目次
- ゲスト紹介テキスト / 動画
- ペイシェントジャーニーテキスト / 動画
- 病院や治療の選択テキスト / 動画
- 後遺症や副作用のことテキスト / 動画
- 妊よう性のことテキスト / 動画
- 家族のことテキスト / 動画
- 仕事のことテキスト / 動画
- お金・保険のことテキスト / 動画
- 工夫していることテキスト / 動画
- 変わったことテキスト / 動画
- 夢・目標テキスト / 動画
- メッセージテキスト / 動画
※各セクションの「動画」をクリックすると、その箇所からYouTubeで見ることができます。
インタビュアー:岸田 / ゲスト:伊藤
- 音楽業界からITエンジニアへ転身。趣味は餃子を食べ歩くこと
- 胸のピコンピコンから告知へ――2年間の感情の浮き沈みを振り返る
- 病院はアクセスと初診の早さで即決。治療方針は本で予習して納得した
- 「鼻毛も抜けるから速い」。抗がん剤の副作用で最も手強かったのは鼻血だった
- 「特に希望するものでもなかった」。妊よう性温存をどう考え、どう決めたか
- 心が一番沈んだのは治療でなく母との衝突。家族に求めたのは”応援”だけだった
- がんを打ち明け、判断は相手に委ねた。治療しながら働くフリーランスの流儀
- 民間保険なし、それでも治療に集中できた理由
- ウィッグのずれを気にしないために。点滴中の頭を守ったアイデアグッズとは
- 「今までモノクロだった」。がんが教えてくれた、自分の気持ちを正直に生きること
- 治療が終わったら、イスラエルへ。がんの前から温めていた”世界で働く”という夢
- いざという時に迷わないために。伊藤さんが伝えたい「自分の考えを持つ」こと
音楽業界からITエンジニアへ転身。趣味は餃子を食べ歩くこと

岸田 今日のゲストは伊藤さんになります。伊藤さん、よろしくお願いします。伊藤さん、簡単に自己紹介お願いできますでしょうか?
伊藤 伊藤真美絵と申します。出身は北海道で、現在は東京在住という形で住んでおります。
岸田 ありがとうございます。北海道出身ということ、北海道でも道東地区とかあるじゃないですか、札幌とか。
伊藤 えっと、あれ、太平洋側下…真ん中よりちょっと下なんで、千歳空港とか苫小牧港とかの近くの田舎っていうところになります。
岸田 そこからね、お仕事で東京出られてきたって感じですね?
伊藤 そうですね。
岸田 大学生から?
伊藤 タイミングは、2011年のタイミングの時に、その東京、人生どうなるかわかんないから東京に出ようと思って、そこで現在に至るっていう感じですね。
岸田 ありがとうございます。そしてご家族が、お母様やお父様、お姉様、お兄様いらっしゃってITエンジニアをされていらっしゃるということですね。趣味が餃子と書いているんですが、いやなかなか僕初めてかもしれないです、趣味が餃子って。餃子を包むことなんですか?包むのが好きというかね、言い方変ですけど、作るのが好きなのかそれともどこか食べに行くのが好きなのか、どうでしょう?
伊藤 っていうと、後者の食べに行くっていうのが主に趣味:餃子としているところです。
岸田 食べに行く。食べに行くんだったらちょっとおすすめ聞きたいですね、なんかおすすめのお店ちょっとあればぜひ教えてください。
伊藤 餃子っていっぱいその焼き方?焼き餃子だったり水餃子だったりあると思うんですけど、自分の年齢と見合った食べても苦しくならないのがゆで餃子、っていうのが自分の行き着いた餃子って感じなんですよね。
岸田 ゆで餃子、水餃子とはまた違う?
伊藤 そうですね。焼き餃子の皮は水餃子よりは薄いというかじゃないですか、それをフライパンで焼かずに茹でる。油使ってないのでヘルシーだしというところで。
岸田 その美味しいお店がどこかあったりするのですかね?
伊藤 そうですね。京都のマルシンさんという中華料理屋さんなんですけど、そこで焼き餃子とかも出てるんですけどゆで餃子も提供されていて、結構常に毎日並んでるんですけど並ぶ価値ありです!
岸田 並ぶ価値ありということで、ちょっとぜひね、関西圏の人はちょっとチェックしてもらえたらと思います。ありがとうございます。
そして、ちょっとがんのことについても簡単にご紹介お願いできますか?
伊藤 私は乳がんですね。トリプルネガティブというタイプで、ステージが2Bというの…です。
岸田 はい、トリプルネガティブというふうなね、いろんな種類のある中でといったところにはなりますけれども。はい、そんな中で告知年齢が36歳、約2年前ですね。手術や薬物療法・放射線などされていて、現在も治療中というかもう先ほど薬物療法を受けられてきたところという伊藤さんでございます。
その伊藤さんはですね、どのような経過をたどってきたのかといったところをちょっとお話を聞いていきたいなということを思っております。こちら感情の浮き沈みをですね、感情の上に行ったらポジティブが幸せ、マイナス10が不幸せというかちょっと気持ちがずんと沈んでいるようなそんな形となっています、で、吹き出しは このような色分けでしておりますのでまたご参照ください。
胸のピコンピコンから告知へ――2年間の感情の浮き沈みを振り返る
岸田 では早速なんですけれどもこちら伊藤さんのペイシェントジャーニーになるんですけど、3つ大きな谷がある感じですね。はい、大きな谷が。この時何があったのかといったところをちょっといろいろお伺いをしていこうと思うんですけど、まずはじめ、こちらですね。ITエンジニアとして独立ということで、もともとITエンジニアのお仕事?

伊藤 ではなくて、東京を上京してきた時は音楽業界のコンサート分野。よくライブがあるとツアー帯同される中のポジション側のグッズ販売、あそこのポジションで10年ぐらい。要は体力仕事っていうのをやって、そこから転職、IT業界のエンジニアに転職したっていう形ですね。
岸田 そうなんですね。全然畑が違うんですけども、ITエンジニアとして独立されていって。そしてですね、その中でアイスランドに行かれるという。1ヶ月行かれて、その時にちょっと胸が痛くなってくるということですけれども、ここちょっとお伺いしてもいいですか?アイスランドに、いきなりこう独立されてアイスランドでなんかテレワークみたいなそんな感じですか?
伊藤 これはですね、そのフリーランスのエンジニアの働き方で案件といって企業様と契約して、で、まあ契約終了とかっていうタイミングがあるので、その間をちょっと1ヶ月お休み期間として自分でつけて。
実際ここアイスランド行く前とかに香港でライブがちょうどあるので、まあ香港にライブで行って、その後友人がアイスランドで起業するために移住で引っ越してたので、友人宅にじゃあ遊びに行こうと言ってアイスランドに行ったっていう形ですね。
岸田 ライブの話は後で出てきますからね。今多分ライブの話するとすごい止まらなくなるかもしれませんので、また後でもちょっとご説明いただきたいと思います。
その時にちょっと胸がチクチクっていう感じですか?痛さ的には。それともなんかズーンっていうか重い感じですか?痛さは?
伊藤 なんていうんですかね、ウルトラマンのピコピコがズンズンってここ胸に来る感じの、多分ウルトラマンがおそらくピコピコ来るってこういう感じなのかな(笑)
岸田 痛さ付きピコンピコンみたいなね(笑)そういうのが1日に数回起こると?
伊藤 そうですね。
岸田 それは右乳房?両方?
伊藤 えっと、感覚としては真ん中なんですよ。なぜか体のここ、胸のあたりの真ん中に来てるなっていう感覚の感じ方だったんです。
岸田 胸の真ん中あたり、本当にウルトラマンのピコンピコンって感じですね。それがちょっと来るような感覚があったと。そこからはい、こちら、帰国後近所のクリニックへ行かれるということで、これはどういうクリニックに行かれたんですか?
伊藤 はい。えっと、まずネットで検索、右胸痛いで検索しまして循環器内科に行くのがいいんじゃないかっていうのが検索が出てきたので、近所の循環器内科クリニックにまずは行きました。
岸田 循環器内科クリニックで、そこでは先生から検査して終わりって感じですか?どうだったんでしょう?
伊藤 先生と対話だけの診察で、どうしたんですかって言われたんで、右胸痛いですだけ言いましたが、そこでは治療はなく。
岸田 聴診器とか色々なものを調べてもらって?
伊藤 多分それもなかったかなっていう、会話だけ。
岸田 会話だけ。本当に会話だけ言われて、それで次のこちらになるんですかね?
伊藤 はい、そうです。
岸田 MRI検査をしていくと。
伊藤 撮ってきてって言われました。
岸田 そうなんですね。右胸痛いからって言ったらMRI検査してきてっていうふうなところで、これ紹介されてMRI検査できるところに行くという。これはあれですね、大きな病院とかじゃないですね、この時は?
伊藤 そうです、クリニックさんですね。
岸田 MRI検査も受けていって、そうですよね、何も状況分からないしプラマイゼロというか白のどちらでもない、ポジティブもネガティブもなく過ごされていく、で、ここからドーンと下がっていくところはこのMRI検査の結果があんまりかんばしくなかったのかなとちょっと勝手に思うんですけれども、ドーンというふうな形で。
がん専門病院で検査、あれ?ここで乳がんってわかるわけではない?

伊藤 そうですよ、この時はまだ検査。
岸田 どういう流れでがん専門病院に行くことになるんですか?
伊藤 はい。これが、そのMRI検査行ってきてって…行ってきましたってその循環器内科クリニックの先生にデータをお渡しして、翌日診察の時に、その時にその専門病院で詳しく診てもらう必要があるよって言われました。
岸田 おー、専門病院に詳しく診てもらう必要があるということで。それを言われた時に、
それでその病院に行って検査してる時は一番というか結構下がっている?
伊藤 そうです、一番その一連の標準治療の中で最も痛いのがこの瞬間、検査の中の工程のものだったので。
岸田 なんすか?その痛いやつ、何が痛かったんですか?
伊藤 その針生検?細胞を取るためにやるんですけど、その取ってる最中は特に痛くはないんですけど、最後穴を、細いと言えない穴を開けて血が出ているのでそれを止血するために 、私こう寝てるんですけど看護師さんとかがギューって胸を5分間ぐらい押すので、それで、はぁーしぬーって思いました(笑)
岸田 そこ、それなんですね。そのギューって押されるのがもう無理っていう。それぐらい痛かったんですね?じゃあ。
伊藤 映画のシーンで北野監督の映画を前日に見てからの検査だったので、そのシーンがフラッシュバックで出て、私もここでしぬ〜みたいなのが。
岸田 相当ですね、それは。特段麻酔とかもなくですよね?ギューッと押さえつけられて、それがもうめちゃくちゃ苦しかったと。この中でね、その他いろいろ治療されますけど、その中でのこの。いや〜そっか、それが一番つらかったと。まあけど、その5分間じゃもう耐えるしかない?
伊藤 はい。
岸田 耐えてしぬと思いながら。
伊藤 意識がある中の、 その治療行為が一番(苦笑)
正体不明の恐怖より、診断名がついた安堵。告知当日にライブチケットを押さえた
岸田 まあそれはね、ちょっとあのこう、ゆるくしたらまた血が出てくるかもしれないし難しいですね。魔の5分間を耐えて、そしてちょっと上がっていきますがこちら!がん告知。
そっかそっか、ここががん告知、まだ分かってないのか。検査やってようやくがん告知受けていく。ただ結構上がってますね、がん告知…これは?
伊藤 そうですね、おそらく私以外の方、がん告知経験されたことがある方ってだいたい告知より前、その正体がわからない時期が一番しんどいというか、のかなと思うので、この告知されると逆にラベルがついた。これが、がんじゃないです、なんでもないですって言われた時の方が多分ズンって下がったかなと思っているんで。
岸田 ああ、そういうことですね。まだがんか何もわかんない時の方がこう、辛いというか。
伊藤 そうですね、未確認生命物体を見たみたいな状態か、わかった! みたいなの変わった時期だったので。
岸田 そっか、それでがん告知で、よしじゃあ!っていうふうなところで。じゃあ、特段頭真っ白とかはならず?
伊藤 あ、そうです。だいたいその、この検査をしてする必要があるよって言われた時にはもう50%の確率でそうなんだっていう覚悟、準備期間はできていたので、で、最後決定打として証明?なんか数学の証明じゃないですけど、がんですって証明がなされたので、なんか方程式解けたみたいな感じの半分安堵感はありました。
岸田 いや〜そっか。ちなみに全然関係ないですけど伊藤さんは理系ですか?
伊藤 全然違います(笑)
岸田 理系じゃない!!(笑)すごい方程式とかいろいろ出てくるから、ああなんかすごい数学得意なんだなって勝手に思いました(笑)文系で?
伊藤 はい、そうですね。
岸田 親近感湧きます、親近感湧く…(笑)ありがとうございます。
そんな中でなんですけれども、はい、こちらですね、その次医師からの治療説明があるというふうな形で書いてくださっています。医師からの治療説明、これはどういうことでしょうか?
伊藤 今回、私その治療、乳がんのタイプにその適した治療が手術をする前にその治療、l薬物療法と化学療法をやりましょうっていうところで、そのためにその治療の説明がこの時にあったという流れですね。
岸田 結構どうでした?医師からの説明、結構ね、色々めちゃくちゃ難しかったりだとか、なんかすごくいっぱいこう、いろんなこと言われるから頭に入ってこないっていうふうなことはありましたけれども、結構先生の説明どうでした?
伊藤 そうですね、このがん告知が乳腺外科の先生から受けてこの治療は腫瘍内科の先生の説明を受ける、2週間ぐらい間があったので、この時に本屋さんに行って乳腺診察ガイドラインとか、ああいうものとか。
あとはこういう治療ですよっていうのが事前に言われるのでそれだけをネットで調べて、どういう治療で副作用があるのかっていうのは自分で調べておいたっていうので、ある程度想定とどっちかというと私は社会生活に影響がどう出るのかっていうものだけをピンポイントに焦点を当てて調べていったので。
岸田 そうなんですね。じゃあちゃんとそういったところも、自分に影響あるところとかもちゃんとみられていての説明もあったっていったところで。
伊藤 そうですね。
岸田 そこからちょっと下がっていきますがこちら、ドン!母親とギクシャクというふうな形でね、ちょっと意味深な感じでこう書いてくださっていますけれども、この母親とギクシャク、なんなら一番下がってるんじゃないか疑惑があるのですがこちら教えていただけますか?

伊藤 はい。母親と父親は実家は北海道なので連絡をするのも基本電話になるんですけど。
実家に電話をする窓口は結果母親になるということで、窓口担当の母親を経由して家族に共有されるっていうシステムはうちの家族はなってまして。
それで窓口担当の母親と話してたんですけど、多分そこでその、いろいろ気持ちのずれ、お互いの、患者の私のその方針、応援してほしいですっていう、こういうものがちょっと母親とのずれがあってギクシャク…電話でして、なんかすごくお互い言い合っていたっていう時期です。
岸田 多分めちゃくちゃマイルドに言ってくださってますけどね、多分いろいろ本当あったんだろうなっていう。窓口担当がお母様だから、なんかその、そのまあ家族に連絡とってたらお母様と連絡を取らないといけなくて、それでそのなんか言い合ってってなかなか…なんでしょうね?
家族、だから、うん頑張ってね!うん頑張る!だったらわかりますけど、言い合う…えっなんか、お母様はお母様で信念があられたってことなんですかね?
伊藤 その信念がおそらく、がんっていうものがおそらく細胞であることが分かってない次元で多分出発していると思うんですね。未確認宇宙人レベルで母親はがんっていうのを捉えていて、それって何なんだろう?怖いってなってそれが大きい心配っていうのになって。
そこから多分 考えるのが怖くなっちゃって、全て心配だから働くのどうなの?とか私のやっている治療とかスタンスがどうなの?っていうのでいっぱい言ってきまして。私は一応全部 こういう対策、全部アンサーを答えていったんですけど、多分それが信用が足りなかったんでしょうね。治療を舐めてるとかすごい言われました。
ただ最初に、がん告知があった時に私が電話で伝えた時に心配はいらないです、患者にとって必要なのは『お金と応援です』っていうのを言ってまして(笑)
岸田 わかります、非常にわかります。いろいろね、口出しされたりとかするとそれはそれで ちょっと大変ですし。しっかりそういうサポートが必要だって、めちゃくちゃわかります。ただちょっと、お母様は心配が心配を呼んで、いろんな、これ大丈夫なの?あれ大丈夫なの?っていう感じになっていた感じですかね?
伊藤 そうですね。たぶん自分、母親なりに何か調べるとか学ぶとかをすればそれは解消できたと思うんですけど、多分それが怖いのもわかるよなっていう部分はあるんですよ、なんか。富士山爆発したら怖いよねって、それを調べるのも怖いよねみたいなのは。
岸田 うーん、そういうことか。
伊藤 宇宙人来たら宇宙人ってどうなんだろうみたいな、怖いよね〜みたいな、多分そんな感覚かなって。
岸田 もう怖いが来て、特段調べることもせず心配だけが先走っちゃって、これ大丈夫なの?あれ大丈夫なの?いや、そんなちょっと分からないですけど、治療しながら仕事するって何事なの?みたいな、治療に専念しなさい!みたいな。そんな、ごめんなさい勝手に。
伊藤 でも、それ言われました。実家に帰って実家の近くで治療、病院しないの?って言われたんですけど、それは多分 母親が自分の心配・安心、多分 本人が安心したいからだけのために言ってると思うんですね。私からすると気分転換に、北海道帰っちゃうとライブが行けなくなっちゃうので。
岸田 ライブですね、大事なライブが。
伊藤 ってなると、多分もっとグラフはズーンって下がってるので。
岸田 確かにそうですね、グラフちょっと高めがありますよね、そうですね。これがどんどんプラマイゼロよりも下になっていくって感じですね?ライブがないと。
伊藤 治るもんも治らないと思ったので、そういうのはNOですっていう。
岸田 ふうな形で、それでギクシャクしていった中で、それがちょっと心の大変さというところをいただきましたけど。
そこからですね、こちら、薬物療法をされていくというふうな形で、お薬や抗がん剤を含め治療されていくというふうな。これはもうあれなんですね、手術じゃないんですね?
伊藤 そうですね、薬・点滴を投与するっていう。詳しくは薬物療法と化学療法、この2つをセットでやるっていう。
岸田 治療をされていって、お薬で治療されていった中でのこちら、ライブ 出てきましたライブ。これがですね、皆さんようやく出てきましたので。これは治療中にライブに行ったっていう話?ここから治療がどれぐらい薬物療法はかかるんですか?
伊藤 治療が2024年1月3日スタート、5日か、スタート、年始しますって言われまして、その前にがん告知とかが 12月の初めだったんですね。だったので、12月その段階では年始に治療が始まりますっていうのが分かってたので、その時に1月2日でライブがあったので、都内で。
岸田 おお、1月。
伊藤 なので告知を受けて、会計終わって外に出た瞬間にとりあえずライブ行っとこうみたいな感じで、チケットまだ取れたんでちょっとピピッと取って治療前に行って入院それからして、初回は。
岸田 やっていったという感じですね。そのライブってあるんですけど、このライブっていうのはどういう系のライブを僕たちは想像したらいいんですかね?
いろんなライブがあると思うんですけど。かなりいっぱいあるんですけど、ドームツアー系じゃないんだろうなとか思うんですけど、どういう言える範囲でいいんですけどどういうアーティストさんで どういう系のライブなのかどういうバンドなのかとかお伺いしていいですか?
伊藤 規模としてはホールとかライブハウスでもZeppクラス、3000規模とかそれぐらいのライブをやってるアーティストで、基本3バンド、多分これ分かる人は分かるんで、ボーカルの方が3バンド今並行してバンドをやってるので。2024年がすごい稀で、毎月その人はどれかのバンドを稼働させてたっていう年なので、1月がちょうど年始にホール、椅子があるライブをやるっていう時だったので、それだったら安全だなと思って。
岸田 座れたらね、患者としてはね、ありがたいですよね。ちなみにバンド名をお伺いしてもいいんですか、3つあるっておっしゃってましたけど。
伊藤 メインがDIR EN GREYっていうバンドで、1月行ったのがそのPetit Brabanconって形体で活動しているライブに行きました、ちょうど治療始まる前に公演があったので。
岸田 お〜。そうね、ほんといや、だから推し活的な感じですよね。すごい、いいですね〜。そう、だからこれがね、あるから東京離れられないっていうね。
伊藤 そうなんですよね。
岸田 そしたらね、東京だと遠征も行きやすいですもんね。そうか、そういったところでライブも行かれてそこから治療に入って行かれて。その後ですね、こちら、戦略的引きこもりとありますけれども、これはどういうことでしょう?なんかすごいワードだなと思うんですけど。
伊藤 そうですね、戦略的に引きこもったのが2024年の4月の1ヶ月なんですけど、この3月で一旦そのイチ企業様との案件の契約は終了っていう形にしまして、4月だけ仕事を結果してなかった、お休みしてた時期なんですけど。
これがちょうど化学療法後半のAC療法っていうものに切り替わるタイミングで、これが医師の説明によると前半のTCb療法よりもっときついですと、その副作用、多分体に受ける影響がきついですって言われまして。
4月はちょうど2回、3週間に1回受けるんですけど2回カレンダー上受ける時期に当てはまって、私の体調回復を見積もるとトータル2週間以上は、約月半分ですね、基本働けない状態であるっていうのが見えたので。
じゃあここは仕事をしててもあんまり休むことの迷惑かけちゃう心配とか、その企業様にもちょっと心配かけちゃうかなと思って、じゃあ一旦ここでリセットしてその治療が終わるめどと、回復めどがついたら次違う企業様のお仕事探そうかなっていう意味で、ここは仕事はしないって、戦略的に引きこもるって決めてNetflixとかいっぱい見てました。

岸田 おお、そこすごいですね。しっかりと自分で決めて、そこはもう引きこもるぞということでNetflixとかそういったものでいろんな動画とかを見て戦略的に引きこもっていってという中で。
岸田 そして引きこもりつつも、また上がっていきますがこちら、そうこうしてたら薬物療法が終わっていく感じですね?で、その薬物療法終わってよっしゃ! といったところで、そしてそんな中でもライブに行かれるという感じですかね?はい、この中でもね、ライブは日常生活に入ってるような感じかもしれませんけれども、そこからちょっと下がっていきます。
がん治療中、心が最も沈んだのは母親の言葉だった
岸田 どういうことがあるのかっていうと、ドン!母親とギクシャクパート2みたいな感じになると思うんですけれども、そうですよね、1回目の母親とぎくしゃくは確かにもちろんあって、家族とのコミュニケーションを取るとき難しかったよってありましたけれども、この2回目はどんな ギクシャクさがあったんでしょうか。2回目っていうか もうずっとあったのか?

伊藤 そうですね、この時がちょうど手術が、じゃあ手術しましょうって決まった時かそのやりとりのその連絡と手術が決まるシステム、たぶん病院によって手術日が決まりますと、あと入院ができます、病室が確約できますシステムって私が行ってる病院は別で。そこのシステム全部聞いて、いつ抽選が行われて決まるとか全部聞いて、全部お仕事とか、この日に当選したらここから入院なんでお仕事休みますとか、そこが当落落ちたら再抽選は次の週ですとかを全部聞いて全部スケジュール組んだ上でやってたんですけど。そこで多分母親はそういうのを全部度外視して、その、言われたのが病気は人様に迷惑をかけるもの、悪いことだって言われちゃってたんですね、この時。それ故に、私シェアハウスで生活してるんですけど、その思考だと当然同居人に病人がいると迷惑をかけているから、そのなんでしょう、お詫びとして何か物をあげなさいっていう、それをやってないことが人としておかしいことですよっていうのを電話でわざわざちょうど手術が決まるか分かんない2週間前に言われちゃいまして。なんでこの時に一番ほんと下がったっていう状況でしたね。
岸田 病気をしていることが皆さんに迷惑かけているから、みたいな。
伊藤 そうです。
岸田 そうなるとね、なんかもう泣きたいのこっちだよみたいな感じですよね。
伊藤 それショックです、私傷つきましたと言ってるんですけど、多分それは理解というか されなかったな感じで、なんで今バロメーターがズーンって下がってなんかチーンっていう感じになりました。
岸田 だってね、だってお母さんとの関わり方でね、ペイシェントジャーニーが一番下がってますからね。
伊藤 そうですよね。
岸田 やっぱりちょっとね、家族にはというかお母さんには理解してもらいたいっていうのが一番ありますよね。
伊藤 そうですね、理解さえしてくれればいいんですよっていうこのスタンスでずっといって、そこがずっと課題です、課題でしたね(苦笑)
岸田 そんな中でね、本当こんな中でその時にやることといったらこちらになります。ライブ!行くんですけど、そのライブに手術をしてからの またライブ!っていうふうな、ライブで手術を挟むっていうね、サンドイッチ形式かと思うんですけれども。これはあれですか、やっぱりライブも毎月あるから毎月のように行ってたってことですかね?
伊藤 そうですね、このちょうど8月中、2020年の8月中にツアーをしている、sukekiyoっていうバンド形態でツアーをしている時期だったので、ツアー初日都内はまぁ行ける、ツアーファイナルもまた都内だったので、8月頭とお尻だったので。そこは行きたいので。先生にこの間、入院期間をこの間被らないようにしてください、もし被るんだったら外出していいですか?って言ったらダメですって言われて、じゃあ生きる喜びなんで どうか外してくださいとお願いして見事ずらして入れてくれました。
岸田 すごい!
伊藤 わがまま言っちゃいました。
岸田 いやいや、それこそがね、モチベーションで頑張っているわけでもありますもんね、治療もね。
伊藤 そうなんですよ。
岸田 すごいすごい、いいですね、それで手術をしていって。あ、ごめんなさい、手術のこと全然触れてないですけど、右乳房の全摘をされていくというふうに。
伊藤 そうですね。
岸田 こっち全摘なんですね、なんか部分切除とかじゃなく?
伊藤 そうですね、ステージが2Bだったので腫瘍の大きさが 5センチ以上、ちょっと大きかったので、そうなると全切除しますっていう治療方針で手術はそうなりました。
岸田 全摘の手術をされていて、その後こちらになります、病理結果を聞いていきつつのライブっていう感じですけど、病理結果これポジティブってことは良い結果だったということです?
伊藤 そうですね、病理結果を持って乳がんの場合、実際の切って中身見ないと実際の状況判断が難しいというところだったので、それで結果を見ると半年やった術前の治療と抗がん剤が私に体に合ってて、そこの時点で全部がんは死滅できてますと。で、切除した時にも全部細胞は見られなかったので、これで一旦がん自体は死滅できましたねっていう病理結果としては受けました。
岸田 ああ、そうなんですね。じゃあもうこれで死滅してますねって言ったところで、もうあのよかったってライブ行ってテンション上げて、そしてその後ちょっと下がるのが、放射線もしないといけないんですね?

伊藤 そうですね。多分この段階では治療が予防?再発予防という目的で放射線はやっていきましょうという。細かいなんかあるかもというところで。
岸田 これ結構長いこと、何ヶ月とかありました?
伊藤 毎日、土日・祝日抜いた毎日16回、半月ですかね。
岸田 ほぉー、半月、経過やられていて。そしてその間にもライブみたいな形でね、これも行かれていって。そしてそこから治療終わっていくのかなと思いきや、薬物療法、あれ?もうだって放射線でもやって、術後にもまた薬物療法をやるんですね?
伊藤 そうですね。化学療法の抗がん剤はなしで薬物療法、免疫療法ですね、キイトルーダっていうものだけを打つ、9回打つっていうのは予防として最後、フルコースとしての最後あります。
岸田 そうなんですね。皆さんもちろんこれは病院の方針というか、医療情報に関してはもちろん経験談も大事なんですけれども、ちゃんと主治医の先生の方針とかそういったところでちゃんと、がん情報サービスさんとか主治医の治療法といったところでまた聞いてもらえたらと思っています。薬物療法されていて、だからさっき終わっていったのが こちらの治療ってことですよね?
伊藤 そうですね。
岸田 ありがとうございます。そこでこの後にもちろん、良かったライブあった(笑)あるかなと思って期待してたので、ありました(笑)よかったよかった。そしてその後ですね、こちら母親にボールを渡すっていうまた新しいワードが出てきましたけれども、ここで母親と和解的な感じですかね?どうなんでしょう?
伊藤 そうですね、この11月ぐらいだったんですけど、やっぱりこのままこのギクシャクしてるっていうのが自分の精神的に一番負担でずっと取れないもの、今回がんとか取り除けましたとか手術で切れましたって言うんですけど、メンタルものなものだけは取り除けでなかったので。じゃあ次はこれを対処しようっていうところで自分の中で考えてたこととして。要は課題はもう母親、私じゃなくて、患者、私じゃなくてもう母親自身であるっていうことをその理路整然とLINEで書いて渡しまして、そのまあ再発した時にその今の状況で同じ対応行動とか言動されるともう何も伝えませんよと、それでいいんですか?って言って。ていうような内容を書いてボールを渡したっていうので、「了解しました」がラインスタンプで返ってきました(笑)
岸田 予想以上にポップに返ってきたんですね、そっか。それ以降はお母様は特段なくという感じですよね?
伊藤 そうですね。母親が取った行動は、どっちかしかないというか知識をつけて自分で学習してそれに対して私の病気を理解してサポートで関わるのか、私以上の知識をつけた上でサポートするかという条件なんですけど、それかもう全くそういうのは知識とか学ぶことは難しいからもうそういうのには関わらずにそっとしておきますっていうので、後者のそっとしておきますを取ったので。
岸田 それで、ほっと 伊藤さん的にも胸を撫で下ろした。
伊藤 そうですね、なんかすごい爽やかな太陽が見えた気がしました。
岸田 あぁ、そうなんですね。家族も第二の患者ということもありますけれども、そういったところでちょっとこう、いいサポートだったらいいんですけど、ちょっとね、結構プレッシャーに感じるようなサポートであればちょっとそれも厳しいかなってところですよね。そういった話しにくいところまでありがとうございます。
それで心が晴れて、そしてそれが今に至っているという形になるかなと思います。ありがとうございます。
そしてここからちょっとね、お写真いただいているんですけど、こちらになります、ドン。お〜、れなんかすごい良いお写真。これ何、ヨガみたいな?なんか。

伊藤 そうです。ちょうどそのオンラインで アイスランドにいる時に、日本にいる、ヨガをそのなんかバリバリ習ってる知人のお姉さんにリモートでヨガやりたいって言ってヨガやった直後の写真です。
岸田 すごい。これは胸がチクチクしている時のタイミングということですね?
伊藤 胸痛いなと思いながら過ごした時期。
病院はアクセスと初診の早さで即決。治療方針は本で予習して納得した
岸田 ヨガをやっていても、胸痛いなと思いながらヨガをやっている、そんな様子ということですね。ありがとうございます。 そしてここから、様々な項目に分けてお伺いをしていきたいなと思います。まずこちら、病院や治療の選択といったところで、今 SDMという言葉がありまして「共同意思決定」というところで、医療者の方とかもちろん患者さんと一緒に意思決定を行っていくプロセスといったところがあったりするんですけれども、そういったところで病院や治療、どういうふうに決められていったのかといったところを伊藤さんにお伺いしていきたいのですが。まず病院は、まず初めのクリニックから、こう紹介・紹介といったという感じで?どうだったんでしょうか?
伊藤 最初の循環器内科のクリニックから出た紹介、選択肢からでした、どれがいい?っていう。
岸田 病院をがん専門病院のところで選ばせてくれた感じですね。
伊藤 条件が、いつ予約できるかがそこに条件に病院に言われて、この病院は何日診察できるよっていうのを言われてどれにする?みたいな。
岸田 すごいですね。いつ診察できるとかまでちゃんと把握してくださって提案してくださるんですね?
伊藤 そうだったんですよ。この診察受けたのが11月、2023年11月だったんですけど、2日後に予約できるのがこの病院、2週間後の12月になっちゃうのがこの病院、どっちもダメだったらこの第3の病院になるよみたいに言われまして。
岸田 あぁ、そうなんですね。それで、その中での伊藤さんの優先順位的にはどういうふうに判断したんでしょうか?
伊藤 すぐ診察できて近く・通いやすいみたいな感じでした。
岸田 それで病院決められていった中で、治療の選択ということは、も、あるんですけれども、治療の選択はもう何でしょう、医療従事者の方になんかこれとこれどうするみたいなことってこうなんか提案されたこととかってありました?
伊藤 基本その選択肢が複数あったかっていうことですよね。基本それはなくて、ここの選択…治療にやるんだったらなりますっていう、どうしますか?みたいな。トリプルネガティブだと進行性が他のタイプより早いから早く治療はした方がいいですよみたいな感じで言われてました。
岸田 悩むこととかは、難しいことは特になく大丈夫だったという感じですかね、治療に関しては?
伊藤 そうですね。自分の中でまずは本屋さんに行ってどういう診療を、ステップを踏んだかを自分なりに本で見ていくと、同じステップを踏んで言われた通りの診療のこのチョイスをしていってたので、じゃあ大多数そうなんだろうなっていうのが自分の中で納得いったので。じゃあ早めに、18ヶ月ここから治療入りますと言われたので、じゃあ早めるんだったら早い方がいいなっていう、そっちの方が早かったですかね。
岸田 ありがとうございます。医療者からの説明とか医療者とのコミュニケーションは特段 大丈夫でした?そこの過程では。
伊藤 私の前提で専門用語とかあと知識とかで分からないだろうっていう、あと診察時間では前提だったので聞きたいこと・分からないことを自分で覚えておくとか。あとはその後 看護師さんとの面談みたいなのもセットでついてたので、そこで看護師さんに聞くことを聞いて最後残った課題を自分でネットなり本屋さんで調べるみたいなのをして、なんか理解を深めて疑問点を解消して特にその怖いなっていう不安を全部消していったっていう感じですかね。
岸田 ありがとうございます。そういうふうに関わっていって、ちゃんとね、伊藤さんも調べていかれてっていうふうなところでちゃんとコミュニケーションも取っていったって感じですかね。ありがとうございます。
「鼻毛も抜けるから速い」。抗がん剤の副作用で最も手強かったのは鼻血だった
岸田 そしてちょっと次こちら、副作用や後遺症のことといたしまして、まあね、術前の抗がん剤だったりだとか術後の抗がん剤だったりだとか放射線だったりとかいろいろされていった 、もちろん手術もですけれども。その中で大きな副作用とか後遺症とかそういったものっていかがでしょう?
伊藤 そうですね、えっと副作用、代表的な髪の毛抜けますっていうのはもう分かっていたので、あといつから抜けるとかそういうのはあらかじめ予測できていたので、対策としても美容師の友人にウィッグ用意してもらったりとかっていうのを利用したりしていましたかね。一番予測できないのが鼻血
岸田 鼻血?
伊藤 …が脱毛より予測できないことなので、これを攻略するのが一番大変だったなっていう記憶はあります。
岸田 いきなりこうツーって出てくるんですか?鼻血は。
伊藤 そうなんですよ、寝てる時でも出てくるっていう可能性が一回あったので、なんか手強いやつだなっていう(苦笑)
岸田 対処法はもうティッシュを鼻に詰めるとかじゃなくて?
伊藤 タオルとかを寝る時とかティッシュを置いとくとか、最初、初回 1回目は仕事中オフィスにいる時に出てきてこの白いTシャツにワーって出ちゃったんですけど。鼻水より早いなっていう、鼻毛も抜けてるので引っかかるものがない分速度が速いので、これちょっとスピードが速いなと思ったんで、対策として予兆が出たらポッケにティッシュ入れててそれが来たら すぐ上向いてティッシュ出して仕留めるっていうので乗り切りました。寝てる時以外はそれで。
岸田 そっかぁ。いや、ほんといきなりパツーって出るんですね。
伊藤 あ、そうです、出まーすみたいな感じで(笑)
岸田 いや〜、今もある?
伊藤 いや、それが抗がん剤終わる時。
岸田 うんうん。
伊藤 術前の治療が終わる時にはもう治まってます。
岸田 あ〜良かった良かった
伊藤 3ヶ月ぐらいが未知の鼻血と戦っている時期でした。
岸田 ということですね。ありがとうございます。ちなみに全摘されてるじゃないですか、全摘とか手術の後のこの動きづらさとかそういったところは大丈夫?
伊藤 そうですね、基本的に生活には支障はなくて。ちょっとその右と左と比べると、ちょっとつっかかるなとかはあるかなーっていう、それくらいですかね。
「特に希望するものでもなかった」。妊よう性温存をどう考え、どう決めたか
岸田 ありがとうございます。そしてその後こちらですね、妊よう性のことといたしまして、妊よう性、子どもをつくる能力といったところにはなるんですけれども、こういったところを卵子凍結だったりとかそういったところを行うかどうかだったりとか、そういったところもね、先生から説明があったのかなと思いますけれども。これは医療者からありましたか ご説明は?
伊藤 そうですね、術前の薬物療法する前に説明の一環としてありましたね。
岸田 ああ、そうなんですね。どういう選択をされたんですか?ちなみに伊藤さんは。
伊藤 私としては年齢としてその先生が言われたのは、妊娠をするというかそういう希望が まだある年だからどうしますか?みたいな。私としては特にものすごく希望するものでもなかったので特に対策とかはしなくて大丈夫ですという感じでステップとしては進めました。
心が一番沈んだのは治療でなく母との衝突。家族に求めたのは”応援”だけだった
岸田 じゃあ、そのまま後半の治療入っていってということだったんですね。ありがとうございます。 そして次こちらですね、家族のことなんですけれども、家族、お母さんのお話はたくさん今までちょっとお伺いをしてきたんですけれども、他にもおそらくお父さんだったりとかご兄弟だったりとかそういったところの関わりどうだったのかなっていうところでお伺いをしていきたいのですが。ちなみにお父様との関わりはどうだったんですか?
伊藤 父親との関わりは、多分12月か1月に1回電話したぐらいなんですけど。父親もそのがんを先に10年前ぐらいにかかって手術をしているので、父親からは俺の方ががん先輩だから何か、何でも聞けやみたいなぐらいで(笑)
岸田 あ、そっか、もう以前にお父さんがんかかったことがあって、それでもうそこがもう分かるぞって言ったところで、なんか聞いてっていうふうなスタンスだった。そういうスタンスありがたいですよね、何かあったら聞いてっていう。
伊藤 そうですね。逆に特に私に質問することなく、親戚とかで詳しく調べてくれる親戚とかがいたので、そういうのとか親戚と話した会話でこういうことでしょうみたいなって言ってたら私がそうだよって、じゃあ後は治療やるしかないよなみたいな感じで、まあ頑張れくらいで。
岸田 うんうん。
伊藤 だから父親が私が求める応援、心配じゃなくて応援してほしいを体現してくれていたっていう感じですね。
岸田 大事、大事。一方そのご兄弟、お姉さんやお兄さんっていったところはどういう関わりだったんでしょう?
伊藤 もう特に干渉して、元々そんなに仲良いとかすごく連絡を取る家系ではない。
岸田 そうですよね、なんかね、もういい大人になったらね。
伊藤 ないので。特にじゃあそうなったからと連絡してくることなく、まあ姉に至っては、まあ姉と都内同じ東京に住んでてよくその仕事とかで海外とかいるんですけど、まあそういう理由があるから、まあその逆に私と接触したら菌とか感染症がうつる可能性があるからだから私と会わない方がいいわねって言ってそれで距離取ってくれて。
岸田 ああ、そっかそっか、確かに免疫力がね。
伊藤 そうです。
岸田 下がってたりしますからね。
伊藤 っていうスタンスで、まあじゃあ頑張れみたいな感じでいてくれたんで。そこの母以外の家族としては私が求める応援を体現してくれていたので、どうもみたいな感じで良かったですね。
がんを打ち明け、判断は相手に委ねた。治療しながら働くフリーランスの流儀
岸田 ありがとうございます。そして こちら次ですね、お仕事のことといたしまして、仕事との兼ね合いだったりとかね、独立されてっていったところもありましたので、クライアントへの説明も含めさっきのお休みのところだったりとかそういったところも含めもうちょっとお話聞きたいんですけれども、がんになってからはクライアントだったりとかそういったところカミングアウトするとかどう休むとかっていうのは どうされたんですか?
伊藤 そうですね この12月の案件でのクライアントの、基本は全部私は言うスタンス。
岸田 うんうん。
伊藤 で、説明して、あとは判断をどうするかっていうのを委ねたっていうところで動いてまして。ただその判断してもらうためには材料、どういうスケジュールで仕事に影響、休まなきゃいけないとか働いている上で周りが配慮しなきゃいけないなんか、ことはあるのかっていうのを全部予測して羅列してこういうことですっていうのを言って。あとはそのお仕事としてその週、その術前の治療やると週1回はほぼ休む感じになってたので、それがいいのか悪いのかを判断してもらってたって感じになります。

岸田 どうでした?それは結果的にいいのか、判断はどうなったんでしょう?
伊藤 ちょっとここも年末年始とか入ってて、ちょっと2転3転したんですけど、ITエンジニアをしていると特に派遣形態、いろんなお客様先の企業様に常駐するっていう働き方してる人だと分かるんですけど、間に最後の、働く企業様の間に別の会社が挟まってたりするのでちょっと粘ってしまって。 その間の企業さん、クライアントさんが判断とりあえずするってなった時に、ここでは一旦 じゃあそれ週1回休まれるとどんな事情であれ契約外のことなんて合わないのでやめてくださいって ジャッジが来て。 ただ年末年始もあって、もう一回じゃあ本当の私が出社している お客様ところに言うとちょっとその急で、そんな急で終わってもっていうのもあって情状酌量みたいなって感じで、ちょっとはすぐ辞めなくてもいいんじゃないみたいな、週1回休みでもいいよみたいな感じで、すぐじゃあ1月で辞めてって状況にはならなかったんですけど。 ちょっと私としてはこの間の企業様が、私が長く続けてても病気を理由に終了になるんだったら自分のスタンスとしては合わない会社、間の企業さんが合わないなと思ってそこは区切り、ちょうど4月が2週間働けないのが見えてたんで、じゃあここはもう戦略的撤退で終了しとこうと思ってそこは辞めて。 その次からですね、じゃあこういうことを理解してくれていると多分自分がロールモデルじゃないですけど並行通院しながらがん治療しながら働けるっていうのを、そのフリーランスでもやっていかないと、多分どんどん働けない理由に案件もらえない人が増えていくのもダメだと思って。 そのちょうど探してたらクライアントさんでそういうのを理解、医療従事者でそういうがんのこととかをよく事情を分かってくださる方がいて、じゃあそういう企業さんだけを見つけていきましょうって言って。
岸田 あ〜すごい、じゃあそういう分かってくださるところが見つかったってことですね。
伊藤 なんでそこ、私がアサインする企業さんは手術中も働いていたんですけど、そういうことを、そういう事情があってその通院とかお休みしちゃうとかがあるけどそれでもいいですよって言ってくれた企業さんに行ってるっていう。
民間保険なし、それでも治療に集中できた理由
岸田 そこの理解とね、良かった。今も治療しながら普通に今の企業さんで働いているというかそういう形ですよね?ありがとうございます。 そしてですね、こちら次はお金や保険のことといたしまして、民間の保険入っていたの?とかお金トータルで今どれぐらいかかったのとかどう工面したの?っていったところをお伺いをしていきたいなということを思います。まず伊藤さんは民間の保険とか入られてました?
伊藤 入ってなかったですね。
岸田 そうですよね、まさかそんなことになるとはっていったところも思いますしね。じゃあ今、治療費ざっくりで全然構わないんですけど、今治療費どれぐらいかかってますでしょうか?
伊藤 そうですね、マイナポータルでグラフでその年間のかかった医療費が。
岸田 そうなんや、もうそういう感じなんですね。
伊藤 10割負担の部分で2024年度が多分800万円ぐらいに対して払っているのがそれの3割かつ、高額療養費でかなり10分の1。
岸田 ぐらいにはなっているってことですね?
伊藤 …の支払いでした。
岸田 そうなんですね。10分の1といってもね、100万弱ぐらいは行くわけですから。それらはあれですかね、貯蓄を切り崩して支払っているとかですか?
伊藤 支払いもあったので仕事は、ちょっと貯蓄も自分少なかったので働かないとなと思って仕事はしつつ、あとは親から支援とか、東京住んでて家賃とかがあるので。
岸田 そっか、家賃もね払わないといけないですもんね。
伊藤 多分そういうところはちょっと支援、応援っていう形で支援してもらったらかなって。まあそういうのが治療する上でもメンタル、そのいい意味でお金のことを心配しなくていいと思えてたのが自分としては治療になんか影響せずできたことかなと思ってます。
ウィッグのずれを気にしないために。点滴中の頭を守ったアイデアグッズとは
岸田 そうですね。やっぱり本当に不安ですもんね、こういったお金の問題とかもね。そこは気にすることなく治療が今できたというところであるかなと思います。ありがとうございます。 そしてその次こちら、工夫していることなんですけれども、治療中とか入院中工夫したことでもいいですし、もしくは今こういったことを工夫しているよっていうことがあれば参考に教えてもらいたいなと思うんですが、こちらいかがでしょうか?
伊藤 工夫したことっていうのか、自分ががん治療をするとか人生は変わらないので自分を生きる上での時間、じゃあどう生きるかっていう考えで、自分をより一番に生きてより楽しく生きようと思ったので、それは治療中も変わらず薬物療法とか病院に行って椅子に座って受けている時ももうちょっと快適に過ごしたいなとか思ってたので。ウィッグをかぶって寝てるとウィッグぐじゃぐじゃになるので、こういう、ふわふわのこういうのをかぶって。

岸田 何それ?!?
伊藤 こういうかぶり物があるんですけど、これで治療をしてもらいました。
岸田 めっちゃいい!!(笑)
伊藤 なんで、あのふわふわなんで頭髪の毛抜けてそのクッションなくて、でもこれで守ってくれるんで。
岸田 あーそっか、これでふわふわやから寝心地がいいというか。
伊藤 枕みたいな。
岸田 そういうことね。すごい そうされてたら目立ちますよね?
伊藤 ただ皆さん、患者さん皆さんあのすごいいい感じで何も突っ込まずに見ててくださってありがたかったです。
岸田 それあると全然ちゃいます?
伊藤 もう楽ですね、何をやっても ウィッグずれちゃうとかを気にしなくていいのが。 1回点滴 4時間とか抗がん剤が入っているとかかるので、4時間ちょっと頭気にしてるのがちょっとしんどいなぁと思ってたんです。
岸田 ずっとついてるのがずれたりとかね、いろいろあったりとかするとまたそれで鏡見てっていうんじゃなくて、もういっそのこと快適さを追求してという。これちなみになんていう商品になるんですか?ヘッドなんちゃらみたいな?
伊藤 かぶり物?商品名、これ買った時にかぶり物みたいな商品名だったので。
岸田 すごい、ちょっといいですかね。確かにふわふわ。
伊藤 綿みたいなのが中に入ってる。
「今までモノクロだった」。がんが教えてくれた、自分の気持ちを正直に生きること
岸田 はいはい、ふわふわです。これをつけて治療を乗り切って来られて。いや〜このパターン初めてですわ、いいですね。なので、皆さんもしよかったら参考にしてもらえたらと思います。 そして次こちら、変わったことといたしまして、がんになってからこういったところが変わったよとか変わらなかったでも構いませんけれども意識も含めどうでしたか?変わったことありますでしょうか?
伊藤 変わったことは、今年久しぶりに会った友達とかに言われたんですけど多分、全然 違うね〜みたいな雰囲気、言われて。確かに自分の中でもその、告知された瞬間にその何でしょう、時間のタイマーが入ったみたいな感覚が起きて、確かにそのより生きるってどういうことなのかっていうのがすごい今までがモノクロだったのが、すごいカラーで鮮明に出てきたなっていうのが感覚として変わったなと思ってます。
岸田 鮮明に。
伊藤 そうですね、より。今までだと結構自己犠牲じゃないですけど自分より他人を優先しちゃうとかをやってたんですけど、でもそれって自分を大切にしてなくて周りの人を優先して、のために時間を使っちゃうことが多かったんで。
岸田 うん。
伊藤 多分それって自分のやりたいこととか本当は自分がこうしたかったものを多分一番 後手にして生きてたなっていうのがあったんで、それをより治療とかを専念するとかを第一優先にするとか自分の気持ちを第一優先にしようっていうものにした時に、よりじゃあ自分を一番に考えていいんだみたいな。そのわがままとか意味じゃなくて自分がどういう気持ちなのか、どういたいっていうのを自分の気持ちを正直に言うようになったし考えて行動するようになったっていうのは変わったことかなと思う。こういうのかぶるとか。
治療が終わったら、イスラエルへ。がんの前から温めていた”世界で働く”という夢
岸田 こういうね、これとかね。そうですよね、あの周りの目を気にしてたらね、そんなこともね、なんかあるかもしれないですね、できないかもしれないですね。ありがとうございます。 そして次こちら、今後の夢や目標。もしあればで構いませんのでちょっと教えていただけますでしょうか?
伊藤 もともとそのがん告知のされる前からもともと、今ですね、その自分のキャリアっていうんですか、働くものを軸を日本じゃなくて一回は外に出て働ける自分の戦術・スキルじゃないですけど、ちょっとつけたいなっていう。過酷な環境に自分の身を一回置かないとこのまま生きていくのがちょっと生き残れるかなっていうのがあったので。
岸田 十分過酷だと思いますけど。これ以上の自分を過酷な状況を自分で。
伊藤 そうですね。
岸田 求めていく。
伊藤 っていうのがやりたかったのが、一旦治療1年以上日本で治療はしなきゃいけないっていうのに入ったんで、今そういう夢っていうかやりたいことをもう1回できそうな時期に来たので、それを実現するために海外の大学に行ってエンジニアのコンピュータサイエンスって学部があるんですけど、そのちゃんと遠回りでもいいから基礎を学んで。おばちゃんエンジニアじゃないですけど、エキスパートじゃなくてもどっかの企業、いろんな国、どこでも働けるスキルがついたら人生楽しい、面白いかなっていう視点で次は目指したいなと思ってます。
岸田 ちなみに 海外のどちらの方に、学ぶとしたら行かれる予定とか考えとかあるんですか?
伊藤 はい、ありまして。それがちょうど 2023年にも行ってた国なんですけど、イスラエル。
岸田 イスラエル!中東の。
伊藤 ちょうど2023年の8月が発覚する半年前ぐらいにちょうど行ってまして、ここで どういう食べ物とか水回りとかどういう人なんだろうとかっていうのを、あと行きたい大学があったので見学に行って、やっぱ面白そうだなって思ったのと。夏が日本より涼しいっていうのが分かったので。
岸田 へ〜、そうなんや!?
伊藤 その朝と夜はものすごく涼しいのがわかったので、夏この季節過ごしたいっていうのがわかったので、イスラエルに行って自分を鍛え上げたいなと思ってます。
いざという時に迷わないために。伊藤さんが伝えたい「自分の考えを持つ」こと
岸田 イスラエルに行ってコンピュータサイエンスを学んでいくっていうとこですね。すごい、ありがとうございます。 伊藤さんからですね、ちょっと視聴者のみんな 方々に向けてちょっとメッセージをいただいておりますので、こちらになります。

伊藤 私が皆さんにお伝えしたいメッセージは、自分の考えを持っておこう!ということです。この自分の考えを持っておこう!というのは何なのかというと、がんに限らず病気だったりいろんなことが人生生きていると起きると思うんですけど、その際に選択、がん治療であれば治療を選択する際に必ず何かを切り捨てるというか副作用が起きるので、それのための切り捨てる選択だったり決断だったりが必ず必要になります。なので、その時が来た時に考えると、いろいろな治療とかをする上でさらに違うことを考えて決断しなければいけないというと相当なストレスというのになるので、私は幸いなことに今までずっとそういう選択、こういう時にはきっと自分はこういう選択必要あるかないかだったりというのを考えていたので、今回の治療に関しては『必要だ・必要でない』をすぐ選択できてすぐ治療を始めれたという結果なんですけど。すべての人がこういうすぐに決断できるわけではないので、日頃からですね、自分に何かあったときは自分はどう選択するのかという考えを持っておくと少しはその気持ちに負担はかからないのかなと思ってこのメッセージを送ります。
岸田 ありがとうございました。自分の考えを持っておくっていうね、この言葉皆さんもね、本当人生は選択の連続でもあると思いますし、治療によってもね、この治療とこの治療をどうする!?っていう時のメリットデメリットを考えつつも自分のね、何を大切にするのかっていうのがあると選びやすい一つのツールになるかなと思いますので、皆さんこの言葉を また皆さんの心にもちょっと留めておいていただけたらということを思います。 それでは、これにてがんノート終わっていこうかなということを思うんですけれども、伊藤さん、いかがでしたか、お話ししてみていかがでしたでしょう?
伊藤 自分自身こういうふうに客観的に、今その治療とかその治療期間で起きたこととかを客観的に見るっていうことが今回できて良かったなってすごく思ってます。
岸田 本当に僕もこんなに治療期間中ライブに行かれる方初めてだなっていうのは ありましたけれども(笑)まあそれぐらいね、やっぱこう自分のやっぱり大事にするもの、そのために治療していくっていうのもね、それも本当にめちゃくちゃいいことと思いますのでね、また皆さんももしよかったらまた参考にしてもらえたらと思います。 それではこれにてがんノート終わっていきたいと思います。皆さんご清聴…ちゃう、ご視聴いただきましてどうもありがとうございました。次の動画でお会いしましょう!それではバイバイ!
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