闘病で辛いことも乗り越えて、恋愛ではずっと一緒にいたいパートナーを見つけ、仕事も復帰した水田さんの貴重な経験をお聞きしました。

【略称】インタビュアー:岸田 / ゲスト:水田

更新日:2018年01月21日

【発覚・告知】

岸田 今日のゲストは水田さんです。自己紹介をお願いできますでしょうか。

水田 水田悠子といいます。がんは子宮頚がんでした。ステージはⅠb2期で発見しました。発覚したのが2012年の5月で29歳になったばかりの時でした。今はそれから5年半位経って経過観察、半年に1回位病院に行くという状態で、今34歳です。

岸田 水田さん、今日は悠子ちゃんって呼びますね。悠子ちゃんの発覚から宣告まで教えていただけますでしょうか。

水田 28歳の終わり、2012年の冬頃から不正出血がたびたびあって。

岸田 すみません、男性で不正出血って分かりづらいので、一般論でいいんで。

水田 女性は月に1回、生理で出血をするんですけど。その生理の出血じゃない時の出血を不正出血といいます。

岸田 そうなんですね。

水田 そうなんです。あら、生理早く来たのかしら位の感じで、あまり気にしていなくて。ただ何回かあったので、近所のレディースクリニックに行って異常はなかったけど、なかなかよくならなくて。1回、大学病院へと紹介状を書いていただいて。近くの大学病院の婦人科で検査をしたんです。検査結果が出るのに1週間位掛かるので、予約をして帰りました。でもその予約の数日前に、すんごい出血をして、これはもう絶対おかしいぞとなって。その検査結果を待っている病院の救急で診てもらったんです。救急だったので違う先生で、その時は何も言われなくて、止血の処置だけしてもらって帰りました。数日後、その検査結果を聞きに行ったんです。

岸田 どんな結果が出てきたの。

水田 どうやら、子宮頚がんがあるらしいぞと。しかも結構たちが悪いので、かなり重い治療をしないといけないと言われました。これはもう精密検査をしないといけないし、手術も相当急ぐし、親御さんに来てもらいたいみたいな感じでどんどん話が進んで。「ちょっと、待って」と小声で言ったのを覚えています。

【治療】

岸田 まずは、治療がどういうふうに進んでいったのかを聞きたいと思います。

水田 実は、その告知を受けた病院ではない所で治療を受けているんですね。その時、手術は子宮を全摘出しないといけないと言われまして。色々調べたところ、子宮頚がんって子宮の出口の所にできるんですけど、子宮本体にできるのは子宮体がんという違うがんなんです。頸部、出口の所だけ取って、子宮自体は残すっていう手術があるっていうのを知って。

岸田 2012年当時?

水田 そうですね。もしそれができたら、子供が産める可能性が残るので、それに該当するんだったらぜひやりたいなと思って、それをやっている病院を受診しました。結局、私はその手術の要件には該当しなくて、残念ながら全摘出をしなくちゃいけなかったんですけど、2個目の病院で治療を受けるという選択をしました。

岸田 なぜ2個目の病院で治療しようと?

水田 そうですね。結局、そこの病院がとてもいい感じだなと。ディズニーランドって心の中で思っているんです。

岸田 病院が?

水田 とりあえずキャストなんです、先生も看護師さんも、病院の中の全員が。

岸田 ちょっと後で、ぜひ聞いてみましょう。じゃあ治療のほうに戻ります。2012年5月に子宮頚がん告知を受けて手術した?

水田 2個目の病院で、5月の末日に手術をすることができました。子宮頚がんの中でもとても悪性度が高い種類だといわれて、腫瘍もかなり大きくて。手術前から、転移がなくても抗がん剤治療もやったほうがいいと言われていて。実際に手術をしたら「きれいに取りきれて、リンパ節にも静脈にも転移も浸潤もなかったです」と言われたんですけど、抗がん剤治療も必要だと言われて。私は治療をする時に、がんと1回でおさらばしたいというのが最優先だったので、抗がん剤もやることにして6クールやりました。

岸田 6クール、何カ月くらいですか。

水田 5カ月くらいですかね。6月の頭に始めて10月の下旬に終わりました。

岸田 どの抗がん剤使ったか覚えていますか?

水田 TP療法っていう、シスプラチンとタキソテールという二つのお薬を使って、3週間に1回、1週間入院して3週間自宅で過ごしてっていうものをやりました。

岸田 抗がん剤治療、結構大変でした?

水田 結論から言うと、そこまで大変な思いをせずに済んで。最近、副作用を抑える薬も凄く進化しているみたいで、私はひどい副作用は感じずに過ごせました。

岸田 悠子ちゃんの場合はそうだったと。いろんな方がいらっしゃいますからね。

水田 そうですね、本当に。

岸田 その次、2013年5月にリンパ浮腫手術。LVAとありますけど。

水田 子宮頚がんの手術で、私はリンパ節も取っているんです。リンパ節を取ってしまうとリンパ液を循環させる力が落ちて、リンパ浮腫という病的なむくみが出てしまう人がいるということを手術前に後遺症リスクとして告げられていて。今後リンパ浮腫が出ないようにするために、予防的に外科手術を受けました。

岸田 予防的な外科手術をしたんですね。LVA療法はどこの病院でもできるんですか。

水田 いや、限られた病院でしかやってなくて、私は婦人科のがんなんですけど、このLVAの手術は形成外科で受けています。

岸田 そういう形なんですね。そして2017年5月、告知より5年経過したということで、おめでとうございます。

水田 ありがとうございます。5年経って再発がなかったら安心かなといわれて、ここをゴールにしてきたという感じでした。

岸田 治療中の写真をもらっています。

 

 

岸田 これ治療中?抗がん剤しているのに全然、髪、抜けてない。

水田 そうなんです、これウイッグなんですよ。私がやった抗がん剤は脱毛の副作用があるお薬だったので、本当に全身の毛という毛が全て抜けたんですけど。事前に抜けるって分かっていたので医療用ウイッグを治療前の髪型にカットしてもらって。

岸田 めっちゃ自然やね、ウイッグ。ちなみにお幾ら万円?

水田 これが、なんと25万円位のです。でも私、凄い安かったと思っています。

岸田 何ゆえ?

水田 これのおかげで暗い気持ちにならずに過ごせた。私が抗がん剤治療をしている時に結婚式があって。これをかぶってセットして出ていました。

【家族】

岸田 では、まず家族のこと。水田家の家族構成を教えてください。

水田 水田家は、両親と兄が1人います。

岸田 じゃあ、治療中はどうやってご両親に伝えましたか?

水田 がんと分かった時に、私は実家にいたので。病院で告知を受けて家に帰って、まず父に言って。そしたら、「絶対にベストな治療を受けさせるから一緒に頑張ろう」と言ってくれて。次に母親に話をしたら、割と動じずに。もちろん、私の知らないところで泣いていると思うんですけど。

岸田 お兄さんは?

水田 兄は、仲はいいんですけど、離れて住んでて、ちょっとマイペース。大変だなってマンガを貸してくれるみたいな感じ。

岸田 水田家の皆さんは、裏側では分かんないけど、普段どおりだったってこと?

水田 そうですね。ありがたかった。なかなかできることじゃないと思います。

岸田 そうね。凄い水田家。家族にこうしてほしかったって逆にあります?

水田 いや、パーフェクトだった気がしますね。感謝しています。

 

【恋愛】

岸田 じゃあ今日のメインディッシュに悠子ちゃんの恋愛。その時の悠子ちゃんの恋愛、当時彼氏がいたのかどうか、どういうサポートをしてもらったのかとか色々。

水田 当時、彼はいまして、付き合って2年位で。私、29だったので、彼と結婚もできたらいいなという感じでして。告知を受ける前、不正出血の時期に心配して病院行ったほうがいいって言ってくれたんですけど。がんってなった時に、言ってくれていたのにごめんねって話をしましたね。

岸田 どんな反応でした?

水田 反応は、辛いのはきみだからと。でも頑張ろうみたいな。

岸田 一緒に頑張ろうと。

水田 そうですね。彼もパーフェクトで。

岸田 献身的に支えてくれた感じ?

水田 凄い勉強もしてくれたし、弱音を吐かせてくれて、いっぱいしてくれました。病院にも凄い来てくれましたし。

岸田 凄いね。その後、どうしたんですか。

水田 その後、結果から言うと、その彼とは別れてしまって。病気のこととは関係ない、色々ちょっとうまくいかなくなっちゃって。私から別れを切り出してしまって。

岸田 がんが原因というよりは、普通の恋愛における過程の方向性の違い?

水田 そう、便利なやつ。それです。

岸田 それは闘病から、どれくらいたった後?

水田 治療が終わって2年後くらいですかね。

【妊孕生】

岸田 その中で悠子ちゃんに聞きたいのが、妊孕性のこと。がんになって、子宮を全摘されて、今後どのタイミングでカミングアウトするのとか、聞きたいと思って。

水田 子宮を全摘するってなって、子供がってなって。「子宮は全摘しなきゃいけないけれども、卵巣をどうするかは考える余地がある」と言われて。私は結果的に治療を1回で終わらせるのを最優先にしたかったので、取るという決断をしたんですけど。

岸田 子宮も卵巣も全部取る?

水田 どっちも。だから子供は持たないということを決めまして。

岸田 決める時って結構不安じゃないですか。不安っていうか、将来考えないといけないじゃないですか。

水田 考えますよね。でもその時は、生きていられるのかどうかか確約が持てなかったので、どうしても私は自分の命のほうを、その時は優先したいと考えたんですよ。

岸田 それでその選択をして。全部取って。

水田 取って。あとはその当時の恋人と別れて、その時には治療して2年位たっていたので、もしかしたら長い人生を歩めるのかもしれないと思って。パートナーとかを、またできたらいいなと思って。

岸田 その後には、パートナーできたんですか、結果的で言うと。

水田 できました。というか、再来月結婚するんです。

岸田 おめでとうございます。

水田 ありがとうございます。

岸田 どう言ったんさ?

水田 どう言ったんさですよね。結論から言うと、病気になる前からの友達だった人で。病気になった時も治療中も終わった後も、ずっと仲が良かった人だから。

岸田 普通の友人?どういうタイミングで仲良くなられたんですか。

水田 将来的にパートナーができたらいいなと思っていたんですけど、死ぬ時に一緒にいてほしい人ってどんな人だろうって考えたら、ぱってその人が思い浮かんだんです。え?って思って。でも、やっぱりそうだなって思って、オファーしました。

岸田 じゃあ悠子ちゃんから言ったんや。子供はできないんだよってカミングアウトした時に、あっちの反応はどうでした?

水田 全然付き合ってもいなかったんですけど、「凄い性格が合うから、結婚したらうまくいくと思うんだけど、子供ができないと無理?」って聞いたら、「凄い性格合うから、子供できなくてもいい」って言われて。あ、そうですか、いいんですね。

岸田 ほんま、性格なんや。

水田 どうなんでしょう。

岸田 もう一個、ちょっと踏み込んだ質問ですけど、子宮や卵巣取るじゃないですか。一般論や友達の話でもいいんですけど、夜の営み的なところってどうなんですか。

水田 それが、真っ先にそれ思うじゃないですか、どうなるんだろう。入院して手術をする前に、性生活のしおりっていうのを渡されるんです。

岸田 もらったことない。

水田 本当ですか。病院に用意されていて。子宮、卵巣がなくても大丈夫ですよ。ただこんな不便を感じる場合もあるので、パートナーに理解してもらうことが大切ですよ。不便がある場合は、こんなジェルとかもありますから、看護師にお声掛けくださいみたいなしおりを渡されたり。

岸田 じゃあ、そういうジェルを使えばできることはできる人もいる?

水田 いるんだって思いました。でも同年代の同じ病気の友達とかは、そういう気になれないっていう人が多かったですね。

【仕事】

岸田 悠子ちゃん、なんの仕事をしていて、その時どうで、辞めたのか辞めなかったのか、仕事復帰どうしたのか、お願いします。

水田 仕事は、メーカーで化粧品の企画開発の仕事をしています。がんが発覚して、約1年2カ月お休みを頂いて、元の職場に復帰をして、今も同じ仕事をしています。

岸田 がんって分かった時に上司にどう伝えましたか。そしてどう休みましたか。

水田 告知を受けて、とてもじゃないけど仕事に行くような気持ちになれなくて。病院から上司に電話をして、今日はお休みくださいと言って。私、翌日からも仕事に行けなくなってしまって。念願の仕事で、好きで一生懸命やっていたんですけど。がんって分かったら、どうでもよくなっちゃったんです。1日だけ引き継ぎには行ったんですけど、そのまま消えてしまいました。

岸田 急になっていたらね。そこから連絡はできたけどもう行かなくなっただけ?

水田 そうですね。体調はこんなんですとか、戻れるとしたらこれぐらいだと思いますみたいな連絡よくしていました。

岸田 どうやって仕事復帰して、復帰後の働き方とかもどうしたんですか。

水田 治療が終わって1年2カ月ぐらい、「もう復帰してもいいよ」と先生から言われたんですけど。復帰しても頑張れるのか、とても自信がなくて。上司にそれを言ったら、裏方的なチームに配属をしてくれて。しかも、時短勤務と出張禁止も言われていたので、そうできるように計らってくれたので、2年ぐらいはそういう働き方をしていました。

岸田 では、お仕事は時短勤務して、スムーズに復帰ができたということで。

水田 はい、ありがたいことにできました。

 

【お金・保険】

岸田 保険に入っていたかどうか、治療や色々、合計でお幾ら万円掛かったのかとか。

水田 保険は入ってなかったんですよ。30歳になったら入ろうかなと思っていて。

岸田 入ってなくて。じゃあどうしたの?

水田 実は、その時は実家にいたというのもあって、親にだいぶ頼ってしまいました。

岸田 全然いいと思います。

水田 私は入院する時全部個室に入っていたので、それもかなりお金が掛かって。出世払いでよろしくみたいな感じで、全部で300万位掛かったかな。

岸田 200~300万は掛かってそうだね。

水田 そうですね、薬も。

岸田 今、お薬は、ホルモンの?

水田 卵巣を摘出しているので、更年期的なものが出やすいので、ホルモン補充薬を。

岸田 1回の処方で幾ら位?

水田 1万4000円~5000円とか。漢方とか色々入れて。3カ月分もらっています。

岸田 じゃあ1カ月5000円弱位でいけているのかな。ありがとうございます。

【辛いこと・克服】

岸田 悠子ちゃんが、肉体的と精神的にどう辛くて、それをどう克服したのか。

水田 肉体的には凄く幸運なことに、想像以上につらかったのはそこまでなくて。精神的には結構辛い時期もあって、それが意外と治療が終わってからのほうが辛かったんです。ある時、病院の先生が打つ電子カルテをのぞき見しちゃって。

岸田 のぞきますよね、患者さん皆さんね。

水田 それ見てしまった時に、一度も聞かされていない何ちゃら細胞がんみたいのが書いてあって。検索したらめちゃめちゃ悪いことが出てきて、凄いショックで。そこから、きれいに取れましたって言われているけど、これ全部嘘で、親も先生も、全員私に嘘をついているんじゃないかみたいな。ネガティブ思考に陥っちゃって、抜け出せない泥沼にはまっちゃって。

岸田 だって人間不信になりますよね。じゃあ、人間不信になって抜け出せない時に、どうやって前を向くんですか。

水田 結局は、共感できる本とか映画とかテレビとかを探して、凄いさまよって。人と話すより、そういうところに何か救いがないかみたいなものを求めて。思い出したんですけど、ある美術館に行ってある作品を見た時に、残されるほうも辛いんだって思ったら、孤独がちょっと和らいで、そこから何となくっていう感じです。

【後遺症】

岸田 後遺症、何があって、今はどんな風に工夫されていますか。

水田 リンパ浮腫があるんですけど、脚がちょっと太くなってしまうというやつで。今は凄く弾力性がある医療用の弾性ストッキングを履くことで、発症しないようにしているんです。

岸田 予防的なことね。

水田 根本的な治療法がなかなか難しいので、日常生活でこれを履いたりして。とても助かるんですけど、これで3万円とかするんで。先人たちの努力により、半年に2足まで7割補助してくれるけど3割でも9000円です。しかも、これ弾力性が弱まるので半年で捨てないといけないんです。

岸田 そうか、半年に1回9000円が飛んでいくのか。なかなかやね。

水田 しかも硬くて、手じゃ履けないので、常に専用のゴム手袋を持ち歩いています。こういうのがあると、やっぱり私って健康な人と違うのかなって思っちゃう。だから、これをちょっとでも普通のストッキングに近付けられないかと思って。ストッキングの会社、起業しようかと思いました。

岸田 いや、これは起業していいやつを作って欲しいです、本当に。

【反省】

岸田 あの時こうしておけば良かったなと思ったことは?

水田 私、割とあんまりがんのことを隠さずに、職場でも友達にも言い散らかしていて。凄い反省としては、聞くほうもショックなんだなって。それを全く配慮せずに、どんどん自分のペースで自分の言葉で言っていたから。そこはもっと配慮した言い方すれば良かったなって。

【医療従事者への感謝・要望】

岸田 医療従事者への感謝、要望。感謝に関しては、さっきディズニーランドのような病院だったと。

水田 本当に、どういう教育しているのか見てみたいです、ぐらい感謝しています。

岸田 要望はありますか。

水田 そういう所が増えればいいなと思いますけどね。

【キャンサーギフト】

岸田 キャンサーギフト。がんになったことで、得たものはなんですか。

水田 すごくいろんな感情を経験して。本当に、感情移入できるところが広がって。それってイコール人生が豊かになったってことなのかなって思って。抗がん剤の副作用があけて、ああ空気がおいしい、世界って素晴らしいみたいな気持ちも、そんな幸せを感じるってこともなかったし。感情の幅がすごい広がった。これはがんにならなければ、なかなかなかった気はします。

【夢】

岸田 そんな悠子ちゃんの、夢は?

水田 夢は、とにかく、がんを経験している人としていない人の垣根をなくしていきたくて。インフルエンザぐらいの感じで言えるような世の中にしたい。2人に1人がなるっていわれているから、周りにもいて当然だし、自分もなる可能性があるしっていうことで、本当に特別なことじゃない感じにしていけるように、自分がちょっとでも関わりたいなと思っています。

岸田 関わって。そして社会起業して、弾性ストッキングをよくしますですね。

水田 そうですね。

【今、闘病中のあなたへ】

岸田 今、闘病中のあなたへということで、コメントを是非よろしくお願いします。

水田 何もしなくても、「超えらい」ということを伝えたくて。とにかく、すごいのたうちまわったり、自分が自分でなくなっちゃったり、いろんなことあると思うんですけど、がんになるって人生の大ピンチな時なので。何にもできなかったとしても、もう、生きているだけで超えらいから。

岸田 そのままで、闘病頑張ってほしいという形で、「超えらい」という言葉を頂きました。ありがとうございます。後で、米印で、「えらい」は他の地方の言葉だと「大変」になるので、注釈を付けさせて頂きます。

水田 それ逆ですね、伝えたいことと。「素晴らしい」。

岸田 「素晴らしい」ということですね。ありがとうございました。

 

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
*インタビュー動画、及び音声データなどの無断転用、無断使用、商用利用をお断りしております。研究やその他でご利用になりたい場合は、お問い合わせまでご連絡をお願い致します。

関連したノート

support_img01

みなさまのご支援が、がん闘病者の生活を変える第一歩につながります。
今たたかう人を助けると共に、より健康と向き合う社会づくりを目指すサポーターを募集しています。

個人・法人のご支援について