目次

※各セクションの「動画」をクリックすると、その箇所からYouTubeで見ることができます。

インタビュアー:岸田 / ゲスト:中村

「天才ナカムラスペシャル」——役者から絵描き、そして演出へ。芸名に込めた表現の軌跡

岸田 それでは、がんノートをスタートしていきたいと思います!今日のゲストは中村さんです!

中村 よろしくお願いいたします、中村と申します!

岸田 中村さんです。中村さん、『天才ナカムラスペシャル』という。

中村 クレジットを入れていただきありがとうございます!実は私は、天才ナカムラスペシャルです!これ何だろう?と思うかもしれませんけど、これ名前なんです私の、天才ナカムラ中村スペシャルっていうのが。言ってみれば芸名みたいなもので。僕はもともと役者をやっておりまして、ずっと長いこと役者をやっていたんですが、ある時役者活動をやりながら独学で絵を描き始めましてですね、絵を描く時のアーティストネームとして天才ナカムラスペシャルっていう名前をある時から名乗るようになりまして。その後また役者活動をやるようになったんですけれども、その後はずっとこの天才ナカムラスペシャルというちょっともうふざけた名前でこれで役者をやったり絵を描いたり舞台の演出したり、そういった活動をしております。よろしくお願いいたします!すいません!変な名前で。

岸田 いえいえ。アーティストのところから来てるんですね?

中村 はい。

岸田 そんな中村さんなんですけれどもね、変な名前とかは全然…そんなこと思ってても言えないので全然大丈夫です(笑)

中村 もうね〜この名前がもうね、ある程度ね、定着しちゃってる部分もあるんでもう変えるに変えられなくてね。

岸田 いやいや!全然いいと思います。

中村 本当にすみません。

岸田 そして中村さんは東京のご出身で、東京の在住で57歳、家族がなしと。

中村 家族がね!これがまた悲しい話でね…、あんまりこれ…詳しく言えないんだけど数年前に嫁さんが家出て行っちゃって…。で、他に頼れる親戚兄弟もいなくて、つい先日…1年前かな?母が亡くなって、もう頼れる身内もいなくて今…本当に一人なんで、嫁募集してます!誰か来てくださーいって感じです!

岸田 ありがとうございます、めちゃくちゃ詳しくいただいてありがとうございます。そしてお仕事が先ほどのありました、俳優・アーティスト・演出家をされているということでこれもまた後でお伺いします。趣味が読書!読書なんですけど、おすすめの本とか何かありますか?

中村 僕ね、わりとね、今売れてるベストセラーとかというよりもわりとちょっと古い日本の文学が好きで、それこそ江戸川乱歩とか坂口安吾とか芥川(龍之介)も好きだし太宰治とか、あの辺の日本文学がわりと好きで好んで読んだりしていますかね。

岸田 そうなんですね。そんな中村さんなんですけど下咽頭がんのステージが4。

中村 はい。

岸田 そして告知が52歳の時、今から5年ぐらい(前)?

中村 そうですね、今57歳だからそうですね、5年前になります。

妻の家出から4度の手術まで——声を失いかけた中村さんの5年間

岸田 で、治療は手術をされていて、経過観察中という形です。中村さんもね、さまざまな闘病のご経験がありますので、それをね、またお伺いをしていこうと思うんですけれども。このがんノートですね、この個人の経験談をお伺いをしていきますので、いろんなさまざまな治療が出てきますけど特定の治療を推奨しているわけではなく、まあ詳細はね、皆さんの主治医の方に聞いてもらえたらと思っております。こちら経過や感情の浮き沈みなどグラフで表しておりますので、こちらを参照にしてもらえたらと思います。といったところで、こちら!中村さんのですね、グラフを書かせていただいたんですけど結構…。

中村 うん!なんか波が激しいですね、結構ね。

岸田 激しい感じでね、いろいろありますよね。そんな波が激しいんですけどちょっと、一個だけ(冒頭から)気になったんで聞いてもいいですか?

中村 何でしょう?

岸田 中村さんあの…キティちゃん(の服)で今日来ていただいて?

中村 あのー…もうね!還暦近いおじさんがね!いいんでしょうか?こんな…あのキティちゃん。僕ね、キティちゃんっていうよりね、なんかちょっと全然関係ない話だけど『富江』っていう漫画が今ちょっとマイブーム来てて、『富江』伊藤潤二さんの(漫画)で、これね、『富江』と『キティちゃん』のコラボTシャツっていうのがね、限定で売っててね、今日せっかくこの配信番組出るから!っていうんで一張羅で来たわけですよ!

岸田 おー!そうなんですね。わざわざありがとうございます!

中村 すいませんこんな!

岸田 いやいやいやすごくあの…キティちゃんめちゃくちゃいるな!と思って、ちょっと気になった。

中村 そういうことです。

岸田 中村さんのペイシェンドジャーニー、一つ目お伺いしていきます。それが一つ目はこちら!妻が出ていくという…。

中村 いきなりもうすごいとこから始まりましたね。

岸田 これが先ほどおっしゃっていただいたね。

中村 ちょっとあんまり相手もいることだから詳しくは言いませんけども、まあ…嫁さんと2人暮らしだったんだけども出て行っちゃって。

岸田 ちょっとそれですごく下がってる。

中村 という時に。

岸田 という時にこちら、喉の違和感で耳鼻科へ。どんな喉の痛みだったの?

中村 本当に最初はちょっとした違和感、痰(たん)が絡むというか喉に痰(たん)が絡んで膜が張ってるみたいな状態がちょっと続いて、本当に軽い気持ちで家の近くの耳鼻咽喉科に行きました。

岸田 そこではどういう診断だったんですか?

中村 そしたらもうすぐに紹介状書いてくれて、ここの大学病院へ行けと言われて行きましたね。

岸田 大学病院に。そっかこの時なんかあれですか?咳とかするとかっていうよりは(喉が)ゴロゴロする?

中村 そうですね、喉にちょっとなんか違和感があるなぐらいな、本当に軽い気持ちで行ったら…まさか。

ステージ3、「声帯も全摘」の告知——「ステージは4がMAX」を知らなかった

岸田 で、大学病院に行けと言われて、そして大学病院に行きます。そしたらがん告知までということで、これはもう?

中村 ここでね、ステージ3の下咽頭がんだと。いろいろ治療法を説明されたんだけれども、喉を全摘出しないと助からないと言われて、全摘出だから当然声も失うことになりますよ、声帯も含めて全部取っちゃわないとダメだという告知をされて。なんかもう本当にもう…なんか実感がなくて、何を言っているんだこの人は?みたいな感じで、言われた当時はもうボーッとなっちゃって。本当にこれが我が身に起きていることなのか?という、信じられませんでした…本当に。

岸田 下咽頭がんだと、できる場所にもよるけど声帯も取らないといけない?

中村 ダメだと言われましたね。いろいろ抗がん剤だとか化学療法だとあるけども、一番いいのは全部取っちゃうことだと。

岸田 じゃあそれぐらい広がっていたというか?

中村 本当にね、下咽頭がんってないんですよ、自覚症状が。ちょっとした違和感があって耳鼻科に行こうかな?ぐらいの時には、もうそこまでひどくなっていたっていう。本当にびっくりしました。

岸田 ステージ3ってことはどこかにも?

中村 それは後ほど分かるんだけども、その当時は特に転移とかは言われずステージ3。僕もね、全然そのがんに対して知識がなかったから、ステージ3って言われて、ステージ4・5・6・7・8・9・10、10ぐらいまであるうちの3段階かな?と思って、大したことないんだろうな〜と思ったら、ステージって4がMAXって聞いて。それぐらいそのがんに知識も何もなくて。

岸田 じゃあ(ステージ)3…ちょっとやばいんじゃないか?

中村 (ステージ)3ってやばいんだ!と思って、本当に、うん。

セカンドオピニオンで「ステージ4」——一度は声を失う覚悟を決めた

岸田 そこで告知を受けられていきますけれども、だからね、そんな中で次こちら、セカンドオピニオンに行かれるんですよね?

中村 さすがにその喉全摘出って、だってその当時はステージ3って言われても普通にしゃべれてるんですよ、声出てるんですよ。なんでこれで喉…声全部取っちゃわなきゃいけないんだ!?と思って、さすがにそりゃねえだろう!と思って別の大学病院にセカンドオピニオンという形で行ったんですよ。もっといい話が聞けるかな?と思ったら、なんとステージ3じゃないですステージ4ですって言われて。というのは、その喉だけじゃなくてリンパにも転移していると、ステージ4だと。その治療法としては全く同じこと言われまして、いろいろ治療法あるけども喉を全部全摘出、声帯も含めて取っちゃうのが一番最善の方法である…と。で、もうさすがにそこでもうがく然として。でも、もうその2つの大学病院で同じこと言われたから、これはもう覚悟するしかない!ともう命には変えられないと、で喉を全摘出する、要するに声帯も失ってしまう覚悟を決めたんですよ。一度決めたんですよ。で、いろんなその普通の、その普段生活している状況でこういう時も声が出ないんだなあというか、いろんなところを想像しながら、まあ今後はこういう生活になるんだ、声でないんだみたいなことをずっと想像しながら喉の全摘出手術に向けて、まぁちょっと頑張ろうと思っていたんだけれども。でもやっぱりさすがに…やっぱり嫌だなあっていう思いがどっかにあって。

で、だんだん日が経つにつれて、やっぱり全部取っちゃうのは嫌だ!声は失いたくない!という思いが日に日にやっぱり出てきちゃうんですよ。で、もう…これもうダメ元で、最後の最後にもう時間的猶予もないし、最後にダメ元でサードオピニオンで築地にある某大きながん専門の病院に行ったわけですよ。ここでまた同じこと言われたらもうしょうがないと。で、行きました。

岸田 それがこちらですね?サードオピニオンへというところで。これが結構(気持ちが)上がっているっていうことは、中村さんにとってのいい出来事だった?

中村 そうです。そこで本当にたまたまその病院の頭頸部外科の一番偉い先生が診てくださって、もちろんその2つの病院で言われた通りだと、あなたの喉を全部取っちゃうのが一番それは最善の方法であるけれども、あなたがこうやってサードオピニオンまで来てね、そこまでして声を残したいというのであれば何とかしましょう!とその先生が言ってくださって。ちょうどあなたの運がいいことに、年末に1個手術の枠が空いたと、キャンセルが入ったので、年末に手術できるから何とかしましょう!みたいに言ってくださって。ただもちろんその…、結構それは無理やりなやり方なんですよ。もちろん全部取っちゃうのがいいところを声帯だけ残してっていう手術は非常に強引な手術で、だからもちろんそれは再発のリスクも高いし、声を残せても例えば飲食とかそういうものに支障が出たりする可能性はあるみたいなことは言われましたし。もちろんその時にちょっと舞台で役者やってるみたいな話もしたんだけども、声が出るようになっても今までみたいな長ゼリフを言えるかはどうかは保証できないみたいなことも言われたし。だけども僕はその先生に、いやお願いします!って言ってそこで手術を受けることにしました。

喉を腸で再建する12時間の手術——「首から腸が出ていた」ICUの日々

岸田 そうなんですね。で、その手術っていうのはこちら、頸部を切除されていくのと腸移植って書いてあるんですけど?

中村 そうなんですよ。だから要するに、まずその喉の声帯だけ残して、腫瘍がある喉をざっくり取って、このリンパにも転移してたんでリンパも切って。その喉をざっくり取っちゃったわけだから何もなくなっちゃうので、そこに自分の腸を切って腸を移植して喉を再建するという、本当になんか…すごいな医学って!って思ったんですけど。その12時間の大手術をしまして、しばらくICUで過ごしましたね。

岸田 ほお〜すごい手術ですね!

中村 すごいですよね!!腸を…我ながら腸を移植するってどういうこと!?

岸田 どういうこと!?腸でも大腸なんですか?小腸ですか?

中村 どっちだったかな小腸だったかな…?ずーっとICUにいるんですけれども、移植した腸がうまく適合しない場合とかがあるらしいんですよ、腐っちゃって。っていうんで、手術してしばらくはここからね腸がビローンって外に出てて。

岸田 えっ!?

中村 先生が定期的に見に行くんですよ、大丈夫ですね元気ですね!イキがいいですねって。

岸田 (笑)

中村 本当にね。最終的にもう大丈夫だって言うと、チョキンって切っちゃうんだけれども、それまでは首から腸が出てて。僕はもちろんICUにいるから寝たきりで自分では見れないんだけれども、先生が鏡持ってきて見ますか?とか言うんですよ。絶対見たくない!見たくない!って言ってそれ見なかったけども、もうしばらくなんか腸がねこっから出てたりそんな状態で。だから僕は今腸でしゃべったり物食ったりしてるんですよ。

岸田 へー!!

中村 なんかね、すごい話ですね。

退院後に描いた一枚——筆談で泣いた、ICUの看護師さんへ

岸田 すごい!じゃあ適合はしたんですね?腸がね。そんな手術、大手術した後ですね、ちょっとまた上がっていますがそれがこちら、あっ退院できたと。どれぐらい入院してたんですか?

中村 1ヶ月にもなんないけど1ヶ月近くで、ちょうどね、年末からお正月にかけて年越しで年をまたいで入院してて。で、とにかくね、ICUに1週間か2週間ぐらいいたんだけど、もうその時は本当にきつくて!で、やっと一般病棟に戻れてからは、本当にね、もう…なんていうかもう上がりましたよ!

岸田 退院してね。まず何か初めにやったこととかあるんですか?

中村 退院して、僕絵を描いててね、ちょっと今日持ってきたんだけれども。本当にね、ICUがね、死ぬほどきつかったんだけれども、僕これ1月に退院して2021年、絵の中にこんなにでっかく日付書くのも普通にないんだけど、2021年1月15日って書いてあるんですけど、これ僕がね、このICUにいた時にね、一番優しくしてくれたね、看護師さんでね。本当にもうきつくてね!あの…もう、やったらもう物投げつけたりとかするぐらいもう僕もちょっともうおかしくなっちゃってて。でもいろんな看護師さんいるんだけれども、ある優しい看護師さんがいて、年齢で言ったら僕よりも20も30も下の、もう20代の若い看護師さんなんだけども、その看護師さんの前でもうこの50代のおじさんが僕涙流してボロボロボロボロ泣いちゃって。で、当時声も出なかったから全部筆談なんだけども、看護師さんってその日によって違うから僕は筆談で毎日、まずあなたお名前なんて言うんですか?って言ったら、私何々です、毎日何々さんがいいです、あなたがいいですって僕は筆談で書いてみせたら、非常に冷静な方でそう言われてもシフトがあるんでって言われて。だけどもう本当にそれぐらい優しい方で、あの退院してちょっとすぐ直後その方をイメージして書いたんですけども、そんなことがあって。

岸田 すごく支えられた?

中村 支えられたんです。一般病棟に移ってからね、この方がね、一般病棟に面会に来てくれたんですよ。

岸田 へぇ〜!

中村 で、そのICUにいた時はちょっと僕もう…いっぱいいっぱいでこう涙流して泣いちゃってっていうのが、ちょっとやっぱり一般病棟に戻ったら冷静になってそんな状態で会ったら妙にこっ恥ずかしくて。で、向こうはすごい中村さん〜!みたいに来てくれたんだけど、こっちはなんか妙にそっけない態度になっちゃって、ああ…その節はお世話になりました…みたいな、そんな感じになっちゃいました。あともう一個書いたこれ、これも自画像の『自画』が、字がアイデンティティの『自我』になってますが、ちょっとこれ誇張して書きましたけども。こんな感じだったんですよ、首が傷だらけで…なんかそれをね、絵に残しておきたくてね、なんかね書きましたね、なぜかこんな絵を。

岸田 後ろはキリンさんですか?

中村 これはね…あの、いやこれは、あの…なんかね本当にね、全身麻酔から覚めた後にちょっと変な夢を見てね。夢に出てきたんですよ、なんかこんなのが、そうそうそう。

岸田 そうなんですね!夢に出てきたキャラクター。

中村 そういうキャラクターです、はい。

岸田 そういう絵も描かれていてというふうな形で。その中で下がっていくのが、一人の生活が不安だと。

中村 本当に…家族がいないというのは非常に不安で、家族の支えがない。もちろん友達とかが助けてはくれたけれども、やっぱり一人で家に帰って、やっぱりまだ飲食とかがうまくいかなくて、物を食っててもうまく飲み込めなかったりむせてブワーッと吐き出しちゃったりとかすることがたびたびあって。夜一人で寝てる時にも、いつ呼吸が止まるんじゃないか?呼吸がすごく前より苦しくなって、首をこう常にこうギューって締められてるような苦痛があって。なんかそんな状態で一人で寝起きしている時間が非常につらくて、なんかちょっともう本当に気持ち的には落ち込んでましたね。

再発、再々発、再々再発——「入院が遠足みたいに楽しみ」になっていた

岸田 そうですよね。その生活が不安な中、そんな中少し上がってきますそれが…え?上がってんの再発で?えっ!?再手術されていくって。

中村 えーと、再発手術これなんで上がったんでしょうね、上がったというか。

岸田 プラスマイナスゼロ。

中村 プラスマイナスゼロって意味かな。まあ…再発したんですよ、案の定先生から再発のリスクはあるだろうなって言われて。だけどわりと早い段階で見つかったんで、この時は本当にもう数時間の短い手術で済みました。

岸田 だから再発自体はよくないことですけど、早く見つかって。

中村 そうですね、そうそう。

岸田 比較的…そんなに(気持ちが)低くいかなくて済んだと?

中村 あれですね実際そのなんだろう…家で一人でいるよりも、むしろ病院に入院してた方がいっぱい人もいるし、なんかちょっと気持ち的に前向きになれるみたいなところもあったんですかね…うん。

岸田 そういうこともあって。

中村 そうそうそう。

岸田 再発ね、だからそれで手術して、またこれは。

中村 これはね、なんか口からの手術で喉の同じところにできたんですけども。

岸田 取っていってということですね。その後次はこちら、再々発の手術していくと。

中村 そうですねだから…退院した年の4月が再発で、そのまた6ヶ月後、10月に再々発。で、この時も早く見つかったので、こんなに早いペースで3回も再発するのかというショックはあったけれども、早い段階で見つかってなんとかそれで無事に手術は終わりました。

岸田 再発ちょっと聞きたいんですけど、腸を移植されてますよね?腸のところに腸を移植したところにできるってことなんですか?

中村 いや…あのね、じゃなくて、その…なんだろう、がんをわりと…その最初のがんが大きかったんで、ざっくり取ったんだけれども、取ったこの周りの裾野のところがまだちょっと取り切れていないところがあって、そこががん化したみたいな説明を聞きました。

岸田 そうなんですね。じゃあ腸のところは無事?

中村 …だと思いますよ。

トークイベントが転機——「もっとしゃべれ」と声を残された意味

岸田 そっか…それで再々発になって、まだすぐ治療できているところでそこまで(落ち込まずに)ということで。そこからちょっと上がっていきますが、トークイベント!

中村 トークイベント、これがですね、いろいろお世話になっている方に皆さんに僕がんになったみたいなご連絡をしたんですけれども、そんな中でちょっと僕のある先輩の役者さんが僕に連絡をくださって、『コント赤信号』の小宮(孝泰)さんという方、今役者をやっている方なんですけど、昔からお世話になっている先輩なんですけどご連絡をくださって。小宮さん自身が奥様を乳がんで亡くされていて、で、そんなこともあって今度2人でがん関係のトークイベントをやらないか?って誘ってくださって、誘われて小宮さんと2人でトークイベントをやったんですよ。小宮さんっていうのもお笑い出身の方ですから、そんな深刻な話はしないで面白おかしく、僕もその入院中の面白いエピソード、入院中って本当にね、今だから言える面白いエピソードっていうのは本当に山ほどあって、ちょっとここでは話せないようなことも(笑)先生がもし聞いてたら怒られちゃうような面白いエピソードがいろいろあって、そんな話を面白おかしくトークイベントとしてやりました。

岸田 そんなトークイベントを実施されて登壇されて、その後にも朗読ユニットで公演される?

中村 それでなんでしょう、火がついたというか、そのイベントに誘われたことがきっかけで…朗読、要するに僕声を本来声帯も含めて取っちゃうはずだったのが、今こうして舞台に立てているのは、きっとこれは神様がもっともっとしゃべれということで声を残してくれたんだなということに、そのイベントをやって気づきまして。だったらもっと声を使う何か表現ができないか?と思って、で、朗読公演をやり始めましたね。

岸田 朗読もね〜!で、公演をやり始めてそんな中、また再々再発!

中村 これがね!そうです、これがだから…3年ぶりかな、だからその前回の再々発からそうです、その2年か3年何もなかったんですよ。で、このまんまもう大丈夫だなと思ってて、5年でだいたい寛解と言われてるんで、もうあと数年だなと思ってたところでまた数年ぶりに再発が見つかってしまって。そのもうあと何年かっていうのがこれここでまたリセットされちゃって、ここから5年か〜とかいうちょっと落ち込んでしまったんですけども。それも幸い早い段階で見つかってそれも簡単な手術で取れたんですけども、まさかね、これでもう再発はしないだろう!と思ってたところでまた再発してしまいました。

岸田 やっぱりこの3回目の再々再発になった時は、気持ち的にはこうこの後も言ってくださるんですけど、やっぱり揺らぎというかそういうのがありました?

中村 そう…ですね、うーん…なんか、うん、まだ再発しちゃうのか〜みたいなちょっとショックはあったけれども、ただもうこの頃はわりと…なんだろう、がんに対して向き合う覚悟というのが前よりもできていたので、なんだろう、なんかそういう意味ではショックはショックなんだけれども、ちょっと気持ち的には…前よりは楽だったというか。意外とね、このね、3回4回も入院してると、入院がね、楽しくなってきちゃう部分とかもあったりして、なんかね、もう同じ病院にもうね、4回も入院してるとそこがもうね、勝手知ったる我が家、懐かしいようななんか実家に戻ってきたみたいな懐かしさがあったりして。本当にね、そのね、おかしなもんで、その入院する前の日とか荷造りしてんだけども、なんか遠足に行く前の晩みたいななんかそんなテンションで荷造りして。なんかね、なんか…ちょっと変な感覚なんだけども、そんななんか楽しみもあったりして。なんかその頃は、だからそういうふうに現状をちゃんと受け入れてそれを楽しむなんかそんな余裕も出てきていたのかな〜なんて思ったりします。

岸田 ホームみたいなね?形で。

中村 そうそうそうそう。

岸田 そんな中でロボット手術などで、今までの手術とは違う?

中村 この数年間の間に技術が進歩したらしくて、ロボット手術ですって言われて。なんかよく分かんないですけど、先生がこっちで手を動かすとロボットが勝手に手術してくれるみたいで、なんかそんな感じで。

岸田 その後ちょっと下がっているんですよね、それがこちら。お母様です。

中村 これがね!本当にいまだに引きずっている部分もあるんだけども、去年1年前に母が亡くなって。家は普通に嫁さんと2人だったんだけど、その嫁さんが出ていって、1人で唯一の肉親である母はずっと老人ホームに入っていて、その老人ホームに入っていた母が亡くなってしまった…っていうので、ちょっとね、かなり落ち込みましたね。

岸田 そうなんですね……。そういったね、唯一の肉親というか?

中村 そうです、唯一の肉親ですね、本当に。

岸田 そこからね、(気持ちが)上がるのはこちら。

中村 やっぱりね、その朗読の公演がなんだかんだで自分の今大きな支えになっていて、で、そのちょうど母が亡くなった年に第10回目の公演があったわけですよ、朗読の。これが本当まさかね、10回も続くと思ってなくて朗読公演が。最初のうちはその…がんになって声を失いかけたことがきっかけで始めた公演で、最初は本当それこそ知り合いが…中村ががんになって声を失いかけたけどまた戻ってきたからちょっと見に行くかみたいな感じで見に来てくれたり。逆になんかあいつがんでもう今見とかないと死ぬぞみたいな感じで見に来てくれたりとか、そんな感じでいろいろ見に来てくれたんだけれども、それが徐々にその…なんだろう、結構その…がんのネタで引っ張ってたみたいなところもあったんだけども、それがなんか最近はその…わりとそんなこと抜きで、作品自体が評価されるようになって。ちょっとその、変な変わった朗読劇をやってるもんでそういうのが評価されて、この第10回目の公演もおかげさまで満席となって大好評のうちに終わり。

岸田 そして今が次の…。

中村 次の公演が早速、告知をしていいですか?

岸田 はい、どうぞ!

中村 私はこの『犬儒(けんじゅ)派リーディングアクト』という朗読ユニットを主催しておりまして、で、2月の6日から9日までアトリエ三軒茶屋で『プロセルピナ』というこのね、不思議なちょっと朗読劇をやります。これがですね、原作が一応江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』、それからエドガー・アラン・ポーの『アッシャー家の崩壊』、それから『黒猫』っていうそんな小説を一応原作にはしておりますが、かなり脚色をしてですね、これがまたちょっと変な不思議なまか不思議な朗読劇をやっております。出演がこれがですよ、小劇場界では名だたる宇鉄菊三さん、北澤小枝子さん、愛弓さん、それから先ほどもお話ししましたコント赤信号の小宮孝泰さんというこのね、5人のメンバーでお送りしますのでよろしければぜひ!ご来場ください。『犬儒派リーディングアクト』で検索していただけますと予約フォームが出てくると思いますので、ぜひご予約の上ご来場いただけると大変嬉しく思います!よろしくお願いします。

隠していた傷痕は「生きてる勲章」へ

岸田 ありがとうございます!こういう朗読劇も続けられてきている中村さんでございました。中村さんね、ちなみに手術した後のお写真もいただいておりますので。

中村 これね、手術した後は僕ね、すごいですね、復活とか生命力とか生きるとか書いてありますけどね、僕本当にやっぱ首傷だらけで、やっぱりこれが見られたくなくてずっと首にマフラーとか布を巻いて隠してたんだけども、なんかもう…ある時からもうめんどくさくなっちゃって、何にも巻かずにさらけ出して、ある時期から。今もこのでっかい傷痕があるんだけども、これを逆にこう…人に見せつけてやりたくなってきて、これどうだ!俺のこの勲章だぞ!生きてる勲章だ!みたいな感じで。わりとね、これがね、気に入ってんですよ!この傷痕が。で、もう隠すことは一切しなくなって、そのまんまでもう今はやっております。

岸田 もう隠すことはなく。

中村 ないですね。

岸田 逆に見せつけるくらいね。

中村 見せつける。

岸田 そんな中村さん、ただ当時はちょっと隠していたけど。

中村 そうですね、当時はね、ちょっとね、なかなか傷痕が消えなくてね、当時は本当に…。

病院はネットで探した——「この先生に身を任せよう」と思えたサードオピニオンの決め手

岸田 そんな中村さんなんですけど、ちょっとここからですね、項目にちょっと区切ってお伺いしたいなと思います。一つ目がこちらなんですけれども、病院や治療の選択といたしまして、病院どのように選択したの?治療どのように選択したの?というところですけれども、先ほどもね、お話しいただいたようにやっぱりもう病院でね、ステージ4のもう…がんですって言われて全摘しかないですっていうところから、声を残すといったサードオピニオン。サードオピニオンに行こうと思った、その病院を探す時の(方法は)?

中村 探したのこれ、もう自分でネットでインターネットで調べて決めましたね。

岸田 がんの専門病院に行こうと?

中村 そうですね。

岸田 それで治療方法も…切らない方法も?

中村 あった…あったけれどももう先生自身がもう手術一択みたいなニュアンスでお話をされていたんで、この先生を信用しようと思って。

岸田 手術。ただまあ声帯を残すと?

中村 そうですね。

岸田 ただ再発のリスクはあるということが言われてましたけど、もうそこも?

中村 そこも…だけども先生も最終的にまあ…やってみなきゃ分からんということで、で、なんかそのやっぱり先生はちょっとなんかその…なんだろう、自分だったら声帯を残したまんまあなたを助けてあげますよみたいなすごいオーラを感じたんですよ、僕はその先生に、だからもうぜひこの人に身を任せよう!と思って。

岸田 最終的に3回再発されてしまうわけでその後、そこから見たらあの時の選択はどう考えます?

中村 いや、間違ってなかったと思いますよ。3回再発はして今後も再発はする可能性はありますけれども、別に早い段階で芽をつめばこうやって声は残せているのだからっていう思いはあります。ただ僕はちょっと一個ね、すごく…ちょっと気にしているところがあって、やっぱり僕と同じような状態でもね、僕でいう最初に行った病院、セカンドオピニオンの先生の言うことに従って全摘出をしてしまった方もおられると思うんですよ。なんかそういうことを思うとね、その自分が今こうやって声を残せていることを、あんまりこういうところでおおっぴらに…公表するのもどうかな?みたいな葛藤もあったりはするわけですよ。なんかこんなところでこういう話をするのもどうかな?と思うんですけれども、ちょっとね、そんな葛藤もあったりしますけど。

岸田 そっか、セカンドオピニオン先でね、そのまま治療された方もいるから。けどそこに関してはあれじゃないですか?セカンドオピニオンされて、それでもまあ…全摘って言ったらそこはやっぱり再発するのをてんびんをかけて、それでもう再発してない方もいらっしゃるでしょうから。そこは全然中村さんのどのようにやっぱりいきたいか?っていうのは大事だと思いますので、それは全然いいと思います。

中村 そうですか。そう言っていただけると本当に助かります。

朝マックで喉が詰まり、熱々のコーヒーで流し込む——飲食に残る後遺症

岸田 次にこちらですね、つらかったこと、副作用や後遺症などといったところなんですけれども。

中村 そうですね、やっぱりねその…飲食がやっぱり一番つらくて…。食べたり飲んだりでやっぱり喉詰まらせちゃったりむせたりっていうのが、一番生活する上では大変かなっていうのがあって。今はだいぶ自分でコントロールできるようになったけども、最初は本当にもう食べてもすぐバーッて吐き出しちゃったりむせちゃったり飲み込めなかったりっていうことがあって。で、ただ今もつらいのはつらくて、常にペットボトルで飲み物を持ち歩いていて、何かどっかで食べた時に詰まったらすぐそれで流せるように飲み物は常に持ち歩いているようにしてるんですけど。でもたまに忘れちゃう時とかあって、ペットボトル買うのが。この間も朝マックのモーニングセット、ハンバーガー食ってたらもう喉詰まりそうになってやばいやばい!ってなって、で、ホットコーヒーを注文しちゃったんですよ、セットで。マックのホットコーヒーってめちゃめちゃ熱くて、この詰まったハンバーガーを流し込むのはこの熱々のホットコーヒーしかなくて。もうもう火傷しそうになりながら…苦しい!本当にそういう目に遭いました、つらい目に。

岸田 うわー!水ももらいに行きたいけどそこまで余裕がないですよね?

中村 本当にちょっと…飲み物は常備していないといまだにね、ちょっとそういうところがありますね。

岸田 だからまだそこのね、飲み込むとかそういったところ?

中村 そうですね、あとやっぱり同じとこ4回手術してるから、4回目の手術をした後に明らかに前よりも呼吸が苦しくなって。

岸田 ああ、そうなんですか?

中村 で、ちょっとそれ先生に相談したら、手術の時にそのなんか…組織が癒着してひきつれが起きてそれで苦しいんだみたいなことを言われて。それを治すための手術もあるって言われて、まだその手術はしていないんですけど、明らかにやっぱり呼吸が苦しくなって。上を向いて寝れない、寝る時は常に横を向いておかないと窒息しそうになったりとかそういう苦しさはあったりしますね。

岸田 じゃあ、それはまた治療して治すかもしれない?

中村 かもしれないですね。

声を出さないと声も出づらくなる——稽古場が「生きるモチベーション」

岸田 そして次こちら、困った時の支え何に支えられたか?

中村 そうですね、やっぱりね、今やっている続けている朗読劇。今あれが結構自分の支えというか、生きるモチベーションになっているというかまた。で、またこの家で一人だから全然一人でしゃべらないんですよ、誰とも。だけどその朗読劇の稽古をやることで、その発声がなんか、その声の発声のリハビリにもなっているし、やっぱり声出さないと声も出づらくなっちゃうんですよ!普段の生活ではもう家で一人だから誰ともしゃべんないんだけども、定期的にその朗読の稽古をやっていることによってそれが発声のリハビリにもなっているし、で、やっぱり稽古始まると、出演者・スタッフが仲間が集まってきてっていうことをやっていますので、それが今生きるモチベーションにはなっていますね。

「心配をかけたくない」——母にはがんと言えなかった

岸田 ありがとうございます。そして次こちら、家族といったところなんですけれども。

中村 家族がだから…いないんで、ね、もう募集してます!本当に。誰か嫁に来てください!

岸田 お母様がお亡くなりになられた後はありましたけれども、お母様がお亡くなりになる前まではがんのこととか伝えられたんですか?

中村 あんまりやっぱり心配はかけたくなかったので、がんとは言いませんでした。ちょっと喉の病気で手術をするみたいな話はしましたけど。

岸田 それで(お母様は)知って?

中村 そうですね。

役者だから「声を失うのはどうかな」——仕事が治療選択を支えた

岸田 そして次こちら、仕事。

中村 仕事っていうと、まあ一応僕天才ナカムラスペシャルとして表に出ていますが、まああの…それ以外に世を忍ぶ仮の姿で別の普通の仕事をしてたりするんだけれども、あの…やっぱりあれですね、その天才ナカムラスペシャルで言いますと、やっぱりその…舞台に立ったり役者の仕事をしていたので、声を失うということにはちょっと…どうかなっていうのがあって。やっぱり声を残せたということは、非常にそれは今でも感謝しているし、そこは自分の治療法は間違っていなかったなと思ってますね。

民間保険と、母が遺してくれた貯え——「なんとかなりました」

岸田 なんかそこの…役者の自分としての自分というのを思ったってことですね?それで朗読劇もね、今始まってますしね。そんな中で、お金や保険のことなんですけれども、治療費などはどうされてますか?

中村 治療費はね、ちょっと具体的な金額は覚えてないですけど結構それなりにかかって。それはもちろん保険にも入っていたし、なんとかなりました。というのは、やっぱり施設に入っていた母が多少…僕名義で貯めておいてくれたお金を工面してくれたりとかっていうのもあったし、それでなんとかなりました。

岸田 じゃあ民間の保険も入られて。

中村 保険ももちろん入ってました。

岸田 お母様の?(残してくれた貯蓄でも)

中村 うん、そうですね。

岸田 それで全然あれですか?今後再発とかあったとしても大丈夫です?

中村 そうですね、高額医療費がなんか今問題になっているじゃないですか?あれが。だからどうなるのかな〜というちょっと、本当に再発しなければいいなというふうには思ってますけど。まあ…もう考えてもしょうがないんで、それはもうその時になった時にもうなんか考えようと思ってます。

あえて唐揚げを食べる——「何でも食べられるように」独自のリハビリ

岸田 そして次こちら、工夫したこと・していることとしまして、先ほどもおっしゃっていただきましたように食べる時にね飲み物を(常備しておく)。

中村 そうですね。やっぱり食べるものも先生に言われたのは、柔らかいものを食えみたいなことを言われたんですよ。ただ、そういうものしか食べていないと本当にそれしか食べれなくなってしまうっていうことも言われたので、できるだけ普通のものを無理してでも食べるようには自分で心がけてます。なるべく固いものは、唐揚げとかね、そういうのをあえてね。

岸田 そっか!じゃあそういうものをあえて食べて。

中村 独自のリハビリ的なことをやってます、何でも食べれるようになるように。

岸田 どうしてもこれはダメっていうのはあるんですか?

中村 これはダメってその…飲食とはまた関係ない話だけどもあのね、お酒を一切やめたんですよ!やっぱり酒はダメだとそれはもう厳しく言われて、僕それまで毎晩お酒を飲んでたんですよ。だけどそれ一切やめましたね。酒はね…本当にね、酒もタバコも本当にやめられなかったんだけども、一切やめましたね。だからなんかそのね…よく冗談で言うんだけど(酒やタバコを)やめられないって言ってる人に、がんになればやめられるよって言ってるんだけど。

岸田 究極の!

中村 本当にそうですよ。

「今日も空が青いな」——ささいなことに生きている実感を感じるように

岸田 お酒を一切やめられてということですね。そしてこちら、がんになる前と後で変わったこと、何かありますかね?

中村 なんかね、なんかすごい…生きているということへの実感がすごく強くなったというか、なんかすごい今まで見過ごしてきたようなすごいささいなこと、一つ一つに生きている実感を感じるというか。なんか本当に今日も空が青いなとか、そこに花が咲いてるとか、なんかそんなことを細かい一つ一つのことに生きている実感を感じ、感謝をするようになった。あとなんかやっぱり自分で言うのも変だけど、ちょっと人に対して優しくなった。

岸田 おぉ〜!

中村 今までわりとささいなことでイライラしたりとか、並んでるとこに横入りされたらすごいイライラ…。

岸田 それはみんなイライラしますよ(笑)

中村 でもね、でもね、なんかね最近そうでもなくて、いや…なんかこの人もなんか…そこまでして横入りする何かよっぽどの急いでる理由があるんだ!どうぞどうぞみたいな。

岸田 ほんとっすか!?すごい!それはすごい。それはすごい!

中村 なんか…そんな感じです。

主治医・病院のホームページ・病院が出す本——情報はこう集めた

岸田 その心も広くなった。そして情報なんですけれども、がんの情報とか治療の情報だったりとかそういったものをどこで中村さんはキャッチしてましたでしょうか?医師の先生からだけなのか、他のものを見たりとかしたのか?

中村 基本的に先生と、それから病院のホームページとあとね、その本を何冊か読んだから、病院が出してる本があるんですよ。そういうのを読んだりとかそんな感じですかね。

岸田 本と医療者と病院のホームページで、自分のがんのことだってとか治療法を調べる?

中村 そうですね。

「今は耐えろ、絶対に報われる」——下がっていた自分へ伝えたいこと

岸田 そしてこちら、あの時の自分へといったですね、これはがんの告知の時でもいいですし、治療の時でもいいですし、本当になんかその…あの時の自分にこういったことを伝えたいなってことは?

中村 あの…まあ…今はつらいかもしれないけれども、いや、あの本当にね僕思うのは、すごくそのマイナスな出来事があった時って必ずその後にそれを覆すほどのプラスのことが起きるんですよ!だから今つらいかもしれないけれども、それはその後何か大きなその…それを覆すプラスの出来事が起きる予兆でもあるんだから、今は耐えろと。その後これは絶対に報われるから。

岸田 それを(がんの)告知だったり治療の時だったりさまざまな時の自分に、ちょっと下がっている時の自分に伝えたい?

中村 そうですね。

がんは「表現者として上に行くチャンス」だった——中村さんが見出した意味

岸田 そしてこちら、大切にしたいこと。今後の夢や目標でもいいんですけれども、夢や目標だったりだとかあとは自分はこの軸を大切にしていきたいなみたいなものがあれば教えてください。

中村 そうですね〜大切に。あの…なんだろうな…やっぱりね、今は…ちょっと今言ったことと同じになっちゃうかもしれないけれども、やっぱり何か自分の身に起きたことって何かしら意味があると思うんですよ、どんなにつらいマイナスな出来事でも。やっぱりその…がんになっちゃったり病気になったことは不幸かもしれないけれども、そうならなければ得られなかったものもたくさんあるわけだし、がんになったからこそ得たもの、出会えた人とか、もちろん岸田さんもそうですよ、病気にならなきゃ会えなかったわけだしっていうことはたくさんあるので。やっぱりちょっとそういうマイナスな出来事にぶち当たった時は、なぜこうなった?これには何かしら意味があるはずだ!自分はこうなったのは、何かここから自分は得るはずだ、得なきゃいけない!という思いをやっぱり大切にしなきゃなと思っております。

岸田 この自分がなったこの意味っていうのを考えて?

中村 そうですね。

岸田 中村さんががんになった意味っていうのは、今から振り返ってどう思われますか?

中村 そうだな…、やっぱりがんにならなきゃね、自分がこうして朗読の公演を主催して始めることもなかったし、もちろん今一緒にやっているメンバーと出会うこともなかったし、っていうことを思うと、なんだろうなんかやっぱり、神様が一つそこで表現者としてもう一つ上に行くチャンスを与えてくれたのかなぁという思いはありますね。もしこれががんにならなかったら…なんてことを別に考えてもそれは意味がないんだけども、ならなかったらならなかったでどうだったかな?と思うと、ただ単に惰性で流れるままダラダラとやっていっちゃったのかな?と思うと、なんかそこでそうじゃない、もう一つ上に行くチャンスをくれたのかな、みたいなそんな感じです。

なったことの意味を見つけ、今を楽しむ——中村さんからのメッセージ

岸田 ありがとうございます!そして最後にこちらメッセージとなるのですが、中村さんからこんなメッセージをいただいております。

中村 『現状を楽しむ』です!やっぱりね…、病気になったりっていうことは不幸かもしれないけれども、そこから何かしらその…さっきも言いましたけれども、なぜ自分はこうなってしまったのか?こうなったことの意味を見つけ、もしがんにならなければみたいなことはあんまり考えないで、今こうなったこの状況をいかに楽しむか、この状況の中でできるだけのことをとにかくやる!ということをやっぱり皆様に僕はお伝えしたいと思います。

岸田 はい『現状を楽しむ』というですね、中村さんらしい言葉と。

中村 そうですねやっぱり多分…、僕もやっぱりさっきも言ったけど、入院したりすることがわりと楽しくなったりとかしちゃうんですよ。なんか…なかなかそのやっぱり、自分ががんになる…で、4回も手術するなんてなかなかできる経験じゃないですし。やっぱりそんな…貴重な経験と言うと語弊があるけども、(病気を)したんだからせっかくだから楽しまなきゃ!みたいな、なんか…そういうふうに何事もポジティブにやっぱり考えることがいいのではないかななんて思ってます。

岸田 本当そうですよね!入院をね、すごくワクワクする。

中村 ワクワクする、結構そういう人いるんじゃないかな?なんか…楽しいですよ入院は。今日はごはん何かな?今日は看護師さん誰が来るのかなとか?

岸田 そんな中村さんの言葉という、『現状を楽しむ』という言葉をいただいてね、もし皆さんもね、楽しめない時ももちろんあるかもしれないですけれども、こういった中村さんのように楽しんでおられる方もいらっしゃるよということだけは知っておいていただきたいなと思います。これにて配信を終了していくんですけれども、中村さんご出演されてみてどうでしたか?

中村 はい、楽しかったです。あの…なんか余計なこといっぱいしゃべっちゃったかな?みたいな感じもしなくもないんだけれども、大丈夫ですかね?

岸田 全然大丈夫!

中村 いや、本当にまた呼んでください!もっといっぱいね、あるんですよ!ネタが。

岸田 ネタがね(笑)

中村 そうなんです。入院中にね、こんなこともあったあんなこともあったみたいな面白いエピソードとか、ぜひ出演する機会があったら話せる範囲で話したいと思います。

岸田 はい、放送コードに引っかからない範囲で(笑)冗談です冗談です(笑)

中村 気をつけます(笑)

岸田 いろいろまたそういったネタもありますので、中村さんにはね、また今後も出ていただきたいなと思いますが、今日はね、これにて配信を終了していきたいということを思っております。

中村 すごいですね俺、キティちゃんが…今見たら自分で(笑)こんなキティちゃん着てる親父が何言っても説得力がなくて、もうすいません。

岸田 それはみんな思ってても言わないですからね(笑)すごく今日も中村さんのお話、素敵なお話をいただきました!また皆さん次の動画でお会いしましょう。それでは皆さんバイバーイ!

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
*がん経験談動画、及び音声データなどの無断転用、無断使用、商用利用をお断りしております。研究やその他でご利用になりたい場合は、お問い合わせまでご連絡をお願い致します。

関連するみんなの経験談