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インタビュアー:岸田 / ゲスト:木村

看護師、そしてMrs.GREEN APPLEのJAM’S——木村絵美さんのプロフィール

岸田 それではがんノートスタートしていきたいと思います!今日のゲストは木村さんです!よろしくお願いします!

木村 よろしくお願いします!

岸田 木村さん、簡単に自己紹介をお願いしてもいいでしょうか?

木村 木村絵美と申します。福島県出身で今は千葉県に住んでおります。45歳。家族は夫と息子で、仕事は看護師をしています。趣味は推し活をしております!

岸田 推し活!ということで!いや何の推しかすごく気になるんですけど。

木村 今大人気のMrs.GREENAPPLEさんの方で、JAM’S(ジャムズ)です!

岸田 JAM’S(ジャムズ)ということでね!Mrs.GREENAPPLEのファンクラブの会員のことをJAM’S(ジャムズ)ということで、ミセス…それはもう『箱推し』ですか?

木村 箱推しです!

岸田 箱推しですか!

木村 その3人が大好きです。

岸田 大好き!ということでね、ライブも行かれているということでございます。そんな趣味の推し活ありつつも、がんのことについても少しお伺いできますでしょうか?

木村 メラノーマという悪性黒色腫で、粘膜、肛門にできた悪性黒色腫になります。

岸田 はい。肛門にできる粘膜にできるといったところで、すごくそれは…レアなんですよね?

木村 そうですね、メラノーマ自体がもう10万人に何人という感じの希少がんの中なんですけども、その中でも粘膜型というのは結構珍しくて、なかなか情報もない状態でした。

岸田 なので(ステージ)1a相当と書いてあるのは、これは粘膜ではない皮膚の方にできた時ということですね?

木村 そうですね、一応術後の結果を見た時に皮膚に換算すると1aぐらいかなという形で言われました。

岸田 また粘膜にできると、また違った可能性もあるということですけれども、いったんそのような形となります。そして!?

木村 告知されたのが41歳の時で、手術の方は直腸切断術とリンパ節切除という形で人工肛門を増設しました。

岸田 というふうな形でね、手術で今は経過観察中ということですね。ありがとうございます!改めてね、木村さんのお話をお伺いしていきたいんですけれども、これからお話しする中ではですね、あくまで個人の経験なんですよといったところと、治療に関しても、また皆さんが見られる時には治療が変わっているかもしれませんので、そういったところもご留意いただければと思います。

岸田 また何よりも医療情報に関しては、がん情報サービスさんだったりとか主治医の方が一番知っていると思いますので、主治医の方にご確認いただければと思います。

 「黒いデキモノ、これ何だろうね?」——健診の便潜血から現在までの軌跡

岸田 といった中でですね、この後ペイシェントジャーニーという感情の浮き沈みなどをグラフで表していきます。それがちょっと表すと、このような吹き出しもありますのでね、また見てもらえたらと思います。そしてドン!というふうな形で、こちらが木村さんのペイシェントジャーニーというふうな形となります。

岸田 真ん中の方でね、ドーンと下がっていてといったところで何があったのか?またねお伺いしていきたいなと思うのですが。まず初めに、ご長男さんの誕生!と。

木村 そうですね。36歳高齢出産にはなりましたが、はい、息子が生まれました。ちょっといろいろあったんですけども、誕生自体は本当におめでたいことなので、はい、ポジティブの方ですね。

岸田 そうですね。ポジティブに誕生していって、そこからちょっと下がっていきます。それが…看護師として再就職。下がっていてというよりもプラスマイナスゼロよりも上なので、看護師として再就職。これは以前も看護師として?

木村 そうなんです。普通に仕事をしてたんですけども、ちょっと不妊治療とかも入ったりもして、仕事をセーブしたりちょっと妊娠悪阻(おそ)とかもちょっとひどかったりとかもしたので、いったん仕事は辞めて子育てに専念しようと思って辞めたんですけども、なかなか子どもと2人の生活にも限界がきまして。

木村 やっぱり社会と接していたくなってしまって、やっぱりまた働きたいな!と、1歳半ぐらいの時に仕事をまた再開することにしました。

岸田 で、看護師として再就職されていく。けどあれですよね?看護師として働かれていく中でも、フルタイムではないんですよね?

木村 はい、そうですね。もともと結婚してからはなかなか家庭との両立があまり私がうまくいかないかったので、パート勤務でしてたんですけども、その中で時間を長くしたり短くしたりという形で、本当に今回子どもが生まれてからは本当に短い時間でパートとして再就職したという形でございます。

「特に何も出ないだろう」——健診の便潜血が陽性に

岸田 そこから少しちょっと上がっていくのですが、それがこちら!職場の健康診断がありましたということで、職場でよくやられるような集団でやるやつですよね?

木村 結構就職した時とかは日数も短かったんですけど、そこから日数とか時間とかも上げて、体のことも結構気をつけてたりとかしていた状態の健康診断だったので、結構上の方でそんな…特に何も出ないだろう!という自信のもとに受けた健康診断で、便潜血陽性になりました。

岸田 だから、自信をつけて望んだのでちょっと(グラフでは)上の方になっている?

木村 そうですね。プラス健康診断で要精密検査が出たけど、ちょっとたまたまかな〜ぐらいの感じで、特に問題ないだろうっていうぐらいのポジティブさで健康診断でした。

大腸内視鏡で見つかった、黒いデキモノ

岸田 便潜血が陽性になっていって、その後に検査を受けられていくんですよね?それがこちら!大腸内視鏡検査。

木村 便潜血…血が混じってるよっていうことだったので、近くの内視鏡のすごく有名な病院さんに検査を受けに行きました。すごく上手なところだよって聞いてたのと、40歳を超えてまだ内視鏡を受けたことがなかったので、一度検査を受けれることがいいことかな?っていう、これで一回診てもらえることはラッキーだぐらいな感じで受けたような感じでした。

岸田 受けていかれる中で、こちら、怪しいデキモノも分かっていくと。

木村 そうですね、胃の検査と大腸と両方、年齢的なものがあるし一緒に受けちゃおうかという感じで受けて胃の方をやって。最後次にお尻の方からやって麻酔をかけてたので寝てやっていたんですけども、最後まだ多分カメラが入った状態だったと思うんですけど、先生にポンポンと手を叩かれて。あのさ…なんかこう見ていくとさ、最初から気になってはいたんだけど、最初いろいろ奥までは見て、奥は大丈夫そうで、最後にねっていう感じで黒いデキモノがあって、これなんだろうね?っていう感じでした。

岸田 だから肛門部に入り口の方に何かデキモノがあると?

木村 そうですね。最初入れる時に先生が、あっ!て思ったみたいなんですよね。だけど一番最初にグーッと最後の方まで入れて、大丈夫でスススッと最後やりながら、あっ!でもやっぱりあるなっていうところで、通だと終わってから多分起こされるんですけど、先生にトントンって目覚めさせられてこれ…っていう感じで画像を見せられたら本当にちょっとっていうか、本当に黒っぽくって、グレーから黒にかかるような感じで。

木村 画像で見るのに結構大きく見えて、これはちょっと怪しいからちょっと専門のところ行った方がいいんじゃないかな?っていう感じで言われました。

岸田 そう、メラノーマってホクロのがんみたいなこと言われてるんですよ。黒っぽくてなんかあれなんですよね?きれいな円じゃなくて?

木村 そうですね。普通の皮膚にできたホクロとかだとこうまばらで…とかっていう(メラノーマの)チェックポイントがあるんですけど、私のは本当にプリッとしたちょっとグレーの、そんなに形的にはいびつじゃなかったんですけど、ただやっぱり色が黒なので非常に異様…異質というか、あまり見てこれは大丈夫でしょうって思えない。

岸田 思えない?

木村 この色は何だろうっていう感じ。

岸田 ああ、そうなんですね!それがボコってできてた感じ?

木村 そうですね、ボコっとできてた感じです。ただそうですね、肛門に近いところでしたね、大腸というよりは。画像で見るとこう引いた時にここら辺にポコっとプリっとしたような…例えようが難しいんですけど。

岸田 直腸のあたりにできてた。

木村 はい。

岸田 ポコっというものが。これが何だろうね?というところで、そこでそのまま…あれですか?デキモノがっていったところで終わっていくんですか?

木村 終わってきて、私もそのまま検査とかなのかな?と思ったんですけど、そこの先生に変にいじらない方がいい、検査したりなんだりっていうのも専門の方に行った方がいいんじゃないかっていうことで、もうすぐ紹介状を書いてもらおうねっていう形で言われてここの病院はもうそこでおしまい。もう、でも即日、もうこれこの画像と紹介状を持って近くの大きい病院2つどっちか、どっちがいい?みたいな感じで言われました。

「がんならがんの専門病院」——専門病院の受診とメラノーマの告知

岸田 で、そんな中で、がん専門病院を受診していくということではあるのですが、あれなんですね?がん専門病院に行くってことは、もう…もうほぼほぼがんじゃないかっていうのは?

木村 なんか今思うと確かにそうですけど、大学病院か近くに大きい大学病院かがん病院の2つがあったんですけども、どっちがいい?って言われたんですよね。これは色も色だし怪しいし、確かにがんに近いものではあるのかな?っていうところもあって、そうだったらがんの病院の方がいいのかな?っていうところでしたし。

木村 自分の中でも『黒いデキモノ』で調べると、紹介状を書いてもらうまでにちょっと間が時間…お昼の時間があったんですけど、その間にやっぱり調べると、その時にメラノーマって自分の中でも出てきてたので、やっぱりがんの可能性の方が高いかな?と思ったのでその後の紹介状を書いてくれる先生のところに行った時には、もうどっちかっていう選択だったので、じゃあもうがんの病院の方にお願いしますっていう形でお願いしました。

岸田 だからもうね、これはもうがんに近いものじゃないかというところで、その後にがんの告知を受けていきます。結果、やっぱり診てみたらやっぱりがんだったということですね?

木村 最初は内視鏡科の先生に診てもらって、まず検査をどうするか?という話だったんですけど、メラノーマってちょっと一昔前は検査しちゃいけないっていう、生検すると散らばるからみたいな、そのがんが散らばるからみたいなのがあったらしくて、いじっていいのか悪いのかがちょっと分からないから皮膚科の専門の先生に聞きましょうっていう感じで。

木村 そこから一回皮膚科の先生に診てもらって、もうぜひ検査をとにかくしてくださいっていうことで検査をして。で、普通だと多分病理の結果って1週間〜2週間とか多分かかるはずなんですけど、早いと多分メラノーマって分かったら1週間ですぐ分かるからということで、検査と結果の時間を合わせて1〜2週間だったと思うんですけど、で、もう行った時には皮膚科の先生からメラノーマでしたと言われました。

岸田 その皮膚科はがん専門病院の皮膚科?

木村 そうですね、たまたまメラノーマの有名な先生が来てくださっていたので、そこで診てもらいましょうという形でどうするかというところも含めて相談させてもらいました。

看護師から患者へ、立場が反転した日

岸田 そっか!このがん告知の時が一番下がっていると思うんですけど、看護師としても働かれていていろんな患者さんとかね、いらっしゃると思うんですけど、自分ががんになったというところに関しては?

木村 そうですね、やっぱり…一気によくあれなんですけど、看護師の立場・患者さんというこの…なんですか向き合った関係があると思うんですけど、反転したっていうんですかね?一気にこう…グルっと自分の立場が変わって急に心細くなったりとか。

木村 あとは今までそうですね…やっぱどこかで看護師っていう方のあれが多くて、患者さんを手助けするっていう立場の方だったので、グルっと反転した、まさか!っていうところはありましたけど、ただもう正直一番最初の黒いものを見た時からこれはきっと…っていうところがあって、やはり検索を繰り返してたところがあったので、ほぼほぼこれが何ともないわけはないだろうなっていうところではありましたはい。

岸田 自分なりにはもうちょっと覚悟は、ただのものじゃないだろうなっていう覚悟があって告知を受けていったところですね。

永久ストーマか温存か——「生きたい」で決めた手術

岸田 そんな中でですね、だんだんちょっと上がっていきますが、それがまずその中で人工肛門にするか悩まれるんですね!そうか、手術、ここから手術になっていくのか。

木村 そうです。一応調べてメラノーマと分かりました。ただ場所が場所なので、皮膚科の先生から大腸外科の先生の方に、手術自体はそっちの先生にやってもらうからねっていう話だったので大腸外科の方に移って、で、全身に転移がないかとかそういうものも含めて検査して。

木村 その際に先生に、場所が場所なので一番の安全策は全部取っちゃうこと、周りを全部こう安全をとって取るとすると、肛門は残せないですという話を受けて。

木村 ただ症例的に欧米の方とかだと極小切除っていうのもあったり、あとはまず1回目の手術で極小切除・リンパ節を調べる、何かあればもう1回手術をして人工肛門にするかそのままにするとかっていう方法もあるよっては聞いたんですけども、先生からのおすすめだったりとかを含めて聞くと人工肛門しかないのかな?っていうところはありつつ。

木村 主人と話を聞いた時に、主人もいろいろ方法はどうにかないのかな?っていう感じでは聞いてくれたりとかして悩みました。

岸田 悩みますよね〜。これ、人工肛門だったら一生?

木村 そうなんです!本当場所が場所なので残せないっていう。もういったんなったらということで、永久人工肛門ですね。ここもまたあれなんですけど、どっかで自分大丈夫かなっていうところがやっぱりあったりとか、なったら戻せないっていうところがあるので、そうですね。ただ…もうやるしかないのかなっていう気持ちは半分固まっていたような感じもありました。

岸田 やるしかないのかなと思って、そして手術をされていくと。この手術が直腸切除術とあとリンパ節切除と書かれているので、結局全摘?

木村 そうですね、直腸を全部取りまして、そこから派生しているリンパ節が側方リンパ節というところまで含めて42個だったと思うんですけどその42個を取って、その直腸の上にあるS状結腸というところから人工肛門を持ち上げて永久人工肛門を作るという手術を受けました。

岸田 さっきおっしゃっていた部分的にやる方法もあるじゃないですか?けど、もうそこは自分自身で全摘するしかないなと思われたということですね?

木村 子どもがちっちゃいのもあって、2回また家を空けるということと、…がやっぱりちょっとネックになったっていうのと、もう…そうですね2回手術するっていうのも体に負担がかかるっていうところ、あとやっぱ生きたい!って思ったんですね。

木村 いろいろ調べると、本当にすごくメラノーマ悪いことしか書いてなくて、私は来年生きていられるんだろうか?ってちょっと思ったところが本当に正直あって。一番の安全策というか、生きるためには何をしたらいいのか?っていうところで。

木村 もうそこは生きるための手段ができることがあるんだったらもうストーマになっても人工肛門になってももうそれは受け入れるしかないなと思ってもうバスッとやってください!っていう感じで、先生もそれが一番いいんではないかっていうことを言ってくださったので決めました。

2チーム・4時間の手術と、リンパ節転移なしの結果

岸田 そんなもう、決めていって手術を受けられていきます。手術はどれぐらいの時間で終わるんですか?

木村 私もびっくりしたんですけど、4時間ぐらいで、がんの専門病院だったので腹腔鏡とあとお尻からとお腹の腹腔鏡からの2チームでやる手術でして、上からやりつつ下からもやって最終的にこう合致してっていうその2チーム、スペシャルの先生たちが2チームでやってくださるので、多分本当はもっと時間がかかってもおかしくないような手術、リンパ節もたくさん取るので…なんですけど、4時間ぐらいで、はい。

岸田 はあー!腹腔鏡の手術でできるんですね?

木村 そうですね、なのでもう傷もちっちゃくなってまして。

岸田 そっか!それで2チームでやって4時間で済んだということでその手術を受けられていって、その後こちら、リンパ節に転移がなかったということでよかったです!

木村 ドキドキでしたが、一応画像上、手術前にする前の画像、CTとかMRIではリンパの転移はないんじゃないかということだったんですけども、最終的にやっぱり全部調べてリンパ節も転移がなくてということで。あとちょっと深さとかもそんなに深くなくてということで、本当に早く見つかってよかったね〜っていう感じで大腸外科の先生から言われて。あとは経過観察でいいんじゃないかなっていう感じですね。

「またここから1年か」——補助療法を“やらない”と決めるまで

岸田 よかった!じゃあ、それ以上の追加の治療っていうのはないのかどうなのか?それがこちら、術後の補助化学療法をするか話し合い。抗がん剤とかそういったところで薬物療法をするかどうかということですよね?

木村 メラノーマの方がステージ2B以降は術後補助療法が2つの薬剤かな?1年間やることが認められていてきていたんですけども、大腸外科の先生もいらないんじゃないか?と言っていたので大丈夫かと思っていたんですが、一応皮膚科の先生手術終わったら一回来てねって言われてたので外来の予約を取っていただいてお話ししてたら、木村さんメラノーマの粘膜はステージングがないんだよって言われて。

木村 ん?ないのか!ないから逆に…、それを逆に言うと今の状態でも補助療法はできるんだよっていう話をされたんですよね。あれ?する…する選択肢っていうのがここで出てきちゃうの?ってちょっと思ったんですけども、先生と相談、相談で結構2回〜3回ぐらい多分外来に通いまして、先生にも実際に取ったものを皮膚科の先生に診てもらって、ちょっと深さとかも1回診てもらったりとか。

木村 あとはやっぱりやるとなると、いわゆる免疫系のお薬だったので、副作用がやっぱりいろいろ出ると言われているもので1年間。ただまぁちょっと術後体力の方が…あんまり回復が…自分の中では思うようにっていうところがあったので、正直悩みましたが。

木村 先生が…先生と自分の中の意見をまとめると思ったよりも早期だった、結構しっかり全部悪いところ、悪いと思われるところ、転移しそうなところは全部取った。実際やる人たちはある程度やっぱもうちょっと進んでる方たちが多いっていうことを含めて、今回はやらないで様子を見ようということに決めました。

岸田 その決めるまでにも3回ほど行かれてね?

木村 もう先生の意見と自分なりの考えと、手術が終わってやっと終わった、またここから1年か…っていう方が自分の中でちょっとズーンと来てしまって、ここは早く見つかった、先生にがっつり取ってもらった、そこを信じようと自分の中で落とし所をつけました。

4〜5ヶ月での職場復帰と、患者会「OverTheRainbow」との出会い

岸田 なので補助化学療法はせずということで進まれていきます。そして職場復帰、おお!このタイミングでするんですね。どれくらい休まれましたか?

木村 1月に手術をして、復帰したのがゴールデンウィーク明けとか5月とかだったので。

岸田 4〜5ヶ月で復帰されていくんですね。そして復帰していった後に患者会と出会う。この患者会に関してはね、ちょっと画像もホームページもありますのでこちらとなります、ドン!メラノーマの患者会、『OverTheRainbow』ですね。

木村 患者会が、毎年5月がワールドメラノーマ月間といってメラノーマのセミナーとかをやっているところで、この時は5月だったか6月だったと思うんですけど、その時のセミナーがオンラインでメラノーマの先生たちがセミナーをしてくれるやつがあったんですけども、それをオンラインで体験させていただいて一つ一つ質問に答えてくださったりとか。

木村 あとはもうメラノーマについていろいろ悩んでいる患者さんもたくさんいて、それに対して真摯に向き合う先生たちがたくさんいらっしゃるということで、一気にこう…仲間がいるんだと言ったら変なんですけども、こうやって同じように悩んで不安に思っている人たちがたくさんいるんだなって思ったところですごく救われた気持ちになりました。

岸田 こちらを持ってきてくださって。これはOvertheRainbowさんの団体チラシ。

木村 そうですね!目的とかいろいろ書いてあるんですけど、一番のポイントは後ろ側にホクロのABCDEチェックっていうのがあるんですけども、早期発見ができる、皮膚にできるものなので早期発見できる、自分で目で見て調べることができるっていうのが一番の特徴なので。

木村 メラノーマは怖いとは言われつつも早期で治療できれば本当に8割9割の患者さんがそのまま何もせずにっていうところがあるので、チェックとか皆さんでやっていただきたいなと思って作っている資料とのことです。

岸田 はい、ありがとうございます。この患者会のセミナーに参加されていたところですね。というのがこの時で、で、そこから患者会にも関わられて。

木村 そそうですね。何かお手伝いできることがありませんか?ということで会の方にメールさせていただいて、ちょっとお話しする中でぜひ!ということで、スタッフとして今は関わらせていただいております。

息子の運動会から始まった、Mrs.GREEN APPLEの推し活

岸田 そしてですね、そこからまた上がっていきます、それがこちら!推し活と。ここからなんですか?

木村 子どもの運動会の出し物というか、出し物の曲がたまたまMrs.GREENAPPLEさんの『ダンスホール』だったんですね。運動会の練習なので、学校からiPadを持って帰ってきてそこに曲が流れて、家で毎日踊りの練習をするわけですよ。ずっと『ダンスホール』が家の中で流れてまして。これは誰の曲だ!?っていうところで調べて。

木村 もう1曲出し物のところで『Magic』っていう曲も使われていて、その2曲が子どもも大好きになり、車で出かけると聞かせて!聞かせて!って言う。YouTubeで流すと、あの関連動画あるじゃないですか?どんどんミセスさんの動画が出てきて、いろんな曲を聴いているうちにずぶずぶ沼にハマっていった感じです。

岸田 ああ〜、そういうきっかけなんですね!そっか、今の子どもたちってあれなのか!iPadとかで練習するのか〜!

木村 学校で一人一台iPadが、1年生はiPad、3年生からはChromebookっていうのが一人一台になって、ITが。すごい時代。

岸田 いや〜時代ですね!

木村 なので、家で『ダンスホール』を一生懸命踊ってました。

岸田 それはもうね!ずっとその曲はね。

木村 永遠と流れてからの。

原因不明の腹痛で緊急搬送——「魔の2月3月」

岸田 そしてその推し活にハマっていくということですね〜、ライブなども行かれてという中で。その中でちょっと、はい、ちょっと下がっていくのが次こちら、腹痛で緊急搬送、おっ!?

木村 えっとですね、ちょうど手術後1年とあと2年目のちょうど本当の冬の2月〜3月の時期なんですけど、急にお腹が痛くなってあぶら汗出てくるような感じで、もう救急を…恥ずかしながら救急車を呼んで。

岸田 いやいや、全然恥ずかしくないです。

木村 搬送されて。ただ2回ともはっきりとした原因が分からない。

岸田 そうなんですよね。

木村 特に何かこう、一番はやっぱり腸閉塞かな?とかいろいろ思ったりしたんですけど特に何もなく、ただ本当にすごく痛くって。病院に行って検査して点滴して痛み止めしてもらってっていう感じで治まるんですけども、ちょっと私の中では魔の2月3月って思ってるんですけど、ここの時期は気をつけろ!と自分の中で思っておりまして。

木村 ただその中で、普段の生活が結構できていることはできているんですけど、やっぱり体を大事にしなきゃなって本当につくづくと思わされる時期ではあります。

岸田 じゃあ緊急搬送されても原因分からなかったんですね?

木村 そうですね、特に悪いわけではないという感じで。確かに痛みもそこから数時間で落ち着いてくるというところではあったんですけど。

術後3年の経過観察と、ストーマと暮らすいま

岸田 がんになった後はね、いろいろなことを考えますもんね〜。そして今は術後3年が経過してということで、今は計画観察中?

木村 そうですね。今4ヶ月に1回の割合で、CTと採血の方で。

岸田 そうなんですか?

木村 再発がないか診てもらっている感じです。

岸田 CTなんですね!

木村 そうですね、やっぱり…CTが一番再発が分かるということみたいで、CTの検査をしてもらっています。

岸田 ありがとうございます。ちょっとお伺いしたいんですけど、今人工肛門になっているじゃないですか?お尻の状態ってどうなっているか、まだ穴はあるのか?そこを閉じるのかどうかどうなんですか?

木村 私が手術した直腸切断術っていうのは、お尻がないです。なのでお尻の穴が閉じられてる状態。閉じられてる…閉じられてるっていうのが、チャックみたいに言っちゃったんですけど、チャックではないんですけど(笑)閉じられてる感じなんですけど、お尻の本当の肛門のところを縫い合わせてる感じなので、お尻がペタッとなって割れ目が全くないわけではなくて。

岸田 割れ目はあるけど、お尻の穴はない?

木村 ない状態です。結構手術…大腸がんの方とかでちょっとお尻を残したりとかっていう方はいるので、そういう方はお尻がちょっと残ってたりとかっていうのはあるんですけど、もう完全に。

岸田 閉じてる

木村 完全にないです。

岸田 そっか!じゃあおならが出るってなったら人工肛門に?

木村 そうなんですよ!

岸田 いくってことですね?

木村 はい!そう、なのでこう…プッてなった時に普通みんなあっ!ってこうなると思うんですけど、ハッてこうガーッてこう。

岸田 やっぱプッとはなるんですね?

木村 いや、そうなんです!ましてやおならはお尻の肛門括約筋ってところでこう頑張ればキュッと締められるじゃないですか!?

岸田 電車の中とかになるとキュッってなる!

木村 そう、キュッって止められると思うんですけど、ストーマに関してはここは本当に括約筋がもちろんないので止めることができないので、一応なんか出そうかなっていうお腹のクルクルっとした感じはあるんですけど、ハッ!という時にはやっぱりこう…もう。

岸田 あー!鳴り方は一緒なんですか?

木村 あっ、結構似た感じ。

岸田 じゃあ(音を)だませないですね!

木村 そうなんです。ちょっとでも、お腹が鳴ったふうに私見せるって時もあるんですけど、いや絶対違うな〜って(笑)お腹のグーッとは違うよなあと思いつつも、ただ…はい、ここはキュッとこう。

岸田 お腹から鳴るってことなんですね。

木村 そうですねキュッとこう、ちょっとタオルとかふっとこう、夏ちょっと大変、やっぱり薄着の時が心配ですね。

岸田 1日1回の頻度で変えられる感じですか?

木村 ストーマですかね?うん、装具は今もういいのがあるのと、あと一応3〜4日に1回っていう感じですね!ものによっては毎日袋が閉じられてたりとかするとそれの都度交換するやつもあるんですけど、こうやって外に出せるので。あと今もこの土台っていう面板がすごくいいものができているので、3〜4日に、私のものを使っているものは3〜4日に1回。

岸田 たまってきたらなんでしょう、オスメイトさんのトイレだったりとかで出すこともできる?

木村 もう普通のトイレでもできるので、出すだけでしたら。

岸田 出すだけですかね。あと1個だけいいですか?

木村 もちろんです。

岸田 あれって肛門閉じたら大の方ですよね?

木村 そうですね。

岸田 大の方ですね小の方は大丈夫ですよね?

木村 そうなんです。はい、ストーマそうですよね、尿の方のウロストミーというのと大腸の方のコロストミー・イレオストミーというのが2つに分かれていて、私は大腸だけなのでお通じの方が出せないのでそれの人工肛門になっています。

手術当日の朝——ストーマのないお腹と、雪の朝日の写真

岸田 ありがとうございます。それではここからですね、ょっとお写真をいただいておりますのでお写真を見ていきたいなと思います。まず初めこちらになります。

木村 ごめんなさい!お腹ごめんなさいこんな…見せるのアレなんですけども。

岸田 何ですか?これは。

木村 人工肛門を作る時に手術の前の日に場所決めをするんですよね、装具の一番安定するとこだったりとか、シワができたりするとそれだけで剥がれやすくなってしまったりとか、自分の使い方だったりとかで、専門の看護師さんが来てくださってお腹をちょっと動かしたりこうやったりして。

木村 一応一番は私は左の下っていうところなんですけども、ちょっとうまく中で使えない時は右っていう感じで2カ所こうやって印をつけてマジックでぐりぐりして消えないように上からテープを貼ってっていう感じでこれを作ってもらいました。

木村 ただ私やっぱりお腹、最後の手術の当日のこれ朝なんですけど、朝の忙しい看護師さんにすいません!お腹今きれいなうち1枚だけ撮ってもらっていいですか?って言って、ちょっとお願いして撮ってもらった、手術当日のストーマがない状態のお腹です。

岸田 これさっき左下って言ったじゃないですか?右にも丸が書いてるのはこれ何ですか?

木村 一応左が作れなかった時のために右、もしここで作れなかったら右だったらこっちっていう形で。ちょっとストーマっていろいろ場所ができるみたいなので、一応この2箇所を。1個だけだと中でどういう状態になってたりとか手術の状態とか皮膚の状態とかでやっぱり作れるか作れないかっていうのが、場所が絶対そこっては決められないみたいなので、一応予備も含めてっていう感じで。

岸田 結果ここにできてるってことですね?

木村 左の下のところなので、すごくいい場所に作っていただいたので本当あまりトラブルがなく、ストーマもすごくきれいなのを作っていただいて。きれいなのって変な話ですけど。

岸田 そして右側の朝日みたいな(写真は)?

木村 これは手術の当日の朝で、ちょうどその時関東地方で大雪が前日の昼ぐらいからですかね、しんしんと本当に雪が降ってきまして。東北・北海道の方に比べたら全然な雪だとは思うんですけども、関東地方これだけで交通まひになりそうな。

木村 ただあったかいぬくぬくとした病室から雪が降ってる!先生たち看護師さんたち、みんな職員の方たちこれ出勤できるのかな〜、出勤大変そうだな〜って思いながら、ただすごく前日の雪から雪が止んでこの朝日を見ながら朝を迎えたのが、結構早く目が覚めちゃったので、この雪のこの日の朝日は忘れられない当日の思い出ですね。

岸田 ちゃんと皆さん出勤できましたか?

木村 結構みんな一緒だったみたい、大変な中駅からバスが多分動かなくて、歩いて駅から来ました〜とか看護師さん言ってたりとかおっしゃってました。本当に感謝の…感謝の気持ちです。

岸田 そしてもう一つお写真いただいてます、それはこちら!こちらのお写真、おっ!

木村 入院中の左手も、多分手術中に点滴の管が手首に入ってた痕なんですけど、アザになってるなっていう。

岸田 そうですね。

木村 青タンというかね。

岸田 確かに!青タンになってますね。

木村 動脈の方に多分刺してた針なのかな〜、針の痕なのかな〜と思ったんですけど、別に痛いとかなんでもないんですけども、こういう日もあったんだって撮っとこうかなと思って思わず撮った写真です。

岸田 右側は?

木村 右側は手術後1本だけドレーンって言って管が入っていて、たぶん骨盤って言って一番奥のところにたまっている液を出すための管だったんですけども、これも幾度となく患者さんに入っているのは見て管理していたものが、自分につながっているなと思ってこの管を眺めておりました。

岸田 次は自分の。

木村 番が来た…あまりあれですかね。

岸田 全然いいです。

木村 一応メーカーのあれですけどザイタックさんが入っていて、管どれくらいなのかな〜と思いながら、こうやって眺めて量を、これがどんどん減っていくのかな〜とか色が変わっていくのかな〜とか思いながら。

木村 でも意外と、自分の中で大きな手術したけど管一本だけなんだ。

岸田 いや、そう僕も…そうなんですね!

木村 そう、管一本と、あとおしっこの管がちょっと入ってたぐらいで、こんなもんなんだなって思いました。

岸田 っていうね、そんなエピソードでございました。

大学病院かがん専門病院か——昭和の症例しか出てこない希少がんの治療選択

岸田 ここからですね、各項目に分けてお伺いをしていきたいなと思います。まず一つ目、病院や治療の選択というところで、病院に関してどういうふうに選択していったのか?治療に関してどういうふうに選択していったのか?

岸田 これ先ほどもお話しいただきましたけれども、今『SDM』という言葉があるように、シェアード・ディシジョン・メイキング、医療者と一緒に治療を決めていこうよというところがあったかと思うんですけれども、治療の際に病院に関しては健康診断であって、2つがん専門病院か大学病院かどっちにする?という時に、がんかもしれないということでがん専門病院。

木村 そうですね。近くに大きながんの専門病院があったので、そういう意味ではラッキーというか通える距離に大きな病院があったというのと、がんだったらやっぱりがんの専門病院かな?というところがあって、ここで診てもらうのが一番いいんじゃないかなと思って、はい、選びました。

岸田 その後、治療の時には人工肛門をするか迷われましたけれども、腹を決めて?

木村 そうですね。病院に選んだ時からもそうですけれども、ここの先生たちが一番情報とかも治療法についても分かっているだろうしというところもあって。

木村 あと自分なりにも調べようとは思ったんですけれども、そもそもやっぱりメラノーマ、ましてや肛門のメラノーマが全然情報がなくて、一番最初に見て出てきたのがそれこそ昭和何年とかの記事が出てきたりとかして、これじゃないんだよ!というものでした。ただ…そうですね、そうなると先生たちの判断が一番大きいのかなというところです。

岸田 そこで後はその後の化学療法は先ほどおっしゃられたようにいろんなケースを考えて、自分はもういったん様子を見ようという選択をされたと。それはそれで怖かったとかっていうのはありますかね?

木村 あります。もし再発した時にあの時やってなかったからっては絶対思うだろうなっては正直思ったんですけど、ただやるっていう選択肢を選べなかったっていう。体のことと…そうですね、あとやっぱり副作用のこととかがいろいろ聞いてて。重篤な副作用で、またそれでさらに一生注射が必要になる。

岸田 そういうのもあるんですね!

木村 そうですね、キイトルーダとかオプジーボとかっていう薬なので。

岸田 免疫チェックポイント阻害薬になるんですね。

木村 なので、1型糖尿病とか甲状腺とか潰瘍性大腸炎とかいろいろ話は先生からこういうのがあって、でも薬をまた使えば別に普通の生活にも戻れるけどっていうところはあったんですけど、結構手術後普段の生活で結構いっぱいいっぱいなところに正直これでプラスアルファでまたっていう気持ちにちょっとなれなかったっていうのが正直な気持ちと。

木村 もう…そうですね、再発になったらもうその時は、あの時自分はそう決めてなってしまったからしょうがないと思うしかないなって心に言い聞かせるしかなかったですね。

岸田 まずはやらないという選択をして、今も経過観察ということですね。ありがとうございます。

右足のビリビリ、夜も眠れない——リンパ節切除が残したしびれとペインクリニック

岸田 そして次こちら、副作用や後遺症のこと。手術をして人工肛門なられていったりとか、その他もいろいろあったんじゃないかなと思うんですけれども、副作用・後遺症いかがでしたか?

木村 一番がちょっと右足のしびれと痛みが。

岸田 右足のしびれ!?

木村 手術で結構リンパ節を取る時に神経の近くを操作することがあって、すごい大がかりな…っていうか、すごいひどい神経の触り方とかではなかったみたいなんですけども、少しそういうのが出ても仕方がないぐらい際どいところを先生がやってリンパを取ってくださったっていうところがあったので。

木村 最初は本当手術後歩いた時に、かかとがなんか変な感じがするな?っていうところはあったんですよね。そこからだんだんビリビリしびれが、かかと、ふくらはぎ、足、太ももの裏とかっていう感じで、右足の裏は全体とか足首とかにすごい痛み…痛みしびれっていうんですかね?

木村 ひどい時は本当寝れない、夜もビリビリしていられないとか、立ってても足を下げてるとビリビリするので、椅子に足を置いて立ち仕事とか家の家事をしたりとか、歯ブラシしてる時もこう足を持ち上げてとかそういう感じでやってたのがちょっとしんどかったです。ね

岸田 足のしびれ、それはだんだん治っていくもんなんですか?どうなんでしょう?

木村 先生には治ってくっては言われて、徐々に落ち着いていくよっては言われたんですけど、あまりにもしびれがひどくて、入院中に一つお薬を出してもらってそれでよくなるかな?と思ったんですけど、それだけじゃ退院後効かなくって。

木村 そこから違う病院さんに行ったりとか、最終的にはペインクリニックっていうところで痛みのコントロールをしてもらおうと思って行きました。

岸田 ペインクリニック!痛みの和らげるようなクリニックかと思うんですけど、そこでどんなことをされるっていうか、どういうことをしていただけるんですか?

木村 まずお薬の調整はもちろん、飲み薬の調整はもちろんなんですけども、足の神経とかの状況なので、硬膜外ブロックといって背中の足の神経が出ている大元のところに、近くに針を刺して、硬膜外という膜の一枚隔てたところに麻酔薬を少し痛み止めの薬を流してもらうことで痛みを少し和らげるという感じの治療を、最初のうちは週に1回行って。

木村 とにかく今の痛いのをガンガンガンガン抑えようという感じでやってもらって、そこから間隔を今空けて…という感じで。

岸田 その痛さってやっぱピリピリする感じなのか、ズキズキする感じなのか?

木村 ビリビリ。

岸田 ビリビリ?

木村 ビリビリですね、ビリビリ・ジンジンっていう感じ。脈打つようなって言ったらまたちょっと違うかもしれないんですけど、なんかドックンドックンしてるような、なんとも言えない感じの。

岸田 あれですね、歩くのにも支障が?

木村 そうです、最初のうちは本当に足引きずりながらで、友人から杖をちょっと借りてちょっと使ったりとか。ただそのペインクリニックさんに行って注射やるようになってから、ずいぶん楽に…楽にというか抑えが効くようになって。

木村 あと飲み薬もいろいろ調整して増やしたりとかして、今はもう3年半くらい経っているのでちょっと今減らすターンに、1回増えたお薬をちょっとずつ減らそうという段階には来ております。

岸田 じゃあ、今もまあちょっとは(痛みが)?

木村 うん…あの正直、痛み止めの薬を飲んでなかったら痛い感じです。やっぱりもう痛み止めは減らせない、なくせない。ゼロにしちゃうと、危うく朝忙しくて飲み忘れて外に出ちゃったりすると、痛い…!薬!!っていう感じで。今もちょっと、歩くのは全然あれなんですけど小走りはできるんですけど走れないですね〜。

岸田 そっか、そこの痛みとは今も付き合っている?

木村 そうですね。でもそこも命があるゆえの痛みと思って、そうしています。

在宅勤務に切り替えた夫、卒倒を心配して1年間内緒にした母——木村さんを支えた家族

岸田 ありがとうございます。そして次、家族のことについてお伺いしていきたいと思います。家族のこと、こちらはね、あとでお子様のことはお伺いするので、パートナーさんだったりとか親御さんだったりとかそういうところをお伺いをしていきたいと思いますけれども。

木村 そうですね、夫がそれこそ前は普通に出勤をする、今も普通に出勤はするんですけど、出社してお仕事してるんですけど、コロナ禍で在宅勤務をやってた時期があったので、私のことが分かって、大変になるって分かった時点ですぐ上司にかけ合ってくれて在宅勤務をしてくれました。

木村 それは夫の働きかけもですし、夫の上司の方のご理解もあってという感じで、とにかく家族優先でって言ってもらったみたいで、本当にそれは私にとっても、一緒に話を聞きに先生に行く、入院するっていうことにかけても本当に夫の協力なしでは過ごせなかったので、ありがたい気持ちですね。

岸田 よかったよかった!在宅勤務に変えてくださって、そこでね、うまくこう家のことも含めてやっていただけたと。親御さんはいかがですか?

木村 うち母がすごく心配性でして、病気・入院するなんて言ったら卒倒しちゃうんじゃないか!?と思いまして、今は離れて暮らしているのとすぐ会える距離ではないので、新幹線とかの距離なので、あえて内緒にして。兄がいるんですけど、兄に一応病院に入院する時って何ですかね。

岸田 同意書的な?

木村 同意書的なやつで、夫プラス何て言うんでしたっけ?借金のあれみたいな…名前が忘れちゃった、身元引き受け人じゃないんですけど、何でしたっけ?ごめんなさい出てこない(※身元保証人)

岸田 緊急時に連絡する。

木村 緊急時プラス何かもう一件みたいなところがあった時に夫しかいなかったので、兄にだけは伝えて、状況を伝えて、お兄ちゃんの名前ごめん書かせて、連絡先書かせてもらっていい?お母さんには内緒ねって言ったら、だね!っていう(笑)はい、兄も言わない方がいいよっていう形で兄と、母には内緒にして兄にお願いしました。

岸田 最終的にお母様には?

木村 1年後ぐらいに帰省する機会がありまして、やっぱり人工肛門あるので隠しきれないなって思ったんですよね。なので、そのちょっと前、会って言ったら多分びっくりさせるので、いったん多分電話か何かで伝えました。隠せないから、一応がんだっていうことと、あと人工肛門作ってる、でももう経過観察だよっていうことは伝えて。

木村 ただ、メラノーマっていう言葉がちょっと母にとってどういうふうに伝わるかな?っていうところがあったので、大腸がんって言ってます。なんかその方がイメージがつきやすいかなと思って。

岸田 お母様はそれで聞いて。

木村 そうですね。ただその後本当に本当に転移はなかったの?とか、本当に今治療何もしてないの!?とか、すごく見えない分心配みたいですごくいろいろ聞かれたんですけど、はい、大丈夫です!

木村 あと実際会って元気な姿を見たら、あっ、大丈夫なのねっていうところで安心してもらってます。

「ママのお腹に悪いところがある」——5歳の息子への伝え方と、夫への育児の引き継ぎ

岸田 終わってからお伝えしたということですね。はい、そしてその次こちら、子どものこととなりまして、当時のお子さんは何歳になりますか?

木村 5歳、保育園の年長さんです。

岸田 がんをどのように伝えるとかあるんですか?伝えたんですか?そもそも。

木村 がんっていう言葉はその時は使わなくて、ママのお腹の中に悪いところがあると。それは先生に切ってもらわないとダメで、切るのは入院して手術っていうものを受けなきゃいけないからちょっと離れる必要があるよっていうことを、結構入院のちょっと、あんまり早く言い過ぎても不安だけがあおっちゃうかなと思って。

木村 そうですね、年末年始ちょっと楽しく過ごそうと思って楽しく過ごして、それが終わって帰ってきた時に子どもに言いました。やっぱりその時は泣かれちゃいましたね。なんか分かんないけど、雰囲気かもしれないです。大丈夫なの?っていう感じで言われましたけど、でも…納得というか、じゃあ僕も頑張る!って、パパと待ってるっていう感じで言ってくれました。

岸田 そうですね。治療中のこう育児というかそれは?

木村 そうですね、夫に全部やってもらいました。多分夫が一番不安だったと思うんです、基本的に私が全部やっていたので。全部子どものことも家のことも、表というかプリントじゃないですけど紙に用意して、月曜日は何をする・火曜日は何をする、金曜日は何する、こういうことをするっていう感じで伝えて。

木村 あとはもう保育園の先生にも状況をお伝えして、できればフォローをお願いしますっていう感じで、基本的に夫が全部一手に引き受けてやってくれました。

岸田 そうですね!だから治療中は旦那さんがいろいろやってくださったということですね。

木村 はい。

岸田 よくいろいろなお話聞いてた中で、お子さんがちょっと不安定になる時期があるそういったこともお伺いすることあるんですけど、そういったことは大丈夫でした?

木村 それが、私の方が逆に不安になっちゃって、入院の当日に子どもに保育園に送る時に、ママじゃあ今日迎えに行けないからねぐらいな感じでちょっとドキドキしながら声をかけていったんですけど、ママ頑張っていってらっしゃい!ぐらいな感じで、今日からいないんだよね!っていう感じで保育園の奥にスーッと吸い込まれて行って私の方の涙が引っ込むぐらいな感じでしたが。

木村 ただやっぱり実際入院して、1日2日3日と頑張っていったんだと思うんですけども、手術終わって私がやっと電話ができるところまで、外というかデイルームみたいなところに行けるところまで行って電話をした時に、久々に顔を見たせいかその日の夜に、ママ!ママ!って言って夜こう泣いちゃってて、なんか夫からどうすればいい?ってLINEが飛んできたので。

木村 一緒になんか本かなんか読んであげればきっと眠たくなると思うよっていう感じで、その1日だけちょっと心配だったことはありましたけど。でも基本頑張ってくれたなって思ってます。

岸田 はい。そういうふうな形でね、どちらかというと木村さんの方がちょっと不安でやっているというようなことですね。

木村 そうですね。

『短い時間でいいから』——師長に背中を押された職場復帰

岸田 そして次こちら、お仕事のことなんですけれども、看護師で働かれていて、お休みだったりどうしたのか、復職大丈夫だったのか、そういったところをお伺いしたいのですが。お仕事、まず仕事は休まれたんですよね?

木村 そうですね、もう病気が分かった時点ではお伝えしていたので。そこから手術までの間は普通通りに働いて、ただ要所要所ですごくサポート。周りみんな看護師なので言えば分かってくれたり、本当に心配してくれたので、そこに甘えさせていただいて、心配の時は声をかけたりとかして聞いてもらったり。

木村 あと入院の時、年明けですね、そこから休職っていう形を取らせていただきました。

岸田 で、休職して…復帰するのが5月ぐらいとおっしゃってましたよね?なので、その間5月復帰して体力的に大丈夫でした?

木村 全然ダメだったんですけど、ここは本当師長さん、私のちょっと至らなさってもあるんですけども、結構手術後の後遺症の痛み・しびれと、あと食べれなかったりとかいろいろちょっとあったりして、仕事なんてもう私できません!っていう感じで、自信ないです私、もうダメです師長さん!っていう感じでちょっと泣き言を毎回言ってたんですけど。

木村 そこで、あなた少し社会と触れ合わないとダメになっちゃうっていう感じでお尻を叩いていただきまして、本当に短い時間でいいから頑張ってみない?って言われて、正直できるかな?っていう思いもあったんですけど、ここはやってみたほうがいいのかなと思って、本当に短い時間ですね。

岸田 それは病棟勤務?それとも外来勤務?

木村 外来の方で、人も少なかったりもあるから、できることでいいからやれることを少しやって体を慣らしてみない?ということで、そこに関しては職場の師長さんはじめ周りのスタッフ、こんな短時間から戻るなんていいのかな?って本当に思ったんですけど、周りの方何か言うこともなく、本当に頑張ったね!よかったね!っていう感じで迎えていただいて復帰することができました!

岸田 今はじゃあ普通に働いている?

木村 といっても、やっぱりちょっと短い時間ではあるんですけど、復帰した時から比べるとちょっとずつちょっとずつ時間を伸ばさせてもらって、今の時点で、またちょっと12月から少しまた増やそうかな?っていう感じで、はい、時間。

岸田 今は3〜4時間とか?

木村 そうですね、1日4時間で週3日ぐらいなんですけど、もうちょっと増やそうかなっていうところですね。

治療費と民間保険——備えていてよかったこと、想定外だったこと

岸田 ありがとうございます。そして次こちら!お金や保険のこと。治療費だったりとかそういったところも大事になってくると思いますし、民間の保険入ってた・入ってなかった、そういったところもいかがでしたか?

木村 お金の方はそうですね、私の大学の時の友人が30代の時にがんを患ったのを見ていて、やっぱりお金大変だったっていう話を聞いて、全然その時に保険は普通の医療保険だけ入ってたんですけど、入院日額いくらみたいなの入ってたんですけど、がん保険やっぱ大事かもなと思ってその時から入ってたんです。

岸田 おお〜そうなんですか!

木村 はい、なので…といっても、でもそうですね、なので医療保険とがん保険の方でダブルで出ました、はい。ありがたかったです。

岸田 そうですよね〜。治療費ってトータルどれくらいかかるものなんですか?

木村 私は入院費だけだと高額療養費とかも出たので、あと個室も使わなかったりとか差額ベッドも手術前数日だけだったので、もろもろ持ち出し多分10万円くらいの支払いだったと思うんです、入院費としては。

岸田 そうなんですね!じゃあ民間の保険とか出てそれで賄えた?

木村 そうですね、その前の分の検査代とかも含めてというところでは賄えたんです、賄えました。

岸田 逆に何お金かかったかとかってあります?

木村 その入院費よりも、その後の痛みの方のペインクリニックの方が。

岸田 そっちか!

木村 1回の注射とかはそんな、そんななんですけど、痛み止めの薬が結構新しいめのお薬、ジェネリックじゃないお薬とかのお薬とかが結構ミリ数とかでも量値段が違かったりしてて、意外とそれで1ヶ月で4000〜5000円とかプラス注射代・注射代とかっていう感じなので、結構そこですね。

木村 あとは経過観察でCTとか撮ると1回やっぱり1万円とかぐらいは出てくるので、そこに関してはもう保険の範囲ではないので、がん保険とか医療保険の範囲には外来の通院の方は入ってないので、治療じゃないので。

岸田 そっか!そうですね。そっか、治療(目的)じゃないと、そっか、出ないんですね〜。

木村 そうなんです。抗がん剤やってたらとか、そうですね、そういうとこは出るんですけど、なのでそこは基本持ち出しと、一応高額療養費の方も今ね、マイナンバーカードの方で自動的にあれですけども、そこまでは行かずですけどもやっぱりかかってはいます。

岸田 じゃあもうトータル結構いきますよね?

木村 毎年確定申告で医療費控除はここのところやっているので、だから10万以上はかかっている。

岸田 そうですよね、数年もう経っているから40〜50万ぐらいはいってそうということですね。やっぱり備えておいたというところがあったということですね。

『まさか自分が』——体に気をつけていたからこその告知のつらさ

岸田 そして次こちら、つらかったことといたしまして、さまざまね、つらいタイミングお話お伺いをしていきましたけれども、そのつらいタイミング。やっぱりがん告知された時が一番つらかった?

木村 そうですね、結構体に気をつけてたりとかした時期と、体の調子もよかった時期というか。あと普通に乳がん検診とか子宮がん検診とか検診関係もしっかり受けてた方だったんですよね。なので、それこそまさか自分がっていう感じですね…。

岸田 つらかった時とか相談とかっていうのはされました?

木村 そうですね、結構、はい、友人関係にはただ言って逆に相手が…いい話じゃないのと相手も何も言えないよなっていうところもあったので、あと夫に言ったりとかでもうやるしかないなっていう気持ちと向き合うしかなかったかな〜。

木村 あとは逆に仕事をして、何かに集中している時間がやっぱり一瞬忘れられる時だったので。

岸田 仕事だったりとかいろんなことをやっていろんなことを忘れる、そういう形。ありがとうございます。

消化に良いもの・悪いものの一覧表をキッチンに——少しずつ試した半年

岸田 そして次こちらなんですが、工夫したことについてお伺いしていきたいと思います。工夫したこと入院中でも退院後でもいつでもかまわないんですけれども、こういったことで工夫したよみたいなことがあれば教えてください!

木村 お腹の手術をしたので、やっぱりその後また腸閉塞とかになって再入院するっていうのが一番の恐れ事項だったんですよね。なので、とにかくお腹に優しいものをっていう感じで、食事を工夫したというよりも気をつけすぎてちょっともう参ってたくらいな感じでした(笑)

木村 退院の時に栄養士さんが一覧表に、お腹に優しいもの、消化がよいもの・消化が悪いものっていう感じの一覧表の大きな紙をくれたんですけど、逆にこの消化に悪いものっていうものを食べるのが怖くなってしまって。もう消化によいもの!消化によいもの!っていう感じで。

木村 それをキッチンに貼ってこう見ながら生活を、半年ぐらいはしてました。でも、それも徐々に徐々にこれなら大丈夫かな?大丈夫かな?っていう感じで、本当お肉とかも焼いたらとか油っぽすぎてダメかなと思って全部ゆでたりとか。

岸田 へえー!

木村 そういうふうに気にしすぎちゃって、家族と自分の食べ物を分けたりとか。みかんとかも食べたかったけど薄皮が消化悪いかな?とか、そういうことを細かく考えすぎて、ちょっとはい。ただそれも自分の体との人体実験じゃないですけど、これならいけるかな?これからいけるかな?っていう感じで徐々にそこは緩くなって、今は全然普通に。

岸田 今は全然普通に?

木村 いや、もう全然!はいそうですね、よっぽどじゃなければっていう感じで、はい、食べてます。

岸田 そっか。よっぽどで気をつけるやつって何ですか?今でも。

木村 よっぽどじゃ…お腹っていうか、トウモロコシ私本当は大好きなんですけど、コーン好きなんですけどあれすごく消化が悪くって。

岸田 そのまま出てくるぐらいね。

木村 そうです!普通の方でもそのまま出てくるぐらいなので、やっぱり私たち目にする機会も多いので、ちょっと嫌だなっていうのもあってコーンを食べなくなりました。

岸田 別に食べてもいいんですよね?

木村 もちろん食べても大丈夫ですし。

岸田 木村さん的にはちょっと?

木村 ちょっとコーンが今、はい。

岸田 コーンをちょっと避けてる感じ。

木村 でもこれもそうですね、私の場合はっていうところもあるんですけど。

岸田 海藻類は?

木村 意外とあまり気にしないで食べているかもしれないです。ワカメとかも食べますし、アオサとかも飲んじゃいますね。

岸田 あまり気にしすぎず。

木村 そうですね。

岸田 最初は気にしていて、徐々に実験してこれはいけるなというのをやられていったということですよね?

「来年、生きていられるのか」と思った日から——狭いセーフティーゾーンを広げる挑戦

岸田 次こちら、がんになる前と後で変わったこと、これはありますでしょうか?

木村 はい。私結構環境の変化だったりとかをあまり好まない、好まないって言ったら変なんですけどあまりチャレンジ精神もそこまでなくって、毎日毎日を安全に安心にっていう感じ…のところがあったんですけど。

木村 本当がんになって、病態としては落ち着いてはいたんですけど、やっぱり一番最初に本当に、本当に来年生きてられるのかな?って思ったんですよね。子どもの成長をこのまま見ていけるんだろうかって本当に思ったところで、本当に毎日毎日当たり前のように過ぎている生活ですけど、本当に当たり前じゃないなっていうことが本当に痛感しているので。

木村 今までだったらいつかやれればいいなとかそのうちやれればいいなって思ってたことを、本当にチャレンジだったり、やりたいなって思ったらやろうって思っています。

岸田 やりたいと思ったらすぐやる?

木村 うん。それでもちょっと私のもともとのセーフティーゾーンが狭いので、ちょっと出てるところが小さいかもしれないんですけども、それでも自分のセーフティーゾーンをちょっとずつちょっとずつ広げて、いろんなことにチャレンジして、そういう姿を子どもも含めて一緒にできたり姿を見せれたらいいなと思っています。

情報も仲間もいない孤独をなくしたい——ストーマと希少がんの発信という目標

岸田 そんな中で今後の夢や目標どうでしょうか?

木村 今日の機会もいただいたこともそうなんですけども、メラノーマはすごく希少がんで、ただなる方も増えているのも事実で。皮膚の方でさえそういう状態で、私やっぱりこういうふうに情報がないっていうのが一番苦しくて仲間がいないっていうのがすごく悲しいっていうか、本当はいない方がいいんですけど、すごく孤独感を感じたりしたので。

木村 こういうふうに啓発だったり仲間がいるっていうことだったり患者会活動、あとは個人的に今ストーマのことだったりとか…の発信だったり活動だったりをこれからもどんどんしてやっていきたいなと思っております。

岸田 メラノーマだけでも少ないのに、しかもそれが免疫型だったりだとかしかもそれが肛門部だったりだとか、いろんな珍しいのが重なっている感じですよね?

木村 やっぱり肛門とかって言いたくないし、あまり人に公にすること自体、やっぱりうちにこもって考えちゃう人とかもたくさんいるんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。なので、そういう方に届けばいいなというふうに本当に思います。

岸田 届いていると思います!そういった人たちに。ありがとうございます。

「ひとりじゃないよ」——患者会初代代表・徳永さんの言葉に込めた木村さんの願い

岸田 ここから最後にメッセージを皆さんに向けていただいておりますので、次に木村さんからのメッセージはこちらになります。

木村 ひとりじゃないよという言葉を皆さんにもお話できたらと思います!こちらはこの(メラノーマの)患者会の初代代表の徳永さんのいつもおっしゃっていた言葉なんですけども、やっぱり希少がん、メラノーマ、すごく孤独を感じたりとかどうしたらいいんだろうって一人で悩まれる方もいらっしゃると思うんですけども、仲間がいます。

木村 話すことで少し救われたりとかいうことってすごくたくさんあると思うんですよね。私も患者会の皆さんに助けられて、なんとか頑張ってこれています!なので、ひとりで考えている方、ぜひひとりじゃないよという言葉を胸にしていただいて何かあれば、患者会の方にもご連絡いただければと思います!

岸田 はい、ありがとうございます。徳永さんの言葉からもいただきました。皆さん、やっぱり珍しいがんっていったところもあるかと思いますので、こういったメラノーマには患者会もあったりとかしますので、ぜひね、知りたい情報っていったところは、そういった患者会だったりとかもちろん医療情報はね、自分の主治医にも聞いていただいてうまくそれぞれ活用してもらえたらと思います!

岸田 これにてね、がんノートの方終わっていくんですけれども、木村さんどうでした?こう出てみてというか?

木村 緊張しました(笑)

岸田 確かに推し活の時は一番輝いてた(笑)

木村 そこが一番のポイントなんですけど(笑)

岸田 すいません。

木村 でも…いろいろ自分の振り返り、グラフのところもそうですけど、自分がどういうふうに過ごしてきたのかなという振り返りにもすごいなりましたし、意外と自分ちょっと乗り越えてたところもたくさんあったんだなというふうに思いました。

岸田 はい、といった形でね、もう本当に木村さんの経験談は本当にね、珍しいので、その珍しい同じような方に絶対届いていると思いますので、また今後ともよろしくお願いします!

木村 よろしくお願いいたします!

岸田 それでは、これにてがんノート終了していきます。皆さんまた次の動画でお会いしましょう!それでは皆さん、バイバーイ。

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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