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インタビュアー:岸田 / ゲスト:黒澤

今ハマっているのはクラシックの「石田組」——黒澤さんの素顔

岸田 それではがんノートをスタートしていきたいと思います!今日のゲストは黒澤さんです!よろしくお願いします!

黒澤 お願いします!

岸田 お願いいたします。黒澤さん、簡単にちょっと自己紹介をお願いできますでしょうか?

黒澤 群馬県に今在住の黒澤純恵です。年齢は51歳になりまして、家族は今大体…ほとんど私一人で生活している感じで、子どもたちももう大きくなって一人で皆さん独立しているような感じになります。仕事の方は在宅で仕事をしております。あとは自分で他の副業とかでいろいろイベントの主催をしたり、その他もろもろしている形になっております。がんの方なんですが、私はちょっと3回がんになってまして、まず最初が顎下腺(がっかせん)がんと、その次の年に乳がん、その次の年に胃がんという形に。何年か前は本当に大変な時期を過ごしたという感じでした。

岸田 3つのがんの経験をされている方、しかもこのね…本当に43歳、44歳、45歳、この3年間で!っていったところで。本当に失礼なんですけど…呪われてる!とか思ったことないですか?

黒澤 思いました!なんか皆さん、結構病気に感謝…って言われてたんだけど、感謝する…余裕すらなかったです。

岸田 なのでね、この後お伺いしていく内容がどうなるのか!ということですけれども、治療は手術や放射線、薬物療法もされていった中で、今も治療はされている?

黒澤 はい、今乳がんは薬をホルモン療法で飲んでいるような状態ですね。

岸田 本編入っていく前なんですけれども、趣味が読書や音楽鑑賞、アロマとありまして、例えば音楽!好きな音楽あったりとかしますか?

黒澤 音楽は全般的にいろんなものを聴くんですけど、今一番ハマってるのがクラシック音楽で、それでね、ちょっと敷居が高いようなイメージがあると思うんですけど『石田組』ってご存知ですか?

岸田 石田組!?

黒澤 石田組!

岸田 石田組…ちょっと初めて聴きましたね。

黒澤 クラシックで石田組(笑)例えばなんとか組ってなると。

岸田 なんとか組はありますよね?映画でも『福田組』があったりだとか…そういう…なんちゃら組とか、ちょっとね、全然多分形態違うんでしょうけど。

黒澤 はいはいはいはい。本当にそんなような…衣装なのかな?オシャレな感じで、実際えんび服も彼だけちょっと違うっていう石田さんっていう方がいて、その人がね、バイオリニストなんですけれども、本当に見た目と違って…繊細な音を出す!もう本当に…なんて言うんだろう、聴いてて心地いい!で、クラシックすごいこう敷居が高いイメージがあるんですけど、クラシックの中でもみんなが聴き慣れた、あっ!この歌知ってる!っていう曲を結構演奏していってくれることが多いので、すごいおススメです!!ちょっと皆さん検索してみてください

岸田 ぜひ皆さんちょっと検索してみてね、初めてちょっと僕はお伺いしたのですごく検索してみたいなと!

黒澤 してみてください。全然イメージと違います。

岸田 イメージっていうのは、見たイメージと聴くイメージが全然違うってことですね?

黒澤 どっちも違う。

岸田 どっちも違う(笑)

黒澤 ちょっともう絶対一回体験…YouTubeとか音楽だけ聴いてもらっても本当に繊細なバイオリンの音でおすすめです!

「心電図みたい」——3つのがん告知と回復の軌跡

岸田 ありがとうございます。それではですね、ここから具体的なお話聞いていこうと思うんですけど、まずですね、個人の経験談であるよということと、特定の治療を推奨しているわけではなくて、また皆さんね、ご事情がもう個々によって違うと思いますのでしっかり主治医に相談してください。これからお話聞く中ではですね、感情の浮き沈みなどグラフやコメントで表しております、こちら!すごい!心電図みたいな…。

黒澤 そう!心電図!確かにその通り!

岸田 こんなに…!すごいですね!もう…紆余曲折して来てる黒澤さんね、どんなことがあったのか。まず皆さん3つ(のがん)ね。

黒澤 そうですね…それも全部転移ではなく原発だったんで…。

岸田 なのでちょっとね、いろいろお話を聞いていきたいなと思います!今回初めてね、こんなスタイルもちょっと準備していますので、2人で見ていくようなこんな感じでちょっと試験的にやってみたいなと思います。ではですね、こちらまず一つ目、仕事が安定し子どもが高校生にということがありますけれども、これが一番最初2017年かな?2017年、42歳といった時に仕事が安定して子どもが高校生に、これはお子さん3名いらっしゃったと思うんですけれども、3人とも高校生?

黒澤 まだね、下が中学生ですね。やはりシングルマザーだったんである程度安定した仕事っていうのが、あと小・中(学校)とかって子どもの部活とかクラブのスポーツとか、で、もう自分も土日全部ね、忙しく全部そのスポーツにかけてた〜なんていうので、やっと自分も落ち着いたっていう感じですね。

岸田 っていう時がこの時ってことですね、仕事も安定してってところで。お仕事はどんなお仕事をされているんですか?

黒澤 その時は健康診断の会社にいました。

岸田 あっそうなんですか!へえ〜!じゃあもう…いろんな人の健康診断を。

黒澤 そうですね。

岸田 医療職とかじゃなくて?

黒澤 医療職じゃなくて健康診断の会社だったんで、巡回検診のバスとか運転したり。

岸田 えっ!?運転ですか!?そっち?想像の斜め上いってた!そういうこと!なんかもう事務をされてるのかな〜と思った。

黒澤 事務的なんだけどそういうことをしたり、あと検診の現場に行って。

岸田 そういうことをされていた。

黒澤 はい、してました。

岸田 そこからちょっと下がっていきますが、父の胃がんが発覚した。

黒澤 そうなんですよ!ちょっと高齢だったんで、父もね…胃がんだって告知された時から半年以上も手術するかどうか悩んでましたね、高齢だったんでね。その後ちょっとね、体力が落ちちゃうって。結局手術はしたんですけどね。

岸田 そっか…じゃあこの下がっているのはもう…あれですか?もう…黒澤さん的にも、お父様のことでちょっとどうしたらいいやろって?

黒澤 心配だしね、まだちょっとね、まだ早いかな〜なんて思ってました、母がもう先に他界してたんで。

岸田 そんな状況の中でまた上がっていきますが、それが、長男や長女さんの進学が決まると。

黒澤 やった〜!みたいな状態ですね。

岸田 ということで、この進学っていうのは。

黒澤 大学と高校生かな。

岸田 ほうほうほう、決まっていくということでちょっとホッとしていきつつ?

黒澤 あ〜やっと!あとはね…っていう状態でした。

岸田 ただあれですよね、長男・長女さんで…あれ?3人いて。

黒澤 長男、次男、長女。

岸田 長男と長女さんの。

黒澤 進学が決まったということですね。

岸田 そこからその後こちら、手術、顎下腺(がっかせん)腫瘍摘出術とありますね。ちょっといきなり手術って入ってるのでちょっと僕がついていけてないのかもしれないですけど、ちょっとお話いただいていいですか?

黒澤 ずっと…奥歯の奥の方がすごく痛くて!もう…あっちこっちの病院行ってたんですよ!最初は歯医者さん行って、口腔外科行って耳鼻科行って、その後耳鼻科からの紹介で脳外科も行って。地元の脳外科じゃちょっとあれなんでって東京の脳外科まで通ってたんですよね、痛くて!で、本当になんだろう、その時はもう唾を飲み込むと痛くて激痛だったんですよ!なんか…梅干しとか見ると唾が出るじゃないですか?

岸田 出ますね出ますね。

黒澤 そういう状態で、その唾ができるまでも激痛でごはんも食べられないような状態だったんで。

岸田 左の奥?

黒澤 そう!左の奥がもう…そういう切ってある。

岸田 確かにちょっと。

黒澤 そうなんで、痛くて分かんなかったんですよ。で、それで脳外科の先生とお話ししてても話がかみ合わないんですよ。先生はこういうふうに言っても、私が痛いのは違う!みたいな感じで。結局麻酔をしないとごはんも食べられないような状況までいっちゃってて、その病院に行った帰りにちょっと触ってたら…しこりを発見したんですよ。で、その時になぜか安心したんですよね。今までもう原因不明であっちこっちたらい回しにされてたから、あっ!あった!!っていう気持ちになった。

岸田 これが原因じゃないか?っていうのが。

黒澤 そうそうそう!あっ!と思って、ちょっとエコーで見てもらったらやっぱりなんかあるよっていうので、再度耳鼻科に行って、で、やっと手術が決まったっていう状態で。ある意味この痛みから解放される。

岸田 だからちょっとこう上がっているっていう。

黒澤 そうなんです。

岸田 上がっているところの手術。

黒澤 そう!

岸田 だからこの痛みから解放される!このしこりを取れば!っていうところで?

黒澤 はい、その通りです。

岸田 じゃあこれはその…大きめな病院のところの耳鼻科で手術をしていって?

黒澤 はい。

岸田 手術はすぐ終わりました?結構時間かかりました?

黒澤 結構時間かかったみたいですね〜。なんか…やっぱりその時、あとからの話なんですけど、なんかこう…いろいろいろんな腫瘍、良性の腫瘍とかって結構こう…いろんな形があるらしいんですよね。私ちょっと医療従事者じゃないから分かんないんだけど、ちょっと違ったらしいんですよ。なんかこう…違ったと先生がおっしゃってて、ちょっと…残しちゃったかもしれない〜って。取り残しちゃったかもしれない〜って言われました。

岸田 えっ!?

黒澤 そう…なんか形が違ったって言ってた。なんかあるんでしょうね、きっとね、良性だったら例えば丸かったりスポーンって取れるとか、なんかすごい取りにくかったっておっしゃってましたね。

岸田 取り残したかもしれない〜って怖っ!(笑)

黒澤 そうそう〜だから、けど良性な手術だったから。

岸田 良性だと思って手術してるってことですね?この時はね?

黒澤 そうそう!良性だからね。

良性のはずが、希少がんだった——顎下腺の筋上皮がん告知

岸田 ただ…そこからドーンと下がってるので、良性じゃなかったんでしょう…。こちら、がん告知と。

黒澤 しかも…なんか…そのがんの種類、がんって結構どこの部位でも種類があるじゃないですか?そこで悪性度が高かったり低かったりね、いろいろあるんですけど、なんかすごい希少がんだったんですよね。

岸田 顎下腺(がっかせん)がん?

黒澤 顎下腺(がっかせん)がんの筋上皮がんっていうがんらしくて、それもやっぱり…その筋上皮がんっていうのも、顎下腺(がっかせん)にできるのもちょっと珍しいっていうので、そこからもう…大騒ぎですね。でもそこで告知して、一応手術はしてるけど追加治療が必要じゃないか?っていうので、もう本当に。

岸田 そうですよね!追加治療…だって、残したかもしんないって言われてますもんね。

黒澤 そこの大学病院にまず最初に行くみたいな感じでしたね。

岸田 だから…このやっぱ下がってるのは、もういろんなさっきおっしゃっていただいた、もちろん取りきれてないかもしれないし、まさか自分がその希少ながんが…がんが分かってっていうところだったりとか?

黒澤 あと、そもそもやっぱり…がんって聞いてまだ…受け入れられなくて。あとやっぱり何回も言うようであれなんですけど、シングルマザーだったんで背負ってるものがすっごい大きかったんですよ!本当にパパさんと一緒、一家の主(あるじ)のパパさんと一緒の。

岸田 そっか〜、今後どうしようっていったところもあるってことですね。

黒澤 そうです、その通りです。

がん保険の付帯サービスが転機に——セカンド・サードオピニオンへ

岸田 バーンと下がってその後ちょっと上がります、それが…おっ!セカンド・サードオピニオン。

黒澤 はい。

岸田 ってことは他の病院にも?

黒澤 そうですね、行きましたね。やっぱり最初に大学病院に行った時には顎の骨を削って放射線浴びてその後抗がん剤みたいな感じだったんですけど、やっぱり…すべて取らなきゃいけないみたいな話だったんで。一応見える場所で、まだね、見える場所は…嫌だったんですよね!どうしてもね、で、その時にセカンドオピニオンとサードオピニオンまずちょっと自分で一個探してセカンドオピニオン行ってみるんだけど、同じ話だったんですよ。で、なんかやっぱりエビデンスみたいになんかいろいろあるらしいじゃないですか?このがんにはこういう感じでやってくみたいな、そこでいくとガイドラインでいくとこういう感じになるよ〜みたいな感じだったんで、そこでちょっと私生命保険に入ってました。

岸田 おお〜!

黒澤 その生命保険をちょっと、ちょうど手術が終わったりしたから手術したからちょっと出そうかな?と思ってた時に手紙とかチラシが入ってて、そこで病院の紹介とか病気になった時の相談みたいなことが書いてあったんでそこにちょっと連絡して利用してみました。

岸田 じゃあ…このがん保険などの付帯特典のサービスがあるっていうのも知って、これ使えるんじゃないか?っていうので、どういうサービスを…、どういうサービスというかセカンドオピニオンができるようなサービスを使ったんですか?

黒澤 セカンドオピニオンとあと相談ですね、そうなんですよ。結構…セカンドオピニオン・サードオピニオンって結構お金かかるんですよね。で、なんか大体病院によってはこの後治療するんであればいらないよとかいろいろあると思う、けど…そう1か所とか2か所もね、できるよっていうので、はい、ちょっと利用してみました。

岸田 おぉ〜!利用してどうでした?利用してみて。

黒澤 すっごく相談が親切で、やっぱり希少がんとあと何が一番心配だったかっていうと、今後自分がどうなるか。例えば後遺症とか…どういうことが起きるのか、治療するとどういうことが起きるのかっていうのがすごい心配だったんですけど、なんかそういうのを詳しく教えてくれたり。あとなんか…その相談した、相談できた方がやっぱり寄り添うじゃないけど、ちゃんと泣いてますか〜?みたいな感じで、泣きました〜?みたいな感じで言ってくれて。なんかその瞬間涙がバーって出てきたんですけどね。

岸田 なんで泣きました〜?って言って(涙が?)

黒澤 泣いてなかったんですよ!気が張ってて!

岸田 そういうことか!それでそういうのを聞いてくれて?

黒澤 そうなんですよ。ある意味カウンセリングみたいな感じですよね〜。

岸田 泣いていいんだ!と思って、ボロボロそこで泣いて。

黒澤 ボロボロ泣いて。ちょっとこう…ショッピングモールの一角の喫茶店でボロボロ泣いてる私みたいな感じでしたね。

岸田 そっか!カウンセリングの方は実際面談で?

黒澤 面談で。ちょっと記憶が定かじゃないんですけど、電話でも大丈夫ですし自分で場所を指定して会うことは可能。

岸田 実際にお会いしたんですね〜。

黒澤 すごいそのことは本当にやってよかったなって思いました。

岸田 そこで相談に乗ってもらって。

黒澤 セカンドオピニオンの先生も、何個か病院の特徴とかも全部。

岸田 え〜!そこまで分かんねや!

黒澤 そう、何々の病院は何々が強いよとか。まして希少がんだったからもう本当に…限られた病院しかなくて、で、通いやすいのはこの辺じゃないかって3候補ぐらい出していただいて、で、その中でも今後のためだったらどこがいいかね?っていうんで。そう!で、先生のプロフィールまで全部、何人かの。

岸田 すごいですね!

黒澤 すごい親切で、あと人となりみたいな感じも全部。

岸田 人となりも?

黒澤 この先生はこんな感じですって?評判がこうですみたいな感じで全部教えていただいた感じでした。

岸田 すごいですね!

黒澤 すごい!もし皆さんなんかあればぜひ利用してみたほうが。けど本当にちっちゃく書いてあったりするから

岸田 それはだって、ご自身がそのがん保険に入られている時は、それは別に気に留めてなかった?

黒澤 気にしたことなんか一回もなかったです!うん。

岸田 それで…たまたまそういうのを。

黒澤 入院して手術したから請求しようと思った時に入ってたのを見て。

岸田 そういうことですね〜。

黒澤 はい。

岸田 皆さんもね、そういったものもあるっていうことでね、情報として知っておいてもらえたらということを思っています。ちなみにこれ使うか使わないか分からないですけど、どういったがん保険を選んでいたんですか?

黒澤 それはアフラックでした。

岸田 アフラックさんの(よりそう)がん相談サービスというやつですね、というものに入られていてということですね。そしてその中でセカンドオピニオン、サードオピニオン、教えてもらったところに行って…どうでした?

黒澤 今私が本当に治療を決定した決め手っていうのは、そこの病院の先生は予防はしなくていいんだよみたいな考え方で、もう本当に…出たら対処すればいい。まして希少がんだから症例がないので、抗がん剤しても効くかどうかも分からないし、そこでするかしないかも自分で決めていいんだよ〜みたいな話をしてくれて。今やることって言ったら、まずその時陽子線(治療)受けるのが一番いいんじゃないかな?っていう話をしてくれたんで、もう即決で決めましたね。それだけでいいんだ〜!みたいな。もうずっと追加手術って言われてたから。

岸田 そうですよね〜。じゃあもうそれで…そこにしようと?

黒澤 そう!決めました。

岸田 ということで、それはどういった病院?

黒澤 国がん(国立がん研究センター)の東病院。群馬県から千葉県すごい遠かったですけど。

岸田 そうですよね!えっ新幹線?どういうふうに?

黒澤 新幹線もない…ないっていうか。

岸田 結構遠いですよね!

黒澤 そう!電車だと3時間近くかかっちゃうんですよ。

岸田 えっ!?どうするんですか?

黒澤 だから大体車で行ってて、あと…その時も入院させてもらってたんですよね。

2〜3ヶ月の入院で陽子線治療——退院後は娘と韓国へ

岸田 そうですよね〜。ただ希少ながんだからね、そこまで行かないといけないというふうなことがあったということかと思います。そのセカンドオピニオン、サードオピニオン行かれて、その治療、先ほどもちょっとお話ありましたけれどもこちら、放射線の陽子線の治療をしていくということで、陽子線の治療をどれくらい受けられたんですか?

黒澤 目いっぱい2〜3ヶ月。

岸田 2〜3ヶ月!ずっと入院?

黒澤 ずっと入院!

岸田 ずっと入院して陽子線の治療を受けられて…。陽子線の治療ってあんまりなじみないかな?と思うんですけれども、普通の放射線の受けるものだったら分かるんですけど、陽子線(治療)…これはもう…普段と変わらない?普段というか普通の放射線があれだと思うんですけど…行って…照射とかはどれぐらい?

黒澤 すっごい少ない!

岸田 数十分で終わる?

黒澤 すごいすぐ終わるんですけど、あの頭頸部なんで型みたいなのが…型にはまるんですよ。そうそう!それがね、動かしちゃいけないのがつらかったし、前半はそんなにだるさとか何にもなく過ごせるんですけど、もう後半はやっぱりやけどみたいな感じになっちゃって、皮膚もただれちゃうし。あと…ベロ…というか口の中がすごい…ダメで。食べられなくなるから、退院した時にエンシュア・ドリンクとか分かりますか?食べられない人が飲むような…栄養、そうそう!あれを持って帰ったり!あの缶を、全然食べられなくて。

岸田 だからそれを…それを飲んでというか?

黒澤 そう!最後の方はもう固形物とかも…痛くて食べられなかったり。

岸田 それはもう…時間経てばまた治ってくるんですか?

黒澤 そう、治ってきましたね。最初はやっぱり終わった時が真夏だったんで、ずっとこう…ぐるぐるぐるぐる巻いて。で、ましてここ顎なんで、顎のここの辺なんでうまく巻けないんですよ!なんだろう…首とかだったらまだうまく巻けるんですよ、こういうところだから。けど…こういうとこ(顎)なんで、結構本当にここ全体的に巻かないと。

岸田 そうですよね!

黒澤 そう、巻けなかった。

岸田 夏なのに結構な…このぐらいまで?

黒澤 やって…日に当てちゃいけなかったし、ましてこう触れるとすごい痛かったんで意外と大変なのと。あとちょっとお家に帰れなかったんで、子どもたちに、高校生とかいってもやっぱりね…まだ高校生って言っても一人で何でもできるって言っても心配なんで、Amazonで食品買ってポチって送ってました。

岸田 そうですよね〜!え〜!ちょっと待って、後でちゃんとした項目でも聞きますけれども、シングルマザーで…ずっと入院してて…お子さんたちはどう…?

黒澤 そう!だからちょうどお弁当とかもね、全部自分たちでやらなきゃいけなかったり多分パン買ってたり。下の子なんかお友達のお母さんにお弁当作ってってもらいましたね。本当に…もう…ね!申し訳ないしね。

岸田 いや…けどね!それは本当に…。

黒澤 そう!ごはんとかもね、だから…なんだろうな、なんか…できてるものとかもAmazonとかでポチってして家送ってましたね。そんなことしかできないから。

岸田 そんな治療をしていった中で、おっ、一番上がってるんじゃないですかね?

黒澤 一番上がってるかな?

岸田 それがこちら!退院し娘と韓国旅行〜!

黒澤 イエーイ!

岸田 これは…もう治療中から行きたいなぁみたいな感じだったっていうこと?

黒澤 本を買って…ずっと見てたんですよ。一番近い海外どこだろう?と思って。やっぱり娘高校生ぐらいだったらね、韓国とか女の子好きじゃないですか?買い物行ったりするんです。誰かと行くんだったら娘と行こう!と思って、先生にはすぐ行っちゃダメだよって言われてたんですけどね、もう旅行雑誌しかなかったからね(笑)行っちゃった!という。

岸田 行っちゃって、娘とリフレッシュして。

黒澤 リフレッシュしてまいりました。楽しい時間を過ごしてまいりました。

岸田 その後、下がっていてもプラスのところにあるのですが、仕事の復帰〜!ということで、職場復帰!

黒澤 はい、してみました。なんか私群馬県に住んでるからね、通勤がこう…車で行くんですよね。いつもの道を…車で運転して行くって、仕事に行くってことになんかすごい…ワーッ!!てきて。そこは感謝!と思った。普通のことができることって幸せなんだな〜って感じましたね。

2つ目、3つ目の告知——健康診断で乳がん、救急外来から胃がんへ

岸田 そうね。仕事行きながら、仕事行けるこの普段の生活が大事だということの中で。そこから、会社の健康診断で乳がんが発覚していくと…。

黒澤 おっと!?

岸田 おお!あっ、これ乳がんは健康診断で分かっていくんですね?

黒澤 ええけどほら…健康診断の会社に勤めてるから、もうこれは…ちょっとやばくね?みたいな。で、その前の年にも言われてたんですよ、引っかかってたんですよ。

岸田 え〜!そうなんですか!?

黒澤 そう引っかかってたんだけども優先が、乳がんはもう後にしましょうって、乳がんで引っかかってるって話もしてたんですけど、それはちょっと今治療してる、顎下腺(がっかせん)の方で治療してるからちょっと後でもう一回診てみましょうみたいな感じで。

岸田 後回しされてた…けど、それが?

黒澤 やっぱり…がんでした!

岸田 えっ、会社の健康診断で何かあるよって引っかかってそれを…また国がん(国立がん研究センター)に行ったんですか?

黒澤 手術したのはそうですね。それまではちょっとこう…顎下腺(がっかせん)の手術をしたところに一回行ったんですけど、そこでもう…がんって判断されたんで、それだったら今治療中なんで一緒に。

岸田 は〜そうなんですね。

黒澤 一緒に行きましたね、国がん(国立がん研究センター)で。

岸田 すごっ!なんか…どうなんですか?このね、顎下腺(がっかせん)のがん告知はめちゃくちゃ下がってて、乳がんの発覚してっていったところはちょっと…まだマシだとは思うんですけど、やっぱ比較とかしたんですか?どうなんでしょう?

黒澤 痛みがなかった…のと、あとすごい変な話、顎下腺(がっかせん)の時にもう顔周りだから、もう…なんでこんなとこにできちゃったんだろうって思ってて。なんか…本当に今思えば嫌なこと考えてたな〜と思うんだけど、乳がんとかだと見えない…から、乳がんの方がまだよかったみたいなことを思っちゃってたんですよ!

岸田 服で隠れるからっていうことね。

黒澤 そうそう…そしたらなっちゃって。そんなこと思わなきゃよかったのにね!想いが叶っちゃった。

岸田 そっか〜。

黒澤 なんか…けどまだね、痛みがなかった分、そう…そういうこと。あと…変な話ポピュラーながんで、がんの種類もそこまで悪性度が高くはなかったんで、あと情報もすごいいっぱい出てた。そこにまたちょっと安心。

岸田 そうですね。希少ながんよりはそれはめちゃくちゃ情報はありますもんね。

黒澤 あるし、あとなんだろうな、生存率…とかまではいかなかったかな。

岸田 そっか。

黒澤 はい、そんな感じでしたね。

岸田 ちなみに乳がんはどこにどういう感じであったんですか?

黒澤 左胸の真ん中辺にあって、それも…ちゃんと余裕があったんでしょうね、私すごく手術する時にも先生にきれいに切ってくださいって言えるぐらい(笑)そしたら本当にきれいに切ってくれて、うまく切ってくれて、言わなければ分からないぐらい傷痕がなくやってくれたんですよね。

岸田 この次の治療の部分切除って言ったところで、全摘じゃなかったんですね?

黒澤 そうですね!やはり治療も選べるんですけど、その時私の説明だったのは、もう全摘すれば追加の治療はしなくていいよって言われたんだけど、部分で済むんであれば私も部分の方が…痛みが少ないかなと思ったんですよ、全部なくなっちゃうよりは。今そこで済むっていうんであれば、またなんかもし何か出ちゃったらその時やればいいかなって思いました。

岸田 痛み少なかったですか?

黒澤 もう…すごい少なかった。

岸田 お〜よかったよかった。

黒澤 なんだろうな…処方されたお薬もロキソニンかなんかだけだったんで。

岸田 そっか、じゃあ本当にね、黒澤さんの時はうまくいって。

黒澤 そう、初期だったからね。

岸田 これもね、個人差ありますよね。

黒澤 ありますね、乳がんもね。

岸田 発覚して手術していって、そしてその後に。

黒澤 放射線が入りますね。

岸田 放射線が入るんですね?

黒澤 はい、放射線はちょっとこう…(病院が)遠いので、地元の病院でできるように手配してもらいましたね。

岸田 そっかそっか。あれ?黒澤さんって乳がんでもいろんな種類あるじゃないですか?サブタイプ的な種類は何になるんですか?

黒澤 ルミナルB。

岸田 ルミナルB!

黒澤 …でしたね。

岸田 で、放射線をしましょうと。

黒澤 はい、そうですね。

岸田 そして放射線は、期間としてはどれくらいされたんですか?

黒澤 放射線もやっぱり2ヶ月とか3ヶ月、目いっぱい…なんとかグレイとかでしたっけ?

岸田 そうですね。

黒澤 いっぱい浴びてます。抗がん剤しない代わりに浴びましたね。

岸田 そうなんですね、抗がん剤せずと。地元の病院で毎日通って?

黒澤 毎日通って、おじさんにね…マジックで書かれて。

岸田 ああ〜そうですね。受けるところやるやつねマジックで。

黒澤 おじさんでしたね〜。

岸田 やっぱりそこって…どうなんですか?やっぱり…おじさんというか、男性・女性のその、やっぱり女性がよかったなっていうのはありますかね?

黒澤 思いますね!はい…おじさん…(笑)

岸田 相当おじさんになんか(笑)相当おじさんが微妙やったんですね(笑)

黒澤 今でも顔が思い出せるんですよ!おじさん…。

岸田 おじさん。

黒澤 なんか…病院にもよるんでしょうけどね、あの…ね!(苦笑)いや今…あのなんだろう、健康診断の会社に勤めてたから余計に思うのかもしれないけど、今基本的に女性(放射線)技師さんがね。

岸田 あ〜健康診断はね!

黒澤 基本的に女性(放射線)技師さんが…ね。

岸田 対応されて。

黒澤 検査対応してくれることが多い。治療に関しては治療はちょっと男性でしたね。

岸田 そっかそっか。

黒澤 できれば女性の方が嬉しいかなって。書かなければそんな気にならないでしょうけどね。

岸田 そっか!こう書かれる…。

黒澤 そうそう!なんか。

岸田 こういうふうになんか…黒マジックじゃないけど。

黒澤 そう!青と黒とかね。

岸田 普通に照射だけとかね?

黒澤 だったら別に全然そこまで気にならない。

岸田 毎回書かれるんですか?

黒澤 消えるみたいで書かれてたんですよね〜。

岸田 そっか…ちょっとそれはね〜。

黒澤 今ね、多分いろんないいのがあるんですか?ちょっと分かんないけど。

岸田 いやー!

黒澤 まだ書いてるのかな?

岸田 いや〜どうでしょうね!

黒澤 こするなっていつも怒られてたけど(笑)

岸田 消えてしまうものは仕方ない。

黒澤 そう!多分今なんか結構シャワーヘッドとかもいいのが出てるから、ああいうんだと消えちゃうんですよね?

岸田 消えちゃうんですよね?シャワーでね!

黒澤 皆さんもしなったらね、気をつけてもらわないと。

岸田 そのまま放射線治療をして地元でやって、その後こちら、普段通りの生活へということで戻っていく。普段通りの生活にどれくらいで戻っていけました?放射線治療終わったらすぐ?

黒澤 そうですね〜。放射線も仕事しながらやってたんですよ。今思えば…休んだ方がよかったなと思ったんだけど、結局その頃ってまだやっぱり子どもがいたから、仕事を失うっていう不安…そう、もう…仕事辞めたら生きていけないっていう不安に駆られちゃってて、すっごい無理してましたね。

岸田 じゃああれですか?午前中とかに放射線治療行って、午後から出勤とか?

黒澤 いやもう全然…目いっぱい仕事がね、そういう普通の9時5時とかの仕事じゃなかったんで、朝早い時間から仕事があったんで、大体3時ぐらいまで仕事して、その後は病院に行って。すっごいきつかったですね!やはり…乳がんとかも、痕もしばらく下着とかもなかなか普通の下着がつけられなくて痛くて、ほぼほぼ…これもちょっと、あと2〜3年もうスポーツブラで過ごした。痛くてね〜って感じでしたね。

岸田 そっか!その中でようやく生活が普段のように戻っていき…下がっていきますが、胃が痛くて救急外来。

黒澤 そう!なんか前の日お寿司食べたから…(笑)

岸田 ちょっとそれはね。

黒澤 虫がいたか?と思って。

岸田 アニサキス的なね?

黒澤 それ!だと思って行ったんですよ。電話した時にも多分…って自分で訴えてるんですよ私、なんか向こうでもちょうどその頃コロナの出始めかなんかで、なかなかこうなんだろう。

岸田 そっか2020年とか。

黒澤 そうそうカメラはあんまりしてもらえない感じだったんだけども、痛いし…もう痛くて耐えられないし、お寿司食べたからって自分ですごい訴えてたんですよね。絶対これ虫がいると思って。違ったんですよ。

岸田 救急外来行きました、そしてその後、(主治医からの)言葉に不安になっていきます。

黒澤 はい!なんか…カメラやってくれた先生が、必ず…一応こう撮ったから、検査に出したから、必ず検査の結果聞きにきてねって言うんですよ。えっ?て思って、あんまり言わないからこれもしかしてなんか…顔つきが悪いのかなと思って、すっごい不安になったんですよね。そこからもうこうやって。

岸田 いろんなものを?

黒澤 調べ始めて。

岸田 痛さはどうなんですか?マシになったんですか?その…聞きに来てねって言っても1週間後とかレベルですよね?

黒澤 けどね、薬もらったらだいぶよくなったんですよね。

岸田 そうなんですね、それはよかった。必ず聞きに来てねということを言われて。

黒澤 その怖い言葉が。

岸田 不安になっていく。そんな中でこちら、胃がんの疑い。

黒澤 そうなんですよ!

岸田 胃がんの疑いで…グループ(分類)の?

黒澤 2でしたね。それもずっと調べてたら。

岸田 どうなのかなっていうところで?

黒澤 いいこともあるわけじゃないですか?がんではないってことも…あるんだけど、けどやっぱり片隅にはうーん…みたいな。

岸田 …という悶々とした時を過ごされていくんですね〜。そんな中でこちら、手術を受けられていくということで、手術はしようってなるんですね?

黒澤 そう!手術しましょう。

岸田 グループ(分類)2でも?

黒澤 多分そうだから〜みたいな感じで。

岸田 これはちょっと待ってくださいね。胃が痛くて救急外来行きます、その病院は国がん(国立がん研究センター)とかじゃないんですね?

黒澤 じゃないですね。

岸田 普通の地元の病院で?また違う病院?

黒澤 顎下腺(がっかせん)の手術をした病院です。

岸田 最初に顎下腺(がっかせん)の手術をした病院で、行ってそれで…。もうそのまま胃がんの疑いがあるから。

黒澤 もうすぐ取りましょうっていうんで、カメラで取りましょうって、内視鏡で取りましょうっていうので。

岸田 内視鏡の手術をしていったんですね。この時にはがんかどうか分からない?

黒澤 分かんないけど、もう早期がんでしょうって。入院のあれには全部。

岸田 書かれていたんですね。

黒澤 早期がんですって書かれてて。

岸田 ってことはもうこのがんの疑いがもうがん告知みたいなもん?

黒澤 そうですね、それなんで手術しましょうみたいな。

岸田 これ取ってみて、組織的にはどうだったんですか?

黒澤 特に簡単なみたいな感じでポピュラーなみたいな、すごく…今までみたいな説明ではなく軽い感じですね、なんか。胃がんとかってちょっと手術すれば結構終わりみたいですね。なんか追加がないのかな?切除すればね。

岸田 早期で発見してね。

黒澤 タイプにもよるんでしょうけどね、がんのタイプにもよるんでしょうけどもうそれでOKみたいな。

岸田 だからじゃあ…そこまで下がってないのはもうそういうふうに?

黒澤 そう!簡単だったから。

岸田 手術してあとは様子見ましょうと?

黒澤 そう経過観察で、いまだに毎年、はい、カメラは飲みに行ってます。

がん友はできても、身近な人には言えない——カミングアウトと父の看取り

岸田 ってことですね。そしてがん友を探される。

黒澤 そう!なんかこう…乳がんのお友達とか結構探せたんですよね。

岸田 ふんふんふんふん。

黒澤 なんか周りに結構いたりして、で、なんかSNSとかでそういうがんのお友達がいればいいかなーなんて思って探したりしました。

岸田 えっ?それはがん友を探す…乳がんの方を探す…顎下腺(がっかせん)で探す…胃がんで探す…。

黒澤 みたいな軽くしたんだけど、なかなかね、いなくて。そうそうそうそう。じゃなくてなんかね、思いを…なんだろうな、がんになった人じゃなければ分かんないことってあるじゃないですか?なんかこう心の奥底にちょっと抱えることってあるから、なんかそういう話ができればいいし、そういう発信してる人いるかな〜?なんて思いながら広く浅く付き合ったり。あとその後ちょっと自分でいろんな発信をしたりポジティブなことを言ってる人たちを探しましたね。

岸田 見つかりました?

黒澤 そう!見つかって何人かね、見つかってはい。

岸田 そうね〜、気持ちを共有したりとかされていく中で、ただ自己開示をしたくないと。

黒澤 そうなの!

岸田 この…矛盾えっ?どういうことですか?これは。

黒澤 なんか…SNSとかそういうので開示するのは全然今までの私を知らない人に開示するのは全然嫌じゃなかったんだけど、例えば子どもを通してのママ友とか学生時代の友達とかには言えなくて…。なんで言えなかったか?って言うと、同情されたりするのが嫌だったんだか、相手を困らせちゃうんじゃないか?と勝手に思い込んでたんですよね。そう…けど本当は、言ってスッキリしたいんだけどなかなか言えない。

岸田 言えないっていうその葛藤が。

黒澤 そう!なんか…多分、ちゃんとしてる人みたいな感じで見られたいみたいなのがあったのかなぁ〜。なんかこう…病気しちゃうとなんかこう…終わりみたいなイメージがすごい強かったのかな。

岸田 特にね〜身近なね、人たちとかにね。

黒澤 そうなんですよ!はい。

岸田 そこの矛盾を抱えながら、幼なじみに出会われていく。

黒澤 はい、そうなんです。偶然スーパーで(笑)

岸田 スーパーで?ほう!あっなんかそういう…ごはん食べに行こう〜とかじゃなくて、スーパーでバッタリ出くわして?

黒澤 そう!そうなんか変な大きい声で電話してる子がいるななんか…スーパーでお弁当の注文かなんかしてる人がいて、なんだろう?この人と思ったら幼なじみだった。

岸田 幼なじみだった!わざわざ…ただそれを書くってことは、なんかこう良いことだったんですね?

黒澤 そうなんですよ。それでその幼なじみに会って、幼なじみとその後ちょっとごはんか何か食べに行って話聞いてたら、幼なじみのお父様もやっぱり3回がんしたらしくて、今大変なんだ〜介護したりして、けど元気なんだよ〜なんていう話をしてくれたんで。じゃあ私も彼女に話そう!と思って、ごはん食べに行って暴露したんですよね。

岸田 幼なじみにね。

黒澤 そう!私もがんだったんだって。逆に友達が泣いてくれちゃって、なんでもっと早く言ってくれなかったの〜!なんて言われちゃって、あっ自分が勝手にいろいろ思ってたんだっていうのに気づいた。抱えてたんでしょうね、もう…背負い込んでて、リュックの中に石が入っているような状態、心の中が…だったのかなって思いましたね。

岸田 全部自分せな!みたいなね。

黒澤 甘えることができなかった。

岸田 そこでようやく周りの人にカミングアウトして。

黒澤 そう!カミングアウトができるようになってきた。

岸田 そしてそこからカミングアウトできてよかったって終わりじゃないんですよね?

黒澤 じゃないんですよ。

岸田 あ〜自宅で父を看取る。

黒澤 そうなんですよ、はいはいはいはい。そうなんか…これも自宅で看取ろうとか思ったりできたりしたのも、自分のがんの経験があったからかなっていうのはすごい思うし…最期の、最初の時にこう…入院してる時にね、今後の状況が分かんなくなるからいろいろ緩和ケアとかの話ももらってたんで、その時の知識がすごい役に立った。それでこう、最初からどういう亡くなり方、死に方…最期を迎えたい?って聞いた時に、やっぱり管とかではつながれたくないって言われたんで、じゃあそれだったら自然な形で亡くなりましょう、そういう形でやりましょうって、自宅で。

岸田 お看取りしたんですね。

黒澤 看取って。

岸田 お父様は天寿を全うされ…。

黒澤 多分がんの経験がなく、自分の最期とかを考えたりこういう治療とかこういう最後の迎え方ができるっていう知識がなければ、もう絶対自宅で看取ろうなんて夢にも思いませんでした。

岸田 そっか〜病院で?

黒澤 病院でお願いする。

岸田 どうでした?ご自宅で看取られて。

黒澤 いや…本当に、なんかよかった…よかったと思いますね。家族全員で最期を本当に迎えられたっていうのが。あと…みんなに、誰もがそうだけど死へ向かっていく時の体の状態とか精神状態って見ることって不可能じゃないですか?それを自宅でいるから見れたっていうのがよかった。こういう感じで人って…せん妄も出てくるしね、で、最終的にはずっと長く持ってた前立腺はずっとやってたんで、結局最後の方ね、それが原因になったんですけど。すごいこう…人が亡くなっていくには、自然に亡くなるっていうことって、だんだん食べられなくなるっていうのを分かりましたね。自然な形っていうのを見れた。

岸田 そんな中で、今は自宅をカフェに。

黒澤 そうですね!

岸田 計画中。

黒澤 父が残してくれた家を、私自分の副業じゃないけど、今やってる仕事とは別に『掃除力』って言って、お掃除を皆さんに教えたり家に行ったりしてやることをしてるんですよ。その最終形な形になればいいな〜と思って、キッチンは愛の生産工場だよ〜って教わってる先生が、著者の先生がいてね、その先生の言葉をいただき。

岸田 そっか!じゃあその…カフェがすごくもうオシャンティーな感じ?

黒澤 オシャンティー!?(笑)オシャンティーっていうよりちょっと家が和風のお家なんで。

岸田 そうなんですね。

黒澤 そう!和風の感じに

岸田 和風のカフェ!

黒澤 そう!和風のカフェにしたいな〜と思って。そう!そんな感じに今考えて計画してますね。

岸田 黒澤さんのね、本当にさまざまな中でもね、3つのがんがね、毎年のように告知され治療するという、そんなペイシェントジャーニーでありました。お写真もね、ちょっといただいているのでちょっと見てみたいなと思います、こちら。こちらのお写真。それぞれちょっとお伺いしていきたいんですけど、左側のお写真はこれは?

黒澤 これ陽子線(治療)受けてる時で、多分後半ぐらいになってて、ほら…顎の下だから、包帯の巻き方もこんな感じなんですよ!

岸田 ああ〜そういうこと!

黒澤 そうそうそうそう。首じゃないじゃないですか?顎の下だから。そう!こういうふうに巻かれてましたね。

岸田 確かにこれ…。

黒澤 珍しい巻き方ですよね(笑)

岸田 漫画とかで見る巻き方ですよね〜。

黒澤 そう!そうなんですよ、だからそれぐらい荒れちゃって。私入院する時は病院着にわざとしなかったんですよね、病院のパジャマ借りなかったんですよ、楽しむために。だからすごい…気分を上げるためにピンクのTシャツ着てるんですけど。

岸田 確かに!確かにこれ入院中?

黒澤 そう!入院中ですね。

岸田 そして真ん中の写真が。

黒澤 これはさっきあった一番(気持ちが)上がったところで、娘と一緒に韓国に…退院してすぐ韓国旅行に行った、一番上のところですね。

岸田 ここですね?

黒澤 はい、そうですそこですね!けどやっぱり…退院してすぐだから首に巻いてるんです、ぐるぐるぐるぐる。

岸田 あー!そっか。

黒澤 これ真夏です

岸田 あー真夏で!冬だったらね、全然自然ですけどね。

黒澤 そうそうそう、真夏に巻いて、ちょっと多分これまだ空港かなんか…にいるみたいな状態ですね。

岸田 そうですね、そして一番右の写真は?

黒澤 これが…乳がんの時の手術の日だと思うんですけど、やっぱり父が高齢だったんで、まして病気してたんで、なかなか病院が遠い。遠いから付き添いに来れないっていう。手術の時は必ず誰か立ち会いする人がいなきゃいけないっていう状態で、長男がちょうど20歳になった頃だったんで、お願いしたという状況ですね。

岸田 この右の男性が長男さん?

黒澤 そうですね。

岸田 手術の立ち会いをお願いした時の写真?

黒澤 そうなんですよ。そう!なかなか難しい…ね、20歳くらいの子に頼まなきゃいけないという状況でしたね。

「先生が全部書いてくださった」——納得して治療を選べた理由

岸田 その時のお写真ですね。ここからですね、さまざまな項目に分けてお伺いしていきたいなと思っています。まず一つ目の項目なんですけど、それはこちら、病院や治療の選択といたしまして、さまざまな病院行くためにどのように選択したか?もしくは治療をね、こういった治療したいっていうふうなそういった選択、シェアード・ディシジョン・メイキングっていう言葉が医療の中であるんですけれども、医療者の方と一緒に決めていこうといった中で、どのような選択をされてきたのか…。もうね本当…黒澤さんの場合ね、さまざまな治療をされていったといったところで、ちょっといろいろお話はね、もう結構いただいたところではあるんですけれども。

黒澤 はい。

岸田 まずちょっと状況整理すると、初めは地元の病院に行って顎下腺(がっかせん)の手術を受ける?

黒澤 総合病院みたいな感じで、分院ってやつですね。

岸田 …ところで顎下腺(がっかせん)の腫瘍摘出術を受けていくと。それががんだったっていったことが分かってからの、先ほどお話もありました、セカンドオピニオンやサードオピニオンを受けることで国がん(国立がん研究センター)に行こうということで東病院に行って放射線を受けられている。そのセカンドオピニオンやサードオピニオンの時は、やっぱり手術じゃない方法があるんだということでそこに決められた?

黒澤 はい、そうです。

岸田 そこから治療が終わってひと段落してるうちに乳がんが発覚するということで、乳がんの時も、この時も国がん(国立がん研究センター)に行って部分切除。ここはもう自分の勝手知ってる病院で治療していく。この時の乳がんの手術しましょう、放射線しましょうは医療者側が提案されてそれに納得してっていったところで、ここで別にセカンドオピニオンとかない?

黒澤 はい、なかったし。先生に書いてもらったのが、私全部ファイルにして取ってあるんですよ!で、これが…。

岸田 おっすごい!先生にちょっと書いてもらったのが。

黒澤 これ面白くないですか?と思って、ちょっと名字が違うんだけど。ほら!これ多分…これがちょっと陽子線(治療)だけのやつかな、これが乳がんの時とか。

岸田 これが乳がんの時。こういうふうな…これは?えっとこの…先生がすごく優しくてみたいなところ。

黒澤 そうですそうです。

岸田 これを先生が書いてくださった?

黒澤 そう、全部書いてくださった、全部これ書いてくださったんですよ!

岸田 丁寧に。

黒澤 説明分かりにくいかなと思って。

岸田 しっかりしてくれてっていうこと。

黒澤 そうなんですよ!

岸田 すごいですね〜!がんとはこういうもんだよっていうのもちゃんと説明してくださって。ちゃんとステージも1・2・3・4。

黒澤 書いてくれて…これもそうだね、全摘だったらもう何もしなくていいんだよっていうことまで全部書いてくれる。

岸田 そういうね〜、説明を受けていったところで納得して。

黒澤 それで選択するというのが、全摘するか部分切除するかという話だけで、これだけ説明していただければ私の中ではもうバッチリだったので、ということですね。

岸田 すごい!そういう形でということでありましたと。

岸田 次の胃がんの時は、胃がんはもう内視鏡で切除していきましょうですけど、ここに関しても医療者側から提案されて?

黒澤 そうですね。この時もちゃんとこう…説明してくれて。

岸田 すごい!ちょっと皆さん、すごい!というふうな感じで、またねこれは写真で載せますが、ちょっとお願いしてもいいでしょうか?

黒澤 はい。これでこういう感じで全部…これでもう本当に納得して。

岸田 『ESD』(内視鏡的粘膜下層剥離術)ってやっぱ書いてますね。

黒澤 そうなんですよ!書いてあったんですよ。

岸田 ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)、はい。

黒澤 それでね、これでこう…どういうことをするかっていうので分かりやすく説明してくれたんで、納得して受けたという感じで。なんかやっぱり聞いて分かりにくかったりって言うと、先生ちゃんとこう。

岸田 図式化してくれて。

黒澤 話をするとしてくれるかなって、コミュニケーションを取るのは大事かなと思いましたね。

岸田 で、またあれですね?病院探しとかはさっきのね、保険のサービスを使う。

黒澤 そうですね。

「コロナの味覚障害と一緒だった」——陽子線治療の痛みと後遺症

岸田 そして次の項目に行きたいと思います。はい、こちら次の項目、つらかったこと、副作用や後遺症などってあるんですけれども、それぞれね…3つのがんがありましたけれども、この副作用やこの後遺症大変やったなっていうのは…どれですかね?

黒澤 やっぱり顎下腺(がっかせん)やってからは、結構頭痛薬とかが手放せなかったりしばらく。今もやっぱりちょっと頭が痛くなったり、あとしびれは残っちゃってるんでしびれが気になるってことはありますし。なんか…そうですね、やっぱり陽子線(治療)を受けてる時は本当に痛くて。

岸田 そっかそっか〜。

黒澤 痛いし食べられないし、口の中もおかしいし味覚もおかしいしっていう状態でしたね。表現すると…コロナになって味覚障害になった時に、あっ!あの時と一緒だ!と思いました。

岸田 そうなんですね!それはなった人にしか分からない。

黒澤 分からない!多分コロナになられた方って、結構味覚の話されてた方いらっしゃると思うんですけど、本当にあんな感じに。

岸田 味覚障害。

黒澤 なりましたね。

岸田 だんだんまた戻ってくるんですね?

黒澤 戻ってきました。

岸田 そっかー。

黒澤 それで…味覚と亜鉛が不足するとか言ってて、亜鉛とかも処方されたことがありましたね。

岸田 そうなんですね。胃を切除するとかそういう以外にも?

黒澤 亜鉛とか言ってましたね。

岸田 そうですね〜だから、そういうやっぱり顎下腺(がっかせん)の時の治療が大変だった。

黒澤 大変でしたね。

人に言えなかったからこそ——SNSとブログが心の支えに

岸田 そしてそんな中で、ちょっとこのつらい時に支えになったこと・支えられたもの、そういったものは何があるかっていうことをちょっとお伺いしたいんですけれども。

黒澤 私はやっぱりこう、人に言えなかった状態だったんですよね。全然人に何も言えなかったから、やっぱりSNSとかでブログ読んだりするのが結構支えになってたかな〜と思いますね。

岸田 この時のがん友を探すっていうのも、これもSNSとかブログとか?

黒澤 そう、SNSで探しましたね。なんかイベントとか行ったりはしましたけど。

岸田 ちょっと僕…SNSでのコミュニケーションが取り方下手くそなんで教えて欲しいんですけど、この時にがん友を探して、なんか…初めは相互フォローとか、その読んでる中でだんだん親しくなっていくんですか?どういう感じで親しくなってくるんでしょう?

黒澤 そういう感じだったり、あとその頃胃がんになった頃って音声SNSとかが流行ってて。

岸田 おー!ありましたね!

黒澤 それでがんをやってる人たちのコミュニティに入ったりして。

岸田 そういうのもあるんですね!

黒澤 そういう活動しましたね。

岸田 そこで話したい人とか手を挙げて話してみるみたいな。

黒澤 そうそうそうそう!そこで結構お友達ができたり、今も。

岸田 そうなんですね。

黒澤 そこで付き合ったお友達たちは一人はもう今月…先月か、ご著書を出されましたね。それがきっかけで自分を大切にしよう〜!みたいなことを。

岸田 すごい!そういうSNSだったりとかでお友達を。

黒澤 横とのつながり。

籍が入っていないパートナーには頼れない——3回とも一人で受けた告知

岸田 横とのつながりで支えられていったと。そして次にこちらですね、ちょっとお話を聞きたいと思います、家族のことということで、家族、お父様の話もあったかと思いますけれども、お父様のお話だったりとか、あとパートナーが…シングルマザーだということで。

黒澤 一応その時にお付き合いされているパートナーはいたんですよね、いたんだけど、やっぱり…他人じゃないですか?籍が入ってないから病院によっては説明も聞けない…なので、結局こう…ね、父に来てっていうこともできずパートナーにも頼れず一人で聞きに行った。

岸田 じゃあその時そっか、お付き合いされた方がいらっしゃったんですね?

黒澤 そう!いたことはいたんだけど頼れないし。

岸田 一緒に…告知とか受けれないんですね?

黒澤 受けれなかった。

岸田 病院によって違うんですか?

黒澤 病院によって違うと思いますね。診察とかも入れなかったり、家族以外はダメとか関係性で。

岸田 そっか!さっきのね、手術の時のお写真もね?息子さんがいらっしゃってましたもんね。

黒澤 そうなんですよ。なので、私全部3回とも一人で聞いて一人で説明を受けたという状態で、すごいこう…帰りの車の中はもう本当にボーッとしながら運転して帰るみたいな状態が続いたし、あとなんかやっぱり病院に、今ちょっと分かんないんですけど私ももう何年か前になっちゃうからあれなんだけど、そういう時も一人で聞かなきゃいけない状況だったですね。

岸田 そっか〜!そうね。それどうにか…ね。

黒澤 ねー!なんか多分もしかしたら今はだいぶ違くなってきてはいるかもしれないけど、大体こう…ね、今通っている病院ね、国がん(国立がん研究センター)とかも誰と来ますか?みたいな、椅子を必ず何個か用意されたりするじゃないですか?診察室。

岸田 あー!何個かあることが多いですよね!確かに。

黒澤 そうそう!私は一人で聞くっていうのがすごいさみしかったなーなんて思いました。

岸田 そっか〜。

黒澤 だから本当に、籍が入ってると入ってないっていうのが違う、そこ結構きつかったですね〜。

岸田 そっか。パートナーと一緒に聞いたりとかできないっていうのはね、現状としてあるんですね〜。

黒澤 病院にもよるのかな?とは思いますね。多分手術の立ち会いとかはまだね、書類とかがちょっと、それもちょっと難しかったんで。

「ごめんママ、がんみたいで」——20歳の長男に手術の立ち会いを頼んだ日

岸田 その手術の話もありましたけど、子どものことという形でね、ちょっと次聞かせていただきたいんですけれども。手術する時も身内の同意書が必要だから長男さんに(来てもらって)?

黒澤 そう来ても…大学生ね、大学生の今思うとまだね20歳そこそこの子がね、母の手術の同意書を書くって酷な話だなって。ましてこう…うん。だから…麻酔が覚めて目が覚める時も早く帰ってしか言えなかったような気がしますね。

岸田 もういいよと。

黒澤 早く帰んな早く帰んなって。もう…意識がもうろうとしている中、本当にそんな感じだったかな〜と思いますね。

岸田 お伺いしたいのは、お子さんたちにどうやって伝えたのか?っていうところと、その育児をどうしたのか?っていうのを改めてお伺いしたいんですけど、子どもたちにどう伝えましたか?

黒澤 最初は…何も言わなかったんですよ。一番最初の手術の時には…黙って、ちょっと出張とかがあったから出張だよ〜とか言いながら、行ってきてけどなんか貼ってる、痛いなんかできたんだよね〜みたいな感じで。父にも…ちょっとなんかできたからなんだろう、何?外科的な手術じゃないけどちょっとこうちょっとこう出来物を取るみたいな感覚でしか言わなかったんですよね。で、同意書だけ書いてもらって。で、ましてね、高齢だとそこまで。それで…けど隠しておけなくなっちゃって。

岸田 どのタイミングで言うんですか?

黒澤 そうそれで…がん?って言われちゃって。で、もう病院も決まらずバタバタしてる中、ちょうど息子が一人暮らししてるところの家の近くに一番最初に行った大学病院がそこだったんですよ。で、最初もうそこでセカンドオピニオンも何もせず、そこで治療を…手術追加、手術して治療を受ける予定だったんで、もう息子ん家にちょっと…泊まらなければいけなかったんで長男には言ったんですよね。ごめんママ…がんみたいで、この後治療があるんで…なんかね、その追加手術の時は入院させてもらえるけど、放射線とかになったら通院になるからちょっとここから通わせてくれる?っていう話はして。もう多分子どもも…どう反応していいか分かんなかったんでしょうね!ふーんみたいな、なんか思春期の子みたいな、なんかこう…えっ!?みたいな反応じゃなくて、もう…あっそうみたいな、ふーんみたいな感じでしたね。

岸田 どう受け止めたらいいかもね、分かんないでしょうね。

黒澤 そう…そんでやっぱり下の息子と娘にも、入院になるからって、入院になる時に言ったんだな、もう治療が始まっちゃうからちょっと家のことできないよって話をした時にやっぱりこう、本当にどうしていいか分かんないから、えっまだ死なないよね?みたいな感じで。多分…今思えばそういう反応しかできなかった。そう…多分けどもう今ね、今となって話するとやっぱりすごいショックだった〜って言ってますね。

岸田 そんな中で育児はどうされていったんですか?

黒澤 そうもう、まあまあ大きかったから自分たちでやってね〜とは言ってたものの、ひっちゃかめっちゃかでしたよね。

岸田 うーん。

黒澤 でももう帰れないからどうすることもできないじゃないですか?なんかこう…1回か2回外泊したんかな?

岸田 はいはいはい。

黒澤 その時帰ってももう1日しか外泊できないから片付けることもできないし。けどやっぱりね、きれいにしなきゃダメなんだよ〜って言って。けどもうそこまで体力もないから何もしてあげられなくて、もう…葛藤しかなかったですね。でも本当になんか…ね、(ネット通販で)買って送るしかなかった。

岸田 お話もあったね、Amazonで買って送るっていうことを。

黒澤 うん、しかできなかったかな〜ってっていう感じですね。

「ベッドの上でどうにか稼げないか」——仕事を失う不安と向き合って

岸田 次にお仕事のことについてもお話いただきたいなと思っておりまして、お仕事…その当時はさっき検診のお仕事をされていたということを話しましたけれども、仕事は…すぐ休めたりだとかそういったのはどうでした?復職も含め。

黒澤 そうですね、はい、なんとか。やっぱりこう…そういうね、もう日常的にがんっていう言葉を聞く状況のところにいたんで、その辺もスムーズに休めたりはしましたが。どちらかというとデスクワークではなく外に行って検診の仕事だったんで、結構体力的にキツくて。

岸田 だってそんな中でね!だって放射線治療もね、それやってるから放射線。

黒澤 そう!すっごいしんどかったですね!それでもう…ちょっとこう違うことをしようと思って、いろいろ学び始めたりしてましたね。やっぱり何回も何回も思ったのは、ベッドの上でどうやって…言い方変だけど、どうにかして稼げないか!?みたいなことばっかり考えてましたね。

岸田 お仕事ができない中ね。

黒澤 そう!やっぱり…そう、不安なことってもう仕事のこと。仕事がクビになっちゃったらどうやって生活していくんだろう?ことしか考えられなかった。

岸田 そっか…今は違うお仕事につかれてるんですね?

黒澤 そうですね。

岸田 それもがんがきっかけとか、そういったことは関係なく?

黒澤 それはもうやっぱり…がんがきっかけで体力的にきついことはできないなと思って、見切りをつけて2〜3年前に今の仕事に紹介してもらって。

岸田 そうなんですね。

黒澤 完全に在宅でできる仕事。

岸田 お〜!完全在宅だと。

黒澤 はい!100%在宅です。

岸田 体力的にもありがたいですね。

黒澤 最高ですね!そうだから本当にこう…こういうふうにしたい!こういうふうにしよう!と思って、多少の準備はいろいろし始めましたね、がんがきっかけ、それこそがんがきっかけ。

岸田 仕事も変えられて。

黒澤 そうですね。

治療費は数百万円超——「入った時の自分に感謝したい」4つの保険が支えに

岸田 はい、そして次こちら、お金や保険といたしまして、お金…3つのがんの治療。

黒澤 すっごい大変でしたね!まだ…子どもが高校生ぐらいの時は母子家庭だったんで、補助金みたいなのが医療費がタダ(無料)だったりするのがあってちょっと助かったんだけど、途中からやっぱり。

岸田 大学に行かれてって感じですね?

黒澤 そうなっちゃうとそうではなくなっちゃうから、すっごいかかりましたね!

岸田 治療費ざっくりでいいんですけど、治療費どのくらいかかった感じですか?3つのがんをトータルすると。

黒澤 本当に…もう変な話、何百万以上もかかっていると思うんですよね。で、その中で保険がきかない検査みたいなのとか血液の遺伝子検査とかも。

岸田 されたんですか?

黒澤 うん、しましたね。それも何十万とかだったり…したり、いろいろしたし。あとちょうどその頃に陽子線(治療)に頭頸部だけ保険適用になる・ならないみたいな話があって、それで適用になったみたいな。

岸田 ああよかったですね!ならなかったら…。

黒澤 300〜400万ですよね。それでもやっぱり…かかりますからね、放射線とかって。本当に…そうですね。だから…最初本当につらい時は差額ベッド…個室とかにもしてたんだけど、長期になるとね。

岸田 うんうんうん。

黒澤 そんなこと言ってられないから、すごい本当に何百万円以上もかかってますね。

岸田 それらっていうのは、長女さんが高校生の時はシングルマザーの補助金があったってことなんですけれども、大学生になった時からは、それでもやっぱ数百万ぐらいはいくわけじゃないですか?どういうふうにちょっとお金の工夫を?

黒澤 お金の工面は、私…保険にいっぱい入ってたんで。

岸田 そおー!じゃあ、冒頭にお話しいただいた保険だけじゃなくて。

黒澤 他にも入ってたんです!

岸田 そ何個ぐらい入ってたんですか?

黒澤 1・2・3・4つ入ってたんですよ。

岸田 4つ!すごいですね!

黒澤 なんでだろうね〜。

岸田 そういうお仕事されてたとかじゃないですよね?

黒澤 してないしてない!4つ入ってたんですよ。

岸田 ほう!

黒澤 なんか多分…予感してたんですかね。

岸田 ご自身で入ろうと思ったんですか?

黒澤 はい。

岸田 なんかそういう…提案受けるとかじゃなくて?

黒澤 自分で入ってます。だから変な話、1個は…死亡がメインの保険です。

岸田 はいはい。

黒澤 死亡がメインの保険。それは何でか?って言ったら子どもたちのためにちょっと残そうかなと思って入りました。あとは…クレジットカードについている団体生命保険っていうのがあって、それ格安で何千円とか…4千円とかで入れるんですよ。それが医療保険みたいな感じで入ってて、あとはさっきも話したアフラックのがん保険。あともう一個が女性特約的な積み立て?積み立てで何年かごとにお金が降りるみたいな感じの保険があって、それを入ってたんですよね。

岸田 その社名は言ってもいいです?

黒澤 全部?それはね、ひまわり生命、損保ジャパンか、積み立てで女性特有の病気にっていって入ってたんですよ。そう!そうなんですよ!バカみたいに入ってて、なんか回収できましたね(笑)今まで払った分を回収した!みたいな感じで本当に。なんか…やっぱりちゃんと、その時の自分が入った時の自分に感謝したいなと思って。ちゃんとこう…なんだろう、もしがんになったらいくら入りますよっていうのをちゃんと入ってたし。

岸田 すごいですね!それをその当時思って、何歳くらいの時?

黒澤 入ったのですか?入ったのは多分…1個はもう20代とかで入ってますね。あと30代、あと離婚した時に一個入ろうと思って入って。

岸田 すごい!

黒澤 びっくりでしたね。

岸田 自分が何かあった時のために。

黒澤 ためにと思って。

岸田 子どもたちもいるし。過去の自分に。

黒澤 感謝ですね、それこそ。

岸田 なので治療費は。

黒澤 保険で賄えて。

民間療法を試し尽くして気づいた「心の持ち方」

岸田 そしてその後、工夫したことなんですけれども、治療中もしくは治療後でもいいんですけど、こういったものを工夫したなっていうのありますか?

黒澤 工夫したこと?なんだ工夫したことって…例えば?

岸田 サプリメントの…食事療法のちょっと件を。

黒澤 ああ〜!最初やっぱりがんになった時って、なんでがんになるんだろう?ってすごい書籍とか読んでいろんな方の、標準治療はしない方がいいよとかこういう治療をした方がいいよとか糖分を控えようとかいろんな本を読んで。その中からチョイスしたのがやっぱり糖分を控えることと、あと体を温める・冷やさないっていうのでホットヨガに通ったり本当に気をつけてましたね。肉も食べないようにしたり。

岸田 おっ!肉食べない!出た!!

黒澤 出た!でしょ!?(笑)やってたんだけど、あと…ビタミン剤を大量に摂るといいみたいな。

岸田 大体やってますね〜じゃあ。

黒澤 お茶とかね、全部やりましたね。やって絶対もうがんにはならないぞ!とか決めてたら次の年になったじゃないですか?あっこれ意味ないじゃんっていって、パーって。あっあれもやりました!ビタミン…。

岸田 C療法?

黒澤 そう!やった、肌がすごいきれいになって(笑)そう…あれはちょっと肌がきれいになるからよかったんですけどね。

岸田 がん的にはね。

黒澤 そう…けどもう本当にこれって…意味ないっていうより、それよりはもう自分の心の持ち方じゃないかな?と思って。もう楽しく好きなものを好きな感じで生きていくっていうふうになりましたね。

岸田 そっか〜やっぱりそういうさまざまな民間療法をしようと思ったのは、自分で見てこれいいなと思ってやっていったんですね?

黒澤 そうですね、ネットで調べたあと書籍買ったりして書籍行ったり、あと食事療法については団体さんみたいなの?肉食べないとかいうところに行って話を聞いたりはしてきましたね。

岸田 すごい!ただそれの翌年にがんがあって、それはちょっと違うんじゃないかなって思われた?

黒澤 そう!ストイックにしすぎるのは違うのかな〜と思って。それよりも自分が心地よく。そう!なんかすごいその時もやっぱりこう、先のことを…先のことっていうかな、なんだろうな、いつ自分の時間がいつ終わるか分かんない。それだったらその中で楽しいことができた方がいいんじゃないかな?って思ったって感じですね。

「物の見方は180度変わった」——枠に収まる生き方をやめて

岸田 本当ね、その自分のね、心の持ちようっていったところっていう話になってきたので、ちょうどね、がんになる前と後で変わったことっていったところで、なる前に思ってたこと・なった後どう思ったか、どのように変わりましたでしょうか?

黒澤 がんになる前は…なんか…普通に働いて普通に過ごす。なんだろう何もなくこう…普通に過ごすのが幸せっていうか、家族を守れればいいなぁみたいな感じで思ってたりしてたんだけど、がんになった後って本当に…まず自分が変わったのは、子どもの接し方とか、あと…働くこととかっていうことの違いとか、あとこう…ものとか、ものの見方とか、自分がどうあればいいかっていうのをすごい。なんか今までは結構型にはまったじゃないけどカッチカッチに物事を見て、いい人じゃなきゃいけないとか会社の中にいてもちゃんと仕事をして組織の中でいい人というか、そういう人じゃなきゃいけないってすごいそれに…もう。その枠からの中で収まろう収まろうってずっとしてた。けどなんか…そうじゃなくてもいいのかな〜とか、もっと自分らしくていいのかな〜とか思ったり、そう、その辺を思いましたね。あとなんか…がんになる前にはやっぱりこう感謝とかはなかった!

岸田 へえ〜!

黒澤 そんなにこう…なんか当たり前じゃんみたいな。親に対してもなんか当たり前みたいな感じがあった、確かにね、やってもらって当たり前みたいなことがあったけど、なんかそういうのも違うし、当たり前のことが当たり前じゃないんだなっていうのは分かりましたね。

岸田 そういうね、気づきっていったところがあって、それががんになる前と後で変わったこと。

黒澤 物の見方は180度変わりましたね。

「ちゃんと未来はある。やりたいようにやって大丈夫」——死しか考えられなかった自分へ

岸田 ありがとうございます。その次こちら、あの時の自分へということで、告知の時でもいいですし治療の時でもいいので、その時に言葉を投げかけるとしたらどういった言葉を投げかけますでしょうか?

黒澤 はい、がんになって私多分本当に…死のことしか考えなかった。どうなるか分からないし、今までとも同じ生活はできないって本気で思ってたから。けど…そうじゃなくて、ちゃんと未来はあるし自分のやりたいようにやって大丈夫だよってことを伝えたい。そんなに落ち込まなくても、そうだね。あと気にしなくてもいいってことかな〜。

岸田 その気にするっていうのは。

黒澤 治療とかね、がんになったこと…。私お、友達に病気を武器にしないで!って言われたんですよ。結構仲よくしてるお友達に言われちゃって、すっごいショックを受けたんですよ!

岸田 病気を武器にしないで…ほう。

黒澤 それはなんで言われたかっていうと、私が病気ってことを何かで言った時に、え〜!大変だったねとか同情じゃないけど話してたとこに全部私に視線が来たんですよね、みんなでしゃべってた時に。多分彼女にはそれがすごい…耐えられなかったのかもしれなくて。だからそういう感じの言葉を言われちゃったんですよね。武器にしてるつもりなんかはまるでないじゃないですか?

岸田 へこみますよね〜。

黒澤 すっごいへこんで…もう距離を取るしかなく、彼女との距離を取る。で、本当はその時も言いたかった気持ちもあるんだけど、そんなつもりもないけど、うーん…それを言われた時がすごくショックだったんで。けどね、そんなこと思ってる人ってね、そんなふうに思わなくてもいいんだよってことを本当に、そこでこう…そこまで落ち込まなくても。

岸田 全然もう気にしなくていいよ。

黒澤 そうそう、はたから見たらそういうふうに思う方もいらっしゃるっていうのも、今となれば理解…。彼女の立場になればちょっと理解ができ…るようになった。

岸田 本当ですか!?もう全然理解できないですけどね!もう…すぐLINE削除していいと思いますけどね!(笑)

黒澤 本っ当に距離取った。本当にその時まだ治療してた時だから、そう、やっぱりそういう感じに感じる人もいるんだな〜って。

岸田 いろんな人いますからね〜。ただ、それで言われても気にしすぎるなら。

黒澤 そう、気にしなくてもいいんだよ〜ってこと、その時は落ち込みますけどね、そんなこと言われたらね。だからそれがやっぱり何年経っても忘れられなくて。

母と娘の役割を終えて——父が残した家を「みんなが集まれるカフェ」に

岸田 もう気にしすぎない!そんな中でちょっと次こちら、今後大切にしたいことをお願いできたらと思います。

黒澤 今後大切にしたいことは、子どもたちも成長して私も一人で、一人で生活するようになっちゃったんですよね。それなんで、もう…母という役割が終わりました。母と父もね、他界したんで娘という役割も終わりました。今はパートナーもいないので、そういう…いないんですよ!

岸田 そうなん!?えっ!?今さっきパートナーの話したからちょっとなんかそういう…今もいる…。

黒澤 いないんですよね〜!いないんですよね〜!そうそう。そういうふうになると本当に自分を見つめる、今回こうやって出るってことも自分の見つめることなんで、自分を見つめ直した時に、何がやりたいか?どういうことが楽しいことかな?とかいろいろ考えました。そこで私は今まで生活に追われ仕事に追われ時間に追われてました。その中でも何がしたいか?ってことをいろいろやったら、やっぱり自分の経験を伝えたいっていうのはまずあります。いろんなねシングルマザーで病気になったらどうしようか?って、本当に最悪な状況だと思うんですよ。けど…それの中でも何年かしたらなんとか立ち上がって生きていけるよっていうことも伝えたいっていうのもあり。父が残してくれた家があるので、そこにみんなが集まれる場所を作りたいって感じました。で、そのコミュニティとかだけだと気軽に…一人の人が気軽に集まれないと思ったんですよ。で、イベントがあれば来てくれるかもしれないけど、あの…ね何もないと気軽に来てねって言っても遊びに行けないじゃないですか?お友達の家に、何もなく。けどもしそこを…例えばカフェ、カフェとかにしたら気軽に来れるんじゃないかな?と思ったんで、ちょっとこう改造して、そこまで改造じゃないんだけど…して、集まれる場所を作りたいっていうことですね。

岸田 そういう目的でカフェなんですね〜!

黒澤 そうなんですよ。そう!なんか…なんだろうな、本当はね、いろんな年代の人が来てもらうと楽しいと思うんだけど、けどなんかだんだん私ぐらいの年代になって子育ても終わったり、そういう人たちでやることがなかったり行く場所がなかったり。あと…本当にもっとすごい話をしたい、一人でね、老人の方高齢者でね、独居老人っていうんですか?多分この先の時代ってそうなる方って多いと思うんですよね。そういう人たちでも誰でも気軽に、空いてれば集まれるんじゃないかな?って思って。

岸田 そういう…サードプレイス的な場所を、ご自宅に改装してカフェに?

黒澤 しようかなと思ってますね。

「体の声を聞き、心の荷をAIに下ろして」——黒澤さんからのメッセージ

岸田 じゃあぜひね!できたらまた教えてもらえたらと思いますのでよろしくお願いします。

そんな中でですね、メッセージといった形で黒澤さんに視聴者の皆さんへのメッセージをいただいております。こちらになります。

黒澤 『体の声を聞き、心の荷をAIに下ろして』。これは何でか?っていうと、自分の体って絶対正直だと思うんですよね。何か異変があって自分でおかしいな?と思った時には、ちょっと病院に行ったりちょっと自分の体に気をつけていただければと思います。あと…今やっぱり私もなかなか人に相談できないタイプの人間なので、今代表的に言うとChatGPTやGeminiとかっていろいろ相談するにはとってもいい場所だと思うんですよね。で、AIに結構こう…自分の気持ちとか、例えば…もしがんになっちゃってつらいよってこととか、こういうがんってどうなんだよって言うと、ほとんどちゃんとした回答をいただけるし、あと自分の嫌だった悩みっていうのもAIが寄り添ってくれると思うので、皆さんよかったらそういうのを活用していただければと思います!

岸田 はい、ありがとうございます!AIっていうね〜!そっか〜AIにも結構相談してるんですか?

黒澤 AIに相談しますよ!ちょっともう…本当にブラックな部分。なんかこう…人には言えなくてもブラックな感情を持つ時ってあるじゃないですか?そういう時に最初に、ちょっとグレーまでAIにしてもらいます(笑)そうそう(笑)なんかね、例えば感情を抑えきれず、例えば身内とかが多いと思うんですけどね、なんかこう言いたくなる時ってあるじゃないですか?けど一度相談してみる。あともう…AIのいいところは、自分に寄り添ってくれるじゃないですか?絶対自分の味方なんで、はいちょっとそこで壁打ちしてしてからでもいいと思うんですよね。ぜひ利用していただければと思います!

岸田 そうなんだね〜分かるよ〜みたいな形でね。

黒澤 そうそうそうそう!

岸田 言ってもらえるからね〜。

黒澤 うんうん、それすごいいいと思います。で、なんか情報も結構やっぱりこう、いろんなサイトから拾ってくれるじゃないですか?

岸田 そうですね、なんかそういったところでもAIにもこう頼って。

黒澤 頼って!はい。

岸田 という言葉ですね。

黒澤 はい。

岸田 といった中でですね、はい、がんノート、今までお話聞いてきましたけれども、黒澤さんいかがでしたか?

黒澤 いや…何だろう。

岸田 言いたい全部伝えれました?

黒澤 はい!大丈夫です

岸田 いやーどうでしたか?

黒澤 なんかやっぱり本当に私…一人だったから、ドラマで…がんの告知みたいな状況じゃなかったじゃないですか?全部一人で受け止めて一人でどうにかしなきゃいけない状況。

岸田 そっか〜。

黒澤 そこが本当につらかったし、あとこう…病院とか一人で、パートナーがいても頼りにならないっていうか(笑)頼りにならないというかね、本当に病院によってはパートナーがいたって身内じゃなきゃダメだよって言われちゃう。そんな中でいろんな苦労をしたかな〜って思いました。そこをちょっと皆さんに。

岸田 そうですよね〜。そうやって苦労されている方多分たくさんいらっしゃると思うんですよね〜。

黒澤 いると思う!

岸田 その方たちに対しては、黒澤さんとしてはどうアドバイスするというかありますか?

黒澤 はい、そうですね。やっぱりこう一人で考えちゃったり。一人こう…病院とかって結局こう…ね、なんか大きい病院で大きい病気する時って一人で待ってる人ってほとんど…いないんですよね。誰かしら付き添いがいてっていう状態の中一人ってすごいつらいと思うので、ちゃんとこう…パートナーの人に話してみたり、先生にももしね、一緒に住んでて家族なりの付き合いをしている、何か内縁関係があるって言うんだったら、ちゃんと先生にお話ししてもらえればなんかそういうのだったら結構認めてもらえたりもすると思うので、なるべく一人にならない方がいいと思います。

岸田 がん相談支援センターみたいなところもあったりとかしますので、そういったところにも相談できる場所っていうのは本当さまざまありますので、そういったものも活用してもらえたらなということも思います。といった中でね、がんノート終わっていきたいなということを思います!皆さんまた次の動画でお会いしましょう!それでは皆さん、バイバーイ!

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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