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インタビュアー:岸田 / ゲスト:石神

巨人ファンでTUBEが十八番——M&A仲介で働く38歳・石神大揮さん

岸田 それでは、がんノートをスタートしていきたいと思います。今日のゲストは石神さんです。よろしくお願いします。

石神 よろしくお願いします、石神です。

岸田 石神さん、簡単に自己紹介をお願いできますでしょうか?

石神 はい、改めまして石神大揮と申します。今東京に住んでるんですけれども、愛知県出身、愛知県の名古屋市出身でございます。現在38歳で岸田さんと同じ年でございます。誕生日も1週間違いでということで、非常にご縁を感じている次第でございます。家族はですね、妻と息子3人で今東京で暮らしておりまして、仕事はM&Aの仲介業というものをやらせてもらっています。趣味はですね、野球、カラオケも大好きなんですけども、後ほどいろいろ深掘りしていただければなというふうに思っています。

岸田 いや、もう今深掘りしちゃいましょう!まず野球観戦なんですけど、野球観戦はどちらの球団を?

石神 巨人ファンなんですよ。

岸田 巨人ファンなんですね。じゃあそこの時点で僕と相いれなくなっちゃいますけど。

石神 マジですか!

岸田 僕大阪出身なんでね、ちょっとね、あの阪神でね、今年は優勝させてもらってね、もう嬉しいなと思うんですけど、巨人ファンなんですね?

石神 そうなんですよ。名古屋市出身なんですけども、父がずっと巨人ファンで、家で子どもの頃からテレビ見てる時も巨人戦しか見てなかったので。

岸田 そうなんですね。

石神 もう必然的に巨人の血が流れてるって感じです。

岸田 推しの選手は?

石神 推しの選手は、今だと岡本和真ですかね。

岸田 岡本ね、ホームランのね、メジャー行っちゃうかどうかね、ちょっと不安ですけれども。

石神 そうですね。

岸田 しかも、あとちょっとカラオケも十八番(おはこ)だけ聞いておいていいですか?

石神 十八番(おはこ)はTUBEの「あー夏休み」って歌がありまして、ちょっと最近の若い子はあんま知らないかもしれないんですけども、おじさんは多分みんな知ってると思うので。

岸田 TUBE好きなんですね?

石神 TUBEの「あー夏休み」が好きってこと。

岸田 TUBEの「あー夏休み」が好きってことですね、フレーズがね、もう夏になったらどこからともなく聞こえてくるようなね。

石神 そうなんですよ。

岸田 そんなもう夏の風物詩ではございますけれども、といったところで、そんな中でがんのこともちょっとお伺いしてもいいでしょうか?

石神 どうぞ、お願いします。

岸田 がんのこと、胎児性がん、一緒なんですよね?胚細胞腫瘍の中の胎児性がんというがんで。ただその隣に難しい漢字で書いてあるのは?

石神 松果体(しょうかたい)腫瘍っていうものなんですけども、松果体っていう脳の真ん中ら辺にある部分でして、脳みそだと大脳とか中脳とかいっぱいあると思うんですけども、そこの似たようなもので松果体っていう部分があって、そこに腫瘍ができてしまったと。

岸田 はぁ〜、ということなので、胎児性がん僕の場合は首・胸・お腹とかのね、そういったところでしたけれども、松果体で脳の方にできた…。大きなくくりで言うと脳腫瘍とも言われる?

石神 脳腫瘍ですね。

岸田 脳腫瘍っていうふうな形ですね。そして告知が32歳の時といったところで、手術や薬物療法、放射線をされていて今経過観察中といったところで、またね、ちょっと詳しい話をこれからお伺いしていきたいなと思います。これからお伺いしていくんですけれども、皆さんですね、個人の経験談でこれからお話ししていきますし、特定の治療を推奨しているわけではございません。やっぱり治療も標準療法もアップデートされていきますので、この時時点だと思っていただければと思います。またですね、ご自身の病気というのは一番知っているのは主治医の方でございますので、主治医にご相談いただければと思います。

告知に「ホッとした」から第一子誕生まで——感情グラフで振り返る約6年

岸田 ではですね、この後ペイシェントジャーニーグラフといったことで、このような感情グラフでですね、ちょっとお伺いをしていきますので、それがこちらになります。まずこのような形でですね、最初の方は結構下がっていて、後半はね、結構乱高下している、そんな感じですけど。まず初め30歳の時の石神さんの状況はどうだったのかと申し上げますと、こんな感じです、ホスピスに入社、ホスピスに入社?ホスピスってあのホスピスですか?イメージしている。

石神 あのホスピスです。

岸田 あのホスピスですね!?どういうホスピスですか?

石神 ちょっと私の経歴も含めてお話をさせていただくんですけども、もともと大学を卒業した後にですね、理学療法士っていう、もともと大学の専攻も理学療法学科っていう学科だったんでその資格を取るために勉強したっていう。

岸田 医療者?

石神 医療者です。

岸田 医療者。

石神 で、その流れで、当然理学療法士なのでリハビリですね、リハビリの先生みたいな仕事をやってたんですけども、もともと社会人としては医療業界で勤めてましたと。そこからちょっといろいろありまして、ホスピスをやってる会社の社長からちょっとお声がけをいただきまして、そのタイミングでホスピスを運営してる会社にですね、入職をしたと。そういった流れでございます。

岸田 ホスピスで理学療法士として働かれるってこと?

石神 その時は、もうどちらかというと現場じゃなくて管理職として。

岸田 そういうことですね。

石神 ホスピスを運営する側として、経営側と言いますかどちらかというと中間管理職と言いますか、その辺の立場としてやってました。

岸田 そうなんですね。

石神 現場で働く看護師さんとか介護士さんの管理といいますか、そういうところもやりながら。

岸田 1個だけ聞いていいですか?ホスピスに入社しているところであんまテンションが上がっていなさそうに見えるんですけれども、これはちょっと何か理由があるんですか?

石神 いや、なんですか別に理由があってこのパーセンテージじゃないんですけども、なんか結構私飽き性なんですよ。飽き性でちょっともう飽きてて。

岸田 ホスピスに?

石神 いや、この業界の仕事として。すごく社会性の高い仕事なのでやりがいは当然あるものの、なんか他のこともできないかな?とかやりたいかな?とかそういう気持ちもある中で、ちょっと好奇心がうろちょろしちゃうタイプなんで、そんなにガーンって高いわけじゃないという感じですかね。

岸田 そっかそっか、いろんなね。だから別にホスピスがめちゃくちゃやりたくなくてとかじゃなくて。

石神 全然違います。

岸田 全然違くて、いろんなやりたいことってバーってある中でっていったところですね?

石神 ちょいプラ(ス)ぐらいな。

寝ても抜けないだるさ——好きなお酒が一杯で十分に

岸田 そこからね、下がっていきます。それがこちら、倦怠感を感じる。これは約2年働かれていった後にって感じですかね?

石神 そうですね。

岸田 どんな倦怠感でしょう?

石神 多分皆さんも疲れてる時とかすごく体がだるいなとかなかなか疲れが取れないなっていう自覚症状はあると思うんですね、が、それの自覚症状がすごくもっと強いみたいな、すんごいだるいなーっていう感じがずっと抜けなくて寝ても抜けなくて。でもまだ倦怠感なんで、なんか吐き気があるとかめちゃくちゃ気持ち悪い・頭痛いだったらすぐ病院行こうかなってなると思うんですけど、すごくだるいっていう感じなんで、本当に自分疲れてるだけなんだろうなっていうふうに思ってたんですよ、当時はこのタイミングっていうのは、っていう時期ですね。

岸田 疲れてるんだろうな、それがすごく現れている状況ってことですね。それを感じていつつ、その後に好きなお酒が一杯で十分にとありますが、これも疲れていってもう一杯でいいわみたいな感じ?

石神 そうなんですよ。飲みに行くと大体全然5〜6杯とか全然平気でいって、2軒目行こうぜ!3軒目行こうぜ!ってタイプなんですけども、この時期になってくると、お酒を居酒屋で飲みますと、で、乾杯!でその1杯飲んだらもういらないコーラでいいよとか、お茶でいいよとかそういうふうな体の感じになっちゃって、これもなんかちょっとやばいなーみたいな。でも別になんか、疲れてるかなーの延長線上でまだ考えてた時期ですかね。

岸田 そっか、まあ疲れてるからっていうふうな感じで、ちょっと体のサインをね、ちょっとまあ見過ごしてたのか、まあこの時分かんないですよね…。

石神 分かんなかったですね。

文字が「あ」「あ」「い」「い」に——四六時中続いた複視

岸田 そんな中でなんですけれども、次こちら、全てのものが二重に見えるということで、これは目が?

石神 はい。

岸田 二重に見えるってどんな感じなんですか?

石神 まさに字の通りで全てのものがぼやけるというか、明らかに二重になるという感じですね。全て残像と実像が二つずつあるみたいな、そうなんですよ。パソコンとか打ってても全部二重に見えちゃうんで、何打ってるか分かんなくなってくるんですよね、途中から…見えてるものも、文字が「あ」「い」「う」なのに「あ」「あ」「い」「い」みたいな感じに見えちゃうんで。

岸田 それは四六時中?

石神 四六時中です。

岸田 はぁ〜。このお酒がこうね、もう一杯で十分になってから二重に見えるまで結構すぐでした?

石神 いや、多分1ヶ月ぐらいは寝かしてると思います。

「多分何もないと思うけど」——MRI直後、速攻で呼ばれた診察室

岸田 1ヶ月ぐらいね。で、そのまま二重に見えていって、その危ない状況が続いてきたので、こちらですね、ようやくちょっとMRI検査を受けられるということで。これは近くのクリニックとかそういったところですか?

石神 そうですね、東京駅の八重洲にですね、MRIを撮れるクリニックがあって小さい。そこに行って、女性の先生だったんですけども、今自分こういう症状ですと、ちょっとMRIを撮って検査してくださいってまず話をしたら、その先生が、まあ一応若いしね、多分撮っても何もないと思うけど一応撮ってみようかっていうそのぐらいの軽い感じだったんですよ、先生も。こっちはもうほんと撮ってほしいんで、お願いします!みたいな感じで。

岸田 そうですよね、いや、ただ二重に見えてるから何もないと思うはないような気がするけど、まあ当時はそうだったんですね?撮ってくださいということで、そしてMRIを撮っていっていただきました。そしたらこちら、腫瘍の疑いで大学病院へと。すぐ分かったんですか?

石神 すぐ分かりました。で、さっきの先生女の先生が1回撮ってみようか多分大丈夫だと思うけどって撮って、MRI30分くらいで終わるじゃないですか?で、終わって戻ってきたら速攻呼ばれて、診察いろんな人をすっ飛ばして速攻呼ばれて、もうこれちょっと疑いがあるからもうすぐ大きい病院行ってって言われて、っていう流れですね。

岸田 その時に脳の方のさっきの松果体、松果体にもう何かもやもやする…。

石神 影というか、ちょっとこれ怪しいなっていう。

岸田 これは即日?それとも数日後?

石神 えっと翌日ですね、もうさすがになんか別に体は動けたんで今すぐ行ってもいいし準備してから行ってもいいよって言われたんで、ちょっともう身支度を整えて、ちょっと心の整理もしつつ次の日行きますみたいな形で紹介状だけ書いてもらって行ったっていうのがあるんです。

「原因が分かってホッとした」——告知、そのまま入院へ

岸田 大学病院に行きました、すると大学病院でこうなります、がんの告知を受け、そしてそのまま入院というふうな感じですね。もう行ったら速攻?

石神 速攻言われました。結構主治医の先生が、結構話しやすいマイルドな人で、ちょっと言葉を選んでいただきながら、でも隠しても仕方がない話だから率直に聞いてくれますか?みたいな感じで。私は結構心としては整っていたんで、いろいろと受け止める準備ができたので、じゃあお願いしますという形で、脳腫瘍ですという話をもらったという。

岸田 この時胎児性がんとか言われてました?そこまで。

石神 最初の段階だとまだ言われてないですね。これはもう明らかにそれっぽいから、脳腫瘍腫瘍がある、最初9ミリ…1センチくらいだったんですよ、腫瘍が。それぐらいあるんで、もう速攻もうこのまま入院してって言われて。

岸田 そのまま入院。

石神 そのまま入院。

岸田 入院セットは持ってってたんですか?

石神 持ってってないです。

岸田 ですよね。

石神 当時付き合ってた、今の妻ですね、当時まだ結婚してなかったんで、彼女の状態だったんですけど、もうちょっとお願いって言ってそれでいろいろ持ってきてもらって。

岸田 で、そのまま入院に入っていくという。これよくがん告知ね、今もうある程度予想できてたっていう話でしたけれども、頭真っ白とかにはならなかった?

石神 どちらかというと、ちょっとホッとしたんですよ。

岸田 へー!

石神 倦怠感があって目が二重に見えてお酒も飲めなくなった、これで何にもなかったらそっちの方が怖いなと思ったんですよ。理由が分からないままこの症状が続くのってめちゃくちゃ怖くて。だから最悪自律神経やっちゃったかな?と思って、自律神経だったらすっごいめんどくさいなと思っていて。あと医療職の畑にいたので、なんとなくいろんな選択肢が見えている中で、理由があった方が納得できるなと思っていたんですよ。それで腫瘍があるという話だったので、ちょっとそれはそれで別に脳腫瘍があったからいい話じゃないんですけども、原因が分かったってこと自体についてはよかったなって思いました。要はこれ、腫瘍さえなくなればこの症状もなくなるんだなっていうのがありましたね。

夜中の嘔吐ループから緊急開頭手術へ——頭を動かせない日々の始まり

岸田 そういうことですね。そこがそれでね、分かって、そして入院が即日していって。ただそれよりもショックな出来事がその後起こります、それがこちら、水頭症の症状。これはどういう?

石神 私の腫瘍が頭の真ん中にできましたと。脳って脳の中に水が流れてるので循環して、脳脊髄液っていうのが流れてるんで、それがたまらないようにうまーく流れてるんですよ、ぐるぐるぐるぐる。それから腫瘍ができたことによってちゃんと通過する道を防いじゃって、腫瘍が。

岸田 はいはい。

石神 道路に石ころがポンって置いてきて、道路を通れないようにしちゃったみたいな。それで水がバーってたまっちゃって、水がたまるといろんな症状が出てくるんですよ。意識がもうろうとしてくるとか意識障害とかいろんな症状がある中で、私は入院…それが水頭症という症状で。結論から言うと、入院して1週間後ぐらいですかね、もうぶっ倒れるみたいな感じで。

岸田 入院してるにもかかわらず!?そこでぶっ倒れる?

石神 はい。夜にめちゃくちゃ気持ち悪くなってもうおう吐しちゃって、看護師さんとか来ておう吐を止める薬を飲むんですけど、そのおう吐を止める薬の副作用にもおう吐みたいなのがあるんで。

岸田 意味ないやん。

石神 おう吐ループみたいなのが起こる(笑)夜中におう吐ループが発生して、で、もうこれダメだ!みたいな感じでもうバーンみたいになっちゃったんですよ。そのまま緊急開頭手術で水を抜かなきゃいけないみたいになって、そのためにオペを速攻したって感じですね。

岸田 じゃあここで、そのまま手術に入っていくわけですね?この手術で水を抜かないといけないもあるし、もう腫瘍を取っちゃう?

石神 全然、腫瘍については脳の真ん中にあるんで、いろんな神経が絡み合っているんですよ。だから結局メスが入れられないと、入れるのにリスクが高すぎる。だからメスを入れて腫瘍を切除するのはできないと言われていて。

岸田 そういうことですね。この手術は水頭症の症状を、管を入れて水を抜くというふうな手術を緊急でされたと。

石神 そうです。

ICE療法と放射線を同時に——車いすで通ったしんどい日々

岸田 それがめちゃくちゃつらくてっていったところで、その後ですね、実は薬物療法にも入られていくということで、これはICE療法って書いてあるんですかね?

石神 ICE療法っていうものですね。

岸田 これは?

石神 私もそんなに抗がん剤の薬に別に詳しいわけじゃないんですけども、松果体腫瘍、胎児性がんの中の松果体腫瘍っていうものに対してはこのICE療法っていうお薬の使い方がいいんじゃないか?っていうのを先生がいろんな文献とかエビデンスを見つけてくれて、説明いただいてやったって感じですね。

岸田 それが、ICE療法が抗がん剤を入れてっていうふうな形ですよね。それをずっとされていく中で放射線もされていくということで、薬物療法しながら放射線を当てて?

石神 そうです。

岸田 同時期に?

石神 同時期に頭に当ててましたね。

岸田 そうなんですね。

石神 結構この時期ちょっとしんどかったですね。抗がん剤やると結構体くるじゃないですか?でもしんどいなという中で、無理やり体を動かしながら放射線のところまでまず行かなきゃいけないし、車いす乗って行くんですけど、その時期がしんどかったです。

院内のベンチに座れるだけで幸せ——2ヶ月ぶりの外気

岸田 そうなんですね。治療をされていってといった中で、その中でですね、ちょっと上がっていきます。それがこちら、2ヶ月ぶりに外気を吸う、外気を吸う外出できたということです?

石神 その病院の中でも、なんかなんでしょう、外でベンチ座るとことかあるじゃないですか?あそこに行けたっていう意味の外気を吸うという話なんですね。この時期って一番つらかったんですけど、頭に管刺さってますと、水を抜かなきゃいけないんで刺していて、その時って管を刺してると、頭の位置を角度ですね、変えちゃダメっていう決まりがあって。

岸田 どういうこと?もう動かしちゃダメなんですか?

石神 動かしちゃダメなんですよ、頭の位置を。

岸田 気狂いそうになりますね。

石神 ベッド寝てるじゃないですかこうやって、ギャッチアップで多少上げるもののここで固定なんですよずっと。こんな動きしてて、ここから寝返りとかもダメだし勝手にギャッチアップ上げたり下げたりもダメなんですよ。この角度でずっと。

岸田 ずっとってどれくらい?

石神 トイレの時以外、最悪ですよ。トイレ行きたくなるじゃないですか?点滴なんで水めちゃくちゃ入れてるんで、すぐおしっこ行きたくなるんですよ。その時はナースコールを押して、看護師さんにいったん、その管の抜かないんですけども、そういう動いてもいい状態にしてもらってその瞬間だけトイレに行って、戻ってきたらまた固定。

岸田 うわー24時間?

石神 24時間。全然寝れないですこの期間。

岸田 それが、これが2週間ぶり…2ヶ月ぶりか!

石神 2ヶ月ぐらいあったんです、これが。

岸田 その状態2ヶ月ぐらいあったんですか?

石神 めちゃくちゃ地獄ですよ。これもうあの、尋常じゃないぐらい腰が痛いです。多分これきっかけだと思うんですけど、これきっかけで私ヘルニアになっちゃったんですよ。

岸田 えっ!そんだけずっと同じ姿勢で負担かかってたんですね。ただ、こうやって耐えしのんだ後はハッピーというか、ようやく外の空気吸えたぞ!と。

石神 お散歩というか院内ですけども、お散歩みたいなのができるんで。

岸田 院内の自分の病室以外に出れたぞ!という感じですね。

石神 それだけでも幸せでしたね。

「籍はもう入れてもいいじゃん」——一時退院中の入籍

岸田 その後にこちら、結婚!?

石神 ちょっとよく分かんないですよね。

岸田 えっ?すごい唐突にきましたね。

石神 まだ病気だろお前っていうタイミングなんですよ。

岸田 そうですよね、まだこの後下がってくるんですけど、ちょっと怖い怖い。このご結婚を、どのタイミングでプロポーズするんですか?この中で。

石神 ちょっと詳しくお話をすると、当時今書いてあったグラフの中のタイミングで、もうそのグラフの前の時期からお付き合いしてきた女性がいらっしゃってですね。なので、プロポーズについても、このホスピス入社って書いてある時期の前にもプロポーズしてあるんですよ。

岸田 そうなんですね、はいはい。

石神 籍を入れてないっていう状態で私が病気になってしまったという状況ですね。いつ結婚する?っていう話が病気になる前からしてて、なんなら結婚式決めてたんですよ。病気になったのが2019年の9月なんですけど、2020年の3月に結婚式をしましょうっていう形で予約してたんです、名古屋の式場を。で、ちょっとこれ病気になっちゃったんで取りやめにしちゃったんですけども、それぐらいの状況だったんで、結婚式は病気が治って、治ったら後にしようっていう話をしてて。でももう籍はもう入れてもいいじゃんっていう話がある中でこの一時退院、抗がん剤が1クール大体2ヶ月ぐらいなんですけども、その(抗がん剤)が終わってちょっと1週間か10日ぐらい自宅に帰れるタイミングがあるので、その時に籍入れましょうよって感じで。

岸田 へー!そうなんですね。それはどちらかともなくそういう話し合いになったって感じ?

石神 そうですね。本当にありがとうございますっていう。

岸田 いろんな思いがある中でだったと思うんですけれども、すごいまあ、その中でも今の奥様が支えるって言い方変ですけど、一緒にこうなっていく。

石神 一緒に歩んでもらっているという形ですね。

「ごめん、8回でいい?」——4クールが倍になった日

岸田 またね、ちょっとその時だったりまた後でもちょっとお伺いしていくんですけれども、その後ちょっとまず下がっているのは次何かって申し上げますと、次が抗がん剤の延長へ、まだ治療がある?

石神 これも最悪の話なんですけど、抗がん剤、最初主治医から石神くん今回4クールやりますと、1回の抗がん剤を一時退院経てっていうのを4回繰り返しますと、分かりましたとやっている中で、3回目が終わるか3回目入るぐらいかのタイミングで、途中ぐらいのタイミングで、明確にそのシーン覚えてるんですけど。病室じゃなくてなんか病院内の食堂みたいなところがあるんですけど、そこで普通にボーッと座って携帯スマホ触ってたら先生がチョコチョコチョコって来て、石神くんちょっと話あって、抗がん剤なんだけどさ、4回って言ってたじゃんっつって、はい、ごめん!8回でいい?って。

岸田 ほー!倍?

石神 倍?え、8!?って言って、いやちょっとあの、いろいろ調べた結果なんか8回の方がいいっていうエビデンス見つけちゃって、見つけちゃってって言い方しないですけども、そういういい情報があったからそういうふうにさせてくれない?っていうふうに言われて、まあそっちの方がいろいろいいのであればぜひお願いしますって形で。別に嫌だとかは一切言わなかったんですけども、4が8になるっていう、もう3回目なんでその時、もう3・4で終わりじゃん、え、倍?みたいなっていうのだけはちょっとめちゃくちゃ落ちましたね。

岸田 そうですよね、しかも1回あたり1回入れるっていうより、1回が1クールってことですよね?1クールが2〜3週間ある?

石神 2〜3週間で、本当はもうちょっとありますね。抗がん剤をやって、抗がん剤は1週間ぐらいで終わるんですけども点滴だけは、そこから症状が出てくるんで、出ますと。症状が落ち着いてきても今度は白血球がバーンと下がるんで、白血球を上げるように白血球が上がる薬を打ちながら体調を戻していくという形があるので、でも1ヶ月…結局1ヶ月半ぐらいか、残りの中で1回退院して戻ってきて1クール1〜2ヶ月ぐらいのイメージですかね。

岸田 それがね、倍っていうのね。

石神 倍なんですよ。

岸田 だから1週間伸びるとかそういうレベルじゃないですよね、それだけで何ヶ月もスケジュールが変わっちゃうんですよね?

石神 最悪…って思いましたね。

岸田 けど、まあそれを甘んじて受け入れるというかそういうことされていって、で、それが下がっていく。その後にちょっと上がることがありますが、それがようやく退院できていく!ということで、ようやく退院できた時はもう上がっていく?

石神 さすがに2021年の3月ですかね、約1年半治療をして、もうおかげさまでなんとかっていう状況ですかね。

精子ゼロの宣告——「うわー、終わった」

岸田 そして、ただその後に下がっていくのが?精子の検査するがゼロ。おお、これはあれですね?

石神 その時も入院中に結婚をしましたという中で、6クール目・7クール目になってくると終わりも見えてきたねとという中で私のメンタル状況は落ち着いていたので、じゃあ仕事どうしようかな?とか妻との結婚生活どうしようかな?とかそっちの方向にプラスに動いていたので、その中で子どもも欲しいよねみたいな話もあったわけですよ。
退院をして、でも抗がん剤とか使っているからちょっと精子危ういよねっていうふうに夫婦の中で話になって、一回ちょっと取ってみようかと。そのメンズ専門の検査するクリニックがあるのでそこに行きましたと。クリニック行く前に、主治医の先生から抗がん剤使ってるから多分落ちてるよと、ある程度っていうのは聞いてたんで、落ちるのはある程度覚悟したんですけども、いざ調べてみるとゼロって言われたんですよ、ないって言われて。えっ?なんかいるけど動きが弱いねとか、ちょっと少ないねだったらあーまだチャンスあるなみたいな思うんですけど、ゼロって言われたんで、うわー終わった……って思ったんですよ。なんかすっごい後悔したのが、精子って凍結できるじゃないですか、冷凍保存みたいな形で。こうやって病気が治った後にその精子を使って人工受精なり体外受精っていう選択肢取れるんですけども、それやってなかったんで、うわ最悪だ!終わったー……!ってめちゃくちゃ落ちましたね。

岸田 いやゼロはね…。今後の家族プランというかいろんなものが崩れますね。

石神 崩れるじゃないですか、そうなんですよ。どうしようかな、でもこれ隠しててもな、どうせ帰ったら妻に聞かれるしなと思って。

岸田 そうですよね、奥さんに伝えないとですよね。

石神 帰ってすぐ伝えたんですけど、いや一応検査のやつももらえるんで精子の量がこうだとか動きがこうだみたいなやつがあるんですけど、なんかゼロみたいな…。こういう空気ってありますよね。

岸田 ありますよね。あぁ…みたいな?

石神 あぁーまあしょうがないねみたいな、向こうは気遣いながら。

岸田 まあそうですよね、誰が悪いってわけでもないですよね。

石神 誰も悪くないですからね。

岸田 そっかそう、その時がこうもう下がっていったってことですね。

石神 はい。

事情を知る社長のもとへ——M&Aの仕事で社会復帰

岸田 ただここからちょっと上がっていくのでちょっと期待しつつなんですけれども、それが次こちら、おっ、社会復帰ということで転職と書かれていますが?そっか、一番初めの自己紹介の企業さんの名前とか出てきてないですもんね。ホスピスに入社したところから転職されていったということですね?

石神 そうですね、ちょっとさかのぼるんですけども、私が病気になる前の段階からもともとM&Aの業界に入りたいとは思ってたんですよ。

岸田 ほう!

石神 という中で、ホスピスの会社にいながらも転職活動をしてたんですね。

岸田 ああ、そうなんですね!

石神 転職活動をしてて内定ももらってたんですよ。

岸田 えっ、そうなんですか?

石神 とある会社に。よし!そこから1ヶ月後か2ヶ月後くらいにはそこでM&Aの仕事をすると決まっている中で、病気になっちゃったっていう。

岸田 そうなんですね。ということは、この状況の中で、なんでしょう、この倦怠感を感じるとかお酒がといったこの状態の時にはもう内定は実は決まっている?

石神 決まってたんですよ。

岸田 そうなんですね。だからここは、転職って書いてるけどこの中ではもう決まってて、体調悪くなって転職先には待ってもらっている?

石神 そこはもう今の現職と当時の内定もらった先は違うんですけども。

岸田 違うんですね?!

石神 内定今もらったところには自分の状況を話をしたら、さすがにそれだと厳しいんで内定取り消しみたいな感じになってたので。

岸田 じゃあまたその後、転職活動されたんですね?

石神 ちょっとここも話としては、今の現職の会社の社長が私のもともとの知り合いなんですよ、っていう中でちょっと病気の背景も知ってて、そういう話も、もともとM&Aの仕事したいって話もしてたんで、じゃあちょっとうちのところ一緒に来ないか?みたいな形で。

岸田 そういうことか。そこでじゃあ知り合いというか、知っている知人のところで働くようになってっていったところが転職ってことですね。

石神 そうですね。

2年かけて戻った数値——人工授精で第一子誕生、再発なく今に至る

岸田 そしてその後上がっていきますが、それが第一子誕生!!おおえっ!?おお!!!(笑)おお!!えっ?

石神 おう!!(笑)

岸田 え?えっ?どういうこと?どういうこと?

石神 あの、いったん精子なくなったじゃないですか?で、私ももともとの主治医にも報告して、まあなるほどと、でもまだ治療終わったばっかりだから多分戻るよって言われてて、ある程度。通常まで戻るか分かんないけど、多分戻るからちょっと待ちなよって言われて気長に。で、そうですね、子どもが生まれたのが今年の4月なんですけども、退院してから半年おきぐらいですかね、もう一回検査クリニックに行って精子の量を検査するというのをやっていくと、ちょっとずつ増えていったんですよ。おー!ってなって。で、ある程度多分普通の人工受精とかじゃなくても普通妊娠でもできるレベルにはなったよところまでは戻ったので。

岸田 へえー!どれぐらいの期間で?

石神 多分2年ぐらいですかね。

岸田 年単位でなんですね。

石神 年単位ですね。なので、ちょっと安心して普通の人よりはとても少ないんですけども、全然普通に妊娠できるレベルには戻ったと。

岸田 ということは、こちらは自然妊娠?

石神 これは人工授精ですね。

岸田 お子さん授かってと。そうだったんですね!よかった!

石神 ありがとうございます!

岸田 その後に下がっているのが気になるけど、別にこれはポジティブの上にあるから別に下がっているように見えるだけですよね?今再発なく今に至るというようなことですね。

石神 退院してから丸4年ですかね、丸4年半かという状況ですかね。

岸田 ありがとうございます。この時にですね、振り返ってのお写真をいただいておりますので、こちらまずご覧ください。これはどういう状況?まず左側が?

石神 左側がさっきの水頭症という症状が起きて脳に水がたまってしまうと。それを除くために頭に管が写真の左側ですね、入っていると思うんですけども、これを刺すことによって頭の中から水を抜いていくと。

岸田 水を抜いていくと、そっか。

石神 これ多分起きてるんで頭が、ちょっとそのトイレ行って、ごはん食べてる時か、ごはん食べてる時とおトイレのときは頭を動かしていいんで、ごはんのタイミングで多分撮ってます。

岸田 写真を撮って、そっかそっか確かに。

石神 これ管刺さってる時はもう頭固定なんで。

岸田 そっか、これもう痛いです?抜いてる時とか。

石神 全然痛くないです、何にも感じないですむしろ、はい。

岸田 抜いてる時の状況は左の写真、右の写真は何か入れてる状況?

石神 これは抗がん剤の針ですね。

岸田 そうなんですね。

石神 これめちゃくちゃ痛いんですよ、多分やった人じゃないと分かんない痛さなんですけど、先生でも何回かミスるんですね。難しいのか分かんないんですけども。だから何回も刺されて、うわぁごめん!ちょっと刺せん、ちょっともう一回やると申し訳ないから別の先生呼ぶわ!とかもあって、毎回抗がん剤のクールの始めの時に刺すんですけども、これめちゃくちゃ憂うつでしたね…。

岸田 何回も刺されるから?そうなんですね。

石神 写真のこれ左腕なんですけども、下ら辺に注射のあとがいっぱいあって青くなってて、なんかもうそのくらい針は刺しまくってるんですけども、これはなんか普通の採血の針なんで、これは別に何回打たれてももうなんか慣れてるんですよ。でもこの抗がん剤の針痛いから、何回も刺されたくなくて本当に嫌でしたね、これは。

岸田 太さが違うんですね?

石神 違うんですよ。

岸田 いや、そうなんですね。僕の場合なんか鎖骨のところに入れてもらうやつ(CVポートから)でしたけど、手からとか腕からとかもあるんですね。

石神 この二の腕が入らないから、別のところでちょっと、この辺親指の下ら辺から抜こうかとかいろんなところやられてて、この辺とかめちゃくちゃ痛いんですよ!薄いから。

岸田 薄い皮がね。そういう憂うつだった時の写真というのをご覧いただきました。そしてその次の写真が次こちら、なんかちょっと元気そう!

石神 これまだ管入っているんですけども、ちょっと元気になってきた状況の写真ですかね。この時期多分いろんな友達がお見舞いに来てくれて、ちょっと自分も笑顔が作れるようになってきたかなという状況です。

岸田 抗がん剤の後?

石神 あっ、多分これ最中ですね。

岸田 やってる最中の時。

石神 はい。

岸田 っていうふうなお写真でね、闘病当時の時をこうね、お写真で振り返っていきました。

「治療方針は信頼してお任せ」——クリニックの紹介で東京医科歯科大学へ

岸田 ここからですね、ちょっとお伺いしていきたいのが、次こちら、はい、それぞれ各項目ちょっとお伺いしていきたいと思います。まず病院や治療の選択といった中でね、例えば先ほどのね、4クールが8クールになる!みたいなね、そんな選択もあったと思いますし、また病院もね、どのように決めていったのかっていうところをね、ちょっとお伺いしていきたいんですけれども。まず病院は初めのその、東京駅近くのMRIのところに行って、それで大学病院紹介されて。大学病院はどういう選定で決めたんですか?

石神 クリニックの女の先生がもともと勤めてた大学病院だったんですよ。そことつながりがあったんで、そこだったらすぐ紹介できるからっていう話でそのまま行ったっていう流れですね。

岸田 ご自身から通いやすい・通いにくいとかそこら辺は特に?

石神 近かったんですよ、お茶の水の東京医科歯科大学(現東京科学大学病院)なんですけども、家から全然近かったんで問題ないですって形で。

岸田 じゃあそこに決めてってところで、病院決めて行ってと。治療に関しては医療者の方からこういうふうにしていくよといったところで、それでお願いしますみたいな感じ?

石神 そうですね。先生は専門家なので、そういうのは基本的にちゃんと受け止める。別に特に疑問というか。でもいろいろ質問はしたんですよ、これって副作用はどうなの?とかやっちゃいけないことあるの?とかこれはやっていいの?とか、細かいそういう話は聞いたんですけども、治療の方針とかについては特にもう信頼してますって形でお任せをしたっていう感じですかね。

岸田 お任せをして、それでね。ちゃんとただ4クールか8クールになるときも、もう甘んじて受け入れる?

石神 もう甘んじて、即答しましたよ。えー!?分かりました!って。

頭に残る「水を抜く風船」——美容院は事情を知る友人のところへ

岸田 されていったという話ですよね。そんな中でね、ただその中でもいろんな治療の中で副作用や後遺症とかも様々あったと思うんですよね。それこそ手術もね、頭の方されていきますし、抗がん剤もありますし、あと放射線も受けられているっていうことなので様々あったと思うんですけど、まず手術の方は傷とかも何も問題なく?

石神 ここにちょっと見にくいか、プクッてなって。

岸田 ちょっと盛り上がってますね。

石神 ここにまだ風船が入ってて、風船というか水を抜く風船があって中に入ってて。いつでも例えば、再発してまた腫瘍ができてきた場合に水をいつでも抜けるような形で、ここにまた針を刺せばここからピューって水が抜ける。

岸田 そういうのを残してるんですね?それなんか、髪の毛カットしに行くとき説明するの大変じゃないですか?

石神 なので今、私自分の友人の美容師のところに行って。髪洗うとか。

岸田 確かに。

石神 普通に誰か分からなくやったらもう触っちゃうじゃないですか。だから、もうその人はもう分かってるんでそういうのだけ切ってもらってます、美容院は。

岸田 美容院もそんなに変えれないというね。だってね、分からない人がやったらね。

石神 そうなんですよ。だからヘッドスパとかできないですよ。それはちょっと嫌ですよね。

岸田 そうですよね。

石神 頭のマッサージとかできないですね。

岸田 そんな手術の後、抗がん剤の副作用や後遺症っていうのはまだ残ってないですか、大丈夫ですか?

石神 今は大丈夫ですね。結構当時の抗がん剤について、もう本当ありがたいことに結構相性がよくて、吐き気とか気持ち悪さとか一定程度はあるもののめちゃくちゃ強い感じで出るわけじゃなかったので、なんとか乗り切れたかなと思います。ただ、これもう一回やれるか?って言ったら結構嫌だなと。

岸田 それはね、ちょっと分かっているからこその、ちょっとね。

石神 分かりますよね、やりたくないですよね。

岸田 もうやりたくないやりたくない。そしてその放射線のとこなんですよ。放射線は何ヶ月ぐらいとかやったんですか?

石神 ちょっと正確に覚えてないんですけども、多分半年ぐらいはやったんです。もう放射線で当てれる単位決まってるじゃないですか?その部位に関して、それをマックス当てたんで、それは多分半年ぐらい、半年…もうちょっといくかなぐらいは平日5日間毎日当てるみたいな感じで。

岸田 それでなんか、後遺症とか違和感というかそういうのないです?今のところ。

石神 今のところないですね、おかげさまで。そこはなく。

岸田 脳ですよね?

石神 脳です脳です。

岸田 機能障害とかっていうのはなく?

石神 特になく、本当にありがたいです。

岸田 ありがとうございます。

コロナ禍の面会制限まで、1日も休まず病院へ——「彼女」のまま支え続けてくれた妻

岸田 そして次ですね、恋愛や結婚。これね、先ほどにもお話をいただきましたけれども、もうちょっとだけお伺いさせてください。当時もう婚約はされていてといったところで、治療中でありますけれども籍を入れようかっていうのは、お互いそういう形になったっていう形ですけれども、周りの人たちとかの反対って言うと変ですけど、今なの?とか治療中なの?とかっていうのはなかったんですか?

石神 妻の方の…難しいですね、妻の方の親御さん、その時の本心はもう分からないですよ?でも受け入れてくれてて。で、私の方の両親は結構メンタル、結構落ちちゃってて。すごいいろんな不安を抱えている状況もあって、途中だったんですけども、もうなんか結婚、籍を入れること自体はポジティブな話だし自分の家族を作るためのものだからそういうふうにします!と、相談とかじゃなくてもうします!っていう話で話をしたっていう感じですね。

岸田 やりますよっていうふうなところで、納得してくれてなのかまあ、それで入籍していく。その中でこう、あれですよね、お互いそのパートナー方とも何があっても?

石神 そうですね。めちゃめちゃ本当ありがたくて。当時コロナのタイミングドンピシャだったんで。

岸田 ああ!そうか。

石神 途中からもう面会すらダメになっちゃったんですけど、その面会がダメになるまでは毎日平日も土日も、平日は仕事が終わった後に病院に来てくれて、面会が8時までなんで8時まで一緒にいてくれてっていうのをずっと1日も休まずやってくれてたんですよ。本当にもう今も感謝してますけども、助かったなというふうに思ってます。まだ結婚する前のちょっと表現が悪いですけども、彼女っていう状態のままそれをやってくれたっていうのはすごく助かったなというふうには思ってますね。

岸田 その後ね、入籍されて、そして奥様になられてパートナーの方とっていった時に、その中で、本当失礼な言い方になったら申し訳ないですけども、順風満帆だったんですか?治療とかいろいろ経て、すれ違いとかっていうのは病気のせいでとかなかったんですか?

石神 それは本当に…妻がめちゃめちゃ気を遣ってたんだろうなっていうところで、こっちが不安にならないように、ずっといいよいいよっていうふうな形でコミュニケーションを取ってくれてましたかね。

岸田 神ですね。

石神 神ですね、本当に。

岸田 最終的に挙式はされたんですか?

石神 しました。

岸田 されたんですね!

石神 終わってその1年半後ですかね、22年の10月…9月か、にやりました。

岸田 名古屋で?

石神 それは軽井沢なんですよ。

岸田 おお!

石神 軽井沢に有名な石の教会っていうのがあって。

岸田 あっ、なんかめっちゃ幻想的なやつ?

石神 幻想的なやつ。素敵な教会です、あるんですよ。そこで妻がやりたい!って言うから、やろやろ!って言って軽井沢でやりました。

もうろうとして記憶にない精子保存の説明——「それどころじゃなかった」

岸田 挙式されてというふうな形。そんな中でちょっとお伺いしたいのが、妊よう性のところなんですよね。妊よう性、最終的にはお子様を持たれてよかったなって話になるんですけれども、子どもを作る能力っていったところが一度なくなっていってしまったというか、精子がゼロになっていってしまったということもありまして。これは治療を受ける前にそういう話とかって医療者からありました?

石神 確かにあったと思うんですよね。その辺の記憶が私あんまなくて、もうもうろうとしてたんで、入院するタイミングとかって。確かあったような気もするんですよ。

岸田 その時にもしかしたら精子保存の話をされたかもしれないけれども、もうもうろうとしてて?

石神 はい、それどころじゃなかったっていうのが正直な部分ですね。

岸田 その後精子がゼロっていう結果になった時に、あれですか?やっとけばよかったみたいな感じ?

石神 まあでも、やっとけばよかったっていうのはあるっちゃあるんですけど、そんなの正直どうでもいい状況だったんで、生きるか死ぬかだったんで。結果は別に命があって精子がなくなる、よくないですか?っていう…。

岸田 うん。生きるか死ぬかのね、状態ですからね。だからそこまで考えが、そこまでにならないですもんね?

石神 ならないですね、うん。

岸田 ようやく、あっその後も生きれるんだ!ってなってからですもんね?考えるのはね。最終的には医療者の方から、戻ってくるかもしれないよって言われて、本当にね、2年くらいかけられて戻ってきたっていうのは素晴らしいですよね。やっぱりそういった時に、他の人のものとか見たとかしました?戻ってくるのかな?とか。

石神 見たっていうのは?

岸田 患者さんのブログとか見ました?

石神 見ましためちゃめちゃ調べました。戻ってきた人も書いてあったものもあるし、戻らないっていうのも見つけて、うーんって思いながら。

岸田 そっか…。

石神 見たところで変わんないっていうのも分かるんですけど、でも見ちゃいますよね、調べちゃいますよね、そういうのって。

岸田 どうだったのかっていうのはね。ただね、石神さんの場合は戻ってきたということで、ありがとうございます。

「大揮死んじゃうかも」——母の動揺で地元に広がった「もうすぐ死ぬ人」の噂

岸田 その後ですね、ご家族のことといたしまして、さっきね、家族ががんのことで沈んでたよっていう話もありましたけれども、特にご両親だったりとかそういったところ、どうだったのかというところではいかがでしたでしょうか?

石神 入院をしてから家族には開示をしたんですけども。

岸田 入院してから?

石神 はい、すぐじゃなくて。すごくパニックになるだろうなっていうのはなんとなく分かってたんで、瞬間的にパッとがんになりましたって言ってもテンパっちゃうだけじゃないですか。でも別にそこから慌てて名古屋から東京に来てもらったところで何もしてもらえることもないしむしろなんかドタバタしちゃうだけなんで、ちょっといったん自分自身が落ち着いてからちゃんと伝えようっていうのがあって、入院してそこから伝えるっていうところでやったっていう感じがありましたと。そうすると、予想通りテンパるわけですよね、どうしようどうしよう!っていうふうな形で、特に母親の方がすごくテンパっちゃって周りの人に、大揮死んじゃうかも!っていうのがワーっ!て言うと、その人づたいにどんどん話が広がっていっちゃったんですよ。

岸田 はいはいはい。

石神 石神くんとこちょっとやばいんじゃない?って聞いたんだけどみたいなのがワーって地元で広まっちゃって、で、なんかもう人から人に行くともうなんか話変わるじゃないですか?

岸田 残念ながら変わりますね、飛躍してじゃないけど。

石神 変わっちゃうんで、なんかもう、遠いところだと私もうすぐ死ぬ人ってなってたんですよ。もうすぐ、病気にがんになっちゃってもうすぐ死ぬらしいからっていう人たちで思ってる人がたくさんいて、遠いところでは。いやいや全然これから治療するんですけどみたいな、死ぬつもりもないしっていうふうな感じはあったんですけども、私の知らないところではそういうふうに思ってた人もたくさんいたっていうのがあって。

岸田 うん、そっか…。もう本当にまあご家族とその周りのてんやわんやみたいな感じだった?

石神 本当そうなんですよ。

岸田 それにどう接するんですか?石神さん的にはもうそのままいったんこうそっとしておくのか、ちゃんとこう説明して解消していくのか?

石神 でも、説明したかったんですけどちょっと説明する体力的な余裕はなかったですね、当時最初は。ずっとだるい・寝てる状態でしたし、LINEとかで大丈夫だよってっていうのはずっとやってましたけど。直接話をして面会に来てくれた時は大丈夫大丈夫って言って安心して安心してって、こういう治療をして絶対うまくいくから!というのでなんとかなんとか話をして、そうだよねそうだよねっていうのでやってたっていう記憶ですかね。

岸田 今から思うとやっぱり家族の人たちには、テンパっちゃうのは仕方ないかもしれないですけど、こうしてほしかったなみたいなのはありますか?

石神 難しいな。こうしてほしかったっていうのはないんですけど、もし他のこれを見てくれている方とかお知り合いの方とかがそういう状況になったときには、まずは(がんに)なったご本人の開示の仕方とか家族への伝え方とかって、結構いったん深呼吸してからやったほうがいいんじゃないかなというふうには思います。家庭の事情とか関係性とかあると思いますけども、突発的に話をするよりかは自分自身をまず整理してからまず誰に話しようかな?とかどういう話し方しようかな?多分テンパっちゃうからこういう、大丈夫だよってしっかり伝えながら話した方がいいかなとかっていうのを、いったん自分自身は落ち着いてから話してもらうのがいいんじゃないかなと思います。あと家族とかに話した時には、これおおごとにしたくないから家族内での話にしといてよとか、そういうひと言はあってもいいかもしれないですね。私みたいにバーッて話が広まっちゃって、こいつ死ぬぞ!みたいな、死ぬ直前だぞ!みたいな感じで、そういうのが前提で普通に連絡私の方に来てたんで、もうあれなの?みたいな感じで、いやいや全然違うんだけどみたいな。

岸田 そうするとね、結構ね、患者さん側としてもね、ちょっと大変だったりするんでね。

石神 そうなんですよ。

岸田 認識をまた誤解を解いていくとかね。なので、皆さんもしよければひと呼吸を置いてというか、自分のよいタイミングでという感じですね。

石神 そうですね。

「この日ちょっと病院行ってきます」——事前に伝えて両立する働き方

岸田 はい、ありがとうございます。そして次こちら、お仕事のことに関してなんですけれども、お仕事のこと。ホスピスのお仕事をされていてその後転職活動をされていく、その中でがんが見つかっていって、内定はちょっとなくなってしまうんですけれども、その後お知り合いの中の方のM&Aのお仕事をされていっている形ですけれども。特にやっぱり復職された後というか、ご友人の会社だからということでがんのことは知ってくださっているし、そこの開示は必要ないし、休めるとか体調不良とか、なんですかね普通にがっつり仕事ができるのか?とかそこら辺でいうとどうなんでしょう?

石神 そこはもう柔軟に自分の知り合いが社長なので考えてくれていて、もうしんどかったらいつでも休めばいいし、当然働けるようになったら働いてもらってという形で、そういう前提のもと仕事を今もですけどさせてもらっているので、病院に行くときは事前に伝えていって、この日ちょっと病院行ってきますとかそういうふうな形で気持ちよく仕事はさせてもらっています。

岸田 そうなんですね。じゃあ、もうがんと仕事の両立っていうのは気持ちよく今できている?

石神 もうしっかり切り分けてというか、両方を見ながら、体調を見ながら、ちょっと調子悪いなってあんまなんかそれ退院以降はないんですけども、そういうところでもし何かあった場合にはそっちをもう一番に優先してっていう形で言ってもらえてます。

岸田 ということは、今仕事に対する不安っていうのは特に今大丈夫そうですよね?

石神 そうですね。4年経ってますし、その4年の中でも特に症状が出るとかっていうのは1回もないので、そこはまあ大丈夫かなと。

「かけ捨ては金の無駄」と断った直後に——医療保険だけ未加入だった後悔

岸田 ありがとうございます。ただね、そのね、お仕事的にはいいと思うんですけれども、治療中とか特にお金や保険ってところにはなっているのですが、だってホスピスのお仕事は辞められてる?

石神 その時は休職中ですね。

岸田 休職中なのか。そっか!ってことはお金的なところは、なんかその休職中はどうする?

石神 協会けんぽから傷病手当というのが出るので、いったん給料満額じゃないですけども3分の2ぐらいかな月額のをもらっていたんです。

岸田 それで生活はできるのか。

石神 そうですね、いったんベースとしては。

岸田 そういうことですね、ベースとしては。だからそれをもらいつつ高額療養費制度などを使って限度額の?

石神 限度額のところで抑えて。

岸田 民間の保険は入られてました?

石神 それですね、まあこれが結構後悔かもしれないんですけど、私民間の保険でいわゆるいろいろ保険の種類あるじゃないですか?いわゆる入院に対して対応している医療保険、これだけ入ってなかったんですよ。

岸田 ほお…。

石神 他の死亡保障のやつとか高度障害になったら、家族に対してのものですね、自分が何かあった時に家族に対してお金が入るようなものは入ってたんですけども、自分…ただ自分だけを守るもの、入院したらいくら入りますよとかがんになったらいくら入りますよというものは、自分はそんなのならないというふうに決めてたんで入ってなかったんですよ。32とかだったんで別にいらないと、かけ捨ての医療保険とか金の無駄だからいらない!と。入りなよって言われてて、病気になる直前も保険会社の友達がいたんで、これいいのあるから全然少額でもいいから何が起こるか分からないから入っておきなよって、本当ギリギリの時にも言われててたまたま。それも、いやもう俺そういうのいいからって言って、で、病気になっちゃって、ほら言ったじゃん!みたいなっていうのは、唯一後悔というか、しまったなーっていう。

岸田 そっか、それはね。

石神 そこで出てくる出費というものはある程度ありましたね。

岸田 ちなみにトータルでどれくらいかかりました?お金は。

石神 150万ぐらいはいったんじゃないかなと思いますね。差額ベッド代は結構したんで。

岸田 差額ベッド、それは個室に入られたとか?

石神 個室に入らなきゃいけない。白血球が下がるタイミングが絶対後半になると来るんで、そのタイミングで個室に移らないと、もうコロナドンピシャだったんで、すぐもらっちゃうわけですよ。

岸田 ああ、そっか!

石神 強制的に個室に行くっていう瞬間が何回もあって。で、これなんかなんでしょう、こっちがお願いしたわけじゃない、ごめんなさいなんか愚痴みたいになっちゃうんですけど、こっちがお願いした話じゃないのに、でも差額ベッド代を払わなきゃいけないっていう、それ結構きつかったですね。

岸田 そっか、これもね、いろんな病院の方針でね、払わないといけない時払わなくてもいい時などいろいろあるみたいですけどね、石神さんの場合は払わないといけないっていう状況があったので、それが結構いったってことですね。

石神 高かったですね。

岸田 そういった治療費とかは、さっきの高額療養費制度も使ってあと傷病手当金を使って、貯金とかで賄うんですか?

石神 貯金も使いましたね。

入院中に簿記2級を取得——「時間があると人は不安になる」

岸田 ということでした、ありがとうございます。そしてこちら、工夫したことなんですけど、入院中入院生活も長かったと思う、入院中に工夫したことであったりとか、その後でもいいんですけれども、何かこういう工夫したよっていうのがあったりとかしますか?

石神 まずメンタル的なところで言うと、もうなっちゃったもん仕方ないんで、なんかよく病は気からって言うじゃないですか?あれは本当だなと思ってて、気持ちだけはもうずっとポジティブに持ってようって思っていて。だからもうなんでしょう不安…、自らを不安にさせるようなふうには頭の中で考えないようにしてたし、ずっと音楽聴いたり友達とか本持ってきたりしてくれるんで、それをずっと読みながら自分の心が楽しい楽しい!って感じで。むしろ暇じゃないですか、入院ほぼ入院してるんで。その時にM&Aの仕事がしたかったんで、この際勉強しちゃおうかな!と思って簿記の勉強をし始めたんですよ。結果簿記2級は取ったんですけど、入院期間中に。

岸田 入院期間中に?すごっ!

石神 そう、暇を潰す。なんか時間があると多分人って不安になると思うんですよね。ずっと勉強したんで、頭悪いなりに時間潰したんですよ。

岸田 すごいわ!僕ずっとアニメ見てましたよ。

石神 でも、それも全然楽しいですよね。

岸田 すごい!

石神 だから私YouTube見るか・本読むか・勉強するかみたいな形でずっと時間潰したんですよ。

岸田 そういうふうな形でね、時間を潰すっていったところで勉強したりとかね、そういう本読んだりだとか心豊かにしていた。

石神 もう一個あって、多分抗がん剤とかを使った方いるかもしれないですけども、よく味覚が変わるとかそういう症状、病気の寛解した後でも残っている方もいらっしゃると思いますし、そういうふうな似たような感じで私もなって、抗がん剤を使っている中で。病院食が全然食べられなかったんですよ。合わないっていうか味しないというか。もともと薄味じゃないですか?塩分控えめだし。味しないから食べた気にならなくて。でも食欲はあるわけですよ、なんか嫌だなと思ってて。残すのも残すのでちょっと気持ち悪いし、残しちゃうの嫌だなって思ってるから、もう看護師さんと先生にごめんなさい、食べれないんで全部コンビニとか、あといろんな人に買ってきてもらってそれで食べていいですか?って聞いたんですよ。全然いいよ!って、食べないよりか食べた方がいいから、それで全然いいよ!って言われたから、もうそこから病院に入っているセブンイレブンでパン買ったりとかヨーグルト買ったりとか牛丼買ったりとか、そういうふうにして食べてました。

岸田 食べれるものをね、食べるっていうね。やっぱそれね、濃いものとか食べたくなりますしね。

石神 めっちゃなります、濃いもの。だから、友達に餃子の王将で買ってきて!とか言って。

岸田 いや、一緒!

石神 一緒っすか!?

岸田 僕も餃子の王将でチャーハンと餃子と、買って来てもらってました。

石神 あとマクドナルド。

岸田 あー!フライドポテトとかね、一緒ですわ。僕マクドナルドは近くになかったんで、王将だったりとか濃いものをいろんなところで。

石神 食べたくなりますよね。

岸田 なりますなります。だからね、お見舞いの品何がいい?って聞かれたらね、僕も本当に王将で餃子買ってきてもらってましたね。

石神 めちゃくちゃうまいですよね、その時の。

岸田 うまい!めっちゃうまい。本当だからもう、なんかもう二郎系ラーメンも食べたくなりました、ニンニクマシマシみたいなね。それぐらいこうね、濃いものを渇望してた時はありました。ありがとうございます。

誰かのために時間を使うことが喜びに——学生時代の自分とは「全然印象が違う」

岸田 そして次こちら、がんになる前と後で変わったこと、人生観だったりだとか気持ちもそうですし体的なことでもいいですけれども、どうでしょうか?がんになる前と後で。

石神 めちゃくちゃ大きく変わったことが1個あって。当時32歳で、生意気な小僧だったわけですよ。よく親からは人に感謝しなさいとかよく言われるじゃないですか?でも、なんかちゃんとこう何かしてもらっても顔を見てありがとうっていうふうに言えるタイプじゃなかったんです、恥ずかしくて。まあ、あざーすみたいなっていうタイプだったんですけども、この病気っていう経験がある中で本当に多くの人からメッセージとか面会に来てくれたりしてめちゃくちゃ支えてもらったんですよ。
本当にそれが心の支えになったし、抗がん剤とか治療を頑張れる糧になったんですね。ある人は、友達は、私が病気になって石神大揮くんを支えるっていう団体を作ってくれて、募金団体を。そういう活動をしてくれて、そこに入れてくれる方もいらっしゃったり、私が5年・10年会ってない方とかもそこの募金活動に協力してくれて。誰が募金したの?って聞いたら教えてくれるんで、見ながらうわっ!全然会ってない中で募金とかしてくれるんだ!と思って、本当に嬉しいっていう気持ちと、本当にありがとうございますっていう気持ちがあって。
それでこう、自分の価値観っていうのが本当に変わったっていうのがあって。病気が治ってからは、しっかりまずは自分に連絡をくれた方を中心にお礼をさせてもらって、そういうのも全部やって。その後なんか本当に結構本当変わったのが、誰かのために自分の時間を使うとか何かお手伝いできるってことがすごく喜びを感じるようになったんですよ。誰かのために時間を使うのって嫌だよ、そんな何のメリットがあるの?っていうふうな考え方もあるっちゃあるじゃないですか?じゃなくて、それがむしろ喜ばしいというか。相談を受けてこういうなんかあるよとかこういう本あるよとかこういう情報あるよってので、ありがとうっていうそれだけでよかったよかった!みたいな。そういうふうな価値観にだんだんなってきて、それはなんでしょう、幸せなことだなって思ってて。横にいる人の笑顔が嬉しいみたいな。

岸田 だいぶ変わりましたね!

石神 めちゃめちゃ変わりましたね、それは。だから本当、病気になる前、10年ぐらい前、仮に学生時代とかのことだけ知っている私が今の私とは全然印象が違うと思います。

岸田 へえー!

石神 そのぐらい変わってるんで。

岸田 すごい!それぐらいがんになる前と後でね?周りの方へっていうふうな。

石神 本当感謝してますっていうのは、表面的な言葉でも言えるじゃないですか?感謝してるよとかじゃなくて、本当めちゃめちゃ心から思ってるんで、そういう思ったことはちゃんと伝えていこうというふうに変われたっていうのがありますね。

岸田 素敵なお話だったと思います。

「皆に甘えましょう」——自分だけで抱えず、存分に頼ってほしい

岸田 そして最後こちら、メッセージとなりまして、石神さんから皆さんへのメッセージをいただいておりますので、こちらになります。

石神 皆に甘えましょう!この言葉なんですけども、今ご病気を抱えていらっしゃる方とかお体とかメンタル的にも不安を抱えている方ってたくさんいらっしゃると思います。ただ、本当に私自身が病気になったときにいろんな人に甘えさせてもらってですね、支えてもらいました。皆様の周りにもきっとこういうふうに甘えさせてくれる人はいるかなと思いますので、ぜひ自分だけで抱えずに存分に甘えちゃってください!きっとそれがあなたのためになると思いますので。そういったメッセージで、皆に甘えましょう!

岸田 ありがとうございます。皆に甘えましょう!ということでね、もう本当に石神さんもね、今まではこう自分でね、自分を中心に考えてきたところからも、みんなの視野が広がって皆さんのことを考えてといったところでね。そんな中でもやっぱり、甘えて頼っていっていただければ。

石神 絶対に支えてくれる人がいると思うので。

岸田 ぜひぜひそういった人を頼ってもらえたらと思います。これにてですね、がんノート終わっていくんですけれども、いかがでしたか?

石神 いや、なんか改めてこういうまず機会をいただきましてありがとうございます!

岸田 こちらこそ!そんなそんな。こちらこそ発信してくださってありがとうございます。

石神 っていう中で、自分からこう言葉を話すことっていうのが、改めてアウトプットしている状況っていうのがなんか振り返って、事前に岸田さんといろいろ打ち合わせもしましたけども、本当に改めて自分の経験を話すことで自分の人生を振り返ることにもなってますし。またこれを誰かがもし見ていただいて、情報としてっていうのはおこがましい話なんですけども、それを見て何かを考えるきっかけになったら、それはそれでもう、それだけで私はすごく幸せになれますので、そういう時間をいただけて本当に感謝しております。ありがとうございます。

岸田 ありがとうございます!きっとこの視聴者の方には届いているんじゃないかなと思います。これではですね、これでは…、それではですね(笑)最後の最後ですみません。それでは、これにてがんノートを終了していきたいと思います。皆さんまた次の動画で会いましょう。それでは皆さん、バイバーイ!

石神 バイバーイ!ありがとうございました。

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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