目次

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インタビュアー:岸田 / ゲスト:清水

44歳、フリーカメラマン——肝門部領域胆管がんステージ3bと診断された清水あたるさん

岸田 それでは、がんノートスタートしていきたいと思います!今日のゲストは清水あたるさんです!よろしくお願いします!

清水 よろしくお願いします〜!

岸田 よろしくお願いします!早速なんですけれども、まず清水さんのですね、自己紹介をしていただければと思っております!清水さん、簡単に自己紹介いただいてもいいでしょうか?

清水 清水あたる44歳、フリーカメラマンをしております!がんが肝門部領域胆管がんというものでした。

背中の痛みから経過観察まで——診断、手術、そして仕事への復帰

岸田 ステージも3bというふうな中で、どのような形でですね、清水さんのがんが分かっていって今の状況について、治療についてさまざまお伺いをしていきたいと思います!それではですね、ここからお話をお伺いしていくんですけれども、まず個人の経験談でございまして、治療などですね、お話出てきますけれども、特定の治療を推奨しているものではございません。またご自身のご病気については、主治医の方に必ず相談してもらえたらと思います。この後グラフが出てきますが、このような感情や時間そして吹き出しなどはこちらをご参照ください。それでは早速見ていきたいと思うんですけれども、清水さんの感情のグラフこちらになります!始めと最後が上がっているその中で、さまざまな治療などされていった中が下がっている部分かな?と思いますけれども、まずこちら始めのところ、カメラマンに転職という中で…フリーカメラマンを今されているんですよね?

清水 そうなんです。

岸田 転職されるきっかけは何かあったんですか?

清水 自分自身がお師匠のカメラマンさんにちょっと撮っていただく機会があって。で、前職を辞めた後にその人のところに行って修行しよう!と思って、その人の写真が好きで転職しました。

転職して迎えた絶好調の時期と、続いていた背中の痛み

岸田 転職をされていった中でですね、その後こちら、背中が痛いということがあるんですけれども、背中が痛い…これはポジティブな赤色なんですけど、どんな痛さなんでしょう?

清水 そうですね、この時…仕事があんまり伸びないかなと思ってたんですが、意外とこう…絶好調でして。なので、背中が痛いんですけど気分的には…すごくやる気があった時期。だからこそちょっと…自分の体のシグナルを無視したというか、そんな時期です。

岸田 だから、ちょっと背中痛いけれども、仕事が絶好調という意味でもポジティブだったということですね?

清水 そうです。

みぞおちの痛み、手足のかゆみ、尿の変色——受診を決めた3つの症状

岸田 そんな中で、その後どうなっていったのか?心窩部(しんかぶ)痛、そして手足のかゆみ・尿の変色とありますが、心窩部痛って何ですか?

清水 これは、みぞおちの痛みですね。みぞおちが痛くなったことありますか?

岸田 みぞおち……そうですよね!パンチされない限りはあんまないですよね!

清水 ないですよね!もうね…考えられないというか、本当に経験したことのない痛みで。日中になることもあれば、夜寝てる時に突然なってそれが痛すぎて起きちゃう!っていうのが続いて。

岸田 うんうん。

清水 さすがにおかしいなと。

岸田 さすがにおかしいなと…。しかも手足もかゆい!?

清水 そうですね、みぞおち痛いなと思いつつ今度手足も異常にかゆいぞ!と。ただその…皮膚の表面のかゆみじゃなくて、内側から…くるかゆみ?だから、かいても何の気休めにもならない。それがありました。

岸田 そんな中での尿の変色、これも血が混じるとかですか?

清水 いや……もう…コーラ!!?と思って(笑)コーラ!?コーラ出た?私!!っていうぐらいの色で…。で、もう痛いし・かゆいし・変だし!みたいなので、さすがに…なんかあるだろうと。で…ちょっと前までこの背中が痛い・背中が痛いっていうのを周囲に言ってて、その時に…何だっけ?胆石じゃない?ってよく言われてたんですよ!で、胆石なのかな?って胆石の症状みたいなのを調べたら、あっ、どうやら…そうっぽいぞ!ヒットするぞ!って思って…この…みぞおち・かゆみ・尿がきっかけで町医者の方に行きましたね。やっと行きました。

岸田 やっと行った!その中でやっと行った、どれくらいの期間を空けて?

清水 半年…ぐらいです。

岸田 そんなに?

清水 背中が痛くなってから半年で、この3つが出ては…すぐですね。

「今帰ってはいけない気がした」——引き返してCTを受けた日

岸田 病院に行って…そうすると、その近くのクリニックでは胃炎との診断だった。

清水 はい。

岸田 胃炎?

清水 胃炎!

岸田 ほう…このみぞおちが痛いっていうのは…。

清水 胃炎!(笑)びっくりしましたね。他の症状も全部伝えてるんですけど、胃炎でしょって、胃炎ですからってことで……。

岸田 そっか〜。

清水 そうですね、その病院で…先生がね、プロの方が…ここまで胃炎だと言い張るんだから胃炎だろう!と(笑)胃薬も出してくれたし一回飲んで(様子を)見てみようか!と思ったんですけど…。なんかこう…病院を後にしようとした時に、やっぱりダメな気がする!このままじゃ。これちょっと…不思議な感覚なんですけど、絶対今帰っちゃいけない気がする!っていう感覚になって、そのまま窓口に戻って、胃炎って言われたんですけど絶対に胃じゃないです!って言い張ってちょっとどなりました(笑)胃炎じゃねえから!!って言って(笑)なんか…機械の中に入って撮るやつで中見て!!って。

岸田 そこでもう一回こう…見て!って言って、そして見ていただくのがこちら、CTを撮る。そのクリニックみたいなところで…撮れたんですか?CTって結構なんか…。

清水 そうなんですよ!だから もともと…その胆石だと思ってたんで、胆石を調べるには何が必要かまで事前に調べておいたんですね。なので、CTがある町医者、ちょっと大きい町医者なんですけど。

岸田 そういうところに、じゃあ事前にもう行ったってことですね!

清水 もう…仕事を休みたくないんで、1日で全ての検査とか結果が終わるように徹底的に調べ上げてその病院に行ったんです。

岸田 そしたら胃炎だと。

清水 胃炎だと(笑)

岸田 いやー、ちょっと胃炎なわけないだろう!ということでCTを撮ってもらった。

清水 そうですね。

岸田 それがこの時ですね。CT…その場でじゃあ撮ってもらったんですね?

清水 撮ってもらったんですけど、その…CTが出来上がってその診断できるまでに…何日かかかるとか言われたのかな?

岸田 はいはいはい。

清水 またちょっとそこで怒って、はぁ!?って…。でもまあ撮ったから気が済んだので、その日は仕事に行ったんですよ。そしたらその日仕事してる間に病院から電話が…留守電話が入って、で、大至急病院の方に戻ってきてください!と。まあ無視しましたけど(笑)

岸田 そこを無視するんですね!?

清水 仕事だったんで(笑)

岸田 それはね!そっか!もう仕事が大事、仕事をね。

清水 痛いな痛いな〜って思いながら、写真を撮ってました。で、翌日朝イチでその病院に行って。

即日入院、そして告知——「他人のことを言われているような感覚だった」

岸田 そしてその病院に行かれていきますが、そうするとこういう形になります、大きな病院で検査。

清水 今…ここから…救急車に乗ってどこどこの…もっと大きな病院へ行ってくださいって言われました。

岸田 救急車に乗って!?

清水 歩けるよ!歩いてきたよ?タクシーで行くよ!?って言って…(タクシーで)行ったんですけど、タクシーに乗ってる間に…救急車ってやっぱりおかしくない……?

岸田 いやいやおかしいですね!おかしいです。

清水 なんか…そんな…何?一刻を争うようなヤバいやつなの?私、って…思っちゃいました。

岸田 いや、そうですよね〜。しかも、大きめな病院に…そのまま行ってくれと?その時は何も…詳しい…がんがどうこう…とかないんですよね?

清水 ないです!ただ…昔のドラマでよくあるような、ちょっと影が…あったんで…みたいな、ボソッと言われたぐらいです。

岸田 そっか…それでじゃあ大きな病院に行こう!ということで、タクシーに乗って向かいます。そこで検査を受けられていく中で、検査を受けられていくのはこう…ちょっと下がっていくっていうのは、自分の中でもおかしいんじゃないか?っていう思いからってことですかね?

清水 そうですね…ていうかもう、痛い!どんどん痛くなっていってしまった…また。

岸田 みぞおちの部分。そんな中で次こちら、がん告知を受けていくということで。どのような流れでがんを告知されたんでしょう?

清水 結果その大きな病院に行ったら、もう帰れなくて入院だったんですね、即入院で、うん。それでも数日…2〜3日後ぐらいですかね、なんか…家族を呼んでくださいみたいな。

岸田 えっ!?

清水 説明をしたいので、家族を呼んでくださいって言われたんですけど。いや…みんな忙しいから今言ってくれと、今説明をお願いしますって言ったら、最初…分からなかったんですよ、何を言っているのか先生が。腫瘍とか…がんとかそういう言葉が、確か最初は…使われなかった。

岸田 う〜ん。

清水 だから…何なんだろう…?先生が深刻そうなトーンで言っているから…多分ちょっと重たい病気なんだろうぐらいで、もうちょっとらちが明かないので、つまり…何ですか?って聞いたら、がんですって……。はぁ…って、へぇ〜…って。

岸田 それがこちらのね、青でも赤でもなく白色で、どちらでもないような感覚で書かれていますけれども…あっ、そうなんだみたいな?

清水 うーん…なんか、間違いじゃないのかな?っていうか、本当に私のですか?その写真は…みたいな…。

岸田 そっか…。

清水 なんでしょうね。悲しいとか…でもなく、本当に他人のことを言われているような感覚で。

岸田 自分ごとと思えなかった?

清水 思えなかったですね、全く。

岸田 じゃあ、そのがん告知を受けていってそこから治療に入っていかれますが、それでがん告知を受けていってですね、その後こちら、さらに大きな病院に行かれていく。これはもう病院を変えましょうってあちらから言われるんですね?

清水 えーと…そうですね、だから…そのこれ診断とか確定ではないんですけど、その言われた胆管がんのステージが……4じゃ…ないかな…みたいな感じだったんですよ、先生が。ちょっと…ふわっとした言い方で。あ〜…うちだと…ちょっとできない…かなぁ…みたいな。はっきりその、うちでは…ちょっと手術はできないのでって言われて、で、もっと大きな病院、このがんの手術を経験したことのあるお医者さんがいる病院を紹介しますって言われて大きい病院に紹介されていくということですね、はい。

黄疸をおさえるための処置と、院内で初めての門脈塞栓術

岸田 そこからちょっと下がりますが、次は…ステントの留置、胆汁(たんじゅう)ドレナージ。このさらに大きな病院で処置をされていく?

清水 かゆみと尿の変化・変色っていうのが、黄疸(おうだん)の症状なんですね。

岸田 あ〜そうなんですね!

清水 その黄疸をまず改善しないと治療が進まないので黄疸を何とかしようっていう処置なんですけど、これがなかなか…うまくいかなくてですね。4回ぐらいこの処置をしたんですけど、痛いんですよ!痛いんですよ。

岸田 これは…切る?それとも何かこう…管をどこから…。

清水 管を…最初入れてたんですよ、口から。

岸田 はいはいはいはい。

清水 でも、うまくいかなくって、で、結局お腹にちょっと穴開けて。

岸田 ああ〜、そうなんですね。

清水 やったのかな?

岸田 ステント留置や胆汁ドレナージを4回?

清水 4回やりましたね。4回目でやっと。

岸田 うまくいった?

清水 うまくいって…かゆみとかから解放されました。

岸田 ああ〜そうなんですね!じゃあ最初のこの…手足のかゆみとかいろいろ症状があったのは…そのせいだったんですね?

清水 はい。

岸田 ようやくそこで処置をして、これが痛かったというふうなことがありましたけれども、そこからよくなっていくんでしょうか、次こちら…おっ、待って待って(笑)門脈塞栓術(もんみゃくそくせんじゅつ)っていう治療をされていくということですね?

清水 はい。

岸田 門脈塞栓術、これはどういうものなんでしょう?

清水 …難しいですよね!私…肝臓を4分の3切らなければいけないみたいな。

岸田 肝臓を?

清水 肝臓を4分の3を切除したいから、この門脈塞栓術っていうので残す肝臓を大きく育てて…切る肝臓を小さく弱らせていくみたいな…処置?なんですかね?これ。

岸田 じゃあこの門脈塞栓術っていったところで、その肝臓を取る肝臓と弱らせる肝臓とかっていったところを処置していくというふうなことをしていって。これ上がっているのは?

清水 上がっているのは見てた…好きな医療ドラマがありまして、失敗しないやつ(ド◯ターX)ですね!失敗しないやつを見てて、そこで…出てきたやつなんですよ!門脈塞栓術って!これ知ってる!と思って(笑)(気分が)上がっちゃった!そこで楽しくなっちゃった(笑)しかも…院内初の手法でやるとか言って。

岸田 え〜!

清水 私が初めて?みたいな!あっ、そうなんですか〜?みたいな、ちょっと気分上がるっていう。

岸田 初めてですね!それすごいですね、さすが清水さんらしいというか…初めてやるんですって言ったら、いやなんかそんなん怖いわ〜って思う方もいらっしゃるかもしれないですけど。

清水 そうですね、親とかは…そんな感じでした、うん。えっ!?えっじゃないよ!って。

岸田 清水さんの場合は、よし!初めてやるやつでできるんだ!ということで、門脈塞栓術。これはうまくいったんですか?

清水 うまくいきましたね。

岸田 ここからまたちょっと下がりますが、ここでようやく手術。開腹手術?

清水 開腹手術でした。

岸田 結構切りました?

清水 そうですね。ザク!ザク!みたいな。

「開けてみないと分からない」と言われた手術の日

岸田 L字型に切っていった感じですか?手術、開腹手術…これも…ちょっと下がってますけど、これはどうだったんでしょう?

清水 ここまで下がるのに…ちょっとその前が実はありまして。あの…胆汁ドレナージ…ですかね、ずっとこう…自分の胆汁を出す、そしてその胆汁を……飲まなきゃいけなかったんですよ!!

岸田 えっ!?

清水 信じられます!?これ!!

岸田 胆汁……飲むんですか!?

清水 胆汁を…一日中ぶら下げてるペットボトルみたいな…自分の胆汁を、コップに移して…飲むんですよ!

岸田 いや それは知らない!

清水 それが……!それがつらすぎて!メンタルがここまで下がったんですよね。

岸田 胆汁ってどんな味するんですか……?もう言いようもない!(笑)

清水 まずもう…本当体液なので……なんかちょっと…ヌメッとした…舌触りだし、なんかちょっと苦いような…。

岸田 えぇ〜!?

清水 いや苦かったよ!

岸田 えぇ〜!

清水 そうそうそう、それを…なんかジュース割りにしてみたらいかがですか?とか看護師さんとか言うんですけど(笑)

岸田 えぇ〜〜!?

清水 いや……混ぜたくない!!何の味とも混ぜたくない〜!って。

岸田 一気に…?

清水 一気にいってましたね〜。

岸田 1日1回?

清水 1日…2回とかだったかな。結構な…そんな一口でガッていけるような量じゃなくて、コップ半分…紙コップ半分ぐらい、ゴクゴクゴク…みたいな(笑)

岸田 ほぉ〜!やっぱそれはあれか、本来なら…それで流れているものを出しちゃってるから、また戻さないといけないからか〜。

清水 そうですね、多分ね。もうそれ何の理由で…それをさせられてたのかもちょっと忘れちゃったんですけど。

岸田 だから…手術でめちゃくちゃこう下がっているっていうよりは、自分の胆汁飲んでの生活が…。

清水 つらすぎて!

岸田 手術も痛かったですよね?きっと。

清水 全麻じゃないですか?

岸田 全身麻酔しますね、はい、そうですね。

清水 寝て起きれば…。

岸田 終わっていると。

清水 ただ…そうですね、ちょっと怖かったのが…やっぱりステージ3bか4か…お腹を開いてみないと分からないっていうところがありまして、私その…入院中とかもがんノートを見させていただいてたんですけど、西口(洋平)さん…という方がいらっしゃいまして。その…お腹を(手術で)開いて、開いてそっ閉じされたみたいな…エピソードがございましたよね?確か。

岸田 ありましたね!西口さんね。

清水 確か。だから…そうなるよみたいな説明を主治医から受けたんですよ。

岸田 こう(手術でお腹を)開いてみてちょっと状態が…芳しくなかったら。

清水 閉じますと。だから…手術始まって2〜3時間で終わってしまうかもしれない。

岸田 ああ〜そっか。

清水 そう…もしあれだったら。ただ…切除できるようであれば、12時間ぐらいはかかるでしょうみたいな感じです。

岸田 じゃあ起きた時間で、どうだったのかが分かっちゃうみたいな感じ?

清水 そうなんですよ!起きた…ら時計がない!(笑)どこにもない!

岸田 何時やねん!みたいな。

清水 どこにもないし…なんでしょう…集中治療室みたいな。

岸田 ICUみたいな?

清水 そうそうそう!そういうところでいたから、あっ多分…できたんじゃないかな?とは思いましたね。

岸田 そっか!まだ病室に戻ってないし集中治療室 ICUだしということで、取ってもらえたんじゃないかな?ということで。結局は…それで取ってもらえてはいたんですね?

清水 いたんですね。

岸田 だから3bということですね?

清水 はい、そうです!

錠剤の抗がん剤を半年、そして経過観察へ

岸田 お〜、よかった。そのね、大きな手術を受けられていって、その後こちら、薬物療法をされていくという流れになります。これは服薬ですかね?

清水 そうです。

岸田 (点滴で)入れるというよりは飲んでいる?

清水 はい、だから錠剤だったのにびっくりしました!

岸田 そうですよね〜、抗がん剤が錠剤なの?みたいな形でね。

清水 あるんだ〜!って(笑)

岸田 これはもう元から決まってたんですか?この手術した後はこれしようみたいな?

清水 うーん……そうですね。

岸田 薬物療法をやっていこうと?

清水 そうですそうです。手術…をするか、薬物療法を先にして手術に臨むか、どっちがいい?みたいな

岸田 そうなんですね!

清水 っていうのがあったんですよ、先に。

岸田 清水さんの場合は、後で薬物療法?

清水 そうそう、そうしますって。うん。

岸田 それは何か理由があるんですか?

清水 最短で仕事を復帰するため!

岸田 そこがね、一番の大事なところ。最短で仕事を復帰したいからということで、後に薬物療法の経口薬をしてもらったということで、そのおかげもあってか仕事に復帰をされていく。お仕事のところについてはまた後でもね、詳しくお話を聞いていきたいなと思います!お仕事を続けながら薬物療法が終了していって、どれくらいお薬飲まれたんですかね?数か月とかですか?

清水 半年だったと思います。

岸田 (半年)近くお薬を服薬していって終了していき、そして今は経過観察となっております。ということは…治療自体は全部うまくいった?

清水 はい。

岸田 お〜そうなんですね!

清水 きれいに取れましたよって言われました。

岸田 あっ本当ですか!ステージ3bじゃないですか?ということは…どこか転移はしてなかったんですか?肝臓に。

清水 遠隔転移はしていなかった。

岸田 そっか!胆管がんだから、その中で肝臓もちょっと切ったってことですよね?

清水 肝臓と…肝臓があって、こう…他の臓器につながっている。ここの…つながっている部分ががん。

岸田 っていうことですよね。それを取って、今は何かしら違うものが…流してくれている?

清水 はい!なんか…いろいろつなげてもらいました(笑)

岸田 っていうことですよね〜。すごい!じゃあ今は何も…問題なく経過も良好ということで、よかったよかった!というふうなですね、清水さんのこのペイシェントジャーニー、闘病のね、感情グラフでございました。ここからですね、ちょっとお写真いただいておりますので、ちょっとお写真見ていきたいと思います。ここの(文字が)倒れる3日前。

清水 はい、倒れる3日前ですね。

岸田 倒れる3日前のお写真なんですけど…ちょっとあの…見た感じ…倒れ…倒そうとしてる!?

清水 倒そうとしてますね!完全にね(笑)やっつけに行く感じですね(笑)これね。

岸田 (やっつけに)行くような感じなんですけれども…これはどういう時のお写真でしょう?

清水 そうですね、私が主に撮っている業界がナイトワークとか夜職、風俗と言われる世界のお写真なんですけど、ここで女性の皆さんを撮っています。

岸田 撮っている。その撮っている…蛍光灯を?

清水 みんながきれいに撮れるかな?どうかな?ちょっとテストしてよ!って撮ってもらったのが…。

岸田 あ〜そういうことか!それを倒れる3日前にね?痛い思いをしながら撮ってるという。

清水 痛いな〜って思ってます。

岸田 そして次のお写真が次こちら、2023年の2月、手術の2日前と書いていますね〜。あっ、胆汁飲むのがヤバかったって書いてありますね。

清水 ここ…ここにためてたんですよ!

岸田 この胆汁が…この部分ですよね?

清水 そうですそうです!

岸田 これが…。

清水 これが飲んでいたやつ。

岸田 これが飲んでいたやつ…!

清水 これが…撮りたくて、手術の2日前に自分のいたスタジオに撮ってもらいに行きました!

岸田 確かに!確かにこれ…そうですわ!何気なく見てますけど…スタジオですよね?

清水 そうですそうです!

岸田 すごっ!

清水 この…管ついてる私を撮っといて。

岸田 撮っといてっていう形で!

清水 これ飲んでんだよ!?私っていう。

岸田 いやあ…活用させていただきました!この写真を…左側のお写真は何ですか?

清水 これは…スタジオが私が倒れちゃってちょっと収入もなくなるので支援をっていうところで、一口500円の募金をしてくださってたんですよ。

岸田 そうなんですね〜!

清水 その500円を募金していただくと、私のこのお洋服についている缶バッジがもらえる!と。これ私がデザインしたのと。

岸田 え〜!すごい!!

清水 いろいろあります!入ってます。

岸田 みんな…そこでちょっと支援してくれてっていうので、支援ありがとう!ということですね。

清水 そうですね。

岸田 すごいですね!スタジオでこうね、写真を撮られたりとか。それでですね、手術を受けられていって、そして仕事を…無事復帰された写真がこちら!

清水 はい!もうバッキバキで(笑)

岸田 バッキバキなやつですね!

清水 切ったで〜!みたいな(笑)

岸田 あっ、そういう意味の!?そういう意味の!違うもの(メス)で切ってますけどこちらに関しては(刀で)。あ〜、そうなんですね!切ったぞ!とお写真をこう…。

清水 いかつく!

岸田 すごい!いかつめな感じで、これでちゃんと社会復帰できたという、お写真を撮っていただいてた。

清水 おかげさまで。

岸田 いやー!すごいですね、やっぱその…なんか感じが出ますね。この時はなんかもう…切ったぞ!みたいな感じの、あの感じですし、この時はね…なんかこう…ホワ〜っというふうな感じですし、はい、これはねもう…。なんか…すごい!それぞれの雰囲気はすごい…ね!さすがプロ!と思います。ありがとうございます!

「仕事に戻れる時間」を基準に決めた——治療の順番をどう選んだか

岸田 では、ここからですね、項目に分けてちょっといろいろお話を聞いていきたいなということを思っております。それぞれの項目ですね。まず一つ目なんですけれども、こちら、はい、病院や治療の選択といたしまして、どのようにね、病院を決めたの?そして治療をどういうふうに決めたの?と、SDMという言葉があります。シェアード・ディシジョン・メイキング、患者さんとの共同の意思決定という中でやっぱり一緒に決めていくということが大事ですので、こういうふうな言葉があったりするんですけれども病院や治療を選択といたしまして、ちょっとお伺いしていきます。まず…病院を決めていくといった中で、こちらペイシェントジャーニーをいただいた中で、病院を決めていく中で最初は…近くの病院に行かれる感じですよね?ただ、さまざまな検査もできるような病院を検索されていって、そして大きな病院を紹介されて、そのままさらに大きな病院を紹介されていくという中で、病院に関しては紹介されていくという流れでいいですかね?

清水 そうですね、もう…流れに乗って。

岸田 治療に関してはいかがですか?このステント入れたりとか門脈塞栓術・手術・薬物療法、薬物療法の中でね、先にするか後にするかという時に…。

清水 そこぐらい…ですかね、私はこうしたいっていうのを伝えたのは。

岸田 先に抗がん剤するとお仕事の復帰がちょっと遅くなるみたいな、そんな説明だったんですか?

清水 はい、だから先に抗がん剤を使ってがんを小さくする。で、小さくして切除するっていうやり方だと…2年とか言われたのかな〜ちょっとはっきり覚えてないんですけど、かなり長かった。その抗がん剤をやると、倒れる前の…万全の状態での仕事のやり方とどうしても変わってきちゃうじゃないですか?だから、フルパワーで仕事に臨めないんだったら嫌だなと思って。で、もう一つおすすめはしないって言われたのが、開腹手術を先にしてその後に薬物療法で残っている小さながんを叩くみたいな。

岸田 あっ、そうなんですね!主治医からおすすめしないって言われた?

清水 言われました!

岸田 お〜!その中で…これを選んだんですよね?

清水 はい、そうですね…うん。

岸田 そこはもう医師がおすすめしなくても、自分のやっぱり生き方…仕事。

清水 そうですね、う〜ん、この時一番考えたかもしれない!そう言われると、今思い出すと。

岸田 そうですよね!いろいろ…考えますよね〜。それはご自身で決めて?周りに相談するとかっていうのもあったりとかしました?

清水 そうですね…だから母親とか家族とかは、抗がん剤を先にする方法。

岸田 そうですよね!周りの人にとっては…より…なんですかね、(医師が)おすすめしている方の方が、多分僕でもそう言うと思いますよね。その中でもご自身の決定を…こちらにされた。

清水 仕事復帰が早い方を。

岸田 決められていたと。これはね、皆さんそれぞれの価値観もあったりしますし、皆さんの主治医の方としっかり相談されていただければと思いますけど、清水さんの場合はそのようにされていったということですね。清水さん的にはそれが結果的にね、今も再発されてもいませんし、よかったってことですかね?

清水 はい。

一番つらかったのは痛み——鎮痛剤と付き合いながらの入院生活

岸田 そんな中でですね、次こちら、つらかったことなんですけれども、次はつらかったこと、副作用や後遺症などということありますけれども、副作用や後遺症などでこれが一番印象に残っている、もしくは…大変だったなというものはいかがでしょうか?

清水 もう…痛み!

岸田 痛み!痛いのが苦手?

清水 痛いのが絶対に嫌でしたし、本当にこの…がんになって、もう最初から痛いじゃないですか?みぞおち痛いよー!から始まって、で、処置が痛いよー!術後の痛みが痛いよー!もちろん…麻酔とか鎮痛剤、痛み止め的なものはくださるんですけど、効かない!

岸田 うーん。

清水 もう…本当に何の痛みもなくしてほしかった。

岸田 その痛い中でも、よく手術しようとかいろいろ決断されていきましたね?

清水 まあ…そうですね、仕事大好きだったんで、当時は。乗り越えたら…。

岸田 仕事できる!!と。

清水 はい。

岸田 この痛さっていうのは、これ乗り越えるとかっていうの難しいですよね?

清水 うん、そうですね…。だから本当に…しょっちゅうナースコールを押して、痛いです!痛いです!って言って、相当うっとうしかったとは思います。申し訳ない

岸田 いやいやいや、けど鎮痛剤もらってね、ちょっとでも和らげていったと。

清水 そうですね〜。

岸田 今は後遺症として何かこう…今…取っているわけですよね?胆管部分だったりとか。何かそれによって、何か生活に不自由が出ていたりとかしませんか?

清水 うーんと…そうですね、多分肝臓を大きく主に切除しているんで、お酒…が飲めないのかな〜みたいなことを周囲が心配していましたが、もともと飲めないんで何の問題もないですね(笑)なので…特に。

岸田 普段の生活では特に今大丈夫ですか?

清水 はい、何もないです。

好きだった映画とアニメ、そして怪談から広がった神社仏閣への興味

岸田 次こちらですね、つらい時に支えになったこと・ものっていったところをちょっとお話しいただきたいと思うんですけれども、つらい時・苦しい時・痛かった時とか、どういうふうに乗り越えていったか、支えになったものは何かありますか?

清水 はい!もう本当に、今はいい時代になりました!

岸田 いい時代になりました、はい。

清水 動画とか…配信されてますよね!もう昔、小学生の頃とか中学生の頃に見たアニメとか映画なんかが、今気軽に見れるんですよ!もう本当にそればっかりお世話になってましたね。

岸田 入院中にそういったものを見たりとか?

清水 はい。

岸田 例えば何見られてたんですか?

清水 そうですね…映画だと私『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が好きなんですけど

岸田 いいですね!

清水 死ぬほど見ましたね!(笑)ずーっと回してました!

岸田 本当ですか!?

清水 もうセリフ覚えてやろうかな〜と思うぐらい。

岸田 ずっと何回もいける感じなんですね?

清水 はい、あとねアニメが好きなんですけど、『幽☆遊☆白書』ってご存知ですか?

岸田 もちろん!

清水 はい、めっちゃ世代なんですけど。

岸田 もちろん!

清水 …見てました。

岸田 お〜、幽☆遊☆白書の!アニメを?

清水 はい。

岸田 そのまま見て。

清水 はい!見てました。

岸田 幽☆遊☆白書では誰推しなんですか?ちなみに。

清水 蔵馬(くらま)です!(笑)蔵馬ですね。

岸田 それはね〜!本当にカッコいいですからね〜!

清水 そうですね、だから痛かった時、幽☆遊☆白書の主人公(浦飯幽助)があるんですよ、セリフが、痛みはジャマだ、どけーーー!!っていうセリフがあるんですけど。

岸田 それは…あれですかね?戸愚呂(とぐろ)…じゃないわ。

清水 そうですそうです!戸愚呂さんと闘う前に、幻海(げんかい)師範からこう…譲り受けるわけですよ!それに耐えなきゃいけないんですよ!その時に言うんですよ。

岸田 その時に言う!

清水 その(浦飯幽助)になったつもりで、ちょっと頑張ってました!

岸田 お〜!

清水 そうですね〜。

岸田 幽助になったつもりで、こうね!(笑)そういう時にこう…支えられたという状態で。あともう一つお伺いしているものがあるんですけど…神社仏閣に?

清水 あ〜、そうです〜!そうなんですよ!!こっちYouTubeかな…YouTubeで…現実逃避しようと思って、せっかく病院にいるんだし怪談とか見てみようかな?と思って。

岸田 逆にそっち!?(笑)そっち?怖い方の?

清水 そうなんです!怪談話を検索して見るようになったんですよ。今度その怪談話に関連付けて、都市伝説みたいなのが出てくるんですね。で、都市伝説に関連付けてスピリチュアル系とかが出てくるんですね。で、今度スピリチュアルから神社仏閣まで、こう広がっていくんですよ!全部見まして。

岸田 おぉ!

清水 これって…私 小・中学生の頃、めっちゃ好きだった!!『月刊ムー』めっちゃ買ってたし…。

岸田 ムー買ってたんですね!

清水 そう!これ好きな世界だったわ〜と思って。もう亡くなってしまったんですけど、祖父母がよく神社仏閣連れてってくれまして、なのであの神社はなんていう名前だったんだろう?とか、そこにいる神様はなんていう神様なんだろう?って調べたりしてたことがすごく楽しくて!入院中のそれがきっかけで、今現在もそれが趣味です!

岸田 そうなんですね!ちなみに推し仏閣ありますか?いっぱいあるんでしょうけど…いっぱいあるんでしょうけど、その中でなんか…。

清水 えっとね…(埼玉県)秩父にある三峯(みつみね)神社が一番好きですね!

岸田 三峯神社…。なぜ好きなんですか?

清水 え〜…なぜ好きか!?行ってほしいんですけど…行くと多分分かります!ゼロ磁場と言われていまして、空気が独特なんですよね。これは本当にスピリチュアルとか超常現象とかそういうんじゃなくて、誰でも分かると思います、あの場に行くと。空気が違うな〜って。おすすめです!

岸田 ありがとうございます。ちゃんとメモ…行きたいところのリストにメモして。

清水 ぜひぜひ!

4人の子の親として受け止めた、妊よう性の説明

岸田 それではですね、次の項目をお伺いしていきたいなと思います。次の項目は妊よう性のところなんですけれども、抗がん剤した時もしくは手術をした時に、妊よう性って子どもを作る能力、そういったものを指したりとかするんですけれども、そういったところのお話って医療者からありましたか?

清水 間違いなくあったんですよ。あったんですけど、私子どもが4人おりまして…うん、聞き流してました(笑)もういいかなって思って!

岸田 4名いらっしゃったらね。

清水 いいかな〜と思って聞き流しました。

「あなたが後悔ないように選びなさい」——両親と一緒に受けた説明

岸田 医療者からお話があったけれども、清水さんにとってはそこは大丈夫かなということですね。ありがとうございます。次こちらですね、家族のことなんですけれども、先ほどね、お母様のお話とかもチラッと出てきましたけれども、ご両親に対してどう説明したとかどういうふうなサポートあったかとか、そういったところいかがでしたか?

清水 そうですね、本当に…父と母には…お世話になりました、40歳にもなるのに…。

岸田 いつまで経ってもね、子どもは子どもなので。

清水 面倒を見てもらった…ので申し訳ないな〜っては思っていたんですが、それよりも…父と母が嫌だったことが、やっぱり子どもの方が…私の方が先に……っていう可能性が…かなり上がってしまった。そこは…本当に申し訳なかったなぁと思ってますね。

岸田 そっか…なんかご両親からサポートを受けて、結構ね、なんでしょう…自分のお子さんを見てもらったりだとかしてということもあったと思うんですけれども、本当にサポートを手厚くしてくれてという感じですかね?

清水 本当にそうですね。

岸田 それによって疎遠になったりとかというのは全然なく?

清水 はい。

岸田 どのように伝えました?お父様やお母様には。

清水 えーと…確か…2回目の転院ぐらいの時に、一緒に来てって言いましたね。

岸田 あっ、じゃあ一緒に医療者から説明も受けて?

清水 はい、そうです。

岸田 ということは理解が早いですよね?

清水 そうですね。

岸田 ただ、その中で治療方針ね、さっきあった違ったタイミングがあったと思うんですけども、そこはもう理解してくれたんですね?ご両親は。

清水 う〜ん…(笑)

岸田 理解というあれじゃなくて…押し通した感じですね?

清水 そうですね。でも最後はあなたの人生だから、あなたが後悔ないように選びなさいと言われましたね。

上の3人にはLINEで、末っ子には向かい合って——4人の息子への伝え方

岸田 そんな中でですね、ちょっと次こちら、お子さんが4名いらっしゃるということで、子どものこと、子育てなどどうしていったのかな?といったところがちょっと疑問にはなるんですけれども、子どものこと…こちらは、お子さんはそれぞれ…闘病の時、上の子とか?

清水 上3人はもう…手が離れていたので。

岸田 あ〜そうなんですね!

清水 一番下の子だけが一緒に暮らしていて。

岸田 高校生とか?

清水 小学生ですね。その当時小学生。

岸田 子どもにがんのことを伝えましたか?

清水 上の子たちにはLINEでさらっと…がんになっちゃった〜まあ…なんとかするよ!みたいな(笑)そっか!分かった!頑張ってね〜!って返ってきました(笑)

岸田 上の子たちは。えっ、全員男の子?

清水 全員男です。

岸田 そっか分かった〜っていうふうな息子さんたちと、一番下の子は?小学生だったら…。

清水 小学生で…上の子たちのように文章でさらっとってわけには…いかなかったんで、どうしようかな〜って考えて、で、そのがんになる数年前ぐらいに『鬼滅の刃』って映画が爆発的にヒットしましたよね。あれで…『煉獄 杏寿郎』分かりますか?

岸田 もちろん!

清水 お母さんが最後の方に出てくるんですけど、幼少期の。お母さんが…『私はもう長く生きられません』『あなたを産めてよかった』みたいに言うシーンがあるんですよ!あそこをちょっとパクらせていただいて。

岸田 おぉ〜!

清水 息子に、座りなさいって言って、お互い正座して向かい合ってギューッと抱きしめて、母はもう長くはありません……みたいな!…ぐらいまでは真似して、マジほんとごめんね!って、病気になっちゃった…この先どうなるかぶっちゃけ分からないと、ほんとごめんな!って。万が一はある!死んじゃうことはあるかもしれない、でも大丈夫だ!お前は強い、私の子だから…って言って、ちょっとこう…ふざけたテンションのまま言ったら意外と伝わってたみたいで、本人は泣いてましたね。泣いてました…。それはちょっとキツかったです見てて。キツかったですけど、でも…うちの子ちょっと変わり者でして、涙を拭いた後に……新しいお母さんも来るよね?って言ったんですよ。

岸田 …………!!

清水 おおっ!って言って、大丈夫だよ!って(笑)私がいなくても2号がきっと…来るんだよどっかから!って、派遣されてくるから大丈夫だよ、心配すんな!って言って(笑)

岸田 すごい!

清水 はい、終わりました。

岸田 すごい!!もう本当…ね。

清水 今思うと本当に、伝わってたのか・伝わってなかったのかも謎ですけど。

岸田 まあ…ね、思いは伝わってると思いますが。

清水 一つのネタができたかなと思ってます!

岸田 もうその後は普通に何も…普通に接してって感じですか?

清水 はい。

岸田 そっか。いや、がんノートでもね、昔鬼滅の刃が流行ってた時に『心を燃やせ』っていうテーマでがんノートのライブ配信でやったこともありまして、そのことを思い出したりとかね。

清水 へぇ〜!

岸田 そのままのアニメのシーンを使ってやられた!という。

清水 そうですそうです。

岸田 なかなか新しいパターンですごく…さすが!清水家、さすが。

清水 いえいえいえ

岸田 自分が治療している時の子育ては、ご両親に見てもらってということで治療されていたのかなと思います。ありがとうございます。

通知をすべてオフに——「仕事を考えない環境」をつくった闘病期間

岸田 そしてですね、次こちら、お仕事のことといったところなんですけれども、お仕事にね、仕事復帰をどれだけ早くしていくかというところで治療も決められていったりとかしましたけれども、改めてお仕事についてちょっとお伺いをしていきたいのですが…。お仕事ね、その夜のお仕事の方たちを写真をカメラマン(として)撮るということで、これはあれですか?がんになったことっていったことは、もうそのスタジオにもすぐ伝えたんですか?

清水 もうすぐ伝えましたし、何より多分…一番痛い痛い!って言ってる姿を、スタジオの店長さんなんですけど、ビジネスパートナーなんですけどその方が間近で見ていたので。

岸田 そっかそっか。で、結局こうでしたよっていうことでなったら、もう皆さんは…じゃあ休んで〜みたいな感じなんですかね?

清水 そうですね。もう…休ませるしかないんで。

岸田 まあまあそうです、休むしかないです!ただ自営業…フリーカメラマンですから、そこらへん仕事を休む・休まないの葛藤とかっていかがでしたか?

清水 もう…できる限り休みたくない!フリーランスは休みたくない!寝る間も惜しんで仕事がしたい!これが本音なので。

岸田 だから逆にあれじゃないですか?仕事を休むっていう勇気が大事…。

清水 大事…でしたね。なかなかその勇気が持てないし、覚悟も決まらない。

岸田 ですよね…。そこはどう折り合いつけるんですか?清水さん的には。

清水 いやー……。

岸田 これついてない!?どうなんですかね?

清水 うーん…折り合いはつかなかった。仕事に対して…ものすごく…執着がある。だから…闘病をする!と決めた時から、仕事と距離を置きました。というのは、ナイトワークの世界の情報が入ってくるSNSだったりホームページだったりは、もう一切見ない!

岸田 あ〜!

清水 で、スタジオの予約が入ると通知が来るんですけど、それも全部オフにして本当に仕事のことを考えない環境を何とか作った…。

岸田 そっか〜。

清水 それが…私の闘病中の仕事への向き合い方でしたね。

岸田 その後、治療を終えられてまた仕事を復帰されていく。その時にも体力的なところが落ちていたんじゃないかなと思うんですけど、そこは大丈夫でしたか?

清水 そこは話し合って、徐々に復帰していこうってなりましたね、確か。なので、手術終わって4月の頭ぐらいに退院して、1か月ちょっと安静にして6月の半ばぐらいからアシスタント業務みたいなことでスタジオに出入りするようにまたなって、でも大丈夫そうだろうっていう。体調を見て8月に完全復帰みたいにしたんですけど。でも…やっぱりきつかったです!

岸田 働き方って…朝から夜までですか?

清水 えーとね…いや…1日2人しか撮らないとか決めてました。

岸田 あ〜そうなんですね!

清水 撮影時間も大体1人1時間ぐらいだったんで、そんなに…多くないですよね。制限をかけて復帰しましたね。

岸田 そういうふうに制限をかけて、今はもう大丈夫になって?

清水 はい!今はもうバリバリ、パンパンで。一日パンパンに詰めてやってます!

岸田 本当にフリーで働くといったところに関しては、逆にだから…仕事との距離を置くっていうのが大事なんだなっていうのを改めて思いました。ありがとうございます。

民間保険には未加入。高額療養費制度に助けられた

岸田 次こちら、お金や保険こちらもね、フリーのカメラマンということで、お金の問題、そしてね、保険の問題どうだったのか。民間の保険は入られていました?

清水 入ってなかったですね!

岸田 保険に入ってなく…治療費に関しては全部 自分の貯金から?

清水 はい、貯金と…使うまで知らなかったんですけど、国民健康保険の高額療養費制度、あれにすごく助けられました!こんなのあったんだ〜!と思って!!

岸田 そうですよね〜!

清水 入っててよかった〜!って。

岸田 あれはね…使う側になってようやく知ることが多いですよね〜。

清水 ほんっとに!素晴らしい!素晴らしい!!喜んで税金をお支払いします!!心から思いましたね!

岸田 高額療養費を使って、いく分か抑えられてといったところで。それ以外の部分に関しては、何か特別にお金がかかったところってなかったですか?大丈夫でした?

清水 うーん…あっ!!いやいや…でもありますよ。私がたとえ入院してたとしても、家は家族が使っているじゃないですか?定期的にかかるものも家賃とかはあるわけですよ。ちょうど…時期的に確定申告とか家の更新とか…いろいろあったんですよね。体が動かないんで、お金のことに関してもできないんで、でも誰かにっていうのもできないんでみたいな。

岸田 えー!そうですよね!?

清水 すごい大変でした!

岸田 ですよね!えっ、どうするんですか?

清水 いやもう…電話!とにかく電話いろんなとこに電話をして、しゃべることぐらいだったらできるんで、状況を説明して待ってもらえるところにはちょっと待ってもらうみたいな。

岸田 あー!そうですよね。

清水 私にもしものことがあった時は頼むよって言って母に説明して、これがこうでこれがこうで…みたいな。

岸田 エンディングノートみたいな?

清水 あっ、そうです!

岸田 作られていたっていうことですね〜。

清水 いや……(笑)

岸田 いや、ようやりましたね!お一人でそんな中で。なんか…会計事務所みたいな?

清水 そうです。税理士とのやり取りが頻繁な時期だったんで、確定申告の時期だったんで。それもね、丸投げは丸投げだけど…丸投げじゃないので、税理士さんに頼んでいても。

岸田 そっか、いろいろ説明してたり大変だったということですね。その中で本当に電話でいろいろやり取りしてというので、乗り越えられていったということですね。

「希少がんという言葉の意味が分かった」——調べても出てこなかった胆管がん

岸田 そして次こちらですね、お伺いをちょっとしていきたいと思います。情報のことといったところで、どういうふうにがんの情報…胆管がんとかね、あまりやっぱり周りにいらっしゃらないのかな?ということも思いますし、情報をどのように仕入れられていたのか、こちらいかがでしたか?

清水 本当に痛かったんで、痛みがひどくて…自分で動き回ることはできないので、もう…スマホを持ってネットで検索するっていう、情報収集の仕方しか選択肢がなかったですね。

岸田 ネットで結構出てきました?胆管がんの情報。

清水 全然出てこないですね!

岸田 ですよね〜。

清水 はい、だから主治医が希少がんっていう言葉を使ってたんですけど、その意味が分かりましたね。

岸田 うん。

清水 しんどい!不安になってくるし…自分にこの先何が起こるのか…予想ができないんですよね。それがすごく…ストレスだった。

岸田 そうですよね、情報がなかったらね。だから僕もこうやってがんノートという活動をしているんですけれども、やっぱり…周りにいなかったらね、ちょっと不安になりますよね。もうそれは…清水さんの場合はどうされていくんですか?

清水 さっきもチラッと言った、西口さんの動画が大変参考になりました!

岸田 少しでもがんノートが、ちょっとお役に立ってたということですね。

清水 そうです、はい。お世話になりました!!

岸田 医療者から聞いてもね、ちょっと情報とかね、そこまで多くなかったりとかね〜したらね。

清水 そうですね。

岸田 そういった情報、だからこうやってね、逆に清水さんが出ていただいて胆管がんの話をしてくださるのは、すごく今の胆管がんの経験者さんにとってはすごくヒントになることいっぱいかなと思います。ありがとうございます!

清水 嬉しいです。

性格は変わらなかった。1年半後に、仕事への執着だけが変わった

岸田 次こちらですね、がんになる前と後で変わったことについてちょっとお話しいただければと思います、一番何が変わりましたかね?

清水 変わったというか、まず…周囲の人って大病して…生死の境って言うんですか?さまよって復活した人は、聖人君子になると思ってません?

岸田 あーそうですね!あのもう…素晴らしい。はい、もう大病して。

清水 なんか…それはありますよね!?ちょっと……ないよ!ないよ!!マジで!って(笑)変わんないから!!って、ね!そう簡単に変わんないですよね!?

岸田 元の性格はね!元の性格はめちゃくちゃそんなね!

清水 ただ…自分自身もちょっとどっかで期待してました。

岸田 変わるんじゃないかなって?

清水 ちょっと…丸くなったりするのかな〜私って思ってたんですけど。

岸田 よく聞きますからね、それね。

清水 なんなかったです(笑)もう…ね!かわいくなりたかった!もうちょっと性格。

岸田 いやいやいや充分!(笑)充分いいと思いますけど(笑)そこは。

清水 全然変わんなかったですね〜。でもなんだろうな…直後はそんな感じなんですけど、最近…手術終わって退院して1年ちょっと経ったぐらいから、仕事に執着…するのをやめました。病気がきっかけだと思っているんですけど、退院して…普通の生活に戻って1年半ぐらい経ったあたりから、仕事に執着するのをやめたんですよ。やめて何に新しく目を向けたかというと…楽しいことをする!遊ぶ!今まで家にいても…この先どうやって稼ごう?とか、今できることは何かないか?とかそれをやりたい!ってなってたんですけど、今時間が空くと一人で勝手に映画に行ったり推しを作ってライブに行ったり、そういうことをするようになりました。

岸田 ちゃんと抜くというか…。

清水 明らかに変わりましたね、それは。

岸田 へぇ〜!

清水 仕事第一ではなくなりました。

「そのまま流れに身を任せてください」——告知直後の自分へ

岸田 あんだけ治療中は仕事!仕事!ってなってましたからね、今ではちょっと変わってきたということですね。ありがとうございます。そして次はこちらですね、あのときの自分へという形で、もし…がん告知の時でもいいですし、もしくは治療中の痛かった時、さまざまなタイミングがあったかと思いますけれども、どこかの時の自分に何か声をかけるとしたらどういった声をかけますでしょうか?

清水 うーん……そうですね、告知された後ぐらいの自分に、うん。多分今あなたはボーッとしていますね、何が起きたのか分からなくてボーッとしていますね。でも大丈夫!そのまま流れに身を任せてください。そうすると…その時に想像してなかった未来、想像できなかった想像以上の楽しいこと・幸せなことがいっぱい起こるから、そのまま流れに乗っていってくださいって言いたいです。

岸田 やっぱね〜(頭が)真っ白になって、どうしていいか分からないですけどね。その中でも流れに身を任せていくと…今につながってくるという感じになりますよね。そのままでいいよというふうな清水さんのお話でした。

これまでの人生への納得と、これから足したい「スパイス」

岸田 次はこちら、大切にしたいこと、夢や目標などってありますけれども、今大切にされている思い、もしくは夢・目標など、こういったものございますでしょうか?

清水 そうですね…がん…になった、あなたはがんですよって言われた時に…正直私の場合は…ああ…別にいいかなと、もう…やりたいように生きたしいいかなと、どうなっても(いいかな)って正直思ったんですよ。でもそれって…すごく嫌な感情ではなかったですね。なんかこう胸がざわつくとか悲観して言ってるとか思ってるとかそういうんじゃなくて、スッと、あっ、やっとゴールにたどり着いたんだ人生のと、達成感に似たような感覚だったんですよ。うーん…本当にそれは私にとって悪い感情じゃなく…なかったんで、これって結構…自分の中では大きな気づきというか、この先いつか人はみんな亡くなるので、次にね…その死を意識することがあった時にも、私よくここまで生きたぞもう満足だぞって思えるあの感覚のままでいたいと思ったんですよ。ただ…先ほど話した好きなことをする、これで……気づいてしまったんですけど、もっと人生をカラフルにしたい!華やかにしたい、楽しいって思える…スパイスが欲しい、自分の人生に。だからあの時、死を意識した時に得た満足感にそのスパイスをプラスさせたい、次に…もしそういうことがあったら。だから…私はもっと自分の楽しいことをしたい、したいことをしたい。仕事も…なんだろうな、稼ぐためにするんじゃなくて、もうちょっと…自分が楽しいようにやっていけたらなという思いになりました。

岸田 今計画しているやりたいこと、どこか行くでもいいですし何かやるでもいいですし、そういったものってありますか?

清水 あ〜!小学生の時に…ちょっと望んだことがある…。

岸田 おっ、何ですか?

清水 夢を叶えようかなと思いまして、一つが占い師。

岸田 占い師!

清水 占い師になること。

岸田 占い師…まあ確かに小学校の頃、めっちゃ流行りましたよね、占いとかね。

清水 みんな…女の子なりたかったべ〜!タロットカードもしたかったべ!私もだよ〜!と思って今やってみようと思って、ちょっと学校行ってます。

岸田 学校があるんですね!そういう。

清水 学校に行ってて。もう一つが…神社仏閣が好きで、神職の資格って取れんのかな〜?って思ってまして、今そっち方向に動いています。

岸田 今ね、そういうなり手が多くはなさそうなイメージがあるので。

清水 そうなんですよ!なので いろいろね、もしなんとか髪黒くすればとか隠せばとか。

岸田 そういうのあるんですかね?どうなんですかね。

清水 いけるんだったら、資格取れるように頑張ろうかなって思ってます。

岸田 というね、いろいろさまざまなね、清水さんの夢といったところね、今後どうなっていくか乞うご期待!みたいな形かなと思います

『随縁任運』——縁に沿い、運に任せる

岸田 最後にここからですね、メッセージになっております、清水さんから、皆さんがんを経験してね、今治療されている方も経験された方も、そしてご家族やご遺族の方、さまざまな方が見てくださっていると思いますので、清水さんのメッセージ、このメッセージをいただいております

清水 私のメッセージは『随縁任運(ずいえんにんうん)』です。私は闘病を通して、『随縁任運』という言葉の意味を知った気がします。『随縁』は、その時その時に与えられた縁に沿うこと。病気も治療も出会う人も、全部を自分で選びきれるわけじゃない。思い通りにならない現実の中で、それでも目の前に来たご縁を受け入れて一つずつ向き合う。そして、『任運』は運を天に任せること。ここでいう任せるは、あきらめることじゃなくて、何もしないことでもなくて、自分がやるべきこと、自分で決めるべきことはちゃんとやる。生きるか死ぬか・再発するかしないか、手術がうまくいくかいかないか、そういうものは自分が支配できるものじゃない。いつどんな時でも大事なのは、自分が納得できるように生きること。なかなかそう簡単に考え方って変えられないけれど、私はそう思えるようになった時に見ている世界が明るくなったのでこのメッセージを送りたいと思いました。

岸田 ありがとうございます!『随縁任運』って僕初めて聞きましたけれども、いい言葉ですね!

清水 いい言葉ですね〜!私も最近知りました!

岸田 そうなんですね。

清水 先に伝えたい内容があって、ChatGPTにこういうことを伝えたいんだけど…これをめっちゃ短い言葉、4文字熟語とかでない?って聞いて、多分この『随縁任運』が一番近いよ、あたるちゃん!みたいに言ってくれたんでこれにしました。

岸田 そうなんですね〜!だからAIを駆使して我々にも教えていただいた感じですね!本当にやっぱりこう…素晴らしいこういった言葉、いろいろ僕もまだまだ知らないことばっかりですので教えていただいてありがとうございます。といった中でですね、がんノートこれにて終わっていくんですけれども、清水さんいかがでしたか?自身が見ていたものに次は出る立場になってにはなりますけれども、いかがでしたでしょうか?

清水 そうですね〜なんか…もっともっと伝えたいことはいっぱいあったはずなのに、この場に来ると…。

岸田 いやいや!めっちゃもう伝わってます!めっちゃいただいてます!

清水 年なんで記憶と言葉が…出てこないんですよ(笑)

岸田 いやいやいや!

清水 もう、たどたどしくて申し訳ございません

岸田 皆さんもね、本当にやっぱり貴重ながんの経験談だと思いますので、これが何かしらのヒントになったりとか前を向くきっかけになれば嬉しいなということを思っております!これにてね、がんノート終わっていきますけれども、また次の動画でお会いできたらと思います!それでは皆さん、バイバ〜イ!!

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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