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インタビュアー:岸田 / ゲスト:堀内

ラジコン、ガンプラ、VTR250——長崎で暮らす53歳・堀内さんの日常

岸田 今日のゲストとして堀内さんになります。堀内さんよろしくお願いします!

堀内 よろしくお願いします。

岸田 堀内さん、簡単に自己紹介お願いできますでしょうか?

堀内 長崎出身、53歳です。家族は妻と息子2人の4人になります。仕事は会社員で、趣味はラジコンとかプラモデルのガンプラ、あとバイクに乗ることが趣味になります。

岸田 ね〜!本当に趣味も多彩なんですけれども。バイクなんですけど、僕もね、バイク乗ったりとかするんですが、堀内さんはどんなバイクに乗られたりとかしますか?

堀内 ホンダのVTRという250CCですけど、持ってます。

岸田 ああ〜!そうなんですね!それはあれですか?もう…ご趣味で乗られている感じなんですかね?

堀内 そうですね!釣り(に向かう)とか…あと足代わりにしてます。

岸田 いいですね!結構ね!釣りもそうですし、ドライブだったりとかっていうところでバイクにも乗られているというふうな、そんなワイルドな堀内さんなのかなということ思いますが。

ここからね、がんのことについてもちょっとお話ししたいんですけれども、がんについてもお話しいただけますでしょうか?

堀内 肝内胆管がんという胆管がんの一種なんですけど、去年(2025年)健康診断で見つかりまして、去年(2025年)の6月に開腹手術をして、再発して今治療中になります。

岸田 そういった治療中というふうな形でね…にもかかわらず、ちょっと今回ご出演いただいてというふうな形でありがとうございます!

そんな堀内さんのですね、経験談これからお話を聞いていくんですけれども、個人の経験談でございますし、特定の治療を推奨しているわけではございません。皆さんね、病気っていうのは主治医の方が一番ご存知かと思いますので、主治医の方にご相談いただければと思っております。

昇格の直後、健診で見つかった4センチ——2025年からの1年をたどる

岸田 またこれからですね、ペイシェントジャーニーというグラフでお伝えをしていきますけれども、このような形となっておりますので、またご参照ください。まず堀内さんのペイシェントジャーニー!このような形でですね、もう山が2つほどあってという形かと思いますが、2025年からという形なので、去年からのこの1年間の中でさまざまなことがあったということですよね。いろいろお話を聞いていきたいと思います!

まず初め、会社で昇格ということで素晴らしいな〜!と思うんですけれども、堀内さんはどういったお仕事をされているんですか?

堀内 在宅医療機器の設置とか、それの点検とか、それを使われる患者さんのアフターフォローとか、そういったのを外回りでやっております。

岸田 ということは医療系という…くくりは医療系なんですね?

堀内 はい。

「去年まで何もなかったのに」——昇格の矢先、健診エコーで見つかった4センチの腫瘍

岸田 そんな堀内さんが会社で昇格されていってね、これから!といった時にちょっと下がっていきます。それがこちら、会社の健康診断。ほう!これは毎年あるやつ?

堀内 毎年1月から2月にかけて健康診断があるんですけど、その健康診断のエコー検査で、去年まで若干…脂肪肝あるね〜みたいな感じで去年までは言われてた肝臓がですね、4センチぐらいの腫瘍があるよと言われて、え〜っ!?ってなりました。

岸田 それがここのね、腫瘍らしきものがあるよっていうことで。これはあれですか?検査の結果でそう出てくるんですかね?

堀内 エコー検査を先生がしてる時に、先生が驚かれましたね!去年まで、去年のデータを見ながら今年のエコーも撮っている感じだったんですけど、突然去年なかったものがあるので、先生もびっくりして声を上げてましたね。で、そのエコーの画面を私に見えるように向けて、ここにあるよ〜みたいな感じで見せられました。

岸田 お〜!ただその時は…あれですね?堀内さん、特になんか…めちゃくちゃこう上がったり下がったりするっていうのじゃなくて、結構フラットな感じで聞かれてたんですね?その時は。

堀内 何言ってんだこの人!?みたいな感じでしたね(笑)だって…去年まで何もなかったのに、突然そんなこと言われても…何かの間違いだ!と思ってました。

腫瘍マーカーは陰性、造影CTでがんの疑い——「そんなに待てんな」と急いだ精密検査

岸田 ですよね〜。そんな中で下がっていきます、それがこちら、精密検査・がんの疑いということで。そこから…精密検査を受けられていくんですね?

堀内 そうですね。あの…その腫瘍らしきものがあると言われて、早く精密検査した方がいいよと言われたので。ちょっと何箇所か電話したんですけど、ちょっと2〜3週間後に来てくださいみたいにどの病院にも言われて、いや〜そんなに待てんな!と、気になって待てないな!!と思って、その健康診断をした病院でCTとかあるので、そこで精密検査をお願いしたら来週でいいよって言われたのでそこで精密検査をすることになりました。

岸田 お〜!そうなんですね。早く見たいですもんね、それはね、どうなるのか。その精密検査をしている中で、その中でも…がんの疑いが浮上すると?

堀内 はい。CTで、造影CTというCTをしまして、あっ、その前にごめんなさい、血液検査もしたんですけど、血液検査での腫瘍マーカーは陰性だったんですよ!

岸田 お〜!そうなんですね。

堀内 で、だとしたら映像で造影CTじゃないと、それががんなのか血管腫とか他の肝のう胞とか良性の腫瘍もあるので、造影しないと分からないということで造影CTをしたところ、やっぱりがんの疑いがあるよっていうことで、もう紹介状書くのでその私の住む市の大きな病院、紹介状を書くので行ってくれということでそういうふうになりました。

血圧200超えの告知—肝内胆管がんだった

岸田 じゃあここで紹介状を書いてもらってそこに行ってくれということで、次こちらになっていきます。総合病院で検査を受けていくということで、この検査は…より、あれですかね?詳しい検査を総合病院でされていったってことなんですね?

堀内 そうですね、同じように造影CTもしたんですけど、MRIとか他にも検査があって、ここで…もう腫瘍マーカーは陰性だけど映像では間違いなくがんだねということで。がんも、私肝臓に腫瘍だったので肝細胞がんだとずっと思ってたんですね。だけど…その精密検査の結果、肝内胆管がんですと言われました。

岸田 そこがこのがん告知ということで…ね。初め、そう聞かれてどう思われました?堀内さん。

堀内 まあ…ショックですよね。あの…なんだろう、血圧…もともと140ぐらいなんですけど。

岸田 えぇっ!?

堀内 その時、測ったら200超えてましたね(笑)

岸田 えぇ〜!!

堀内 もう倒れそうなぐらいの血圧になって、もう…かなり動揺してたのを覚えてます。

岸田 200!はやばいですね!!

堀内 もう…バクバクしてましたね!

岸田 そっか…まさか自分が!みたいな感覚なんですかね?

堀内 さっきも何度も言いましたように、去年まで何もなかったところに突然4センチぐらいの腫瘍があるっていうのが、もう…信じられなかったですね!1年で4センチも大きくなるのか?って感じでしたね。

岸田 そうか〜。しかも、こちら…あれですよね?堀内さん、この…肝内胆管がんっていうことですので、最初…肝臓がんだと思われてたんですよね?

堀内 そうですね、精密検査行きなさいって言った病院も肝細胞がん…か、もしかしたら肝内胆管かもね?って、確定されてなかったんですよ、総合病院の前まで。だけれども…総合病院に行ったら、肝内胆管がんと確定されました。

岸田 肝内胆管がんっていうと、ちょっと僕まだ…知識がなくて申し訳ないですけど、肝臓にできるんじゃなくて、その…この胆管の中に何かこう腫瘍が?

堀内 そうですね、肝臓の中の胆管にできるがんだそうです。肝臓の中じゃなくて胆管にできたら胆管がんなんですけど、肝臓の中にも胆管にできた場合は肝内胆管がんという呼び名で言うそうです。

岸田 当時そこだけだったんですか?堀内さんステージ4って書かれていたので…。

堀内 ステージ4はですね、手術後に取り出した部位から確定したんですよ、ステージが。その告知の時は、映像上ではステージ3ぐらいだろう…というふうに言われてました。

足から胸まで広がった湿疹——アイスノンで冷やさないと眠れなかった術前化学療法

岸田 言われてたんですね。最終的には取ってみないと分からないというのがね、がんの業界であったりとかするのかなと思いますけど、その時はじゃあ肝内胆管がんだということで治療をされていきます。薬物療法、ゲムシタビン・シスプラチン・イミフィンジということで、これをやっていこうって医療者の側から提案されていくんですかね?

堀内 そうですね。総合病院の主治医の先生が、その4センチの腫瘍がちょうど肝臓のど真ん中にありまして、その真ん中にちょうど大きな血管、下大静脈があるんですけど、映像で見る限りちょっとそこに…がんがひっついてそうだと。

もし…静脈に浸潤していれば、もう手術…難しいので、まずはその腫瘍を小さくしてから(手術で)切りましょうというお話になって、術前の薬物療法ということでこのゲムシタビンとシスプラチンとイミフィンジという、免疫チェックポイント阻害剤という新しい薬みたいですけど、それをすることになりました。

岸田 それをされていった時のお写真をいただいておりますので、それがこちらになります、ドン!おぉ〜!結構な…赤かったりするんですけど、まず左側のお写真こちらは?

堀内 これから第一クールの、まさに最初の投与の瞬間ですね。今から始めるよ〜!というところで、頑張るぞ!という意気込みで写真を撮ったのを覚えています。で、その1週間か10日ぐらいに抗がん剤の副作用、おそらくイミフィンジの副作用だと言われてましたけど、湿疹がこんなに出まして。ちょっと下の方にアイスノンで冷やすぐらい、冷やさないともう…耐えられないぐらいのかゆさがあって。

岸田 かゆいんですね!?

堀内 かゆいし、すごい熱を持ってた…ですね!温かいとかゆくなるので、冷やしてました。

岸田 これ今、この足のお写真ですけど、これは全身かゆくなるんですか?

堀内 あとですね、顔とかにはできなかったんですけど、もう胸ぐらいまでありましたね!足から胸ぐらい。

岸田 じゃあもう…かゆくてそれどころじゃない!みたいな?

堀内 そうですね!もう寝れないですね!かゆくて…寝れなかったの覚えてますね〜

岸田 本当ですか!かゆくてね〜、そんな状態。ただ…かゆみ止めとかもらえるんですか?

堀内 そうですね。抗がん剤治療の時はどんな副作用が出るか分からないのでということで、最初の1クールは入院でしましょうということになりまして、これは入院した時の写真なんですけど。その入院中に皮膚科を受診して、まずは最初に塗り薬をいただくんですけど、塗り薬は全然効かなくてですね。今度ちょっと強めのステロイドの飲み薬をもらったら、それが効いてこの湿疹はなくなりました!

セカンド、サードオピニオン、そして大学病院へ——「自分で納得した治療を始めたい」

岸田 そうなんですね〜。そういうふうな形で対処されていって、というふうなところでということですね。はい、そんな中でちょっとまた戻っていきます。薬物療法されていってですね、その後こちら、セカンドオピニオンを受けられていく。

堀内 はい、そうですね。

岸田 これは…治療中?

堀内 治療中ですね。

岸田 ですよね?へー!

堀内 あの…なんだろう、総合病院で…もう術前の化学療法、がんを小さくするためにしないと手術できませんと言われたけれども、入院中、抗がん剤、僕金曜日に抗がん剤してたんですけど、それ以外ずっと何もなくて暇だったんですよ。もう…ぷらぷらと院内を歩いて回ったりとか、もう本当健康そのものの人がするようなことをしてたんですけど、その間にやっぱりいろいろ調べてしまって。

そうするとですね…なんだろう、他にも…私一人の先生の治療法しか聞いてなかったんで、他にもっといい方法があるんじゃないか?と思ってですね、セカンドオピニオンしよう!と思ったんですね。

もう一つ、入院中に、実は1クールで退院した後は通院で抗がん剤しようということだったんですけど、さっきの写真のように副作用がたくさん出てきたので、一瞬は退院できたんですけど、また2クール目も入院でしましょうということになって、トータル1ヶ月間入院しちゃったんですね。

いろいろ調べたりいろいろ悩んだりしたのがあって、もう…うつみたいな感じに病院内でなってしまって、これじゃいかんな〜ということで、もう…自分が思ったことはもう…しよう!と思って、気になることはしよう!と思ってセカンドオピニオンをすることに決めました。

岸田 そしてね、セカンドオピニオンや、ここね、サードオピニオンまで受けられていくということなんですけれども、これは?

堀内 いろいろ調べると、肝内胆管がんがですね、切除不能な場合は3年くらい前から重粒子線(治療)が保険でできるようになったんです。で、あっもし私が…この抗がん剤が効いてなくて(手術で)切れなければ他に方法がないか?と調べたら重粒子線(治療)があったので、重粒子センターにサードオピニオンでも聞きに行きました。

岸田 ちなみにセカンドオピニオンはどういったところに行かれたんですか?

堀内 セカンドオピニオンは九州の福岡の方にあります大きな病院に行きましたね。

岸田 あ〜!そうなんですね。で、サードオピニオンは重粒子センターに行かれて、そのセカンドオピニオンとサードオピニオンで方向性とか違いました?

堀内 セカンドオピニオンのところは、やっぱり…手術の場合は腫瘍が下大静脈という大事な…大きな血管にひっついている可能性があるので、やっぱり小さくしてからするのがベストだと。だから、最初の総合病院の先生がおっしゃっていることが正しいという言い方…というのをおっしゃっていました。

サードオピニオンは同じように、下大静脈にひっついているように見えるけれどもギリギリ(重粒子線を)当てられるよみたいな。

岸田 お〜!

堀内 おっしゃってくれたんですよ。ただ注意もあって、その…重粒子(線)を当てたことで腫瘍が縮まる時に下大静脈に引っ付いていた場合はそれを引きちぎって小さくなる場合がある。そうすると…下大静脈が引きちぎられると、あなたは救急車を呼んで助かるレベルではなくなりますよということを言われてしまって。

岸田 怖っ!

堀内 はい!すごく怖いこと言われたんですよ、え〜!っとか思って。ただ、めったにそういうことはないけどねって付け加えられてましたけど。そこで、あ〜どうしようかな?って悩んだところでしたね。ただ…お腹を大きく切らずに治せるのはいいな〜とは思いました。

岸田 そうでね、悩まれていった中で、次こちら、大学病院に転院することに決めたということで、これはきっかけがあったんですか?

堀内 えっとですね、いろいろこのようにセカンド・サードオピニオンをした時に、総合病院の主治医の先生がですね、地元の大学へ…もうそうやってセカンド・サードオピニオンをしていると1個行くのに1〜2週間かかっちゃうので、データを送ったりなんだり予約を取ったりする時間がかかるんで、もう…あれだったら大学病院に行ったらどうだ?というふうに主治医の先生から提案があったんですよ。

岸田 お〜!そうなんですね

堀内 で、もちろん地元の大学病院もセカンドオピニオンをする予定だったんですけど、セカンドオピニオンをするよりも転院した方がスムーズに治療へいけるから行った方がいいんじゃないか?ということで、それを承諾して大学病院に転院しました。

30センチの傷、6時間半の開腹手術——TS-1を飲み続けても、2ヶ月で再発

岸田 そして大学病院を転院されていった中でちょっと上がっていきます、それがこちら、手術。開腹手術ということで、最終的にはやっぱ…開腹にされていくんですね?

堀内 そうですね。大学病院に転院したのがちょうど5月…中旬ぐらいだったと思うんですけど、そこからまた同じような検査が始まりまして、CT撮ったりMRI撮ったりPET撮ったりと始まって…もちろん手術ができるのは転移がないのが条件なので、転移がなかったのを検査で分かって、6月の中旬に開腹手術になりました。

岸田 その時のお写真もいただいておりますので、こちらになります!結構な…傷ですね!

堀内 端から端まで測ったんですけど、30センチありますね!

岸田 30センチ!!うわぁ〜!

堀内 このホッチキスのような針が20個ぐらいグサッ!!て。

岸田 うわ〜!すごい!ガバッと切って!?

堀内 はい。

岸田 相当痛かったですかね?この後。

堀内 それ…がですね、手術後ICUに入っていった時も痛かったは痛かったですけど、皆さんが事前で調べた開腹手術はもう…5日間ぐらい寝れないぐらい痛いみたいなことを聞いてたので自分も覚悟してたんですけど、そこまで痛くなかったですね(笑)

岸田 あ〜、そうなんですね!

堀内 なんかもう…お酒にずっと酔っ払ってるような状態で麻酔が効いてたのか、そんなに痛くなかったんですよ。

岸田 本当ですか!それはよかった〜。うわぁ〜、でもすごい!

堀内 咳とかしたら痛かったですけどね、めちゃくちゃ。

岸田 ああ〜!そうですね、腹筋が切れてるから。ベッドから起き上がる時とかね、そういった時とか痛いですよね〜。そっか〜。これはもう何時間ぐらいの手術ですか?

堀内 下大静脈にひっついてた場合は、血管を…その浸潤しているところだけを切り取って同物の組織をそこでつなぎ止めるというお話だったんですよ。で、そういうのがあれば10時間ぐらいかかりました。

ただ、それが下大静脈…浸潤してなかった場合は肝臓を切るだけなので6時間ぐらいで終わりますということで、結局…開けて見てもらったら浸潤してなかったんですよ!らしいです。肝臓半分を切るだけというか、大変な手術ですけど、それだけで終わったので、6時間半で手術は終わったようです。

岸田 終わった時間でどうだったのかっていうのは分かりますよね、自分的には。その時のね、お写真もう一枚いただいております。それがこちら!はい。すごく不服そうですけど(笑)

堀内 ずーっともう…お風呂も入れないしヒゲも剃れなかったので、生涯こんなにヒゲ伸ばしたの私は初めてだったんで、記念写真撮ろうと思って撮りました!

岸田 そういうことですね〜。そっか!こんだけヒゲがちょっと伸びてっていうふうな当時のお写真ということですね。このような形でね、手術をされていった中でなんですけれども、次がこちらになります、薬物療法されていくということで、これは次あれなんですかね?がんで取り切っていったけど、その後、術後化学療法みたいなそういうイメージでしょうか?

堀内 最近のすい臓がんとか他の胆管がんとかは、手術の後のTS-1はガイドライン上に載っているらしくて、再発予防で大体半年から1年ぐらいするそうなんですね。私もその通りTS-1を飲んでいきましょうということで。毎日…何錠だったかな?朝・昼3錠ずつ飲んで。

岸田 飲んで…それでね、術後再発しないようにということで飲まれていった中で、残念ながら再発が…見つかっていくんですかね…。

堀内 はい。ちょっとその…みぞおちと背中が痛かったんですよね。それで、それを言ったところちょっと病院に来てくれということで、すぐにCTを撮ったところ残した肝臓の方に2か所1センチぐらいのがんがありました。

岸田 おぉ…そっか〜。その時の…分かった気持ちとかいかがでしたか?

堀内 え〜、もうあれですね、開腹手術も…あんだけ切られるって分かってて、恐怖を振り絞ってですね、勇気を振り絞って(手術を)したのに、(手術を)してTS-1も頑張って飲んでたのに…たった2ヶ月で再発しちゃったんで、もう…なんだろう、もう…がっくりですね!もう…何も手につけられないような、何とも言えない気持ちですね…になりましたね。

岸田 そうですよね〜、せっかくこんだけやったのに…みたいな形でね。

堀内 はい。

岸田 その再発が分かっていった段階で、そして…もうここからあれですかね?もう…そっか、ちょっと話前後しちゃうんですけれども、手術した後に最初ステージ3っていうふうな診断で、手術して取ってみたらステージ4だったじゃないですか?ステージ4ってことは、どっか他にも転移をしてたというわけではなく?

堀内 取り出したその肝臓を調べたら、門脈と血管に浸潤してましたということでステージ4Aの診断が出ました。

岸田 ありがとうございます。皆さん見てくださっている方、医療情報に関しては主治医の先生だったりとかそういった方に聞いてもらえたらと思います。あくまでもがんの経験談でございますので、よろしくお願いいたします。

といった中で再発が分かっていって、そこから…ただちょっと希望がちょっとそこから上がっていくことなんですよね、こちら、薬物療法、ゲムシタビン・シスプラチン・TS-1ということで、前回からちょっと変わっているんですね?薬物療法が。

堀内 前回のゲムシタビン・シスプラチンは同じで、あとプラス飲み薬のTS-1を飲んで、再発したがんを小さくしましょうということになりまして、それを3クールでしたんですね。で、その間にまたいろいろ調べて。この二つのがんを取る方法がないか?っていうのを調べて、またセカンドオピニオンをすることになる。

岸田 セカンドオピニオンされていくっていうことでなっていくんですが、このイミフィンジが(今回は)なくなってるのは、先ほどの副作用とかっていったところがあるから違う形でっていうことになっていたんですね?

堀内 それもそうなんですけど、取り出した肝臓のがんを調べたところ、術前の抗がん剤の効果がほとんどなかったというのもよく分かったんですよ。なんで、イミフィンジは効かない、この私のがんには効かないねということで、別の薬をしましょうということでTS-1になりました。

岸田 なったってことですね。そこから先ほどのお話もありました、ちょっと出ました、職場復帰っていうのをされていく。ここまでは休職をされているんですかね?

堀内 そうですね、休職をしてまして、途中まで、7月ぐらいまでは有給(休暇)とか代休とかバックアップ休暇とかがあってその給料はもらえてたんですけど、その後はもう傷病手当になって、やっぱり…収入が下がってしまうのと。それと別にがんの治療ってすごくお金がかかるので、やっぱり職場復帰して収入を上げないといけないなと思ったのと。

あと、私この抗がん剤の副作用がほとんど最初の受診とか以外はですね、(副作用が)なくて。普通の人と同じような感じでできたので、これだったら仕事もできるな!と思って、会社にお願いして、条件付きなんですけど出勤させてもらうようになりました。

岸田 そうなんですね!またお仕事の話は、また後でも詳しくお伺いしていきたいなと思います。職場復帰して…よし!といった中で、先ほどのセカンドオピニオンを受けられていくということなのですが。これは…どういったセカンドオピニオンを受けられていくんでしょう?

堀内 主治医から、再発したがんを治すための治療をどういうのがあるかという説明を受けたんですね。そうすると…まず第一選択は手術、そして放射線、重粒子(線)とか陽子線ですね、あと…ラジオ波焼灼術があるよみたいな話をされて。手術は…もう肝臓半分いっちゃってるので、さすがにまたその腫瘍があるところを切るのはちょっと難しいかなという話になりました。

そうすると、残された2つは重粒子(線)かラジオ波になるんですけど、また術前の同じところにですね、セカンドオピニオンともう1か所兵庫の方にある重粒子(線)の方のセンターにですね、セカンドオピニオンに行ったところ、どちらもできますよと返事が帰ってきたんですね、重粒子(線)治療できますよと。

ただ…その兵庫の方の重粒子(線)の方の先生が、ただ重粒子(線)は肝臓にちょっと大きなダメージを与えるのでラジオ波をした方が体に優しいよということで、まずラジオ波ができるかどうか総合病院で検討して、できるようになったらそっちを選んだ方がいいよということで総合病院でその話をしたところ、次の治療に行くことになりました。

岸田 今総合病院でってお話でしたけど、あれ大学病院に通われてたんじゃなかったでしたっけ?

堀内 そうですね、大学病院は手術までなんですよ。で、化学療法は近いところでやった方がいい、どこでやっても化学療法は同じなので近いところでやった方がいいんじゃないか?ということで、化学療法は総合病院でやるようになってます。

岸田 そういうことですね、大学病院までちょっと遠い?

堀内 遠かったですね。片道2時間くらいかかるんですよ、私の家から。総合病院だと30分くらいで行けるので、全然、はい、移動の時間が違って。化学療法はどっちでやっても同じ、薬を注射するだけなんで、総合病院にすることに決めました。

エコー室で受けたマイクロ波焼灼——画面の中で、がんが白く変わっていった

岸田 はい。じゃあ総合病院で確認していきます。ただここのね…上がっているってことは、それはよいことだったんじゃないかな?と思いますが、次こちら、手術、マイクロ波焼灼凝固(しょうしゃくぎょうこ)療法。えっ!?初めて聞きます!

堀内 結構肝細胞がんの方がする治療方法では有名なんですけど、私のような…肝内胆管がんとか、あと…別の大腸とか他のがんの人が肝臓に転移した場合にする治療法らしいんですよね。

岸田 さっきラジオ波っていうお話はお伺いしましたけど、今回マイクロ波って書いてあるじゃないですか?

堀内 全くというか同じ種類になるとですけど、ラジオ波よりもマイクロ波の方が性能がいいそう。

岸田 お〜、そうなんですね!

堀内 はい、短時間で広範囲を焼くことができるということらしいです。

岸田 それがあれですか?総合病院でできるよってなったんですか?

堀内 そうなんですよ!内科を受診しまして、このマイクロ波とかラジオ波は外科の先生ではなくて(その病院では)内科の先生がされるんですよ、私も初めて知ったんですけども。

岸田 へー!

堀内 内科を受診して造影エコーを検査して、大事な血管が血管の周りにないのを確認して、マイクロ波できるよということになってマイクロ波焼灼をすることに決まりました。

岸田 1回だけなんですか?それとも何回か通うものなんですか?

堀内 その日で終わりました。

岸田 その日で、結構1〜2時間とかで終わる?

堀内 多分…1時間半ぐらいだと思います。

岸田 お〜!そうなんですね。マイクロ波というものを当てて、多分焼いたりとかしていくってことですよね?

堀内 経皮から長い針を刺して、先生はエコーを見ながらですね、長い針を刺して、肝臓のがんまでその針を刺して、で、焼くらしいんですよね。全身麻酔じゃなかったんで先生たちがしゃべってる声が聞こえてたんですけど、何ワット何分とかですね、言われてるのが聞こえましたね。で、自分にもそのエコーの画像が見えてて、肝臓に針が刺さっているのを見えてたんですよ、エコー上ですけど。

岸田 へー!

堀内 で、焼いていくとそのエコーの中のがんがですね、最初…黒っぽく・灰色っぽく写ってるがんが、焼いていくと白っぽく変わっていくのが分かりましたね。

岸田 え〜、画像上で?

堀内 はい、ただ…痛かったです!

岸田 あっ、痛いんですね!?

堀内 麻酔されてたんですけど、やっぱり鈍痛の痛み背中にありましたね。痛いですって言ったら、あっ、ごめんねちょっと鎮静剤増やすよ〜みたいな感じで、何度か繰り返すうちに私はもう寝てしまいました。

岸田 そっか!全身麻酔じゃないんですね?最初から。

堀内 手術室じゃなくてエコーとかを検査するような場所でされました。

岸田 へえ〜!

堀内 びっくりしました!最初そこに入った時に。大丈夫なのかな?とか思ったりもしました。

岸田 そうですよね!

堀内 だけど…そこの病院もそんな感じみたいですね。

岸田 あ〜、そうなんですね。痛さっていうのは、もう終わったら…もう痛くないですよね?

堀内 終わってから、病室で私目が覚めたんですけど、この手術を受けた後3時間は病院に、ベッドに固定されるんですよ、動いちゃダメなんで。縛られるとかではないんですけど、もう絶対動かないでください!みたいな、もう…仰向け状態で。トイレも行っちゃいけないんで、トイレ行きたかったら看護師さん呼んでくださいということだったんですけど。

私はその…痛くて鎮静剤たくさん打たれたので、一回は目が覚めたんですけどまた寝てしまって…起きたのがもう夜の10時だったですね。なんで…じっとしててくださいっていうのはもう軽くクリアできたので(笑)なんともなかったですね、そこは。

岸田 寝てる間にね〜。もう…退院もすぐできるんですか?

堀内 えっと…それも聞いたんですけども、手術の後、翌日に退院しても別にいいよって言われてたんですけど、だけど…まあ普通は一週間ぐらい入院するけどね〜っていう言い方されたんで、一週間入院しました。だから退院しようと思えば次の日退院できたんじゃないかな?っていうぐらい次の日なんともなかったですね。

岸田 あ〜、そうなんですね!いやーそういうね、治療を受けられていった中で、その後ゲノム検査、おっ!ゲノム検査を受けられて、しかも赤色のポジティブということなので、ゲノム検査これは…何か分かったとかよかったとかそういったことなんですかね?

堀内 えっとですね、この検査を受けたのはちょっとこの前の2ヶ月前の再発ぐらいの時に受けてるんですね。2ヶ月後の検査の結果を聞きに行きました。

岸田 結果はどうだったんでしょう?

堀内 結果は…ありませんでした。治療薬は、私の遺伝子上に対応した薬はないよという告げられました。

岸田 ただポジティブになっているのは…なぜなんですか?

堀内 もうマイクロ波してがんが体からなくなった!ので…と思っているので。あとはもう…再発しなければ別にゲノム検査の薬があろうがなかろうが私には関係ないよみたいな、強気みたいな思いでいましたね。

岸田 なんかね、合う薬がないよって言われるのはちょっとなんかね、なんかあってほしいですよね、本来なら。

堀内 本当は…わらをも掴む状態の時だったらそうなんでしょうけど、その時は自分はもう、この手術でもう…完全に治った!と、なんか…何の根拠もないんですけどそう思い込んでたんで、そんなにへこまなかったですね、その時は。

腫瘍マーカーだけが上がっていく——MRIで見つかった11個の再々発

岸田 そんな中でね、ちょっとずつ下がっていきます。これが…腫瘍マーカーが上昇していく、そして薬物療法をされていくということなんですけれども。ちょっとずつ上がっていったんでしょうか?

堀内 マイクロ波焼灼をする前の血液検査までは、ずっと腫瘍マーカーCA19-9というのと、CEAという腫瘍マーカーは、ずーっと最初のがんが見つかってからずーっと陰性だったんですよ。ところが、このマイクロ波焼灼をした後からですね、そのCEAだけ急に上がり始めたんですね。

もともとゲムシタビン・シスプラチン・キイトルーダというのはマイクロ波をした後の再発予防ということですることが決まっていたので、抗がん剤をするために最初に血液検査をして抗がん剤が投与できるかどうか見るんですけど、その血液検査で腫瘍マーカーが上がっているのが分かって、あれ?なんでだろうというふうに思ってちょっと少し…気持ちが落ちた状態になりました。

岸田 これは腫瘍マーカー上がったから、薬物療法をされたんですか?

堀内 いえ、腫瘍マーカー関係なく、もともとマイクロ波の後の再発予防でする予定…することに決まってました、もともと。

岸田 あー!そうなんですね、もともとじゃあ手術後の術後化学療法っていうふうな形でやる予定だったということで。じゃあこれ、あれなんですね?さっきのTS-1じゃなくてキイトルーダに変わってるんですね?

堀内 もう…胆管がんが、このゲムシタビン・シスプラチンを軸にあと何をつけるか?という抗がん剤のレジメンしかないみたいで、自分にはもうキイトルーダしかなかったので、まあ…それでキイトルーダになっているんだと思います。

岸田 そっか!次の治療ということでキイトルーダしかなかったので、キイトルーダをされていったということですね。そんな中で、PET-CT異常なく、そして造影CTも異常ないということで…。えっ、異常ないけど下がっているのは何かあれなんですかね?

堀内 途中にその都度、抗がん剤を打つ手前の血液検査の時に腫瘍マーカーが、前回の腫瘍マーカーよりも若干上がっているんですよ。

岸田 ああっ、そういうこと!

堀内 最初は15ぐらい…5以下が正常値なのに、最初が15ぐらいで次が18ぐらいで次が20ぐらいで、なんで少しずつ上がっていってて、気持ちも少しずつ落ちていった感じですね。ただ…映像で異常ないので、まだまだそんなたくさんは下がらないと。

岸田 そっか〜、じゃあ(腫瘍)マーカーは上昇してるけど異常はないから、まあちょっと…どうなんや状態みたいな感じがついてるんですね?

はい、そこで一番下がっているのがちょっと怖いですが、MRIで再々発が判明していくと。最終的にMRIを撮ったんですか?

堀内 そうなんです。PETでも写らないし造影でCTでも写らないので、MRIだったら写るんじゃないか?と。先生はもう…これはどこかあるよっていう、経験上なんでしょうけど。で、MRIを撮りましょうということになって、撮ったところ…見つかりました。

岸田 そっか〜。見つかった時はこのように一番(気持ちが)下がってますが、堀内さん的な感情としてはいかがでした?

堀内 もう…どん底ですね。さっきの話…ゲノム検査の治療薬も、その時はなくてもいいやと思ったけど、この時は…あの時はあってほしかったと思ったし、あと…私さっきもこれも言いましたように、全ての抗がん剤治療薬を使ってるんですよ。なので…もう次の治療薬が…ない、もう…何もないじゃないか!どうしよう!っていう感じで。もう…がんになってから一番下がった状態になりましたね。

岸田 そうですよね〜。どうしていったらいいんだといった中で、今次の治療を主治医の方と相談していると。

堀内 そうですね。なんか方法をいろいろなキャンサーボードとか病院で、大学病院・総合病院の先生方々と話し合って、私の次の治療を考えてくれている途中です。

岸田 だから、今後どうしていくかというところはこれからということですね〜。ちなみにその再々発判明ということは、また肝臓にできていた?

堀内 そうなんですよ。これがですね、前回の再発は2個だったんですけど、今度は多分…11個。大きさはですね、一番大きいので8ミリ、小さいのが2〜3ミリぐらいの小さいのがポツポツポツポツと残した肝臓にあちこちに移ってまして。

主治医の先生は、こんなあちこちにいってたらもちろん手術もできないし重粒子(線)もできないということを言われて。まあそういう…全部を言われたので…のもあってです。あの…感情のグラフはもう一番最悪のマイナス10になります。

岸田 だけど、重粒子センターとかセカンドオピニオン行っていて、そうなってくると重粒子(線)はできなくなっちゃうんですね?

堀内 そうですね、はい。なんか聞いたら…電話で聞いたんですよ、セカンドオピニオン行く前に重粒子(線)の方。そしたらですね、まあ条件付きだけど3個までですって言ってたんですね。

岸田 へー!そうなんや。

堀内 3個もできない人もいる、条件が合わなければ3個でもできない人もいるらしく、私の場合はもう11個なんで、もう…ちょっとそれはできんよみたいな、言われましたはっきりと。

岸田 そっか〜、いや本当にこう、次の治療っていうのを今模索しているっていうことなんですね?ありがとうございます!そういったね、本当…堀内さんのね、次のいい治療が見つかって、そしてね、またね、元気な姿を見せてくださることを願っているんですけれども。

「一つの病院ですぐ決めないでほしい」——セカンド・サードオピニオンで積み上げた納得

岸田 そんな中でちょっとね、各項目にちょっと分けて次お伺いをしていきたいと思います。まず一つ目、病院や治療の選択といたしましてですね、こちらね、病院、さまざまな病院を受診されていって、そして治療のね、ご自身のセカンドオピニオン・サードオピニオンさまざま行かれましたけれども。

何ですかね、この病院だったりとか治療の選択で堀内さんがこう…重視したところというかこのように考えたよっていうふうな、今シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM)で医療者の方と一緒に治療法を決めていこうよっていう形でしたけれども、堀内の場合どうでしたでしょうか?

堀内 まず最初の総合病院はですね、一番最初健康診断したところの先生がなんでか分かんないですけど、総合病院はすっごく勧めてくるんですよね。私は…ちょっとその精密検査で腫瘍らしきものがあるよって言われてから、精密検査の結果が出るまでに一週間くらいあったんでその間にスマホとかでいっぱい調べてたら、もっといい病院があって。

その中でも地元の大学病院とかもよくてそこで受けたいって言ったんですけど、なぜか知らないですけどその総合病院も十分肝臓・胆のう・すい臓の治療のレベルが高いからそこに行きなさいって言われたので、自分もそれはそうなんだと信じて総合病院を受診しました。

岸田 その会社の健康診断でやった、その…病院というかクリニックというか、そういうところにここで精密検査行かれたってことですよね?

堀内 そうですね、はい。その先生がもう総合病院ゴリ押しだったんです。

岸田 実際どうだったんですか?総合病院さんは?

堀内 いや、あの…ちゃんと診てくれて主治医の先生もしっかりと親切に説明してくれましたし、あとなんだろう…もちろん当たり前ですけど初めてがんになったので、早く治療を始めないと!という焦りがあって、もう…ここでしないといけない!っていう感じで、その最初の術前化学療法をします、というふうに言って始まったんですけど。

その…さっきも言いましたように、入院中すごい考える時間がやっぱあって、やっぱりここで本当によかったんだろうか?と考え直す時間がいっぱいあって、セカンドオピニオン・サードオピニオン…をするようになったんですね。

岸田 セカンドオピニオン・サードオピニオンを受けられて大学病院へ…。これやっぱり受けられたことはどうでした?よかったですか?

堀内 よかったですよ!やっぱりですね、若干…ほぼ同じなんですけど若干手術の仕方が違ったりとかお話があったんで、病院によってやっぱり少し切り方が違ったりとかいうのはあったんで、そこをやっぱり自分で決められるので。

一つの病院で最初から早く治療したいのは分かるんですけど、そこだけですぐに決めるんじゃなくて。少し遅れてしまう、治療が遅れてしまうけどセカンドオピニオンとかサードオピニオンぐらいまでは聞きに行って、自分で納得した治療を始めた方がいいんじゃないかな?とは思います

岸田 そのね、堀内さんの場合はそういうふうな形で大学病院を受診されていって治療されていってということでね、やっていく。もう本当に治療とか病院とかそういったところって、本当に大事ですもんね、がんの治療にとってね。

その後のここのところ、さまざまな治療をされていくといった中で、例えばこのマイクロ波する時とかこういった時は不安とかなかったですか?

堀内 いや、不安よりも希望でしたね。その…基本肝内胆管がんは手術して再発した場合は、もう化学療法しか治療方法がないというふうにガイドライン上になってるんですよね。

けど…こういったセカンドオピニオンをしたことで、別の先生の意見を取り入れたことで、こういった方法があるよって見つけてくれたので、ああ〜よかったということでまた根治が目指せるという気持ちになってそのマイクロ波ができたので、それでよかったですね。楽になってます、感情が。

岸田 ちなみにですけど、これあれですよね?保険適用の治療ですもんね?

堀内 そうです!保険適用です。

岸田 自由診療とかではなくてね?

堀内 肝転移という感じになるみたいで

岸田 ありがとうございます!そんな中でも、本当に治療法といったところがいったん途切れた中でどういうふうにしていくか?というところは、これは主治医の先生といろいろ話し合ったりとか、ご自身でも調べたりとかしてということですよね。

かゆくて眠れない夜と、体内にがんがある5ヶ月——「大丈夫」と言い聞かせ続けた

岸田 そんな中でですね、次こちらになります。つらかったことといたしまして、副作用や後遺症などさまざまあるのかなということをお見受けしますけれども、この副作用や後遺症、治療においてつらかったタイミング、つらかったことっていうのはどれになりますでしょうか?

堀内 つらかったことはですね、やっぱり…湿疹が出た時って寝れなかった。

岸田 この時ですね。

堀内 あとなんだろう、ずっとがん告知を1月末に受けてから手術の6月の中旬まで約5ヶ月間、ずっと自分の体の中にがんがあるわけじゃないですか?なので…気が気じゃなくて、他の部位に転移するんじゃないか?とか、転移しちゃうともう手術できなくなっちゃうので、そういうのが不安でしたね、ずっと。

岸田 手術で取り切ってしまう、それまでのこの状態っていうのがすごく不安だったということですね。

堀内 化学療法はやってはいるけれども、どっかにもリンパとか他の臓器に転移しちゃったりしたら、もう…それでステージ4になっちゃうんで手術できないよっていうふうになるのが怖かったですね。

岸田 それはどう…紛らわすというか、されたんですか?

堀内 もう紛らわすと、もう…大丈夫大丈夫!とずっと言い聞かせる。もう自分でどうしようもできないんで、もうそう思うしかなかったですね。

毎日の電話と、肝臓にいい食事——妻に支えられた入院の日々

岸田 ありがとうございます。そして次こちらですね、家族やパートナーのこと。お子さんの話はちょっと後でまたお伺いをいたしますので、ちょっとね、ご家族の、特にパートナーの方の支えだったりだとか、こうしてくれて嬉しかった、もしくはこういうふうに共有したよとか、そういったところあれば教えてもらえますでしょうか?

堀内 今まで、ここまでで結構トータルすると何ヶ月も入院したことになるんですけど、入院してる間毎日ですね、電話をして妻と話して、病気のこと以外、ほとんどが病気のこと以外の話なんですけど、それで気が紛れてですね、あの…本当にもう助かりました!助けていただきました。あと、家族のことですね。

岸田 家族・パートナーのことに、ここ…なんか告知を一緒に受けたとか、がん告知はどうだったんでしょう?

堀内 がんの告知を受けた時はショックでしたけど。

岸田 奥様に…どういうふうに共有したとかってありますか?

堀内 まず腫瘍らしきものがあるよって言われたって電話はしましたね、すぐ電話しましたね。大丈夫よ!みたいな感じで、違うよ!きっとって感じで、ほぼ…がんじゃないよみたいな感じで、だったのはもう覚えてますね。

だけど、がんって言われてからはいろいろ…病気のことは自分が調べてたので、妻は病気にいい食事とかそういった体に取り入れるものを調べてくれてたみたいで。あと食事ですね、肝臓にいい食事とかそういうのを本とかネットで調べてそれを作ってくれて、すごいありがたかったし感謝しています!!

岸田 ありがとうございます。他に奥様に支えられたとかっていうのはありますか?

堀内 そうですね、気丈に振る舞っていまして。私すごくこう…感情の浮き沈みが激しいんですけど、落ち込んだ時もそんなこと言っちゃダメよ!みたいな感じで背中を…ちょっとキツめの言葉で背中を押してもらう感じでしたね。だから、そこは感謝してます。

もう…なんだろう手術、開腹手術も本当だんだんと怖くなって、それも…本当はしたくないと思った時もあったんですよ。がんも取りたいけど、あんなに…たくさん切られるのが嫌だ!と思ってしたくない!と思った時もあったんですけど、だけど…頑張れ!って押してもらいましたね。

中3と中1の息子へ、合格発表の後に告げたがん

岸田 そうですね〜。家族の支え、そんな中でちょっと子どものことといたしまして、息子さんがお二人いらっしゃるということでしたけれども、当時 息子さん…当時というか去年(2025年)今年(2026年)ですけれども、息子さんは何歳…おいくつ・おいくつでしょうか?

堀内 今もうすぐ16歳になるんですけど、当時15歳と14歳。当時がん告知受けた時は中3と中1ですね。

岸田 そうだったんですね!子どもたちにはがんのことはもう(伝えた)?

堀内 言ってますよ。ただ、あの…がん告知された時が2月の初めぐらいだったんですけど、ちょうど中3の息子が受験だったんですよ。ちょうど1週間後に試験とかいう感じだったので、ちょっと今言うのはよくないだろうということで、受験が終わって合格発表があって、ちょっと子どもが落ち着いた感じの時に、実は…がんになったよみたいな話し方で普通に話しましたね。

岸田 あ〜!そうなんだ。お子様たちの受け止めとかどうでした?

堀内 それは…どんな感じなのか分からないですけど、意味よくわからないですけど、すい臓がん?って聞かれたんですよ子どもから。すい臓がんなの?って言われて、すい臓がんじゃないよって言ったら、あ〜じゃあ大丈夫だねって、なんか…そういう言い方されたですね。

岸田 あ〜、子どもたちも子どもたちなりに…。

堀内 すい臓がんはちょっと危ないがんだと子どもたちは思ってたみたいで、すい臓がんじゃないけど、肝内胆管がんという。で、治るのかどうか聞かれた感じで、手術したら治るよって言ったら、じゃあ大丈夫やね!って頑張ってね〜って、こんな軽い感じだったですね(笑)

岸田 だから…そういうふうな励ましもありという形で、ということですね。あえてね、育児っていったところっていうと、もう学校も通われてますし、もうお見舞いに来てくれて、特段…何ですかね、堀内さんがなんかこう…しないといけないことってないですよね?

堀内 全然なくて、ほとんど…子どものことは妻に任せきりですね。

昇格した矢先の告知——「治療優先でいい」と言った上司と、倉庫での整備業務

岸田 はい。ではですね、ちょっと次にお伺いしたいのがお仕事のことなんですけれども、やっぱお仕事をね、すごく…休職をされてっていう話も先ほどありましたけれども、お仕事についてどうされたかっていうのを少しお話お伺いできますでしょうか?

堀内 私が勤めている会社は1月に昇給とか昇格があるタイミングで、ちょうど去年(2025年)の1月に昇格して給料もちょっと上がったので、やった〜!頑張るぞ!ということで思った矢先の…がん宣告だったんですね。

で、私を昇格してくれた、推薦してくれた上司に、まずは…実はこういうがんになりましたということで話をしたら、もちろん治療優先だから会社の仕事のことは気にしなくていいよとおっしゃってくれました。

で、私が長期で抜けますということで話したところ、他の営業所…近隣の営業所から日替わりで泊まり込みで応援をできるように上司が工面してくれて、私の行っている営業所のことは何も心配せんでいいよ!という感じでやってくれました。

岸田 そうなんですね、それはいいですね!そういったサポートもあって、しっかり休むことができて。復職された時は部署とか変わられたんでしたっけ?

堀内 部署は変わらなくてそのままなんですけど、ただ…医療機器が結構重たくてですね、重たいのは30キロぐらいあるんですよ。長崎…私の住んでるとこも結構階段や坂道が多くて、車で行けないところが結構あるんですよね。そこを30キロ…開腹(手術)の傷が痛む中を30キロのものを持って階段を登ったり坂道を登ったりというのはちょっと…できんな〜と思って。

そこを上司に話したら、そういうことせんでいいよと。その医療機器の整備の方をちょっと倉庫でやってくれということで、倉庫内で整備したり機械が入庫したり出庫したりする作業をですね、主に…させてもらうことになりました。

岸田 そういうふうな、体力的なところとか体のところもケアしてくれてという感じなんですね〜。今もお仕事は、もちろん続けられていらっしゃるんですね?

堀内 今も続けています。今はですね、その倉庫以外にもちょっとだいぶこう体も…体力ついてきたので、さすがに重たいものをさっきみたいに運ぶのは無理ですけど、小さいのもあるので、小さいものやったら患者さんの家に持って行って説明したりとか点検したりとか、そういうのは外勤でしています。

岸田 あ〜!そうなんですね。そういったこともされていてということで。

月平均10万円——入院・手術型の古い保険では、通院の薬物療法が出なかった

岸田 そして次にですね、お金や保険といったところで、民間の保険入られてましたか?っていうことだったりとか、治療トータルどれぐらいかかりましたか?っていう、お金の工面をどうしていくのか?っていうところもやっぱり患者さんにとっては結構大事なことですので、ここについてもお伺いをしていきたいと思います。ちなみに民間の保険は入られてましたでしょうか?

堀内 入ってました。

岸田 お〜!そうなんですね。で、治療費って今トータルで、去年から今まで…考えてどれぐらいかかっている…そんな細かくなくていいですけど、ざっくりどれぐらいかかっていると思いますか?

堀内 多分…しっかり計算したわけじゃないですけど、月10万は平均すると(治療費に)使ってます。

岸田 高額療養費(制度)を使ってですね。

堀内 ですね。

岸田 民間の保険とかで相殺されてます?大丈夫ですか?

堀内 相殺されてます。今のところ…プラスになってます。

岸田 ああ〜、よかった。

堀内 ただ…私の入っていたがん保険とか、医療保険2つ入っているんですけど、入院とか手術しか出ない古いタイプの保険で、最近の薬物療法は基本通院ですることがほとんどなんですね。なので、そういった時は私の保険は…出ないんですよ。

今まで、がんを宣告された時の給付金だったり手術の給付金だったり手術の時に入院してた給付金だったりを、少しずつこういった分に分けてですね、使っています。

岸田 あ〜、そうなんですね!今ね、通院の時代ですからね〜、そういったところでって。まあまあけど…全然それでね、ちょっと工夫して賄っていくってこともそうですし、ありがとうございます。

毎日の筋トレとウォーキング——動いている間は、嫌なことを考えなくていい

岸田 はい、次こちらになります。工夫したことといたしまして、どういったところに工夫しているか?といったところで、さまざまな方に相談されていったりだとか、もしくは体力をどうされていくか?とか、そういったところ工夫したこと、入院中でも今でも構いませんのでちょっとお伺いをできますでしょうか?

堀内 そうですね、工夫したこと。がんは長期戦なので、かつこういった化学療法を取り入れているとやっぱり体力が削られていきますので、体力維持のためにですね、告知前は全然 何もしなかったですけど、歩いたりとか運動したりとか筋トレですね…を毎日するようにしてます!

岸田 筋トレ毎日されてるんですね!すごっ!やっぱ全然違います?

堀内 そうですね〜あの、多分違うと思うんですけど。あと一番違うのは、やっぱりこう…なんかしている時は嫌なことを考えないんですよ!なんで、歩いている時も景色を見てあ〜あそこに何かなんかいるなぁ〜とか(笑)そういうのを考えちゃうんで、がんの悪いことを考えないっていいなぁと。あと…筋トレも筋トレがキツいんで、その時は嫌なことも考えなくていいかなと思います。

岸田 そうですね!そういった筋トレなどで体力を維持されていくというふうなところ。

年2回が毎月に——両親と、40年ぶりに再会した同級生とのつながり

岸田 次こちら、がんになる前と後で変わったことってありますか?という質問になります。がんになる前と後でどういったところが変わったか?といったところですね、ちょっと堀内さんにお伺いしていきたいと思いますけれども、何が一番変わったと思いますか?

堀内 親と両親ですね、両親と友達、年に2回(今までは)会って2回くらいだったんですけど、がん告知されてからほぼ毎月会うようになりましたね〜。

岸田 おー!

堀内 会えない時は電話とかですね。電話も…がんになる前は電話もしてなかったので、毎月電話したり会ったりとかするようになりました。

岸田 ちゃんと会ってっていうふうな形でですね。しかもご両親だけじゃなくて、同級生の方たちにも会われている?

堀内 同級生もですね。がんになる半年前の夏に同窓会があったんですよ。小学校なので30年以上ぶりの、40年ぶりか…ぐらいの同窓会があったんですけど、そこでまたつながりができて。

本当だったらそれっきりまた会わなくなるのかな〜と思ったんですけど、がんになったよ〜というのを友達に言ったらその友達が広げてくれて、そして心配してくれて。で、LINEとかで頑張れ!!とかいうメッセージをくれたり、ありがとう!ってこちらも返事したり、そういった助けに、励みになってます。

手術件数で病院を探す——SNSは使わず、専門サイトとYouTubeで集めた情報

岸田 やっぱりそういう人間関係も変わっていくっていうところはあるかもしれないですね。

そして次こちら、情報っていうことなんですけれども、がんに関する情報って医療者からだけもらっていたのか、先ほど何度も出てきましたようにさまざまな情報を調べてセカンドオピニオンやサードオピニオンに行かれたと思いますが、どういった情報を調べられたりとか、何から得ていたというのは堀内さん的にはありますでしょうか?

堀内 全部ネットで調べました。病院の情報は『カルー』というサイトがあるんですけど、そこで調べると、どこどこの病院がどこどこの部位の手術を年間何件してるよとかいうのが簡単に調べられる時代なんで、私の場合肝臓なので、肝臓をたくさん手術を手がけている病院でやっぱりした方がいいと思うので、そういった病院を調べてセカンドオピニオンをしました。

岸田 そういうサイト…手術件数とかを情報で見てっていう感じなんですね〜!SNSとかはどうですか?

堀内 SNSはしてないですね。

岸田 だから、そういったものじゃなくてそういう専門的なサイトで見られていってっていう感じなんですね。あとなんか…あれですかね、動画とかも見られたんですかね?

堀内 はい、YouTubeでたくさんのがんサバイバーの方が(動画を)上げてらっしゃるんですけど、それで私のこの肝内胆管がんになる方が少ないので、結構探すのに苦労したんですけど何人かいらっしゃって。

岸田 そうなんですね!

堀内 そうした人の意見を聞いて、その動画を見て…というふうになってきましたね。

岸田 そういったことで調べていったってことですね。

「あの頃の自分に言いたい」——原因は分からない、それでも思い出す毎日の晩酌

岸田 そして次こちら、あの時の自分へということで。がん告知の時でもいいですし、手術の後の時の自分でもどのタイミングでも構いませんので、あの時の自分にこう言ってあげたいな〜っていうのを、もし堀内さんあれば教えてください。

堀内 これ…ずいぶんさかのぼるんですけど、もう10年以上前にもし戻れるのであれば、戻ってその…言えるのであれば、お酒が好きなんで毎日晩酌してたんですね。その時の自分に、将来がんになるかもしれんからちょっとお酒を毎日飲むのは控えなさいって言いたいですね〜。

岸田 お酒が原因っていう感じなんですかね?

堀内 この肝内胆管がんに限っては、何が原因かっていうのはちょっと分からないそうです、希少がんの研究が進んでないので。ただ…肝細胞がんはアルコール過剰摂取とかB型肝炎・C型肝炎でがんになるっていうのは分かってるみたいです。

岸田 あ〜そっか。まあ…肝内胆管がんがどうかは分からないけど、当時…お酒をたくさん飲んでたんですかね?

堀内 はい、飲んでました。なんで多分…私のがんの原因の一つは…それじゃないかな?と、まあ私が勝手に思ってるだけなんですけど、その時の自分に言いたいですね。

岸田 ちょっと控えとけよっていう。もう、結構飲まれてたんですか?

堀内 いや…どうなんだろう?飲まない人から見たら飲んでる方なんでしょうけど、缶ビール350(ミリリットル)を1本と酎ハイを1本・2本、大体2本…で、3本飲む時もありました。ほぼ毎日ですね。

岸田 ほぼ毎日!(笑)

堀内 私の周りは毎日こう…その焼酎を5合瓶を飲み干す人もいるんですよね!ただ…そういう人は、そういう人はがんにならないし自分はなるしってね。だから…これはもう分かんないですよね。

岸田 分からないですね〜。

堀内 分からないですね。

難治と言われるがんでも——あきらめずに根治を目指す

岸田 ありがとうございます。そしてこちら、大切にしたいこと、今後の夢や目標といったところをお伺いしていきたいんですけれども、堀内さんの今後の夢や目標、そういったところをお伺いしてもいいでしょうか?

堀内 私のなっているこの(肝内胆管)がんは、とても予後が悪いがんだと言われています。だけど…そういった難治ながんなんですが、もう…あきらめずにですね治療を頑張って根治を目指したいと思います!

岸田 本当に今は今後次の治療を模索していくってところですけど、いい治療法が本当に見つかることを本当に願っております!

「どんな時も希望を持ち続ける」——医療は日進月歩、延命の先に新しい治療がある

岸田 最後、メッセージをいただいて終わっていきたいなということを思っております。

堀内 『どんな時も希望を持ち続ける』です。…と思ったのが、がんを宣告された人は少なからずですね、その時にすごく絶望を感じたり再発したり治療がうまくいかなかった時に、また同じ絶望を感じたりすると思うんですよね。

だけど医療は日進月歩進んでいて、たとえ今の治療が根治ではなくて延命の治療だとしても、その延命治療をすることで長生きすることで、新しい治療がもしかしたら出てくるんじゃないか?という希望を持って今の治療に頑張ってもらいたいな!と思います。私も希望を捨てずに頑張ります!以上です。

岸田 希望を持ち続ける!っていうのはね、やっぱり本当に大事ですよね!次の治療…何かまたね、今本当新しい治療っていうのは本当に日進月歩ですごく出てきてますからね。

だから堀内さんもね、希望を持ち続けていらっしゃいますし、(見ていただいている)皆さんも希望を持ち続けて向き合っていくっていうのが大事なのかなということを改めてやっぱり、いや〜経験されている堀内さんの言葉ってすごく…重いなということ、心に響くなっていうのはすごく思います!ありがとうございます!

こういった中でですね、がんノート終わっていくんですけれども、堀内さん!いつも見ている立場でしたけれども、ご出演されてみていかがでしたか?

堀内 ちょっと…何回も噛んでしまいましたね。今も噛んだんですけど(笑)

岸田 全然!!全然!噛んでるの気づかなかったです!!そんな。

堀内 ちゃんと言えなかったところもあるかなと、ちょっと思ってますけど。

岸田 いやいやいやいや、しっかり伝わったかなっていうことを思いますし、はい、本当に堀内さんの希少ながんといったところもありますので、こうやって発信してくださるのは本当ありがたいな!と思います。

また、今後どうなっていくかといったところもまた情報をお伺いできたらと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします!

堀内 お願いします!

岸田 それではですね、これにてがんノートを終了していきたいということを思います!皆さん次の動画でまたお会いしましょう!それでは皆さん、バイバイ〜!

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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