目次
- ゲスト紹介テキスト / 動画
- ペイシェントジャーニーテキスト / 動画
- 病院・治療の選択テキスト / 動画
- 副作用や後遺症テキスト / 動画
- 家族のことテキスト / 動画
- 仕事のことテキスト / 動画
- お金・保険テキスト / 動画
- 工夫していることテキスト / 動画
- 変わったことテキスト / 動画
- 夢や目標テキスト / 動画
- メッセージテキスト / 動画
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インタビュアー:岸田 / ゲスト:髙橋
- 46歳で舌がんが発覚|人事一筋・愛犬家の髙橋さんプロフィール
- 口内炎のような違和感から、ステージ4Bの告知まで――髙橋さんのがん体験の全体像
- 標準治療と丸山ワクチンの併用――髙橋さんが治療方針を決めるまで
- 発話・咀嚼・チタンプレート――舌がん治療後に残った3つの後遺症
- 「駅のホームで泣いた夜」――再々発の恐怖を支えてくれた妻の存在
- 正社員から契約社員、在宅勤務へ――舌がん後に働き方を再設計した方法
- 治療費・丸山ワクチン代・保険給付――髙橋さんのトータル費用の実態
- 毎日のぶつぶつ散歩が、言葉を少しずつ取り戻させてくれた
- 年収は落ちた、でも「今の生活に満足している」――がん後に変わった価値観
- 「自分の体験が誰かの参考に」――がんノートに応募した理由と、これからの目標
- 「絶望から、光が差し込んでくる」――髙橋さんから、がんと闘うすべての方へ
46歳で舌がんが発覚|人事一筋・愛犬家の髙橋さんプロフィール
岸田 そして今回のゲストですね、髙橋さんになります!よろしくお願いします!
髙橋 よろしくお願いします!
岸田 簡単に自己紹介をいただいてもいいでしょうか?

髙橋 髙橋孝一と申します。52歳ですね。46歳の時に最初の舌がんが見つかりまして、今3回、再々発を経験して最後の告知の時はステージ4Bという告知を受けて今に至っていますが、今は日常生活も社会復帰をしているということです。すみません簡単ですけど。
岸田 こちらこそありがとうございます。髙橋さんのね、今東京在住で奥様とペットがいらっしゃいましてご家族として、そして仕事が会社員の人事部門っていったことでね、まだ人事の話をまた後でお伺いしていきたいと思うんですけど。
岸田 趣味が愛犬と散歩、スタバ、ゲーム、旅行、読書ってありますけれども、すごいあれですね、多趣味ですね!
髙橋 そんなことないですけども。一番はやっぱりわんちゃん飼ってるんですけども、
岸田 (画像)可愛いわんちゃんが!
髙橋 ありがとうございます!散歩に行って、散歩に行った中でスタバでコーヒーを飲むっていうのが今の一番の自分の楽しい時の時間ですね。
岸田 わんちゃんの種類はこちらは?
髙橋 トイプードルですね!
岸田 本当にかわいいわんちゃんですごく癒されるなと思います。
髙橋 ありがとうございます。
口内炎のような違和感から、ステージ4Bの告知まで――髙橋さんのがん体験の全体像
岸田 そしてここからどのような経過をたどってきたのかといったところを、感情の浮き沈みをグラフにしたこのようなペイシェントジャーニーと呼ばれるグラフでまた表していきますのでよろしくお願いいたします。
岸田 このような形のペイシェントジャーニーとなっております。上に行けば行くほどね、ちょっといい形なんですけど、下に行けば行くほどちょっとつらいというふうな髙橋さんのペイシェントジャーニー、ちょっと早速お伺いできたらと思います。
岸田 まず仕事と向き合い充実した日々を過ごされていました。もうお仕事など、人事のお仕事されてるんでしたっけ?
髙橋 そうですね、人事の仕事ですね。
岸田 会社の人事、労務とかですか?
髙橋 そうですね、人事・労務全般と人事の企画ですとか、法改正があった時にその採用ですとか就業規則を作ったりとかそういうようなことを主にやってますね。
岸田 ありがとうございます、充実した日々って書いてますけどプラマイがゼロなところにいるのはちょっと触れないでおきます(笑)
髙橋 わかりました。特に充実して安定的に過ごしてるので、良くもなく悪くもなく普通に順調という感じという意味でゼロという形にさせていただきました。
岸田 ありがとうございます。こっちが勝手に勘ぐってすみません(笑)

堀ちえみさんのニュースが、受診のきっかけだった
岸田 そんな中でですね、左側に口内炎が…といったところで、これは口内炎、どんな感じで口内炎だったんでしょう?髙橋さん。
髙橋 最初はですね、本当にちっちゃい血腫といって血の塊みたいなものですよね、そういったものが左の下あたりにできていて。よく私ができるんで、この辺結構今まで何回も経験してるんで、そのままほっておいた感じですかね、大したことないだろうなっていう思いからほっておきました。
岸田 それで大したことないんだろうなってほっておいて、ただ歯医者には行かれるんですよね?
髙橋 ほっておいたんですが、さすがに治りが遅くなってきてるんで、ちょうどその時ってタレントの堀ちえみさんが舌がんの放送かなんかがありまして、それも口内炎だと思っていてほっといたら実はがんだったみたいなそういうような放送を耳にしましたので。
髙橋 もしかしたら自分はそういう可能性もあるかもしれないというちょっとした怖さがあったので、近くの病院で…病院というか歯医者さんですね、歯医者さんで診てもらいました。
岸田 歯医者さんに診てもらって、そこから大きな病院を紹介されるということで、これはもう間髪入れずですか?それとも様子を見ようと言われてからですか?
髙橋 歯医者さんに行った時には、これはちょっと病院大きいところで診てもらったらいいねっていう話をその場で話されましたので、じゃあもしかして思ったより深刻なのかなと考えまして、それで近くの大きな病院を紹介してもらってそこで診察したという感じですかね。
岸田 そうなんですね。そこで大きな病院を紹介されていって、そして手術。すぐ手術なんですね?
髙橋 ええとですね、これは半年くらい。2月に最初の口内炎から大きな病院を紹介されて、そこから3月ぐらいにその大きな病院で初めて診察をして、半年ぐらいは経過観察をしてきたんですけど、がんというかちょっとするとポリープなんですね、ポリープの良いか悪いかというと5段階ぐらいありまして、5段階のうちの細胞診をした時に5段階で言うと3段階ぐらいだったんですよね。
髙橋 3段階になったところで、ちょっとこれは3段階で言うとあんまり良いもんじゃない可能性もあるから取れるんだったら取っちゃおうかっていう話がありまして、それでじゃあ手術をお願いしますっていうことで最初の初診から半年ぐらい経った時に手術をしました。
岸田 そうなんですね。じゃあ最初は取っておこうかぐらいの気持ちって言い方変ですけれども、それぐらいのポリープぐらいのイメージで取っていったっていう感じなんですね?
髙橋 そうですね。がんっていうことはその時はあんまり考えてなかったかもしれないですね。
岸田 左側の口内炎が結構腫れてたっていうイメージでいいですか?舌が。
髙橋 そうですね、段々ちょっとずつ広がってきてるんだっていうところで気にはなっていますね。
岸田 この時の舌ですよね、舌になったってことですよね?
髙橋 そうですね、舌の口内炎。口内炎というか舌下腺ですよね。
岸田 ああ舌下腺…、そこにできていたと、ありがとうございます。
岸田 そこで取っていったら上皮内がんとの診断ということで、上皮内がん、がんっていうとね、上皮内とそれ以外の浸潤したっていうか入り込んでいったそのようながんっていうふうなところがありますけれども、上皮内がんというふうな診断だったっていう感じなんですね?
髙橋 そうですね、そこまで深刻じゃないっていうか、一応表層のところは全部取ってしまってるんで浸潤はしてなかったけれどもがんはがんだよっていうことを言われまして。がんではあるけどいろんながんがあるんだなと思ったのと、ステージ0という形になるかと思いますので、その時は取ってしまったのでそれはそれで安心かなというような気ではありましたね。
岸田 というふうな形でね、その時は思われていってというふうなところでプラマイゼロなのかなと思いますけど、そこからちょっとずつ下がっていきます。それが住宅ローンの団信の適用外と分かる、これはあれですか、がんと診断されてといったところで申請された感じなんですかね?
髙橋 そうですね。がんなんで、一応私、住宅ローンの団信に入っておりまして、確かがんだったら団信が下りる可能性もあるかなと思ったのでちょっとこれ一回出してみようかなと思って一応申請してみたんですけど、上皮内がんはがんじゃないっていう私の契約ではそういうような契約だったようで、基本的には適用しませんよっていうことを言われて。
髙橋 ちょっとがっかりというかね、そんなに甘くないなってことでちょっと気落ちしちゃった感じでしょうね。
岸田 そうですよね、これがね、もし団信のそれで住宅ローンがなくなるっていうふうなこともあったりとかしますもんね?
髙橋 そうですね。
岸田 ここではちょっと適用外ということで、ちょっとだけショックだったっていったところがありまして、そこから。
髙橋 そんなに甘くないなと…。
再発告知もステージ1、即手術で乗り越えた2度目の舌がん
岸田 そんなに甘くないなといったところからですね、次に手術付近に異変が分かっていきます。この手術付近に異変が、ということは、取ったその場所がどうなっていくんでしょう?
髙橋 1回目に手術した辺りから、僕は細胞付近が硬くなってきているのがなんとなく分かったんですよね、切って手術をした後に。硬くなったものがなんかまたポリープっぽい感じに変形してきていたので、これは何だろうな?ということで、経過観察はしていたんですけどまた細胞診という流れになりまして。
髙橋 細胞診を取ってもらったところをまたこれは5段階中のクラス3という形の3番目になってしまって、これどうしましょうか?という話だったのでちっちゃいうちに取った方がいいなということで僕はその時は即手術する方向で話をしてきました。
岸田 じゃあ即ちょっと取っていこうということで、すぐ手術をされていく。これは5ミリ程度ってありますけど、本当そこまで大きく切ったってわけじゃないんですね?
髙橋 そうですね、早く対処したので。1回目の時は大体1センチぐらいだったんですけど、今回は5ミリ程度で手術もそんなに2時間かからないぐらいで、入院も1週間も入院しないで結構あっという間に終わっちゃったって感じではありますね。
髙橋 でもね5ミリ程度の、手術箇所が5ミリ程度切ったくらいなんですけど、一応細胞診の結果はステージ1のがんだということが一応そこで告知されましたので、自分としてはね、簡単な手術だったしそんなに大事にはならないのかなと思ったんですけど、結果的には再発がんになってたのでそこは少し落ち込みはありましたね。

岸田 いやそうですよね、告知。ただそこまでの下がり幅ではないんですね、がん告知されても?
髙橋 そうですね、手術がそんなに大変じゃなかったということと、あとは言ってみればそんなに日常生活には全く支障がなかったですし、1回目の手術に比べるとまず2回目は非常に短時間で切った箇所も少なかったというのが一つと、あとは生活には全く影響がなかったのですぐ職場にも復帰できましたし、何しろ切ってしまったらもうこれで悩みは解決かというようなそんな気持ちだったのでそこまでは落ち込みはなかったですね。
岸田 ということですね。なかなかがんと告知されたらと思いますけれども、1回目と比較してといったところもあったということですね。
岸田 そこからなんですけれども、ちょっと下がっていきます。ここが薬物療法をされていって、ただそれがアレルギーで中止になっていくということで、これはもうその後薬物療法をしていこうという話になったんですね?
髙橋 はい、一応再発がんなので一応やっときましょうかってことで抗がん剤のTS-1という抗がん剤を勧められまして、飲み薬だったんですけども飲んでいったんですけど、非常に体調がすぐ悪くなったんですよね、飲んでもう2日目ぐらいで。
髙橋 体調悪いのに比べて比較して、これだと体中にですね、アレルギーというか湿疹ができてきたので、これはなんかこのまま続けていくのはちょっとどうなのかなと思ったので、一応先生の方には体中に湿疹ができてしまったんですけどどうしましょうかっていう話を相談をしたところ、それはアレルギーなんでこれ以上は続けられないということで一応ドクターストップだったっていうんですかね、そこは1ヶ月くらい経ったと思うのかな。
岸田 アレルギー反応が出てドクターストップで中止になっていき、そこからただちょっと上がっていくんですよね。それが体調は改善されて団信保険が下りるということで、体調改善されたのはやっぱ抗がん剤を止めたからですか?
髙橋 そうですよね、抗がん剤を止めると急にやっぱり体調が良くなるんですよね。体調が良くなりましたし、1回目は団信が下りなかったんですけど今度はステージ1の浸潤がんになったってことなので、これはもしかしたらいけるかなと思ってもう一回申請したら、今度は無事になんとか(団信の申請が)通ることができたんで。
岸田 それで上がってるってことですね?一番ね。
髙橋 そうですね。体は元気になるし経済的な悩みも少し解消したってことで、結構自分の中ではですね、一番調子に乗ってた時期だったと思いますね、この時は。

岸田 そうか、一番調子に乗ってた時期で一番上がってるってことですね、この時がね。
髙橋 そうですね!なんで結構高いもの食べたりとかしてましたね(笑)叙々苑の焼肉を食べに行ったりとかしてました!
2時間で腫れ上がり、ステージ4Bへ――舌・あご・リンパ節を切除した大手術
岸田 え〜いいですね!そういうね、いい思いをしていったと思ったら下がっていくということで、これが再発して大学病院へと書かれています。これはまた同じところにできたんでしょうか?
髙橋 今度はですね、同じところもそうなんですが、それにもっと広範囲ですね。広範囲に広がっていくような感じですね。これに関しては結構急に来たって感じですかね。ある一定のタイミングから急になんかこう痛くなって、それが一気に広がっちゃったって感じだったので。
髙橋 前のようにですね、少しずつ出てきてくれればそうすると気にかかるわけじゃないですけど、切って終わりっていう形だったと思うんですけど、今回はそういう意味ではなくて一気に深刻な範囲ぐらいまで拡大してった感じだったのが自分で分かったんで、この時はさすがにちょっとヤバいなと思いましたね。
岸田 そっか、結構じゃあ…、これ分かったのは何で分かったんですか?
髙橋 これはですね、手術をしてから2回目の手術から1年ぐらい経った時に、なんか舌が痛いなっていう感じはしたんですよね。痛いなと思ってたんですが、その直後ぐらい、もうすぐに2時間ぐらいでもう結構腫れてきましてですね。
髙橋 で、広範囲に腫れていたので2回目に手術した病院に診てもらったら、これはちょっともしかしたらかなり深刻かもっていうことを言われたので、結構わかった時から告知を受けるまではそんなに期間はなかったんですね。
岸田 ああそうだったんですね。その後、そこから大学病院に行かれて亜全摘の手術をされていくということでございまして、この時のどれぐらい舌を切ったのかという図を作ってくださってますので見ていきたいと思います。結構切るんですね?

髙橋 そうですね、ちょうど図の点線のところから手前の部分は全部切ったっていう感じで。結構舌根のところがまだ残ってるんですけど、そこの範囲はごっそりいきましたね。
岸田 あれですね、これだけ切っても髙橋さん結構しゃべられてますので、おしゃべりは結構できるんですね?
髙橋 これもですね、最初は本当にしゃべれなかったですね。段々と時が経つにつれて、段々と少しずつ喋るようになってくるかなっていう感じですけどね。
岸田 いやいや。
髙橋 もう1年くらいは全然喋れなかったです。
岸田 そっか〜。これくらい切られてっていったところでこの舌の亜全摘の手術をされていった。これによって全部一応取り切ったという感じになるんですか?
髙橋 そうですね、この舌の部分とあとはあごにもがんが飛んでましたので、あごも全部というか左側のあごの一部分は全部切除して。あとはリンパ節ですね、リンパ節のところも首のリンパ節も右と左両方リンパ節を切除してますので、下だけじゃなくてあごの骨とあごの一部分と両側の首のリンパ節を全部切除したという感じですかね。結構大きな手術でしたね。
岸田 すごい大きな手術ですね。そっか〜、だからそれゆえ入院生活がちょっとネガティブという感じなんですかね?
髙橋 そうですね。入院生活についてはですね、結構やっぱりつらい思い出しかなくてですね。例えば手術してICUにいるんですけど、麻酔から覚めたときに、痛み止めを体にいっぱい打っているのでそれが合わなくてすごい気持ち悪かったんですね、吐き気がして。
髙橋 吐き気がして気持ち悪いのでちょっと痛み止めを抑えてくれって言って抑えてもらうと、今度はですね、痛みがすごい激痛がくるんで、じゃあその激痛が嫌だからちょっともう一回痛みを強くしてくれって今度は気持ち悪くてうえってなって、うえってなったらちょっと今度痛みを抑えてくれってまた激痛がくるみたいな、そんな中、自分のバランスの中でですね、気持ち悪いと激痛にこう耐えながらICUを過ごしたという経験がありましたね。
岸田 それはきついですね、確かに。その激痛に耐え、そしてその後に退院はようやくできていったら、そのあと障害者手帳を取得できていくというふうな形で。そうか言葉が発声するのが難しいということで障害者手帳を取得できるんですかね?
髙橋 私の場合はですね、言葉の方ではなかなか手帳の取得はできないだろうという先生の評価で、実際手帳を取ったのは咀嚼(そしゃく)の部分ですね。先ほどの手術であごの骨を取ってしまっているので、咀嚼(そしゃく)機能がやっぱり私は柔らかいものしか食べれない状態なので、そっちの方で咀嚼(そしゃく)機能障害というところで障害者手帳を取った感じですかね。

岸田 ああそういうことですね!そしてそんな中で在宅で職場復帰をされていき、またお仕事の話は後でお伺いをさせてもらえたらと思います。職場復帰をしていき、そして障害厚生年金の3級に認定されていく。これちょっと僕そこの知識がなくて申し訳ないんですけど、障害者手帳とこの障害厚生年金の3級はまた違うものっていうふうな感じなんですね?
髙橋 全く違いますね。障害者手帳はあくまで手帳なんで。障害厚生年金は年金という形で、私の場合3級なんで労働する上で制限があるというか通常の労働と比べると制限があるというレベルの障害だということで認定を受けて、年金なので年間いくらという形で国から厚生年金からのお金が振り込まれるというような仕組みですね。
岸田 この申請に関してはこれは咀嚼(そしゃく)?言葉を発する方で?ということですかね?
髙橋 こちらは咀嚼(そしゃく)で取りましたね。
岸田 こちらも咀嚼(そしゃく)なんですね。
髙橋 私の場合ですと言葉と咀嚼(そしゃく)と、あとは悪性新生物といって要はがんですよね、がんによる体力の低下とかその3パターンで一応申請の選択肢があったんですけど、一番何が通りやすいかといったら障害者手帳をもらっているので、もらっている咀嚼(そしゃく)の方が一番申請がおりるだろうというふうに自分では判断して咀嚼(そしゃく)の方で出して認定されたという形でしょうかね。
岸田 あ〜そうなったんですね、よかったそれで。で、認定されていきまして、そして今体調と仕事は比較的安定しているというふうな形で。今じゃあがんの治療的なところは髙橋さん今一旦落ち着いてるってことですね?っていうか、もうがんは一旦なくなってるのか。
髙橋 まあ一応ですね、今2ヶ月か…ぐらいに1回の経過観察っていう形で病院には行ってるんですけど、再発っていう証拠は今のところはまだ見られてないっていう感じでしょうかね。
岸田 ありがとうございます。髙橋さんのペイシェントジャーニー、リハビリとかも大変だったでしょうけれども、本当ね、こうやってお話しいただけることありがとうございます。
標準治療と丸山ワクチンの併用――髙橋さんが治療方針を決めるまで
岸田 ここからですね。各項目に分けてお話を聞いていきたいなということを思っております。まず1つ目の項目なんですけど、病院や治療の選択といたしまして、初めね、歯医者さんから始まっていきっていうふうなところでありましたけれども、病院の選択に関しては何かこうしたりとか治療の選択こうしたりっていったところは髙橋さんこちらございましたでしょうか?
髙橋 まず病院は歯医者さんの方から紹介を受けた地元の大きい病院で1回目と2回目の手術をしたんですけど、3回目の一番やばいやつですね、深刻な再発の時はちょっとこの病院よりはもうちょっと大きい病院がいいと考えました。
髙橋 それでどこにしようかなというふうにいろいろ考えていたんですが、私の姉に相談したところ丸山ワクチンという情報を姉からいただきまして、丸山ワクチンについて自分でもいろいろ調べていったんですけど、自分の中ではこれがちょっとピンときたということもありまして。
髙橋 丸山ワクチンを打ってもらえる、入院中に打ってもらえる病院ってどこかなってことを探したときに、打ってもらえる大きな病院ってことを考えて病院を選んだっていう感じですかね。
岸田 へえー!大学病院に丸山ワクチンを導入している病院なんてあったんですね、知らなかった…。
岸田 あとですね、皆さんこちらに関して治療方針のところ、こちらもね、髙橋さんともしっかり話をさせていただいているんですけれども、まず皆さんはちゃんと治療については主治医の方に相談をされて、そして標準療法ですね、こちら科学的根拠のある皆さん治療っていったところをしっかりがんノートとしては推奨しているというふうな形となっております。
岸田 ただ実際こう、いろんな中で今回我々は経験談にフォーカスしておりますので、こちらの(治療に関する)情報といったところに関しては、しっかり主治医だったり医療従事者の方とお話をされて吟味いただければということを思っております。
岸田 今日ちょっと丸山ワクチンといったところの話も入ってきますけれども、そちらの方ご了承いただければと思っております。決してがんノートが推奨しているとかそういったわけではございませんので、そちらは髙橋さんも分かっていただいてご出演いただいているということでございますのでよろしくお願いいたします。
岸田 ということで、めちゃくちゃ興味津々なんですけれども(笑)丸山ワクチンができる大学病院を自分で決めていって、それを手術とか抗がん剤治療とともにやっていくみたいな感じになるんですかね?
髙橋 そうですね、手術が終わって1週間後ぐらいから丸山ワクチンを打つという感じです。自分で希望して打っていただくんですけど、入院中は丸山ワクチンをして3回打っていただいて、退院後も今は近くの町のクリニックのところで週3回注射をお願いしてる感じですかね。
岸田 実際どうなんですか?髙橋さん的には効いてる感覚とかどうなんでしょう?
髙橋 これはですね、何とも言えないっていうのが実際のところで。私の場合ってがんを一応取ってしまってるんで、例えばがんが体に残っていて丸山ワクチンを打っていたら縮小したっていうのであれば結構評価がわかりやすいと思うんですけど、私の場合はもともと一応取ってしまっているのでそれが減ったかどうかというのはなかなか評価しがたいところがありましてなんとも言えないというのは確かにあるんですが。
髙橋 ただ一つ言えることは、今こうして2年半、手術してから2年半経って今自分がこうして元気でいるってことと、2年半でずっと丸山ワクチンを打ってるっていう事実は一応あるってことなので、特にこの流れは変える必要がないかなと思ってますね。
岸田 はい、ありがとうございます。ちなみになんですけど、どれぐらいのお値段かかるんですか?あれって。自費診療ですよね?(公的)保険適用じゃないので。
髙橋 お金のところでお話ししようと思ってたんですが、薬代は20回分で9900円なんですよ、20回分で。
岸田 そうなんですね。
髙橋 20回って大体1ヶ月半ぐらいだと思うんですけど、ただ薬を買うだけじゃなくて実際に注射をしてもらわなきゃいけないんで、それは大体(公的)保険がきかないので1回大体1500円ぐらいですね、1回注射することに。
髙橋 それを週3回だと大体まあ注射代だけで週に4500円ですよね。それはまあ1年間だとまあ大体52週なんで、まあ4500×52プラス先生の報告書を診断書みたいなものなんですけど、それをお願いしたりとかすると大体年間で40万弱くらいはかかるかと思いますね。
岸田 うーん、それぐらいかかるっていうふうな感じなんですね、うんうん、ありがとうざいます。これはね、髙橋さんの場合に納得されてね、やられているということでございますのでということかと思います。ありがとうございます。
岸田 病院はそういったものができるようなところで治療していってっていったところになる。治療に関しても亜全摘の手術なども、もうそれはいたしかたないなっていうことでやっていくってことですよね?当時は。
髙橋 そうですね。先生もですね、標準治療みたいな形で抗がん剤ですとかあとはその放射線、再発予防のための放射線治療とかっていうのはもちろん提案していただけるんですけど、どうしますかって言われた時に考えたんですけど、私は手術する前に体重が62キロぐらいあったんですよね、退院する時に、体重が56キロぐらいまで減ってたんですよ。
髙橋 それで例えば放射線治療をそこから受けるとなると、多分後遺症とか味覚障害とかそういうのが起きますので、それで体重がさらに10キロぐらい減るということを先生に言われまして、62キロが20キロぐらい減るとなるとちょっと体力的には厳しいかなということもありまして、これ以上は体に負担をかけたくないなって思ったからやらないという選択肢を取りました。
岸田 ありがとうございます。それをやらないという選択肢もね、それもちゃんと医療者の方と相談してというふうなことですね。ありがとうございます。
発話・咀嚼・チタンプレート――舌がん治療後に残った3つの後遺症
岸田 そんな中で、次は副作用や後遺症のことになるんですけれども、やっぱり一番は話しづらさといったところがあるのかなと思いますけれども、こちらの副作用や後遺症、これらに対してどう考えどう乗り越えられるって言い方変ですけれども、どう対処されていくかちょっと教えていただいてもいいでしょうか?
髙橋 私の場合は大きく3つ不具合がありまして、まずは発話の問題ですよね。言葉がやっぱり今まで普通に取れていたコミュニケーションが取れなくなってしまってことなので、これは一番の自分の中での不具合だと感じています。
髙橋 特に「らりるれろ」が言いづらいんですよね、「ら行」が。なので「ら行」が入る単語とかっていうのは結構言いづらくて今も困ってる状態ですよね。
髙橋 それと2点目はやっぱり咀嚼(そしゃく)の問題で、先ほども申し上げましたとおり硬いものが食べられないんで、本当に柔らかいものしか食べられないっていう部分で食事が制限されてしまうっていうのが2つ目の苦労というところだと思いますね。
岸田 逆に食べれるものと食べれないものの差って、どこまで食べれてどこまで食べれないんですか?今。
髙橋 ご飯であればおかゆみたいなものしか食べられないですし、野菜は全部潰して味噌汁みたいなペースト状にするか、スープに入れて流動食により近いですよね。流し込むの感じの食べ方が、まあ今主な食事になってきてますね。なので、固形物は基本的には食べられない感じですね。
岸田 そっか、じゃあ叙々苑行ってたあの感じがもうできないということですね?
髙橋 そうなんですよね。あれが最後の焼肉は、最後は叙々苑ですよね私は。そういう意味ではまあ最後にはふさわしいのかなと思いますけどね(笑)
岸田 ありがとうございます。3つ目、お願いします。
髙橋 3つ目はあごの骨を切除してるので、その代わりにチタンプレートが入ってるんですねあごに。チタンプレートって金属で人工物なので、たまにこう感染症を起こして腫れ上がっているところがあるんですよ。
髙橋 腫れ上がって細菌とひっついたりすると結構腫れてしまって痛くなるというのが一つと、それはでも年に1〜2回ぐらい起こるかなというのがあるんですが。やっぱり人工物なので感染をしないために体が細菌を外に出そうとするので、その液体については体液として流そうとするんですよね。
髙橋 今ちょっと私はあごにばんそうこうをしていますけど、あごの中に穴が開いているんですよね。そこから少しずつ体液が流れてくるっていうのがあって、ばんそうこうを4時間〜5時間で1回ぐらい取っ替えなきゃいけないっていうそういう不具合がありますよね。
岸田 そうなんですね。数時間ごと、寝る前と寝た後ではちゃんと取り替えてっていう感じなんですね?
髙橋 そんな感じですね。
岸田 そういった不具合、それは一生ですか?それともどっかのタイミングでまた変わったりとかするんですか?
髙橋 一生やらずとすれば、足の腓骨っていうところから骨を取ってそのプレートを外して腓骨を移植するというそういう作業は手術が必要になってくるんですけど、結構大がかりの手術なので、やろうと思えばやれるんですけどちょっとまだ私の中では様子見というかそこまで大きな手術はまだいいかなって気がしますね。
「駅のホームで泣いた夜」――再々発の恐怖を支えてくれた妻の存在
岸田 分かりました、ありがとうございます。そして次のテーマなんですが、家族といったところでね、わんちゃんや奥様といったところのお話をお伺いしたいなと思うんですけれども、パートナーの方の支えだったりとかそういったところはどういったものがあったでしょうか?
髙橋 私は非常に小心者なので、一人で抱えておくことはできないんですよね。1回目のがんの告知から常に妻には報告をしていたので、3回目の再発の時はそれほど動揺することはあまりなかったですね。
髙橋 逆にですね、結構冷静で、例えば私が3回目の再発が分かった時に民間のですね、民間療法みたいなところに手を出しかけた時があったんですよね。
髙橋 そこはなんか一応触れ込みでは手術をしないで体の免疫の力で治しますよみたいなそんなようなところを誘い文句で呼ぶようだったんで、手術をしたくなかったのでちょっとわらにもすがる思いでそこに妻と聞きに行ったことがあったんですけど、そこはですね、今から思うとやっぱり話が怪しいですよ。
髙橋 まあ怪しいんですけど、当時私は正常な精神状態じゃなかったので、それでもですね、若干信じかけていたところがあったんですよ、その話を。だけど横に妻がいて、やっぱりそこはね的確にこれは違うと、これはちょっとおかしいんじゃないかみたいなことを僕にアドバイスしてくれたので、それはですね、本当に感謝していますし。
髙橋 結果的にですね、そこでは何も受けることはなかったんですが、帰りの道中はやっぱり自分の中でですね、そういうところに引っかかってしまいそうになってしまった自分の情けなさとかですね、これからの恐怖ですとか、もしかしてしぬかもしれないとかそういう恐怖もありますし、あとはそういうちょっと弱った人に対するビジネスっていうのは世の中に存在してるのかなっていう現実を見てしまったところでいろんな感情が溢れてきて。
髙橋 その当時僕50歳手前でしたけど、駅のホームで歩きながら泣いてましたね。
岸田 おお。
髙橋 そこが結構今考えるとどん底な状態だったと思いますが、妻はね、そういった意味では横で常に支えてくれてた存在なのですごく感謝しています。
岸田 そうかやっぱ通常なね、精神状態じゃなくなりますからね。やっぱそれにね、つけ込んでね、怪しげな民間療法とかね、ほんとね、あったりとかすると思うんで。いや〜、けどそれは奥様がしっかりこうアドバイスしてくださってよかったなっていうことを思います。ありがとうございます。
正社員から契約社員、在宅勤務へ――舌がん後に働き方を再設計した方法
岸田 そして次なんですけれども、こちらお仕事のところですね、ペイシェントジャーニーの方でもお仕事に関して在宅で復帰していったよっていうふうなことありましたけれども、お仕事当時どういうふうにお休みされてどういうふうに復帰していったのかっていったところをお伺いしてもいいでしょうか?
髙橋 まず3回目の再発が見つかった段階でこれ大きな手術になるかなと思ったんで会社にはすぐに話をして、会社で休職制度がありましたのでそこを使って1年間まるまる休職をした感じですね。
岸田 うん。
髙橋 復帰の時はですね、どういう形で復帰したかというといろいろ選択肢があったんですけど、まず言葉の問題が一つとあとは食べ物ですね、食べ物がやっぱり外食がちょっと難しいというのもありましたし、あと体力もですね、回復しなかった段階なのでやっぱり在宅勤務がいいかなということを考えていたんですが。
髙橋 うちの会社は自分の都合で在宅勤務をするということは基本的に制度上ないので、正社員としてはそういう制度は使えないんだなということを私もよく分かっていたので、じゃあ契約社員に切り替えてそういう在宅勤務が前提の契約にして働くということはできるんじゃないかということで、会社と話し合って今はそういう形で在宅する、終始在宅勤務での労働という形で切り替えさせていただいているところですね。
岸田 じゃあ同じ会社で、正社員から契約社員に切り替えて在宅で仕事をしているということなんですね?
髙橋 そうですね。
髙橋 会社のやり方も基本的に変わらないんですが、実は先ほど私は障害者手帳を取ったという話をさせていただいたんですけど、障害者手帳を持っていると法定雇用率という会社に企業が最低でも40人に1人は障害者を雇わなきゃいけないという法定雇用率というのがあるんですけど、うちのグループ会社って結構足りてない会社があったので。
髙橋 せっかく障害者手帳を取ったので、障害者雇用率を少しでも上げられるように子会社の方に籍を置いて貢献しようということで自分から提案して、子会社の方に籍を移した感じですかね。
岸田 それは人事をやってるからこそ分かってできる、すごい自分から提案されて障害者雇用率を上げていくっていうふうな、すごいですね。
髙橋 逆に言うと、会社としてもですね、障害者雇用率を維持するためには契約をそう簡単に打ち切れないっていうのも当然ありますので、私もそれで助かりますし会社も助かるということは両方利害が一致するという意味では一番いいのかなというのは思いましたね。
岸田 ありがとうございます。そのような形で皆さんもね、もし障害者手帳を持たれている方はそういったこともできるかもしれませんので、また参考になさっていただければと思います。ありがとうございます。
治療費・丸山ワクチン代・保険給付――髙橋さんのトータル費用の実態
岸田 そして次にですね、お金や保険のことといったところでお伺いしていきたいんですけど、保険入ってましたか?だったりとか治療費どれくらいかかりましたか?ということをお伺いしてもいいでしょうか?
髙橋 治療費はですね、過去3回手術しているので3回全部合わせると大体60万〜70万くらいはかかっているんじゃないかなというふうに思います。
岸田 それはあれですよね、自分で支払った金額がってことですよね?
髙橋 そうですそうです、保険適用された部分だけですね。なので保険がなければ、3倍くらい3倍以上かかっているのかもしれません。高額療養費を全部使ってこの金額って感じですかね。プラス先ほど申し上げた通り丸山ワクチンもやってますので、それが大体2年半くらいで100万くらいがかかっているかなと考えると、160〜170万くらいはトータルで使っていたかなというふうに思います。
髙橋 治療費はですね、民間の保険に入っていたこともありますので、あとは会社の福利厚生費で治療費の補助とかっていうのも3ヶ月分が補助を受けたりとか多少そういう制度がありましたので結構それは助かりまして、戻ってくるお金は若干プラスぐらいになっていたなと思うんですね。
岸田 よかったです、それであれば。そういった保険といったところで、あと会社の入っていたやつとかでそれで賄えたということですね。ありがとうございます。
毎日のぶつぶつ散歩が、言葉を少しずつ取り戻させてくれた
岸田 そして次こちら、工夫したことに関してなんですけれども、治療中でもいいですしマインド的なところでもいいですし、こういった工夫したよっていったところ、こちらございますでしょうか?
髙橋 工夫はですね、まず私の場合、言葉の問題もありますし体力がかなり落ち込んでいたので、まず散歩して体力を上げるっていうことが一つあって。プラスですね、散歩をしている間にですね、言葉の訓練も一緒にできるので、散歩しながら歩きながらですけど自分の言いづらい単語をですね、ぶつぶつと話しながらですね、喋りながら散歩をしていくっていうのが毎日続けてはいるんですが。
髙橋 やっぱりですね、50のおっさんがですね、ぶつぶつ独り言を言って歩いていると、人がいないときはねいいですけどたまに自分が気が付いていないときに人がすれ違ったりすると、かなりやっぱり怪しいかなと思うんですよ(笑)客観的にみると。
岸田 けど、それをやったことでだいぶ変わります?
髙橋 やっぱりですね、言いづらい単語っていうのは絶対にあるんです、今でも絶対に言えない単語はあるんですが、話し方の工夫みたいなところが練習ができるんで、多少ですね、全く言えなかった単語が少しは発声ができるような形にはなってくるかなと思いますね。
岸田 今もね、全然だって普通に会話できてるんで、すごい努力されたんだろうなってすごく思います本当に。ありがとうございます。
年収は落ちた、でも「今の生活に満足している」――がん後に変わった価値観
岸田 そして次の項目なんですけれども、変わったことといたしまして、これは物理的でもマインド的にもでもいいんですけど、意識的なところだったりとか様々なところで思ってたけどがんの前と後でみたいなそういったことでも構いませんし、変わったことについてお伺いしても構いませんでしょうか?
髙橋 まずは、もう先ほど申し上げたとおり仕事の内容は全く変わってないですけど、働き方は全く変わったと思いますね。やっぱり病気になる前は結構仕事を一生懸命やってまして、残業とかもしてましたし結構ハードな仕事をそんなに苦もなくやってましたけども。
髙橋 今となってはですね、やっぱりそんなの到底自分の中ではできませんし、本当に毎日週5で満員電車で会社まで行って毎日通勤されている方々が本当にスゲーなっていうふうに尊敬してますね。
髙橋 働き方が変わったので、当然お給料とかね、年収の意味では以前よりは格段に落ちましたけど、それはね、年収が落ちてもやっぱり今のゆったりとした生活っていうのは自分は満足しているので、これはこれでこういう生活の仕方もありかなとは今思っています。
岸田 ありがとうございます。やっぱり自分に合った働き方といったところができるようになったということになりますかね、ありがとうございます。
「自分の体験が誰かの参考に」――がんノートに応募した理由と、これからの目標
岸田 そして次、今後の夢や目標といたしまして髙橋さんが何か今後こうしていこうだったりだとか、こういうことを考えているよというのはもしありましたら教えてもらえたらと思います。
髙橋 今後の夢っていうのは、夢ってほどじゃないですが、今やっぱりまず今の生活を安定して続けていくっていうことがまず一つあります。
髙橋 その延長上で、余裕があればこういった自分の体験を少しずつ公に語っていくことでなんかね、そのヒントになる、私のその経験談がですね、なんかの参考にしてもらえる方がね、いらっしゃるのであればそれも一つね、人の役に立てる一つの方法かなと思って少しずつその活動も広げていければいいかなということを今考えております。
岸田 ありがとうございます。少しずつ今こう経験談をといったところで、がんノートを選んでくださってありがとうございます。
「絶望から、光が差し込んでくる」――髙橋さんから、がんと闘うすべての方へ
岸田 それではですね、ここからなんですがメッセージに移らせていただきたいと思います。髙橋さんのメッセージ、こちらになります。

髙橋 私のメッセージは、暗闇は長く続かないっていうことと、光は必ず差し込んでくるっていうことを言いたいと思います。
髙橋 今がんと診断を受けた方とか手術を控えている方とか、あとは入院中の方に対して特に申し上げたいんですが、今はね、絶望して目の前が真っ暗の状態が続いているかと思いますけども、時間が経てばですね、必ず光が差し込んできて目の前が明るくなる時がありますので、そこはちょっと申し上げておきたいかなというふうに思います。
髙橋 私も特に3回目の再発の時は将来の自分に絶望的な感情しか湧いてこなかったんですが、時間が経ってくればですね、自分も冷静になりますし、家族や兄弟とかもですね、いろんなアドバイスをくれますし、また生活する上でいろんな情報もゲットできますので少しずつですね、絶望から光が差し込んできて前向きな方向にベクトルが変わってくるかと思いますので、そんなような考え方が一つの参考になれば嬉しいかなと思います。
髙橋 またがんになった場合で大きな悩みとしては仕事とかですね、再就職とかそういったことが心配される方もたくさんご覧になるかと思うんですが、今お勤めの方であれば会社の人事の方とよく話し合っていただいて、会社のいろんな制度、健康保険の制度ですとか高額療養費とか国のいろんな制度がありますので、そういったものを活用することもできますし。
髙橋 これから就職を探される方はハローワークの長期療養者就職支援事業とかということもやってますし、大きな病院ではサポートしてくれる相談員の方もいらっしゃいます。
髙橋 私も社会保険労務士なんですけども、社会保険労務士会ではがん患者・障がい者等就労支援特別委員会というのがありまして、そこで相談することもできますので、気軽に相談に乗っていただいて自分のこれから生きるうえでの情報を有効的に活用していただければ少しは変わってくるんじゃないかなというふうに思っております。以上です。
岸田 髙橋さんありがとうございます。相談できる場所のことまでおっしゃっていただいて。治療も大事ですけど、その後といったところも、生活っていうところも本当に大事だと思いますので、ぜひ皆さんヒントにしてもらえたら嬉しいなということ思います。ありがとうございます。
岸田 これにてね、がんノート終わっていくんですけど、髙橋さんどうでした?お話ししてみていかがでしたでしょう?
髙橋 今回ですね、出演するにあたってさせていただくにあたってペイシェントジャーニーというのをいただいて、今までの自分のがんの経歴とかその時にどう思ったかなとかっていうのをいろいろ自分で整理をしている中で、これは非常にいいなと思いましたね。
髙橋 やっぱりその時の感情とかってなかなか堀り起こせない部分があるんで、これは一つの自分の体験としてまとめておいて何かのお役に立てる時があればそれを使っていくというのは非常に有効だなというふうにやっぱり感心しておりますので、これからもこういう機会がありましたらまた参加もし私でよければお力になれることがありましたらぜひお声がけいただければなと思います。
岸田 ありがとうございます。ぜひぜひまたいろんな話をまたがんノートでもしてほしいなということを思います。ありがとうございます。
岸田 それでは、これにてがんノート終了していきたいと思います。皆さんね、また次の動画でまたお会いできたらと思います。それでは皆さん次の動画でお会いしましょう。それでは、バイバーイ。
髙橋 ありがとうございました。
岸田 ありがとうございました。
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