目次
- ゲスト紹介テキスト / 動画
- ペイシェントジャーニーテキスト / 動画
- 病院や治療の選択テキスト / 動画
- 副作用や後遺症テキスト / 動画
- 家族のことテキスト / 動画
- 子どものことテキスト / 動画
- 仕事のことテキスト / 動画
- お金・保険テキスト / 動画
- 辛かったことテキスト / 動画
- 工夫したことテキスト / 動画
- 変わったことテキスト / 動画
- 夢・目標テキスト / 動画
- メッセージテキスト / 動画
※各セクションの「動画」をクリックすると、その箇所からYouTubeで見ることができます。
インタビュアー:岸田 / ゲスト:熊田
- ミュージカルと犬と子どもたちと——51歳、介護福祉士・熊田まきこさん
- 「昨日飲みすぎたかな」から終活、そして手術へ——胃の鈍痛に始まった半年間の感情の浮き沈み
- 「ルートに乗っていった感じ」——患者会しまうまねっととブログが結んだ、同じ病気の縁
- ホルモン療法で1日10回のトイレ、でも術後はなぜか何ともない——『何が起こったのか不明』
- 夫の家事、母のサポート、息子の気づかい——家族に支えられた入院生活
- 中2にはありのまま、小4には「切ったら治るよ」——「もうちょっと気を遣ってよ」と笑える今
- 「ウィッグ貸してあげるよ」——がん経験者のいる職場が、包み隠さず伝えた熊田さんを支えた
- 夫が2年前に内緒でかけていたがん保険——自己負担約60万円を賄い、「今後のために取っておく」
- 傷の痛みより、導尿バルーン——「人生で一番つらかった」一晩中眠れない残尿感
- 延長コード・Cタイプイヤホン・無制限Wi-Fi——『コンセントが遠い』入院生活を快適にした準備
- 当たり前への感謝と心配性——歯茎の腫れにも「ここのがんかも」
- 「子どもが一人前になるまで、犬を看取るまで」——望むのは普通の生活
- 「真実」——現実は変わらないから、これからどうするかを考えればいい
ミュージカルと犬と子どもたちと——51歳、介護福祉士・熊田まきこさん
岸田 それではがんノート!スタートしていきたいと思います。今日のゲストは熊田さんです。よろしくお願いします!

熊田 よろしくお願いします。
岸田 熊田さん、簡単に自己紹介お願いできますでしょうか?
熊田 はい、熊田まきこです。大阪出身で子どもが今中2と小学校4年生の男の子、2人います。
岸田 あの、お子さんの話してますけど、旦那さんはいらっしゃる!?(笑)
熊田 いますよ。別にいなくてもいいけど(笑)
岸田 大丈夫大丈夫(笑)お仕事が?
熊田 仕事は介護福祉士とそもそも保育士をしてまして、あとはちょっとマイナーなんですけど愛玩動物飼養管理士っていうペット、ペットシッターもできるっていう資格を持っているので、働き世代以外、おじいちゃん・おばあちゃん・子ども、ペットをみる人っていう、そういうのができればいいですね。いっぺんにおじいちゃん・おばあちゃんと子どもとペットをみる人がいて、働き世代は働いてっていうのが、そういう事業ができたらいいかなとは思ってるんですけどなかなか…。
岸田 そうなんですね!すごい。現役世代の人以外は全員みれるっていうふうな!?
熊田 そうですね、事業があったらいいですね。
岸田 いいですね!大事だと思います!そして趣味が観劇やペットということで、ペットはこの…。
熊田 ペットです、ワンちゃん!犬好きです!今も1歳4ヶ月のワンちゃんがいるので、あと14年ぐらいはまだ長生きしないといけない状況で。観劇は劇団四季なりミュージカルなりいろいろ行くのが好きです。
岸田 好きなミュージカルは?
熊田 好きな…、一番最近は2年前なんですけどスクールオブロックという。
岸田 青春の!?
熊田 子どもたちの出る…それが良かったです。
岸田 ありがとうございます!そしてがんのことについてもちょっとお伺いしてもいいですか?
熊田 はい、神経内分泌腫瘍というのなんですけど、私の場合は肝臓原発という診断が下っています。普通はすい臓とか腸とかが多いらしいです。
岸田 肝臓が原発といったところで珍しい。しかもG1というのは僕もなかなか見ないんですけど、これはステージの代わりというか。
熊田 そうですね、G1、G2、G3と分かれているらしくて。
岸田 悪性度的な進行の度合いというか。
熊田 G1が0〜2%で、G2が2〜20%で。それ以上というパーセンテージで分かれているという。
岸田 肝臓に占める腫瘍の割合がというふうに。告知が51歳の時で去年ですよね!?
熊田 今年です!
岸田 今年!?
熊田 今年です、2025年。
岸田 まだ半年経ってない!?そうなんですね!すごい!
熊田 そうです、手術の入院中に誕生日が来たので。
岸田 そういうことか…。
熊田 ごはんに「誕生日おめでとうございます」ってきました。カードきました。
岸田 本当に?
熊田 入院中の病院の入院食に、ハッピーバースデーっていうカードが来ました。メニューの内容の一番上に、「お誕生日おめでとうございます」。ブログに出してます。
岸田 本当に(病院)やるじゃないですかね。
熊田 ここ(国立がん研究センター)の病院ですね、やってます。カードきました。
「昨日飲みすぎたかな」から終活、そして手術へ——胃の鈍痛に始まった半年間の感情の浮き沈み
岸田 ありがとうございます。手術や薬物療法されていって、そして今も治療中手術とかね。ここからですね、皆さんがんの経験談に入っていくんですけれども、治療方針などいろいろ書かれてありますけれども、個人の闘病経験でございまして特定の治療とかそういったものを推奨しているものではございませんのでご理解いただければと思います!では、どのような経過をたどっていったのかといったところでですね、お話を聞いていきたいなと思います。感情の浮き沈みはこのようにグラフにしてちょっとお伝えをしておりますので、まずこちらグラフ見ていただきましょう、ドン。序盤にガコッと。
熊田 ガコッと。これはもうご想像通りですね。
岸田 そっからちょっとね、上がってきているというふうなこの半年ぐらいのね、流れをお話をいただいているというふうな形ですけど、まず一つ目お伺いをしていきましょう、こちら、介護福祉士の資格取得。そうなんですね、3年前なんですね。
熊田 3年前ですね、取りました。
岸田 これは保育士をしていて?
熊田 保育士をしていて、ヘルパーをしていて。ヘルパーは3年経験があれば介護福祉士の受験資格がもらえる。その受験資格がもらえたので受けて。
胃の鈍痛で受診——「胃炎かな」「帯状疱疹かも」、レントゲンも撮らず胃薬だけ
岸田 ということで。そこからちょっと下がっていきますが、こちら胃の不調、みぞおちに鈍痛が。どんな感じなんですか?

熊田 やっぱり飲みすぎたかなとかちょっと胃もたれかなとか、それぐらいです。普通だったらほっとく感じかなっていうぐらいだったですね。そんなに、多分今までもほったらかしてたと思います、これ。
岸田 今までもね。
熊田 何か気になって、年も年だし病院に行くかと。
岸田 病院に行くかというところで病院に行きました、近所の内科。
熊田 胃薬でももらいに行こうかなっていう感じで軽く行きました。
岸田 おじいちゃん先生のところみたいなところですね。で、胃炎の診断が下ったと。
熊田 胃炎か、この辺痛いんだけどって言ったら、帯状疱疹出てくるかもねーみたいな感じで。
岸田 お腹とか?
熊田 ここら辺痛いんで…、そんな感じで言われました。
岸田 言われてっていうところですね。そこで診断を受けて胃薬をもらってみたいな感じですかね。レントゲンとか撮ったんですか?
熊田 撮ってないです。
岸田 撮ってない?普通の問診だけ?
熊田 言っただけですね。
岸田 なので、この時はまだ赤色のポジティブ的な感じなんですね?
熊田 そうですね、昨日飲みすぎたなーぐらいで。結構飲んでたんで、毎日のように。
岸田 そうなんですね、お酒も?
熊田 お酒はワインが好きなので、アルコール度数ちょっと高めのものを。
翌日、内視鏡のあるクリニックへ——エコーで「肝臓が腫れている、ご家族は?」
岸田 たしなんでいたという感じで。ただそこから下がっていきますが、それがこちら、ドン、翌日別のクリニックへ。ただごとではない雰囲気…とありますけど。
熊田 やっぱり気になって、もうちょっと大きめで内視鏡もあるような感じの。
岸田 ちゃんとね、診察してもらって。おじいちゃん先生は全く信用してない(笑)
熊田 まあそうですね、そうですね。
岸田 なんかあるんじゃないか、自分でちょっとなんか感じたってことですよね?
熊田 いつもじゃない何かを感じて、で、行ってみて、で、エコーをしてくれたんですね。その先生は、じゃあ肝臓が腫れてる…、ご家族いらっしゃいますか?え?そのセリフって?って。
岸田 なりますよね。
熊田 え?ってなって、はい、普通に4人家族ですって。ちょっと紹介状書くので、もう休み明けすぐ行ってください。天皇誕生日の振り替え?かなんかで、火曜日に行きなさいすぐ大きい病院に、紹介書を書くんで行ってくださいって言われて。で、その3連休はもう気が気じゃなかったんですけど。
岸田 そうですよね。
気が気じゃない3連休——長男と岡崎へ「世界に一つのペン」を買いに
熊田 でもなんか長男が愛知の岡崎になんか文房具を買いに行きたいって言って、何かで当たって買える資格みたいな、ハガキを出して戻ってきて、招待状みたいな。
岸田 岡崎でしょ?だって、お住まい神奈川県ですよね。
熊田 新幹線乗って。体調悪いって言ってたのに長男が、岡崎行くのに大丈夫?みたいな、そっち?みたいな心配。長男もそんなにそこまで大変なことだとは思ってなかったみたいで、行きましたよ次の日、岡崎。それぐらいの体調だったんです、ちょっと胃が重いなぁ…、でも別に遠出ぐらいはできるかなーって言って、ちょっとペンを買いに行きました。
岸田 わざわざペンを。
熊田 なんか木彫りのなんかこう、世界に一つとない手作りのやつを売るっていうので行ってきました。
岸田 行ってきたんですね、岡崎まで。
熊田 その3連休中に。
岸田 その3連休、もうこの家族を呼んでくださいとか言われている中でも。
熊田 自分でもそんな大したことない…し、体調もなんともないしそこで、何も思ってなかったですね。
総合病院で「がんの疑い」——シャインマスカットボンボンに気分が上がった日
岸田 それで岡崎行って帰ってきて病院に行きます、総合病院へ。
熊田 総合病院に行きます。
岸田 そこでがんの疑いが…と書かれていますが?
熊田 血液検査とCT検査をして、何かある…でも絵とか書いてもらって、肝臓がんと胆管がんの混合の疑いがあります。えっがん、がんですか?
岸田 その時の心境が一番低くはいるんですけれども、赤色がポジティブで青色がネガティブとしたら白色ってどちらでもないような吹き出しになっているんですけど、それは何で?

熊田 まだ他人ごとで、えっがん!?でも治せばいいんじゃないの?がんの知識が全くない状態で、がんってそこを切ったりとかすればいいかなとか全然本当に無知で。
岸田 ああそういうことですね。
熊田 それで、はあって。それまで病気は全く経験したことなく、入院もしたことなかったので、点滴を刺してガラガラっていうのがわーいって感じだったんですね、ドラマで見たことある!みたいな。
岸田 まだ深刻さがね、おお本当に。
熊田 本当にガラガラでいくんだみたいな。それぐらい分かってなかった。
岸田 そういうことか。
熊田 先生も看護師さんも、へーみたいな感じ、それは本当に分かってなくて。待ち時間の間にファミリーマートに行ったら、あの幻のシャインマスカットボンボンがあってちょっと気分が上がりました。買えました。ちょうど発売日だったんです。それも朝行ったんでちゃんと10時に買えて、病院の人たちは全くそこ興味なかった。
岸田 皆さん知らない方もちょっと多くいらっしゃると思うんで、シャインマスカットボンボンね。
熊田 子どもたちに大人気の買えないというお菓子ですね。これ写メを撮って長男のラインに、ゲット!みたいな。
岸田 美味しいんですか?やっぱり。
熊田 私はひとつでいい。子どもたちやっぱり…。
岸田 子どもたちが喜ぶような、そんなお菓子っていうことですね、ありがとうございます。
熊田 そういうのでちょっとネガティブ・ポジティブを混ざったような感じ。いいことの方がちょっと混ざってた気がするかな、この日は。がんって調べてもないのでまだ。
岸田 そうか、疑いでね、いろんなこと言われて。
熊田 で、来週から入院して抗がん剤しましょうって最後に。そう、じゃあ抗がん剤したら治るのかなくらいしか思ってない感じでした。
肝生検と取ってもらえなかったポリープ——「もう一度」が一番つらかった
岸田 じゃあそこでね、また低いところ、一番低いところもう一つがこちら、胃カメラ・大腸カメラ、ポリープがあったが…という形ですけれども。これは手術とか治療するための?
熊田 その次の日に肝生検をしたんです、総合病院のシャインマスカットボンボンをゲットした次の日に1泊2日で肝生検をして、その後に他に原発があるかもしれない。肝臓には腫瘍があるんだけど、もしかしたら他かもしれないから、腸カメラ、大腸カメラ胃カメラもやりましょうって言ってやって、ポリープが一つありましたよ、でも取りませんでした。え?と思って。
岸田 ポリープあったら取ってくれるもんなんじゃないですか?
熊田 で、まあ総合病院、次の日に肝生検やったんですけどちゃんと取れてなくて、もう一回取りたい。この胃カメラ・腸カメラの次の日にもう一回予約を入れたので取りましょうと。その前に大腸カメラで出血があるとあまり良くないから置いておきました。ただ5年ぐらい置いておいても大丈夫なぐらいのポリープなので、落ち着いたら取りましょう。
岸田 そういう話だったんですね。ポリープ残しておきましただけ言われたら、ちょっと、え!?ってなりますね。
熊田 明日の肝生検の出血にも関わるし、そんなに緊急じゃないからがんが落ち着いたら取りましょうっていう感じでした。
岸田 一番下がっているのはどういう?
熊田 取ってくれなかったのと、もう一回肝生検をしなきゃいけない。明日、この胃カメラ・大腸カメラの次の日に、やっぱり気持ち悪いんですよ押されたりとか、やっぱり刺してるとか、あれをもう一回やるのか…。もう1泊2日だし、終わった後3時間くらいこう寝てないといけないんですね、肝生検の後って。
岸田 それがちょっとまあつらい。
熊田 考えるとつらいかなっていうので、この日はちょっと一番落ちてた。
「NETって調べてみて」——肝臓がんではない告知に、見通しが少し明るくなった
岸田 落ちてたっていう感じなんですね。皆さん見ていただいたらわかる、治療の時の方が多分今後上がっているんですよね、それがこちら、がん告知ということで、ここでようやく告知?

熊田 診断出て結果が、神経内分泌腫瘍っていうものですよ。えっ、じゃあがん?がんなんですけど、肝臓がん・肝細胞がんではなく神経内分泌腫瘍っていう名前で。それ電話でかかってきたんですよまず、(結果が)出てすぐなのか。で、ネット「NET」って調べてみてって言われて。その前まではもう肝臓がんで調べてて、だんだんその時は怖くなってきた時で、もう終活してましたもんやっぱり。株持ってたんで子どもたちの口座作ったりとか分けていこうと思ったり、もう家のことやらなきゃとかご近所さんにも何かあったらお願いしますとか全部もう準備はしてたんですけど、NETって調べてみて。明日来れる?ちゃんと説明するからって言って、それがそのがん告知なんですけどまた全然違うもので。寿命がやっぱりちょっと伸びた。
岸田 ああそういうことで上がってるんですね?
熊田 っていうのと、抗がん剤じゃないよっていう治療が、入院しなくていいまだ、ちょっと待って説明聞きに来てっていう感じ。
岸田 そっか、そういう感じだからちょっとポジティブで、思ってたよりも想定よりも。
熊田 想定よりはっていう感じですね。
腫瘍が光り、PRRTを提案される——「スティーブ・ジョブズの最初の病名」と転院
岸田 ってことですね。で、そのあとこちら、オクトレオスキャン検査し、PRRT治療を提案される。なんかもう初めて聞く言葉が。
熊田 私も初めて聞きました。なんかがんが光る。
岸田 よくあるPET検査みたいなやつ?
熊田 そうですよね、それまた違うなんか、もうこの銀に入ったすごいやつを。銀色に入った薬物を入れるから、何ですかその機械?って、この中に放射線入ってるから、へえーってなって。それをして光ったところにだけ効く放射線治療がある。それが3〜4年前ぐらいから日本でもできるようになったっていう治療があるらしいです。
岸田 じゃあここ2〜3年の話なんですね?
熊田 3〜4年ぐらい。ご存知の方もすごく深く知っていると思うんです、この病気の方は。
岸田 この病気の方はね。他の病気だと聞いたことない。
熊田 スイスまで行かなきゃいけなかったみたいな、その前。で、この病気ってスティーブ・ジョブズがかかった病気です。
岸田 スティーブ・ジョブズ?そうなんですね。
熊田 最初に診断された。だからこう、皆さんは?って言うんですけど、私はスティーブ・ジョブズの最初の診断された病名ですって言ったら、みんな調べやすくなるみたいです。
岸田 そうなんですね。
熊田 調べたり色々して光ったのでPRRTの対象になるということで、この総合病院の先生が、じゃあその治療ができる病院に紹介書を書くので。
岸田 その総合病院だとできないんだ。
熊田 ないですその施設…設備が。今100弱ぐらいです日本にあるのがっていう情報はちょっと見たんですけど、そんなに簡単にできるものではなく。
岸田 それで病院を紹介されて。
熊田 2つ提案されてどっちがいい?って言われて、選べるんだ〜と思って。やっぱ交通の便がいいところにしました。
岸田 それが東京にある国立がん研究センター中央病院というふうなところってことですね。ここでセカンドオピニオンなど受けられていくということでしたけど。
熊田 できますよっていう、PRRTできますよって言われて、じゃあ…って言ったら、もしかしたら切れるかもしれない、外科の先生にも聞いてみるねっていう。
岸田 あー、そうなんですね?
熊田 感じで。まぁまずセカンドオピニオンは一応先生の意見を聞く場なので、持ち帰って元の主治医に相談して、じゃあ行ってらっしゃい、行ってらーみたいな感じでそっちの先生に、やっぱうちではできないので。次の週ぐらいにもうセカンドオピニオンに当たった先生の診察予約を取って転院にしてもらって、そこでいろいろ、PRRTっていうのは放射線なので放射線科の先生の診察と、あと外科の先生の診察も先に入れてくれたりいろいろ手配をしてもらって。しばらくすると電話がかかってきて、なんか切れるみたいっていう。あっ、じゃあ外科の診察の時に話を聞きますって言って、行きます。電話ってかけてくれるんですね、どこの先生も。前もそうだし、今回もそうだし。
岸田 僕もね、あのこれはもちろんね、皆さんの病院のスタンスとかいろいろそういったものにも寄ったりとかするんですけど、僕もね、なんか当時ですよ、僕もあの気になることとかなんか体調が急変したら急変っていうかなんか変わったりとかしたらすぐ電話してくださいねって言われて、えっ先生に電話していいの?みたいなそんな感じでしたね。電話もかかってきますしね、すぐ。
熊田 それはダメだと思ってて、そういうこと。結構こっちからとか向こうから電話で外科の先生に、診察もせずに切れるって言ってるよっていう情報ももらっていいんだ。結構感動というか、その前も診断変わったよっていうのも電話でNETって調べてみてっていう。先生も寄り添ってくれてるっていうか、ちょっとでも知らせてくれようとするのがありがたかったですね。両方とも、よかったです私は。
岸田 ありがとうございます。そんな中でなんですけれども、ちょっとこちらね、ドン、医師からは治療は一生だねと言われていて、これもちょっと気持ち的には下がっているということですね。

熊田 そうですね、一生付き合っていくのかな。っていう感じですね。
岸田 そこで各種検査も実施したが、原発が見つからないと。
熊田 肝臓に腫瘍が、右と左に分かれて左側にボンボンって大きいのがあって、これでガサッてなくすのは前提。ただ肝臓原発ってっていうのがすごく珍しいし、あるのかな?みたいな感じ。他に原発って大体すい臓とか大腸とかその辺が多いみたいで、だからそこら辺じゃないかもしれないとかで全部調べて、元の総合病院の先生も顕微鏡とかちっちゃいとかプチって何か原発が他にあるかもねみたいな感じで言ってたので、多分同じこと考えてるんだなぁって見つけに行ったんですね。CT・MRI・カプセル内視鏡…でもなかった、肝臓ですねっていうので多発肝神経内分泌腫瘍っていう病名になったんですね。
岸田 なかなかね調べても出てこないね…。
熊田 出てこない。一例がありましたみたいなのがちょろっと。
「私、切りたい」から手術、退院2週間で復職——G2からG1へ
岸田 そんな見つからないなので、肝臓原発というか多発しているから、肝臓でね、というふうな診断を受けていく。そんな中で、先ほど言った手術といったところをここの時点で決められていく。
熊田 そうですね、初めてだったのかな。外科の診察に来て2回目か、外科の診察の先生に説明を聞いて、手術するならこう、PRRTするならこう、内科的だったらこうみたいな一応説明をしてもらって。次行った時に、その日にもう私切りたいって言ったんですよ。できるなら、手術できるなら外科の初診の時に第一選択は手術っていうのも、そこまでそこはもう調べました。無知だったのがもうだいぶ頭でっかちになって、ネットで調べまくって、何をするにも切るのがやっぱり一番。だったらできるなら…って言って、切りましょうって、はい切りますって言って。
岸田 それ決めて。
熊田 次また診察に行った時に、なんかここ(病院)って結構待つじゃないですか?機械持たされてもうすぐ診察ですよっていうのと。
岸田 待ち合いのね?診察のための機械みたいなのを渡されるんですよね、どれぐらいで次行けばいいかっていう。
熊田 今3人前ですよとか、じゃあ次入ってくださいっていうの2回になるじゃないですか。で、血液検査すると大体1時間前に、血液検査が時間かかるから1時間前に来て診察。で、1時間前に来てせっかくだから生牡蠣食べようと思って行こうと思った時に鳴ったんですよ、診察予約前ですよって、こんなことある?普通は後ろにずれる。
岸田 ずれるしかないですね。
熊田 1時間半とか大体(うしろに)ずれるじゃないですか、早め?と思って。チェックインしてるから多分早めに、早めに呼ぶ?と思って。
岸田 早めに言われたの初めて聞いた。
熊田 私もだからえ?と思って、今からもう出るところだったから。え?と思って、で、30分くらい前に診察室に入って。6月16日空いたから切れるよ、手術できるよって言われて、どう?って言われて、あ、じゃあお願いします。なんか今空いたのか、何かがこう何かがあったんですよね。空いたからあなた入れますよっていう。
岸田 だからあれか、埋まっちゃう前に。
熊田 何か呼ばれたのか。
岸田 呼ばれたのかもしれないですね。
熊田 何があったのかわからないんですけど、本当は7月入ってそれ以降ねって言われてたんですね。なので、あっじゃあお願いします、早い方がいい。
岸田 もちろんね、もちろん早い方が。
熊田 そういうチャンスというか切ってもらえるっていう、なかなかないので。
岸田 これはね、予定してたのはその診察から1ヶ月後ぐらい?それとも数週間後レベル?その7月っていうのは。
熊田 5月29日でした、その6月16日行けるよって言われたのは。だから半月?ちょっと、来月の16日に空いたよって。
岸田 すごいですね。
熊田 へーって。何かが、何でしょうね、それは。まず病院側の都合だったり。
岸田 ただ患者さんが手術できなくなったか、もしくはパスしたか何かあったんでしょうね、その枠が空いたんでしょうね。
熊田 たまたま運が良かったのか。それも1分ぐらい迷ったんですよ、6月20日に長男がテストだから、中間テストかなんか。でもそんなの私いなくてもできるよねって思い直して、お願いします。
岸田 ということで手術を受けていく。そのための入院をされていって。
熊田 入院6月12日から。月曜日手術なので、土日を挟んだ前2日木曜日。暇でした土日、何にもやることがなくて。
岸田 そんな中で手術を受けられていく。これなんか、なんでこんな、手術早まったら高くなるの分かるんですけど、入院だったり手術だったりとかなんで段々とこう上がっていくんですかね?
熊田 もうこれで治療できる。
岸田 うんうんうん。
熊田 もう切れる!切れないと思ってたんで、放射線治療。
岸田 それで上がっていくっていうか。
熊田 手術ができる!っていうのと、何かワクワクしてました。
岸田 急ですね。
熊田 歩いていくんだとか、手術室は7番ですって言われて、7番まであるんだと思ったらもっとあったりとか、すごー!とか全然違うことを思っていました。ドラマで見るライトとか担当医の先生も昨日まで夜いたのにまだ大丈夫?とか。あとは手術台あったかいとか。
岸田 そうですよね、肌と同じ温度か分からないですけどちょっとね、しかもちょっとふわっとしているというか。
熊田 これ、へー!とか。自分で歩いていくのもびっくりしました、ストレッチャーでこうやって行くのかなと思って、じゃあ行きますよって言われてタッタッタッて。
岸田 もちろんストレッチャーの場合もありますけど、歩ける人は歩いてね。
熊田 朝1番だったんで、その1番の人が集まって9時からの人はそのエレベーター前にボーンって、どんどんエレベーターで降りてきて、皆さん今からなんですね。どんな手術なんだろうみたいな。
岸田 ちょっとなんか不思議な雰囲気が漂う感じですね。
熊田 そうですね。
岸田 この時のね、ちょっとね、お写真がね、頂いているのでちょっと写真見てみましょうかね、こちらドン。

熊田 これ前日ですねピースは、ルート取って。前日、明日ですよみたいに。右手にありますが左手失敗されましたね。左手にルートしたら右手使えるじゃないですか。左手にまずやったんですけど、ちょっと失敗されてで、右に。それは、もう一個の方(の写真)はしばらくしてからドレーンもついてるし。
岸田 手術して。なんか逆L字に切ってるってことですか。
熊田 肝臓ここにあるので、ベロンと開けたんじゃないですか?見たかったですよね。
岸田 すごいですね(笑)興味津々度が半端ないですね。
熊田 これもでも私ICU入ってたんですけど、当日から次の日の昼まで。全然元気でした、痛くもなんともなく。
岸田 痛くなかったんですか?
熊田 麻酔が入ってて全然痛くなくて、足は(ポンプで)シューシューしてるし全然痛くないじゃんと思って。痛かったらこれボタン押してくださいねっていうのも試しに押してみようかなとか、なんか冷たいのが入ってきたりとか、へーって。へーしかなくてずっと。で、テレビ見せてくれるんですよね、ICUって無料なんですよ。カードいらないんです、テレビカード。
岸田 そうなんですね。
熊田 ずっとテレビ見てて、暇だし看護師さんと話したり。術後じゃないぐらい元気ですねって。痛くないからどうすればいいかわからないです。
岸田 すごい、こんなに切ってるのに。
熊田 痛くなかったです、全然。
岸田 麻酔が切れた後は?切れた後っていうか。
熊田 切れた後は怪我したみたいな感じの痛さ。
岸田 この後だって退院が入りますよね?
熊田 退院前に。
岸田 痛さとか?
熊田 あります、普通に皆さん言ってるように痛い痛い痛いっていうのはあるんですけど、次の次の日ぐらい1階に缶コーヒー買いに行ったりとか。
岸田 すご!
熊田 その痛さには強いかもしれないし、歩きなさいって言われるじゃないですか。歩いてもいいし、トイレがすごく私一番嫌だったのが管。
岸田 あ〜、尿管のね。
熊田 あの、麻酔が切れると尿意がすごくあってでも行けないし、それが取ってほしくてとりあえず。夜中立ってこうやってやったりとか、もう溜まってる感じが嫌で。
岸田 そっちの方が嫌や。
熊田 そっちが嫌だったんです、傷より。傷も、だから開けた時おーって見てたし。写メ撮って、これ全部自分で写メ取ってるんですよ。
岸田 全部?
熊田 自分で。ドレーン抜く時もおーって見てました、いた〜って言いながら。若い先生が3人くらい、ドレーン抜くだけでいっぱい人来て。
岸田 へえー。
熊田 一人でいいじゃないですか。なんか、おーって見てました、抜くところ。
岸田 そんなに、じゃあ最初。
熊田 痛いっちゃ痛いですけど、笑ったりとかくしゃみしたりとか皆さん同じように痛い。
岸田 やっぱ痛いんですね。よかったよかった、よかったじゃないけど同じ感覚があってよかった。すごく痛みに強いから全然大丈夫なのかなと思います。
熊田 強いと思います。みんなみたいにワーワー叫ばないし、一回も押してないです自分では。それぐらい我慢できるぐらい。麻酔の追加のやつを退院まで押さなかったです。痛いは痛いけどそこまで痛くない。ロキソニンとかもできれば私薬飲みたくないんで、カスだけ入れて飲まなかったり。
岸田 すげー、僕ガンガン押しましたけどね、お腹とか痛すぎて。もう早く2回くらいまでしかプッシュできないんですよね、上限があるので。もっとプッシュしたい!とかずっと思ってました。それぐらい痛かったです。うわ、すごっ!!そんな中でしっかり退院できていって、その後お仕事。
熊田 これが退院後2週間…、7月9日から仕事しました。6月26日に退院したんですね。
岸田 このお仕事はその介護ヘルパーの?
熊田 ヘルパーの仕事で、持つものはちょっとできないので。家事とかお料理作ったりとか一緒に病院行ったりとか、ちょうど歩くのいいし。おばあちゃんの速度、すごくリハビリになったかもしれないです。
岸田 そっちね、そういうことですね。いや。さすがにだってなんかこう…。
熊田 それはできない。
岸田 無理ですよね。
熊田 そろそろ、もう復帰しようかなと思ってるんですけど。
岸田 えっ、退院してだって1週間、2週間?
熊田 2週間ぐらいですね。
岸田 体力的には持ちました?仕事復帰して。
熊田 大丈夫でした。
岸田 大丈夫でした?すごい。
熊田 大丈夫でした。術後は、やっぱりうわーって思いました、こんなに?っていう。1日目2日目、立つの大変みたいな。
岸田 体力落ちたりとかね、いろんなね、筋力とかね。
熊田 戻さなきゃと思って。
岸田 いいリハビリにもなるやんっていうので、仕事も開始していってね。
熊田 そうですね、楽しいし。
岸田 そんな中でなんですけれども、次こちら、G1の診断を受けていく。
熊田 G1ですね。G1の診断を。その取った検体を生検に出したら、G2って言われてたのがG1でしたよっていうのが言われて。
岸田 さっきあのあれですよね、ステージみたいなやつのグレードが。
熊田 軽くなったっていう意味ですよね、だから。へえそんなことある?って。どうなんですか?その辺私も全然わからないので、ステージが良くなるというか。
岸田 実際やっぱり取ってみてこうだったとか、リンパにあると思ったけどリンパになかったよとかってあれば。
熊田 多分そんな感じだと思うんですけど、多分ちゃんと聞いてないです。まだ私、外科の先生の診察ではまだ聞いてないですこの結果、まだ出てなかったので術後の。で、内科の先生のパソコンをこうやって見たらG1って書いてるなと思って、先生G1って書いてるけどとか、そういう感じで。先生も隠さないじゃないですか。で、私が言ったこともそのまま書くじゃないですかカルテに。書いてると思って、でもこっち向いてるし。で、標本みたいなのもわーって見せてくれて、それで説明してくれるのかなと思ったらじーっとしてるから、え、これ私のですか?はいって言われて、あっそうなんですねって言われて。私のじゃない説明をしてくれるかと思って、分かりやすく。じゃあ、私のでしたね。ほーっと思って、黙って出してるからびっくりして。一方的にわーって言われるんじゃなくて、こう一緒にやってくれるのがすごくよかったですね。
岸田 そして今はほぼ以前通りの生活が今できているというふうな感じですね。手術していって、結局だから手術して今肝臓自体には?

熊田 まだ残ってます、はい。35%の腫瘍?あっ、肝臓を取って、まだ残りの部分にちっちゃいのが16個残ってて、それは元に、肝臓の機能と大きさが元に戻ったらもう一回それを取りましょうっていう、1年後ぐらいに取りましょう。進行がそんなに早くない、遅いので来年でも大丈夫。
岸田 ということは、まだ腫瘍は残っていて手術がまだ来年以降にやる。
熊田 またはPRRTなのか。今ソマチュリンっていう腫瘍を大きくしないホルモン治療を月に1回。
岸田 そうなんですね。
熊田 まだ1回しか、術後今1回打ってるんですけど、毎月1回のやつを打って、それは大きくしないみたいです。
岸田 そのホルモン療法、いつからされているの?
熊田 今月?先月?術後の診察の時に1回しましたね。で、その前に5月1日と5月29日にもやってます。
岸田 じゃあ、手術をする前と手術をしてからやられているっていうことですね、それは。ありがとうございます。さっきあった、ちょっと前後しちゃうんですけれども、お写真いただいておりますね、こちら。

熊田 はい。
岸田 これが、さっき言ってたね、シャインマスカットボンボンっていう。
熊田 初めて見ましたね、病院で。わーと思って。まず、もうだから自分のことより全てにおいて子どもたちのことを考えているので、病気になったら子どもたちどうしようとか。この時も自分の病気よりも、シャインマスカットボンボンを見つけた!子どもたち喜ぶかな?みたいな。それでちょっと気分が上がってたり、点滴持ちながら買い物行ってちょっと飲み物買いに行ったらあったので、気分すごい上がってましたね、この時。
岸田 そして右側のお写真は?
熊田 これはカプセル内視鏡ですね。飲んで、その日の夜10時頃までずっと体にカプセルが通っているので、このポシェットみたいな機械、携帯電話みたいな大きい機械と、これはそれに通じている何かですよね。
岸田 これは体に貼る系なんですか?
熊田 本当は貼る系なんですけど、今このTシャツに全部ポケットに入っているんです。着れば体についている状態と同じように。このまま仕事に行きました、お風呂の介助。
岸田 防水?
熊田 防水じゃないかもしれないですけど、まあまあエプロンをして動けます。カプセル内視鏡って飲んで。それずっと最初は見てたんですけど、ビョーンって先生の前で。その間は家に帰って、夜10時くらいまで電池が切れるまで、電源があるんですけど切れたら全部外していいよと、夜。で、ずっと次の日以降に返しに行くんです、この機械とこのTシャツと。
岸田 へ〜。
熊田 返しに行ったら、そこからそのデータを先生が見る。で、小腸に何か原発があるかもっていう疑いでやったんですけど、小腸にもなかった。小腸って結構これやるか、なんか内視鏡はすごい大変って聞きますよね。ただ、これをやったら何かがあった場合は取れないよと、見るだけっていうので全部検査はしていきました。これ可愛いから欲しいんですけどって言ったら、ダメですって言われて。
岸田 確かにね、おしゃれですよね。
熊田 可愛いですね。
「ルートに乗っていった感じ」——患者会しまうまねっととブログが結んだ、同じ病気の縁
岸田 ありがとうございます。そしてですね。ちょっとここからなんですけれども、各項目にわたってお伺いしていきたいなということを思っております。まず一つ目がこちら、病院や治療の選択といったところでですね、熊田さんのその病院にね、紹介されていってということだったりとか、治療法も手術するか新しい治療をするかといったところでも迷われていってお話だったと思います。今SDMっていう言葉があったりとかして、シェアード・ディシジョン・メイキングって、医療者さんたちと一緒に考えていこうよっていうふうな時代になってきているんですけれども、この治療に関してはさっきはね、手術の時に子どものことが浮かんできたりだとかありましたけれども、特段悩むことっていうのは?
熊田 ないですね。ルートに乗っていったって感じですね。で、珍しい病気で神経内分泌腫瘍ってネットで調べたらここの先生が出てきたりとか、YouTubeで説明してたりとか、やっぱりここかなってここに行き着くまでが大丈夫なのかな?と思ったら、意外と協力してくれて先生たち。ありがたかったです。
岸田 もう、だって受けるまではいろんな知識武装をしていかれましたよね?
熊田 そうですね。
岸田 どういったところで、さっきYouTubeとか、そういったものを見て勉強するんですか?
熊田 そうです、ネットで。あとは「しまうまねっと」っていう、そういう患者会があったんですね。
岸田 ありますあります。
熊田 で、連絡したんですよ。YouTubeにも出てらっしゃる代表の方に、連絡というかメールくださって、ちょっと相談に乗ってもらって。
岸田 あー、そうなんですね。
熊田 ということもできたり。
岸田 ちゃんと患者会に連絡だったりYouTubeを見てというふうなことをしっかり。
熊田 そうですね。で、私ブログ始めたんです。一番最初に行った診察から遡って、そこでも同じ病気の人が連絡くれたりメッセージくれたりとかして、私も同じ診断されましたとか。ブログのメッセージ上でやり取りとかしたり。それで知り合った方が。一番最初の総合病院で同じ先生にかかって、最近手術も私の1週間後ぐらいにここで手術して、結構同じルートをたどっている方。同じ年、近所、名前も似てるとかそういう共通点があったりとか。
岸田 あれですよね、最初総合病院の先生もその方がいらっしゃったから。
熊田 私の病気もちょっと疑ってくれたので、彼女のおかげですね。
岸田 だから、先輩の患者さんが同じルートをたどっていかれて、もしかしたら。
熊田 私も?っていう疑いを持ってくれた先生がいたから。
岸田 だから、ちゃんともう一回検査しましょうかって言ってくれたりとかしたってことですよね。
熊田 そうですそうです。その先生に会わなかったら今頃。
岸田 どうなってたか。
熊田 どうなってたか。
ホルモン療法で1日10回のトイレ、でも術後はなぜか何ともない——『何が起こったのか不明』
岸田 そして、次こちらですね、副作用や後遺症のことといたしまして、今ね、手術されてっていったところで、今何かこう副作用・後遺症、ホルモン療法もされている。
熊田 ホルモン療法はねお腹が緩くなります。緩くなったんですよ、手術前の5月1日とその4週後の5月29日に1回ずつ打ってるんですけど、もう1週間ぐらい結構緩くなって、で、術後の時は全く何もなかったんです。何が起こってたのか、腫瘍がなくなったからなのか自分の体が何かなったのかが分からないんですけど、術後は何も普通でした。
岸田 特段何かすごい…。
熊田 何にもない、次の日からあれ?みたいな。術前はもう1日10回ぐらいトイレ行ってたぐらいなんですけど、何があったかはちょっとまだ不明です。それぐらい。
岸田 お仕事する時に重いものとかっていったところは、今は大丈夫なんですか?
熊田 今、大丈夫です。ペットボトル6本入りとか持ったりとか、全然今は。傷跡をテープかゆいからかぶれたりとか、やっぱりお風呂入るときも傷あるなと。それぐらいですね。
岸田 傷跡隠すとか、そういったことはされない?
熊田 ないです。次男と一緒にお風呂入るときも、パッて出して。
夫の家事、母のサポート、息子の気づかい——家族に支えられた入院生活
岸田 ありがとうございます。そして次こちらですね、家族のことといたしまして、この後お子さんのことはお伺いするんですけれども、どちらかというと家族でお子さん以外の家族の方でどういうふうなサポートとか、いろいろそれはいかがでしたでしょうか?
熊田 入院中は主人がしてくれたり、実家が私大阪なんですけど、実家の母が入院中は家のことをしてくれました、来て。
岸田 それは助かりますね。
熊田 それは助かりました。1ヶ月ぐらい来て、洗濯・食事で。子どもたちはうるさくないのでばあばは、結構ゆっくりできたと。
岸田 あー、なんかいろんなことやっても注意を受けないし。
熊田 片付けなさい!じゃなくて、うちのばあばは自分が片付けるタイプなんで。もう甘やかして。
岸田 子どもたちにとっては天国のような。
熊田 そうでした、家族は。ちっちゃい時からお世話になってるおばとかに電話した時に、ちょっとそういう病気になっちゃったって言ったら、なんでやの!うちの家系そうなんがんなんて一人もおらんで!あんたなんか悪いことしたんちゃうん!?
岸田 お〜……。
熊田 そういう考え方あるか…と思って。それはうーん…、まあ受け止めとこう。まあまあ、悪いことしてへんけどなってもたわ…。
岸田 すごい!
熊田 そういう考えの人いるんだな…。
岸田 いや、そうなんですよ。だってがんになってね、それでダメージ受けてるのに余計になんかそれにかぶせて、こう。
熊田 うちおらんで!あんたの婿もおらんのちゃうん!?って言って、せやな〜初めてやな〜。私強いなと思った、その時は。
岸田 うん、強い。
熊田 そうじゃないと。
岸田 言葉がけとかね、あったりとかね。
熊田 そうね。あとそういう人と、長男が去年の夏に虫垂炎の手術をして、腹腔鏡だったんですけど、その手術の大変さもわかっていた上で、肝臓だから俺の肝臓使える?無理無理無理、肝移植のこと言ってます?気が早いけど、その気持ちは親としては嬉しいのかだけど、絶対やりませんからって。
岸田 確かに、肝移植ということをね。
熊田 それはね、調べたのかな彼なりに、そうなのかな、中二だし。でも何も考えてないのか。まあでもねえ、ダメですよね。まあその気持ちは嬉しいかな、使える?って。使えるっちゃ使えるよ、多分もう何年かしたら、でもそれは。でも肝細胞がんのときだったので、私も切羽詰まってて、うわーってネット調べながら多分何か言ってたのかもしれないですね。
中2にはありのまま、小4には「切ったら治るよ」——「もうちょっと気を遣ってよ」と笑える今
岸田 そんなね、今、お子さんのことにもちょっと入っていきましたけれども、もう一度ね、当時お二人のお子さんの年齢だったりとか、どういう育児だったりどう伝えたかとか、そういったところをちょっとお話いただけますか?
熊田 中二の子はちゃんとそのまま伝えました、内容とかも今言ったような感じです。下の子はがんになっちゃったけど、切ったら治るよ〜みたいな。
岸田 どうでした?お二方とも反応的に。そっかみたいな?
熊田 何か思ってたかもしれないんですけど、私と一緒で多分まだどこか他人事だったり、急に…え?ってなったりっていう。まあまだこう、やっぱりちゃんとどうなのかなっていう感じですね。今、だから手術して戻ってきて傷を見て、あっやっぱ切ったんだっていうのと、元に戻ってるじゃないですか、私が普通に。わーわーうるさいし元気に働いてるので。だから、なんともなかったのかなぁっていう。だから、最初は退院してすぐは気を遣ってたんですけど、今は全くないです。
岸田 今はねもう。あるあるですよね。
熊田 もうちょっと気を遣ってよって思うんですけど、全然、全然です今。
岸田 そっか〜。じゃあ、特段このがんのことで取り乱したりとかはなく?
熊田 ないですね、へーみたいな。
岸田 育児に関しては実家のお母さんが来てくださって、対応してくださって?
熊田 自分たちでできることも多いし、もう10歳と14歳なので特には何かっていうのはなかったです。
「ウィッグ貸してあげるよ」——がん経験者のいる職場が、包み隠さず伝えた熊田さんを支えた
岸田 ありがとうございます。そして、その次こちら、仕事のことといたしまして、約2週間後に復職されてということでしたけれども、ちょっとその一個前に出たところで、お仕事どう休まれていったのかであったりとか、職場にどう伝えたのかであったりとか、職場の反応、そういったところをお伺いできますでしょうか?
熊田 そうですね、最初だから本当に肝細胞がんって言われた時に、肝細胞がんだってって、その時にも私分かってなかったので。職場の人が、えーってなっているところ、そんなすごいのかな。
岸田 周りの人の反応が?
熊田 「え?」って「休んでいいよ」。毎日の仕事なので代わりもちょっとなんとかしてくれて、その間代わりに行ってくれるんです。でも入院までは普通に働けたんで、体に異変もつらいとか何にもないので直前まで、前の日まで働いてました。
岸田 入院の。
熊田 で、入院して、10日後、10日間入院するっていう予定で、その後多分1週間・2週間ぐらいしたら復帰できるかなぐらいで、もう大体1ヶ月ぐらい休みをもらおうかなって思ってて。で、正社員じゃないのでヘルパーって。
岸田 そうなんですね。
熊田 パートで行ってたので。
岸田 有休とかなるんですか?それは。
熊田 有休か休みかどっちか、両方組み合わせてやって。まあ、でもそもそも午前中だけとかしか働いてなかったので、午後も一人夕方だけとかそんなにガッツリ朝から晩までじゃなくて、子どもたちが学校から帰ってくる時間は家にいるようにして、しばらくしたら一人だけ行ってくるねとか。
岸田 そういう感じだったんですね。
熊田 なので、代わってもらえる段取りもしてもらったし、なんとかなりました。
岸田 じゃあ、職場の理解もあって。
熊田 理解もあったし、職場の方も結構がんかかっている方がいまして。今も言ったら二人いたのかな、この間とか。利用者さんのお母さんとか、そこで話してくれたり傷見せてくれたり、結構いろいろ情報はくれたので、場所は違えどいろいろ。事務所の事務の方もウィッグ貸してあげるよとか、いっぱいあるよとか。
岸田 じゃあ、包み隠さず周りの人に伝えていてってことなんですね。
熊田 全部情報ももらったりとか。
夫が2年前に内緒でかけていたがん保険——自己負担約60万円を賄い、「今後のために取っておく」
岸田 していたということですね、ありがとうございます。そして次こちらですね、お金や保険のことといたしまして、1ヶ月近くの入院含めであったと思いますけど、その時のお金や保険、民間の保険入っていたのかであったりだとか、お金どう工面したのか、貯金からなのか民間のお金からなのか、いろいろそういったところをお話いただけますか?
熊田 お金は民間の保険を2つ、2商品持ってまして。私の結婚前から細々とかけているものと、3000円ぐらい、主人が2年前に私に内緒で勝手にがん保険をかけてたんです。何か来て見直した時に、じゃあみたいな。子どもの分もかけてます、1600円とか1500円とか、まだ若いので。それでみんなの分を契約しちゃったみたいで。それが2つで、賄えてます、だいぶ。
岸田 だいぶ、逆にちょっとプラス?
熊田 プラスは今後のために、一生治療が続くってなってるので今後のためにも取っておきたいし。結局だから一番最初から最後まで60万ぐらいかかってるんですね、私が支払った分です。
岸田 支払った分、だから高額療養費制度とか3割負担とかいろんなもので60万円くらいってことですね。
熊田 最後入院の終わった感じ。それ以上には、一番最初がんと診断されたら100万円とかそういう。あとは入院したりとか手術したらいくらとか。ここの病院って、外科と内科別に診断書を申告いるんですよ、1枚じゃないんですよ。だから外科しかまだもらってなくて、内科の診断書もまたもらったらホルモン治療の分とか通院の分とかこれから申告。
岸田 また必要ってことですね。
熊田 あれ足りないなと思って病院に連絡したら、別ですと。診断書も高いじゃないですか。やっぱりある程度まとまってからの方がいいんじゃないですかって言われて。
岸田 そうなんですね。それでちゃんと賄えてるってことね。
熊田 今のところはそうなんですけども、今後のためにやっぱり働かないと、働けるうちは。
傷の痛みより、導尿バルーン——「人生で一番つらかった」一晩中眠れない残尿感
岸田 働けるうちはっていうことで仕事復帰されているということでした。ありがとうございます。そして次こちらですね、つらかったことといたしまして、今までね、ペイシェントジャーニーとかいろいろお伺いをしてきて、下がったところっていうのは、一番下がったのは疑いがあったりとかポリープ取ってくれよみたいなそういったところだったと思いますけれども。ここの部分でもいいですし、それ以外の、うわ、これめっちゃつらかったわってところって他にあったりとかしますか?
熊田 つらかったわーっていうのは、導尿バルーンです。あれは一晩中寝れなくて。
岸田 尿道に入れてバッグに溜めておく。
熊田 バッグに溜めておくっていう。歩けるのに、硬膜外麻酔を抜かないと…抜けないのかな?なんか基準が。トイレ歩いて行けるのに、それは取れませんって言われて。
岸田 それはあれですか?羞恥心的なものなのか、それとも痛さ的なものなのか。
熊田 残尿感というか、トイレに行きたいっていうのがずっとあったんです、寝れないんですもう。で、立って、膀胱の中のジャーって流れてるって思っても、しばらくしたら何かなとか、管がちょっと動いただけでうわーとか刺激があったりとか。
岸田 ずっと残尿感が続くっていうパターン。
熊田 ずっとトイレ行きたいって感じ。本当に寝れないし何もできない、もうイライライライラしてて、してました、何日か。抜いた時からはもう元気になったんですけど。あれはかなり辛かったです、私の人生の中でも。もう、だって本当に寝れないんです。あれだけですね。まああとはもうね、子どもたちどうしようぐらいかな、つらいなあって、いなくなったら。
延長コード・Cタイプイヤホン・無制限Wi-Fi——『コンセントが遠い』入院生活を快適にした準備
岸田 そっか、ありがとうございます。つらかったことね、いろいろちょっとお話いただきました。次こちら、はい、工夫したことといたしまして、入院中でもいいですし退院後、いつでも構わないんですけれども、工夫したことってありますか?
熊田 ここの病院はコンセントの場所ね、遠いじゃないですか。延長コードは絶対持ってこなきゃいけない。
岸田 あー、そうか。
熊田 っていうのを何かで聞いて、じゃないとピーンってなるんですって。電源のね。
岸田 そっか、だから延長コード確か(病院の)コンビニ売ってますわ。
熊田 高いじゃないですか。うちにあるの持ってきて、あとはイヤホン絶対っていうのがあれば。スマホのYouTube見るためのイヤホン、こういうCタイプの。テレビも全く見なかった。YouTube。あとは、もしかしたらWi-Fiがあんまり良くないっていうのも、ちょっと噂に聞いたことあるので無制限に契約してずっと見れるようになった。ぐらいかな、そういう工夫はありましたね。
岸田 そういうのを聞きたいんで、そういうのを聞きたかったのでありがたいです。
熊田 病院によりますよね、近いところもあるし、で、ここ夜何も言われないんですよ、YouTube見てても寝なさい!みたいな。前の病院はあったんですけど、消灯ですよみたいな、21時になったら。でもここは0時になってもYouTube見てても自分のベッドにいれば全然言われなかったので、じゃあ起きててもいいのかな。
岸田 そうですね、うん。まあ夜そうですね、僕も結構起きてましたね。寝れないとかも普通にありますしね。
熊田 肝生検の時はもう21時ですって、消してくださいって言われたんですよ。21時には寝れないんだけども。
岸田 ここら辺も病院によって違うんですね。
熊田 すごい、ここは良かったです、夜中まで。
当たり前への感謝と心配性——歯茎の腫れにも「ここのがんかも」
岸田 良かった、ありがとうございます。そして、そんな中でがんになる前と後で変わったこと。これはもう、心のことでもいいですし肉体的なことでもいいですし、変わったことってありましたか?
熊田 心はやっぱりもう、皆さん言ってるように当たり前に感謝してるっていうことですね。体的には、ちょっと咳しただけで、あっなんか再発したんじゃないかとか、チクって痛かったえっここにもなんかまたがんができてるんじゃないかとか、すごい心配性になります。
岸田 ちょっと敏感になって。
熊田 敏感になりました。で、術後退院してから、私歯茎が腫れたんですね。じゃあここら辺にがんじゃないか。それは抵抗力が弱くなったからちょっと腫れて膿が出た、それは子ども産んだ後もなったんで、私多分歯に出る、歯茎に出るタイプなんだと思うんですけど。ここのがんかもしれないとかいろいろすごく心配性になって。あとは子どもに対しても、ちょっとうえってなったら大丈夫?って、病院行く?とか、周りに関してもやっぱり敏感になりました、だいぶ。
岸田 一応ね、そういうふうになるとね。
熊田 身近になった。今までは全然人ごとだったんですけど、誰にでもあるのかなと思って。私だって、知らなかった時知らぬが仏で元気だったのに、そんなの何にも考えなかったのに、いきなりがん患者ですか、今日から。ってことは1年前からがん患者だった。
岸田 そうかもしれないですよね。
熊田 かもしれないよねって、周りに。なんかもう、調べてって言って。私がこういうふうになって入院する前、入院までにまだ時間があった時に主人にちょっと健康診断行ってきて、入院中もそうだし何かあったらって言ったら大腸ポリープがあって、それが取り切れなくてカメラで。一泊入院で取って上皮内新生物っていうのが、取ったんです、取って終わりっていうやつ、一泊でだったので。あと1年遅かったらどうなってたか。私がこうなったから行けって、入院する前にちょっと行ってきてって言ったから良かったんだなっていうのもあったし、たまたま。
岸田 良かった、それは。
熊田 びっくりです。
岸田 もっとそれがね成長しちゃったらね。
熊田 がんになります、っていう感じでした。
岸田 がんの種類の一つではあるんですけど。
熊田 でも、がんになるやつでした、調べたら。じゃあ早めに取ってよかった。
「子どもが一人前になるまで、犬を看取るまで」——望むのは普通の生活
岸田 よかったってことですね。今後の夢や目標っていったところで、あればで構いませんので、どういった目標があったりとかしますか?
熊田 やっぱり子どもがね、ちゃんと一人前になるまでは生きていたいな、元気でできれば。あとワンちゃんも今1歳4ヶ月なので、看取りたいなっていうのも。もうそれだけです、もう当たり前のことに希望。もう、何にもなくていいです、普通の生活がしたいです。
「真実」——現実は変わらないから、これからどうするかを考えればいい
岸田 普通の生活がしたい。そして、子どもたちやワンちゃんたちがしっかり成長していく姿を見ていきたいということですね。ありがとうございます。最後にですね、こちら、メッセージといったところを熊田さんにいただきたいなと思っていますので、熊田さんからメッセージこちらになります!

熊田 真実です。やっぱり現実は変わらないのでそのままを伝えてもらってそのままを受け止めて、自分なりに考えて行動したらいいと思います。
岸田 ありがとうございます、「真実」というね、ありのままの姿を今受け止めてほしい。
熊田 変わらないんでね、やっぱり。願ったらがんが消えるよだったらいいんですけどそうじゃないので、これからどうするかを考えればいいんじゃないかな、私は思います。
岸田 熊田さんもこれからを考えて、これから来年もまた治療をね。
熊田 しぶとくやっていきます。
岸田 ありがとうございます。それではですね、これにてがんノート終了していきたいと思いますけれども、いかがでしたか?
熊田 緊張しました。話せるのかな?と思った。何話してるか覚えてないですね。
岸田 本当ですか?全然そんなことないですけどね。
熊田 岸田さんがね、上手なので。
岸田 いやいやいや、そんなことない。
熊田 話しやすかったです。
岸田 よかったです。
熊田 届けばいいですね。
岸田 一人でも。
熊田 神経内分泌腫瘍の方に見ていただければと思います。
岸田 少しでもこの経験がヒントにしていただければと思いますのでね、そういうふうに今後もやっていきたいなと思っています。それではですね、終了していきたいと思います。また次の動画でお会いしましょう。それではみなさん、バイバーイ!
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