目次

※各セクションの「動画」をクリックすると、その箇所からYouTubeで見ることができます。

インタビュアー:岸田 / ゲスト:前地

三重県在住64歳、趣味はプチ旅行——本日のゲスト前地さん

岸田 それでは、がんノートスタートしていきたいと思います!今日のゲストは前地さんです!よろしくお願いします〜!

前地 よろしくお願いします!

岸田 三重県の出身で三重県の在住、そして現在64歳。家族は旦那様がいらっしゃって、息子様もいらっしゃるというふうな家族構成となっております。また趣味はプチ旅行となっておりまして、またそのお話もね、闘病の(お話の)中に出てまいります。がんの種類は大腸がんの中の直腸がんというがんに罹患されまして、ステージが3A。今はちょっと転移などいろいろありまして4相当となっております。告知としては57歳の頃に…といったところで、治療方法としては手術や薬物療法、そして現在も治療中というふうな流れとなっております!前地さん合ってますかね?大丈夫ですかね?

前地 はい、OKです。

岸田 はい、ありがとうございます!そしてですね、今回前地さんがちょっとお薬の副作用の関係で声が出にくくなっておりますので、そこのところ皆さんご留意いただいた上でご視聴いただければと思っております!

大出血から7年——直腸がん、肺転移、骨折を越えてきた治療の記録

岸田 それではですね、ここからお話を聞いていくんですが、個人の経験談で特定の治療を推奨しているものではございません。ご自身の病気は主治医にご確認をいただければと思っております。またこの後、ペイシェントジャーニーはこのような形でですね、グラフなどでお示しできたらということを思っております。その前地さんのグラフはドン!と、こちらになりまして…もうね!前半が結構…大変な時期もあって、そして後半はね、乱高下もあってというふうな流れかと思いますけれども、ちょっと早速お伺いをしていきたいなと思います。57歳の頃何があったかと申し上げますと、こちら、左麻痺(まひ)になり自宅で過ごすということが書かれています。こちら…前地さん、これはがんとは関係なく…左麻痺は脳卒中か何かそういったもので倒れられているという感じでしょうか?

前地 そうですね、右視床出血で倒れて左半身麻痺になりました。

岸田 はい…倒れられて左半身麻痺となられたということで、前地さん…なので今はもう車椅子の生活ですよね?

前地 ほぼ車椅子です、はい。

「見たことのないような出血」——3回の出血を痔だと思っていた2年のあとに

岸田 はい、車椅子の生活をされている、そんな形で過ごされている中で……大出血を起こされていくということで。大出血と書かれているのは、これは…どういう出血なんでしょう?血の海みたいになるのか、どんな出血なんでしょう?

前地 本当にすごい…便器にすごい出血で、見たことのないような出血!すごいびっくりしました!!

岸田 これは…あれですか?前地さん。いきなり…なんでしょう。

前地 いきなり、出血があったのはいきなりなんですけど、でも…よくよく考えたらその前の11月とかその前の年とかに3回ぐらい…出血があるんだけどすぐ止まる、だから痔かな?と思ってたので放置してました。

岸田 この出血があるタイミングっていうのは…何でしょう、えっと、だ…大便するって……直接的すぎます?お手洗いに行った時にふんばった時に出るって感じです?

前地 いや、もうこの時はふんばったじゃなくて、トイレ行って…その時にもうすごく出てたのでびっくりしました!

岸田 あ、じゃあもうトイレ行って、もうすぐ…ブシャー!みたいな感じで出てくる感じですね?

前地 そうです。えー!って感じで、何これ!?みたいな。

岸田 へ〜!その色って言ったら変ですが…あの…鮮血みたいな真っ赤ですか?

前地 鮮血に近かったですね。

岸田 あぁ…鮮血が…もうバーっと出て。それは…なんでしょう、お手洗い行った時だけなのか、それともなんか普通に生活しててもちょっとなんでしょう…。

前地 いや、その時1回だけ!

岸田 あっ、その時1回だけですね、はいはいはいはい。バーっとこう…大出血が起き、その中で…怖いですよね!

前地 びっくりして町医者に駆け込みです。

岸田 はい、町医者に行かれていきます。その町医者はあれですか?地元のクリニック的な、その泌尿器科?肛門科?肛門科か、うん。

前地 で、一応出血してるってことで肛門鏡で見てもらったんですね。そうしたらすぐもうなんか…直腸がんだって、入口にがんがあるので…先生もすごいびっくりされて。バタバタとなんか看護師さん走り回るし嫌だなと思ってたらもう一回医師から呼ばれて、ここでは治療ができないから大きな病院に行ってくださいって言われて。先生大きな病院ってどんな病院にいったらいいんですか?って言ったら、いや…近い今の病院を紹介状を書いてあげるからとにかく明日そこに行って!って言われて、明日ですか?必ず明日行って!って3回ほど言われて、これは大変な多分…がんかな〜とか思いました。

岸田 そっか…じゃあもうその町医者では…なんでしょう、内視鏡ですぐ見てもらえたってことなんですね?

前地 いや肛門鏡なんで、入口にちっちゃい…なんかこう入れるものがあって。

岸田 あ、肛門鏡っていうんですか!へえ〜、そうなんですね!肛門鏡ですぐ見てもらって、で、すぐ行って!って3回ぐらい言われるから、自分では…あっこれはもうヤバいもんじゃないか?ということで大きな病院に行かれていきます。大きな病院に行かれて、どうだったんでしょうか?前地さん。

前地 はい、まあ…消化器内科の方に行かさせてもらって…で、でもその時にちょっと入り口だけ…多分入り口にあるから入り口だけカメラで見ようかって言って見てもらったんですけど、やっぱり先生の方からきちんとこれは検査して。あんまり私その時からその…『がんって告知しないでほしい』っていうふうに問診票みたいなものに書いたんですけど、だから先生が…顔つきが悪いからきちんと検査した方がいいからっていうことで、その後に大腸内視鏡を検査を受けました。

「告知しないで」と書いていたけれど——告げられた日と、そのあとの医師の一言

岸田 問診票で『がんであってもがんは告知しないでほしい』ということを前地さんが書いて、それでその後検査を受けていくという形なんですね。検査を受けていった後に、はい、こちらががん告知…ということが書かれているのですが、その検査の結果…どういう流れでなっていくんでしょう?

前地 その内視鏡検査を受けた時に、やっぱりこれすぐに取った方がいいからっていうことで外科の方に回されて、外科の方を受診した時にその時の先生が…思いっきり、これ…大腸がんは大腸がんだけど、あなたの場合これ直腸がんだねって、いきなり直腸がんだねって告知されまして、え〜っ!!?って感じで、私言わないでって言ったのに言われちゃったよ〜!みたいな。

岸田 もう…問診票書いた意味ないやん!って感じですね。

前地 いや、まあでも問診票は内科で書いたので、また外科は別かしら…みたいな。

岸田 ああ〜そうなんか!まあいや本当…そこはちゃんと共有しておいてくれよっていう感じですけど、前地さんその…何ですかね、がん告知しないでくれって書いたのに告知された形、しかもそのような、大腸がんでも直腸がんでねみたいなこと言われて、お気持ちはどうだったでしょう?

前地 なんか一瞬ハッとなったんですけれども、その時のその先生が、今は大腸がんはね、治療すれば長く生きられる病気になったから頑張って治療しましょうって言ってもらったのが…ホッとしたっていうか。そっか!今すぐ死ぬんじゃないんだとか。がん=死と思ってたので、がんって言われた瞬間やっぱり私死ぬんだ!と思っちゃうんだけど、そこで長く生きられるよっていう言葉があったから、じゃあ頑張って治療しよう!って思いました。

「私、右手しか使えないから」——開腹手術という選択と、受けられなかった術後抗がん剤

岸田 先生のその後のフォローがよかったということで、頑張って治療しよう!というふうに捉えられていきます。その後ですね、ちょこっと上がっているのが、手術されていく形ですね〜。この開腹手術とありますけれども、これは直腸全摘とかそんな感じですか?

前地 直腸は6センチぐらい残してもらってあるんですけれども、私もしかしたら…残せると思うんだけど、もしかしたら……ストーマになるかもしれないって言われた時に、先生私右手しか使えないからできればストーマにならない方がいいんだけどって言ったら、じゃあ開腹してきちんと見ましょうっていうことで開腹手術になりました。

岸田 ああ〜、そういうことなんですね!そっか…前地さんの場合はちょっとそういう左麻痺っていうふうなこともあってということで、治療方針は開腹手術でというふうな形で進めていく。ここでは…あれですか?全部ちゃんと取り切れた感じなんですかね?

前地 はい、全部きれいに取れたよっていうことで、これで取ってもらったら大丈夫なんだ!って一瞬ホッとしました。

岸田 そういうこともあって上がっている感じですかね〜。はい、その後どうなっていくのかと申しますと、こちら、立てなくなったため経過観察へということがありますけれども、んっ?これ…どういうことですか?

前地 やっぱり開腹手術してるんで、私…その麻痺があるからハンディがある分やっぱり皆さんと違って本当立てなくなっちゃって…。で、やっぱり歩けないからトイレにも行けない、そんな状態で本来なら抗がん剤、術後抗がん剤をした方がよかったんだけど、もう無理無理無理!っていう感じで、術後抗がん剤はできませんでした。

岸田 お〜、そっか。この後に本来なら術後抗がん剤っていうのが待っているっていう感じだったけれども、もう…そんな余裕ないよ!というふうな形で、じゃあ…それをせずに経過観察していこうというふうな流れになっていくということですね〜。

前地 そうですね。

「がんって言われた時より落ち込んだ」——術後9か月の肺転移と、片肺ずつの手術

岸田 それはね、だって日常生活に支障をきたしたら難しいですもんね?それはね。そんな中で、まだまだ下がっていく段階になっていきます、何か?肺転移と。

前地 そうですね、9か月後ぐらいに肺転移してることが分かってめちゃくちゃ落ち込みました!

岸田 お〜…そうなんですね〜…!

前地 もう…がんって言われた時より落ち込みましたね!

岸田 うわー…これはもうレントゲン、もしくはCTなどでこう…影が写ってるよって感じで分かっていくんですか?

前地 CTで分かって。でも…なんか本当にこの世の終わりじゃないけど、あとどんだけ生きられるのかな?とか、すごい…よく泣いてました。

岸田 そっかぁ〜。この肺転移…肺でも…どこに転移してたんでしょう?

前地 えっと…左の上葉(じょうよう)かな?

岸田 左だけですか?右は大丈夫でした?

前地 いえ、その時は左だけかなと思ってたんですけど、検査を撮りに行ってそこで単純CTを撮ってもらったら右の方にも2か所とかあるよ、多分…2か所あるよって。まだね、ちっちゃかったんですよ7mmとかで。で、そんな状況だったんですけど、3か所もあるならもう…抗がん剤をした方がいいなと思って、いったん手術をやめて抗がん剤にしました。

岸田 あー、そうだったんですね!それで抗がん剤をされていくのが、次こちら、はい、アバスチンとFOLFIRI(フォルフィリ)療法。

前地 はい、アバスチンとFOLFIRI(フォルフィリ)療法ですね。

岸田 …をされていくというふうな流れになっていくのかなと思いますけれども、これはあれですか?もう標準療法として、もうこれをやっていこうっていうふうな感じなんですかね?

前地 そうですね、先生から言われてその言われるままですね。

岸田 標準療法としてされていく…これは治療として…結構なんでしょう、あの…めちゃくちゃ低い、気持ち的に下がっている形でつけられてますけど、これは結構きつかったってことですか?

前地 それもあるし、私自身が…全然何の勉強もしてなかったので、抗がん剤で死ぬかも分からない!とか思ってたんで…怖かったですね!すごく。結構FOLFIRI(フォルフィリ)療法がキツかったので最初。

岸田 うん。

前地 それもあったんで、すごく大変でした。

岸田 そうなんですね〜。抗がん剤で自分が…亡くなってしまうんじゃないか!?という。

前地 そう…キツいから体が負けちゃって死んじゃうんじゃないか?みたいな。

岸田 そっか〜そこはね、なんとかこう持ちこたえられてちょっと上がっていきます。それが次こちら、手術。胸腔鏡で左肺の手術をされていく。そして次も手術で、胸腔鏡で右肺の手術をされていくとあるんですけど…これは薬物療法でがんを小さくしてから手術していこうっていう形だったんですかね?

前地 そうですね…ちょうどこの時コロナ禍で手術もできなくなるかもしれないとかそういうことがあって…今ならできるからっていうことで取っちゃったんですけど。

岸田 あぁ〜そうなんですね!これ、手術は一緒にされず分けた感じですか?

前地 そうです。一緒にすると…ドレーンが右・左に出ちゃうんで、とても私片手では無理だから生活するの、着替えとかトイレとか行けないしちょっと無理無理っていうことで片方ずつしました。

岸田 片方ずつ手術されていくという形でですね、その後ですね、また下がっていきます。その後ちょっとその前に、この手術をすることで肺のがんは全部取り除けた感じなんでしょうか?

前地 その時にあったのは全部取り除けました。

岸田 じゃあ全部がんは取り除いて、一応もうあれですよね?なので腸にも…腸というか大腸にもがんは見当たらないって状態ですもんね?この状態の時はね。一度その全部がんはなくなっただろうといった中で、また次下がっていきますが、次こちらが再発と。

前地 はい、そうです。

岸田 わあ…これはどれぐらいでまた再発したんでしょうか?

前地 えっとね…左の肺に再発してきたんですけれども、4か月ぐらいで。

岸田 んー左の肺にね…。じゃあそこから…再発してということで、まだ手術というわけではなくてここから薬物療法なんですね?

前地 そうですね、また多発してくるから手術すると呼吸の方に影響が出ちゃうかもしれないっていうことで、それで薬物療法にしました。

岸田 その薬物療法アバスチン/ロンサーフということで、FOLFIRI(フォルフィリ)療法じゃないですね?また変えたんですね?

前地 ロンサーフになりました。

岸田 薬物療法を続けてまいります。その後ですね、次どうなっていくか、ちょっとだけ上がります、それがアバスチン/FOLFOX(フォルフォックス療法)。また…治療法が変わるんですね?

前地 そうですね、ロンサーフが効かなくなったんで変わった。

岸田 ロンサーフが効かなくなって、ちょっとFOLFOX(フォルフォックス療法)。効かなくなるってことは、がんがちょっと増大しているみたいな感じ?

前地 …してきているっていうことで、切り替えようって。

岸田 FOLFOX(フォルフォックス療法)に変えられていって。このアバスチン/FOLFOX(フォルフォックス療法)でちょっと上がっているのは…治療的に副作用がマシだったとかですか?そういうわけでもないか!再発の時の方が低いっていうだけかな?

前地 そうですね。

洗濯中にバランスを崩して——抗がん剤のしびれと大腿骨頸部骨折

岸田 ちょっとね、そうですよね。で、ちょっとだけ下がる中で、次はしびれで転倒!

前地 そうですね。多分左側だったんで…しびれたんだと思うんですけど、そこのところをうまく私が…気づかなかったのでやらかしちゃいました。

岸田 やらかしちゃった…そっか。いやー!しびれ…このしびれって、前地さん的にはどんな感じですかね?よくなんか…正座した後のような感じだったりだとか。

前地 そうですね、右側がピリピリするんですよね。分かるんですけど、左側はもともと24時間しびれているので、そのしびれがきつくなった感じですかね。

岸田 あ〜そっか!その…キツくなったしびれで、どんなシチュエーションで転倒したんですか?前地さん。

前地 洗濯をしている時に、いつもだったらそんなコケるってことないんですけど、なんかバランス崩しちゃってドーン!!とお尻ついちゃいました。

岸田 おー!で、それですぐまた…あれというか、病院に行ってって感じですか?

前地 救急車呼んで搬送してもらいました。

岸田 わー!!そうなんですね!で、その搬送してもらって、またお薬変えようという形になっていくんですかね?この状態だと。

前地 えーとね…その時また…1か月くらいしたらFOLFOX(フォルフォックス療法)したんですけれども、アレルギーが出ちゃって…それで中止になりました。

岸田 そっかそっか!そうなのか。じゃあちょっと…前後しちゃうんですけど、しびれで転倒して救急車で運ばれていった後はどうなってくるんでしょう?

前地 大腿骨頸部(けいぶ)骨折で。

岸田 えっ!?

前地 そうなんですよ!手術して人工骨頭(こっとう)に変えなきゃいけないっていうことで、すぐ手術してもらいました。すぐっていうか…幸いにもアバスチンを使えない時期っていうのがあって、1か月は手術を空けなきゃいけないんだけど、私の場合アバスチンをちょっと使えてなかったんで、手術を早くしてもらうことができて人工骨頭に変えてもらいました。

岸田 じゃあ…本来はアバスチンをやってたらちょっと期間を置かないといけないけど、ちょうどその…アバスチンをやってない時期だったってことですね?この治療の時に。

前地 なんか幸いでした。

岸田 で、すぐ手術をしてもらって……えっ、人工骨を入れた?

前地 はい、人工骨頭を入れて。

岸田 人工骨頭?

前地 人工骨頭っていうんですよね。

岸田 へー、そうなんですね!骨を入れていって、それ大腿骨がじゃあそれに代わってるってことです?

前地 左大腿骨が代わってます。

岸田 うわぁ〜!めちゃくちゃ大規模な手術ですね!それも。

前地 本当だったら回復期病院にかかってリハビリを受けなきゃいけないんだけど、私の場合治療を優先しないといけないから、先生が1か月病院においてあげるから1か月で立って歩くようになって帰りなさいって言われて…。

岸田 (笑)え〜!すご!!えっ、1か月で立てるようになるもんなんですか?どうなんでしょう?

前地 いや、もう真剣ですよ!でも…手術して、もうすぐに翌日から車椅子に乗ってトイレに行くんですね、看護師さんに手伝ってもらって。それをすぐできたので、もう平行棒の中で…とにかく立つ練習をして、平行棒の中で歩く。

岸田 あー!すごい!

前地 痛いけど…痛いって言ってらんないですよね、1か月で帰らなきゃいけないから。

岸田 あぁ…。

前地 痛み止め使いながら…リハビリを受けてって感じです。

岸田 うわ〜。えっ、しかもその中であれですね?抗がん剤治療はしてるんですもんね?

前地 抗がん剤治療は、また術後1か月お休みです。

岸田 あ〜!そこはお休み中なんですね。

前地 その…整形の治療が終わるまで、抗がん剤は中止って。

岸田 あぁ…中止!いや、その中で…。

前地 やらないと!と思って頑張りました!

岸田 そっか〜、いやその…とんだ災難ですね!その中でね、本当に。

前地 なんでこけたのかな〜?と思いましたけど、よく考えたら前日も…こけかけているのに、やっぱりその…左の足とかのしびれがちゃんと分かってなかったんですよね。

岸田 ああ〜!そうなんですね!

前地 いつもと違うっていうことが分かってなかったんだと思います。

岸田 そっかそっか、いつも通り何か動いちゃいますもんね〜、自分としてはね。そんな中でですね、次こちら、遺伝子検査をされていくということで、これはがんのための遺伝子検査ですかね?

前地 そうですね、何か…ひょっとしたら薬が見つかるかもしれない、治験を受けられないでそれをもう覚悟の上で、ただ10%に…何か薬が見つからないかな?っていうので受けてきました。

岸田 ああ〜そうなんですね。何かこう…検査して自分に合う薬が何か見つかるんじゃないか?とそういう…。これは、遺伝子検査は先生から受けませんか?って聞かれたのか、前地さんが受けたいって言ったのか、どっちでしょう?

前地 先生の方が…こういうのあるけど受けてみる?っていうふうに聞かれました。

岸田 ああ〜そうなんですね!で、受けてみますと言った中で、その結果はどうだったんですか?前地さん。

前地 残念ながら…見つかりませんでした……。

岸田 うーん!そっか…。

前地 標準治療があなたには一番適してますよっていう結果で終わりました。

岸田 そうなんですね…。まあそっか…その中で、ただ…その後ちょっと上がっているんですよ、それが…秋田県へ旅行。

前地 そうですね!ちょうどこの秋田県…リレー・フォー・ライフがあって行きたくって、他のところもついでに行きたくってって言ったら、家族が行こう行こう!っていうことでいったん連れてってもらったんですけど。この時ちょうど腫瘍マーカーが上がってきちゃったんですごく二の足をね(踏んで)、やめとこうかな〜と思ったんですけど、主治医の方から今なら行けるから行っておいで!って言われて肩を押してもらって行きました。

岸田 あ〜そうだったんですね!行ってみてどうでした?やっぱりこう…よかったですか?

前地 よかったです!!念願だった中尊寺に行けたし、帰りは宮城で分厚い牛タンを食べてたし、美味しかったですよ!!

岸田 いいですね〜!

前地 本当にいい旅行でしたね!帰りにちょっと福島も寄りたかったんだけど雨降っちゃって…もう寄ることができなかったので、東京まで降りてきて経由して忍野八海(おしのはっかい)まで行って、誰もいない忍野八海をずっと見て回って…すごいよかったです!

岸田 えっ、忍野八海ってなんですか?ごめんなさい!僕全然分からない、忍野八海…。

前地 富士山の下にあるんですけど、忍野八海。

岸田 へー!!あっ、すごい!忍野八海。

前地 すごくよかったですよ!

岸田 いいですね〜!

前地 人がいない忍野八海って珍しいんですって。マイカーで行ってるし、私6時半ぐらいにそこに着いたんですけど、ちょっとひんやりしてて…でもね、誰もいないからね、存分に見させていただいて…よかったです!

岸田 素敵!

前地 いい旅行させてもらいました。

岸田 そんなね!いい旅行でテンション上がっていく…その中でちょっとまた下がってしまうのがちょっと怖いのですが、次こちら、あっ、薬物療法変えられていく。ちょっと次、あっ、次はアバスチンから変わるんですね?ようやく。

前地 そうですね。その…アバスチンとFOLFIRI(フォルフィリ療法)がちょっと増大してきてるかなっていうことで、えっとこれは…サイラムザに変わるんですね。サイラムザだとFOLFIRI(フォルフィリ療法)に変わるんですけれども。

岸田 そっか…変わっていって、これもちょっと下がってるってことは、ちょっと副作用などが出てるってことですよね?

大腸がんでは100人に2〜3人——HER2陽性の判明と、期待したフェスゴ

前地 そうです。で、そのあとまたフェスゴに変わるんですけれども。

岸田 はい、その中でね、ちょっと次こちらになります、上がるタイミングにはなりますが、HER2陽性と判明し、フェスゴという薬物療法になっていく。この…HER2陽性と判明しっていうのは、これは何か検査を受けられた感じなんですか?

前地 一応…まだ取ったがんが残ってるし、先生がHER2の検査してもいいですか?って、お願いしますってしてもらったら、まあ本当に100人に2人か3人しかいない(大腸がんでの)HER2陽性患者さんでした、私は。

岸田 えっ、そんなに少ないんですね。じゃあ、そのHER2陽性だったらこのフェスゴってやつが使えるよってなって、フェスゴに変わるって感じですかね?

前地 そうですね、はい。すごい期待したんですけど…残念でした…。

岸田 おー!残念でしたっていうことは…ちょっと下がります、こちら、薬が効かず元の治療にということで…。いやぁ…やっぱ増大しちゃった感じですかね?

前地 増大・増殖してしまって…すごいショックでした……。この時に…この状態が続いていけば来年の春はないと思いますよって言われちゃったので……。

岸田 来年の春が…来年の春ってもう今!?(2026年)

前地 頑張ってます!

ポートが2か所折れていた——現在のフリュザクラと下がってきた腫瘍マーカー

岸田 来年がないよっていうことを言われて、そのまま薬物療法、元の治療に戻っていきます。その後ですね、次ポートを新しくする。ポートって…あれですよね、抗がん剤を入れるところの…入り口というか、それを新しくするっていう。結構こう…機材って言ったら変か、その器具を新しくしたんですか?

前地 そうですね、ちょっと首のところになんかね…こう色が変わってきてて、なんか…もしかしたらおかしいな、おかしいな…?と思いながら何か月かして、で。ちょうど抗がん剤の時に看護師さんがこれはヤバいかもしれない!って言って主治医に連絡してくれて。主治医が見た時に、何もないかもしれないけど…ひょっとして…ポートがおかしかった時、その中で…とかこの辺で折れてしまうと大変なことになるからここで抜去しようってことで、その日の昼から急遽…外来オペで抜去して左側に新しいのを入れてもらいました。

岸田 おお〜!ポートがちょっとおかしいな?っていうことでポートを変えてくださっていったってことですね〜。やっぱ変えてみてよかったですか?

前地 はい、ポート外してもらったら2か所折れてた!っていうことで。

岸田 折れる!?

前地 はい!なんか本当に…ベキッベキッ!っていう感じで折れてて…見せてもらったんですけど…怖かったですね!これ多分、皮膚突き破って出てきたよ〜って先生に言われて…怖い怖い怖い〜!って。

岸田 えーっ!!?そんなポート…えっ、折れることあるんですね!?

前地 いや、なんか…時々あるみたいです。時々っていうか私が使ってたポート、この年代のポートって結構そういうのあるんだよね〜って先生言いました。

岸田 えー、怖い!前地さん…それはどうやって違和感から気づいたんですか?自分(のポート)がちょっとおかしいなっていうのは。

前地 なんかここで色が変わってくるんですよ。

岸田 あー!ちょっと確かに…色が違うかも、うん。

前地 色が違うとおかしいじゃないですか?そしたらこの辺でなんかね、痛いのが当たるんですよ!なんか痛いな〜みたいな。気をつけて看護師さんに見てもらってたんだけど…ちょっと今日はヤバいかもしれないってことで。

岸田 うわー!それで…(緊急手術で)取って見てみたら折れてたっていうことなんですね!

前地 はい。

岸田 うわ〜!ちゃんと新しくしてもらって…それで次に抗がん剤薬物療法に入っていきます、それが…フリュザクラということで、これはどんなお薬なんでしょう?

前地 飲み薬なんですけれども…最初5mgで始めたんですけど副作用があまりにキツかったので、3mgに減らしてもらってます。

岸田 あ〜、標準が5mgなんですかね?

前地 5mg・4mg・3mgとかあるみたいですね。

岸田 それで治療をやっていって、ちょっと副作用との兼ね合いで3mgだと続けられそうということで、3mgで今治療を続けられているということですね?飲み薬は、これ1日1回って感じですか?

前地 朝に3錠飲みます。

岸田 朝に3錠飲んで、今その治療を…ここで今もされているのかな?と思いますけど、今の経過的にはどうでしょう?

前地 いいですね!いいですねっていうか…今度CTとか初めて撮るんですけれども、腫瘍マーカーはありがたいことに下がってきています。

岸田 お〜!そうなんですね。じゃあ今そういったお薬の治療で、今も前地さんは投与されているっていうふうな流れですかね。ありがとうございます。前地さんもね、いろいろその中で、ちょっとね、今その治療の副作用でちょっと声がね、今かすれてしまっているというところはね。しかもね、ちょうど声がかすれている時期に収録をさせていただいて…いやいや、こちらこそそんな中ありがとうございます!

「こういう薬に変えた方がいいかなと思うんだけどどうする?」——主治医との打診のかたち

岸田 はい、それではですね、ここから各項目に分けてお伺いをしていきたいと思います。まず一つ目の項目といたしましてですね、病院や治療の選択といったところになります。病院や治療の選択こちらですね、まず前地さんの病院はどのように進めていったか?と申し上げますと、最初町医者に行った後に大きな病院を紹介されていって、そこから大きな病院でその後治療を受けていくという形です。ここからもう病院は変えずですか?

前地 はい、そうですね、そのまま。

岸田 大きな病院…その大きな病院でずっと治療されていくという形なんですね。その中で治療の選択って…めちゃくちゃこうね、手術されていって薬物療法・手術・手術・薬物療法…めちゃくちゃされてるじゃないですか?ちょっと全部お話をね…お伺いしたいんですけど、そうするともうね…何時間にもなってしまいますので、この中で…強いてこう前地さんがこの治療するのなんかこう…結構…迷ったなっていうところはあったりしますか?

前地 いや特にないんですけれどもね、提示していただく中でやってきているので。

岸田 その提示していただいている中で、なんか前地さんがこう…自分でこれしたいっていう治療っていうのは特にこの中にはなかったですかね?

前地 いやなんか…やっぱフェスゴに関してはどんな結果が出るのか楽しみだったんですけど、ちょっと残念でした。

岸田 そっかそっか〜ありがとうございます。今ね、SDMと呼ばれる、シェアード・ディシジョン・メイキングっていうね、医療者と患者と一緒になって治療を考えていこうっていうね、そういった流れになってきているかと思いますけれども、どうですか?医療者、お医者さんからは…治療に関してこの治療とこの治療あるけど…みたいなそんな感じなのか、いやもう…この治療次やるか!みたいな感じなのかでいうとどうでしょう?

前地 いや、先生の方からは…今の状況こうなんだけどこういう薬に変えた方がいいかなと思うんだけどどうする?っていう感じで、ちゃんと打診してくださいますね。

岸田 説明してくださって…。前地さん的には治療を考える上で大事にしているところっていうのは、もちろん治るのが一番大事だと思いますけれども、QOLで例えば…先ほどあったように手術を2回一緒にしちゃうと…みたいなところもあったと思いますけれども、大事にしている選択ってありましたか?

前地 選択…?

岸田 選択というか優先順位というか。

前地 抗がん剤の治療に関してはやっぱり…休薬になることも多かったですし、休薬になると…やったー!っていう感じで、どこ行こう!?みたいな。

岸田 あぁ〜!

前地 楽しんだりとか。あと、どうしてもその…秋田へ(旅行に)行く時みたいに行きたいんだけど…まあ…腫瘍マーカー上がってきてるしどうしようかな?って時は、先生、こんなんで行っちゃダメですよね?みたいなことをちゃんと先生に聞いて。いやいや僕は…治療だけが人生じゃないと思ってるし君にも言ってきたから、君が行きたいと思うなら今行けるんだから行った方がいいよ!って、そういう先生とのコミュニケーションもしっかり取れてるかな〜と思うので、ありがたいなと思ってます!

岸田 あー!そうね。ただやっぱり…前地さんもこれやりたいんです!ってところで、ちゃんと先生がそれに合わせてくださったってところはあるんですかね。

「転倒は大きいですね」——浴槽に足が上がらない、骨折後のADL低下

岸田 はい、そしてですね、ちょっと次にお伺いしたいことが次こちらになります、つらかったこと、副作用や後遺症などっていったところにはなるのですが、なんですかね、やっぱりこの治療のさまざまな中でつらかった・大変だったっていうと、いやもう…勝手ににはなりますけど、やっぱり前地さんの場合は…この転倒された時とかがなんか大変だったんじゃないかな?とかいろいろありますが…どうでしょう…?

前地 転倒は大きいですね!やっぱり今でも…ADL(日常生活動作)が下がっちゃって前できたことが今はできないってことがたくさんあるので…結構大きな損傷でした。

岸田 そっか!「ADL」ですか?

前地 はい、今までできたことができないんですよね。例えば…なんだろう、ほとんど自分のことって自分でやってたんですよ。でも…今できないことが増えてきてる。その骨折したために足が上がらなくなったとか。

岸田 おぉ〜!

前地 そうなんですね。

岸田 そっか…。

前地 いつもなんか(お風呂に)自分で入れたのに浴槽の中に足が上がらないから、結構大変な思いしてます!

岸田 あー!そういうのもあるんですね…。お風呂だったりだとか、いろんなところで支障が出てくるって感じなんですね。

前地 そうですね。

岸田 そんなね、副作用もいろいろあったというふうなところもありますけれども、もう…あれですか?よく大腸がんの患者さんっていうのは手足のしびれ…水に触ると痛い!みたいなのも、それももちろん経験されましたかね?

前地 そうです。FOLFOX(フォルフォックス療法)してる時にドアノブが持てないとか。

岸田 うんうん。

前地 そういうのとか…冷たいものを食べられない。あと…やっぱりそのお水もね、使えない。常にこう…ぬるま湯にしてなきゃダメだとかね、そういうのありましたね。

岸田 そっか〜。今は…もうそれは終わられているので、今はそういった制約はないですかね?

前地 そうですね、右手に関してはないです。

「がんとケンカしたら負けるからケンカしなくていい」——夫の一言で力が抜けた

岸田 左手は麻痺されてますもんね…。やっぱりそういったところもね、全然変わってきますよね…。はい、次こちらです、家族やパートナーのことといたしまして、家族構成として旦那様と息子様がいらっしゃる、その中で家族・パートナー、こちらに関しては旦那様のところをお伺いしたいなと思いますけれども、まず家族に…旦那様にがんを伝えるタイミングで一緒に病院に行かれてた感じですかね?

前地 そうですね、当時一緒に行ってたので、その場で一緒に聞いてくれています。

岸田 はい、一緒に聞いてといったところで。家族のこの支え…もちろんね、いろんな支えがあってこれよかったな〜というところあると思いますけれども、こういうことしてくれてよかったよ!っていうのは何かあったりとかしますか?

前地 一番最初にね、その…いきなりがん告知された時に(家に)帰ってきてから…聞いた!?私…(がんと)言わないでって言ったよね!!?言われちゃったよね!!みたいなことを何回か私が言うもんですから…二人で笑いながら…がん告知されて笑ってる人なんかいないよ!って言ったんだけど(笑)二人で大笑いしながら。最後に主人がね、がんはね、ケンカしたら多分負けるだろうからケンカしなくていいんだよ、がんと共に生きてったらいいんだからっていうふうに言ってくれて、なんかすごく…フッと力が抜けたっていうか、そういうのが出てくるんやな〜みたいな、それでいいんだよねって言われた時にすごくホッとしました!

岸田 ああ〜いいですね!ケンカせずやっていくっていうのをね、そういうのを旦那様が言ってくださって気持ちが少し楽になったという感じですかね〜。しかもね、旦那様が…あれですよね、いろんなやっぱり前地さんが車椅子の生活をされているといったところで、さっきの秋田旅行もそうですけれども、さまざまなねところにね、車を出して一緒に行ってくださってるんですよね?

前地 そうですね!新幹線で東京行こうよって言うんですけど、やっぱり…車椅子を押して荷物を持ってってのは大変だから、やっぱり…(私が)腸の手術してるからトイレとかね、探さなきゃいけないしその心配もあるからやっぱ車がいいよっていうことで主人と車で行こうって言うんですけど。そうするとね、息子に行ってくるよ!って言うとお父さんとお母さんだけじゃ危ない危ない!って言うんですよ(笑)迷子になるから…僕が行くからいいよ!って言って一緒に来てくれます。

岸田 お〜!息子さんも一緒に来てくれるんですね!?

前地 大体東京の時はいつもほとんど一緒です。だって二人だって危ないからって(笑)迷子になるし他の人の迷惑だからって(笑)笑っちゃいますよね。

「大丈夫です、うちのお母さん結構ずぶといですから!」——診察室で息子が医師に言った言葉

岸田 けどこう、ついてきてくれるっていうね!その本当…旦那様や息子様、その息子様のね、ところ。家族・子どものことということありますけれども、息子さんはもう…成人されていらっしゃいますよね?

前地 一緒には住んでなくて、名古屋の方です、一人で住んでます。

岸田 はい。その息子さんに対してがんの告知っていうのは、こう…電話でされた感じですか?

前地 私からはしてなくって、主人から。

岸田 あっ、そうなんや!その…反応というかどうでしょう?息子さんに対して、今ね、サポートしてくださっているようなエピソードありましたけれども。

前地 なんかね、一回病院に一緒に着いてきてくれた時に、診察室に入ってきて先生と話してる時にね、なんか息子がね、先生、大丈夫ですよ!うちのお母さん結構ずぶといですから!って(笑)先生に言うんですよ。嫌だもう!とか思いながら…。

岸田 (笑)

前地 (息子が)大丈夫です!結構ずぶといから…長く生きますから!ってそんなこと言って…あっ、そんなふうに思ってたんだと思って(笑)

岸田 いやいやいや、そっかそっか〜。そんな息子さんとね、遠出する時は一緒に行ったりだとかね、結構帰っても来てくれるんですかね?

前地 1か月に1回ぐらいは帰ってくるかな。

岸田 おぉ〜!

前地 近いんで。

岸田 じゃあコミュニケーションもね、密にされている中でってことですよね?

前地 楽しいですね!家族が面白い…変な家族(笑)

岸田 いや〜いい…、キャラの濃い家族だと思います!それは。

前地 面白いですよね。

入院保険だけでは足りなかった——障害年金と高額療養費で続ける治療

岸田 面白い家族で。そんなね、笑いの絶えない前地家ではございますけれども、ここからね、本来であればお仕事のことだったりとかね、いろいろ活動のこともしあればという話ですけれども、前地さんは主婦をされていらっしゃいますので、次はこちらのお金や保険といったところでの、治療費だったりとかそういったところについてお話を聞いていきたいなと思うのですが。民間の保険は前地さん入られてましたか?

前地 一応入ってたけど、がん保険は入ってなくて…。入院保険ですよね。

岸田 入院したらいくら出るみたいな形のやつですかね?ということは…あれですよね?治療費…をそれで賄うのって厳しいですよね?

前地 もう全然大変で!抗がん剤とか結構お値段もいいですからね、年金を申請して…。

岸田 年金申請して…どういうことですか?すいません。障害年金?

前地 障害年金をいただいてます。それだけで、はい、頑張ってます。

岸田 そっか!障害年金をいただいてということで。1級・2級とかいろいろあると思うんですけれども…それは?

前地 私の場合は2級ですね。

岸田 2級をっていったところで、それでちょっと治療費に充ててっていうことですかね?

前地 そうですね、あと高額療養費(制度)があるので随分助けていただいています。

岸田 うんうんうん。ただ、そうは言ってもずっと長いですもんね?治療がね。

前地 もう長いですね〜。お金ないから貸してくれる?とか息子に言って借りたこともあるんですけどね、もう家族で何か助けてもらえるから何とかやっていける。

岸田 うんうんうんうんうん、そうですよね〜。

前地 入院するとすごい要りますからね。

岸田 そうですよね〜!もう治療費や、それに付随するもろもろって言ったら、もう…100万じゃ足りないですよね?全然。

前地 全然足りないですよね!

岸田 ですよね〜。結構数百万ぐらいはもう全然治療ね、長いですからいかれてますよね?きっとね。それを…そういう貯金だったりとか年金っていったものを充てて、過ごされているということですね!

煮物はストーブで作る——車椅子のまま暮らしを回すための工夫

岸田 その中でちょっと次こちら、工夫したことと、工夫していること・したことということあるんですが、入院中こういう工夫したよ〜でもいいですし、治療の中で今こういうことをしているんだ〜ということでもいいですし、何か…前地さんなりに工夫していることあったりとかしますか?

前地 そうですね、入院に関しては一人で病院生活ができるように、ここにこういうものを…例えばスマホだったらスマホを立てる台がここにあったら自分でできるよ!とか、いやでも充電ができないから…延長コードをここまで持ってきておいてくれたら自分でできるよ!と、できるだけ看護師さんにお世話にならなくてもいいように自分でできる工夫はいっぱいしてます!

岸田 そっか!ここにこれがあったら自分でも取れるからって。特にね、前地さんの場合やっぱり半身不随でもありますからね、そこで…どこまでができてどこまでができないかっていうのをちゃんと医療者にも伝えるってことですよね。

前地 そうですね。あと…家ではやっぱりADL(日常生活動作)が下がった時に、今のこれだから結構…歩くのがすごい大変なんですよ!クラッとなっちゃう!本当に。そんな中で、フリュザクラに変わる前に電動車椅子をね、使用できるようにしてもらったりとか車椅子をそっちの車椅子に変えたんです、家の中じゅうを車椅子で行けるように。あと玄関はもう…実は玄関で2回転倒してるんです!

岸田 えー!!

前地 骨折するとあかんから!っていうことで、玄関も…両方とも手すりをつけて階段のやつに変えてもらったりとか、いろんなことをね、こう…常に一緒ではないから、常に見直していって、ちょっとこことかが不自由に感じるようになってきた時にケガする前に手を打とう!みたいな、そういう工夫はいっぱいしてます。あと冬場は必ずストーブを使うんですけれども、ストーブで料理しようとか。

岸田 ストーブで何ですか?すいません。

前地 ストーブで料理するんです!

岸田 ストーブで料理する!?

前地 そう!煮物とか全部ストーブでするの。

岸田 えっ、これは…えっそうなんですか!?そういう…前地家はそうしてるっていう感じなんですか?それとも、それはなんか…。

前地 車椅子でもできるように。

岸田 あー!そういうことでね。

前地 そうしてます、はい。

「みんなどうしているんだろう?」——術後の不安から開いたYouTubeと患者会

岸田 ストーブの上だと車椅子でもやりやすいからっていうこともあって?そういうふうな工夫をされてっていう感じですね。ありがとうございます。次にこちら、情報といたしまして、がんに関する情報をどういったツールで得ていたか、医療者からの情報かそれともインターネットなどのものかSNSからであったりだとか、さまざまな新聞・本などね、いろいろたくさんあると思いますけれども。

前地 YouTubeとかあとSNSのコミュニティ・患者会ですね、はい。

岸田 YouTubeっていったところで、どういうようなものを見られているんですか?

前地 がんノートさんの!

岸田 あ、いえいえ、ごめんなさい(笑)がんノートって…言わせるつもりじゃなかったです!ごめんなさい(笑)ありがとうございます。見ていただいて、すいません。

前地 がんノートさんとか、がん防災チャンネルとか。

岸田 押川先生のね、チャンネルだったりとか。

前地 カロリーナ(佐々木香織)さんもよく見させてもらってます!

岸田 動画とかね、皆さんよく見られるっていうこともね、伺っております!そういったね、YouTubeだったりだとかを見られてということで。なんかあれですか?いや…単純なちょっと疑問ですけど、前地さんのような(年齢の)方であればなんでしょう…YouTubeで情報を仕入れる!っていうのがちょっと意外だったりとかするんですけど…なんかこう…以前からYouTubeは見られていた感じなんですかね?

前地 いやいや!がんになってからです。

岸田 あっ、そうなんですか!?

前地 はい。

岸田 がんになってから…YouTubeを…みたいな形って、どういう気持ちでご覧になったんでしょう?

前地 最初はね、やっぱり…その自分がこう…手術後にね、直腸がんで排便障害があるんですけれども、直腸がんの術後って…みんなどうしているんだろう?ってそれがすごく不思議で…。インターネット開いたらいろんなのが出てきて…その中にカロリーナさんも出てきて、いやすごいな!私と同じような状況なんだけど!!みたいな、と思い…入っていきましたね。

岸田 ああ〜そっか!じゃあ排便障害の皆さんどうしてるのか?っていうところから(YouTubeを)見ていったってことですよね〜。

前地 術後どうしてるの?と。

岸田 術後どうしてるのか?と。ちなみに前地さんは、その排便障害とかは…どうでした?

前地 最初、大変でした!もう私…走ることできないですし、横になったら起き上がるの大変ですし、だからもう…もう大丈夫だろうなって始まると何回もトイレ行きますから、だからもうずっと起きてましたね、夜中。

岸田 んん〜!!

前地 でも11時くらいから始まると…(深夜)3時くらいまでは寝れなくって。

岸田 えぇ〜!

前地 ずーっとこう…トイレに近い台所で座ってたりとか、それでよくYouTube見るようになったんですけど。

岸田 そういうこともあってってことなんですね!排便障害は今は治ってはいるんですか?

前地 当初よりはよくなってますね。だけど…ありますよ、やっぱりね!

岸田 うーん!そっか…もうそれも付き合っていくしかないって感じですかね?

前地 そうですよね、命と引き換えにね。

岸田 うーん。

前地 何もなかったらいいかな〜みたいな感じです。

元気なうちに会いたい人に会いに行く——がんが変えた優先順位

岸田 うんうん、そのような状況もあるということで。次にこちら、がんになる前と後で変わったことなんですけれども、前地さんががんになる前と後で気持ちの変化もしくは体調の変化でも何でも構わないんですけど、何か変わったことありますか?

前地 そうですね、やっぱりがん…って言われたら人間必ず死っていうものがあるんですけど、その死が自分のすぐ横に迫ってきたことによって、元気なうちに会いたい人に会いに行こう!とか行きたいところに行こう!とかそんなふうに思うようになって、なんかがんになる前よりも行動的になったかもしれないと思います。

岸田 おー!!行動的に!あれですよね?だから前地さんも…がんになる前の車椅子生活だった時って、あまり外に出られなかったんですよね?

前地 あのね…がんになる前は、車椅子を私使ってないんです。

岸田 あ〜…えっ?

前地 骨折してからですよ!

岸田 あっ、そうなのか!じゃあがんになる前の半身不随の時は…。

前地 歩いてたんですよね。

岸田 自分で歩かれてたんですね!

前地 はい、だから車も乗ってますしお買い物も行きますし、まあ本当に…歩けるからね。

岸田 そっかそっかそっか!

前地 骨折してから…できなくはないんですけど、回数が減りました。

岸田 そういうことですね〜。

前地 そうそう。

岸田 がんになる前と後で行動的になったっていうのは…どっか行こう!って思い立ったら結構行かれるようになっていったってことですね?

前地 がんになる前だったら、秋田は行かなかったと思います!

岸田 おー!そっか。やっぱり行きたいところに今行こう!ということで。

前地 先日も…出雲大社に行ってきたんですけれども。

岸田 へぇー!!素敵!

前地 また…何週間か前に。

岸田 どうでした?

前地 いや…もうちょっといろいろハプニングあったんですけど、なかなか…思い出に残る旅行でした(笑)

岸田 (笑)ハプニング!例えば?

前地 あの…私今フリュザクラを使うようになってから味覚障害がすごくって食べられないこともあるんですね。ずーっと食べられなくて、やっと食べられるようになったかなっていうところで、あんまり体調万全っていう感じではなかったんですね。ただ…帰りがもう中国(自動車)道があんまり道路よくなくってすごくつらくって…雨が降ったもんで一日早く帰ってきちゃったんですね。そんな中で…もう車で体がカチカチになってきて痛くって痛くって!何回も車止めて助けて〜!!とか言って、わめいたりして大変でした(笑)

岸田 あ〜!道中の…状況がきつかったってことですね?

前地 でも(旦那と息子の)二人で一生懸命カバーしてくれて、無事に帰って来れました。

岸田 あ〜そうなんですね!

前地 あと、出雲蕎麦を食べるのに…(私が)食べられないって言ってんのにみんな食べちゃって…(笑)で、頼んだものをみんな食べちゃって、息子が…お母さん食べられないかもしれないから(自分は)三段重ねにしておくわって。主人が五段重ねにしたんですよ、お母さん食べられないといけないから僕三段でいいよ、お母さん残すの食べるからって、(私が全部食べて)残さないもんだから、もう物足りないわ!とか言って。

岸田 (笑)

前地 大騒動!

岸田 大騒動!(笑)

前地 え〜!って言って、(結局、食べずに)息子は我慢したの。(息子は)心残りって言いながら帰ってきてました(笑)食べればいいのに!って、いや…もういいわ!とか言って(笑)

岸田 頼んだらね、せっかく来たんでね。

前地 あと、歩いてたらね、ちょっとこう…どうも道がこう欠けててね、主人がそこに足を滑らしておってったりとか。

岸田 えぇー!!

前地 落ちるみたいな、見て見ないふりしておくとか(笑)楽しい旅行でしたよ。

岸田 楽しい旅行ですね!すごい。

「お願いです、病院に行ってください」——痔だと思い込んだ2年間の自分へ

岸田 そんなね、さまざまなことがあった中で、次こちら、あのときの自分へということをお伺いしたいと思います。あのときの自分へ、これは…がんの治療される前でもいいですし、がんを告知される前でもいつでも構わないんですけど、あのときの自分に声をかけるとしたらどんな声をかけますか?ということなんですが、どのときに前地さんだと…自分に伝えますか?

前地 私はこう…出血、2年ぐらい前から出血があった時に勝手に自分で痔だと思って病院に行かなかったから…あの時に病院行ってたら…もっと…今と違ったんじゃないかな?と思うから、お願いです!病院に行ってください!ってあのときの自分に。あのとき病院行ってたらよかったのにって。やっぱり検査も…ちゃんと受けた方がいいよねって言いたいですね。

岸田 そっか…大出血する前からちょっと…血はあったんですもんね?それを痔と決めつけずに…。まさか…それががんだと思わないですもんね?

前地 子どもを産んだ後に痔になってるから、痔だわ!と思ってましたからね。その時に検査を受けてたら、違ってたんじゃないかなって思います。

岸田 そうですね〜なので…ちゃんと、がん検診はしっかりこうね。がん検診は受けられたんですか?前地さんは。

前地 受けてなかったです。

岸田 受けてなかったということですね。検診とか…ちゃんと検査を受けていくっていうのがね、前地さんのあのときの自分へという言葉でした。

「がんだからってひるむことない」——次に行きたいのは沖縄

岸田 次にこちら、大切にしたいこと夢や目標など。こういうふうに生きていきたい!っていうのもいいですし、次ここに行きたい!っていうふうなことでもいいですし、これを大切に生きていきたい!でも何でも構わないのですが、前地さんいかがでしょうか?

前地 そうですね、えっと…がんだからってひるむことないなって思ってるんで、がんでもやっぱり…私らしくって何か分かんないですけど、でも…行きたいところがあれば行ってはいいんだし、とにかく…楽しみたいですね!人生で、せっかく時間があるから。そんなふうに思います。次ね…沖縄行きたいですね!

岸田 おー!いいですね、次は沖縄!ぜひ。多分ね、旦那さんも(いま)近くで聞いてくれると思いますので(笑)この動画を見てくださっていると思いますので、はい、ぜひ次は沖縄!みたいですので、ぜひよろしくお願いします!!

『ひとりじゃないよ』——支えられて今がある、前地さんから治療中のあなたへ

岸田 といった中で、メッセージに入っていきたいんですけれども、前地さんからですね、皆さんに対してのメッセージといったものをいただいておりますので、こちらになります。

前地 『ひとりじゃないよ』。がん治療って…波があるから、そんな時に自分を支えてくれるような人がいるととても…ありがたいな!と思います。私は…いっぱい支えてもらって今があるので、決してひとりじゃない!私もひとりじゃなかったですし皆さんもひとりじゃないから、患者会とかSNSとか…ぜひ!ぜひ!声を発信してください。一緒に頑張りましょう!

岸田 はい、ありがとうございます!前地さん。ひとりじゃないよということでね、前地さんもねさまざまな本当がんの治療をやっていく中で、オンラインを通じて仲間を見つけられたりだとかしていってということで、やっぱ仲間の存在って前地さんにとっても…結構大事な存在ですよね?

前地 大きいですね〜!本当にたっくさん助けてもらいました!今もそうですけれども、だから今があるんだなと思います。

岸田 皆さんもぜひぜひ!またいろんな情報をチェックしてもらえたらと思いますし、またね、ぜひ!またがんノートも見て応援してもらえたら嬉しいな!ということも思います。前地さん!改めて、前地さんが見ていただいていたがんノートにこうやってご出演していただいていかがでしょうか?

前地 ドキドキした(笑)

岸田 本当ですか!?そっか〜!全然もう、非常にもう…なんかこうね!お話上手にされていましたけれども、緊張されました?

前地 めっちゃ緊張してます!!(笑)でもやっぱなんか…こうやって話してることがね、何でもないことでも、誰かの役にたてればいいなと思います!力になれれば。私もがんノートでいっぱい力もらったんで、そう思います!

岸田 そうですね〜!もうなんか…そうであればありがたいです!そのね、見てくださっていた前地さんが次は出る側としてね、他の方の何かヒントになれば嬉しいなということを思っております!前地さん、本当に今日は素敵なお話どうもありがとうございました〜!それではですね、これにてがんノートを終了していこうかなということ思います!皆さん次の動画でまたお会いしましょう!それでは、バイバイ〜!

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
*がん経験談動画、及び音声データなどの無断転用、無断使用、商用利用をお断りしております。研究やその他でご利用になりたい場合は、お問い合わせまでご連絡をお願い致します。

関連するみんなの経験談