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インタビュアー:岸田 / ゲスト:辻

西野カナのファンクラブ会員、3人の子育て中——がんと向き合う辻さんのプロフィール

岸田 それでは、がんノートをスタートしていきたいと思います。今日のゲストはかなえさんです、よろしくお願いします。かなえさんのプロフィール、こちらです。かなえさん簡単に自己紹介をお願いしてもいいでしょうか?

 かなえと申します。子どもが3人いまして、現在滋賀県に住んでいる44歳、専業主婦をしています。病名は慢性骨髄性白血病の急性転化です。告知をされましたのは去年ですね、去年2024年の7月です。まだ1年経っていない状況で、それからずっと薬物療法、薬によって治療してますといったところです。

岸田 滋賀出身の愛知在住じゃなくて、愛知出身の滋賀在住?

 そうです、逆です、ごめんなさい。

岸田 わかりました、じゃあちょっとこれ後で編集でちょっとそこだけ差し替えてきます。ありがとうございます。お仕事は今専業主婦ということですけど、以前にいろいろお仕事されていた、それはまた後でお伺いをしていきますが、音楽鑑賞という趣味、こちらは何の音楽を聴かれるんですか?

 もう何でも聴くんですけど、J-POPも聴きますしクラシックも好きだし、あと好きなアーティストは西野カナさんが大好きで、ずっとファンクラブにも入っていたりとかいろいろ聴きます。

岸田 「トリセツ」の。

 可愛らしい、ザ・アイドルっていう見た目も大好きで。

岸田 そうなんですね。音楽鑑賞も好きでっていったところで。病気の話についてはですね、これからもお話を聞いていきたいと思います、今も治療中ということで、告知がね、去年ですかね?なので43歳の時ってことは。

 はいそうです、去年です。

献血の異常値から急性転化の告知へ——感情の浮き沈みとともに振り返る闘病の軌跡

岸田 なので、今も治療されている、そんなかなえさんのお話を聞いていきたいと思います。どのような経過をたどってきたのかっていったところですね、この後ペイシェントジャーニーと呼ばれるものを使っていきます。この感情を浮き沈みをグラフにして伝えておりまして、上下が感情の起伏ですね。良い時、悪い時そして時間の経過、吹き出しはですね、このような形でポジティブ・ネガティブ普通と治療っていうふうな形になっております。早速なんですけれども、かなえさんのペイシェントジャーニーこちらになります ということで、前半がかなりきついっていったところで、後半がちょっと上がってくるという感じですね。まずはじめ、こちら、公共施設の事務職で就職と書いてありますけれども、公共施設?

 コミュニティセンターっていう地域のコミュニティ、生涯学習の場だったり地域の方が好きな時に出入りしてもらったり自治会活動とかで、を担っているようなそういう施設で働いていました。

「体質だと思っていた」——献血のたびに変わっていく数値が示していたもの

岸田 そこで働かれていって、その後ちょっとこちらですね、献血で血小板の数値が基準超えということで。

 そうなんです。献血を結構定期的に私行ってたんですね。で、ずっと正常値だったので自分の数値っていうのをよくわかっていたんですが、ある日からちょっと血小が高くて、それでなんかの血小板だけの献血をするのにすごく重宝がられまして、あなたたくさん血小板持ってるからっていうことで、女性にしてはね珍しいのかな?ちょっと高めなので、それだったらいっぱい貢献しようと思っていて、その時はなのでポジティブでいるんですね。全然病気の、その前兆だとも捉えていなかったし私はもともとちょっと血小板高めの体質なんだなっていうぐらいやや高めになってきてました。

岸田 血小板が多いと重宝されるんですね?

 そうなんです!それだけを必要としている方もいるので、成分献血という方法で。自分も体に負担がないのですごくよく通っていました。

岸田 ただそこからねちょっと下がっていくのが次こちら、また献血ですね、献血で白血球・赤血球の数値が基準を超えてしまっていくと。

 そうなんです。血小板は高めっていうふうに思っててあまり心配してなかったんですが、この頃から初めて白血球とか赤血球もちょっと高めになってきて、それっていうのは今までなかったことなので、あれ?私 風邪気味じゃないけどな?風邪ひいたのかな?とかちょっと気になり始めたのが献血で気づいたところです。ちょっとね、ややネガティブに心配になってきました。

岸田 そうなんですね。献血、これ 1年ごとに受けられてたりするんですか?

 いや、献血はですね、成分献血っていう結構 時間かけて採って必要な血小板とか取った後に赤血球とか体に必要なものをお返ししてくれるので、体に負担がないので2週間後にまた採ることができるんですね、最短で。

岸田 そういう献血があるんですね!

 そうなんです、それでね、貢献をしようと思って。自分の年の数は献血しようと思ってやってました。

岸田 すげえ、勝手に献血したら3ヶ月もしくは半年置かないといけないもんだと勝手に思ってました。

 献血の場合は、ちょっとね、期間が空けなきゃいけないんですけれども、そういう成分だけのものだと結構短い期間でまたできます。

最初の受診では見つからなかった——慢性骨髄性白血病の難しさ

岸田 知らなかった、ありがとうございます。ちょっと不安になっていった後に、次こちらですね、血液内科行かれたんですね?

 そうなんです、血液内科を受診しまして。こちらも定期的に行っていた婦人科、ちょっと生理痛が私重かったのでその痛み止めとかを処方して定期的に通っている婦人科さんでも、そこでの血液検査を定期的にあるんですが、それでちょっとやっぱ高いので、先生気になるのでちょっと血液内科を紹介してくださいと言って紹介状を書いていただいて、この時 初めて血液内科受診をしました。

岸田 そういうことですね、だからそこを紹介してもらって血液内科に行って。それでも何も異常はなかったと?

 何も異常がなかったんです。この時は本当に白血球もやや高い、基準値よりちょっと高めだけどそんな心配することもないよ、採血した血液の中にもがん細胞とかも見当たらないよっていうことで、もう問題ない、ちょっと高めだから何か血液疾患のごくごくごく初めかもしれないけど、2〜3年放っておいても大丈夫だしもう来る必要ないですよということでお返しされます。

岸田 もう来る気必要ないですよとも言われたんですね。

 そうです、定期的にね、また1ヶ月後とかもなくもう来なくていいよ。まあただ、健康診断とかで引っかかったりとかあまりに数値高いことがわかった時にはまあその時は来てくださいねっていう程度でした。

岸田 そうなんや、この時点で血液内科行ってもわからへんのや〜。

 そうだったんです…。

「やっぱりそうだったか」——一人で受けた告知と、複雑な気持ち

岸田 その後ね、次こちらになります、はい。次はまた婦人科で血液検査で引っかかる、この時も白血球とか赤血球が多い?

 この時も多かったし、さらに多くなっていたし、もうこの時には血液内に芽球っていう、呼ばれてる未熟な細胞、白血病細胞と呼ばれてるんですが、こちらがもう出現していて、すぐにもう婦人科の方から血液内科紹介するのですぐ行ってくださいということになりました。

岸田 で、血液内科紹介されるけど、また同じ血液内科?

 また同じところに、やっぱり前のデータがあるのでそのほうがいいかなと思って行きましたね。

岸田 で、その血液内科に行ったら、次こちらですね、がんと告知されるということで。この時は問題なしじゃなかったんですね?

 もうこの時は、もう出てますと。血液内にもそのがん細胞、悪いものが出ているので、マルク(骨髄検査)って呼ばれるんですけども、その腰から太い針を刺してマルクってちょっと痛い検査をね、その日にされまして、そこにどれだけいるかっていうのをね、わかる検査を受けました。

岸田 で、それで血液の値が異常だということが分かっていくということですよね?

 そうです。

岸田 その時、がん告知はどのように受けるんですか?一人でなのか家族でなのか、もしくは心情はどうでしたでしょう?

 これ、たった一人で受けましたね。間違いなく慢性骨髄性白血病だと思いますということです。でしたが、遺伝子的な検査にはもう1ヶ月近くかかるそうで、確定ではないけどおそらくそうだろうということでその日は帰されました。

岸田 ああそうなんですね。がん告知受けた時のかなえさんの心境ってどうでした?

 私の心境は、やっぱりなっていうところで。やっぱり色々ね、調べていましたので一番その症状的に出てくる病気、病名がこの慢性骨髄性白血病でしたので、やっぱりそうだったかというところ。でも今その病気っていいお薬が出てまして、お薬をきちんと飲んでさえいれば大丈夫って言われている病気でもあるので、そこは安心ではないけれどもちょっとスッキリした気持ちと仕方ないなっていうちょっと落ち込んだ気持ちと複雑半々でした。

告知から5日後、入院——すぐに始まった薬物療法

岸田 うーん、そっか。まあその半々な気持ちの中でここからね、治療を受けていくというふうな感じなんですよね?その次のコメントはこちらです。ステロイドを押されたりだとかそして分子標的薬をされたりだとかっていうことですけれども、治療方針としては その血液内科の先生から提示された治療をやっていく感じですか?

 そうですね。がん告知から 5日後に入院したんですね。ちょっと3日間ぐらいかけてちょっと仕事の引き継ぎというか仕事をしまして、土日挟んで月曜日入院だったんですが、もう月曜日からすぐに薬物療法が始まりました。

岸田 この中でなんですけど、薬物療法ちょっと上がってるんですよね、これはどっちも薬物療法ですね、分子標的薬がちょっと上がってるんですけど。これはなんか心境が違うんですか?

 まあちょっと効いてきて、お薬が毎日、 2日に1度血液検査をしてたんです入院中。で、どんどん結果が効いてるんだなっていうかやっつけてるぞみたいな感じで思ってました。副作用とかもいろいろありながらも前向きに治療に取り組んでいたので、少し上がってますね。

岸田 そういうことですね、ちゃんとあの結果が出てきたからちょっと上がってるっていうことですよね。その後なんですけれども、ちょっとまだ下がってきてそれは高熱でダウン、すべて休薬にっていうことですけれども、これはお薬のせいで高熱?

 多分おそらくこのステロイドを、プレドニンというお薬なんですが90ミリ飲んでましてそれって相当多いんですけども、この頃分子標的薬も一緒に飲み始めてステロイドを徐々に抜いていくっていうかね、やめるのに 2週間かけて量を減らしながら抜いていったんですが。それが結構体に負担のかかることだったみたいで、離脱症状と呼ばれるものがおそらく起きたのかなって思ってるんですが、血球が下がったりとかしましてドンとダウンしました。

岸田 そうなんですね。それでダウンして、じゃあこの分子標的薬の治療もちょっと休薬して。

 そうなんです、この一番ね、飲み続けなければいけない、がんをやっつける一番のお薬っていうのは何かやっぱ副作用とか体に、今ね、なんか風邪ひとつひいてもそうですけど、ちょっと調子悪い時にはね、すぐに休薬になってしまうんですね。

岸田 自分的にはね、休薬ならず飲みたいけどダウンしてしまうとね、休薬せざるを得ないっていったね、そのジレンマというか…。そこから上がっていきます、それは次こちら、お姉さまとの骨髄移植の型が合わず…でも…っていうなぜかポジティブで型が合わないのに書いてあるんですが、これはどういうことでしょう?

 そうなんです、私には姉が一人いまして、姉と姉の型も調べたんですけれども、ちょっと半分は合うんですがきょうだいって、半分合わなかったというか合わなかったってことになるんですが、それは残念だったんですが。でも先生が骨髄バンクの方に私の型を調べてくださったところ日本人でほぼほぼ一番多い型だということが分かって、私と会う人が今登録している方の中に2000人いるっていうふうに教えていただいたんですよ。なのですごくね、希望が見えたというかとても嬉しかったんですね、この時。

岸田 すごい!これはあれですか?型を聞いていくってことは、なんか骨髄移植はしていこうみたいな、そんな話になっていくということなんですね?

 そうなんです、最初こそですね、私急性転化っていう状況だったので、この病気には、病期っていうのかな、ステージみたいなもので言うと慢性期、移行期、急性転化期って3つに分かれていて、私もここにいるので、そういった患者さんは骨髄移植も視野に入れての治療になるので、そこはそういう話がもう準備が始まっていました。

岸田 それで、きょうだいで合わなかったけど2000人ほどドナーさんの候補がいらっしゃるってことで、ちょっとホッとしてポジティブってことですよね?

 そうです。

岸田 そこからね、またちょっと上がっていきます。これが退院翌日に子どもの運動会へということで、高熱でダウンした後?

 高熱でダウンして、ちょっとまた回復しまして、で、ちょっと安定してるのでそろそろ退院もしてもいいかなっていうふうに先生がおっしゃったんですが、その退院のタイミングってやっぱり自分が参加したいものの前に退院したいと思って。一番下の次女が年長さんなので、保育園、最後の運動会でこれを見たかったんです。それに合わせて退院させていただいて、前日なんですけれども退院がかなったということですごく嬉しかったです。

岸田 逆に翌日に運動会に行く体力すごいですね!?

 そうですよね(笑)本当にね、そう思います(笑)

岸田 大丈夫でした?

 疲れました(笑)

岸田 でしょうね!!(笑)それをモチベーションにして退院できて、それは良かったなということを思います。そしてその次がですね、こちら、検査結果も良好ということで。その後は結構いい感じに進んでいたんですね?

 そうなんです。本当にお薬がこんなに効くかって、先生が最近ちょっとその頃のことを聞いた時におっしゃったんですが、ここまで効く人もなかなかいないっていうぐらいすごくお薬が効いてくれまして。もう検出せずっていう、このがん細胞がもうほぼほぼいないよっていう、検出できる数値ではないよっていうところまでその時きまして、病気してから5ヶ月目なんですけれどもとっても嬉しかったんですね、検出せずをもらえた。

コーディネーターだったから知っていた——骨髄移植の怖さと、決められない日々

岸田 それはすごい!いいですね。そっか、それで検出せずっていうことでハッピーな部分でありましたが、ここから1個下がっていくのは、次こちら、骨髄移植をすすめられる。そうですよね、骨髄移植の準備してましたもんね?

 そう、準備はしていたけれども、ここまで調子が良いんだったら骨髄移植もしなくていいんじゃないか、薬で一生ね、飲み続けていてもいいんじゃないかなって思ってたんですね、私自身。先生はどのようにおっしゃるかなと思って、そろそろ先生お仕事休んでましたのでそろそろ仕事復帰したいんですけど来月ぐらいからいいですか?って聞いたところストップがかかりまして。いやいや、辻さんの場合再発する可能性があるから、やっぱりそういった同じね、血液内科の先生にも聞いたところ、急性転化ということで今どれだけ調子がよくてもそこを懸念してできるうちに調子のいいうちに骨髄移植した方がいいんじゃないかっていう意見が多いんだよね、だからちょっと仕事復帰はちょっと考えてくださいというふうにストップがかかりました…。

岸田 そっか〜迷いますね、それはね。

 そうなんです。

岸田 仕事復帰したいけど、そういった状況もあってどうしようかっていうので悶々としているのがこの下がっているという状況ですね。

 そうですね、私もともと骨髄バンクでコーディネーターというお仕事をしてたことがありまして、そうなんです。なのでね、骨髄移植っていうものがどういったものか、どれだけ患者さんに負担があることなのかっていうのもよく理解しているので逆に怖かったんです。自分の母も実は骨髄移植を2回していましたので、それを間近で見ていたりとかもあって、完治するのにはとても効果的な治療ではあるけれども、その分とても体に負担のかかるとても大変な治療ということはすごい理解していたので、自分にはもうすぐに骨髄移植しますっていう逆に勇気がないというか、怖さを知っているのでとても迷いました。

岸田 そっか逆にコーディネーターをしていて骨髄移植の方々を見ているから、すごくそういったイメージとか今後こうなっていくのかもしれないっていう怖さがあってってことなんですね。

 逆にそういう知識があると、私それをすることによって自分の自己免疫も今いい状態のものも減らすっていうのはどうなのかな?とか、とてもね、決断ができない、自分のどれだけ考えても決断できませんでした。

「自分の娘なら、しない」——セカンドオピニオンで得た、決断のための言葉

岸田 この決断ができない、そんな状況でかなえさんはこちらしていきます、セカンドオピニオンということで、やっぱ他の先生の話を聞いてみようっていうふうなことで思ったってことですかね?

 はい、そうなんです、もうね、自分ではもう決めきれないって思ったので、この慢性骨髄性白血病に一番と言ってはあれだけど、日本でね、もうほんと数人のお医者さんの中に入る名医の方を訪ねてセカンドオピニオンに行きました。

岸田 いや〜そうですよね、そこでね、ちょっともう高くなっているので良かったんだろうなと思うんですけれども、先生からどんな話があったんでしょうか?

 そうですね、先生からはこれだけ薬が効いているのだから、骨髄移植をするとやっぱそれなりにリスクが伴う。自分の娘がもし同じ状況だったら僕はしないってその先生がおっしゃったのが一番印象的で、薬でいけるんではないかという方向に私も気持ちが傾いたし、それで行こうって思いました。

岸田 確かにね、これでね、検査結果がね、そんなに芳しくなかったらちょっとまあ骨髄移植もね、もちろん視野には入ったと思うんですけど、めちゃくちゃ今もうね、良好でっていうふうなことでもありますもんね〜。そしてこのね、治療として次こちらしていきます、薬物療法で分子標的薬を骨髄…じゃない。

 腰椎。

岸田 腰椎穿刺ですね、ごめんなさい。

 このセカンドオピニオンの先生が言ってくださったのが、今飲んでいるお薬よりやや強いお薬に変えた方がいいということと、あと予防的にこの腰椎穿刺と呼ばれているんですが、髄中注射って言って髄液内にいるがん細胞、いなくても予防的にそこに抗がん剤を打つ 注射のことなんですが、こちらを8回程度予防的にしていた方がいいんじゃないかということでそういった治療を進めてます。

岸田 ありがとうございます。皆さんがんの治療法についてはいろいろ話もありますけれども、あくまでもがんノートはがんの経験談にフォーカスしているというところなので、治療法とかそういったところに関してはやっぱり主治医の先生だったりとかしっかりその先生と相談して決めてもらえたら嬉しいなということも思っています。僕もやっぱり慢性骨髄性白血病の方で腰椎穿刺・髄注される人って、僕初めて聞きました。

 ですね、ほとんど聞かないですね。急性リンパ性白血病とかにはよくされている治療法ではあるみたいなんですが、慢性ではなかなかしてるっていう方聞いたことないですね。

岸田 ありがとうございます。それに関しては主治医の先生ともちゃんと話もしてそうなっているってことですもんね?

 はい、そうです。その話をちゃんと持ち帰って主治医の先生と決めて行っています。

岸田 ありがとうございます。それをしていってちょっと下がっていきます、それが次こちら、職場を退職。結局復帰難しかったんですね。だけどポジティブっていうのは、仕事辞めれてハッピーなのかどういう心境なのか(笑)ちょっと教えてもらっていいですか?

 もう仕事はね、本当にね、やめたくなかったです。本当に良い職場で良い方に恵まれて、みんな私が復帰するのを待っててくださったのでその期待にずっと答えたいって思って頑張ってきたんですが、このセカンドピニオンでその腰椎穿刺を行うのがこの病院では入院での治療になるっていうことで、毎月月に一度入院が8回これからもまだ続くっていうことが分かったので、この時点でこれ以上ずっと待っててもらうわけにはいかない、そしてその治療の副作用なども今後あることを考えると、またその体調不良などによってたびたび休んだりご迷惑かけることになるかもしれないっていうことが自分も心配で、一旦辞めるという決断に至りました。

岸田 職場からっていうよりは自分がっていうふうな感じのですかね?

 そうです。本当に未練がたくさんある、とっても素敵な職場でしたので。でもなんでポジティブにしたかというと、やっぱり治療のため、自分の体、治療に専念するために私の意思で退職をするのだからここはネガティブになってってはいけないって思い込んでのポジティブにしました。

目標は運動会と西野カナさんのライブ——治療を続けるモチベーションの作り方

岸田 そういうことですね。職場退職するのは嫌だけど、自分のポジティブな選択のためにっていうふうなところでね、やっていって。そしてその次がこちらですね、ライブに行く、切り替えがうまい。これはあれですか?さっき言ってた西野カナさんの?

 そうなんです。西野カナさんが私大好きで、病気がわかる前にちょうどね、活動を復帰されましたので、すっごくね、テンションが上がっている時にがん告知されたので、もうこのライブに行くまで私しねないと思って、そういう気持ちでね、ずっと治療も頑張ってきたのでこのライブに行くっていうのは一つの目標でもあって、これがかなった瞬間だったのでとっても嬉しかったです。

岸田 あ〜よかった。それはなんかテンション高くね、そしてその後、今は治療頑張るということで、まだ治療は続いてるんですもんね?

 はい、そうです。毎日お薬も欠かさず飲んでますし、腰椎穿刺の方も髄注も1〜2ヶ月に一度のペースで入院して治療を続けてます。

岸田 そういうふうな形でね。だから、また今月もね、また入院するんですもんね?

 そうです、今月も入院します。

岸田 その合間を縫って出てくださって、ありがとうございます本当に。今体調とか大丈夫ですか?そこは。

 はい、体調はね、もう全然大丈夫です、元気です。

岸田 ありがとうございます。そして今までペイシェントジャーニーをお伺いしてきました。ちょっとね、お写真もいただいておりますので、ちょっとお写真も見させていただければと思います、こちらドン!ということで。これが、どの時のお写真なのかっていうのはまず左側ちょっと説明していただいてもいいでしょうか?

 左はもうこれはね、よく私が、私の足なんですが汚くて恥ずかしい申し訳ないんですが、よく見ると点状に出血してしまう、点状出血と呼ばれる症状がたびたび起こっていました。

岸田 点状っていうのはポツポツの点状?

 そうです、点々の点状に出血。

岸田 出血するんですか?これが。

 うっ血と呼ばれていて、皮膚の奥から湧き上がってきているのかな?

岸田 そういうこと。

 あざではないけれども、そういう感じでポツポツと足とか腕とかにこういった点状出血はずっと見られていました。

岸田 これは抗がん剤、分子標的薬の副作用?

 まあ、この薬の副作用かもしれないっていうふうに先生はおっしゃってましたね。

岸田 それは最初の方?今もずっと?

 いや、最初の方です。今は全然なんですが、これ入院中とか一番体調の重い時にはこういう感じで、皮膚になんかそういうもろもろと薬疹っていうのかな、そういうものがでる、結構皮膚に副作用が出ることが多かったです。

岸田 そうなんですね、確かに薬疹って聞いたことあります確かに。そしてその右側が、これは。

 これは私の歯なんですが…歯なんです。一番副作用でびっくりしたのが実は歯が欠けたことだったんですね。入院中、あんぱんをね、かじりついて食べてたら中に硬いものがガリって当たったので、なんか異物が入ってると思ったら自分の歯だったんです。

岸田 えぇ!これ結構大きめな歯ですよね?

 これね、結構欠けましたね。奥歯の方だったので見た目にはね、ちょっと影響なくて良かったんですけど、びっくりしました。もう硬いもの食べたわけではない、あんぱんですよ?あんぱん食べて歯が欠けるんだって思って。これはステロイドが骨をもろくするらしくて、だからね、転んだりしないように気をつけてねっておっしゃってたんですが、ちょうどステロイドを服用してた時に歯が欠けたので、多少虫歯の影響もあったかもしれませんがそうやって歯が欠けたっていうことがちょっとショッキングでした。

岸田 この後、欠けた歯はどうなるんですか?また治した?

 治しました。退院してすぐに歯医者さんにやっと行くことができて治療しました。

岸田 歯が欠けることもあるっていうことで。そしてそのね、お写真まだいただいております、こちら。これ左側はなんかもう寝込んでますけど。

 そうですね、これ一番自分がつらかった時の写真で。高熱と血球も減少して輸血され、もうね、なんかモニター?心臓のモニターもつけられ、なんかもう私ダメかなぁ?もしかして感染症にかかっちゃってたのかな?っていうところで。看護師さんたちも 5〜6人 バタバタバタっときて、なんかちょっとただならぬ雰囲気だったので、これ私もしかしたらね、今から無菌室に行ったりとかしてね、本当に運悪いと本当にやばいことになるかもしれないという危機感を感じた日です。

岸田 高熱でダウンっていうふうな時のお写真ですよね。

 そうです。一番ちょっとやばい、これもしかしたらしんじゃうかもしれないって思ったので、最後のちょっと自撮りだと思って撮りました(笑)

岸田 もう終わりだと思ってね(笑)

 終わりだと思って(笑)

岸田 最後の…不謹慎ですけど最後の自分の姿をね。

 絶対最後になるかもしれないと思って撮った写真でしたね。

岸田 だから本当、そういうふうなつらい時に写真があって、そのおかげで我々はこんな感じだったんだってね、想像することができますからね。本当ありがとうございます。

 顔もね、すごくむくんだり、ちょっとね赤ら顔っていうのかな、いつも常にほっぺが赤かったんです。

岸田 ああ、そういうことか。

 そうなんです。ムーンフェイスって呼ばれて、リンパ腺のあたりとかがボンって腫れて顔もちょっと本当大きくなってました。常にむくんでました。

岸田 それってステロイドが抜けてきたらまたこう戻っていくもんなんですか?

 もうね、時間かかりましたけど徐々に抜けてはきましたが、時間かかりました。なかなかもう腫れぼったい顔が直らなかったです。

岸田 そうなんですね、数ヶ月とかはかかったってことですね?

 はい、かかりましたね。

岸田 そして、その右側がこれは?

 セカンドピニオンに行った時の写真ですね。佐賀大学医学部附属病院という九州にあるところにはるばる先生を訪ねていきました。

岸田 すげぇ!そこに入ってまぁ、これピースしてるってことはセカンドオピニオンの後かな?

 前です(笑)着いた時ですね。

岸田 着いた時に、まあ到着したぞっていうふうな形で撮影してるんですかね。ありがとうございます。このセカンドオピニオンがね、本当にかなえさんの人生をね、左右したと言っても過言ではないような、そんなセカンドオピニオンであったということですね。まあちょっとね、このお話も次の項目で聞いていくんですけれども、この次の項目からですね、それぞれの項目に沿ってより深掘りしていくようなところになります。

自分で決められないから、行った——かなえさんのセカンドオピニオンの選び方

岸田 なので、まず深掘りポイントの一つ目としてこちら、病院・治療の選択といったところで、どういうふうに、さっき言ったセカンドオピニオンの場所を決めただったりだとか、お薬をこうしていこうってどういうふうに説明を受けてどういうふうにしていったのか。最近SDMっていう言葉があって、シェアード・ディシジョン・メイキングって言って医療従事者の方としっかり話し合って治療方針とかを決めていくっていうふうな今流れになっているんですけれども、まず初めは婦人科の先生が血液内科を紹介されていくので、まぁそこはもうそのまま沿っていくっていうことですよね?自分で。

 そうですね。まぁ自分もいくつか血液内科があって、先生がどこにします?って聞かれた時に、おそらくこの病気であった場合通院治療が主になるので自分の家から一番近い血液内科にしてくださいって言ってそこを紹介してもらいました。

岸田 じゃあ通院のしやすさからセカンドオピニオン先を紹介されて。ただ、その病院最初は問題ないと言われてその後もう一回その治療で通うじゃないですか?なんか最初問題ないと言われたのにってさっき血液検査の値があるからそこにしたっておっしゃってましたけど、不安とかなかったでした?

 違う先生になったんですけどね、最初の先生ではなかったんですけども、不安はね〜なかったですね。もうその次はもう病気がね、わかるだろうし、まあ前回の時にね、わかってたらよかったのにっていうのはあったけどもそれは仕方ないかって思って。ちょっともやっとしてた部分はあるんですけれども、それは仕方ないって切り替えました。

岸田 切り替えて治療していって。そして治療の選択としても先生がこのようにやっていこうといったところで分子標的薬・ステロイドもやっていきつつ、骨髄移植をするかどうかで先生とちょっと悩んだということですよね?

 そこは大きな選択になるので、先生はした方がいいっておっしゃったけど、でも簡単には先生決断できませんって、もうちょっと考えたい。でも自分がどれだけ考えても答えが出ないので、そこはセカンドオピニオンをしようと。セカンドオピニオンの選び方ってやっぱり自分が一番信頼できる、すっきりする答えをもらえるっていうのが大前提なんじゃないかなと思って。

 どれだけ距離が遠くても自分がこの先生に話を聞きたいっていうところに行かないとセカンドオピニオン終わらないって思ったので、そこは、先生選びは自分がこの病気を色々調べる中で必ず出てくる、講演会であったりとかそういう説明の動画であったりとかでよく出てくる先生っているんですけれども、そこからこの先生はとっても分かりやすい説明で信頼できるな、この先生に会いに行こうって決めて絞っていきました。

岸田 この先生に会いに行こうっていうのをそういったもので決めて主治医の先生に受けたいんですけどって言った時に、主治医の先生に言いづらくなかったです?

 全然言いましたね(笑)先生私も決断できないし、その先生のお名前を出したらよくよく血液内科会ではとても有名な先生でいらっしゃるので、遠いけど大丈夫?みたいな感じで、僕も先生のご意見聞きたいから行ってきてくださいみたいな感じで背中を押してくれました。

岸田 で、それでセカンドオピニオンを行きましたっていったところで、その先生はどうでした?佐賀大まで行かれたんですよね?

 そうなんです、もうね、先生はね、動画とかでそれまで見させていただいていたんですが、もうそのままでとってもわかりやすい説明ととっても丁寧な本当に長時間、45分間だったと思うんですが、しっかりその時間とってしっかりとお話ししてくださいました。

岸田 で、自分の納得いく答えをくださって、それでまあ骨髄移植ではなく違う治療というか腰椎穿刺ね、髄注していくっていうふうな選択を取られていく。今のところそれはどうでした?かなえさん的には?

 そうですね、もうね、できる限りのことをやっぱりしたいっていう思いがあるので、もう何かその、できる術があるのであればそれってありがたいことで、治療法があるというのはね。もう痛いことですけれども我慢してやるしかない、そういった提案をしてくださってとてもありがたかったなと思っています。

 あとですね、このお薬をCML(慢性骨髄性白血病)って慢性骨髄性…。

岸田 CML(慢性骨髄性白血病)でいいですよ。

 CMLって2〜3年この検出せずもう寛解状態が続いていったらお薬を止めるストップチャレンジっていうのが結構行われてきているんですけれども、もう薬を止められたら一番いいよねっていう時代になってきていて、それは私も可能ですか?って先生にセカンドピニオンの先生に聞いたところ、10年間は飲んだ方がいいっていうことで、そういったところも今後の長期的な治療方針、お薬をどれぐらい飲み続けて調子が良ければストップチャレンジできるのかということもしっかり聞けてよかったです。

岸田 よかった、それは。確かにね、がんノートの歴代出演者の中でもストップチャレンジですかね、ちゃんとストップして今も元気にいらっしゃる方もいらっしゃるので、その10年間、あと9年?

 はい、長いけど。

岸田 長いけど、いやいや。またちょっとストップしてどうだったかっていうのはぜひまた がんノートでもお話いただきたいなと思います。ありがとうございます。

今はほぼ副作用なし——アイクルシグ服用中の現在の体調管理

岸田 そしてその次にちょっと副作用や後遺症のことについてもちょっとお伺いをしていきたいなと思います。さっきね、ムーンフェイスのことだったり高熱のことだったりとかいろいろ出てきましたけれども、今の治療では副作用とか後遺症とかっていうのはどうでしょう?

 今はほぼほぼないんですけども、私ね、今飲んでる薬が、このね、これがアイクルシグっていうお薬を飲んでいるんですが、こちらが血栓とか高血圧になりやすいリスクがありまして。

 なので、それと一緒にそれを予防する薬と、あとね、皮膚とかにトラブルがないようにアレルギー予防薬を飲んでいるので、もしかしたらもう予防的にそういうのを飲んでるから何も起こらずにいけてるのかもしれないです。

岸田 いろんなお薬を今飲んでるわけですね?

 そうですね、今3種類ぐらい飲んでます。胃薬とアレルギー薬とコレステロールをコントロールお薬とこのアイクルシグ、4種類ですね、飲んでます。

岸田 アイクルシグっていうのは毎日 1つ飲むみたいなやつ?

 これは毎日私は朝に2錠飲んでます。

岸田 2錠飲む。

 30ミリっていう容量。

岸田 忘れたりとかはないんですか?

 これね、忘れちゃ絶対ダメなので、絶対今まで忘れたことないです

岸田 すごい。

 お薬カレンダーってわかります?

岸田 ありますよね、壁紙に。

 それに入れて、必ず朝は絶対忘れないようにしてます。昼をよく忘れちゃうんですがこれは胃薬なのでよしってこともないけど、このアイクルシグちゃんは絶対に飲み忘れないようには気をつけています。

岸田 さすが、いいですね。ということは、今じゃそういう特段後遺症もなく今は過ごされているということですね?

 今はもう全然、何もないです。

岸田 ありがとうございます。

「親に心配をかけずに済んだ」——両親を早くに亡くしたからこそ気づいた、逆説的な安堵

岸田 そして次のですね、家族のことについてちょっと次お伺いしていきたいなということを思っております。

岸田 家族のこと、またお子さんのことはこの次にお伺いしますのでパートナーさんのことだったりとか、ご自身のご両親だったりとかですね、家族についてお姉さんの話もさっきありましたしご家族についてお伺いしたいと思うんですけれども。ご家族、反応だったりとかサポートだったりとかそこら辺どうでしたでしょうか?

 そうですね、本当に家族にはね、その私が3ヶ月間入院している間は本当にね、迷惑かけましたし、協力的にしてくれたなっていう思いでいっぱいです。で、私の両親はもう他界をしてまして、なので両親に何か協力を得ることはできなかったんですけれども、旦那さんのお義母さんがほとんど同じ敷地内に違う棟で生活してまして、すごく協力をしてくれましたね。お義母さんのおかげかなって思ってます

岸田 そうなんですね、そっか。じゃあその義理のお母さんたち、ご両親がちょっとサポートしてくださって、それで今過ごされているということなんですよね?

 はい、そうですね。色々家事からね、子どものこともすべてね、お義母さんと旦那と協力し合ってね、してくれたなって思ってます。

岸田 ありがとうございます。あと、ご両親の話しなくて大丈夫ですか?

 両親なんですが、私のね、母親も多発性骨髄腫って49歳とかでなくなっているし、父も66歳という若さでなくなっているんですが。とっても本当に寂しいことなんだけれども、私この病気した時に思ったのが、自分の子どもが病気になるほど心配なことはない、悲しいことはないので、その思いをさせずに済んだことだけは私はよかったなって、今思っていることです。

岸田 子どもが治療だったりとかいろんなことになると親としてはちょっと…もちろんかなえさんも3児の母でありますしそういった思いがありますから、そういったところを思いをさせなくてっていうことがあったということですよね。

岸田 これもね、ちょっとお打ち合わせの時にちょっとお伺いして、こう、そういう考え方もあるんだっていうのをね、ちょっと本当にハッと気づかされたので、ぜひちょっと共有してほしいなと思ってお話しいただきました。ありがとうございます。

「大丈夫だよ」と言い切った——子どもへの病気の伝え方と、家族の変化

岸田 そして次こちら、子どものことなんですけれども、子どものことを3児の母で、何歳と何歳と何歳でしたっけ?15歳、13歳、6歳か。

 はい、そうです、その通りで。一番大変だったのは去年なので15歳の長女がちょうど高校受験の年だったんですね。部活を辞めたちょうど夏休みだったので、私が病気になったのが。本当はそこから受験勉強を頑張るときに私がいなかったので、何もそういったね、サポート的なことが全くできなかったっていうのがあります。

岸田 そっか、その時はその長女さんとかそういうのなんか大丈夫でしたって言い方変ですけど、どうでした?

 子どもたちね、でもね、すごい明るいので。私も子どもとか家族にね、絶対心配かけないようにいつも明るく前向きなところしか見せてなかったので、一番心配性なのは次男、あ、次男じゃない長男。

 私がちゃんとね、子どもには隠さずにこういうお母さん病気になっちゃってこういうこういう病気なんだよっていうのはね、結構しっかりお話はしてたんですけど、聞くとやっぱりね、それって大丈夫なん?ていうふうに心配はあったんですけど、いや大丈夫だよって、そこで 大丈夫だよって言い切ってました。

 だから、それを信じてたのか子どもたちももうちょっと心配してくれてもいいんじゃない?ってぐらい、もうそこはね、それでいいんですけど(笑)すごく明るく普段通りの生活してくれてたんじゃないかなって思います。

岸田 ああ、であれば良かった。

 心の中は心配してくれてたと思いますけどね。

岸田 一番下の子の運動会とかのために治療頑張ったりとか色々ありましたしね、それもね、モチベーションですよね。

 はい、そうですね。

岸田 ちなみに、その治療中の家事とかも全部やられてた?それともお父様の、お父様ってパートナーの方のご両親が手伝ってくださったりとかした感じです?

 そうですね、旦那のお義母さんが家事・お料理してくださったり、あとね、すごくしっかりしたなって思ったのが、週末日曜日はその長女がお料理する日なんか設定してたみたいで、ちょっとね、私がいないことによってちょっとしっかりすることもあるんだなっていう。

岸田 おお!

 協力しあってしてくれてたみたいで。

岸田 そうなんですね。そういうね、家族でちょっとサポートしながら乗り越えていったって感じなんですね。

 はい、そのようです。

岸田 ありがとうございます。

規約まで変えてくれた職場と、それでも退職を選んだ理由

岸田 そしてちょっと次はですね、仕事のことについてちょっとお伺いをしていきたいなと思います。

岸田 大好きなお仕事を辞めてしまってっていうふうなこともありましたけれども、やっぱ最初は休職をしてだったりとかその周りの人の反応だったりだとか、ちょっとそういったところをお伺いしてもいいですか?

 そうですね、皆さんね、びっくりしてましたね、最初は。こんなに元気なのに、見た目もそんなに出る病気ではないので、見た目も本当に普通だし普通に元気にお仕事してたので皆さんとってもびっくり驚かれてました。

岸田 うん、ですよね。ただ、その休職しないといけないっていう時はスムーズに休職できた感じですか?

 はい、そうです。私の上司もすごく色々調べてくださって、例えば傷病手当の手続きであったりとか病気で療養中の人にはこういう権利がありますよとかもう全部ね。そういった病気の時ってね、なかなかそういうことに気が回らないんですけれども、そういうところもアドバイスしてくださったり本当にたくさん協力してくれて支えてもらいました。

岸田 そうなんですね。

 あと私のその職場が3ヶ月病気でお休みをすると3ヶ月間が猶予があるが、3ヶ月以上超えるとまぁちょっとクビになってしまうという古い規則のままだったみたいで、そこを改めてちゃんと役員さんとか皆さんと諮ってもらって、そこの内容まで変更してくださって私が復帰できるように規約を変えていただいたりとか、そこまでしてくださいました。

岸田 いい会社さんですね。

 涙が出そうなぐらいね、とてもね、よくしていただきました。

岸田 じゃあそんな中でね、ただ最終的には仕事が復帰できずっていうことでしたもんね?

 うん、本当ね。復帰して、恩返しイコール復帰だって私の中でずっと思っていたんですが、まず自分の体を元気にしなくちゃっていうことが大前提だって思ったし、違う形でね、恩返しできたらなって今思ってます。

岸田 違う形でね、そっか。なので、退職はしてしまいましたけれどもまだまだ治療が落ち着いたらまだ働く意思は全然あるっていうことですよね?

 そうですね、いつかちゃんとまたお仕事、自分の体調とバランス取りながらお仕事復帰もしたいなって思っています。

岸田 ありがとうございます。まずは治療を完遂して、全て終えるところまでまず無事にできることがあるかなと思います。ありがとうございます。

病名がわかる前に動いていた——がん保険と通院保障、加入のタイミング

岸田 そして次ですね、お金や保険のことについてお伺いをしていきたいなということを思っています。お金に関して大事だと思いますし、民間の保険に入っていたのかどうかというところでも出費が変わってくると思うんですけれども、お金や保険といったところで治療費などはどう賄われていましたでしょうか?

 私自身病気がわかるまでに結構時間があったというか、まだ病気ってわかる前に入れる保険には入っておこうって思っていたので、そこで準備する期間があったのはすごく不幸中の幸いというか。もともと入ってた保険をね、掛け金を倍にしてみたり、がん保険入ってみたりっていう準備はできたことはよかったなって思ってます。

岸田 あぁそっか!しっかり、その間だって1年2年ありましたもんね?なんかちょっと、ただそれでもちゃんと病院ではね、問題ないって言われてるし、ただちょっと怖いから自分の予防っていうかそれこそ保険のために保険に入ったってことですよね?

 そうですね。保険会社の方にも今こういうことで病院に行きました、だけれども問題ないって返されていますっていうそういう経緯もすべて全部お話ししたうえで入れた保険なので、そこは問題なかったですね。

岸田 ああ、すごい。じゃあ治療に関しても告知されてから、民間の保険で結構よく賄えたって感じですかね?

 そうですね。この病気自体が本当にもしかしたら一生付き合っていく、しかも高額なお薬なので、もうそれを考えたら賄えるかどうかは分からないけれども、今普通に生活するにあたって保険の恩恵にはあやかってますね。

岸田 ちなみに完全にごめんなさい、言いたくなかったら全然大丈夫ですけど、結構告知されたらがっつり出るやつなのか、それとも治療を長く続けて長く出ていくような保険なのか、どういう考えで入られたのかなって。ごめんなさい、勝手な興味の…聞いてもいいですか?

 がん保険はやっぱがんと告知されたらドンって最初に入るものが数種類入っていました。あと一番ね、今助かってるのが通院で1日あたりいくらっていうふうに、なかなかあんまりね、通院の保障があるものって少なかったので、それがついてるものってやっぱりね、入っといてよかったなって思ってます。

岸田 そうか、やっぱそれは結構な通院頻度だからってことですよね?

 そうですね、通院頻度高いですね。で、ちょっと月に1回 1万円ぐらいのね、検査もあるのでもうそれは助かりますね。通院の保障はつけといてよかったなって思います。

岸田 ありがとうございます。じゃあ治療費などは そういったところで賄ってっていうことですよね?

 はい、そうです。それとあと傷病手当。

岸田 傷病手当金が、そっか、お仕事をしてもらえるってことですよね?

 今はそうですね。

岸田 じゃあ今のところは、ちょっと今後続けていくからちょっとどうなるか分からないですけど、今のところはプラスでいけてる感じですかね?

 今のところはちゃんと計算しないといけませんけど、入院もそこそこかかっているので。入院が結構長期間だったのですが、そこはでも全部保険ではいけてるはずです。

岸田 ありがとうございます。あと生活費とかは旦那さんのね、稼ぎだったりそういうところでね、できたりとかもしますもんね?

 そうですね。でもね、子どもが3人いるので子ども育てるにもね、今後もこれからどんどんお金がかかるし、でも自分にもね、お金のかかる病気になっちゃったし、で。やっぱり いつかはね、ちゃんとお仕事をしたいなって。

岸田 ありがとうございます。今後 (下の子たちも)受験も入ってきますからね、お子さんたちの子育てにもお金がかかるということで。ありがとうございます。

1日1ページの日記と、ロビーでの食事——入院生活を前向きに乗り越えるためにしたこと

岸田 その次こちら、工夫したこと・していることといたしましてですね、かなえさんが入院中でもいいですし、治療中そして治療後、今でも構いませんので、こういった工夫したよっていうのをもし皆さんとシェアできるものがあれば教えていただきたいんですけど いかがでしょうか?

 そうですね、私すごく入院中つらかったのが頭痛がすごい副作用であって、寝れない、もう睡眠取れないってことに悩んだので、入院中の工夫としては自分の枕を持ってきてもらった。

岸田 へえ〜、マイ枕ね。

 マイ枕で少しそれが軽減したっていうのもよかったし。あとですね、常にやっぱり自分は前向きな気持ちってやっぱり病気を治すのにすごい大事なことだって思ってたので、気持ちを落とさないこと。そのために食事もしっかりとる。やっぱり気分落ち込むと食欲もなくなってしまうんですが、そうならないようにお部屋で、個室で食べずにロビーがあるんですけれども、ロビーに気分がいい時は持って行って。そうするとちょっと食べれる、美味しく感じたりするので気分転換もしてましたし、気持ちをポジティブに保つっていうのはね、一番大事にしてたところです。

岸田 ですよね、やっぱこうなんでしょう、ずっとね、ベッドの上で生活だとね、すごく気がめいっちゃう時もありますもんね。

 そうですね。でね、一番やってよかったなって私が思っていることが。

岸田 何それ?

 日記帳です。入院中に1日 1ページびっしり書いてる。

岸田 すごい!

 これを書くことによって、何だろう、まあその時の記録にもなったしその日1日 やっぱり気持ちがね、落ち込まない、自分を励ます言葉を書いたりだとか、日記は本当に入院中 書いていてよかったなって思う。これは、工夫したことというか。これよかったです、しといて。

岸田 どんなことを書くんですか?日記帳には。

 もうね、赤裸々に自分の気持ち何でも全部書いてます。見せられないです。人に見せるためのものではなくて、何でも書いてますね。

岸田 自分の気持ちを吐き出すためにも書いてるのもあったってことですかね?

 はい、そうです。それすごいよかったことかなって思います。

岸田 ありがとうございます。

 今私が日常で工夫していることがありまして、それはこのスマートウォッチなんですが、私すごいアナログ人間なので全然こういうの興味なかったんですけど、なぜこれ買ったかというと血圧測定を毎日しようって決めまして。

岸田 血圧測定、ほう。

 大きいの家にあるんですけど、めんどくさいんですよ。で、これ血圧測定ができるスマートウォッチなんで、これだったら毎日できるしと思って買って。毎日血圧とか心電図も測れるので、そういったちょっと医療機器に特化したようなスマートウォッチで自分の体調管理をしてます。

岸田 ちゃんと毎日見て管理してるってことですよね?すごい。どれぐらい歩いたかなとかも分かりますもんね?

 どれぐらい歩いたかなとか睡眠時間だったりとか、便利なものなのでこういったものを利用して健康管理もちゃんとしていこうと思いましたね、意識を高めて。

岸田 意識高めて、ありがとうございます。僕もねAppleWatchでどれぐらい歩いたかなとかっていうのは しっかりちゃんといつも管理っていうか、結果を見てるって感じですかね。それでモチベーションにもなりますからね。

 そうですね。

岸田 ありがとうございます。

生きているだけで、すごいこと——がんを経験して変わった価値観

岸田 そして次ですね、こちら、変わったことなんですけれども、変わったことっていうのはがんになる前と後でどう変わったかとかですね、もしくはこういうふうな気持ちになったよっていった、そういったところでも構いませんので、ちょっとそういったところをお伺いしたいなということを思っておりますが。こちら、かなえさんなんか変わったこと、気持ちだったりとか いかがですかね?

 本当にね、健康であることのありがたみだったり当たり前じゃないっていうことに気付かさせてもらえたので、本当に生きてることってすごいことだなって。もう生きてるだけで幸せじゃないけど、本当にそういう気持ちになれた。そこがもう意識が全く病気する前と後では違ったところでして。いろんな方の支えがあるってこと、自分一人じゃなくてみんなが応援してくれて支えられていることに気づけたので、職場の皆さんであったり家族や友達や医療従事者の方に本当に感謝してこれからも本当にね、そういった気持ちを恩返ししていけたらいいなという気持ちでおります。

岸田 そうですね、本当にね、いろいろ感謝してっていったところだったりだとか、恩返しはもうすでにね、こうやってしていると思いますので。そういうふうな気持ちで感謝してっていうところお話いただきましてどうもありがとうございました。

自分の体験から出た言葉で、子どもたちに命の話をしたい——かなえさんの夢

岸田 そしてここから次に、今後の夢や目標なんですけれども、今後どのように生きていくか、でもいいですし、ここまでこうしていきたいなっていう何でも、あればで構いませんので教えてもらってもいいでしょうか?

 やっぱり人生一度きり、今の時間も本当に限られた時間だっていうことをすごく感じていますので、自分のしたいことを、好きなことをしていきたいっていうふうに思っていまして。私文章を書くことが好きなんですけども、詩とかエッセイとかをね、趣味で書いているんですが、そういう活動に充てたりとか。あとまた自分のこういうね、経験や体験を通して命の大切さとかをお伝えしていく活動なんかができたらいいなって思っています。

岸田 そうですね。いや本当に、ぜひね、滋賀でもがん教育とかっていうのは多分始まってきていると思いますので、学校でもね、そういったこととかもぜひぜひやっぱお話いただきたいですね。

 本当にね、大切ですよね。そういう勉強じゃないところの部分って子どもたちにもね伝えていきたい。本当に一人一人がね、命がとってもね、素敵なものなんだよっていうことを自分の体験から出た言葉で伝えていけたらいいなって思ってます。

岸田 ありがとうございます。ぜひ、そういったちょっと発信していく時はまたいろいろ教えてもらえたらと思います。ありがとうございます。

岸田 さらにこちらですね、チャンネル登録、皆さんもうしていただいている方多いと思うんですけれども、まだの方はね、ぜひチャンネル登録だったりとか高評価そしてコメントなどで応援してもらえると今後の活動の励みにもなりますのでぜひ よろしくお願い致します。さらにがん経験者さんも見てくださっていると思うんですけれども、もし私も僕も出てみてもいいよっていう方はがんノートのホームページのところにボタンがありまして、そこから出演応募フォームといったものをご記入いただいて出ていただければ嬉しいなと思っております。

岸田 かなえさんもこちらの応募フォームからいただいてって感じですもんね?

 そうですね。

岸田 かなえさんはなんでがんノート出ようと思ったんですか?ちなみに。

 入院中に自分の病気・病名、動画とかで調べるとがんノートさんが出てきまして、ほぼほぼ 全部 見たんですね。

岸田 えー!

 自分と同じ患者さんのは全て見てまして。すごくやっぱりね、出演されている方ってやっぱり今落ち着いてたり、病状が落ち着いていたり今元気に過ごされている方が出演しているってことは、すごく元気をもらえるんですよ。私も今入院しているけれども、がんノートに出演したいなって、その時からずっと思っていて、それも一つの目標で。

 私の場合は急性転化なので、私が元気に過ごせているよっていうところで、もし不安に思って急性転化したり慢性期ででもこのCML(慢性骨髄性白血病)にかかってしまった人が見てくれて、一人でも元気、勇気づけられることができるのであれば私も出演させていただきたいなっていうふうにずっと思っていました。

岸田 ありがとうございます、ほんとね、治療中からずっと見てくださってね。こうやって やっぱこう、人それぞれの経験談がやっぱり今治療中の方だったりね、様々な人の見通しになればいいなということで活動もしているので。まさにね、かなえさんのようなほんとなんか、こう少しでもこうがんノートがヒントになって、そして自分がね、次は出る側に立っていったところでね、いただいているのは、すごく昔僕が描いていたイメージっていうか、それが本当に現実となっていて本当に嬉しいなと思います。本当にありがとうございます。

 ありがとうございます。このようなね、YouTubeチャンネル、岸田さんが作られたがんノートって本当に需要が高い、需要性がある本当に大事なところで、とっても私も助けられた側なのでありがとうございます。

岸田 ありがとうございます。本当ね、今いい話をしてくださってるんですけどバッサリ編集でカットされていたらその時はその時で(笑)なんか(スタッフの)編集の力に期待したいなと思います。ありがとうございます。

「大丈夫だよ」——急性転化を経験した私が、今あなたに伝えたい言葉

岸田 そして最後にですね、こちらメッセージとなりまして、かなえさんから今闘病中の方々ご視聴者の方々にメッセージをいただいておりますので、メッセージを言っていただきたいなと思います。

 大丈夫だよ!急性転化の私ですけれども、こうして奇跡的に元気に生きています。悲しいこととか思い通りにならないことってたくさんあると思いますが、そんな時は自分自身にいつでも大丈夫だよって声をかけてみてください。前向きにいることって、病気を治すのにとっても大切な気持ちだと思います。一緒に頑張りましょう!

岸田 ありがとうございます。本当にかなえさんの今の治療をされていてっていったところでも、急性転化っていったところで、やっぱりその中でもかなえさんからの言葉っていったところは力強いものがあるんじゃないかなって思います、本当に。やっぱりこの言葉っていうのはあれですか? かなえさんも思ったし、誰かからかけられたというのもありますか?

 そうですね、私が一番病気をしていて欲しい言葉を書いた、一番安心する言葉だなって思ったので、ありきたりの言葉なんですがこの言葉にしました。

岸田 ありがとうございます。素敵な言葉をいただきました。皆さんももしよかったらヒントにしてもらえたら嬉しいなと思っております。

岸田 それではですね、ちょっとこれにてがんノート終わっていくんですけれども。かなえさんどうですか?がんノートご出演してみて感想とかありますか?

 はい、緊張しました(笑)

岸田 緊張しました?

 緊張しました、うん。なんかね、良かったです。こんなふうに今出演できてるっていうことは自分が今調子がいいということなので、その今ね、とても嬉しい気持ちでいっぱいです。

岸田 言いたいこと全部言えました?大丈夫です?

 (笑)言えてるのかな?だいたい伝わればいいなって思ってます。

岸田 ありがとうございます。もし伝えきれないことあったらまたぜひぜひ言っていただいたら、また企画してね、(がんノート)nightなりなんなりでちょっとまた言ってもらえたらと思いますのでぜひよろしくお願いします。

 ありがとうございます。

岸田 それでは、これにてがんノート終了していきたいと思います。今回のゲストは かなえさんでした〜。それでは、また皆さん次の動画でお会いしましょう!それでは皆さん、バイバイ。

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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