27歳の春、大学の健康診断にて、胸に何かあるといわれ、大学から呼び出された志村さん。がんと認識がないまま、手術を受け、病理診断で「脂肪肉腫」が発覚。2016年の31歳で再発し、さらに手術。現在は大学で教職員をされながら、肉腫患者会「たんぽぽ」で活動されています。

【略称】インタビュアー:岸田 / ゲスト:志村

更新日:2018年09月24日

【宣告】

岸田 きょうのゲスト、志村さんです。きょうはよろしくお願いします。

志村 よろしくお願いします。

岸田 志村さん、自己紹介を簡単にお願いいたします。

志村 僕は脂肪肉腫の経験者です。2012年の春ぐらいに検査で見つかりまして。夏に手術を受け、その後の病理検査で脂肪肉腫だと分かったという経緯です。その後、経過観察が続いてたんですが、2年前に再発がありまして、再度手術を受けて、現在、また経過観察に戻っているという状況です。

岸田 脂肪肉腫ってどんなものですか。

志村 肉腫というのは悪性の腫瘍でがんの一種です。脂肪肉腫もその中の一つです。

【発覚・告知】

岸田 発覚、告知についてお聞かせください。

志村 2012年の春、僕はまだ大学院の学生でした。毎年春に大学である健康診断を受けました。後日、健康診断を受けた保健センターから電話がかかってきて、「ちょっと伝えたいことがあるから来てくれ」と言われて、2、3日後個別に呼び出されました。

岸田 保健室に呼び出されて、そこで保健室の先生から言われるわけですよね、何かあるとレントゲンを見せてもらった。

志村 胸のレントゲンの、なんかこの右下の所に、ぴょこっと丸い形のものが何か、白っぽく明るく写ってたと思います。ちょうど僕、そのとき別の病気でかかっていた大学病院があったので、その内科の先生に先ず相談に行ったんですよ。そしたら、じゃあ、うちの胸部の外科のほうで診てもらえばいいんじゃない?ということになってCTを撮るとかそういう単純なとこからやり、その後、組織検査をやろうって話になりました。

岸田 組織検査した時にはまだ分からなかったんですか。

志村 分からなかったんです。あんまりはっきりした説明をしていただけなくて、検査やったけどよく分からないね、ぐらいの説明でした。

岸田 そっか。じゃあちょっとよく分からないけど大きいもんあるから、取りあえず取っとこうかと。

志村 そうなんです。最初にCT撮ってからひと月ぐらいしてもう一回撮ったら明らかに一回り大きくなってて、みるみる成長してた。最初は全然、何の自覚もなかったんですけど、診察のときに「これじゃない?」って言われて、確かに出っ張ってるみたいな。なんかちょっと、ぽこっと丘みたいに少し、なだらかに上がってるような感じがあったので放っておくわけにはいかないだろうと。でもそのとき、がんなんて思ってなくて。

岸田 もちろんそうですよね。そのとき手術ですぐ取れたんですか。

志村 最初に取ろうって言ってから1カ月もしないで手術は受けました。最初に健康診断で言われたのが確か5月ぐらいですけど、そこからCTなり何なり、2か月くらい検査をして、手術受けたのは結局8月でした。

岸田 手術はすぐ終わりました?開腹手術?

志村 もちろん全身麻酔で、麻酔が覚めた後も非常に痛かったです。その病院からどういう手術をするって、あんまり聞いてなかったんです。当然、胸は切るっていうのは聞いてるんですけど、チューブが刺さりますとか、こういう状態で目が覚めますとか具体的ではなかったので、目が覚めて驚きました。いろんな管は付いてるし、腫瘍が肋骨を巻き込んでたので、肋骨を2本部分切除することすら全然聞いてなくて。助骨がなくなってすごく呼吸が苦しかったのでひたすら苦しいまま、時計の針が過ぎるのを待ってました。

岸田 息苦しい状態、本当つらいですよね。麻酔は一応、入れてはもらってた?

志村 背中から硬膜外の麻酔は入れてたんですけど、全く効いてる実感はなかったですね。

岸田 どれぐらいで退院できたんですか。

志村 1週間ぐらいですかね。

岸田 1週間で大丈夫でした?

志村 いや、その後退院してから1カ月ぐらいは痛みで大変でした。普段、寝起きするときも、体を起こすのにも、力かけるとすごい痛いんです。咳とかもそうだし、くしゃみもそうだし、電車とか乗っていても普段だったら気にならない振動がすごい痛いんですよね。

岸田 そこから1カ月痛みに耐えつつ、自宅療養したんですよね。

志村 その間にドレーンの傷口の抜歯だったりとか、何回か通院する機会があって、その後、病理の検査を聞きに行きました。それが、退院してまだ1カ月たったか、たってないかぐらいだったと思うんですけど、そこで脂肪肉腫ですと言われました。大学病院でも非常に珍しい病気だそうです。「今後もフォローアップやっていきましょう」って言われたんですけど、言われたときは、なんでこんなことになっちゃったんだろうっていうのと、今後、どうしたらいいんだろうっていうので呆然としてました。

岸田 そうですよね。そのとき、その病院でフォローアップするのかどうか、志村さんはどう判断したんですか。

志村 一日ぐらいは悩んでいたんですだんだんその病院に対する不信感が沸々と湧いてきて、他の所でもう一回、セカンドオピニオンなりを聞きに行かないと大変なことになるなと思って、そこから別の病院を調べました。

岸田 それはどうやって探したんですか。

志村 ネットで肉腫とかキーワードで調べて、ちゃんとセカンドオピニオンで病理もやってくれるみたいな所を見つけました。手術受けた大学病院に、ちょっとセカンドオピニオンに行きたいってことを伝えると、凄く嫌な顔をされました。すんなり、サンプルの提供とかもしてもらえなくて、確か2、3回かかったと思います。

岸田 それでセカンドオピニオンはどうでした?

志村 セカンドオピニオンでは、非常に納得がいく説明をしていただけました。結果、病理の診断も、脂肪肉腫っていうくくりも変わらなかったけれども、今後、診てもらうんだったらここにしようと思いました。

【治療】

岸田 治療は何をしたんですか。

志村 経過観察だけです。

岸田 いったんは治療が終わったものの2016年9月。局所再発。

志村 ええ。特に転移とかはなく、同じような胸の辺りにもう一回、脂肪肉腫ができました。初発から4年経っていたので、多分、大丈夫だろうとか、慣れてきていて、この頃には、もうそんなに怖くなくなって、自分の中で過去のことになりつつありました。半年に1回、受けているCT検査で分かりました。再発の可能性がある病気だとはずっと聞いてましたが、ショックでした。

岸田 また右の脇腹のあたりですか。

志村 近い所です。

岸田 再発し、それから2カ月後。

志村 やっぱり局所で再発の可能性は少なくともある、転移がないかどうかちゃんと見なきゃいけないねってことになって、PET-CTを受けました。結果、大丈夫だったでしたが、それを待ってる間人生の中で一番つらい、1、2カ月でした。

岸田 そのときは1人で診断を受けるんですか。

志村 いや、僕はずっと家族に付き添ってもらって話も聞いてもらってました。

岸田 だいぶ違いました?

志村 1人よりはよかったと思います。診察へはいつも母と一緒に行ってたんですけど、再発と言われたときは2人とも、どうしようっていう感じでしたね。

岸田 そうですよね、そこから診断がついて、もう一回、手術。これも前回と同じように2、3時間で終わるような手術で、そのときはちゃんと説明があった。

志村 そうです。ここをこう切ります、こういう可能性がありますとかを全部説明をしてくれました。

岸田 その手術の後は結構大変でした?

志村 いや、1回目のときよりは、だいぶ回復は早かったです。痛みもそんなに強くなく、割とすぐに日常生活に戻れました。切って、翌日から歩き始めるのは一緒なんですけど、このときは入院も1週間してないですね。今は経過観察中です。このときも手術だけで特に追加の治療は何もありませんでした。

【恋愛・結婚】

岸田 次は、恋愛・結婚です。志村さんの小学校から今に至るまでの恋愛について聞かせてください。

志村 最初に病気が分かった当時は彼女はおらず。再発のときも寂しい状態でした。でも実は去年彼女ができまして、今はお付き合いしています。

岸田 自分が、がんだったっていうことは、どのタイミングで伝えたんですか。

志村 出会って2、3回目に会ったときに、これはちょっと言っとかないとまずいだろうなと思って、もしそれでこれはちょっと付き合えないって思われるようだったら、もういいやって思っていました。そしたら、全然、引かずに受け入れてくださって。その時はちょっとはびっくりされて、どうリアクションしていいか、若干、困っている感じですよね。ただ、それを話したからってなんか態度が変わるようなことが特になく、その後彼女なりにその病気のことを調べてくれたりしたみたいでした。

岸田 ありがたいですね、それは。お付き合いされるタイミングで癌を患っていたということは別に特にハードルにはならなかったということですね。

志村 なってなかったと思います。

岸田 今後の妊孕性的なところというところでちょっと質問したいと思います。多分、志村さんは抗がん剤とかされてないから大丈夫なんだろうなとは思うんですけど。

志村 多分、何も関係ないはずです。肉腫になったからって、例えば、子どもに何か遺伝するとかいうことは聞いたことがないので。

【学校】

岸田 では、ちょっと次の質問、学校についてです。志村さんの場合、当時は学校も通われていたので論文を書かないといけなかったりとか、休学とか復学のタイミングをお聞かせいただけますか。

志村 復学というか、最初に手術してから1カ月ぐらいはもう痛くてしょうがなかったので、徐々に復学しました。大学院の博士課程は、ほぼ研究がメインで、授業はほとんどないので特に休学は必要なかったです。

岸田 教授には伝えましたか。

志村 全部、言いました、研究室のメンバーにも。でも、きちんと理解してくれたかどうかっていうと、ちょっと微妙な感じでした。僕はちゃんと説明したつもりでしたが、そもそも肉腫っていうのががんだっていうことが、あまりちゃんと伝わってなかった。治療したからっていって安心みたいなものとは違うっていうのも、伝わってなかったり。そういうときに相手のリアクション次第で、違うんだけどなって。

岸田 違うんだけどなと思ったけど、それ以上言うのではなく、流した感じだった。

志村 しばらくはSNSとかで思いを一方的に、ばーっと長文でぶつけたりとかしましたけれど、自分勝手なんじゃないかとか、迷惑なんじゃないかって思うようになっちゃって、もういいかなって自分の中にしまい込むような感じになりました。

岸田 それを書いて友達の反応は?

志村 反応してくれた人もいました。特にどういうリアクションを期待していたわけではないですが、わかって欲しいとは思っていました。内側にため込むよりは絶対、言ったほうがいいと思います。

【仕事】

岸田 じゃあ次、仕事。今は何のお仕事をしてるんですか。

志村 最初は卒業した大学の研究室でポスドクを3年間。博士の頃の研究を続けてやってたんですけど、今年から助教として別の大学に行きました。

岸田 今年から仕事が変わられたということですけど、転職のとき、2年前にがんになってる経験とかって伝えたんですか。

志村 伝えました。今、お世話になってる、その新しいボスの先生のほうには、面接のときに、実は僕はこういうものですということも伝えて。だから、病院には時々、検査に行かなきゃいけませんという話はしました。そうなんだ、ぐらいでそこは問題にはされなかったです。

【お金・保険】

岸田 学生だった当時、お金をどうしたのか、また保険に入っていたのか、入っていなかったのかについて教えてください。

志村 僕は抗がん剤治療とかもやってないですし、何か抗がん剤で半年間ずっとやらなきゃいけないとか、そういうまとまった支出はないです。大きな出費としては手術の時、一時的にはありましたが。なので、お金の問題はほとんどありませんでした。保険にも全く入ってなかったです。

【つらかったこと】

岸田 つらい、克服というときに、肉体的と精神的にいろいろあると思うのですが、肉体的に痛かったときはいつですか。

志村 最初の手術後ですね。痛くて大変だったんですけど、肉体的なほうは時間がたてば回復してくる。僕の場合は少なくともそうだったんですけど、どっちかっていうとメンタル的なほうがつらかった。肉腫って言われたって、今後どうしたらいいんだ、周りの人にはどう伝えたらいいんだろうという事のつらさの方がずっと大きかったです。

岸田 実際どうしたんですか、そのとき。

志村 SNSで発信したりしました。でも、周囲も反応しづらい話題だったと思いますし、僕のほうでもちゃんと消化し切れてないところがあって途中からは言わなくなっちゃった時期がありました。

岸田 また再発したときはどうしたんですか。

志村 このときもSNSとかでは言いました。そのときのほうがなんか返してくれる反応が、自然な感じで以前と若干違いました。ちょっと説明がしづらいんですけど、大変だけど治ることを信じてるよ、みたいなコメントをもらったりとか、以前とはちょっと、みんなの反応が明らかに違ったんです。もしかするとその4年の年月がたって、最初に僕が言ったことがみんなの中でも若干変化して受け容れてくれるようになったのかなと思います。

岸田 周りの反応に傷ついたこともある。

志村 例えば、できても、また取ればいいんですよね、とか、もう取っちゃったんなら大丈夫なんでしょとか、がんじゃなかったんでしょ、みたいにも思われたり、初めてなったときとかはよく傷つきました。

【後遺症】

岸田 今は何か後遺症はありますか。

志村 特にないです。たまに傷の所がぴくぴくっと筋肉が、けいれんするようなことはあるんですけど、歩く分にも平気だし、走ったりスポーツやる分にも大丈夫です。手術を受けたからってそういうのできなくなるのも悔しいからと思って、学生のときから下手なりに初めたサッカーを体が動くようになってからちゃんと復帰してやっています。

岸田 脇腹の骨が一部ないとか、そういったところの不便さは特に感じない?

志村 意識すれば、確かに突っ張ってる感じは今もありますけどもう慣れて大丈夫です。特に何も意識しなければ違和感なく生活はできています。

【感謝・要望】

岸田 医療従事者への感謝、要望などありますか。

志村 そうですね。説明はちゃんと適切にして欲しいというのはあります。患者は特殊な環境に置かれると非常に困るんです。最初、診察室で肉腫ですって言われると途方に暮れてしまう。そういう時に何かこういうケアがあるよとか、情報をその場で、ぱっと差し出していただけると嬉しいです。最初に再発があったよって診察で言われたときは、すぐメンタル的なケアのほうに通してくれましたし、そういう若い世代の集いの場があることも教えてもらいました。

岸田 メンタルケアも受けた?

志村 受けました。

岸田 どんな感じなんですか。

志村 すごい大ざっぱに言うとカウンセリング。そういうふうに、いろんな方面からちゃんとサポートをしてくれると、だいぶ救われます。だって、その病気の状況は変えようがないじゃないですか。検査受けて出る結果がどうなるかも、そこはコントロールできないですよね。だから、それ以外のサポートでどれだけ、そのつらさを軽減できるかが大事になってくるかな。

【キャンサーギフト】

岸田 ありがとうございます。がんになって得たもの、得たこと、キャンサーギフトは何かありますか。

志村 時間の捉え方です。その時々でちゃんと時間をちゃんと有効に使おう、悔いのないように、ちゃんとその時々でできることをやっていこうと思うようになりました。例えば、患者会のお手伝いをちょっとしたり、今自分にできそうだと思ったこととか、やりたいと思ったことは、なるべく積極的に首を突っ込む。やれることはやっておきたいと思うようになりました。

【闘病中の人に対して】

志村 一緒に頑張りましょう。シンプルなですが、僕自身病気になってから、あれこれ考えましたが何か結論が出たわけではないんです。いろんな段階の方がいらっしゃると思います。それに関してサポートできることは本当に限られていますが、一緒に頑張って人生を楽しくやっていこうという感じです。「たんぽぽ」という患者会をやって社会に貢献できてるっていうのが、今の自分のメンタルを保つ上ですごい役立ってる感じがします。誰かのために、みんなのためにやってることが結果的に自分のためにもなってるんじゃないかなと思います。僕自身が救われてますからね、患者会の活動をやってつながりを感じて。

岸田 今日も90分どうもありがとうございました。

志村 ありがとうございました。

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