目次
- ゲスト紹介テキスト / 動画
- ペイシェントジャーニーテキスト / 動画
- 病院や治療の選択テキスト / 動画
- つらかったこと(副作用や後遺症)テキスト / 動画
- 家族・パートナーのことテキスト / 動画
- 仕事のことテキスト / 動画
- お金・保険のことテキスト / 動画
- 工夫したことテキスト / 動画
- 情報テキスト / 動画
- がんになる前と後で変わったことテキスト / 動画
- あの時の自分へテキスト / 動画
- 大切にしたいこと(夢や目標など)テキスト / 動画
- メッセージテキスト / 動画
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インタビュアー:岸田 / ゲスト:大戸
神奈川在住のITエンジニア——治療を続けながら記録を書いてきた大戸さん
岸田 それでは、がんノートをスタートしていきたいと思います!今日のゲストは大戸康紀さんです!よろしくお願いします〜!大戸さん、よろしくお願いします!今日はね、前立腺がんの経験談を大戸さんからお伺いしていきたいと思います。
そんなゲストの大戸さんですけれども、大戸さんはこちらですね!今神奈川に在住されていらっしゃいます、会社員の大戸さん。前立腺がんに罹患されまして、ステージ3、今ステージ4という形でございます。治療も、薬物療法も手術も放射線もされていて、今も治療中。告知は、53歳の時に告知を受けられていったという大戸さん。ブログネームは『おー』という形で、これまたね、後でもお話聞きたいなと思います!

PSAの異常から治験まで——大戸さんが治療を選んできた道のり
岸田 はい!それではですね、大戸さんのペイシェントジャーニーをこれからお伺いしていくんですけれども、個人の経験談で特定の治療などは推奨しておりません。ご自身の病気は主治医にご確認いただければと思います。これから感情の浮き沈みのグラフが出てまいりますので、こちらをご参照ください。ドン!と、このような形ですね、大戸さんのグラフが出てきているんですけれども、大戸さんこれは…自分で見てみていかがですかね?
大戸 そうですね〜、マイナスのところが結構多いな〜と感じます。
岸田 はい、マイナス部分もあるんですけれども、その中でどういったことがあったのか?これから大戸さんの話をお伺いしていきたいなと思います!レイアウトをちょっと変えさせていただきます。ここからですね、ちょっとはじめに何があったのか?ちょっとお伺いをしていきます!
会社の定期検診でPSAの異常——52歳と53歳、2度の要精密検査
岸田 まず一つ目、部署の移動と、これ会社の部署っていうことですかね?
大戸 はい、そうです。
岸田 会社の部署…これは部署…場所を移動したんですか?それとも職種を移動したんですか?
大戸 場所を移動しました。やる内容が変わったって感じです。IT関係のエンジニアをやっているんですけども、同じような部の中でのグループが変わったっていう感じぐらいです。
岸田 はい、その中でですね、次こちら、定期検診で要精密検査となっていくということで、これは会社で受けている検診ですかね?
大戸 はい、そうです。
岸田 会社で受けている検診で要精密検査、これは何が引っかかったんでしょう?
大戸 PSA(前立腺特異抗原)という前立腺のマーカーなんですけれども、これが異常値になっていたということになります。
岸田 うーん!そうなんですね、それが…ちょっと異常値だったということが分かっていって、そこからこの後どうなっていくんでしょう?要精密検査なので、検査をされていくんですかね?大戸さん。
大戸 実は52歳の時にも定期検診で引っかかっておりまして、それで近くの泌尿器科のクリニックで精密検査を受けて、その時は…誤差だろうという感じで帰されまして。それが53歳になった段階での定期検診でも引っかかりまして、そこで…要精密検査ということで、やはり同じ病院に行きまして検査を受けました。そこで…がんじゃないか?という話になって、もっと…より精密な検査を行ったという流れになります。
岸田 …ということは あれなんですね?52歳の時は…クリニックに行かれて、大丈夫だろうみたいな感じだったんですね?
大戸 そうですね、まああの…ちょっと前立腺肥大かもしれないしなーっていう感じのと、あと…(数値が)7ぐらいだったかな?で、それが要精密検査の時にもう一回取り直すともうちょっと低くなってたので、誤差だったのかなぁ?というぐらいの感じで帰されたという感じになっております。
岸田 そこでね、またなんかこう分かってたら…また変わってくるのかな?と思いますけど、それはばっかりは仕方ないですかね〜。
大戸 そうですね、はい…。
岸田 そして要精密検査を53歳の時にも受けまして、そして…この時はまた同じクリニックに行ったんですか?その後。
大戸 はい、そうです。
岸田 そのクリニックではどのようなことを言われたんでしょう?53歳の時は。
大戸 そうですね、触診という…お尻の穴から突っ込んで触られて形とか硬さとか診るんですけども、それで…あっ、やっぱりがんじゃないかな?という感じで言われまして、そこから近くの医療連携をしている病院がありまして、そこでMRIと骨シンチグラフィというのをオーダーされまして、それと同時にもう生検をしましょうということでそのクリニックで生検がオーダーされました。
岸田 ああ…そうなんですね!触診なんですね?
大戸 そうですね、触ってどうかという。あとエコーを撮ったような気がするんですけど、そこはちょっと覚えてないです。
岸田 お尻の穴から…指を突っ込まれて見られるんですね!?前立腺のところって。
大戸 そうですね!大きさとか硬さとかを見られて…なんかすごい硬いっていう感じで…言われまして。これは…危ない!っていう感じで、もうすぐ生検しましょうという感じで生検が先になって、それから連携している病院の方でできるだけ早くMRIと骨シンチグラフィを入れてもらったっていう感じになります。
岸田 そっか…そこでね、先ほどもありましたがんだろうと。そのクリニックでもう言われたんですかね?
大戸 そうですね、生検の結果を見て、あの…何だ!?という話で、あとグリソンスコアといういわゆる…がんの悪性度と、あとどれぐらい陽性率かと言いますか、あの12本針を刺したんですけれども、その中で…半数以上ががんだったというところを言われました。
生検の結果、そして告知——夫婦で聞いた日
岸田 がんの告知を受けた時の大戸さんの心境…これを見たらもう下がってはいるんですけれども、いかがでしたか?
大戸 夫婦で(告知を)受けたんですけれども、結構もう…つらいな〜という感じでした。早め早めで治療を受けたいなという感じも思いました。
岸田 やっぱり…まさか自分が!みたいなことは思ったんですかね?

大戸 そうですね…妻の父親が…やはり前立腺がんだったんですけれども、それで自分が前立腺がんなのかというのはちょっと…ショック……まあショックはショックだったんですけど、そこまでの…大きなショックという感じではなかったかなと思います。後ほどちょっとより深刻な状況になってきてアップアップになってしまったというのはあるんですが、その時と比べて…もうちょっと軽かったかな?というのは記憶しています。
がん専門病院へ転院——転移の疑いとホルモン療法の始まり
岸田 その中でなんですけれども、告知を受けられてね、どうなっていくのか?先ほどちょっとお話ありましたけれども、その後転院をされていくということで、薬物療法・ホルモン療法も注射を受けられていくということですけれども…そのクリニックから病院を紹介されていく感じになるんですかね?
大戸 はい、そうです。ちょっと病院が遠いけれどもサクッと切っておいでって言われてまして、サクッと切って終わるわけではなかったですけれども、その時はそれぐらいの…軽いといいますか、そこまでの深刻度はなかったような感じの告知ではありました。
で、転院しまして、すぐ どうします?と言われまして、ホルモンを打ってもらったという形です。そこから…PSAが下がらないと次の治療とかできないから、とりあえずホルモンだよねという感じで治療に入りました。
岸田 転院というのは、大きな病院に行かれたという感じなんですかね?
大戸 はい、そうですね。がんの専門病院になります。クリニックの先生の同じ大学の出身の先輩なのかな?…がいらっしゃるという病院でして、そこで紹介してもらって入ったという形になります。
岸田 そうだったんですね!ありがとうございます。そしてこの後ですね、転移がないと判明していくということなんですけれども、転移がないと判明、これは転移があったらまた変わってくるという感じなんですかね?
大戸 そうですね。転移があるとステージ4ということで、手術とか…放射線による根治を目指した治療というのは受けられない。全身療法になるという感じです。
実はがん告知の際にMRIを撮ったんですけれども、転移かもしれないなというところが、えっと…なんていうんですか、背骨に若干光るところがありまして、それで転移はないだろう、大丈夫だろう!みたいな感じで転院したんですけども、そこで…やっぱり怪しいからもう一回検査したいということで検査しまして。
で、転移があるかないかよく分からんけど、ホルモン治療をしていってそれがきけば転移だったっていうことでみましょうみたいな感じでホルモン治療しまして。結局…増えても減ってもいないと言いますか、ちょっとだけ影が薄くなった感じもしたんですけど、転移がないっていうのでいいんじゃない? っていう感じぐらいの軽〜い感じで流されまして、まあいいかな〜これでっていう感じでは…進むことになりました。
岸田 ふーん!そんな感じで変わっていくんですね?
大戸 一応その病院では疑わしきは…疑わしい場合は見なかったことにしましょうみたいな、なかったことにしましょうみたいなところが雰囲気があるのかなと思います。ただちょっと…後の方でも話をしますけれども、放射線科の方で放射線をうつことがありまして、その際に放射線科医からは、背骨の方は転移だったんだと自分は思うんだけどな〜という感じのことは言われました。
泌尿器科の先生は転移なしとして判断はしていたという感じです。
岸田 だからこの時点でちょっと…背骨の方に何か…そういうのが見えているような感じだった?で、それは一応検査の項目とかそこら辺に変動がないから大丈夫なんだろうな〜みたいな形の推測で進んでいくということですね?
大戸 そうですね。泌尿器科としては転移なしという形で進んだという形です。
岸田 はい、そしてですね、その後どうなっていくのか?と申しますとこちら、PSAの値が上昇し薬物療法・ホルモン療法、次はビカルタミドをされていくという形ですけれども、その転移なしとなっていった中で…ただ数値が変わっていくんですかね?このPSAが。
大戸 そうですね。一番最初に転院した時に泌尿器科の先生から、ホルモン療法の注射だけで大丈夫だろうみたいなことを言われまして、自分が…飲み薬も必要なんじゃないか?という話を言ってたんですけど、まあいいんじゃない〜って感じくらいの軽い感じで流されまして、やっぱり…上昇したじゃん!という感じなんですけれども。
で、上昇しまして飲み薬を飲んでっていう。やっぱりあんまり…結果…1年ぐらいかな…1年半ぐらい持ったんですけども、また上昇していくって感じになっています。ちょっと後でまた説明させてもらいます。
岸田 なんか……あれですね…その…その泌尿器科……大丈夫なんかな?なんか…(苦笑)えっ、大戸さんなんかすごい不審感とか持たなかったですか?大丈夫でした?
大戸 うーん、ちょっと…大丈夫なのかな!?という気もしてはいたんですけども、まあ……まあがん専門病院だし、まあ…いいかな〜という感じでは思ってはいました。
岸田 まあ〜そっか…まあ…多分ね、これはあくまでも大戸さん側からの意見なので、またね、病院側からだったら病院側でまた違う意見かもしれないですけど、そこら辺ね、皆さん客観的にご覧いただければ嬉しいなと思っています!
そっか!PSA…ホルモン療法をされていった中で、いったん(PSAは)減少はしていくんですね?
大戸 はい、いったん減少します。減少したから…あとの根治を目指した治療が受けられたという形です。

手術か放射線か——ロボット支援での前立腺全摘を選んで
岸田 それはこちら、手術で前立腺の全摘ということで、これはもう手術しましょうとなっていくんですかね?
大戸 一応手術にするか放射線当てるかという話は、両方とも提案はされました。で、手術の場合はPSAでここまで下がってほしいとか、あと放射線の場合はここまでぐらいで下がってくれれば打てるよとか、そういう目安も言われました。
私としては全摘の後に救済放射線(治療)もあるということで手術の方がいいなとか、あと放射線の場合は1か月半とか通わないといけないので、やっぱり手術だと10日ぐらいの入院で有給使って…休めていいかな〜という感じで、手術の方を目指しました。
岸田 へえ〜!大戸さん、僕はあまり…前立腺全摘の手術ってよく知らないので教えてほしいんですけど…これは開腹手術みたいになるんですか?それとも…ロボット手術みたいな、そんな感じになるんですか?
大戸 ロボットで、その病院はロボットを結構推奨していまして、お腹に穴を開けてロボットのアームを入れて、そこで…切っていくという形になってました。
岸田 おぉ〜!大戸さん、ロボット手術いかがでした?結構 体に負担少なかったですか?
大戸 少ないという基準がよく分からなかったんですけども、一応回復はまあまあ早めに…回復したのかな?という気がしております。
岸田 術後、痛くなかったですか?
大戸 気持ち悪さとか吐き気がすごくありまして、大変でした!あと1日目、2日目は結構 痛くて…。麻薬系の鎮痛剤もプッシュ式で提供されたんですけども、結構押しても…効かないとか押したら気持ち悪くなるとかで、結局…まどろみながら痛がってグルグルしてという感じのことが2日ぐらい続いていたのは覚えています。
岸田 そっか…数日は痛くてというふうなことだったんですね?
大戸 そうですね。
退院後に続いた入院——腎盂腎炎、そして敗血症の治療で過ごした2か月
岸田 そしてですね、前立腺の手術を受けられていった後に…退院されていきます。ただ、すぐ腹痛で入院ということで、どれくらいで退院されていくんでしょう?1〜2週間?
大戸 10日くらいだったかな、退院しまして、すぐ腹痛があって…入院して、3日ぐらいで…何も結果が分からなくて、便秘で便がたまっているのかな?というぐらいの感じで追い出されまして。で、また腹痛が…ひどい腹痛がありまして入院して、そこで…ちょっと後で説明しますけど腎盂腎炎(じんうじんえん)とかがあって、長期に入院になったという感じです。
岸田 はい、それがこちらですね、腎盂腎炎・腎膿瘍(じんのうよう)そして敗血症ということで、これは…トリプルパンチが来たって感じですか?
大戸 そうですね。腎盂腎炎で重くなって腎膿瘍になって、そこから多分…大腸菌が血液の中に入ったんだろうということで、敗血症になったという感じです。

岸田 おぉ〜!これは先ほどの腹痛とは関係ある?ない?
大戸 関係あるようなんですけれども、私としては手術の際に尿道を一回切ってくっつける…という作業が必要なんですけれども、そのくっつける際にほんの少し本当に見えないレベルで穴が開いていて。で、尿を排尿した際にそれがほんの少し漏れて…激痛になっていったんじゃないかなというふうには思っています。
ただ…画像とかでは全然見えないレベルなので判断はできなくて、症状としてもそこら辺に穴が開いていたので、菌が入っちゃったという形なのかな?とかいうふうには考えています。
岸田 大戸さん的にはね…そっか!で、腎盂腎炎になっていってっていうのも、その手術の影響でなっていって敗血症までって…かなり重症じゃないですか?
大戸 はい、重症です。で、ネットで敗血症の死亡率を見るとかなり高くて…妻と…えーっ!!て感じで思ってました。がんよりも…怖いじゃん!っていう話で。がん告知の際に…そこまで重く感じていなかったので、それよりも敗血症の方が怖いよねっていう話は言ってました。
岸田 えっ、ちょっと待ってください…ということは手術終わって退院してもう一回入院してまたすぐ退院して…そこから…腎盂腎炎から敗血症までなっていった…。その時は入院はしないんですか?治療とかで。
大戸 ずっと入院してました、抗生物質をずーっと打ってました。
岸田 じゃあ…また腎盂腎炎みたいな形になった時に、また入院されていくんですね?
大戸 はい、そうです。
岸田 治療を受けられていってっていうところで…かなり結構…大変な状況であったってことなんですね?この時は。
大戸 そうですね!その時は3週間くらいで…手術を含めて腎盂腎炎の後にもう1回入院してるんですけども、それを含めて…2か月くらい入院してました。
岸田 治療が奏効してよくなったっていう認識でいいんですかね?その後は。
大戸 そうですね、よくなって…で、帰されてまた熱が出て入院したっていう感じです。で、その時はもらった薬の副作用だというのが判明しまして、別の薬をもらって熱が下がったので、大丈夫だろうということで退院したという状態になっています。
岸田 すごいですね!じゃあこの時は本当に入退院を繰り返してっていう形だったんですね〜。
大戸 そうですね。で、それが終わってから……前くらいかな?終わったぐらいかな?手術してPSAを測ってみると、あまり下がらなくて…上昇に転じてしまったので、一回手術の後にホルモンの飲み薬の方をやめてたんですけれども、上昇したということでもう一回ビカルタミドを服用し始めたということになります。
岸田 いや〜、せっかく手術したのにまた上がっていくっていうのは、ちょっと…大戸さん的にもショックですよね?
大戸 そうですね。
岸田 そんな中でちょっと上がりますが、尿漏れパッド使用終了ということがあります。これは…尿漏れパッドをしていたのを、しなくてよくなったってことですよね?
大戸 そうですね。あと3か月ぐらいかな?手術から3か月ぐらいでほとんど尿漏れはなくなってたんですけれども、ちょっと怖くて続けていたっていうのが、なんか面倒くさくなってきて尿漏れパッドを外してしまったっていうところがこれぐらいですね。1年経ってないぐらいかな?なんかそれぐらいで…もうやめました。
岸田 やっぱりやってたら…なんですかね、大戸さんのQOL…生活の質に結構支障はあった感じなんですか?
大戸 最初の頃は結構…漏れがひどかったので、QOL的にはちょっと…低かったです。それが…そこまで漏れなくなってパッドをつけるのが面倒くさいな〜とかいうのはあったんですけれども、そこまでの…(QOLの)下がり方はなかったかなと思います。

岸田 うーん、そっか!じゃあもう使わなくても大丈夫だろう!ということで、外されていくということですね?
大戸 そうですね、面倒くさくなっていったということですね。
岸田 (笑)面倒くさいが一番大きいんですかね?大戸さんの中で。
大戸 はい!そうですね。
救済放射線64グレイ、恥骨への骨転移——そして治験へ
岸田 (尿漏れパッドの)使用を終了していって、その後放射線療法に入られていきます。前立腺跡へ64グレイをされていくということなんですけれども、これはもう…あれですか?やっぱりPSA上昇しているしということで、放射線を当てていこうという判断ですかね?
大戸 そうですね。1回…ほんの1か月ぐらい下がったんですけども、それが全然…ちゃんと下がってなくてやっぱり上がっていくので……去勢抵抗性(きょせいていこうせい)になっているっていうこともありますしあと前立腺跡に救済放射線療法と言うんですけども、それを当てることによって下がる場合があるから当ててみようという感じで当てました。
岸田 はい。今なんか去勢抵抗性になっているっていう話がありましたけれども…すいません、ちょっと教えてほしいんですけれども、去勢抵抗性って何ですか?
大戸 ホルモン療法を行っているに関わらず…PSAが上がっていく状態ということになります。ホルモン療法がもう効かなくなってきたという状況なんです。
通常ですと効かなくなってきた時に転移がなければアーリーダとかそういった薬剤に変更、転移がある場合はイクスタンジとかに変更という形で次世代のホルモン(療法)がありますので、それに切り替えるという感じになります。ちょっと後で話が出てくると思いますけれども、そういう感じで変更をします。
岸田 放射線療法64グレイ当てていかれまして、その後骨転移が分かっていくと…。
大戸 はい。
岸田 これはどちらに骨転移していったんでしょうか?
大戸 恥骨という骨です。結構前立腺に近いところの、骨盤の下の方にある骨になります。
岸田 そっか、骨転移されていて、これ結構こう下がっているんですけれども、大戸さんの心情的にどうだったんでしょう?
大戸 かなり…もうステージ4に上がってしまうので、これはもう無理なのか〜っていう感じで結構へこみました。
岸田 そうですよね〜。結構骨転移そこにされてね、恥骨にあるというのが分かっていって、そこから…放射線療法。また放射線が続いていくんですね?

大戸 はい、そうですね。骨転移部分に治療量の放射線を当てました。1か所だけなので、放射線を当てるという方法が推奨として、2〜3年ほど前かな?推奨になりましたので、私の方は主治医に対して放射線を当ててほしいというのを懇願しまして、当ててもらいました。
岸田 大戸さんから主治医に提案したんですね?
大戸 そうですね、はい。まあ、やりましょうって。その手術終わってすぐぐらいで、手術をしていただいた主治医とか先生が定年で退職されまして、で、次の先生に代わりまして、その先生が新しいこととかも結構勉強されたりとかしているので、結構すんなり聞いてくれるようになってました。
岸田 お〜!その先生にご提案して放射線療法をさせてもらい、そしてその後ホルモン療法を、はい、薬剤を変更されていくと?
大戸 はい、そうですね。ビカルタミドがもう使えないので、二次ホルモン療法…次世代のホルモン療法ということでイクスタンジ。これは転移がある場合によく使うものになります。あとザイティガとかもあるんですけど、日本の場合はイクスタンジが先に使われる場合が多いということで、イクスタンジになっています。
岸田 ホルモン療法を変えられてみてどうでしたか?なんか副作用とかは変わってくるんですか?
大戸 副作用はビカルタミドよりは重かった感じです。やっぱりホットフラッシュとか、いわゆる更年期障害的な症状とかがあって、体がダルいとかそういったのはあったんですけども、そのうち…慣れてきて気にならなくなってきたっていうのはあります。
岸田 お〜!そうなんですね。やっぱり…慣れるんですね?
大戸 私の場合は慣れてきたという感じです。
岸田 その治療を続けられてきて、そしてその後残念ながらPSAが上昇していく…こういう形になるんですか?
大戸 そうです。10か月くらいかな、でPSAがまた上昇し始めて、これで…後は抗がん剤しかないというぐらいになってきているので、かなり落ち込みが激しかったです。
岸田 そうですよね〜!先ほどの骨転移と同じく、本当にかなり下がってますよね〜。やっぱり治療方法が限られていくっていく中で、その不安からやっぱり下がっていってるんですよね?
大戸 そうですね、もう最終段階なので、そうですね…どうしようもないくらいになってます。それで…やっぱりちょっと会社の仕事の状況もあったりとか、病気がこういう最終段階に突入しつつあるという状態で、メンタル起因ということで、もう…ちょっと休職に入ったという状態になってます。
岸田 あー、そっか!ここで休職に入られていき、ただここでちょっとね、上がっているのが…せめてものちょっとね、救い的な形なのかな?と思いますけど、それがこちら、治験に入る・薬物療法していくということで…おっ、ここから治験に入られていくんですね?
大戸 はい、そうです。たまたまなんですけれども、主治医にはずっと治験に入りたい、何かいいのがあったら入りたいというのを言っていまして、それで…イクスタンジ抵抗性になった段階で別の科の先生を紹介してもらって、その先生から治験としてこういう感じの方法があって入れる可能性あるよという形で示していただいて。
2回目…その次の月でやっぱり入りたいという話もずっとしていて、で、その時にPSAが2を超えたので、まだ治験が入れそうだよということでスクリーニングを受けて入ったという形になります。
これによって通常の治験とかを考えない場合、標準治療ですとドセタキセルっていう抗がん剤になるんですけども、そこに至る前に一枚といいますか、いったん…他の抗がん剤といいますか、そういう細胞をコロすための薬っていうのを入れることができるっていうことで、治験っていいな〜って感じで思っていたんですけど。
実際に治験に入れてそういう薬物療法に入ったという形で、ちょっと1枚カードが増えたな!という感じで、ちょっと助かったかな〜というのでアップになっている感じです。
岸田 あ〜!そっか!その選択肢が増えてね、上がっているというところですね。治験なので…実際のお薬とかそういった薬剤名とか言うことは難しいとは思うんですけれども、どうですか?治験をやってみてのその感想というか、ちょっとなんか…今の感触。治験って結構大変じゃないですか?毎回いろいろなこと聞かれたりだとか、専門の医療者さんにデータ取られてだったりだとか、どうですか?やられてみて。
大戸 血液を抜かれるとかそんなには…つらくはないんですけども、血管を探すのが結構大変で結構失敗されたりとか…そこで…大変でしたね!今ポートを入れている…CVポートというのを入れているんですけれども、CVポートから採血できないものというのがいくつもあったりしていて、なかなか大変だな〜とか。
あと…そうですね、治験薬…通常ですと治験薬がプラセボかとか、いわゆる標準治療かというのは選べないし、その後どっちに入ったか?というのは公開というか…(患者には)知らされないというのが普通なんですけれども。
私が入ったのは…その選択…標準治療とその治験薬群というのは選択はやっぱり…ランダムではあったんですが、どちらになったかというのは知らせてくれるという治験でして、(自分が)治験薬側に入ったというのは知らされて、それで(治験を)受けている状態になっています。
岸田 あっ、そうなんですね!なんか治験入ると…どっちが自分かって分からないようなイメージですけれども、大戸さんのやつは分かる治験だったんですね?
大戸 はい、そうです。で、その治験薬を投与される間隔が結構短いっていうのと、あと治験薬を投与された後にかなり重い副作用がありまして…なかなか大変だな!っていうので、月の半分ぐらいがそれにかかってる…。で、ダウンタイムが結構長いっていう状態が続いていて、結構大変だったな〜っていう気はしております。
岸田 そっか〜いや…そうですよね。新しいお薬といったところもあってね、そこのこというのも結構いろいろ…大変なことも多いのかな〜ということを思います。
大戸 ドセタキセルも結構…副作用が大きいので、まあ……どっちがよかったかというのも何とも言えないんですけれども、ドセタ(キセル)に行く前に1枚かませてもらったからいいかな〜という感じに思ってやっています。
岸田 …ということですね、ありがとうございます!そんな…もっとね、いろんなお話お伺いしたいんですけどね、またちょっと後でもお伺いをするかなということもありますのでぜひよろしくお願いいたします!
手術か、放射線か、トリモダリティか——迷いながら選んだ治療
岸田 それでは、各項目に分けてちょっとお伺いをしていこうかなということを思っております。まず一つ目の項目といたしまして、病院や治療の選択という項目になります。これはね、SDMと呼ばれるシェアード・ディシジョン・メイキング、医療者とね、患者さんと一緒になって治療方法、そういった共同意思決定決めていこう!というふうな形にはなるのですが…。
大戸さんの場合…かなりね、医療者の方にご提案していったりだとか結構積極的にこうされていっているなという印象なんですけれども、ちなみになんですけれども…ここでね、いろいろやっていこうってなった時に、ここで医療者が変わっていったということをお話しいただいたかなと思います。定年退職で先生が変わっていってみたいなことをおっしゃっていただきましたよね?
大戸 はい。
岸田 先生が変わる前と変わった後で、全然やっぱり対応違います?
大戸 そうですね!ちょっと違いますね。変わる前はちょっと…とっつきにくい感じだったんですけども、変わってからは…ちょっと…話しやすいというか、ちょっと軽すぎるノリがあったので…そこは…もうちょっと抑えてほしいっていうのは別のところからインプットさせてもらって、なんとなく変わったという感じです。治験に入った時は、また先生も変わってますけれども。
岸田 あ〜!そうなんですね。(先生の対応が)軽すぎるっていうのは、ちょっとなんか…ポップな感じってことですかね?
大戸 結構…状況が悪いはずなのに、大丈夫ですよ〜!っていうのを連発されて…いや大丈夫じゃないじゃん!とかって思ってたので、そこはちょっと…トーンを(自分と)一緒まではいかないかもしれないけど、トーン軽すぎだよっていうのは言ったことはあります。先生に直接言わなくて、別の先生から言ってもらった感じにはなったんですけど。
岸田 別の先生っていうのは、何か違うことで一緒になった先生ですか?
大戸 そうではなくて…実は…がん告知の前ぐらいから……がん告知して転院してすぐぐらいの時から、腫瘍精神科という精神系の科を受けてまして、カウンセリングも受けてました。カウンセリングの先生から、先生にちょっと軽すぎるんですよ〜って話をしたところ、じゃあ伝えておきますみたいな感じで伝えてもらったという感じです。
岸田 ああ〜そうなんですね!ここでそういう精神科の先生にも診てもらっていて、その先生からちょっと言ってもらったっていう形なんですね?
大戸 そうですね。私は言ってくださいとは言ってないんですけど、私がそうやって不満をこぼしたら、言ってきまーす!とか言った感じで…伝わってしまったって感じです。
岸田 大戸さん的には伝わってよかったですよね?結果的に。
大戸 結果的によかったです。主治医は3人いるという感じ、3人目の主治医ですね。
岸田 この時と今は…治験に入っているので。
大戸 そうです、治験の先生です。
岸田 先生ですね。そしてですね、治療…その治験に入るといったところです。治療の選択といたしまして、今その…自分の…何でしょう、ちょっと待ってくださいその前にお伺いしたいのは、治療の中で大戸さんが何かこう…何でしょうね、迷った選択っていうのはありましたか?この中の治療で。
大戸 迷った選択というのは…一応手術がしたいという感じのことは前面には出てたんですけど、やっぱり放射線とかあと別の病院で行っているトリモダリティという、小線源+外部照射+ホルモンという方法があるんですけれども、それの非再発率が高いという話があって、他の病院に行くのか?とかちょっと遠いよな〜とかで悩んだりとかをしたことはあります。
ただちょっと…他にあった時にそれ以上の手段というのが限られてくるので、やっぱり病院を動かない方がいいだろうなということで、その病院で提供している手術と放射線のどっちかな〜という感じで手術を選んだという感じになります。
岸田 そっか!その手術を、先ほどおっしゃっていただいたように、手術と放射線になった時に手術した後にまた放射線もできるからということで、まず手術を受けられていったということですよね?
大戸 はい、そうです。
岸田 大戸さんの場合はね、そしてですね、ちょっとお伺いしたいのは、その後この治験に入る・入らないといったところに関しては…治験を…先生から…これはまた違う先生から提案してもらったんですよね?
大戸 はい、そうです。泌尿器科の先生に治験があれば入りたいというのはずっと言っていて、それを手術が終わって…骨転移があった辺りぐらいからずっと言っている話になります。そこで…イクスタンジに抵抗性が出たあたりぐらいで、治験がありますよというかつなげられますよという感じでつなげてもらったという形です。
岸田 そのつなげますよというのは、泌尿器科の先生が言ってくださったんですかね?
大戸 そうです。そこで別の…いわゆる薬物療法をやるメインの科があるんですけども、そこで…やってる先生が治験に関しての情報を見たら掲示していただいて、これからこういう治療があるよという感じで標準治療3つぐらい…4つかな、3つか言われまして、で、その中で、あと治験という手もありますよということで言われまして。
で、治験としては今こういった治験があるんだけれども、私に対してはこれが一番いいかもしれないなという話を言われて、じゃあそれがいいですねということで…(治験への)参加表明をしたということになります。
岸田 こればっかりは治験を受け付けているタイミングとかいろいろあったりするので、そこは皆さんも主治医の先生に、そういったところはご確認いただければと思いますけれども。大戸さんとしてはやっぱこう、1枚選択肢が増えたっていうことで、それに入りたいですっていうことになっていったってことですよね?
大戸 はい、そうです。
つらかったのは大きく2つ——手術後の合併症と、治験薬の副作用
岸田 ありがとうございます。次に質問をお伺いしていきたいと思います、つらかったこと、副作用や後遺症などということがあります。先ほどね、敗血症近くまでいったっていうことであったりだとか、もちろんね、 PSA上昇だったりとか尿漏れの話だったりとかいろいろありましたけれども……これが印象に残った!もしくは大変だったな!っていう副作用や後遺症は大戸さんの中でいかがですか?
大戸 やっぱり…大きく2つありまして、一つがやっぱり敗血症までいっちゃったっていうところ…がつらかったです!本当に死ぬんじゃないかな!?って思ったぐらいの状態だったので。もう一つが治験に入った後の治験薬の副作用が、想定以上に重かった!という状態です。
岸田 想定以上に重い!先ほどもお話いただきましたけれども…やっぱり大変…キツいですか?
大戸 そうですね。全身筋肉痛になって、他のいろいろな症状があるんですけど、一番重かったのはやっぱり筋肉痛がひどくて。で、その副作用止めを飲まないと動けない、何でも痛みが取れない、で、1週間ぐらい寝込んでっていうのが、まあ…2回3回ぐらいかな?投与で、もうちょっと続いたかな?投与で…ありまして。
今回の…投与後は比較的軽かったんですけども、それまでは結構重くて、本当にこれ続けられるだろうか?と思ったぐらいつらい感じではありました!
岸田 ああ〜そうなんですね!そっか…。今は…寝込んでるとか大丈夫ですか?今は。
大戸 はい、前回というか今回 8回目の投与なんですけれども、その投与の後は副作用があんまりなかったという感じで、よかったな!という状態になっています。
岸田 それはやっぱり…副作用の出方って変わるんですね?回数とかによって。
大戸 そうですね、この治験薬の場合は…軽くなるというふうに言われています。ただ…軽く…確かに軽くはなっている感じはします!ただ結構…重い状態がずっと続いていたので、本当に軽くなるのか!?というのはずっと疑問ではありました。
岸田 今はちょっとでも軽くなってよかったなと思いますけれども、この治験今やられていて、そういった副作用とかといったところで大変だった!ということですね。
告知も転院も、節目はいつも一緒に——妻とともに聞いてきた説明
岸田 はい、そしてですね、ちょっと次お伺いをしていきたいのは次こちら、家族やパートナーのことといたしましてですね、奥様がいらっしゃるということですので、奥様と一緒にね、がん告知を受けられてっていうことでもありました。その時の…ちょっと反応であったりだとか家族の支え、それに関しては大戸さんいかがでしょうか?
大戸 そうですね…結構ポイント・ポイントでついてきてもらって、一緒にがんの告知を聞いたりとか転院の際に話を聞いたりとか。あと主要なポイントでの治療とかでは一緒に聞いたりとかしていました。
がんの告知の際には、前にも話をしていたんですけど、妻のお父さんは前立腺がんで今ホルモン治療でずっと経過していて、で、これぐらいなのかな〜っていうぐらいの軽い…ちょっと軽めの気持ちではいたっていうところで、本当に…ショックで寝込むということではなかったのは感じてはおりました。
その後ずっとそばにいて、私の話とか聞いてくれたりとか、あと何が食べるのがいいとか悪いとか言われたりとかして、私はそんなに…食事で縛られるの嫌だな〜とか思いつつも、なんかよく…いろいろな情報を集めてきて、これどう?あれどう?っていうのはよく話はしています。そういった意味では、なかなかよかったかな〜と思っています。
岸田 うんうん!そうですね。そういうサポートをしていただいてというふうな形で…。そうですね、なので…入院中も奥様が支えてくださったりということですよね?
大戸 そうですね、何回か会いにきてくれたりとか。あと夜…私がつらくない時は、ビデオ通話をしたりとかよくしていました。
岸田 そっか!そういった支えがありがたかったということですよね〜!
大戸 はい、そうです。
「治療優先で大丈夫」と言われて——それでも迷った、職場に伝えることの難しさ
岸田 そしてですね、ちょっと次お伺いしたいことはこちらになります。お仕事のことといたしましてですね、今休職中というお話もありましたけれども、お仕事をどのように休職されていったのかであったり、会社とのコミュニケーションをどうされていったのかというところをちょっとお伺いしていきたいなということを思います。
まず大戸さんにちょっとお仕事のところでお伺いしていきたいのが…この最初の方はホルモン療法なので、お仕事を続けながらってことですよね?
大戸 はい、そうです。
岸田 そして手術をする時に、お仕事を休めるし手術しようみたいなお話もありましたけれども、この時は一度休職されるんですかね?
大戸 そのまま有給休暇ですんなりいきました。で、実際は…敗血症になって入院とかもして、だからその4回結局…計4回入院してるんですけども、それで2か月間全部有給で。
岸田 えーっ!!有給で2か月間休まれたのか!この時!すごっ!!
大戸 はい。
岸田 そして…じゃあ休職を実際されていくのは…やっぱりこの時なんですかね?

大戸 そうですね…ホルモン(療法)でイクスタンジの抵抗性が出た段階で、もうちょっと…心が壊れちゃって休んじゃったという状態になってます。
岸田 あー、そっか…。心が壊れてってお話もありましたけど…やっぱりこう最初からね、精神科も通われていたっていうところで、やっぱり結構…心に来るものがあったんですよね?
大戸 そうですね〜。骨転移があった段階とかで休職してもよかったのかな?とか思ったりとか…あと…断続的に手術の段階で2か月間ぐらい休職しても、1か月とか休職してもよかったのかな?とかは、今振り返ると思ってはいるんですけれども、よく頑張ったなという気もしています。
放射線をやってた時に、そうですね、前立腺跡の放射線が1か月半通うことになったんですけども、会議の合間を縫って…病院に通って治療を受けていて、結構大変だったな〜というのはあります。
岸田 そうですよね!64グレイ…これざっくりどれぐらい通われたんですか?
大戸 えっと…土日・祝日を除く平日すべて…で、1か月半33回くらい。
岸田 おぉ〜!本当にすごいですね!毎日病院に通われて、平日ね、行かれたということで、その時もお仕事はお仕事の合間を縫って…ということでしたけれども。
ちょっとここで2つお伺いしたいのが、がんと分かった時に会社にどのタイミングで…もちろん有給をもらう時には言わないといけないのかな?と思うんですけど、どのタイミングでお伝えしました?
大戸 がん告知の際に、告知終わってすぐくらいの時から上長にも話をしています。あと…会社の産業医にも話をしております。で、必要があれば上に伝えて構いませんという形では伝えていて、手術等があった時はまたご連絡しますというくらいの感じで話しておりました。
で、手術に入る際に、手術に入るので休みますという話とか、あと休みがどんどん長くなっていってずっと休みますという感じでは上長に伝えたりとか、あと…グループメンバーには上長からお話してほしいと言われまして、話したりとかはしていました。放射線とかもそうです。
岸田 会社の反応というか、グループメンバーの反応とかいったところはいかがでしたか?
大戸 治療優先で大丈夫ですよ〜!っていう感じのことを言われてたんですけれども…パフォーマンスがあまり上がってなかったので…評価がどんどん下がっていったっていう感じです。言ってよかったのか…言わないほうがよかったのか、微妙なところではあるなと振り返っては思ってます。
岸田 難しいですね〜!そこね…!確かに…やっぱり仕事している限り、評価もついてまいりますもんね?
大戸 はい。
岸田 この時に休職をされる時は、もうそれは産業医の方と上司と話し合って、休職しようという感じをお伝えするんですよね?
大戸 はい。ちょっとメンタル的に本当に壊れてたので…急速に休みを決めたという感じになってます。
岸田 スムーズに休めました?というかもう…休まざるを得ないという感じかもしれないですけれども、それはもうスムーズにいきましたか?
大戸 スムーズにいきました。もう休まざるを得ない状況だったので…。
岸田 休まざるを得ない状況だったといったところですね〜。今も休職されているというふうなことかと思います。
通院とホルモン療法は給付の対象外だった——出てほしいところで出なかった保険
岸田 次にですね、ちょっとお金や保険のことについてお伺いしていきたいんですけれども、お金や保険、治療費どれぐらいかかっていますか?であったりだとか、民間の保険ですね、こちら入られていますか?っていうお話なんですけれども、大戸さんいかがでしょうか?今長期間治療されていて、結構…お金がかかっているんじゃないかなと思いますけど…いかがでしょう?
大戸 えっと一応、結構かなり若い頃にアフラックのがん保険に入ってまして、結構安いやつだったんですけども、それで…がん保険の見直ししようかな〜とか妻と話してた際にがんが見つかっちゃって、ありゃ〜!!って感じになったという。でも入っててよかったな!って、古いタイプだったんですけども。
それと会社の団体保険に入ってまして、がんの治療とか入院が継続する場合はちょっと出たりとかしていましたので、少しは余裕があったかなと思います。ただ…治療が重なっていくうちに、イクスタンジって結構高い薬ですしどんどんお金がかかってくるので…つらいな〜!という感じになってきていました。
治験に入ってからは治験に関わる費用は製薬会社が負担してくれる…ということで、ちょっと楽になったかなという感じです。ただし副作用に関しての治療とか入院に関しては出してくれないので、その分入院したこともありましてお金がかかっちゃったっていうのはあります。
岸田 そっかそっか!治験でも…そうなのか!なんか全部無料な…イメージありましたけど、そっか!副作用に対する対応は自分で払わないといけないんですね?
大戸 多分、治験の枠組みによってだと思います。ただ…私が参加している治験は、これこれまでは製薬会社が負担しますというのは明示・明記されているので、そこから外れて入院とか…薬で出してもらうとかっていうのは全部お金がかかっている、こちら側が払わなくてはいけないという状況でやってます。
岸田 そっか!もう…あれですよね?全部合わせるともう…100万とかは普通に超えてますよね?いろんなものを合わせると。
大戸 はい、そうですね。高額療養費制度でキャップがかかっているんですけれども、結構…かかってます!かなりというか(笑)
岸田 ちなみにそれは…民間の保険だったりとか、そういった団体の保険だったりとか、そういったところで…賄えてはいるんですか?
大戸 一部賄えてはいますけども、全部…というわけではないですね。
岸田 じゃあ、そういったところは貯金などからという感じになってしまうんですね?
大戸 そうですね。通院でお金が出るタイプの保険ではなかったので…結構通院で(お金がかかる)とか、あとホルモン療法でもお金が出ないのでそこら辺は…結構お金かかったな〜!と思います。
岸田 そっかー!!そういう形なんですね〜!その、出て欲しいところに出なかったってやつなんですね?
大戸 そうですね。手術と放射線は出るタイプだったんですよ。あと入院も…20日以上だったかな?入院している場合は出るとかいうので、1日単位で…1日から出るタイプじゃなかったのでそれもちょっと悲しかったかなって思います。
最近の…がん保険なり普通の保険なりは、もっと最初から手厚いものになってたりとかするので、うーん…早めに見直ししておけばよかったな〜!っていうのは思っております。
岸田 大戸さんの場合はね、そういった形だったということですね。はい、ありがとうございます。
「体力維持は重要かなとは思っています」——治療の段階に合わせて変えてきた習慣
岸田 次にですね、こちら工夫したことについてお伺いしていきたいなと思います。工夫したこと、これは…がんの入院中でもいいですし、それ以外のことでも大戸さんがこうしてよかったな〜っていうこと、もしあれば教えていただければと思います!
大戸 はい、えっと…放射線をする前ぐらいまでは結構歩いたりとかして体力維持っていうのをしてたんですけども、放射線辺りぐらいから…ちょっと体力がなくなってきてそこまで歩けなくなってきたりとかしていて。で、抗がん剤になってからさらに…歩けなくなってしまったっていうのがあって、これは…ちょっと体力維持というのはなかなか続けるのが難しいなと感じています。ただ…体力維持は重要かなとは思っていますよ。
岸田 体力維持っていうのを…大戸さんなりに放射線される前まではずっと歩いたりとかされていて、今もちょっとそれに試行錯誤されているって感じですかね?体力に関しては。
大戸 そうですね。
ガイドラインも論文も、AIも——「知識がある前提で」情報を集める
岸田 そしてですね、次こちらお伺いしていきたいのが情報のことですけれども、大戸さんかなり…情報をいろいろ持たれていてね、ご自身から医療者に提案していったりだとか治験の情報、治験に関しては…自分が欲しいということを言ってつないでいただいたかと思うんですけど、普段のがんに関する情報、もしくは治療に関する情報って大戸さん、どういった形で手に入れてますか?
大戸 基本的にはネットで見て、あと…検索かけてとかガイドライン読んだりとか、あと…何かよい方法がないかな?と思って論文を当たったりとか、そういう感じで情報を得てました。
最近になると…AIが結構発達しましたので、AIに聞いたりとかしてヒントをもらったりとか、そこから深掘りしていくとかそういった感じのことで情報を収集している感じです。
岸田 おー!AIを活用されて…。えっ、AIは嘘つきません?大丈夫ですか?
大戸 一応…知識が、自分の中で知識はある程度あるので、それ嘘だろう!とかいうのは分かったりとか、あと…どうかな?という時にはさらに突っ込んで調べたりとかするので、そこまでの…怖さというのはないです。
岸田 ちゃんと知識がある前提で調べられているということですね〜!
大戸 そうですね。
写真が苦手だったのに、動画も声も残すように——妻との記録を撮り始めた
岸田 そして次こちら、がんになる前と後で変わったこと。前立腺がんに大戸さんがなる前と後で何か意識的なもの…もしくは習慣的なことでも何でも構わないんですけれども、何かがんになる前と後で変わったことありますでしょうか?
大戸 生活自体はそこまで大きく変わっていないかなと思います。ただ…気持ちの持ち方というかそういうので、やっぱりあの…死に関してのこととか、生きることに関してとかはちょっと考えるようになったかなと思います。
岸田 うーん…生きる・死ぬといったところ、具体的にはどういうふうに考えるようになったんでしょうか?
大戸 そうですね〜なんか…がんになる前までは、もっともっとなんか長生きするようなイメージというか、ふんわりとしたイメージはあったんですけども、そうではないな〜って思ってきたりとか。去勢抵抗性…転移性の去勢抵抗性なんですけども、それの…まあ…余命の中央値というのがかなり短いんですよ。それで…わー!って、そういうので…まあ…ちょっと死をかなり意識したっていうのはあります。
岸田 うーん…そうか。その意識されて…何かこう…なんでしょうね、あの…なんでしょう、大戸さんの場合その死を意識するっていったところから…人生を見つめ直すきっかけになったっていうこともいただいてるんですけど。ここに関してはいかがですか?
大戸 そうですね〜妻との写真とか…記録がほとんどなかったので、写真があまり好きじゃないっていうのもあったので残してなかったんですけども、やっぱり…写真とか動画とか残そうかな!っていう、動画とかしゃべってる…声とか残していこうかっていうのは話をして、ちょっと撮るようになったかな!っていうのはあります。
岸田 あ〜!本当ですか。がんノートもね、そういった中でご出演…もしかしたらいただいたのかなと思ってますが、違いますかね?
大戸 そうですね!記憶・記録に残すっていうのは重要かなっていうのがあったりとかして、そういった意味でもブログを結構書いたりとかしています。
岸田 そう!そのブログなんですけれども…冒頭でご紹介した時に、ブログネーム『おー』さんっていう形で紹介をさせていただければということをお伝えをしていたんですけれども…、ブログを大戸さんはがんになってからされてるんですよね?
大戸 はい、そうです。
岸田 これは、やっぱり残しておこうという思いがあってという形ですかね?
大戸 そうですね、記録として残そうかな〜という感じです。亡くなった時にどうかというのはとりあえず置いておいて…自分の…どう感じたのかとか、その時どう治療が行われたのかとか、どう副作用があったのかというのを記録して…見直すことがあったら見直したいなとか。また、そういう前立腺がんの人にちょっとでも役に立てればいいかなという思いもあったりして、書き始めたっていうのがあります。
「早めに生検を、MRIを」——52歳の自分に伝えたいこと
岸田 ありがとうございます。次ですね、こちら、あのときの自分へということで、あのとき…がん告知のタイミング、もしくは治療中でもいつでも構わないんですけれども、何か自分で声をかけるとしたらどんな声をかけますでしょうか?
大戸 そうですね、52歳の時に1回…PSAの異常があって精密検査を受けたんですけれども、その時に半年後とかにもう1回受けた方がよかったとか。あと…その53歳の時の検診で異常値が見つかってからちょっと仕事が忙しかったりとかいろいろあったりとかして…半年ぐらい精密検査の時期が後になってしまったんですけども、それも…早めに行けばよかったというのは伝えたいな!と思っております。
岸田 そっかー!ね〜!仕事忙しかったりとかするとね、ちょっと後回し・後回しになっちゃいますよね〜。ただ、その時にも大戸さんは…過去の自分に、ちゃんと検査しておけよっていうことを伝えたいということですね?
大戸 そうですね〜。歳だから…前立腺肥大だろう!みたいな感じで甘く考えたりとかしないで、やっぱり生検を受ける機会があれば早めに生検を受けるとか、MRIを受けるとか、そういったのを早め・早めにやっておくとステージとかが早くて根治できる可能性が高くなったかな?というのは思います。
岸田 もしご覧になっている方で何か要検査になっているであったりとか、何か気になることがあれば、ぜひね!病院でしっかり診てもらえたらということも思います。
大戸 はい、その通りです。
「あんまり頑張りすぎないで、うまく乗り切っていければ」——これからのこと
岸田 こちら大切にしたいこと、夢や目標など。今の大戸さんの中で何かあればちょっと教えていただけますでしょうか?
大戸 そうですね…妻から70歳まで生きろと言われているんですけれども、ちょっと無理じゃん!とか思ってたんですけれども、治験薬が…ある程度うまく奏効してくれればもうちょっと生きられるかな?というのを思っているので、あんまり…悲観せず、副作用とかが重かったらやっぱり脱落というのもあるんですけども、あんまり頑張りすぎないでうまく乗り切っていければな〜と思っております。
岸田 本当に!ぜひぜひ!それを乗り切って70歳でね、奥様と一緒に祝っていただければ、本当!それに越したことはないかなと思います。ありがとうございます。
「自分事として考え 納得して治療を受ける」——大戸さんから、いま治療を受ける方へ
岸田 といった中で、最後のメッセージといったところになりました。大戸さんからですね、視聴者の皆さんへのメッセージとしてはこんな言葉をいただいております。

大戸 『自分事として考え 納得して治療を受ける』。これは 本当に…納得していない状況とか言われたからこうだったみたいな感じで流されるとかそういった形で…まあ結果がよければよいんですけれども、ちょっと結果が悪かった時とか、こんなんじゃなかった!とかそういった時にすごく後悔をしてしまう…ということになったりするので、やっぱり…自分が受けるもの、それに対してどう…納得するか。
で、納得してそれの治療を受けるということで、やっぱり後悔が少なくなるというふうに考えています。そういったことから、私は結構主治医に対してこれしたい・あれしたいとか話をしたりとかして、やっぱり…自分で掴み取っていくっていうところはやっぱりあって、納得して結構いけてるかなって思っております。以上になります。
岸田 本当ね!大戸さんの…納得して治療を受けるってところでいろんな情報をね、得られて、そして医療者にもこうじゃないですか?って提案されていく、そんな姿勢っていうのがいやすごい…すごいな!!って本当に思います。やっぱり大戸さんの中で…後悔はしたくないって言うとちょっとあれかもしれないですけど、そういった思いっていうのは強いんですかね?
大戸 そうですね、今結構…重い状態までなってるんですけれども、それでもやっぱり納得感があったので、しておけばよかった〜!っていう強い思いっていうのはないことはないんですけれども、やっぱり…そこまでは強くないっていうか後悔だけで厳しくなるという感じではなくなっているかなと思っています。
岸田 はい。
では大戸さんのね、いろいろお話ちょっとお伺いをしていきましたけれども、大戸さん、これでがんノートのインタビューが終わっていくんですけれども…大戸さん、この時間いかがでしたでしょうか?
大戸 はい、楽しんで過ごさせていただきました!
岸田 本当に!?本当に楽しんでいただけてました!?(笑)
大戸 はい(笑)
岸田 めちゃくちゃ…悩ませてしまったんじゃないかな!?ってすごく思っているんですけど…楽しんでいただけましたかね!?すみません(笑)
大戸 はい!大丈夫です。
岸田 ありがとうございます!本当、前立腺がんの経験談ていうのはがんノートでも少なかったりとかしますので、この大戸さんのね、お話が皆さんの何かのヒントになれば嬉しいな!ということを思っております。
それではですね、皆さんまた次の動画でお会いできたらと思います!それでは皆さん、バイバイ〜!
※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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