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インタビュアー:岸田 / ゲスト:佐々木
ブラジル駐在7年、帰国後に正社員へ——アクティブな佐々木香織さんのプロフィール

岸田 それではガンノートmini、スタートしていきたいと思います。きょうのゲストは香織さんです。よろしくお願いいたします
佐々木 よろしくお願いいたします。
岸田 香織さん、大腸がんの経験者ということで、早速なんですけれども香織さんのこちらのプロフィールを紹介していきたいなということを思っております。香織さん、北海道のご出身で今神奈川にお住みでいらっしゃるということですね。お仕事は会社員。趣味が旅行、カラオケ、音楽鑑賞、ワイン。多趣味な、アクティブな感じはもうこれで伝わってくるんですけれども
佐々木 好きなことが、いっぱいありました。
岸田 ワインってあるんですけど、ワインって、せっかくなのでお薦めのワインとかあったりとかするんですか。
佐々木 ありますね。私本当、ワインエキスパートの資格取ったぐらい、大好きなんですけど。特にお薦めが、お祝いのおめでたい時によくシャンパン飲みますよね。シャンパンはフランスなんですけど、イタリアのスパークリングで、フランチャコルタ、サテンっていう、またすてきな名前のがあるんですけど、これは成城石井で私はよく買うんですけど、3000円ぐらいで、すごくシルキーな泡が口の中に広がり、想像するだけで、もううっとりするようなおいしいワインがありますね。サテンです。
岸田 そういう、サテン。サテンって言ったら、もう関西人じゃ喫茶店のイメージになっちゃって。サテンっていうワインがあるんですね。
佐々木 そうなんですよ。もう本当、シルクのような、つやつやなサテンのドレスとかっていうのが、ああいうイメージなんですね。喫茶店じゃなくて。
岸田 成城石井、しかも成城石井って僕も東京に来たから分かるんですけど、スーパーが、ちょい高級めなスーパーがあるんですよね。成城石井っていう。そこに売っているということで、もし見つけたら。
佐々木 ピンクのロゼもすてきなので、ぜひ。
岸田 ぜひ、はい。ワインの好きだったり、スパークリングだったりとかお好きな方は見てもらえたらなと思いますありがとうございます。そして、がんの種類は大腸がんということで、その中の直腸がんということですね。ステージは4。46、7、8といろいろ告知されていくんですけど、まだこれも、後のペイシェントジャーニーでお伺いしていきたいと思います。そして今50歳。そして治療が手術、薬物療法、放射線と、さまざまやらされている中でどのような形で香織さんは治療していったのか。
『健康診断もうすぐあるし』——半年間スルーしていた小さなサインが、直腸がんだった

岸田 それは次こちら、ペイシェントジャーニー、こちらになります。ペイシェントジャーニー、これもなかなか本当に、なかなか谷が何個もあるというふうな形ですけれども。
佐々木 改めて見ると、激動風に見えますね。
岸田 さっきの、告知を何回もされていたといったところも、多分関連していくんだと思います。では、早速なんですけれどもお伺いしていきたいと思います。まず、2012年からですね。40歳の頃、こちらになります。ブラジルから帰国という、ブラジルからってどういうことなんすか。
佐々木 リアルジャーニーですよね。主人の転勤で、赴任先に付いていった駐在妻的な立場で7年ほどいたんですよね。7年いまして、現地で1人子どもも産んで帰国したのが40歳の時でした。久しぶりの日本だったんですよね。
岸田 ブラジルで放浪してたわけじゃないですね。
佐々木 ちゃんと住んでおりました。
岸田 ちゃんと住んでいた。そこから、日本での活動を本格化。これは、日本に順応していろいろやっていったということですか。
佐々木 そうです、基本的にブラジルにいる間は駐在妻で、それまでフルタイムで働いてたのを辞めて、初めて専業主婦経験をしたのがブラジルなわけなんですけど。なので、帰国して私は働くのも好きですし、いろいろ動きたいほうなのでパートタイムで働いたり、それこそワインバーでパートタイムもやったり、あとは日本人の方にポルトガル語を教えたり、逆に日本に住んでいるブラジル人に日本語を教えるっていうことも、ちょっとやってたりしたんですよね。活動癖がだんだん出てきた頃だったんですけども。
岸田 日本で本格化していって、そしてそんな中で、正社員で。仕事にも就かれたということなんですね。
佐々木 そうなんですね。パートから正社員ということで就職したんですけれども。
岸田 今、どんなお仕事されてるんですか。簡単に。
佐々木 今は、霞が関ナレッジスクエアっていう組織なんですけれども、虎ノ門にオフィスがあるんですけれども、動画を作って、教育動画っていうんですか、学校や企業では教えてくれないけれども社会人として知っておいたらいいなっていうような知識を、動画にして配信するっていうことをしてるんですね。その企画なんかをしている仕事で。
岸田 すごい。僕も、一般知識が乏しいんで結構いろいろ、動画であると、こういうの、うれしいですよね。
佐々木 ぜひ、見ていただきたいんですけど。そこに入りましたんですよね。
岸田 ありがとうございます。そして、いいことはそんな続かないということで下がっていくんですけれども、それが、こちらになります。気持ちが下がっていたとき、何か健康診断の要検査ということがありますが。会社の中の健康診断ですか。
佐々木 そうです。会社員は必ず受けるっていう、年に1回のがあるんですけれども。それでレントゲントがいろいろある中で、便鮮血検査ってありますよね。2日分の便を取って提出して、そしたらそこに便鮮血だから血が混じってるってことになって、要精密検査、D判定っていう紙を受けてですね、ええっと思って精密検査を受けて、大腸内視鏡を受けたっていうのが、その頃だったんですよね。
岸田 大腸内視鏡なんすね、そういうとき。それで。
佐々木 お尻カメラって呼びますけど。
岸田 お尻カメラ。またかわいい感じで。そして、下がっていきます。そこは何かというと直腸、それで直腸が発覚したんや。
佐々木 はい。カメラで見たところ、いくつかすごいのがカメラで見ながら、ちっちゃいポリープは取ってくれるんですよね。ぴゅって出て。こう行って戻ってきて、長い大腸ジャーニーの末に、1個取れないおっきなのがあるねって言われて、それががんだったんですけど、ええって感じでした。
岸田 何センチくらい。1センチ、2センチ、もうちょっと。
佐々木 いや、割とね4センチか5センチあったって言ったかな。しかも肛門からすごい近いところだったんですね。肛門から5センチのところに、5センチくらいのがあって、何なら触れるくらい近いじゃないですか、5センチって。ええって、全然そんな自覚はないから、びっくりしました。
岸田 何なら痔じゃないかくらいの感じですよね。
佐々木 でも本当に、でも出血っていうか何となく、トイレでお尻拭いた時に、血じゃないけどなんか梅干しのかすみたいな、そういうのが付くなっていうのはちょっとあったんですよ。自覚症状的なものが。でも、大腸がんってもっと鮮血っていうか血のイメージがあったから、こんなものではないと思ってたけど、よくよく考えたらあれがそうかっていうのはありました。なので、そうだったのかと。君はがんだったのかっていうのが、分かったっていうのですね、このときに。
岸田 健康診断、あってよかったですね。ずっと自覚症状あったけど、病院には行ってなくてっていうことでね
佐々木 そうなんですよ。だから、何となくちょっとおかしいなって思ったのはこれの半年くらい前なんですけど、健康診断もうすぐあるしっていうんでスルーしたっていうのもあるんですよ。だから。でも逆に言うと正社員になったからこそ、そういうちゃんと検査を受けてたっていうのはあるし、専業主婦だとねなかなか検査も遠のいたりしますから、いろいろここはラッキーなタイミングは重なったんですよね。
ステージ1、手術成功。一時的人工肛門を経て、『これで終わり』と思っていた
岸田 そしてがんが発覚して、ちょっと気持ちも上がっていきます。何かというと。手術、副空胸科手術。手術で。
佐々木 そうです、いわゆる。
岸田 副空胸の手術をしたんですかね。
佐々木 はい。何で気持ちが上がったかというと、ステージ1だったんですよね。がんって効いて、やっぱりがあんってなるけども調べていくうちにステージ1だとその5年生存率も割りかし高いし大腸がんは。手術で切って終わるんだみたいな気持ちになって、無事に終わったのでやれやれっていう形で気持ちは上がったというか、告知受けた時より、手術終わったぜみたいな感覚ですね。ステージ1だったんですね、最初は。
佐々木 そうなんですよ。
岸田 取って終わりみたいな感じで。
佐々木 そう。やれやれみたいな。
岸田 だから、それでもう、取って終わりやし、ちょっと上がって、いうことで。
佐々木 そうなんですよ。このとき、実は一時的人工肛門っていうのを造設して。
岸田 ね。
佐々木 それも、でも1カ月半くらいのお付き合いだったので、すぐその後、閉鎖の手術を受けて、そうするともう体的には薬も飲まなくてよかったですし、ステージ1だから切ってそれで終わりだったんですよ。やれやれっていうことで気持ちも上がっていってるんですね、これ。
佐々木 それで、そして体調もよくなっていくということなんですよね。そうか、一時的に人工肛門って、そういうことあるんですね。
岸田 割と、直腸がんの場合あるんですよ。本当に肛門から近いところを切って縫うもんですから、肛門のところが縫い目だから、その縫い目に便が来ると縫い目がちょっとくっつかないでしょ。
岸田 イメージしたくない感じ。
佐々木 そう。何も通しちゃならぬ、状態なわけです。だからその間は、肛門のところまで便、行っちゃいけないので、肛門の前の部分で腸を体外に出して人工肛門から排泄するっていうことで、割と多くの方が直腸やって、肛門から近い方はこういう道をたどってると思うんですね。それで傷が治って、縫ったところがしっかり通っていいよ状態になったときに閉鎖をしてあげて、また自分の肛門まで行ってねっていうことになるんですよね。
岸田 ていう感じになると。そういうこと。
佐々木 なので、1カ月半ぐらい。
岸田 1カ月半ぐらいして、それで体調が万全になっていく、万全になったら何するかというと、資格を取得と。勉強してったんすか。いろんな。
佐々木 この頃、本当にがんが分かった頃も、資格、キャリアコンサルタントっていう資格なんですけど、カウンセリングの関係なんですけど、その頃もすごい試験を受けたりして大変な時期に手術とかいろいろあって、これで落ちたらもうどうしようだったんですけど、受かったしっていうことで、この頃は本当にやあやあ一段落でしたね。思い出しても楽しかった。
定期検査で肺に影。3カ月間の『爆弾』を抱えた日々と、転移確定の告知
岸田 すごい、このときは結構充実して、キャリアコンサルタントの資格も取って、ただそっから、残念ながらどうなっていくのか、こちらになります。お、定期検査で肺に影がと。ちょっと怖くなってくるんですけど、検査で肺に。
佐々木 ドラマで聞くようなフレーズですよね。定期検査、やっぱり3カ月おきにCTとかいろいろ撮りますよね。そうすると、肺の、左肺の下の割と端っこのほうかな、小さい、本当に何ミリかの5ミリぐらいとかって言ったかな、映ってたんですね、ないはずのものがあると。ないはずのものがあるので、これは分からないけど、この大きさじゃ分からないけど、3カ月置いてみて、3カ月後の大きさで、がんかどうかが分かるみたいなことを。
岸田 大きくなったら、がんやということね。
佐々木 大きくなってったら、それはがんやよと。また、もしくはたくさんに増えてたら、それもがんやよと。分かんないけど、消えてる可能性も人によってはあるよと。その場合、がんじゃないよねとか。いろんなこう、肺1個の丸がいろんな可能性を秘められていて、それが分かるのが3カ月後っていうんで、分かるまでの3カ月が本当に今思っても、腫れもの、爆弾抱えてるんだ私、みたいな。しんどかったですね。
岸田 3カ月、いやもうせめて1カ月にして診てほしいぐらいですよね。
佐々木 そうなんです。私も、いやちょっと私先生、3カ月も待てんから2カ月じゃどうですかとかって言ったんですけど、うちのやっぱり病院の決まりとして3カ月なんですよと。
岸田 出たよ、決まり。なんかね。
佐々木 やっぱり、あんまり小さい、2カ月で診て、あんまり大きさが分かんないうちにやっちゃって、撮り損みたいなこともあるらしいんですよ。本当はがんじゃなかった、確定には早いみたいな。撮り損も嫌だなと思って。
岸田 もう検査、3カ月後に手術でもいいかもしれんけど、1カ月ごとぐらいに見てほしいっていうのは、なんかね。
佐々木 でもなんか、そのぐらいじゃ変化は分かんないらしいんですよね。納得して、3カ月を過ごしましたね。
岸田 そして、その後、肺転移確定と。3カ月後が。
佐々木 やっぱり、おっきくなってた。大きくなってましたね。
岸田 大きくなってて肺転移確定ということ。今のこの、ペイシェントジャーニーの中で一番低いところっていうのは、この肺転移の確定のとこなんですけど、直腸がん発覚とかよりも、全然あれだったんですか。
佐々木 全然。だって、1で分かったっていうのもありますけど、もう本当終わってたと思ったんです、この体調万全、資格取得のときは。もうここで私のジャーニー、終わりなんですよ、気持ち的には。
岸田 気持ち的にはね。
佐々木 それが、転移、しかも血流に乗って肺まで行っちゃってるってことは、血流でなんか巡ってるってこと?とか、だから本当に再発の転移の告知は、何よりもしんどいと思いました。一回、ぬか喜びしてるだけに、ぬか喜びっていうか、終わったじゃんっていうの。私の、周りにいたら。
岸田 しかも、遠隔転移ですからね。
佐々木 そうなんですよ。だから行っちゃってるってもう明らかじゃないですか。わあってなって、このときは本当に、この先どうやって生きようかとか考えました、本当に。
岸田 そんな中、プラマイ0に、ちょっとだけなるんすよ、何かというと。手術をして、それも胸腔鏡下手術。胸腔鏡で手術して。
佐々木 これも、たまたま私のがんが、転移したがんは小さくて、肺の端っこにあって割と切りやすかったので、すぐ手術、適用っていうふうにできたので、切って、これも切って終わりのはずだなっていうことで、これでもう。0に戻ったんですよ。
岸田 そういうことね。もうこれで終わりやと。
佐々木 手術もそんなに本当にうまくやってくださって、治りも早くって、楽だったんですよね、術後も。腸のときと比べたら。だから、もう本当にフラットな感じで、ぬか喜びはし過ぎず、でもいいねみたいな感じの、フラットな気持ちですね。
岸田 これで終わりやということで。ただそこから、下がってるのが怖いんやけど、これが。その後、薬物療法。ゼロックス療法ですかね。
佐々木 これもあんまり多いケースではないというか、大腸がんの場合、最初のステージ診断が2とか3の場合は、術後補助化学療法は割とやるらしいんですよ、標準治療的に。でも1ですし、1で肺転移の場合のその後っていうのは決まった、絶対やるとかっていうのはなくって、割とやるかどうかは決めてって私に振られた感じなんですよ。念のための薬物療法なんですよね。
岸田 結構それで生存率変わるんですか。
佐々木 聞いたところによると本当に数パーセントなんですよね。5パーとか6パーとか、10はいかない。私にはその数字はすごく小さく感じられたから、そのために副作用絶対来るし、どうしよう、お金もかかるし、どうしようってすっごい悩んで、でもやっぱり私だけのことじゃないなと、私の命は。家族とか、まだ自分の親も元気だし、みんなのために私ちゃんと生きなきゃと思って、じゃあ、私副作用我慢するぐらいやるよみたいな感じで、そのとき結構悩んだけど、やったんですよ。そのぐらい私は抗がん剤に対するイメージはよくなかったから、でも一念発起してやりまして。やっぱ、しんどかったですけど。
岸田 このゼロックス療法って、どんなあれなんですか。
佐々木 これは月に2回ほど点滴に行くんです、オキサリプラチンっていうものを2時間ほどかけて入れていただいて、行かない日は毎日錠剤のカペスタビンっていうものを、錠剤を毎日飲んで1週間休薬して、それを8クールだったかな、半年ぐらいやりましたね。
岸田 半年ぐらい。それでやってみて、副作用どうでした、大丈夫でした。
佐々木 しんどかったですね。私本当に元気な人だったんで、体がだるいとかっていう感覚を今まで全然知らなかったんですよ。それがね本当にだるいね。倦怠感っていうんですか。もう、何にもしたくなくても、全身脱力みたいな経験が今までないから、本当にしゃかりきタイプだったんで、でも本当無理みたいな感じに、最初の治療の、最初の点滴んときにも、すごいしんどくて。でも、私先生に本当にしんどくて、こんなしんどいもんなんですか、みんなこんな頑張ってんですかって聞いて。そんなしんどいなら、少し薬、減らすかいって言って、少し減薬とかしてもらって、それで多少良くなって。本当に使い物にならない人間になってたから、これはあかんと思って、少し調整してもらったりもしました。
岸田 倦怠感とか、すごかったんすね。
佐々木 すごかったですね。吐き気とかは本当になくって、ありがたいことでしたけど。あと手足がしびれたりとか、冷たいものを飲んだら喉がびりびりしてとか、冷蔵庫から小松菜出すときに、手がびりびりとかっていうんで常に手袋生活です。抹消神経がね、やられますね。
岸田 それって、抗がん剤治療終えたらだいぶよくなった、大丈夫なった。
佐々木 よくなりました。私は残ることなく、おかげさまで。
岸田 後遺症は残ることなく。
佐々木 今は全然影響はないんですけど。
岸田 よかった。
佐々木 あのときは本当に、私もさることながら、抗がん剤治療ってちまたでよく聞くけども、本当に皆さん、よく頑張ってるなってすごい思いました。偉いと思って。仲間たちに本当に敬意を示したいと思いました。おじいちゃんとか、おばあちゃんで頑張ってる人もいっぱいいるじゃないですか。若いのにこんなにしんどいのに、お年寄りでこんなことに耐えてるんだ、忍耐すごいわとか、すごい思いましたね。
岸田 その治療を半年間乗り越え、そしてその後にはいいことが待っている、何か。治療終了し、終わったという形で、そして、その後、母校と職場でがん教育ということで。もうね、香織さんはじっとしていない。もうちゃんと治療を終えたら、しっかり活動をアクティブにしていくということで。これは何でしょうか。
佐々木 もう本当にここで終わったので、私の中ではもうこれで終わり、2度目の正直みたいな感じで。
岸田 そうですね。2度目のね、ここで終わりと。
佐々木 そうです。それでもう入院も手術もないなって思って、もう私の中では完結したので、このことを体験を皆さんに伝えたいって思いが、このときすごい強くて。それで、僕は北海道ですけども、たまたま母校の校長先生とある会合で会う機会があって、実は私がんでって言って、割と自分ががんであることをアピールモードにこの頃入っていて、ぜひなんかチャンスあれば、授業やらせてくださいって言って。実際、北海道に行ったわけじゃなくて、動画を撮って、動画で生徒さんにメッセージを伝えて、アンケートなんかを絡めながら、生徒さんの質問にも動画で答えるみたいな、そういうのをやったりとか。あと、さっき言った職場のほうでも、皆さんの役に立つ動画を作るっていうのがあるので、がん情報ドッドjpの、あそこに載っている確たる情報をもとに原稿を書いて、それで私も自分がしゃべる役で出ているんですけれども、すごく、がんとは何かとか、ベーシックな基礎知識、5分くらいの動画を5本シリーズぐらいで作ってるんですけど、そういうことをすごい精力的にやっている時期だったんですよね。
岸田 会社でね、その動画の教材作ってるから、がん情報サービスの、国立がん研究センターがやってる情報をもとに自分で作られて、アレンジして作られて。
佐々木 そうですね。周りのスタッフも巻き込んでやったんですけど、
眠れないほどの排便障害、そして直腸膣ろうへ。自ら決断した永久人工肛門が人生を変えた
岸田 アクティブやなあ。いろいろやっていった中で、ちょっと怖いですけれども、次こちら。
佐々木 また落ちましたね。
岸田 次、排便障害。これ、一時的に人工肛門やって、1回ちゃんとつながったから、もう大丈夫なんじゃないんですか。
佐々木 と思いますよね。私もそう思ってたんです。最初に実際、人工肛門を閉鎖した後ぐらいは体調万全だし、多少、排便コントロールは難しかったですけど、それでも痛みとかはなかったんですね。この頃、この落ち込んだ時の排便障害は出そうなものが出ない、なんか引っかかって出なくて、ずっと残便感があるのと、ずっと残便感があるから出したくていきむんですけど、その多分圧力のかけ方もあって、痛みが出てきていて、とにかく常に気持ちはお尻っていう、全身お尻に持ってかれる感じのことが、この頃ずっと続いていて。夜も、なんか便がここにいる感じがして痛いし、眠れないんですよ。便で眠れないってどうなのっていうのがあって、本当にメンタルクリニックに通って睡眠導入剤ももらったぐらい、本当、つらかったんですよ。何だろう、これって。
岸田 便が気になって眠れないと、もうトイレに寝袋持って行って寝るわけじゃないと、本当に。
佐々木 本当、そう。すっきりしないの、だから全然。結局、それはそこら辺の潰瘍みたいになっていて、そこを便が通りにくくて、それでっていうのがあったみたいなんだけども、この頃は本当にとにかく、主治医にも相談するんだけども、排便障害は本当に個人差もあって、薬を使って少し、出ないときは緩ませるとか、出過ぎるときは下痢止めをやるとか、うまく付き合っていくしかないとか、そんな感じで痛み止めももらってましたけど、これずっと続くのかなって思ってたら、いやでも現代医療をもってしても、このつらさが止められないなんてあるだろうかと。すっごい、ここは本当にしんどかったです。
岸田 そのしんどかったのが、どういうふうに解決していったのかというのは次になります。それは。
佐々木 はい。
岸田 直腸膣ろう、永久人工肛門と書いてますけど、どういうことですかこれ、直腸膣ろうっていうのは。
佐々木 これ本当に、私も初めて聞いたワードなんですけど。
岸田 多分大概の人、初めて聞いて、本当に。分かんない。何ですか。
佐々木 直腸。だから大腸と、私の場合直腸を全部取ってるから、いわゆる大腸ですけども、大腸と膣って本当に隣接してるんですよね。隣同士の臓器らしいんです。
岸田 隣にいそうな気はします。そこが。
佐々木 何らかの理由で、そこが交通しちゃう。要は破れて、交わり通じる。腸がどうやら破れて、膣も破れて、要は、便が膣から出てきたんですよ。びっくりじゃないです、本当に。
岸田 何それ、もう、アパートの薄い壁を殴って破って、こう出てくるみたいな。
佐々木 本当そうで、それだけセンシティブな壁らしいんですけど。それで、何でそうなったかというと、あまりにも肛門の痛みがしんどくて、大腸の痛みがしんどくて、主治医からも薬はもらうけれども、これ大腸より肛門が原因じゃねって思い始めて、たまたま近所に肛門の専門の病院が割りかし大きな病院があって、肛門専門科が。そこにちょっと行ってみたんですよ。もしかしてなんか、腸とか肛門系のなんかですか、大腸じゃなくてね。そのときに、検査しますって言って、内診っていって指か器具か分かんないけど、お尻からがって入ってきて、めっちゃ痛かったんですよ。私だから、そのときに破れたんじゃないかな思っててね。それはきっかけに、破れた可能性もあるんじゃないかなって思っていて。
岸田 肛門の先生が、そのアパートの壁を破ったんじゃないかぐらいの。
佐々木 破っちゃったみたいな、思わず破ってしまったみたいな。本当にあれは痛くて。それで、じゃあ、それで痛いけど内視鏡、しましょうっていってそこで見たときに、肛門専門病院の先生が、これはちょっとやぶさかではない、のっぴきならない状態に見えるので、ぜひ主治医にこの写真持って行きなさいって言われて。行ったら、これちょっと破れてますねと。破れてまして、実際、膣から便も出ていたので、その頃、排便障害がひどくて、お尻から出てるのかどこから出てるのか謎の状態だったんですよ。自分の意思にかかわらず便が出るような、それが排便障害なんですけど。でもこれ、明らかに前じゃねみたいな感じになって。そのことも言ったら、これは直腸膣ろうっていう風になっていて、その手術をしましょうっていうことになって。年末に救急のところで診て、年末29日だったから病院閉まってて。入ったら、もうこのまま入院しましょう言って。やっぱ膣から出てるってことは、菌もそっちから行っちゃうから、出しちゃいけないから便はもう。絶食ですとか言われて、もうおせちも食べれず、年明けの手術を心待ちにして絶食したっていうことがあったんですよ。
岸田 その壁を修復する手術をしたと思うんですけど、人工肛門にもなったんですか。
佐々木 そうなんです。だから、その膣の壁が破れる破れないは別にして、痛み対策として私の中では、もうこれは自分のお尻で便をすることはつらすぎるから、人工肛門を永久に作ってもらおう。なんかのタイミングでお願いしようとはずっと思ってたんですよ。このときに、せっかく膣のところ直すんだったら、ついでに、何回もまた手術、嫌なんで、これを機に先生、作ってくださいって言って。永久人工肛門をしてもらったんですよね。だから、本当に良かったんです、そこは直ったし、お尻の痛みにも解放されたし。人工肛門さまさまっていうことで、かなり、グラフ上がってますけど、本当に良かったんですよ。
岸田 人工肛門をして、香織さん的には自分の生活の質っていうのが上がったということなんですね。
佐々木 もう、だだ上がりですね。もう、本当に痛みなく排便ができることの幸せをかみしめました。
岸田 そして、ちょっとだけ下がっていくのが、まずは。また再発していってる。局所再発。
佐々木 これは何かといいますと、直腸膣ろうと人工肛門の手術のときに、少し潰瘍のようにん縫ったところが腫れてるっていうか、ただれてたっていうので、その辺を切ったわけですよ。切って取って病理検査に出したところ、そこがなんと悪性だったよって言われて、みんなびっくりで。取ってみたら悪性で、本当に縫ったところだったから、局所っていうか、まさにそこなんですよね。もともとがんだったところの付近を抜いたと、縮めたところが、再発してて、局所再発っていうらしいんですけど。がんだった、ええ、みたいな。恐ろしいですよね、それ聞いたときは。
岸田 ただ、恐ろしいけど、皆さん、赤色がちょっとポジティブなことで、青色がネガティブなことで、灰色は手術だったりとか治療、そして白色はどちらでもないという項目になるんですけれども、極小再発、赤色で書かれてますよね。何で、ポジティブなんですか、局所再発。
佐々木 これもだから、開けて分かった結果オーライなことであって、最初から、あそこ局所再発してるから、がんの取る手術だよって言われたら、すごい不安になると思うんですよ。うわ、局所再発しちゃったみたいな。でも、そうではなかったので、開けてびっくりだったので、そのいらぬ不安というか、再発だって気持ちを持つことはないまま取ることが結果的にできたので、ラッキーっていう気持ちの、0なんですよね。
岸田 もう取って、分かってっていうふうに。
佐々木 取れたから。幸い、取れてたから。
岸田 ラッキーということで。
佐々木 ラッキーでした。
岸田 そしてただ、放射線と薬物療法していくと。また、なんか治療しないといけないすか、取ったのに。
佐々木 そう。取ったのになんですけど、結局取ったとはいえ、がんだと思って先生も切ってないから、もしかしたら、取り方が甘いかも分からないとは言ってないけれども、もしかしてまだそこら辺にがんがある可能性があるので、それを一応取り除くために放射線やるっていう話になって、これもあんまりこういうケースってそんなに多くなくて、局所再発して肺転移して、なんかいろいろっていうのがあんまりないもんだから、私も実例というものはあまり調べても出てこなかったから、どうしたもんかと思ったんですね。放射線も初めてのことですし、何度もやれるものではないっていうふうにも聞いたし、今やっちゃうのか、次の再発のために放射線は取っとくのか、そういう選択肢もあったんです。でも、私の考え方としては、先の再発を想定して動くよりも、今できることを、今私ができる治療は、ありがたくやらせてもらうほうがいいなって思ってやることにしたんです。これは28日間通って毎日5分程度、大腸部分に照射を受けて。それを、効きをよくするために、また私の苦手なカフェシタリンという飲み薬があるんですけども、抗がん剤ね、それも補助的に飲もうっていう話になって、それが結構、嫌だったっていうのがあるんですけど。
岸田 それで、下がってるっていうこともあるんですね。ここ。
佐々木 はい、ちょっと。
岸田 ただ、これを、やっていって、今はオストメイト生活を快適にしているということで。
佐々木 そうです。無事に28日間の放射線治療を終えまして、これもコロナの時期だったから、どこかこの28日の期間でコロナのために行けなくなって、放射線治療が途切れたら、それはもう治療の意味をなさなくなるから。とにかく続けて当てることが大事って聞いたので。通い続けられてよかったし、今はおかげさまで薬も何も飲まなくていい状態で体調もとてもいいので、オストメイト、人工肛門さまさまで、本当にハッピーな日々に今たどり着いております。
岸田 ということで、ありがとうございます。本当、香織さんのペイシェントジャーニー、最初はステージ1だったのに、いろんなところで再発やら、そして最終的には人工肛門になって。ただ、それが生活を、質をよくしていってくれたというふうな、さまざまなお話を聞いてまいりました。ありがとうございます。
佐々木 ありがとうございます。
朝が起きられない、排便障害、ネットに事例がない——3つの困難とその乗り越え方

岸田 香織さんの次、こちらですね。ゲストエクストラといったところですね、困ったこと、いろんな大変だったことっていったとこは、三ついただいております。朝が起きられない、排便障害、局所再発の事例がネットにないということですけれども、それぞれどういうふうに困ったのか教えていただいてもいいですか。
佐々木 まず、朝が起きられないなんですけど、これは本当に抗がん剤治療をしていたり、あとは局所再発だったんですけど、肛門痛で眠れないとかで、本当に変な時間に起きたり、夜ちゃんと通して寝れなかったりってことが多くて、朝ちゃんと起きられない時期があったんですよね。それで、自分がもう8時半とかに起きちゃうと、子どもも寝坊しちゃって一人で起きられなくって、それで遅刻するっていう、学校に遅刻することがよくあったんです、そのとき。それがもう本当に申し訳ないことをして情けなかったしっていうのがありますね。2番目の排便障害は、本当にこんなにひどいのかっていう、これも個人差がすごくあるって言われていたので、自分がこんなに何回もトイレに行くことは普通なのかどうなのかっていうことも分からなかったし、何しろ排便のたびに痛むっていうのは、人の営みに直結してますから、本当につらいことです。三つ目の局所再発の事例がネットにないっていうのは、私の場合、ひどい肛門痛だったりっていう排便障害が、実は局所再発のサインだったってことに結果的に分かるんですけれども、私自身、その再発の事例、局所再発でっていうのがあんまり今までも知らなかったので、事前に知るよしもなかった。そのことは問題だったな、私的にはっていうのがありました。
岸田 あんまり、載ってそうで載ってないっていう感じなんすね、局所再発の事例って。
佐々木 そうなんですよね。
岸田 そんな中、それをどう乗り越えていったのかというと、香織さんの場合は家族に正直に伝えサポートしてもらう、そして、専門家のYouTubeなどを見て排便をコントロール、局所再発の症状や可能性を事前に知っておくと。起きれないといったところに関してだったり、家事のことっていったところは家族のサポートを得たって感じですかね。
佐々木 そうです。私、長女だし、すごく責任感じゃないですけど、何でも自分でやらないと、人に頼るってことがあまりできない性分だったんですね。だから、何でもやんなきゃだったんだけども、そうじゃなくて、つらいときはそのつらさを伝えて、本当の気持ちを伝えて、人に支えてもらう必要もあるなっていうことをすごく思ったのが、本当にこのがんの経験ですね。自分の弱みを出すとみんな助けてくれますから。つらいとかを我慢しておくほうが、よくないっていうことに気付きました。今まではばりばりだったけど、割とお願い体質になりました。
岸田 確かに、自分の正直に言うのが悪いんじゃないかって思う人もいらっしゃいますからね。ぜひ言っていただけたらと思います。そんな中で次が、YouTube見て排便コントロールなんて、できるんすか。
佐々木 はい。今、YouTubeで専門のがんの先生がライブなどをやって、患者の質問に答えてくれるっていうのがあったりするんですね。そこで、私も排便障害がこうで、このぐらいの状況なんで、こういう薬を飲んでますみたいなことを書くと、例えば、こういうふうな薬もありますねっていうことで、主治医に相談されてはどうですかみたいなアドバイスをいただいて、実際にその薬の名前をメモって先生にも主治医に伝えたら、それもいいですねっていう話で実際に出してもらって、それを活用したら少しコントロールができるようになったっていうのがあったので。気になることは、やっぱり相談するっていうこと。それで乗り切りました。今、本当YouTubeで発信してくださる専門の先生がとてもいらっしゃるので、頼りになりましたね。
岸田 いっぱい、いらっしゃいますもんね。本当にYouTubeの情報もいい情報、悪い情報いろいろあるから、それらをちゃんと、香織さんみたいに、主治医にもちゃんと確認して、やることは大事ですよね。
佐々木 ベースは絶対、主治医だと思います。
岸田 ありがとうございます。本当、にいろんな情報があって、本当やりやすくなったんだと思います、僕も。そして三つ目が、事前にちゃんと局所再発っていうのがあるっていうことをまず知っておかないと、びっくりしちゃったっていう、ありましたもんね。
佐々木 本当、自分がなってみて思うのは、同じぐらいのレベルで、私と同じぐらいのレベルで肛門痛で痛くて、それが長引いててしんどいっていう方がもし、いたとしたら、万が一、局所再発ってことも私の場合はあったので、カメラで見てもらうとか、お願いするっていうのはありだなと思いました。実際、そのCTとかには映りきってなかったんですよね、私の場合も。もちろん定期検査がやってて、やっててやってて、先生も私もずっとCT見てたのに、開けてびっくりってことだから、でも多分、カメラを入れて組織取って見てたら、それは分かったんじゃないかなとか、事前に、そこまでは。カメラってそんなにやらないんですよね、定期検査では。年1回ぐらいかな。だから、CTでは分かりきれないものもあるけど、でも、本当にしんどいときは、カメラをお願いするぐらいの勢いがあってもいいのかなって思いました。自分はそこまでできなかったから。
岸田 ありがとうございます。つらいことは、ちゃんと正直に、ちゃんといろいろ、いっぱい話してということだと思います。ありがとうございます。
「何事も永遠はない」10年の闘病を経て香織さんが伝えたいこと

岸田 そして、香織さんのメッセージと。今、闘病してる方だったり、今見てくださっている人たちにメッセージ、こちらいただいております。何事も永遠はないんだよという言葉、いただいております。こちらについて香織さん、お願いいたします。
佐々木 今、皆さんにご覧いただいたように、すごい山あり谷ありだったと思うんですよね。それを見ても分かるように、今までも私、すごい気持ちが落ち込んだこともあるし、排便障害もつらかったですし、でも、それが永遠っていう状態っていうのは何事に対してもないんですよね。そう思って、私はどこかのタイミングから、つらいことも、これも終わりが来る、永遠はないんだよっていうことを、人の気持ちもそうだし、体の状態も絶対毎日変わってるし、だからよくなるしっていうようなことで、この言葉は私のモットーとして今まで生きています。なので、今、つらい人っていっぱいいると思うんです。入院中で、術後のつらい人もいらっしゃるし、でも、体の回復ってすごくて、絶対自分の細胞を信じて待ってれば上がってくときがグラフのようにある、永遠はないなっていうことを実感したので、皆さんにもぜひ覚えておいていただきたいなと思います。
岸田 ありがとうございます。本当、今つらくてもそれが先々になってくると、香織さんのようにまた上がってくときもあって、資格をいっぱい取るときもあれば、がん教育をしたりだとか、いろんなことできるようになっていくということですよね。
佐々木 そうですね。だから本当に明けない夜はないじゃないですけど、本当にそう思います。
岸田 明けない夜はない。
佐々木 絶対、朝が来るんで。いやが応でも、朝、来るんで。
岸田 いやが応でもね。
佐々木 本当に。まだ寝てたいと思っても、朝は来るんで、起きなきゃいけないんで。
岸田 確かに。
佐々木 どんだけ朝弱いって感じですけど。
岸田 2度寝3度寝してもね、4度寝ぐらいからちょっと起きようかなみたいになってきますからね。
佐々木 そうです。だから本当細胞も一緒で、今頑張ってくれている細胞たちも目覚めて強くしてくれてるなって思うから、永遠はないです。
岸田 ということで、ありがとうございます。そういった香織さんのペイシェントジャーニー、いかがでしたでしょうか。皆さんこれを見て、大腸がん、もしくは直腸がんの人、そしてオストメイトの人も参考にしていただきたいなということを思っております。きょうは香織さん、どうも、お時間いただきまして、どうもありがとうございました。
佐々木 こちらこそ、ありがとうございました。
岸田 ありがとうございました。それでは皆さん、バイバイ。
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