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インタビュアー:岸田 / ゲスト:谷古宇

趣味はミニチュア鑑賞。携帯ケースには餃子——お金の専門家・谷古宇さんの自己紹介

岸田 それではがんノートをスタートしていきたいと思います!今日のゲストは谷古宇(やこう)さんです!よろしくお願いします!

谷古宇 よろしくお願いします。

岸田 それでは、これからですね、谷古宇さんのいろいろ、がんの経験談、お話を聞いていきたいということを思うのですが、その前にですね、簡単にこちら、がんノートに関するですね、自己紹介だったりだとか、ちょっと私の自己紹介も含めさせてもらえたらと思っております。

岸田 まず岸田と申しまして、25歳と27歳の時に胚細胞腫瘍という珍しいがんになりました。その経験を経て今がんノートの代表理事をしているんですけれども、がんノートというのがですね、がん経験者さんのインタビューをユーモアを交えながら少しお話を伺っていく、そんなものとなっております。

岸田 医療情報は医療者の方に聞いたら教えてくれるんですけど、それ以外の情報はですね、家族や友人、学校や仕事、お金や恋愛、結婚、育児などですね、生活にフォーカスした内容を、ちょっとお伺いをしていくという番組となっております。

岸田 まず、そしてですね、今回のゲストといたしまして谷古宇さんに来ていただいております。谷古宇さん簡単に自己紹介お願いできますでしょうか?

谷古宇 はじめまして!谷古宇寛奈と申します。東京都に住んでおりまして、家族は息子が2人おります。お仕事は女性のお金の専門家として、主にシングルマザーさんのお金の相談だったり、あとは行政さんとかでもお金の相談員だったり、マネー講座などをさせていただいております。

谷古宇 趣味は旅行、女子会、ミニチュア鑑賞といろいろあるんですけれども、どれも楽しくやっております。

岸田 この中でね…いつも聞かない言葉『ミニチュア鑑賞』!ということで、どんな…ミニチュア鑑賞ってどういうものかな?って言ったところ谷古宇さんにお伺いをしたら、こちらの写真をいただきましたのでちょっとこちら見ていきましょう!

岸田 おっ!小さい!

谷古宇 かわいいですよね〜!

岸田 左がスマートフォンでスマートフォンの高さぐらいの…これは…ひな壇?

谷古宇 そうなんです!こういうのが売ってまして、こういうのを眺めるのが本当に。

岸田 眺めるのが好きなんですね!小さいものが!ほ〜!そしてね ご自身の携帯にも…こちら?

谷古宇 そうなんです!これもいろいろ集めたものの中から自分で選んで携帯のケースの隙間にものを入れられるものがあって、ここにミニチュアを入れて楽しんでおりました。

岸田 へぇ〜!こういうものもあるんですね!!すごい!こういうミニチュアが携帯についていると食べたくなっちゃいますよね?

谷古宇 そうですね(笑)大好物を揃えて入れました。

岸田 餃子食べたいな〜とか、なりますもんね!すごい!こういうの昔から好きなんですか?

谷古宇 そうなんです。小さい頃から小さくてリアルなものが大好きで、今インスタとかでもいろんな作家さんが投稿したりして、そういうのを見るのも好きだし、実際に展示会とかにも行って眺めてます。

岸田 展示会もあるんですね!すごい!こういうのを見て僕だったらすぐ…壊しちゃうというか、なんかどっかに行きそうな気がするんですけれども。すごい!素敵なね、こういったご趣味を持たれていて…というふうなところで。

岸田 そして、がんのことについても少しお願いできますでしょうか?

谷古宇 私は大腸がんの中でも直腸のがんになりまして、ステージは2でした。告知されたのが39歳なんですけれどもこれがちょうど40歳の誕生日の1ヶ月前。

岸田 お〜!

谷古宇 …に告知されました。治療としましては手術と、あとは術前に放射線化学療法。その後にまた手術と術後の薬物治療もしました。

岸田 今は寛解というふうなところですね。

岸田 そしてその中でですね、谷古宇さんのお話を聞いていくんですけれども、今回のお話、皆さんご存知な方も多いかもしれませんけれども、谷古宇さんのお話に関して、これは個人の経験なんですよといったところと、治療が出てきますけど特定の治療を推奨しているわけではございませんし、主治医の方にしっかりとそういったところはご相談いただければということを思っております。

離婚、便潜血、そしてタイのランタン祭りへ——グラフでたどる谷古宇さんの5年間

岸田 谷古宇さんのペイシェントジャーニーをお伺いしていくうえで、感情の上下の起伏だったり時間の経過、そして吹き出しなどでも表現しておりますのでこちらご参照ください。

岸田 そんな中で谷古宇さんのペイシェントジャーニーがこのような形となっております!2つ大きな谷が来ているかなというふうな中なんですけれども、早速伺っていきたいと思います!

岸田 まず谷古宇さんが34歳の時どうだったかというと…ご離婚をされていってと…というふうな形で。ということは今はシングルマザーなんですね?

谷古宇 はい、そうです。

岸田 なんかこう…上の方で、どこまで聞いていいか分からないですけど(笑)(グラフの)上の方でご離婚されてるってことはいろいろ大変…なんかいろいろあった?

谷古宇 そうですね、ちょっと大変な思いをしまして、離婚できたことはよかったことだな〜とは思います。

岸田 そのご離婚されていった中で、なんですけれども、その後どうだったか?といったところで、それから5年後ですかね、健康診断で要精密検査と書いてあります。

岸田 要精密検査とありますけれども、これは会社か何かの健康診断?

谷古宇 はい、そうです。会社の健康診断で検便、便潜血検査がありまして、それに引っかかりました。そして要精密検査行ってくださいっていう用紙が届いたので行きました。

岸田 その時の気持ち、まだ(グラフ上で)高いってことはそこまで…大変なことになると思ってない?

谷古宇 そうですね。長男を妊娠した時に痔(ぢ)になったので、それできっと便潜血検査引っかかったのかな〜ぐらいにしか思っていませんでした。

岸田 そっか!そういう痔か何か関係してるのかな〜みたいなぐらいで思っていて、その後ちょっと下がっていくのがこちら。あっ要精密検査だから内視鏡で見てみたってことですかね?

谷古宇 はい、そうです。初めて受けました内視鏡検査。

岸田 結構ね、しっかりこう…中のものをね、しっかり出さないとね。

谷古宇 はい。

岸田 いっぱいお水飲んだりとかしてね。

谷古宇 はい。

岸田 内視鏡検査してみて、これもポジティブでもネガティブでもないということであれば、順調に検査は終わった?

谷古宇 この時はですね、大腸検査って奥の方から見ていくんですよね。で、意識がある状態で検査を受けていたので、すごいピンクでツルツルできれいだったんですよ!なんだ!きれいじゃ〜んと思ってたら、最後の最後にちょっと…悪そうなやつが見えまして、えっ!?これは…何だろう?みたいな気持ちにはなったんですよね。

岸田 ということは…あれですか?ちょっと脱線しちゃうんですけど、谷古宇さんは麻酔とかをかけずに自分で…見て…ってことは?

谷古宇 はい、その場でちょっとぼんやりはしつつちゃんと意識はある状態で検査を受けました。

岸田 最初きれいなところから最後の方で何か、みたいな?

谷古宇 そうです。

岸田 やっぱり先生の手が止まるというか、何かなるんですか?その時は。

谷古宇 その時は何も言われずに、検査が終わった後に腫瘍がありましたと。最速で検査に出すので1週間後に結果聞きに来てくださいと言われました。

岸田 そっか…ちょっとそれは腫瘍があったっていうのは、ちょっとドキドキですよね?

谷古宇 そうですね。

「まさか私が」と「やっぱり」が同時に来た告知——両親の一言で選んだ、がん専門病院

岸田 その後 1週間後にこれ見に行ってなのかな?次こちらになります。ドン!がん告知と。

谷古宇 はい。

岸田 そのクリニックで?

谷古宇 そうです。

岸田 1週間後に行って結果を聞いてきたってことですね?

谷古宇 はい、そうです。でも、この検査のために初めて行った病院でして、で、そのがん告知してくれた先生も初めましての先生だったり、検査してくれた方とまた違う先生で初めましてという感じで、なかなか…先生言いたがらない感じでしたね。

谷古宇 通ってないのに一生懸命こう…ペラペラとこうカルテをめくって、で、39(歳)か〜とかって言いながら(笑)がんでしたっていう告知をされました。

岸田 そっか!だから…ちょっと何でしょう、そのままね、初めましてで来てそのまま…がんでしたって言うと…ね、ちょっと…あれだから?少しでもちょっと時間稼いでというか?

谷古宇 そんな感じでした!

岸田 そっか〜それで、がんでしたっていうことを言われた時にはどんなお気持ちでしたか?

谷古宇 検査した時に最速でって言われた時点で、えっ?もしかしてこれは…!っていう気もしたんですけど、実際はまさか…自分が…ガーンっていうなんかよくあるじゃないですか?つまらないけど本当に思ったんですけど。っていう気持ちと…両方ですね。やっぱそうだったんだ!っていう気持ちと、まさか私が!っていうすごい矛盾してましたね。

谷古宇 両方あって実感が結局湧かなかったので、涙も出なかったです。

岸田 お〜!実感が全然 湧かなかったっていったところですね。そっか!だからこのプラスマイナスゼロのところにいらっしゃるんですね?

谷古宇 そうなんです!

岸田 本当にその…ガーンというふうな感じになっていき、ただその後もね、結構フラットなんですよね谷古宇さんの場合は。こちら、がん専門病院を受診していく。

岸田 さすがにクリニックでは治療もできないですもんね?

谷古宇 そうですね。この時はクリニックで提携している大学病院か、あとは自分で行きたいところがあったらどこでも紹介状を書くよって先生が言ってくれて、で、がん専門病院を受診した。

岸田 ってことは自分でがん専門病院がいいなと思って、そういう紹介状を書いてもらったってことですね?

谷古宇 なんか…私 大きな病気になったことがなくて、その病院選びもどうしたらいいのか分からなくてまず両親に伝えたんですよね。そしたら、がん専門の病院に行ってほしいって両親が言ったので、そこから検索して決めました。

岸田 がんの専門病院で、そこで検索してここに行こう!ということでがんの専門病院に決められ。そこまではまだフラットな状態なんですね?

谷古宇 そうですね。

決まっていた手術が、電話で延期に——「剣山」のような痛みと引き換えに、腫瘍は小さくなった

岸田 ここからちょっと下がっていきます、それがこちら、がん専門病院から電話。んっ!?受診した後に電話?

谷古宇 そうですね、受診してすぐに手術の日程も決まったんですよね。

岸田 すごいですね!

谷古宇 決まって…で、入院前の電話もかかってきたんですよね、何日から入院です〜っていう。で、その数日後に今度は男性から電話がかかってきて、お医者さんから電話がかかってきて、やっぱりカンファレンスの結果、腫瘍を小さくしてから手術の方がいいということになったので手術は延期しましょうという。

岸田 あぁ〜!そういうお電話だったんですね。治療方針をちょっと変えましょうというふうな?

谷古宇 もう本当に訳も分からず。で、とりあえず受診しに行って詳しく聞くことになった。

岸田 その手術じゃなくて最初に治療、化学療法だったりとかその後に一番下がっているのがこちらになるんですかね。薬物療法と放射線をやっていく。これが下がっているのはやっぱり大変だったからですか?

谷古宇 そうですね。放射線治療が毎日月曜日から金曜日まで毎日通って1ヶ月半ぐらいだったんですけれども、最初はよかったんですけど副作用がとてもひどくて私は下痢になりました。で、その時に本当に肛門が痛くなって、一番ぴったりの表現が…剣山って分かりますか?お花をこう刺す。

岸田 刺す?

谷古宇 針がこう…。

岸田 あのやつね!

谷古宇 あれで肛門を引っかかれてるような。

岸田 うん!

谷古宇 痛みです、下痢になるたびに。

岸田 下痢になるたびに!?

谷古宇 本当に痛くて痛くて!つらかったです!

岸田 うわ〜!そっか。その痛さっていったところがあって下がっていっているという感じなんですね。

岸田 そっか放射線50.4グレイっていうのは結構あれですね、すごい毎日やられたんですね?何日間ぐらい?

谷古宇 月曜日から金曜日、毎日を1ヶ月半ぐらいなので、何回だったかな…。

岸田 けど毎日…その平日通われるってことですか?

谷古宇 そうです。

岸田 それも大変ですね〜。だから、そういう剣山の痛みもありながら治療も…で、下がっていって。それ1ヶ月半以上やっていった中で、その後まあ普通に次が?お〜よかった!腫瘍が小さくなったということでやった甲斐はありましたね!

谷古宇 そうですね治療の甲斐がありました。その小さくならなかったら手術で切り取る部分が大きくなるみたいなお話だったので。

「支えられない」と別れた後、友人と道後温泉へ——腹腔鏡下ISR、そして「リンパ節転移なし」

岸田 腫瘍は小さくなってよかったという中で、その一方でこちらもあるんですね。彼氏にフラれるということで…あれ?あれ?彼氏にフラれる。彼氏はどの時点からいらっしゃったんですか?

谷古宇 この時は…半年ぐらい前ですね確か。

岸田 がんの告知は受ける前?

谷古宇 受ける前です。

岸田 受ける前から。

谷古宇 受ける前にお付き合いしてまして。

岸田 お付き合いされてて。

谷古宇 がん告知があって治療を始めて。最初は寄り添ってくれてたんですけど、だんだんちょっと気持ちが離れてるなーっていうのはうっすら感じてたんですよね。で、腫瘍が小さくなってすごく嬉しくて彼に報告したら…その日にフラれました…支えられないと…。

岸田 支えられないと!?こういう時にね〜支えてくれるのがね〜…。

谷古宇 だけど、その…治療が、副作用がつらくてつらいつらい!と私が結構 言っていたので、結果がよくて久しぶりに喜んでいるそのタイミングじゃないと言えなかった。つらいつらい言っている人に別れようは言えなかったんですよね。

岸田 はぁー!そう…そういうもんなのかな〜。

谷古宇 …だと私は思います、うん。なので、それはそれでそうだよなっていう。

岸田 理由は聞いたんですか?

谷古宇 でもやっぱり支えられないっていうところです。

岸田 その中でね、腫瘍が小さくなってたのと彼氏フラれるのでプラスマイナスゼロっていう?

谷古宇 そうです。

岸田 そっか……またね、恋愛・結婚の質問の時にまたちょっとお伺いもしていきますけれども、まあ今はね、ちょっとそのままペイシェントジャーニーを進めさせていただきます。

岸田 その後上がっていく、これに関しては?お友達と旅行と。やっぱり持つべきは友達だと?

谷古宇 そうですね。私は手術で一時的に人工肛門をつける予定だったので、その前に温泉に入りたいなっていうのがあってお友達と四国の道後温泉。

岸田 お〜!道後温泉!

谷古宇 行きました。

岸田 いいですね愛媛・松山。

谷古宇 はい。

岸田 すごい!温泉旅行に行って、そしてリフレッシュし、その後ちょっと下がっていくのが、手術ね。この手術で一時的な人工肛門になっていくと?

谷古宇 はい。

岸田 そして腹腔鏡下ISR(括約筋間直腸切除術)って書いてあるんですけれども、これどんな手術なんでしょうか?

谷古宇 そうですね、腹腔鏡で直腸を全部摘出しました。あとは肛門括約筋を一部切除という手術でした。

岸田 直腸を全部取るとなると、お尻の穴はどうなるんですか?

谷古宇 お尻の穴はそのままです。

岸田 お尻の穴はそのままあるんですね?

谷古宇 私の場合はこの肛門から5センチぐらいのところに腫瘍があったので、肛門はそのまま温存できました。

岸田 で、一時的に人工肛門をするというふうなところで治療を受けられていく。それが、これもあれなんですね?そこまで下がってはないんですね?

谷古宇 そうですね、なんか本当に…あんまり実感がなかったんですよね。

岸田 手術してる(実感がない)?

谷古宇 手術の前日ぐらいまで。

岸田 ああ〜!

谷古宇 一時的な人工肛門をつけるのも、病院で入院の前に面談みたいな説明とかがあるじゃないですか?その時にビデオだったかDVDだったか、ストーマ、人工肛門についての動画を見たんですけれども、その時も…自分にそれがつくっていう実感がどうしても湧かなくて、ふーんみたいな感じで見てたんですけれども。

谷古宇 手術の前日に印をつけるんですよ、その人工肛門をつける場所、マジックでこう。さすがにそれをされた時に、えっ本当につくんだ!みたいな感じでちょっとやっぱ不安になりましたね。

岸田 そうですよね〜。自分の体がなんかちょっとそういう人工的なものが入って…。手術もどれぐらいの時間かかったんですか?

谷古宇 えっと…4時間くらいだったかな〜。比較的短かったと思います。

岸田 手術を受けられていき、そういったことがあった中、上がっているといったところはいいことなのかな?と思いますけれども。おっ!検査の結果リンパ節の転移なしと。

谷古宇 はい。

岸田 ということで、よかった〜!これは、じゃあいろんなところに飛んでないからそれだけで手術は終わり?

谷古宇 はい、そうです。これは本当にホッとしましたね。そのがん告知された時は(ステージ)3から4だよみたいに言われたんですよ。

岸田 そうなんですね。

谷古宇 がんの専門病院受診して検査をしていく中で、明らかな転移は見られません、だけどリンパ節の部分は手術してみないと分からないっていうところで、転移してるのか?してないのか?っていうのがずっと告知されてから、7ヶ月とかですかね、はっきりするまでの間はすごく不安になったり。

岸田 そうですよね。どうなのかっていうこの時の心境をすごくね、何もないであってくれっていうふうな形で。で、それで何もなかったっていうのがこの時だったという。おお〜よかった!よかったんですけど…ですけど、ここから下がるんですよね?

谷古宇 そうなんですよね。

「本当に一番つらかった」——痛み止めも効かず、トイレは1日25回。そんな時に「支えたい」と言ってくれた人

岸田 これが何があるのか?というと、次こちら。手術、人工肛門閉鎖術ということで、さっき一時的な人工肛門をしたのを閉鎖した?

谷古宇 閉鎖しました。

岸田 それだけ聞いたら全然いいように思えるんですよね。

谷古宇 そうなんですよね〜。ただ術後の痛みも最初の手術より痛かったんですよね。あと もともと血圧が低めで、術後の痛み対策で硬膜外麻酔って背中からやるやつ。で、痛くなったらボタンを押したら収まるよっていうのを使ってたんですけど、血圧が低すぎてそれを使うと血圧が下がりすぎちゃうからもう使えませんって言われちゃったんです。

岸田 えっ!?そういうことあるんですか?

谷古宇 はい。それで、あるのに使えなくて。もう…本当に痛くて痛くて!すごいつらかったですね。痛み止めは飲んだんですけど、ダメで効かず…もう冷や汗かく感じで、眠いし痛いし!みたいな。

岸田 うわー!痛み止め無理でそれってきついっすね!

谷古宇 なんか寝たと思って目覚めると、まだ1時間しか経ってない!みたいな。

岸田 あ〜分かる!

谷古宇 そんな感じで。あとはやっぱり私…人工肛門を閉鎖した後に後遺症でトイレが頻回になったので、それがものすごく大変でした。最初ずっと下痢だったんですよね。

岸田 頻回って言っても、どれぐらいのペースで行くとかっていうのは?

谷古宇 えっと…1日に25回とかです。

岸田 えっ1日に25回とかでしょ?だって1日24時間だから1時間に1回以上で…プラス寝てる時間もあるから、ほぼ1時間に1〜2回は行かないといけない?

谷古宇 そうですね、そういう感じでした、本当に最初は。

岸田 最初はね〜。

谷古宇 で、たくさんトイレに行くとお尻もヒリヒリするじゃないですか?

岸田 あーもう嫌ですよね!

谷古宇 その痛みと手術の痛みとっていう…眠れない。

岸田 そっか!眠れないとか。そういったものもあって、このやっぱ、そういったものもあってこちらドン!と下がっている。一番こう…きつい感じですよね?この感じはね。

谷古宇 本当に一番つらかったのがこれですね、はい。

岸田 そっか〜。無事ね、人工肛門は閉鎖できたけれどもといったところでね。そんな中で実は…彼氏ができるということで、これは前の彼氏さんとは また違いますよね?

谷古宇 はい。この時は手術の前に支えたいって言ってくださる方が現れまして。

岸田 へえー!

谷古宇 支えられないとフラれたと思えば、支えたいと言ってくださる方もいたっていう。

岸田 おお〜!すごい!支えてくれる方ができて。そして、じゃあここから頑張っていこうって、一緒に頑張っていこう!ってなれるわけですね?

谷古宇 そうですね。

岸田 ちなみに今も支えてくださっては?

谷古宇 今は…お別れしてます(笑)

岸田 いろいろありますね!この時は もう支えてくれて?

谷古宇 本当に感謝してます!

岸田 よかった〜この時はね支えてくれてといったところで。

「海外旅行なんて二度と行けない」と思っていた——復職、部署異動、そしてタイのランタン祭りへ

岸田 その後こちら、復職となっていきます。復職…これはもう…あれ?お仕事の話っていうのは今までに出てこなかったのか。健康診断でね。復職…どういったお仕事をされてたんですかね?

谷古宇 保険会社で営業をしていました。

岸田 保険会社でね。それでまた復職していってっていったところがちょっと低い感じなんですけど、体調が万全じゃなかったとか?

谷古宇 そうですね、やっぱりこの人工肛門を閉鎖したことのトイレ頻回問題がありまして、本当に術後は…普通に生活できないんじゃないか?って思うぐらいだったんですけれども、少しずつ改善はされて仕事復帰したものの…っていう感じですね。

谷古宇 やっぱり外回りで自分の好きなタイミングでトイレに行くことができないこともある。

岸田 しかもね、お客さんがいる前でそんなにトイレに何回も行けないですもんね?

谷古宇 そうなんですよ、はい。それで、ちょっと大変ではありました。

岸田 そういう時にごめんなさい、これは勝手な素人考えですけど、『おむつをしていこう』みたいなのにはならないですか?

谷古宇 おむつまではしなかったんですけれども、パッドはずーっとつけてました。

岸田 やっぱりね〜。

谷古宇 あとは食べない・飲まないっていう(笑)

岸田 えー!!それ…そうなると一番…まあね、出るものもなければ…。

谷古宇 そうなんですよ!

岸田 そうなのか!それがあるんですね〜。

谷古宇 そういう工夫はしてました。

岸田 そっかそれは いい工夫なのか悪いあれなのか分からないですけどまあね。お仕事っていうか… 関係ではね。ありがとうございます。

岸田 そういう復職でもね、いろいろ大変な中、その後部署移動されていくということで、部署移動はポジティブな形でいただいてますけど?

谷古宇 そうですね。結局、営業が大変だなってなった時に転職しようかな〜とかも考えたんですけど、たまたまそのタイミングで内勤、完全内勤で部署移動できるっていうことになってありがとうございますってなりました。

岸田 そうするとね、もうトイレの心配がね、すぐ行ける場所にあるというふうな形でそれはよかったかなっていったところはありますかね。

岸田 そこからもう上がっていくのみになるんですが、こちら退職しフリーランスへということで、お仕事はそっか、もうそのまま退職されていくのか。

谷古宇 はい、そうですね。部署移動はしたんですけれども、やっぱりこの…一度は私は転移はしてなかったんですけど、一度はもしかしたら自分が死ぬかもしれないっていう思いをして、今後の生き方だったり働き方だったりっていうのをすごく考えるようになって、で、思い切ってフリーランスでお仕事してみよう!という感じで退職しました。

岸田 そして今がこちら、タイへ伏線回収の旅。あれ?ちょっと待ってくださいね。伏線も何も…。

谷古宇 伏線の話していない(笑)

岸田 伏線の話が回収されないまま(笑)回収のために行くんですけど、伏線をはられてないんですが伏線は?

谷古宇 伏線は…まず最初の手術ですね、直腸を全摘した手術。手術終わって退院する時に栄養士さんと面談があったんですよね。

岸田 はいはいはい。

谷古宇 退院したら何食べたいですか?なんて聞かれて、タイ料理!とかって話したんですよ。そしたら栄養士さんがたまたまお休みの時にタイ旅行に行ったっていう話をしてくださって、ゾウに乗ったとか本場のタイ料理おいしいですよなんて話してくれて、え〜いいな!私も行きたい!とかって思ったんですけど、やっぱり…その時点では人工肛門もついてて人工肛門を閉鎖したら後遺症があるっていうのも全部分かってたので、もう海外旅行なんて二度と行けないんじゃないかって思ってたんですよ。

谷古宇 それと、あとは元気になる過程でやりたいことリストっていうのを書いていて、そこに『ランタン祭りに行きたい』っていうのを。

岸田 タイで有名なね!

谷古宇 っていうのを…。あっでも、その時リストに書いた時はもう全然タイではなくて国内とかでも。

岸田 あっ、国内でもあるんですね!

谷古宇 はい、あるので国内の想定ではあったんですけど。たまたまですね、お友達に『タイのランタン祭り』行こうって誘われて。

岸田 えー!すごい!

谷古宇 えっ!?と思って、こう一瞬でその…退院の日の栄養士さんのお話とリストに書いたこととつながって、不安ではあったんですけど即答、行くって即答して。で、無事に去年行ってきました。

岸田 そうなんですね。その時のお写真がこちらになります!まだ今用意されてないですけど、ありますかね?

谷古宇 あります。

岸田 後でちゃんと入れておきます。

谷古宇 ありがとうございます。

岸田 じゃあすごい、そういうね、伏線を回収してランタン祭りに行けたよっていう時っていうのが一番上がっているところかなということですね。ありがとうございます。

「小さくなったら、手術しなくていいですか?」——先生の説明に納得して決めた治療方針

岸田 それでは、ここからですね、各項目に分けてより詳細のことを谷古宇さんにお伺いしていこうかなということを思います。

岸田 まず一つ目がこちらになります。病院・治療の選択というお話になります。病院の選択に関しては、がんの専門病院に行くというところに関しては親御さんからそういったところに行ってくれということでご自身決められたと思うんですけれども、どうでした?がんの専門病院に行ってみて。

谷古宇 そうですね、こんなにがんの人っているんだって思いました、まず。

岸田 全員がんの方ですからね。

谷古宇 びっくりしました!あとは、がんの専門病院もたくさんある中で、決め手は…うちから行ける、自分が通える距離とかを考えたのと。あとはホームページを見ると『治療待ち日数』みたいなのが。

岸田 そういうのを書いてくださっている病院さんありますよね。

谷古宇 あるんですよね。で、手術まで約何週間とかっていうのが載ってたのでそういうのも見て、早い方がいいのかな?なんて思って。

岸田 それで比較的早くできそうながんの専門病院さんに行ったという感じなんですね。

岸田 ちなみにこの治療に関しましてなんですけれども、こちらの治療、薬物療法・放射線とかね、手術をしたりだとかありましたけれども、この治療の選択に関してはもう先生から言われたままこうしていくのか、それとも谷古宇さんも結構いろいろ考えてこういうふうにしてほしいっていうふうなことあったのか、どうでしたか?

谷古宇 私は比較的やっぱり先生の言う通りという感じですかね。やっぱりこの最初入院手術が決まってた数日後に。

岸田 電話があってね。

谷古宇 っていうところで。まあでも…小さくした方がいいならそれがいいんだろうと思って、まあそうですね、そのような流れで。

岸田 あの患者さんによっては、やっぱ絶対こう…人工肛門がちょっと嫌だという患者さんとかもいたりするんですけれども、谷古宇さんの場合は今は人工肛門されていませんけれども、初めそういった不安とかなかったですか?

谷古宇 そうですね、嫌…だったんですけど先生のお話を聞いて納得してっていう。でも放射線治療がうまくいった時には手術しなくてもいいですか?って聞いたんですよ、小さくなったっていうから。それは完全にはなくなってないし、なくなってたとしても勧めない、手術は勧めるみたいなお話だったんで、なるほど〜。

岸田 手術しようと。術後には何も、抗がん剤とかそういったものはないんですね?

谷古宇 術後は抗がん剤しました。

岸田 してる!?どのタイミングで?

谷古宇 リンパ節転移がないって分かったんですけど、比較的年齢が若かったので再発予防のためにゼローダの単剤療法。ゼローダのみの術後化学療法はしました。

岸田 それ どれくらいまでしてたんですか?復職(まで)?

谷古宇 復職…あっ、人工肛門閉鎖する前ですね。4ヶ月くらいですね。放射線の時に2クールぐらいやっているので、残り4クールみたいな感じ。

岸田 あれ?ってことは手術のした後にゼローダをやっているってことですよね?ここまでも術後にやっていてっていったところで、閉鎖するまでやっていたと。

谷古宇 閉鎖する前ですね。

岸田 前までやっていたと、はい。すいません、ありがとうございます。そういう治療に関しては医師からこう勧められたものを粛々とやっていくという感じですかね。はい、ありがとうございます。

放射線の下痢と、術後の排便障害——「命が助かったからしょうがない」と受け入れるまで

岸田 次こちらになります。いつもは副作用や後遺症のことっていうふうな形で別立てでやってるのと、つらかったことも別立てでやってるんですけれども、結構話としてね、タイミングとして似てることも多かったりとかするのでちょっと今回まとめさせていただきました。

岸田 つらかったこととしまして、副作用や後遺症その他のことでも全然構いませんけれども、谷古宇さんがつらかった大変だったタイミングってどのタイミングでしたでしょうか?

谷古宇 やっぱり…放射線の下痢の副作用と、あとはやっぱり後遺症ですね。排便障害ですね。ここが一番。

岸田 そうですよね、ここのタイミングですよね!放射線の排便障害のところ…。これらに関してどう…向き合うのはどう向き合うんですか?

谷古宇 そうですね、私の場合はその…がんになったこととかも周りの人に伝えてあったので、その後遺症の話も自然とできたので周りの支えあってっていう感じですかね〜。あとはもう、しょうがないっていう。命が助かったからしょうがないって受け入れたっていうところですね。

岸田 そっか排便障害に関しては今はどうなんですか?

谷古宇 今でもあります。

岸田 ありますか。

谷古宇 はい。

岸田 それは頻繁にちょっと行きたくなるっていうふうな感じで?

谷古宇 そうですね。直腸は便をためるところなので、やっぱり便がためるところがないので毎日皆さんよりかはトイレに行く回数が多いです。

岸田 そっか〜じゃあもう行く先々でどこにトイレあるか?っていうのはチェックしないと?

谷古宇 あとはやっぱり食事量を減らしたりっていうことの方が多いですかね〜。

岸田 そっか。食事量を減らしても大丈夫なんですか?谷古宇さん的には?

谷古宇 慣れちゃったんですよね、それが。

岸田 そういうことか。

谷古宇 逆にいっぱい食べたくてもそんなにたくさん食べられなくなりました。

岸田 そうなんですね、そっか〜そういう工夫もされてといったところか。ありがとうございます。

「トイレ待ちをさせてしまうことも、和食に付き合ってもらうことも」——周りの理解に支えられて

岸田 そして、ちょっと新しい項目として困った時の支え、何に支えられた?という形ですけれども、大変だった時・困った時 支えられたもの何かありますでしょうか?

谷古宇 やっぱり困った時は周りの方の理解があったっていうのが一番大きいですね。

岸田 周りの人の理解?

谷古宇 やっぱりトイレに何回も行ったりとかするのでトイレ待ちさせちゃうこととかもありますし、あとはやっぱりちょっと油っぽいものとかが下痢になりやすいので、和食食べたいから和食に付き合ってもらうとか。

岸田 和食でも天ぷらはちょっとダメですよね?

谷古宇 そうですね、好きなんですけどね〜。あんまり食べ過ぎないようにはしたりとか、そういう部分で皆さんの理解に支えられたなっていう。

岸田 そっか!行くところっていったところもちょっと合わせてもらってっていうふうなところは周りの人たちに支えてもらったことっていうことですね。

定年まであと少しだった母が退職し、入院中は毎日——病院まで送ってくれた父

岸田 そして次こちら、家族のことなんですけれども。家族…まあこの後ね、お子さんの話はこうさせてもらって、また彼氏さんの話はまた後でもしていくのでご両親のことになりますかね。家族、ご両親についてはどうでしたか?

谷古宇 そうですね、母は定年まであと少しだったんですけど退職して。

岸田 ああそうなんですか!

谷古宇 で、入院中毎日来てくれたり、父も病院まで送ってくれたりっていう形で感謝しています。

岸田 そっか〜じゃあご両親もサポートしてくれてっていう感じなんですね?治療に関しては全面的に?

谷古宇 はい。

岸田 伝える時はもう結構すぐ伝えました?がんのことは。

谷古宇 そうですね…検査に行くことも伝えてあったので。

岸田 そうなんですね!すごい!すごいですね。しっかりちゃんとコミュニケーションを取ってご両親たちと。

谷古宇 そうなんですよ!近くに住んでるのでごはん食べたりとかはよくしてて。

「どこまで聞きたい?」——中2と高2の息子に、病院の冊子を頼りに伝えたこと

岸田 ああ〜そうなんですね!はい、そしてね、そのね、ご両親もいらっしゃればお子様のこと。子どものこととして、その時の当時のお子さんたちのご年齢っていくつといくつですか?

谷古宇 がん告知された時が中2と高2でしたね。

岸田 多感な時期ですね!

谷古宇 はい、そうですね。

岸田 子どもたちにはどう伝えたんですか?がんのこと。

谷古宇 ある程度大きいので隠す必要はないかな〜とは思ってたんですけど、病院で思春期の子とのコミュニケーションを取るための冊子みたいなものをもらったんですよ。それを読んでこんなふうに対応するといいっていう項目がいくつかあって、その中の一つにどこまで聞きたいかを聞くみたいな項目があったんですね。で、私の中では こう…ちゃんと全てを伝えなきゃっていう発想しかなかったので、聞きたくない子とかもいるのか!と思ってすごく参考になって。

谷古宇 子どもたちに私がんになったっていう。あと、とりあえず命に別状はないからっていう話と、どこまで聞きたい?詳しく聞きたい?っていうのを聞いたら、次男はそんなに詳しく聞きたくないと言ったので、よかった!あの本読んで!って思いました。

岸田 じゃあ長男さんと次男さんには言うことは別々に伝えたんですか?伝えたというか話す内容を変えて?

谷古宇 そうですね、話す内容を変えて伝えました。

岸田 それぞれの受け止め方はどうでした?

谷古宇 でも特にそんなに変わらずでしたね。思春期の男の子なので、何か思ってても特に表には出さなかったのかもしれないですけど。

岸田 なんか全部伝えるはイメージできるんですけど…あんま知りたくないってことは…どこまで伝えたんですか?谷古宇さんの場合。

谷古宇 そのがんになって死なないよっていうことと、手術をするよぐらいですかね。その排便障害になるとかっていうところまではそんなに詳しくは。

岸田 後遺症とかね、そういったところに関しては。

谷古宇 伝えなかったですね。

岸田 それもしっかり受け止めてくれてという感じですよね?

谷古宇 そうですね。

岸田 今もそれによってギクシャクすることもない?

谷古宇 全然ないです。むしろ…術後の抗がん剤の時に手足症候群という副作用で皮がむけちゃったりして重い荷物を持ったりとかキャップが開けられないとかっていうのがあったんですけど、ちょうどその時コロナ禍で休校だったんですよね子どもたちが。学校行ってない時期で毎日料理作ってもらったんですよ!

岸田 子どもたちが!?料理して?すごい!

谷古宇 包丁握るのつらかったので。すごい嬉しかったですね、ありがたかったですね。

岸田 そっか〜、いやそうなんですよね、その育児って部分もね。だってシングルマザーでもあるっていったところで、そこはどうされたんですか?

谷古宇 そうですね、でも特に…近くに両親がいるので両親を頼ったり。

岸田 あとは子どもたちも…。

谷古宇 そうですね、状況もある程度分かるので協力的に。

岸田 してくれたと。

谷古宇 よかったです、まっすぐ育って。

岸田 素敵!本当いい話聞けました。ありがとうございます。

「支えられない」と別れた人、「支えたい」と現れた人——治療中の恋愛

岸田 そんな中で恋愛や結婚、こちらね、はい…ちょっと何でしょう、がんのことでちょっと別れてしまったりだとかお付き合いもあったりだとかいろいろありましたけれども、ちょっと戻って見てみよう。

岸田 恋愛や結婚というところでまずこちらですね、まず彼氏にフラれるっていったところ。これに関しては先ほどお話もいただきました。ちょっと支えられないっていうふうなところが。これは…何でしょう、今から思えばこうしておけばとかそういうのは特にやっぱ難しいですよね〜。

谷古宇 そうですね〜。でも正直今となっては…もっとやっぱり大変な時期、手術だったり術後の後遺症だったりっていうのがあったので、早めにフラれてよかったなとは思いましたね。

岸田 そっか!この後…後にもっとつらいタイミングでフラれるとかなると…もうね…。

谷古宇 つらいですよね!

岸田 つらいですよね!!そっかそっかそっか。まあ当時はちょっと落ち込みはしましたけれどもっていったところですよね。

谷古宇 はい。

岸田 で、その後ですね、この彼氏ができてっていったところに関して、これはがんのことはもう事前に伝えてたんですか?その彼氏ができた時には。もちろんそうですよね?治療中。

谷古宇 はい、伝えてました。そのフラれた…がんを理由にフラれたので、もう元気になるまでは…と思ってたんですよ、誰ともお付き合いしないだろうな〜と思ってたんですけど、支えたいって言ってくださったので、こういう状況です私はっていうことをお伝えして、それでも支えてくれると言ってくださった。

岸田 治療中にお友達の…なんか友達のつながりでお知り合いになるんですか?

谷古宇 そうですね、仕事のつながりで。

岸田 それで支えたいっていう、治療中にもかかわらずね、支えたいって言ってくださるってことはね、すごい彼氏さんも勇気がいったことだと思いますし。

谷古宇 そうですよね。

岸田 当時はすごい嬉しかったってことですよね?

谷古宇 はい、そうですね。

岸田 さっき支えられたっていうことをおっしゃられましたけど結構…治療のサポートとかもしていただいたっていう感じなんですか?

谷古宇 そうですね、その術後のお出かけとかですね、出かけるとかっていうところで、もし彼がいなかったとしたら引きこもってただろうなっていうのがあるんですよ。だから…出かけるきっかけを作ってくれたことがすごくよかったなって今思うと。

岸田 外に出てちょっと気分転換もできますしね。ただその後ちょっとお別れされる…のは(苦笑)これはね、方向性の違いとか。別にがんは?

谷古宇 関係ないです、それは。

岸田 というふうな形でね。まあね、人生何があるか分かんないですからね!

谷古宇 そうですね。

「不妊=閉経だとは思っていなかった」——生理が戻らず、ホットフラッシュが始まって

岸田 ありがとうございます。ここからですね、少し妊よう性についてもお話を聞いていきたいなということを思います。妊よう性、まあこれね、子どもを持つ力というふうなことを言われたりとかするんですけれども、妊よう性のお話については先生からありました?

谷古宇 放射線治療をする時に、不妊になりますっていう説明はありました。ただ私の場合はもう子どもが2人いて今後も子どもは望んでいなかったので、大丈夫です治療を進めてくださいという形で進めました。

谷古宇 で、その…ただ、その後生理が止まって。で、そのまま生理が復活することがなかったんですよね。私はなんか復活するのかな?って勝手に思い込んでいて、で、復活はしなかった代わりにホットフラッシュですね。カーッと熱くなってちょっと汗ばんだりとかっていう、あれ?これって更年期の症状?っていう症状が出てきて。で、先生に相談したところ手術が控えてたので、まあ多分そうだと思うけどとりあえず手術優先ねっていうことで手術が終わるまでは検査とかもできなかったんですけど。

岸田 んーとりあえずってなんやねん!っていうね〜そっか!

谷古宇 で、手術が終わって婦人科に回してもらって検査を受けたら閉経ですということだったので。

岸田 そんな…ご自身の中ではね、その閉経するって思ってないですよね?

谷古宇 そうなんですよね、私の中で不妊=閉経ではなかったので驚いたんですけど、先生的にはそうだったのかもしれないですよね〜。

岸田 いやーまだ戻ってくると確かに僕も思いますもん。

谷古宇 そうなんですよ!

岸田 そっか〜。

谷古宇 なのでね、10年ぐらい早く閉経してしまったということで、早期閉経っていうことでホルモン補充っていう形でお薬は今でも飲んでるんですけれども、私ぐらいの年齢だとそういう可能性もあると思うので、説明してくださるお医者さんが増えるといいなと思ってます。

岸田 そうですね、ちょっと皆さんもね、妊よう性というところで不妊になる…といったところは理解しても閉経がどうかといったところも併せて聞いてもらえるといいのかなと思いますよね、そこは。

谷古宇 はい、そう思います。

岸田 そうするとね自分も心づもりだったりだとかこうしていけばいいんだってまた情報も仕入れることができると思いますし。谷古宇さんは結構…ショックでした?

谷古宇 そうですね、ショックというよりかは驚いた。

岸田 驚いた!

谷古宇 なんか…当たり前に生理が戻ると思ってたから、あっ戻らなくて…ホットフラッシュ!?みたいな。えっ?閉経したんだ〜みたいな。

岸田 そっか…ちゃんと説明しておいてほしいですよね。

谷古宇 そうですね、はい。

1回目は有給、2回目の手術後は3ヶ月の休職——「理解ある方たちに支えられました」

岸田 次にお仕事のことなんですけれども、お仕事、保険会社さんでね、営業のお仕事をされていてっていう話もいただきました。お休みとかは普通に会社に言ってお休みもらえた感じなんですか?

谷古宇 そうです、最初の手術の時は有給を使ってお休みして、で、2回目の手術の後は3ヶ月休職しました。

岸田 休職して社会復帰とかっていったところ、さっきのペイシェントジャーニーでも復帰きつかったよっていうところありましたけれども、これに関しては営業のお仕事だから…ね。

谷古宇 そうですね〜、ちょっと大変でした。でも、あんまり休みすぎてもなんか…不安、営業に戻れるのかな?みたいな不安もあって3ヶ月でっていう形で。

岸田 会社とはコミュニケーションを取ってたんですか?

谷古宇 そうですね。すごく会社の方たちも理解ある方たちで、本当に支えられました。

岸田 あ〜よかったですね!それは。じゃあ…特段トラブルなく復職ができてっていう形ですね。

岸田 その後 お仕事を退職されて。今フリーランスになられるってことあったと思うんですけど、それはがんとは関係あるんですか?

谷古宇 そうですね…やっぱり場所とか時間とかも自由に働いてみたいなっていう思いがあって。そのやっぱり後遺症がなくなったわけではないっていう部分もあるので、それで思い切って成功するのも失敗するのも1日でも早い方がいいかなっていう。

岸田 おお〜すごい!

谷古宇 ところで思い切って。

岸田 しかも今、女性のね、このシングルマザーさんを対象としたお金のサポートをされているということで、これもやっぱりご自身が当事者だからというところもあるんですかね?

谷古宇 そうですね、やっぱり自分も苦労したのでそういう方たちをサポートしたいなという思いがあって今頑張っています。

離婚してすぐ入り、転職して追加した保険——治療費約130万円、半分は個室の差額ベッド代

岸田 そんなねお金のところ、ご自身も大変だったというところでお金のこともちょっとだけお伺いをしていきたいと思います。お金や保険のことといたしまして、やっぱりさすがに保険会社に入られていた…民間の保険は入られていました?

谷古宇 はい!入っていました。私はまず離婚をした時にすぐに保険に入ったんですね。貯金がなかったので何かあった時に困るな〜と思って本当に必要最低限の保険には入っていました。保険会社に転職していろいろ勉強して、ちょっと追加したいな〜と思って追加して保険に新たに入ったんですよね。その半年後にがんが見つかったっていう。

岸田 半年後!

谷古宇 半年後です!

岸田 本当グッドタイミングでしたね!

谷古宇 そうなんです。

岸田 保険にね。

谷古宇 はい。

岸田 じゃあ…しっかりちゃんと自分の治療費とかには賄えた感じなんですか?

谷古宇 はい、賄えました。

岸田 治療費ってどれくらいかかったんですか?

谷古宇 保険の分と自費の分と合わせて…約130万円ぐらいですね。

岸田 約130万円。

谷古宇 でも、もう半分ぐらいが個室の差額ベッド代です。

岸田 いやいやいや、やっぱり差額ベッド…じゃない、個室に入りたいと思ったのはどういう意図からなんでしょう?

谷古宇 やっぱりその…トイレに行かなきゃいけないっていうのと、2回目の人工肛門閉鎖術の後は絶対個室!って思ってました。最初の時も、初めての大きな手術だし人の音とか気になって眠れなかったりとかも嫌だな〜と思ったので個室を選びました。

岸田 やっぱり個室でね。そうすると周りの人のいびきとかね、気にしなくていいですしね〜。

谷古宇 そうなんですよね、トイレも近いし。

岸田 頻繁に行かれるんだったらね、大部屋で誰かトイレ入ってたらね、ちょっとー!!みたいな感じになりますもんね。そっか、じゃあ個室にしてて正解だったってことですね。

谷古宇 そうですね。

岸田 谷古宇さんの場合ね。そっか、全部民間の保険で賄えました?

谷古宇 あと普通に休職してた間は傷病手当(金)と、あとは会社の付加給付っていう制度があったので結構抑えられた。会社の団体保険っていうのもあったので、そこからも。

岸田 へえー!会社が入っている団体の保険で?

谷古宇 保険金いただいたりっていうので、お金の面ではそんなに困らなかったですね。

岸田 さすが!じゃあお金の面では困らず治療ができたというところで。

「暴飲暴食デー」をつくる——ラーメンも刺激物も、家にいられる日に

岸田 そんな中で、次、工夫したこと。今の日常生活でも治療中でも構わないので、何か工夫したこと・していることありますか?

谷古宇 やっぱり排便障害がずっと続いているので、食事の量を工夫しています。

岸田 食事って自分なりにこれはちょっとやめとこうかなとかこれは食べていいなっていう、その線引きってあるんですか?

谷古宇 ラーメンとか…あとは刺激物ですね。辛いものとかだとちょっとお腹が下っちゃう傾向があるので。それでも食べたかったりするので、予定がない…前の前の日とかに。

岸田 前の前の日なんですね!

谷古宇 でも、それもね〜分かんないんですよ!翌日にお腹下すのか翌々日になるのかっていうのもその時のタイミングなので。あとカップラーメンとかも。

岸田 食べたくなりますよね!

谷古宇 結構すぐ下ったりするので。たまに食べます!暴飲暴食デーみたいなのを作って好きなものを好きなだけ食べてやる!みたいな(笑)

岸田 その後のことはちょっと考えずに…っていうふうな感じでね。

谷古宇 家にいられる日をとってっていう感じで工夫したりしてます。

岸田 大事ですね、チートデーね。

谷古宇 はい。

「やりたいことは、なるべく早くやろう」——交通事故だって、誰にでも起こりうるから

岸田 そして、がんになる前と後で変わったこと。これは心の変化でもいいですし生活の変化でも構わないんですけど、何が変わりましたか?

谷古宇 そうですね、やっぱりやりたいことはなるべく早くやろうっていうふうに思うようになりました。これはがんになった人とか関係なく、やっぱり…交通事故とかもあるので、誰にでもいつ何が起こるか分からないなっていう部分があるので。

岸田 やることを優先させるというか、やりたいと思ったらやるようにしている?

谷古宇 はい、できるだけ。

アメブロで探した「その後」——先輩たちの排便障害の記録に救われて、自分も書き始めた

岸田 いいですね!そしてこちら!新しい項目である『情報』というものを入れてみました。情報こちらはですね、こういう情報を知ってよかったよとかありがたかったよとか、そういったものって谷古宇さんの中であるかなと思って。

谷古宇 私はがんになった時に、やっぱり…自分と同じ病気の人がどんな経過をたどるのか知りたくてアメブロ(Amebaブログ)にたどり着いたんですね。それで…やっぱり排便障害のところが一番気になっていたので、皆さん先輩方の経験を読んで、やっぱラーメンは結構皆さん(避けている)とか、あと、でも3年4年とかって経つと意外と大丈夫なんだな〜とかそういう情報を見て役に立ったので私もアメブロは始めました!

岸田 おー!そっか。谷古宇さんのアメブロは紹介しても大丈夫?

谷古宇 はい。

岸田 じゃあちょっと後で ここで貼らせていただきますね。ブログで発信を、ブログで情報を得てブログでも発信している。

谷古宇 そうですね。

岸田 谷古宇さんのブログはこちらになります!

「なんとかなるよ、よくなるよ」——普通に生活できないのではと不安だった、術後の自分へ

岸田 そして 次の項目も新しいものを入れさせてもらっています!『あの時の自分へ』といったところで、大変だった時でもいいしがん告知直後でもいいですしいろんなタイミングがあったと思うんですけど、その時の自分に対して何か送る言葉などあれば教えてほしいなと思います。

谷古宇 そうですね、やっぱり…排便障害、術後すぐの時は本当につらくて、日常生活が普通に送れないんじゃないかって不安だったんですけど、その時の自分になんとかなるよ!よくなるよ!って言いたいです。

岸田 なんとか、今もちろんなってますからね!なんとかその時は不安かもしれないけど、なりますということをあの時の自分に伝えたいと。ありがとうございます!

離婚も、がんも——「この経験を、誰かの勇気につなげたい」

岸田 そしてこちら、『大切にしたいこと』。これ夢や目標っていう言葉をちょっと言い換えてみました。夢や目標って言うとね、ちょっと大げさに聞こえるかもしれないということもあったりとかして、今後これを大切にしていきたいなとか、これをこういう軸で生きたいなとか、こういう目標を大切にしたいなとかありますでしょうか?

谷古宇 そうですね、やっぱり…がんだけじゃなくて離婚とかもちょっと大変な経験をたくさんしてきたので、その経験を誰かの勇気とかにつなげていきたいなっていうふうに思っています。

岸田 だからこうやってがんノートにも出てくださったりだとか、シングルマザーの方のためのサポートをされていたりだとかっていったところもそれにつながっているということですよね?

谷古宇 そうですね!

岸田 今後、目標としているものとかはあるんですか?

谷古宇 目標…ですか?いろんなこと…いろんな新しいことにチャレンジして可能性を広げていきたいな〜と思っています。

岸田 ありがとうございます。

「悲しみも笑顔も選ぶのは自分」——どうやったら楽しめるかを、常日頃考えて

岸田 といった中で最後…ね、もう最後になってまいりました。メッセージといった中で、谷古宇さんからこんなメッセージをいただいております

谷古宇 悲しみも笑顔も選ぶのは自分、ということで、泣いたところでがんは治らないなと思ったので、楽しんだもん勝ちだな!って思っています。なので、どうやったら楽しめるかっていうのを常日頃考えて生きています。

岸田 悲しみも笑顔も選ぶのは自分という素敵な言葉をいただきました!ありがとうございます。

岸田 これにてですね、終わっていくんですけれども、谷古宇さん、がんノートを出てみていかがでしたでしょうか?

谷古宇 そうですね〜、ちょっと緊張しました!

岸田 本当ですか?全然流ちょうにすごい分かりやすく、多分ね、もう視聴者の皆さんも、うんうん!ってうなずいてくださっていると思いますが、めちゃくちゃ分かりやすかったです!

岸田 この谷古宇さんの経験談が、他の方の何かのヒントになっていければなということを思っております!また皆さん次の動画でお会いしましょう!それでは皆さんバイバイ〜!

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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