンパ腫ステージ4と診断された、豊田さんのゲスト紹介

岸田 それでは、がんノートmini、スタートしていきたいと思います。きょうのゲストは豊田さんです。よろしくお願いいたします。

豊田 よろしくお願いします。

岸田 豊田さん、早速、豊田さんのプロフィール、見ていきたいと思います。こちらになります。どん。それでは敏希さん、出身と居住地が三重ということで、そして、お仕事が会社員です。趣味が車と音楽鑑賞ということで、お車、好きなんですね。

豊田 そうですね。ドライブ、基本的に自分で運転するっていうのが大好きな感じですね。

岸田 すごい、車も結構こだわって、オートマとかじゃなくてマニュアルで?

豊田 マニュアルが大好きな感じですね。

岸田 いいですね、ドライブ。そんなドライブをしながら音楽鑑賞もするという?

豊田 車もスピーカーとかまで換えちゃって、ちょっとこだわりながら音楽を聴く的なことが好きです。

岸田 町中にいる、爆音で走ってるやつじゃないですよね、さすがに。

豊田 爆音では走んないですね。

岸田 音楽、何好きなんですか、ちなみに。

豊田 何が好き? 今はOfficial髭男dismとか好きです。とか、そのときの気分でワンオクとか、ロック系も聴きますしって感じですね。

岸田 聴きながら、そして車で爆走するという感じで。

豊田 爆走って。

岸田 ちょっと誇張してます。普通にドライブをいい感じにされているときに。そして、がんの種類が悪性リンパ腫、MALTリンパ腫って書いてあるんですけど、あんまり聞いたことないやつですね。

豊田 種類が100種類以上もあるようなやつが悪性リンパ腫なんですけど、その中でも医者から言われてるのは多分7、8パーセントくらいしかならない、ちょっと珍しめのがんですけど、一応、悪性度的には低悪性度っていわれているがんなので、進行的には半年とか1年単位の進行で。リンパ腫の中でも白血病とかって高悪性度っていわれるんで、週単位で悪くなっちゃうんですけど、そういうやつではないよみたいな説明は受けてます。

岸田 ありがとうございます。そしてステージが4といったところで、告知年齢と現在年齢31ってことはこれ、じゃあ今年、受けたってことですか。

豊田 そうです、最近。本当に4月に受けた人間ドックの結果からっていうところで、治療もすぐやってっていう感じで、今ですね。

幸せの絶頂から突然のがん宣告——人間ドックが変えた人生

岸田 そして治療は、手術、放射線をされているという形になります。ちょっとここから、早速なんですけれども、豊田さんのペイシェントジャーニー、伺っていきたいということ思っております。豊田さんのペイシェントジャーニー、こちらになります。上にいけばいくほど、ちょっとハッピーなこと、そして下にいけばいくほど、ちょっとバッドなことといった中での右折曲折を表させていただいております。その中で、どんな形になっていたのか、2016年から振り返っていきたいと思います。

岸田 豊田さんの2016年、ここんところが唯一のいいところぐらいですよね、多分。最初に何があったのか。ご結婚から始まり、そしてご長男の誕生、そして、それからの戸建ての購入、一軒家を購入し、そして新たな職場という、これが唯一の豊田さんのいいことという形になるんですけれども。ご結婚されてご長男誕生して戸建ての購入、ここは自分の思い描いていた理想な感じなんですか、豊田さん。

豊田 理想な感じって言われるとあれですけど、結婚して子ども生まれて家、建ててというのは、何となく思い描いてはいましたけど。たまたま奥さんともタイミングっていうのがあったっていうところがあって、よかったところですね。ていうか今、思えばですけど、病気する前にいいことが結構あった中で、いきなり病気になったんで、下落さは、このグラフのとおりなんですけど、いきなりそうかみたいなのは、気持ち的な衝撃はありましたね。

岸田 ご長男さんは、今お幾つですか。

豊田 今、3歳ですね。

岸田 家もあって。そして新たな職業、これどういうこと? 転職したとか、そういうことですか。

豊田 ではなくて、自分が前いたところから次、どこ行きたいの?みたいな話があって。そのときの自分で、いろいろ自分で仕事のこと考えて、あそこ、行きたいですって言ってたところが、たまたま希望がかなって、去年、人事異動して今のところにいるんですけど。

岸田 自分の希望した部署に行けたってことですね。

豊田 なんで、新たな気持ちで頑張ろうみたいなのを思ってた時期ですね。

自覚症状ゼロなのに「肺がん疑い」——検査が明かした異常の正体

岸田 ありがとうございます。そんな中から、ここから下がっていくんですよね。何があったのか、皆さん、お付き合いください、こちら。人間ドック、これは会社の人間ドック?

豊田 そうですね。自分の会社は一応、毎年健康診断じゃなくて人間ドックを全額補助、受けてやれるという会社でして、なんで人間ドックを受けています。

岸田 すげえ。人間ドックを受けまして、そして右肺に影。これ人間ドックのやつが返ってきたら右肺に影がありますみたいな感じで?

豊田 そうっすね、胸部レントゲンってやつで、要再検査って書いてあって。基本的にいったらあれなんですけど、僕、ちょっと鈍ってる変な人なんですけど、毎年何かしら引っかかってるんですよ。

岸田 うそ?

豊田 なんで、血液検査で、僕は脂肪肝なんですけど、数年前から。結構ずっとアスタリスクが付くんですよね、要検査のところって。結構アスタリスク、見るんで、あんまり気にはなってなかったんですけど、初めて胸部レントゲンのところにアスタリスクがあって、なんかあんのかな、初めてやなって思いました。血液検査とこだったら毎年あるんで、なんの気にもしてないっていうか、そういうちょっと不健康なやつなんですけど、そんな感じですね。

岸田 胸部レントゲンで、何か右肺に影があるよというのが分かっていきます。そこからCTの再検査へ行ったんですね。変化なし、異常なしだったんですか。

豊田 なんか黒い点が右の肺に、影のあったところにあるってことで。なんで、それが影で映ってたんだねって話にはなりましたね。

岸田 何も大きくならなかったとか、そういう感じ? 変化なしってことは。

豊田 そうですね、2回、撮ってるんで。時期を置いて撮ってますけど、特に変化がないので、なんかあるのかなっていう感じですね。

岸田 そこからPET-CT検査を受けていきます。これはあれ? やっぱ変化なかったから、もう一個、詳しいのやっとこうかみたいな感じ?

豊田 そうですね、この辺あたりから、がんなのかもしれないっていうので1回PET-CTっていうやつを、がんの人は受けないといけないんでっていうので一回、受けるかっていう感じで受けました。

岸田 なんか光ったりするんですよね、PET-CTってやつね。

豊田 そうですね、赤色というかオレンジ色というか、ぴかっと光る。

岸田 そのPET-CT検査を受けていきます。そんな中で、豊田さんがこういう肺がんの疑いが分かっていくと。

豊田 このPET-CTの検査の結果のところに、一応、肺がん疑いとして取り扱う案件ですみたいなのが書いてあったっていうところですね。

岸田 その検査の結果っていうのは、自分でまず最初に見る? お医者さんから言われる感じ?

豊田 自分で最初には見ないですね、お医者さんが。地域の総合病院に行ってたんですけど、そこから違う病院でちょっと受けて。その病院から総合病院に結果が来て、先生が見て、それを報告いただいて、画面で見たときに印刷してくれたんで、それ、見たら書いてあったって感じですね。

岸田 書いてあった。その先生からは直接言われた感じではなく?

豊田 その先生も一応こうやってきたんで、ちょっと大学病院、次、行ってもらうことになっちゃいますけど、よろしく頑張ってくださいみたいな、そんな感じ。うちでは、がんは取り扱いないんでみたいな。なんで、がんかどうかも、そこでは診断はつかず、疑いがある人は大学病院だみたいなそんな感じで。

岸田 淡々とって感じなんですね。

豊田 そうですね、うちじゃ見れないからみたいなそんな感じが、ちょっと冷たいなとか、そんな感じ。

岸田 そうして、肺がん疑いと同じぐらいのレベル感で何があったのか。これで大学病院、行ったのか。

豊田 そうです、そのまま流れていくという感じですね。

岸田 大学病院行って、そしてその後ちょっと下がっていく、手術の決断というふうな形になっていくんですけれども。これは、どういうことになっていったんですか、これは。

豊田 PETで肺がん疑いってなっているけども、結局、病理検査、細胞を取って調べないと肺がんかどうかは分かりません、なんで良性か悪性か分からないんで、一つの手としては気管支鏡、内視鏡を入れて生検もできるけども、私の場合はちょっと場所が端っこのほうっていうか、気管支鏡が入らないところにあるんで良性か悪性か判断するなら、手術で取りにいくしかない、細胞をっていうことを言われて。このとき、この大きさだったらって、22ミリだったと記憶してるんですけど、大きくもないし小ちゃくもないっていう感じだから悩むけど、どうしようかなって、医者もやろうとはならなかったんですけど。僕の中には、悩むんだったら白黒はっきりさせたいんで、じゃあいつなら手術できますかみたいなのを僕から聞き出して手術を決めたという感じですね。

岸田 手術を決断して、すぐ手術できました? そのときは。

豊田 そうですね。一応、会社にはPET-CTの結果が出たときに、もしかしたら手術になるかもしれないって聞いてるんで、そのときはっていう話をしてたら、事前に仕事のことは考えなくていいから医者と相談して、スケジュールは病気を優先してくれというのを言われてたんで、ありがたい気持ちをそのままいただいて。じゃあ最短でいつできますかっていう聞き方をしたら、最短か、そのとき確か火曜日だったと思うんですけど、来週の火曜日って言われて、丸1週間後ですかみたいな。早いなとは思ったんですけど、それを延ばすと2、3週間か遅くなっちゃうって言われたんで、じゃあそこでっていう話をしたっていう感じですね。

岸田 すごい、淡々と。

豊田 そうなるとって言われたのが、月曜日からじゃあ入院なんで用意してきてくださいみたいな、は?みたいな。帰るまでに入院についての説明を看護師さんから受けてくださいって言われたんで、たまたま1人で行ってたんですけど、家族に何も言わず、入院と手術の事前説明を受けて帰って、どうだったって言われたときに、手術になって来週です、説明を受けてきて、同意書にもサインしてきましたみたいなことを言ったっていうのが。

岸田 それ奥さんたち、ええ?みたいな感じになるでしょう? 奥さん。

豊田 なるんですけど、家族にも、奥さんだけですけど、一応、もしがんだったら手術になるっていうのは前の病院で言われてたんで、それは共有してたんで。じゃあ好きにしたらとは言われなかったんですけど、仕事と調整してみたいな感じですね。

岸田 それで月曜、入院して手術になっていく、会社の理解もあって手術していく。その手術が腹腔鏡手術ということで、がっつり開胸の手術でなくて腹腔鏡で手術したんですね。

豊田 そうですね。右側だったんですけど、右の脇腹3カ所ぐらいかな、小さい穴を開けられて手術をしたっていう感じですね。

岸田 手術後とか痛かったですか、そんなに?

豊田 手術後は、肺なんでドレーン、チューブを付けられてるときはすごい痛かったですね。動けば痛いし、息すればそのチューブが当たって痛いし、どないなっとんのやと思いましたけど。

岸田 ドレーンが抜けたら大丈夫になった感じ?

豊田 抜けたら全然大丈夫でした、思ってた以上に楽でした。

「肺がんじゃなかった」——手術中に判明したMALTリンパ腫と、胃への広がり

岸田 腹腔鏡手術、比較的、体への負担が少ない手術とは言われていますけれど、それをしていき、そしてそれと同じぐらいのところに悪性リンパ腫の告知、ここからちょっと雲行きが。ここからもですけど、最初、肺がんの疑いで肺の手術で、ちょっと取りづらいとこっていうか奥のほうにあるから腹腔鏡手術で取っちゃったってことですよね。それを検査してみたら悪性リンパ腫だったということ?

豊田 まずは手術中の迅速病理検査っていうのをすぐやってもらうんですけど、そこで既に肺がんじゃなくて、ばっくり悪性リンパ腫っていうのが分かったんで、手術自体も本当、良性だったら、ちょろっと取って終わる予定だったんですけど、悪性リンパ腫だったんで。じゃあリンパ節と、あと中葉かな、右肺って上中下って三つに分かれてるんですけど、その中葉部分にあったんで、そこの中葉部分摘出っていうのをやってっていう感じですね。なんでそのときは、ばっくり悪性リンパ腫なので、まだMALTとは言われてなかったっていう感じですね。

岸田 そして悪性リンパ腫、こう言われたときに、どうなんですか、豊田さん的には。いや肺がんやって言ってたやんとか、そんな感じ?

豊田 そうですね、肺がんだった場合のことは聞いてたんですよ。場合は、この大きさだったら取っちゃえば9割方、治ったって言えるかなって先生には言われてたんで、そこでじゃあ楽勝やなと思ってたんですけど。悪性リンパ腫って言われたときに、悪性リンパ腫なんで追加の検査も必要なんで、今後どうなるかは血液内科にそのまま行ってもらいますみたいなこと言われたんで、ちょっとなんか予定と、また違うなっていうのは思いますよね。

岸田 そして、そこからまた下がっていく。何かというと、胃にもということで。肺、取って、胃にもできたっていうこと? 悪性リンパ腫は。

豊田 そうですね。その後いろいろ検査をするって言われて、全身の造影剤CTの検査と、あとカメラを入れられるとこなら全部入れたいって言われたんで、胃と大腸。大腸はたまたま僕、前段の人間ドックで実は大腸も引っかかってたんです。

岸田 めっちゃ引っかかってるやん。

豊田 なんで僕、大腸のカメラは前の病院で受けてたんですよ。

岸田 受けてたんやね。

豊田 そこでは大腸は異常なかったんでっていう話をしたら、じゃあ数カ月前に受けてたんだったらいいかっていう話で。じゃあ胃はやってないんだったら絶対入れますって言われたんで、やって。そしたら検査のときもちょっと怪しかったんですけど、なんかあるんで細胞を取らせてもらいます、3カ所ぐらいとか言われて、何があるんですかって、そのとき聞いてたんですけど。いやちょっと分かんないです、炎症かもしれないんですけどとかって、だいぶ濁されて、これ、なんなんだろうと。

岸田 不安にさせないようにやけど、一応、そのとき言わなあかんしね。

豊田 不安にさせないためにした。取って、その結果を2週間ぐらい多分かかったと思うんですけど、それで聞いて。なんで、胃にもありましたって言われて。そのときに、でもどっちが先かっていうのが分からないって言われたので、肺なのか胃なのか、原発がどっちなのかが分からないって言われたんで。なんで結局、そんな感じですね。いつからあるのか分からないと、そんな感じ。

岸田 だから、やったときにちょっと取って、それの検査したら、ようやく分かっていく感じ? まだリンパ腫か。

豊田 そのときにMALTっていう病名は詳細な病理検査も進んでたんで、一応、肺のやつもMALTリンパ腫って分かってて、胃もちゃんと検査したらMALTで、同じやつですというような言われ方でしたね。

岸田 ていうような言われ方をして、胃にもあって。そこからピロリ菌、除去すんの? これって。

豊田 胃のMALTリンパ腫の原因の8割から9割ぐらいかな、ほとんどがピロリ菌が影響してることが多いらしいです。なんで、まずはピロリ菌の除菌をするのが標準治療というか、そういう形の話でした。

岸田 ピロリ菌除去って、どんなことすんの? 実際やったことないから。

豊田 薬を飲むんですけど、何種類か組み合わされた薬、シートみたいなんに1回分っていうのが貼ってあって、五つぐらい多分あったんですけど。それを朝の食後と夜の食後、1日2回飲むっていうのが1週間かな、連続でやらないといけないっていう治療で。僕、たまたまなんですけど、ちょっとアレルギー反応が出たんですよ、途中で。じんましんみたいなのがちょっと出て、めっちゃ軽かったんですけど。でも、一応、怖かったんで主治医に直接、電話して聞いたら、次の日、飲んで、どんどん増えてきたら駄目なんで、そのときは病院にすぐ来てくださいって言われたんですけど。一応そこからは増えなかったんで、取りあえず治療は飲み切って終えることはできたっていう感じですね。

岸田 お薬、飲む感じなんですね。

豊田 内服です。

岸田 内服で。いろいろ、ありがとうございます。これ、がんノートのご覧の皆さんご存じのとおり、治療法だったりとかそういったことに関しては、ご自身の主治医と確認してくださいね。これ、あくまでも一例でこうだったということでありますので。また情報もアップデートとかされますからね、そこだけご留意ください。そしてその後、遺伝子検査も受けたんですね。すごいな、いろんなの、受けてんのね。

豊田 これはピロリ菌を除菌のした後に効果を確認するために、もう一回、胃カメラ、飲んでやったときに、一応、事前のピロリ菌の治療しながら受けた血液検査でもピロリ菌は陰性だったんですよ。血液検査の場合は精度があんまり良くないんで、もしかしたらいるかもしれないんでっていう補完的な感じも含めてやったんですけど。ピロリ菌は多分いなかったと、僕は初めから。なんで治療としてはやったものの、遺伝子の異常、融合遺伝子っていう遺伝子と染色体が異常変異を起こしてしまうことがあると、また違う治療しないといけないと言われて。なんで、その可能性があるから受けときましょうかと言われたんで、別に断る理由もなかったんで、普通に細胞を取るだけならやってくださいっていうのを言ったら、その異常がありましたというのも、その後、受けたというとこで。

岸田 これがこれですね、遺伝子の検査が陽性で、ちょっと異常があったということが分かっていくということで。ここまできたら結構、遺伝子の結果、異常がありますって言われたら、どういう思いになるんですか、豊田さんは。

豊田 ここで思ったのが、僕、子どもがいるんで、これって遺伝するやつですかって聞いてしまいましたけど。そのとき、よかったのは、これは遺伝するようなやつではないので、別に子どもさんは気にしなくても問題はないと、一応、それは言われたんで。じゃあ、それはよかったかなと、俺で終わるならっていう感じの感じかな。

岸田 ただ、そこから差があるんですよね、一番差があっていくところ。ここからステージ4の告知ということで、ここでステージ4っていう言葉が出てくるんですね。

豊田 これは医者から言われたわけじゃなくて、たまたま奥さんが一緒に通院に来てたときに、多分、今、思えば前から気になってたんだと思うんですけど、ステージって分かるんですかみたいなことを聞いたら、分かりますよ、ステージは一応、4ですみたいな、さっと言われてまして。一応ばっくりした決めとして、横隔膜って体にあると思うんですけど、それを介して上下にある場合は遠隔転移をしてるというような感じで、そうなると4ですと、4ですかみたいな、そんな感じなんで。そこで面白かったっていうか、奥さんがステージ4って聞いた瞬間に、じゃあ余命とかってあるんですかとかって聞きましたね。それをいきなり聞いたときには、僕は、は?と思ったんですけど。医者も豊田さんもは、別に症状も、一連ずっと僕はまだ無症状なので、症状も出てない人に余命を言うのは正直、医者としては無理ですっていう話をされて。そうですか、じゃあ、まだ生きるんですねみたいな。俺はそんなすぐ死ぬと思われたのかっていう、ちょっと思ったっていうところはありましたね。

岸田 奥さんもステージ4って言ったら、ちょっと怖くなったというか、不安になったんですよね。

豊田 家族としては多分、焦ると思うんですよね、31ですし。奥さんと僕、七つ上なんですよ、要は年上で働いてもないんですよ。なんで、僕が例えば最悪のことがあった場合、多分、それのこともあるんで、いろいろ複雑な思いはあると思いますね。

岸田 その話の中で無症状って言ってましたけど、ずっと無症状?

豊田 ずっとです。なんで、検査しなかったら分かんなかったんだと思うんですよね。なんで、ある意味ラッキーだったと思うんですよ。症状が出始めてやるっていうと、いろいろ急ぐところあると思うんですけど。僕の場合は本当に検査でたまたま所見が見つかって、たまたま検査したら見つかってっていう感じなので、症状も本当に何もないですね。

岸田 じゃあ本当にステージ4って言われても、全然、現実味っていうか。

豊田 実感は全くなくて、4っていったら僕は末期がんじゃないかって、昔のこういう言い方だと死ぬ人が呼ばれるやつじゃないのかみたいな。俺、これできたのに4なのかみたいなことは思ったっていうのはありますね。

岸田 そんな中で放射線治療、始まってくるんですか、その後。

豊田 ばっくり治療で言ったら手術を優先して、その後に抗がん剤やるか、放射線するかっていうのは何となくの一般的な知識であると思うんですけど。僕も聞いたときに手術はできないんですかっていう聞き方を一応してるんですけど、そのときに医者から言われたのは、僕の場合、胃の中に3カ所ぐらい浮き出てきてる病原があるので、そうなると胃を全体に病気があるというふうに判断せざるを得ない状況なんで、そうなると手術だったら豊田さんの胃を全部取ることになると、胃を全滴出することになるので。そうなると今後、ステージ4なんで全身どこに出てきてもおかしくない状況の中で胃を全滴してしまうと、今度、食べるものに影響が出たりするんで、次の治療をするときに、また体力が落ち過ぎてて治療ができないとか、そういうのになる影響とかもあるので、ちょっと手術はお勧めできないと、医者としてっていう言われ方をまずした。その後に、じゃあ抗がん剤はしないんですかねって話をしたら、MALTのリンパ腫っていうのは、あんまり近年のデータで治療効果があまり出るような、いい成績が出る抗がん剤が今のところあまりないってことも分かってきててっていう話を主治医はされて。正直、消去法で放射線を取りあえず当てますと、そういうような感じですね。放射線も胃の一部に当てるんじゃなくて、全体に満遍なく照射させてもらいますというような感じでしたね。

岸田 じゃあ胃に全体に満遍なく照射したら、結構それの副反応というか。

豊田 気持ち悪くなるし、あとは胃が伸びないというか、すぐおなかがいっぱいになる感覚は常にありました。会社で言ったらちょっと笑われたんですけど、僕、治療受ける前って、例えばラーメンとか好きなんですけど、僕はラーメン大盛りで唐揚げと大ご飯を付けて食べれる人間だったんですよ。それが並盛りのラーメンしか食べれなくなったって、会社の人に言ったんですよ、どれくらい食べれなくなったのか。それ普通じゃないのって言われて、事前が食い過ぎてたんだよって。だから小食になったじゃなくて、普通に戻っただけだから、別にそれ、ある意味、健康体になれるんじゃないみたいなことを言われて笑われたことがあって。そうやって言われたら、そうかみたいな、そんな感じの感覚ですよ。だから僕の中ではめちゃくちゃ食べれなかったんですけど、周りに話したら、いやそれ普通に戻った、良かったんじゃないかみたいな感じでしたね。

岸田 逆に普通の人に戻ったっていうね、そういう感じが。ありがとうございます。放射性治療、どれくらいしたんですか、毎日、1カ月くらい?

豊田 僕の場合は20日、20回ですね、平日の20回という予定でやりました。

岸田 ちょうどそれを先月終えて、今、こうやって、がんノートに出ていただいてるんですよね、ありがとうございます。そしてその後、今月から職場復帰されているというところなんですけど。どうですか、職場復帰してみて、結構、体力だったりとか体調だったりとか、折り合い付けれてます?

豊田 体調は正直、治療が終わってからも、気持ち悪いとかも、ほとんどなくなったんでいいんですけど、体力は確かになくなったなと。1カ月ほとんど、平日、治療終わって半日くらいはぐったりしてて動いてもなかったんで。なんで、体力はだいぶ落ちたなと思いますけど。でも、徐々にそこは戻っていくんじゃないかなとは思いますね。

岸田 ですね。仕事の仕方、リモートワークとかですか。

豊田 一応、普通に出勤して。会社の方針で何日かはリモートしたほうがいいよって言われてるんで、たまにリモートしたりっていう、なんで織り交ぜながら行ってる。

岸田 織り交ぜながら仕事されてるっていうことですね、ありがとうございます。豊田さんのペイシェントジャーニー、こちらになります。

コロナ禍で家族にも会えない——1人で戦った入院・治療の日々

岸田 その後、ゲストエクストラということで、こういったことをお伺いしてまいります。大変だったこと、困ったことということで、コロナ禍での付き添いや面会制限があったと伺っているんですけど、これはどういうことでしょうか。

豊田 コロナっていうことで、行ってた大学病院も一応、コロナの患者を受け入れてるっていうところがあったので、入院中は一切誰にも会えないというか、看護師さんだけですね、家族であっても会えませんというようなことを言われてたっていうのと。あと放射線治療も通院で受けてるんですけども、そのときも自分、患者プラス1人しか行けないと言われてたんで。うち3人家族で子どもが3歳なんで、奥さん1人でなかなか来ることできないんで、結局1人しか付いてこれないんだったらもう来んなって言われてるのと一緒のような状況だったんで。基本的に1人で戦うみたいなところがあったっていうのが困ったというか、ちょっと大変だったところですね。

岸田 奥さんが1人行くときに、お子さんも一緒に3歳だから連れていくと、それで2にカウントされるってこと?

豊田 そうですね。なんで、それだと入れないと。なんで、放射線治療科のところに入れないんで待合室っていうか、普通のみんながいれる場所で待っててくださいってなるんで。結局、送り迎えしかできないってなるんで、微妙だなとは思いました。

岸田 家族で付き添いが、お子さん、いるとそれでカウントされるから、1人付き添いができなくなるんや。なんか悩ましいですね、それ。入院してたときも、ずっと1人? もちろんですけど。

豊田 ずっと1人。

岸田 コロナで面会できないって。

豊田 一応入ってこれたのは退院で迎えに来たときという、一緒に帰りましたけど。一番衝撃的だったのが、手術、終わってから医者の説明ってあると思うんですけど、それもリモートだったんで。たまたま来てくれてたのが、奥さんと僕の母親が一応、来てたんですよ。それを家族の手術説明室かな、そこから医者と3人でリモートでつないだ画面に映ってるのを、僕は見ながら話を聞くっていう。なんか面白いというか、不思議な感じで手術が終わったっていう感じでしたね。

岸田 リモートで説明を受けるっていうね。大変だって困ったことをどういうふうに乗り越えていったのか、豊田さんの場合はYouTube上での同じ患者さんの話ということで、こちらはどういうことですか、豊田さん。

豊田 これはネットで検索してました。僕YouTubeが結構、見るの好きなんで、それだったらと思って、多分、同じように病気になってる人がいるだろうというので。今回のこの、がんノートもそうですけど、いろんな人の同じ病気の体験談とか聞いて、みんな一緒なんだから仕方ない、我慢しようみたいなっていうのとか。あといろんな明るい話題とかも、それで見れたんで、それで暇をつぶすじゃないですけど、情報も取りながら、それで何とか乗り越えてきてました。

岸田 闘病中、がんノートを見てくれてたってこと?

豊田 そうですね、がんノートも見ましたし。あとは僕、車が大好きだっていう話をしたと思うんですけど、ずっと好きなモータージャーナリストのチャンネルがあるんで、それを見て、次の車どれにしようかなみたいなことをずっと考えていた。

岸田 退院したりとか、落ち着いたらこの車、買いたいなとかね、大事。YouTubeを活用しての豊田さんの闘病だったんですね。

「自分は1人ではない」——仕事も家庭も、周りに支えられて治療に専念できた

岸田 そしてそこから豊田さんに、これを聞いていきたいと思います。メッセージということ、今の闘病中の方だったり視聴者の方たち、いろんな方がいらっしゃると思います。その方へのメッセージ、こういったことをいただいております。自分は1人ではないという言葉です。こちら豊田さん、ぜひちょっとお願いいたします。

豊田 自分は1人ではないっていうことなんですけども、何かっていうと、結局、僕は初めずっと1人で闘病して治療も1人だったんで、1人で何とかしていかないといけないかなって思ってたんですけど、結局も1人でできることって知れてるんで。ですし、あと仕事でもそうですし、自分で、1人で仕事をしてるわけじゃなくて、結局、自分の穴を誰かに埋めてもらうっていうことが必然的に必要だったっていうのと。そのときに快くじゃないですけど、なってしまったものは仕方ないんで、仕事のことは忘れて治療に専念して元気な顔で戻ってきてくれたらそれでいいんでっていう言葉があって、仕事はそれで何とか、忘れるじゃないですけど頭の片隅程度に置いて治療に専念できたっていうところと。あと家のことも、結婚して子どもがいるんで全部奥さんに任せ切りでしたけど、結局、奥さんが何も言わずというか、家のことは全部やってくれたんで。結局、総じて言えるのは、自分一人で何とかしようと思ってたけど、結局みんなに助けてもらって、自分は治療に専念できたっていうところがあるんで、自分は1人ではないと。なんで、何とか周りが助けてくれるから、なんでも何とかなると、そういうもんでっていう思いですかね。

岸田 ありがとうございます。僕も結構自分で何でもやろうと思いますけど、周りの人のサポートがあったら、より楽にというか、体力を使わずに、そしていい形でできますもんね。

豊田 結局ちょっと落ち込んだりするかもしれないですけど、でも話しすれば楽しくなったりとか、話しているときって病気のこと忘れるしっていうのがあるかな。入院中もちょくちょく家族とテレビ電話したんですけど、そのときって結局めっちゃ痛いんですけど、テレビ電話してるときだけ子どもの顔を見たり、奥さんの顔を見ると、別に痛いことを忘れる、電話切った瞬間に激痛を感じるみたいなのがあったんで。結局、何かしら1人では生きていけないんだな、人はっていうのを実感することができた、いい機会じゃないですけど、そういう機会にもなったなと思います。

岸田 そんな本当に今年闘病されている豊田さんに、この、がんノートを見てご連絡いただいて、そして出ていただいたというふうな中で、今まさに闘病している人たちの希望にもなるんじゃないかということを思っています。まだ豊田さんは自覚症状ないということでしたけれども、これからも、その形がずっと続きますように願っております。

豊田 でも一番、自覚症状が出ないっていうのは、僕は本当に願ってるというか、なければいいなと思っていますね。

岸田 ですよね、本当に。なのでまた豊田さん、本当に、がんノートも引き続き、いろんなことでも、また出ていただければということを思っておりますし、何よりもお体をまず大事にして、そして、お仕事、また頑張ってください。

豊田 ありがとうございます。

岸田 ありがとうございます。それでは、がんノートmini、これにて終了していきたいと思います。どうも、ありがとうございました。

豊田 ありがとうございました。

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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