目次

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インタビュアー:岸田 / ゲスト:白井

The Whoを愛し、製薬会社で働く白井さんの自己紹介

岸田 本日のゲストは白井裕美子さんです。簡単に自己紹介をお願いできますでしょうか?

白井 神奈川県出身で今も神奈川県に住んでいます。途中引っ越しとかもしたことあるんですけれども、地元に近いところに今住んでいます。47歳です。家族構成は夫と2人暮らしなんですけれども、これ今日の後の話にも出てくるんですが、息子というのは夫の連れ子ということで義理の息子が2名独立しています。仕事は現在製薬会社の会社員やっていて、趣味は洋楽鑑賞と、あとは読書大好きです。

岸田 洋楽鑑賞でもね、好きなアーティストさんいらっしゃるんですよね?

白井 はい、あまり日本では、有名じゃないかもしれないんですけどザ・フー(TheWho)というイギリスの、60年代から活動しているバンドが大大大好き!です。

岸田 僕も当時もう10年近く前に。

白井 知らなかったよね?

岸田 収録させていただいた時は、ザ・フーって誰ですか?みたいな感じでやったんですけど、やっぱりその年代の層にとってはすごく。

白井 そうね。

岸田 知ってるような。

白井 でも、その年代の層じゃないからね私、60年代生きてないから(笑)

岸田 確かに!そうですね。ただ、それを好きというふうな形だということです。がんのことについても簡単にお願いできますか?

白井 子宮体がんステージ1の方が28歳で告知を受けていまして、メラノーマステージ4の方が46歳の告知になります。子宮体がんの方が手術のみで、メラノーマの方が手術と薬物治療ということで現在治療中になります。

岸田 ということでね、皆さんがんノートに昔出ていただいた時は子宮体がんのことを、お話をいただいたんですけれども、今回はちょっと子宮体がんのところも触れていただくんですけれども、メラノーマのところ、悪性黒色腫っていうほくろのがんと言っちゃっていいですかね?

白井 そうですね、皮膚にできるほくろのようなもののがんですね。

岸田 そこにちょっとフォーカスして今日はお伺いしていきたいなということを思いますので、よろしくお願いいたします。そんな中で今回これから治療などのお話なども入ってくるのですが、あくまでも個人の経験談でございますので、特定の治療とか特定のお薬などを推奨しているわけではございませんのでご留意いただければと思います。

岸田 むしろ標準療法であったりとか、がんノートでは推奨しているというものでございますのでよろしくお願いします。

アップダウンの連続だった——白井さんが振り返る20年のペイシェントジャーニー

岸田 どのような経過をたどってきたのかといったところをですね、このような感情の浮き沈みをグラフにして今日お伝えできたらということを思っています。ドン!というふうな形で、すごいですね!

白井 アップダウン。

岸田 アップダウンが結構ある、そんな状況かと思いますけれども、最後の方がね2025年からって、最近のところのお話をいただければということ思いますけれども、まず初め、こちらですね、イギリスでテレビ番組制作の仕事をされていたということで。

白井 卒業とともにすぐイギリスに行って、イギリスの方で日本向けの番組制作のテレビのコーディネーターという仕事に就きました、もう右も左も分からない中で。

岸田 すごいですね!イギリスに興味があったんですか?

白井 そうです。さっき言ったバンドもイギリスのバンドなので、大好きなので、どうにかイギリスで仕事して住んで国籍も取りたい!ぐらいの勢いで大好きなイギリスに飛んできました。

岸田 大学卒業されてイギリスに行かれて、といったところですね。そんな順風満帆にいっていたさなかに、残念ながら体調不良が原因で帰国をされたりだとか日本で派遣社員になっていく。この時はどんな状況だったんでしょうか?

白井 そうですね、これもう時系列で見ると半年ぐらいのところですね。

岸田 本当ですね。

白井 根性なしで帰ってきたかって感じなんですけど、初めての仕事で一人暮らしっていうのをいきなり日本の外に行って家族もいない中で、体調を崩してどうしようもなくなって帰ってきたっていうところ。

白井 日本に帰ってきても景気悪くて、氷河期って言われてる時代だったんで、職歴がないから転職できなくて、とりあえず派遣社員登録しよう!っていうので、それで派遣社員になりました。

岸田 そっか、イギリスのテレビ番組の派遣じゃなくて普通の派遣社員?

白井 日本の派遣会社の派遣社員に登録っていうやつですね。

岸田 してたっていうことなのか、そっか。そんな中で、この体調不良っていうのは、普通の体調不良って言い方変ですけど、気持ち悪いなとか熱出るなとかそういうレベル?

白井 そう、結構貧血っぽくなったりとか全然ヨロヨロしてる感じでした。

岸田 ヨロヨロしてる感じだから、テレビ番組のお仕事だとね、体力も大事ですから。

白井 メディアはね、結構ハードで、日本との時差で夜中仕事することもあったし。

駅のトイレで動けなくなった——不正出血、そして子宮体がんの告知

岸田 そういったところで体調がよくなくて帰国をされていくといった中で、そこでこちら、一番下がっているのは不正出血で倒れられた、大学病院に受診されていく。

白井 そこからかれこれ1年半ぐらいですね、派遣社員で働いてたんですけど、ある日生理不順もずっとあったんだけれども、不正出血でもうほんと外出中ですね、倒れるというか駅のトイレで動けなくなるという状態でなりました。

岸田 そのまま駅のトイレで動けなくなって、そのまま搬送されていく?

白井 いや普通救急車呼ぶレベルだったと思うんですけど、結構血もダラダラ流れてたんで。パニックだったんで親に電話して車で迎えに来てもらって、一回家に帰って親が冷静になって、ちょっと落ち着いてから母親が近所の大学病院調べてくれて、この先生の外来日というところでその大学病院に直で行きます。

白井 ちょっと20年近く前なんで記憶がないんですけど、今だったら紹介状を持って大きな病院に行くっていう流れですけど、いきなり行きましたね。紹介状なしの追加料金があったかどうかも全然記憶にないです。

岸田 そこで大学病院受診されていきます。この時は本当にね、一番下がったような、つらかったなと思うんですけれども、その後にがん告知を受けていくということで、もうそのまますぐ受けられるんですか?

白井 えっとですね、状況から医師の方も大体こういうことだろうと当てをつけて。一回子宮の内膜掻爬(そうは)というので少し細胞を取って、それから病理的に確定してからがん告知という、間にちょっと流れがあるんですけど。

白井 ただこのがん告知でポジティブ赤色になって上がっているのは、自分としては結構その前1〜2年ずっと体調不良と不正出血というか、生理が重かったのの理由とかも全部がクリアになったんで少しホッとしたっていうのでポジティブになっている。

岸田 そういうことですね。そういうホッとしたっていう気持ちが、不安よりも上回ったということですね。

「水着の傷が見えないように」横に切ってもらった子宮全摘手術

岸田 そこからちょっと下がっていきます、それがこちら、その後手術をされていくということで、もう子宮を摘出するっていうこと全摘?

白井 全摘ですね。ここ28だから、誕生日間ぐらいでの告知と手術なんですけど、29になって手術。ただもうまだね、20代だから子宮全部取るっていうのは子ども産めなくなるし、結構つらい。自分としてはあんまり結婚とかにはこだわってなかった、だけれどもやっぱりちょっとねっていうところは。

岸田 ですね。なので、当時の詳しい話とかそういったところは過去の動画をまたご覧いただければということを思うんですけれども、子宮全摘していくって大きな手術をされていきます。この手術結構大きな手術だと思うんですけど、結構きつくなかったですか?手術自体は。

白井 今だと腹腔鏡とかでやるんですか?

岸田 腹腔鏡か。

白井 当時はもう本当に開腹手術ですね、お腹切るっていうので。ただお医者さんに縦に切ると水着着た時に傷が縦にピーとおへそのとこ見えるから、横に切ってくださいって訳の分かんないリクエストだけをして。本当にこう下の下着のとこをギリギリ隠れるように横にピーって切ってもらいましたね。

岸田 すごい!ちゃんとリクエストに答えてくださるね、医師も医師ですごいですよね。

白井 ただそれだけリクエストした私も私みたいな(笑)それ以来水着着てないし。

岸田 そうなんですね。

白井 そんな素敵なかわいい水着は着てないです。

岸田 温泉行く時とかは気になったりする?

白井 しばらく横向きでしわのようにも見えるけど、傷は傷だから、温泉は気になったかな。当時は行ってなかったと思う。

岸田 当時はそういったところも遠ざかってしまったというふうな流れで、そこからね、手術を受けられて、いったんこれはがんを全部取り切った?

白井 そう取り切って、もうラッキーなことにステージも周りも大丈夫ってことで、リンパとかそういうとこも手つけず、卵巣も残しの、で5年間フォローアップして経過観察しましたということになります。

岸田 そっか、じゃあ当時はもう本当手術だけで取り切って、その後経過を見ていったという感じなんですね。

推しのバンドの本を翻訳出版、派遣から製薬会社の正社員に

岸田 で、そこからね、上がっていきます、それが翻訳本の出版!ということで、こちらどんな翻訳本でしょう?

白井 これはですね、大好きなザ・フーの洋書を日本語に翻訳して、友達と2人でね、共同で翻訳して出版させていただきましたというね。

岸田 推しの本を出せる!っていうね。

白井 当時「推し」って言葉ないけど推しの本だよね、これは。

岸田 そうですよ!だからね、それを出版できる!というふうな形で御出版をされていって、そこからちょっと下がっていきますが、それが正社員です。

白井 気持ち的に数字が(+10までの間の)4ぐらいか5ぐらいだから下がってるように見えるけど、別に全然嫌なことでもなんでもなく(笑)すごいハッピー。当時派遣で入った製薬会社にそのまま正社員になりました!ということで、全然気持ちは下がってないです。

岸田 なので4とかっていうのは、一番ハッピーな時を10として一番ネガティブな時はマイナス10としてちょっと数字を入れていただいてこのグラフ作っているんですけれども、普通(0)よりは全然上がっていますので、製薬企業で働いていこう。これはなんか、製薬企業で働きたい!みたいな思いはあったんですか?

白井 たまたま派遣で行った会社で続けられたこと、続けるにあたってもね、自分ががんになった時も配慮をしてもらったりとかあって、恩返ししたいなという会社への気持ち、上司への気持ちもあったし、自分ががんになってかつ製薬会社に今いることも何かの運命だろうということで、正社員になれることをありがたく受け止めて決意しました。

岸田 決意したというような感じですね。で、ただその後下がっていくのは、激務だったのかどうなのか分かんないですけど。

白井 違いますね(笑)

鼻から内視鏡で——下垂体腫瘍の手術と、二度目の摘出

岸田 こちらになります。手術で下垂体腺腫(せんしゅ)ですね。

白井 良性の腫瘍で下垂体に腺腫があるから、それが大きくなると視力・視野にも関わってきちゃうんで取りましょうということで。一応指定難病の病気になって、プロラクチノーマってプロラクチンを多く出してしまう、そもそもそれが原因が、20歳ぐらいからずっとこれあったんで。

岸田 脳の下垂体に良性の腫瘍があった?

白井 っていうのも20歳ぐらいからあったんで、それでホルモンバランスが悪くて子宮体がんになったっていうのが、もうさかのればそういうことだったっていう。

岸田 そういう可能性がある。

白井 それで、良性の腫瘍を取りました。でも脳の手術って言うとみんな頭切るの?とか、もう鼻から。

岸田 鼻から!?

白井 内視鏡だけビビビビッてやって鼻の奥に穴あけて下垂体の腫瘍をピッて取って、鼻の奥だけが痛かった。

岸田 はー!鼻から手術小さいのを入れて、手術されていって取られていったということですね。

白井 そうですね、そうなります。

岸田 それでその後は絶好調になっていくんですけど。

白井 絶好調ですね。

現在のパートナーとの出会いと、がん専門病院への転職

岸田 パートナーとの出会いということでございまして、これはどういうきっかけでパートナーと出会われる?

白井 子どもを産めないとかいう話でシングルファーザーの方と出会えたらいいなっていう、ちょっと後で話するかもしれないですけど、3つぐらい自分の中で人生の選択肢があった中での1つっていうので、周りの人にもそういうふうに紹介していただいて。

岸田 紹介で出会ったって感じですね?

白井 そうですね。

岸田 紹介で今のパートナーの方と出会われていくというのはこの時になります。そして出会われて、もっと詳しい話はまた後でお伺いするんですけれども、次こちら、がん専門病院に転職されていくということで?

白井 せっかく製薬会社で正社員にしていただいたけれども、ちょっと自分の中ではさらにがんに関わる領域で自分にできることは外にもないのかな?っていうので、何の仕事でもいいから病院という現場に行ってみたい!と思って

岸田 へ〜、意識高い!

白井 意識高い系(笑)飛び込みで。

岸田 飛び込みで!?どうですかっていう?

白井 募集してるやつに出したけれども、実はそこからまた履歴書持って行ったらちょっと違う仕事の、こういうちょっと中の方と話して…。

岸田 ゴニョゴニョ…みたいな感じになってますけど。

白井 とりあえずとにかく履歴書持って行って、医療職何もないけどできませんけどみたいな形で事務で雇ってもらうという。

岸田 病院で事務系の仕事されてたんですか?

白井 研究倫理審査委員会というところで、本当に事務方の仕事をやってました。

岸田 これは(国立がん研究センターの)同僚だったって言っていいんですか?

白井 言っていいですか?隣の部屋で(笑)

岸田 そうなんですよね。今はもう取っ払われているので、壁が、もう一つの部屋になっているので。当時は壁があって隣の部屋で、だから普通に廊下ですれ違って。

白井 隣の部屋に。じゃあどこの病院だってね(笑)

岸田 そうですけど(笑)

岸田 そんな中でですね、下がっていきますが、これはまた下垂体?

白井 そうですね、取り切るのが難しい箇所なんで下垂体ってやっぱり。ちょっと残したのが育ってきちゃうっていう、良性だけど。またある程度大きくなって視野に関わってきちゃうとよくないから取りましょうって言うんで、2回目。

岸田 別に視野にその時なんかかかってるとかではない?

白井 なく、まあちょっとグレーなサイズになってきたねっていうところでもう一回取りました。

岸田 そうなのか。じゃあ全部取り切るっていうよりは、大きくなってきたらちょっと切り取ってみたいな感じ?

白井 極力残さないように取るけど、難しいっていう。

岸田 取りすぎたらちょっとね。

白井 そうそう、変なところの神経触っちゃうといけないから。

岸田 いけないですもんね。手術されていったということで、別にあれですか?本当に1泊2日レベルですか?もっとかかる?そんな簡単なわけないか。

白井 1週間以内かなぐらい、全然長くないし。

岸田 裕美子さん的にはもう子宮体がんの手術の方が全然大変だったということですね。

岸田 そしてそのままちょっと上がっていきますが、おっ?以前の製薬会社で働くということで、某病院は合わなかったということですかね?

白井 というわけじゃないんですけど(笑)いろいろあるじゃないですか、病院でできること、製薬会社でできること、患者団体でできること。ここでは患者さんにすごい近いけどここにはお金がないとか、ここは医療に近いけどここにはどことか、製薬会社はもうこういうところだけど患者さんとはこうちょっと遠いところになっちゃうとか、ルールの下で仕事しなきゃいけない。

白井 そういうのを見ながらも、じゃ製薬会社でもまだできることがあるんじゃないかと。

岸田 ふーん!ということで、製薬企業ができることっていったところを。

白井 フラフラしてますね〜。

岸田 いやいやいやいやいや、いやあの自分でね。

白井 模索してるんですよ。

岸田 いや、主体的にね、されていったりとかするっていったところ、すごいな!っていうね。だって、ポンポンって肩叩かれて行くわけじゃないですからね。

白井 そうですね、自分でガッツで動いていってます。ただ前の製薬会社前というか、以前と違うのは、前の時は結構がんではない方の領域をメインで扱っているところの部署にいて、今回再度戻った時はがんメインの方に希望して戻るというか、そっちだからこそちょっと進みたいと思い。

岸田 確かにね、だから自分がやりたい部署っていうか領域だったっていうところもあって戻っていかれていきます。

岸田 だからこの、そうですね、がんノートに以前出られたのがもう2014年とか2015年とかなので(※2014年)、もうあの病院の職員だった時ぐらいですかね?

白井 ですかね。

出会いから9年——義理の息子の独立を待っての入籍と新婚生活

岸田 だからそこらへんの時に、だからそこから比べると全然ね、またその以降っていうのでまたお仕事を変えられて、その後ですね、入籍〜〜!!!!

白井 でも、よーくタイムライン見るとすっごい時間経ってると思いません?

岸田 ちょっと待ってくださいね。パートナーと出会われて、2013年に出会われていって、2022年頃…2年前ぐらいだったのか?

白井 9年…入籍まで9年ですかね。

岸田 9年!そうですね。

白井 まあ、でもシングルファーザーだから息子さんたち2人いて、関係良好だとしてもやっぱり一緒に住むとかっていうことは難しいというか、いろいろベストな状況を模索しながら。私も仕事はしてたんで一人で暮らすこと、独立して暮らすこともできてたので、あえてちょっと入籍は急がず。

岸田 急がずということだったんですね。なので、9年後に入籍をされというふうな形で。その後2024年に新婚生活ということで、去年から?

白井 そうです!

岸田 一緒に住み始めた?

白井 一緒に住み始めました。先に自分でこう2人で住むだろうって想定したマンションを買って、リノベーションもして準備しつつ去年からというのが、息子が2人いて、義理の息子の次男の方も社会人になって、彼としてもお父さん業が終わりというところがあって。

岸田 それで一緒に住まれていって、が、去年ということですね。

岸田 そこから残念ながら……。

白井 なんかね、なんで落ちてるんですかね?これ(苦笑)

岸田 今日のメインのお伺いしていきたいところ。

白井 ここまでのところはね、全然。

頭の小さないぼが黒く変わって——皮膚科から大学病院へ

岸田 ここから下がっていきますが、こちらになります、頭部にいぼが…!ということで。

白井 ちょっと気になってるような黒め。初め肌色だったんですけど、いかんせんちょっと黒くなってきた。で、自分もがんの領域を扱う製薬会社にいて、その手の病気のこともよく分かっていたんで、ちょっとクリニック行ってみた方がいいかな?というふうに思って。いいほくろでも悪いほくろでも取っておいた方がいいと思って病院に行きました。

岸田 クリニック、これ皮膚科?

白井 皮膚科ですね、近所の。

岸田 近所の皮膚科になんか、頭部ってどこらへん?

白井 前頭部、ここらへんですね。今髪の毛でもう見えないけど、一応10円はげみたいなのあります。

岸田 へー!ここになんかボコっとするんですか?

白井 本当にいぼ。直径5ミリぐらいのいぼ。

岸田 ボコってできて、肌色だったけどだんだん黒くなって、ちょっと取ってた方がいいなと思って皮膚科に行かれるということですね。結構前から気づいてた?

白井 肌色っていう時点で気づいてたっていうんだったらば、告知より8ヶ月ぐらい前にもう気づいた。

岸田 8ヶ月ぐらい前には、なんかあるなっていうのは気づいていたということか。で、色が変わってきてから1〜2ヶ月?肌色だったのから…。

白井 色が変わるまでは半年ぐらい。

岸田 半年ぐらい。

白井 なんか普通のボコッていう、まあ年もだいぶね中年越えてきたから、体のいぼっていうのはあるわけだから、そんなぐらいかな?と受け止めてて、色が変わるまでもほっといてた。

岸田 ほっといてたってことですね、そっか。いぼをほっておいてようやく行ったと、思い腰をあげて。そんな悪いと思わへんからね。

白井 そうそう色が黒ければね、とか、ちょっとね、危ないとは思うけど。

岸田 そんないやいやいかへんいかへん、ほんとに。で、そこでクリニックに行った後に大学病院へっていうふうな感じになるのですね?

白井 そうですね、クリニックの先生がパッと診て、あっうちで取らないで大学の方で。おそらく予後のよいがん基底細胞腫って言ってたかな、予後のよいがん皮膚のがんでしょうって、よくあるやつです、大学病院というか紹介状書くけどどこがいい?って言われて、それも私の中でじゃあ近所のホニャホニャ大学病院でお願いします、子宮体がんの手術をやってもらったところに紹介してもらいました。

岸田 子宮体がんのところに行って。

白井 同じ大学病院に行って。

岸田 本当言葉足らずですいません(笑)ただちょっとネガティブになっているのは、ちょっとなんか…?

白井 それでもね、やっぱり予後がいいと言われても皮膚のがんの一種って言われたらやっぱりがんはがんだし、がんやってる経験してる身としてはもう一回がんか…みたいな。

岸田 そうですよね。

白井 旦那にも心配かけたくないし。

岸田 逆にあれですね、それぐらいの気持ちの下がりでこの時は収まってたってことですよね?

白井 クリニックの先生が多分おそらくって言ってくれたがん、やっぱり自分で調べたらああ!なるほど、転移をほとんどしないがんだし取っちゃえばみたいなところまでは、ガイドライン的なところまでは読んだんで。

岸田 っていうことですか。

白井 一応自分的な情報としてホッとはしてた。

「ステージ4からの試合開始」——メラノーマと肺・胸膜への転移

岸田 でね、ここから下がっていくことになりますね。それが、がん告知を受け、そして手術していく。がん告知自体はさっきの基底細胞腫?

白井 ではなく、よくよく診たらっていうところで、大学病院の先生がちゃんと病理検査とかしてくれて、メラノーマですというところの告知がここになります。

岸田 これ、なんでメラノーマだと下がっていくんですか?

白井 やっぱり…、予後があまりよくないがんだっていうのはね、知られているのと。で、手術の当日にドタバタバタって短期間でCTも撮ってもらったら、その結果がそこら辺で出て、CTの全身の結果見たらもう肺と胸膜に飛んでましたっていう。ステージ4からの試合開始みたいな。

岸田 そっか〜……。

白井 そうですね。

岸田 そっかじゃあ、この告知の時にはメラノーマですっていうことと、転移されていますっていうことが言われるんですね。

白井 まあ告知…その病名が先だった、時差でステージだったけど、まあまあ同じぐらい。

岸田 どうでした?それ…そう分かった時、今までね、予後がいいがんだっていうふうな感じは思ってましたけれども、どう思いました?メラノーマと言われた時は。

白井 まあ、マジかおいおいおいっていうのはあるけど、やっぱ正直なところは悔しい…だよね。

岸田 悔しい…。

白井 やっぱ、結構自分も10年間頑張ってきた、新しい生活を始めるためのところね。で、やっぱり一番ハッピーなところが新婚生活みたいなところ、入籍ときた後の話なんで、もうちょっとそこを、まだこの告知の時点では一緒に暮らし始めて1年未満の時点なんだよね、ここって。

白井 もうちょっと長く幸せ味わわせてくれてもよかったんじゃない?みたいな。ちょっとね、そこはちょっと悔しいなっていうのはあったね。

岸田 悔しいという気持ちがあって、その中で手術をされていくんですよね?この手術が前頭部腫瘍切除と書かれていますけど。

白井 ここにありましたってやつを、そのままその周り1センチぐらいよりは小さいか、ちょっと広めに取りますということで。

岸田 広めに取った?ここのものは、じゃあなくなって?

白井 なくなって、今フォローアップで診てもらってる限りではきれいに取れました、周りへの転移とか取り残しないでしょうっていうところにはなってる。

岸田 なってるということですね。その当時手術のちょっと時ですかね、その直後ですかね?お写真いただいております。

白井 一応ね、ネットで可愛いって言うのかな?ちゃんとした帽子買おうと思って、一応かぶりものを。

岸田 帽子かぶられて。これ手術の後?

白井 後ね。まだ薬物療法の前で旅行に行きたいということで、かぶって、傷、まだ帽子の下ガーゼつけたまんま旅をしております。

岸田 別にもう動いても全然いい?

白井 うん、この時は全然。形成外科の方の主治医も全然大丈夫だし、もう傷がガーゼつけてるけれども乾いてきたからシャンプーとかもしていいよという感じで。

岸田 で、旅行行かれていったというふうな感じだったんですね。そんな中で、ちょっとまた戻りますけれども、こちら、手術の後に旅行行かれたりだとかそういった中で、そうか、手術もそれはすぐ取って数週間で退院できる?

白井 あのね…2泊3日だった。前泊と手術後の1泊だけだった。

岸田 痛くないですね?

白井 意外とね、痛くない麻酔切れても、頭の皮膚切った後。結構見た目はグロく丸くえぐられちゃってるんだけど、痛くはなかったね。

岸田 丸くえぐられてたら、なんかこうね、僕の知ってるがんの患者さんもちろん頭部にできた方が過去にゲストでいらっしゃるんですけれども、なんかこう皮膚移植に含め。

白井 私も当初肺とかの転移がなくて、ここで済んでるんだったら転移してないんだったら、もっと広く取る手法でいく、だから6センチぐらいの直径のでいって、広く取るんだったらももとかお尻のあたりから皮膚の移植というような手術が想定されていたけれども、急遽転移しているということで、頭の方の体への侵襲(しんしゅう)とか負担は最小限で腫瘍の周りだけ取って。

白井 あとは薬物療法の方に集中しましょうという流れになったので。もうちっちゃく取ったので皮膚の移植なく、人工皮膚というのかフィルムみたいなのをちょっと乗っけて縫ってくれてガーゼしたという感じで、もう術後一泊で退院でした。

岸田 全然分かんないですよ!

白井 分かんない。パカッてやるともう本当10円はげみたいな、ここら辺に風が吹くと危ないかな(笑)ちょっとバーコードのおじさんじゃないけど、隠してる感じは。

岸田 そっかそっか、全然分かんないですよね。

白井 分かんないかな、よかった。

BRAF遺伝子変異に合う分子標的薬が効いた——2か月でCT画像が変わった

岸田 そんな中でね、ちらっとお話も出てきましたけれども、この後薬物療法されて。

白井 はい、入ります。

岸田 薬物療法、ダブラフェニブとトラメチニブっていうニブニブですけど。

白井 ニブ系ですね。分子標的薬ですね。

岸田 そうなんですよね、なんちゃらニブってなったら分子標的薬らしいです。これは、この治療は最近出たやつ?

白井 もうぼちぼち、10年未満ではあるんですけど、これ使うために病理の詳しい検査を出して、どんな遺伝子が変異しているかみたいな。

岸田 遺伝子検査したんですか?

白井 これを使うためのBRAF(ビーラフ)V600という遺伝子の変異が陽性でした。合致します、この薬使えますということでドンピシャの薬を使い始めたというところです。

岸田 ということは、裕美子さんは検査してBRAF遺伝子陽性みたいな感じの結果が出たと?

白井 結果が出た。それが陰性だったら別の薬に行ってたっていうところで。

岸田 それに効くこのお薬を、これ飲み薬?

白井 飲み薬ですね。カプセルと錠剤を入れていって。

岸田 どれくらいの頻度にするんですか?

白井 毎日。

岸田 毎日飲む?

白井 ですね、片方が1日2回、片方が1日1回。

岸田 やっていくというふうな飲み物…。

白井 飲み物です(笑)

岸田 錠剤を経口薬をされていくと。でね、この時の飲む前と飲んだ後のCTの比較のお写真をいただいておりますので、こちらになりますドン!これちょっとご説明お願いします。

白井 左側の赤で囲んでいるところですね、腫瘍があります。

岸田 この赤と、左にもこの、ちょこちょこというのがありますね。

白井 そこら辺がね、胸膜ですね、胸膜播種(はしゅ)ですね。

岸田 胸の写真ということですね?胸を上から見た感じ?

白井 肺とか胸膜播種(はしゅ)とかしているところ。

岸田 これがなんか背骨っぽいやつですね。

白井 そうですね、それが右になりました。

岸田 右になりました。えっ、同じ場所?

白井 同じ場所。

岸田 確かに、これとこれが、ここら辺のやつがなくなった!ここ結構きれいですね。

白井 そうそう。

岸田 こんなになるもの?

白井 なってるらしいです。

岸田 じゃあここも?あったのかこれもか!

白井 先生、私喜ばせるために消しゴムマジックでもして画像出してくれたのかな?と思った(笑)

岸田 黒く塗ってね?

白井 そうそうそう。

岸田 えー、すごい!

白井 私はこれを信じて今生きてますけど、本当これらしいですね。

岸田 薬が効いてるということですね。じゃあ、頭部のやつは取りきって、散ってるやつは今一応効いてる?

白井 効いてる。細かいのはまだあるけれども、ちょっとメインで転移してますというところは一応小さくなって抑えられているっていう。

岸田 それでも全部なくなってるわけじゃないのか…。

白井 どうなんだろ、1回転移したら全消滅ってなかなかね、細かいのまで難しいんですかね?

岸田 まあけど、今画像上では一応全部消えてるっていう状況ですね?

白井 ちょっとね、うっすら多分ここら辺とかはまだ。

岸田 このポコッ?

白井 まあちょっと他の画像とか見ると、まだまだあることはあるんだけど。

岸田 ああそうなんや。

白井 小さくはなってというところ。

岸田 そういうことね、了解です。まあまあ聞いてて、今は経過良好って言うとちょっと言い方変ですけど。

白井 奏功してますってところですね。

岸田 ということですね。よかった!なので、今そういう状態であるということをちょっとお話いただきました。

白井 今、薬飲んで4ヶ月。

岸田 4ヶ月なんですね?まだ。

白井 そう!5月から飲み始めて。

岸田 それであんなに効いてるんですね?

白井 あれ消えたの…、本当CT撮ったの2ヶ月目とか?結構パーンってすぐ効いてくれて。

岸田 今後飲み続けたらいい感じになっていく可能性は?

白井 がんが薬に対しての耐性ができなければ、そこまでは今の薬を粘って飲む。いつかね、その薬に対する耐性ができたら次の2番手さんに変えなきゃいけないけど、いけるところまでいきたいなと。

岸田 ということですね。

白井 思ってます。

休職して治療に専念——夫と47都道府県を旅する今

岸田 そしてそれから上がってきていますが、それが人生のバランスを模索していると。

白井 そうですね、ありがたいことに仕事の方は上司とか同僚チームのみんなとお話して、今休職という形でお休みいただいて、治療に専念するのがいいってみんなも言ってくれたんで、治療のみに専念してます。

白井 で、自分のやりたいこととかも洗い出したりして、旦那も最大限サポートしてくれて、本当に時間をどう使えばいいのかというところとか、やりたいことに対して取り組んでいるところというか。本当にストレスないっていうことと、こうね…がいいかなっていう。

岸田 いいですね〜、なので。なので、様々なところにも行かれたりだとかもしてるっていうことですよね?

白井 旅行行ったりね。

岸田 というふうな中でですね、以前がんノートに出ていただいてから、パートナーとご結婚されたりだとかそんな中でメラノーマになっていったりだとか、本当様々ね。

白井 最後のところいらないよね?

岸田 そうですね〜(苦笑)いい話で終わっていきたかったですけれども、裕美子さんには人生のもう一踏ん張りというふうなことかなと思います。

白井 結婚してるから、白井さんじゃなくて『橋田さん』ですから。

岸田 そうですね!そう、だからどっちで言ったらいいのかと思って。

白井 過去のがんノート全部白井で出てるから、検索してこの人はっていう時は白井がいいかなっていう。仕事も白井でしてますし。

岸田 今日は白井さんでお願いします。

白井 大丈夫です。

岸田 そしてここからですね、改めてメラノーマのこともありましたので、各項目に分けて聞いていきたいと思います。

「自分の口から、こっちを先に行きたいと」——通院頻度と副作用で選んだ分子標的薬

岸田 まず病院や治療の選択といたしまして、どのような病院で決めてどのような治療を選択していってというふうなお話。

岸田 さっきのペイシェントジャーニーのところであらかたお話いただきましたけれども、今ね、「SDM」ってシェアード・ディシジョン・メイキングという言葉がありまして、医療者の方と一緒に決めていくという時代でございますので、特に子宮体がんの方は(以前も)お伺いしましたメラノーマの方でどのように治療の選択を決めていったのか?というところを中心にお伺いしたいんですけど。まず簡単に子宮体がんの方、まず簡単に。

白井 病院選択から?

岸田 病院選択に関しては、お母様が調べてくださって大学に行ってという形だったと思いますので、治療選択、手術を医療者から提案されてそれでOKなのか?

白井 うん、なるほど。全面的にお任せしました、というのは、子宮体がんに対しての当時薬物(療法)とかってそんなになかった。第一主義としてはステージ1でここにこんくらいの範囲でがんがあるだろうという人は子宮の全摘出というそれということだったので、その説明も医師から受けて。

白井 子どもができないことが今後自分の人生にどう関わるか?というのは、20代の私は当時そんなに考えていなかった。周りの親戚ですね、特におばとかからは後でいろいろと大変なのは後になってからかもしれないわよみたいに言われたけど、当時はあまり意味が分かってなかった。

白井 なので、自分としては取って治っちゃうんだったら、今ずっと体調が悪いのが治るんだったらそれでいいですということで、先生に全面的にお願いして納得して。

岸田 納得してね、手術を全部摘出していったというのが当時でございました。

岸田 その後メラノーマになっていっていったところで、病院選択に関しては先ほどね、自分の過去、子宮体がんの手術をした病院でっていうふうなことを自分で決められてそこに行くんですよね?

白井 そうですね、それもたまたまですけど、本当に家から一番近い大きな病院っていうので、近さから考えてもっていうところ。ただ周りの…自分も製薬会社なんで、周りの人とかあとは他の友達とかにも相談した時に、まあ希少がんだよね、今度はメラノーマだから。

白井 そういう地元の大学病院とか大きい病院じゃなくて、がんセンターとか希少がん、メラノーマの症例を多く診ている病院を選んで行った方がいいんじゃないか?っていうアドバイスも受けたっていうとこはありましたね。

岸田 そんなの…どうでした?そんなのうるせえ!みたいな感じで?(笑)

白井 いや、まあ自分の中でもそういう思いも2割ぐらいなきにしもあらずだったけれども、まあ父親も最近というか3〜4年前がんになって通院治療していた、抗がん剤の。それを見てたら、自分も投与するのが通院治療になった時に近いに越したことはないだろうと。

岸田 通院になったことを考えたらね?

白井 何かあった時にすぐ行くとかっていうことを考えて、やっぱり一番近いところ、で、地域の拠点病院でもあるし大学病院、がんの拠点病院でもあるし、まあね、世の中にガイドラインがあるってことも製薬会社の人間としては知ってるし、まあ標準治療に行くっていうのはもう当初から思ってたんで、まず自分の家に近いところの大学病院で行こうと最終的に決断しました。

岸田 そこから治療の選択といったところで、手術で先ほどお話いただいて、手術はちょっとちっちゃく取っていこうであったりだとか、あと遺伝子の検査をされてそれに効く分子標的薬をそれはもうそういう選択肢で最初ファーストラインと言われるんですけど、これをやっていきますよみたいなガイドラインに書かれていることをされていった?

白井 もうその通りのままですね、こういう検査をしてこういう遺伝子の変異があったらこっちこっち、どっち…遺伝子の変異があった場合は選択肢が2つになるんですけど、どっちを先に行くかっていうのは自分が決められることができた。

岸田 そうなんですね!?

白井 こっちを先にやってこっちを後、こっちを先にやってこっちを後っていうのはどうするっていうのは先生に聞かれたけれども、自分としてはせっかくドンピシャで遺伝子の変異があるから使える薬っていうのがあるんだからそっちを先に行きますっていうふうに、そこは自分の判断で。

岸田 先生もそう思ってたかもしれないけど、一応自分の口から、私としてはこっちが先に行きたいですっていうのがありましたね。

岸田 その決め手は?

白井 副作用の種類が2つの治療で違って、片方はこう片方はこうっていうので、自分の生活でこれからやりたいこととか考えた時に先こっちを使った方がいいかな?っていう。

岸田 もうちょっと具体的に。

白井 具体的に言っちゃっていいのかな?あまりオブラートに包まなくて大丈夫?

白井 片方は熱とかが一番頻回に出るような副作用で、もう片方はよく下痢とかなります、ひどい下痢だとステロイドとか飲んだりして止めるぐらいの下痢とかにもなっちゃいますよっていうのを聞いた時に。

白井 あとこっちは点滴とかで通院で、こっちは飲み薬で落ちつけば月1回診察でもらって1ヶ月自分で飲むっていう、その通院頻度も少ないだろうっていうところで、まあ熱が出るっていうのと飲み薬っていう方がまず最初に自分の生活とかやりたいことを考えた時に、通院点滴と下痢っていう話と、まあ天秤にかけていいかな?っていうふうに思ったりとか。

岸田 ありがとうございます。これはもう裕美子さんがその方法、そっちの方が今の生活に合ってるかなということで選択されたということですね。どっちがよい悪いとかっていうのはございませんし、ご自身のね、希望だったりとかそういったところで決めていただければ。

岸田 むしろ医療情報だったり医療の選択っていうところは、医療従事者の方と皆さん決めていただければ。

白井 主治医とよく話して皆さん。

岸田 と思いますので、よろしくお願いいたします。

発熱、手足の赤い斑点と腫れ——「打撲やあざに近い」分子標的薬の副作用

岸田 そしてそんな中で副作用や後遺症のことっていったところをちょっとお伺いしていきたいんですけども、さっきの熱が出るっていうふうなことがあったりだとか、あとは頭部切られているのでちょっとそういったところがあったりだとか、特にメラノーマの方をちょっとお伺いしたいんですが、これはいかがでしょう?

白井 頭部の傷のところはまあまあ、切っちゃったから髪の毛生えてないよっていう、10円はげだけで痛みとかは特になしで手術の後の後遺症ないかなというふうに思ってます。で、今やってる飲み薬の方ですね、経口治療薬分子標的の方、やっぱ熱が出ますね。あとはちょっと手足に赤い斑点が出てきて、今腫れてるとかむくみとかで痛いっていう。

白井 ただ我慢できない痛さではまだないし、ゆっくりゆっくり生活させてもらってるところです。

岸田 その痛みは別に家事とかそういうの我慢できるレベルの痛み?

白井 全然やる人はできるけど、甘える人は甘えるんじゃないかな。

岸田 甘える人はね。

白井 うちは全面的に旦那が朝ごはんも夕飯も作ってる感じ。

岸田 素晴らしい!例えるとどんな感じの痛みになるんですか?

白井 例えるとね、普通に今ポンポンポンって赤みがあるけれども、何も今痛くない。押すと痛い・触ると痛いという意味ではあざに近いんじゃないかな?あざって押したら痛い。

岸田 プチ打撲みたいな?

白井 打撲・打ち身・あざに近いんじゃないかな?

岸田 押したら…ってあくまでも感じなんですね。

白井 だから足の裏の痛みも、今座ってると別に足の裏って圧がかかってないから痛くないけど、歩く時にやっぱり腫れてるから赤いから、歩くと足の裏痛いなっていうような。

岸田 それは別に耐えられないことはないというふうな形の今の副作用が出ているという?

白井 この状況とかやっぱり医師に逐一伝えて、今このくらいの程度の痛みです、このくらい赤みが出ています。それが多分ひどくなってくると薬の調整とか本当にこと細かく伝えているということです。

岸田 ちなみになんですが、参考情報として子宮体がんの方なんですけど、手術をされたじゃないですか?全摘されたじゃないですか?今何もリンパ浮腫も含めなんか大丈夫なんですか?

白井 リンパとか触ってないから全然大丈夫。

岸田 そっちは大丈夫。じゃあホルモンぐらい?

白井 もう、もともと下垂体でホルモンのバランス狂ってるからっていうのはある。こっちの関係で飲んでる薬はある下垂体の方のための。

岸田 ための…だから、それに対しての後遺症とかっていうのは特にないということですね。

白井 卵巣を残してるから。

岸田 あ、卵巣を残してるのか!そっかそっか。

白井 私の体内どっか宇宙に消えてく、排卵が毎月あるんだろうなっていう。

岸田 そっかそっか、そういうことはあるのか。ということで、そちらは問題ないということでした。ありがとうございます。

養子縁組、代理母出産、シングルファーザー——3つの選択肢の先にあった出会い

岸田 そんな中で皆様お待ちかね。

白井 お待ちかねなんですかね?

岸田 恋愛や結婚といたしまして、まあね、以前がんノート出られた時はね、まだご結婚もされてなくてといったところだと思いますけれども、その時おっしゃっていただいたことを覚えてます?3つの(こと)。

白井 子どもが産めないってことで、将来的なことの選択肢としてはまず一つ目はまあ養子縁組っていうところをOKしてくれるパートナーさんを見つけて結婚して子どもを迎えるが一つ。もう一つは、海外に行って日本で認められてない代理母出産をやるっていうのを理解してくれるパートナーさんに出会って、海外に行く。そのためにはね、先立つものがないとダメだからとにかく貯金しようって言って、当時から貯金頑張ってました。

白井 3つ目がシングルファーザーさんと結婚しようかな、いい出会いがあればいいかなっていうふうに思ってた。この3つが選択肢でした。

岸田 そしてその中で運命の出会いを果たしまして、3つ目のシングルファーザーさんと出会われるということかと思います。その中でがんがあることが、なんでしょう、ハードルとかにはならなかったんですか?がんを経験したことか当時は。

白井 自分ががんを経験してるってことは初めにすぐに言ったし、そもそも彼の方がシングルになった経緯が奥様を亡くされてっていうのが、がんだったっていうことを。彼が30代の時に奥さんががんになってっていうところがあったので、そういうところで理解はすぐしてくれて。ただ、逆に奥さんをがんで亡くした人ががん経験者と結婚するのは怖くないのかな?って。

岸田 そうですよね。

白井 私は逆に思ったけれども、彼の方は物事には全て意味があるって捉える人なんで、多分いろいろ出会ったことも意味があるっていうふうに思ったんじゃないですかね。

岸田 聞いてみたことはないんですか?

白井 立ち入って聞いたことはなかったかな。でも、私は私だしっていうところは。

岸田 っていうことですね。そっか、そしてさっきのペイシェントジャーニーのところでお付き合いをされてから、ご結婚まではちょっと時間がかかったっていうところ。

白井 ゆっくり待ってました。

岸田 ゆっくり、そのお子さんたちが?

白井 独立するまで、急がなくていいのかなっていうふうに。

岸田 っていうことですね。ただお子さんたちと打ち解けるとかっていうのは大丈夫だったんですか?

白井 いや、でもそんなに無理にとか、無理に会ったりとかってわけではなく、お父さんの大切な人なんだろうなって徐々に分かってくれたのかとは思うってことですね。

白井 今、本当にちゃんと入籍してオープンしてっていうところから、家にも遊びに来てくれるし。

岸田 そうなんですね。無理にグイグイ行くっていうよりは、適切な距離感を保って。

白井 本当にゆっくりゆっくりだったと思う。そこはもう全面的に彼の方に任せて。だってね、子どもたちとのあんばいも一番分かってるから。

朝も夜も食事を作り、がんを忘れる時間をくれる夫との今

岸田 そんな中でご結婚されていって、そして家族になっていくっていったところですか。

白井 家族になりましたね。

岸田 家族になっていってからのメラノーマ発覚ですね…。

白井 いや、もう本当に悔しいってさっき言ったけど、旦那に対しては申し訳ないというか、やっぱり自分のことより旦那のことの方が心配になりますよね。だって、すごいつらい思いしたはずなことをもう一回させるかもしれないって。

岸田 そっか。

白井 自分のことよりそっちの方が先に思ったかな。

岸田 旦那さんは、本当にすごい、先ほどの家事もしてくださって支えてくださってということですよね?メラノーマってことを分かった時、それを伝えた時とか反応とかどうだったんですか?

白井 反応……うん、いやでもとにかく支えるからみたいな感じだったかな。初めの時、私が泣いた時は一緒に泣いてくれたかな。でも、とりあえず支えるっていう、大丈夫だから。

岸田 そういうふうな形でね、支えていってくださった。そんな、もうだから家事もされていますしって言ったところで、本当感謝っていう感じですか?

白井 そうだね、とにかくがんのことを忘れられる時間を作ってあげたいから、何でも好きなことしててっていうっていう感じ、今。

岸田 すげー!かっこいい!

白井 Nintendo Switch2も彼が当てたけど、私が使いたい放題、今家で(笑)

岸田 素晴らしい!いやあ、いいですね。そういった形でNintendo Switch2にも支えられていると。

白井 ゲームしたことなかったのに、初めて。

終わりが見えないステージ4——欠員を支えてくれるチームへの思い

岸田 そんな中で、お仕事のことについてちょっと伺っていきたいんですけど。

白井 さっきもちょっと話したけど、本当上司同僚みんなが治療に専念してくださいっていうふうに言ってくれたのすごいありがたくて。

岸田 今は休職中ですよね?

白井 今は休職中。ステージ4っていうのはなかなか微妙で、治りました元気になりました復活します!っていうことが、ちょっとね、ステージ1とかの子宮体がんの時と話が違うから、それ…終わりが見えないことに対してやっぱり私の欠員を、やっぱりみんなが埋めてくれているというか、上司はそこを考えてくれているというのはありがたい…。

岸田 うん、そうですね。まあけど上司と部下っていうふうな中でもね、がんノートnightでもね、以前ご紹介させていただいてっていったところもありましたけれども、本当に皆さんこう、同僚上司含めサポートしてくださってというか、理解があってというふうな形で今はお休みされていって、今後どういうふうに復帰するかっていうのはまた今後考えていくっていう感じですかね?

白井 未定ですね。

岸田 そうですよね、ステージ4だから今後どうなっていくかっていうね。

白井 だから最大限ここまで休職が取れるという時期があるけれども、それが訪れる前に自分の体の痛みと折り合いをつけて復職するのかどうかとか、何だったら今できるのか。

白井 でも今の思考能力というか集中力とかだと、直前でやってた仕事には戻れないと思うんだよね。会議でディスカッションしたりプロジェクトに入るとか、いろんな分析をするとかって相当エネルギーがいるから、今の集中力だと無理って考えると違う部署を紹介してもらうのか、相談になるんじゃないかとは思ってる、戻るんだったらね。どうだろう?分かんない…。

岸田 という感じですね。本当に今まさにっていうふうなことかと思います、ありがとうございます。

民間のがん保険には入っていない——高額療養費制度と健保組合の補填で

岸田 そして次こちら、お金や保険のことといたしまして。

白井 お金・保険。民間の保険、いわゆる保険会社さんのやつは、子宮体がん当時も今も入ってないです。理由の一つは、子宮体がん時の時は20代で若くて、あとはイギリス行ってから派遣で戻ってきて、自分の仕事も不安定だった中でがんになったから保険に入るっていう思考もなかったし。

白井 若かったからがん保険っていうのもさらに考えてはなかったから入ってなかったっていうので、入らなかったらがんになりました、病歴がつきました、で、まあ下垂体の良性腫瘍も指定難病で治らない難病がありますって言うんで、保険に入るハードルとかも自分としても審査を通すとか説明もめんどくさいなと思って今も入ってないというところです。

岸田 じゃあお金の工面はもう貯蓄から?

白井 貯蓄からと、入らないでもいいかと思っている理由の一つが、やっぱり大きな会社の正社員させてもらっていることで、健保の方から随分お世話になっているというところですね。高額療養費制度での上限ではもちろん払うけれども、さらに健保の方から、会社の方からの補填があって随分助けられているというところです。

岸田 大きな会社さんであれば高額療養費制度で本当にボーンと払わないといけないのを、大部分を結構?

白井 本当に大部分を。自分はこんだけ払ってますというところで、助けられてます。

岸田 そっか!じゃあそこまでダメージはない?ダメージないって言い方が…ごめんなさい、あれかもしれないですけどそんな?

白井 そうですね、まあ子ども独立している中での旦那とのダブルインカムっていうのもあるし。

岸田 そっか…。

白井 私が一人倒れてもこっちが残る、柱が二つあるからっていう。

岸田 了解です。じゃあ、本当にまだ全然あれですね、100万とかいってないですね?数十万レベルで全然?

白井 うん、実際払っているのは。

岸田 実際自分が払っている金額としては数十万レベル?

白井 数十万レベルじゃないかなという。

岸田 感じですね。

白井 薬剤費も高いからカードで切って、もう目をつぶっていくら払っているか。どうせ返ってくるからと思いながら。

岸田 そっか、どうせ返ってくるからね。

白井 カードのポイントつけばいいかみたいな(笑)

岸田 いや、まあまあまあちゃんとね、それでしっかり治療されていってということで。

白井 大切に薬飲んでます。

岸田 よかった、ありがとうございます。

子宮体がんの治療後――恋愛と、待合室で感じた二つのつらさ

岸田 そんな中でちょっとつらかったこと、まあ様々なつらいタイミングあったと思うんですけれども、今ペイシェントジャーニーをお伺いすると、一番下がっているのはやっぱりこうメラノーマの時のがん告知だったり手術の時っていうふうなことですけれども、つらかったタイミング、肉体的にも精神的にもどちらでも大丈夫なんですけどいかがですか?

白井 メラノーマじゃなくて子宮体がんの方でつらかった、メラノーマは悔しかった・つらかった、今現在進行中で副作用もありましたけど、子宮体がんの時はさっき言ったように手術だけで終わって、いわゆる治療としては軽かった方だと思うんですけど、精神的につらかったのは2回というか2種類あって。

白井 一つはもちろん恋愛に関しては子どもが産めないってことで、付き合った人っていうよりはその人が理解してもその親とかが子どもが産めないような奥さんいらないよみたいなタイプの親も当時いましたっていうことは……。そうしたらもう恋愛嫌だなとか思うよね。そういうのが一つありました。

白井 もう一つは、フォローアップ5年やった時に大学病院だったんで、婦人科の待合室で待つんですよ、うちの主治医に会うために。

白井 婦人科って妊婦さんも一緒にいるから、隣に妊婦さんいてがんのフォローアップの子宮のない私もいるっていう中では、やっぱりちょっと精神的につらいところはあったから、婦人科系かつちょっと子宮系、子どもを出産とか関わるようながんになった方とか診断を受けた方はできるだけ、総合病院・大学病院じゃなくてがん専門病院に行った方が心の衛生上はいいのかなっていうふうに今は、思います。

岸田 そうか、がん専門病院に行ったらそういうこともないのか?

白井 うん、出産の方はあんまりいないんじゃないですかね?子宮体がん・子宮頸がん・卵巣がんの方と待合室にはいるはずだから。

岸田 そうですね、そういったところでこうねグサグサくる。

白井 ちょっとそこはね、当時ね、まだ30代で若かったから。

岸田 そういったところは大変だった。

白井 精神的なところがあったかなというところです。

岸田 今はね、パートナーと出会われて。

白井 私は私って思えるようになるまでは、時間かかるよね。

岸田 ありがとうございます。

「出会える人の種類が広がった」——がんを経て変わった視野と仕事への向き合い

岸田 そして、がんになる前と後で変わったこと、精神的にでもいいです、肉体的にも大丈夫なんですけれども、精神的にと身体的に変わったことってありますか?どっちでも大丈夫です。

白井 がんになって出会えた人の種類が広がった、こういう人に出会うこともなかったがん患者会の友達もそうだしっていうところで、やっぱり自分が物を考える上での視野が広がったっていうのと。

白井 たまたまがんになる前から製薬会社の派遣社員やってたけれども、がんになったことでより仕事への考え方とか取り組みとか患者さんの視点が自分の中のどっかにあって仕事をやってるってところで、変わったんじゃないかな?っていうふうには思います。

岸田 ちゃんと片隅にね、患者さんっていう思いを持って、仕事にも取り組めていったということですかね。ありがとうございます。

「47行くぞ!」——告知後に加速した、夫との47都道府県制覇

岸田 そして、今後の夢や目標。

白井 夢や目標、そうですね、やりたいことをいかにこなしていくかとか。

岸田 やりたいことをいろいろ抱えてるってありますけど、その中で具体的に何かちょっと紹介していただいてもいいですか?

白井 えっとですね、旦那と一緒に47都道府県全部旅行したいなっていうのを、がんになる…メラノーマの前から少し少し考えてはやってたんだけども、今この4月に告知を受けてから加速して旅行しまくってます(笑)47行くぞ!と。

岸田 今どれくらい行ってますか?

白井 あと残り18ぐらい16〜18ぐらい、そのくらいかな。

岸田 そういったところでね、そういった制覇するぞ!っていう思いを持ってやられてるってことですね。

白井 とにかく楽しいことを考えて、がんであるとかメラノーマが今自分にあるってことをなるべく忘れて笑顔で生活できれば。暗くなっちゃうとね、周りの人にもね。

岸田 そうですよね。

白井 影響あるというか。私が暗くてどうするんだっていうところあるから。

岸田 ということです、ありがとうございます。

「Be happy, be lucky」——The Whoのボーカルから白井さんが受け取った言葉

岸田 ここからですね、最後裕美子さんにメッセージをいただければと思いますので、皆さんに対してのメッセージこちらになります。

白井 私からのメッセージは、Be happy be lucky!というところです。この言葉は私が大好きなイギリスのバンドザ・フーのボーカルのロジャー・ダルトリーがライブの時によく観客に向かって言ってくれている言葉で、彼はイギリスの若年性のがん患者支援団体ですね、ティーンエイジ・キャンサー・トラストのパトロンも長らく務めてたんですけども、もうそういう彼のこの言葉を聞くたびに私もたくさん力をもらいました。

白井 皆さんもBe happyで幸せに、それでluckyで暮らしてください!

岸田 はい!Be happy,be lucky!これあれですよね?本当、過去ご出演いただいた時もこのメッセージでしたよね?

白井 はい、そうですね。もうずっと自分の中でそう言い続けて、Be happy,be luckyということでね。

岸田 もし皆さんも、もしよかったらそのような思いを持って闘病などしてもらえたら嬉しいなということを思います。

岸田 これにてね、がんノート終了していくんですけれども、いかがでしたか?過去ご出演いただいた時と今とね、全然変わったよとか?

白井 そうですね、アフターストーリーがこう、結婚して幸せ!新婚生活!!で終わってればよかったなって思いはありつつも、まだまだこれからかなって、語れることはまだあるっていう、自分でやるべきことはっていう。また呼んでください!がんノート。アフターストーリー続きますんで。

岸田 まだまだ続いていくということで、また裕美子さんにもご出演いただきたいなと思っています。

岸田 これにてね、がんノートを終了していこうかなということを思います。皆さん次の動画でまたお会いしましょう!それでは皆さんバイバイ!

白井 ありがとう!

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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