【略称】インタビュアー:岸田 / ゲスト:岡本

【目次】

00:00 オープニングトーク
00:39 自己紹介
01:20 闘病ストーリー
12:45 大変だったこと
15:40 副作用
18:05 後遺症
19:30 治療費
21:08 仕事との両立
24:32 工夫したこと
28:30 闘病まとめ
32:04 学んだこと

【治療】

岸田 それではがんノートminiスタートしていきたいと思います。きょうのゲストは、食道がんと胃がんの経験をされている岡本さんです。よろしくお願いします。

岡本 よろしくお願いします。

岸田 お願いします。きょうは服装が華やかで、いい感じですね。

岡本 ありがとうございます。派手な色を着ておりますので。

岸田 素晴らしい。華やかな気分で、きょうも始めていきたいと思います。きょうのゲスト、岡本記代子さん。今、ハローワークにお勤めということです。

岸田 がんの種類は、食道がんと胃がん。ステージが4ということで。告知の年齢が40歳のとき。そして、今が46歳。治療方法として、手術と化学療法と放射線療法をされています。

岸田 まず、2年半ぐらい、当時、胸の辺り、縦に走るような痛みなどがあって、近くの病院に行っても軟骨に異常があるんじゃないかぐらいの診断だけでした。

岸田 ただ、突然、ちょっと水が飲めなくなってしまったということで、紹介されて大学病院に行かれました。2013年の8月、40歳の頃に、食道と胃、そしてリンパにも転移しているというステージ4ということが分かりまして、術前の化学療法をされています。

岸田 そのときに、医療用麻薬でシートや錠剤も使用されています。術前化学療法が終わってから、手術に臨まれました。食道の全摘出と、胃のほぼ全摘出で12時間以上に及ぶ大手術でした。

岸田 術後は激痛があったり、これもあるあるだったりとかするんですけど、腸閉そくにもなられたりということで、緊急手術もされています。

岸田 声は、今、リハビリで出るようになっていらっしゃいます。翌年の2月に退院され、そのまま化学療法を続けられていた中、2014年7月にペット検査で、またがんが再発しているということが分かって、それからまた3カ月入院。

岸田 そのときは、化学療法と放射線療法をされていました。それが終わってから、今に至るまでは、月に1度、化学療法で通院されていて、次回56回目だそうです。治療もされていらっしゃる今の経験も含めて、お話をお伺いしたいなと思っております。岡本さん、きょうはよろしくお願いします。

岡本 よろしくお願いします。

岸田 ありがとうございます。いろいろお伺いしていきたいところあるんですけれども、2年半ぐらい、縦に走るような痛みがあって、水が飲めなくなって、大学病院行ったということでしたけど。結構な痛みだったんですか、このときは?

岡本 結構な痛みで。1日お仕事で、もう、最後は座っているのが、やっとなぐらいでした。

岡本 それでどんどん食事も取れなくなってきて、おかしいなっていう感じになってたんですけれども、あるとき水が、もう噴水のように、ぷーって噴いちゃったので、あっこれはまずいなって自分でも思って、違う病院に日曜日だったので、連絡をして大学病院を紹介していただいてっていう流れになります。

岸田 そうなんですね。その後、結局、検査したら食道と胃、そしてリンパにも転移しているがんだったということが分かったと思うんですけど。結構、まさか、がんだとは、みたいな感じですか。

岡本 そうです。もう、がんとは無縁な家族だったので、まさかっていう感じで。入院当日、いきなり病棟で主治医と初めて会って、そこですぐにがんで、すぐ治療を始めます、術前治療初めてました。

岡本 抗がん剤が効けば、手術ができるよっていうことだったので、もうショックを受ける間もなく、治療が始まり、治療の副作用で、初めて医療用麻薬も使ったので、2週間ぐらい全く記憶がないままでスタートしたっていう感じです。

岸田 もう、どんどん次から次にいろんなことが起こってって感じで、目まぐるしかったんですね。

岡本 そうです。なので、手術までは、もうあっという間で。

岸田 抗がん剤治療をしながら、療養麻薬も使用されていたっていうことだと思うんですけど。やっぱ結構な痛みだったからですか?

岡本 そうです。痛みも限界だったので、まずこの痛みを何とかしてほしいなっていうのもありました。

岡本 ただ、それよりも初めてのことばっかで、抗がん剤も頭痛と吐き気ですよね、とにかく最初はひどかったんだろうなというか、もう、ほぼ記憶がほとんどなく。

岸田 ないというと。

岡本 2週間ぐらいですかね。2週間ちょっとたつと、髪の毛が抜けてきてる状態で、あっ現実だなっていうことで、気付くっていう。

岸田 ちなみに、胃がんと食道がんって、これ別々なんですよね?

岡本 別々なんですけど、別々っていうことを知ったのは、昨年の10月たまたまって感じです。

岸田 たまたま。どういうきっかけで知ったんですか。

岡本 去年たまたま、がん治療学会で、お話をさせていただく機会をいただいたので、そのときに主治医に発表のスライドをチェックしてもらったですけれども、それに訂正で入ってきました。

岸田 なかなかないですね。スライドチェックをしてもらって、自分のがんが訂正されて返ってくる。

岡本 書いて、無言で訂正だけです。それから全く、そのことについては触れず、今に至っています。

岸田 すごいな。新しい告知のされ方やな。なんか告知というか、修正のされ方というか。術前、化学療法やって、その後、手術ということです。これは食道の全摘と、胃のほぼ全摘。結構な手術でした?

岡本 結構な手術で、首回りと、あと、のど下ぐらいから、おへその下までと、一気に切ったので、痛みがもう、とにかくひどくて、ひどくて。

岡本 もう最初の、がんだよって言われる前の痛みは何だったんだってぐらいの痛みで。初めてこのときに、つらいなって思いました。がんて言われたときのショックよりも、この痛みのほうが本当につらかったです。

岸田 本当痛いですよね、手術ね。開腹とか、開胸とか、本当に思います。そんな中、腸閉そくにもなられたんですか。

岡本 はい、腸閉そくも。朝から「おなかが痛いな」って言って、訴えていたんですけど。「きっと便秘だよ」って言われながら、夕方になり。もう、けいれんが起こってしまい、とにかく切ってってお願いをして、緊急手術になりました。

岸田 腸閉そく。ずっと、もう数日間は、お通じはなかったんですか。

岡本 いや、そんなことはなかったし、取りあえず、ずっともうその頃も全く食べれない状態だったので。術後も、うーんって感じだったですけど、もう絶対に2度と手術は痛いから嫌だって思って、主治医にも「手術するくらいなら、もういい」って言ってたぐらいだったんですけど、もう痛みに耐えられなくなって、「切ってくれ」と言いました。

岸田 緊急手術して、その手術はそれで、いったん、腸閉そくは良くなったかもしんないんですけども、その後、声のリハビリもされたと。食道がんとか取ったら、やっぱり声出なくなるリスクとかってあるんですか。

岡本 そうです。声帯、やっぱり触るので、「短くて半年ぐらいは声出ないよね」っていうことは言われてて、それが「もうちょっと長くなるかもしれないね」って言われてたんです。

岡本 今も大きい声は、なかなか出すのは、ちょっとつらいなっていうのはあるんです。術前からリハビリを、毎日1時間発声練習とかやって、術後もですし、その後、社会復帰に向けて、声を出すスクールにも通いました。

岸田 そういうのもあるんですね。そしたら、声も出てくるようになったって感じです?

岡本 はい。

岸田 良かったです。本当に。そこは、食道の手術される人は、結構、気にするところですから。2月に退院し、化学療法も続けながらペット検査によって、またがんが大きくなっているとわかったわけですが、どこに見つかったのですか?

岡本 リンパ節に、また。

岸田 赤く光っていたと。

岡本 はい。「光ってるよ」って言って、まさか1年以内にって感じでした。抗がん剤治療も続けていたので。

岸田 治療を続けながら、放射線もそのときにしていったと。

岡本 はい、そうです。

岸田 これ、60グレってどれぐらいなんですか。毎日、3カ月入院って書いてある。

岡本 月曜日から金曜日、毎日週5で、入院しながら2カ月半くらいです。

岸田 リンパってどこ、胸? 首のほう?

岡本 体にです。

岸田 上半身に、赤くめちゃくちゃピカピカ光っていた感じ?

岡本 光ってるというと、私が見てもあんまり分かんないけれども、先生が見ると分かるっていう状態ですよね、きっと。

岸田 放射線療法を行って終わってから、今も、通院されている。しっかり56回目と、化学療法。これは通院で?

岡本 はい、通院で、今は月1回です。最初のうちは、1週間1回だったんですけれども、今は働きながらになるので、月1回通院しながら治療しております。

【大変だったこと】

岸田 いろいろ大変だったと思うんですけど、どれが大変でした?

岡本 入院中は、とにかく痛み。本当に痛み。このときに初めて、言い方悪いんですけども、もう殺してほしいっていうぐらい痛かったです、術後の。

岸田 相当ですね、本当に。

岡本 相当痛かったです。痛くないって聞いていたのに、話が違うんじゃないかみたいな。結構、いろいろ食道がんの入院中って、いろんな方みえるんですけど、おじいちゃんばかりなんです。皆さん聞くと、「痛くない」って言ってたんで、だから痛くないんだなと思っていた。どうにもこうにも痛かったので、それが一番大変だったことと、食事が取れないのが一番、今も大変です。

岸田 食事取れないって、どうやってるんですか?

岡本 いまだに6年以上たって、いまだに普通に食事が取れないっていうか、普通のご飯が食べれないんです。

岡本 まずは、食道で詰まってしまうので、固形物が食べられないし、胃のほうでは、また、量が食べれないので、離乳食みたいな感じで、柔らかいものや、常にマヨネーズとか、オリーブオイルとか、ごま油とかでとろみを付けて食べたりとか。

岡本 小分けにして、今でもプリン半分ぐらいで、すぐおなかがいっぱいになっちゃうので、何回にも分けて食べるとかっていう形で工夫はしてるんですけど。それが今、一番大変ですね。

岸田 固形物、食べれないんですね。サイコロステーキとかは、食べれないですよね?

岡本 食べれないです。お肉大好きなので食べたいんですけど、食べれないです。

岸田 そっか。けど、もう仕方ないって感じですか。

岡本 そうです。今は、肉でも本当にいいお肉、脂身のあるとろとろの。

岸田 そうか、口の中で溶ける超いいやつやったら、食べれるのか。

岡本 そうなんです。ウニとかトロとか。

岸田 ええやつで。

岡本 そう。ええやつは、ちょこっとでいいんですけど。そういうものは食べられます。

【副作用】

岸田 いろんな治療を行われていたと思うんですけど、それによる副作用はいろんなことあったと思うんですけれども、どんなことありましたか。例えば?

岡本 副作用は、抗がん剤は吐き気と頭痛と、今もあるのは、もちろん脱毛もなんですけど、しびれと関節痛が、抗がん剤の副作用で。

岡本 あとは、放射線です。放射線は、最初は全然出てこないので余裕だなと思って、出された薬を飲んでなかったっていうのも。

岡本 すごいまずいのがあって、それを飲んでなかったので、入院中。いけないんですけども、もっとやけどみたいな感じで。中が荒れちゃって、痛くて、お水飲むのもっていう。

岸田 痛いから飲めなかったっていうことですね。

岡本 治療中飲めなくって、それも副作用です。あとは、皮膚がただれてしまったりとか、抗がん剤でも、じんましんみたいのが、ばーって全身に出たりとか、あざになってしまったとか、っていうのは、最初よくありました。

岸田 そうか、いろいろあったんですね。今、ちなみに脱毛という話もありましたけども、ウィッグなんですよね?

岡本 もう6年以上、ウィッグなので。もう、この髪型が定番になっている感じで。

岸田 お会いしたときから、その髪型なんで、もう、なんか。

岡本 楽です。

岸田 岡本さんっていったら、そういう髪だなっていう印象になってますもんね。

岡本 そうです。ちなみに、このウィッグ、私の今、職場の窓口に相談に来てくださる方にも、「どこの?」って言われるので、「ここのだよ」って教えると、みんなおそろいになってます。

岸田 そっか。

岡本 何人か。

岸田 岡本カットの人たちが、いっぱいいらっしゃるわけですね。そういう感じもあるのか。すごい、面白い。確かに。

岡本 色が違ったりとか。

【後遺症】

岸田 後遺症とかあったりとかしますか。いろいろ後遺症?

岡本 後遺症が、まず食事です。食事が取れないから、もう体重が増えない。

岸田 体重増えなかったら、体力とか?

岡本 体力が全くないなっていうのは感じます。歩くようにはしてるんですけども、体力がないです。

岸田 今、何キロぐらいでしたっけ?

岡本 今は、37とか。身長168なんですけど。マックス、最初がんになったときが、46、7だったので、それから手術のために体重を増やそうってことで、63とかぐらいまで一気に2カ月で増やして、そこから今の体重まで減ったので。

岸田 すごい。もう、どんどんどんって感じですね、本当ね。

岡本 これ以上下がらないようにっていう形で頑張ってます。

【治療費】

岸田 治療費や制度について。活用した制度とか、お金はどうしてたんですか。やっぱり、大事な問題だと思うんですけど。保険入っていたとか、この制度活用したよとか、もしあれば。

岡本 私は正社員で働いたことが、実は恥ずかしながらないんです。その当時も1年雇用のお仕事をしてたので、お給料的にもそんなたくさんいただいてなかったので、貯蓄もなかったので、困ったなってことだったんですけども。

岡本 使わせてもらった制度としては、高額医療と、あとは傷病手当金と共済組合。辛うじてそれだけは入っていたので。

岡本 まさか自分ががんになるとは思っていなかったので、普通の一般の保険は入ってなかったんで、それのみです。でも、少しでも助かりました、とても。

岸田 県民共済どれぐらい出たんですか。少し?

岡本 ほんの少しです。

岸田 何となくイメージはできる。

岡本 なんか、そういうの入っていらっしゃる方とかは、いらっしゃると思うので。

岸田 そうですね。結構、ただ、トータル治療費とか、今も続いているんで、本当、もう何百万いってますよね、多分。

岡本 かなりいってると思うんですけど。

岸田 あんまりそれ、見ないようにしている?

岡本 見ないようにしてます。

【仕事との両立】

岸田 お仕事との両立。正社員ではなくてっていうこともおっしゃってましたが、今ハローワークでもお仕事されてますよね。ハローワークで、お仕事されるようになったきっかけを教えてほしいなと思うんですけれども。お仕事との両立についてお伺いできますでしょうか。

岡本 私が社会復帰を目指したきっかけは、再発して入院しているときに、あるとき見たこの新聞記事なんです。

岡本 これを見て、これまでは主治医も「もう社会復帰なんて無理だよ」って言っていたので、社会復帰もなっていう感じだったんですけども。

岡本 この記事を見た途端、よし、絶対この仕事に就きたいっていうふうに思って、社会復帰を決意しました。

岡本 この新聞記事を何枚も何枚もコピーをして、お守りのようにして、いつも持ちながら、体力づくりを始めて、今に至るということなんです。

岡本 その当時、いつ出るか分からない、この求人がっていう状態だったんですけれども、採用されるかどうかも分からない状況だったんですが、目標を持ったことで、その時点から私自身の生活が変わりました。がらっと。

岸田 だから、この記事を見て、よっしゃ、ハローワークで、こういったお仕事に就こうということで、実際、今そういうお仕事に就かれているということですもんね。

岡本 主に、がん患者さんのお仕事探しのお手伝いをさせていただいております。

岸田 すごい。この真ん中のやつが、今のお仕事のやつっていう感じですよね。

岡本 毎月、病院に月に半分ぐらいは、出張相談に行かせてもらってて、あと半分はハローワークにいてるんです。

岡本 そのチラシのほうのカレンダー部分なんですが、やっぱりハローワークの暗いイメージだと、皆さん、敷居が高いよとか言って、行きにくいよとか、いろんな気持ちがあると思うので、少しでもイメージが和らぐといいなと思って、毎月こんな感じで、楽しいのを作っています。

岡本 ハローワーク用のやつは、「パープルで作って」って言われたので、イメージでっていうことだったんで、ペーズリー柄になっているんですけども。これは病院さん用に、大学病院さん以外の病院さんはこのチラシを配布させてもらっています。

岸田 もう5月だから、このとき。ちょっと端午の節句みたいなイメージだとかして。

岡本 4月からは、こいのぼりだとかが付いていて、その後は、母の日のカーネーションです。

岸田 すごい、いろんなことが入っているんですね。

岡本 結局、コロナの関係で出張相談が中止になったので、今は、ずっとハローワークにいます。

【工夫したこと】

岸田 工夫したこと、差し支えなければお伺いできますでしょうか。いいですか。

岡本 治療中は、本当にもう、必死だったので、毎日リハビリをこなしていくのにっていう感じのスケジュールが組み込まれていたので、それを必死に終わっていって。

岡本 働き出してからなんですけれども、採用していただけて、今、働き出してから、やっぱり普通に生活するのは、今までどおりには難しいなっていうのがあって。

岡本 まず、通勤についてなんですが、ハローワークに行くまででも1時間以上かかりますし、出張相談になると2時間弱かけて、公共交通機関を乗り換えて行くんです。

岡本 一気に行くことが体力的に厳しいので、いつも朝は何とか行けるんですけども、帰りはいったん乗り換える前に、駅で休憩をしてから、お茶を飲んだりして、1時間か2時間ぐらい休憩してから帰るっていう、帰りの工夫と。

岡本 あとは食事についてなんですけれども、やっぱり日中は絶対取るのがもう怖いというか、取ることができないので、朝、6時過ぎに出ていくんですけど、4時ぐらいに1回。

岸田 4時。4時とか、いや、すげえな。

岡本 ほんのちょこっとです。でも。何となく落ちてきたなっていうか、胃が楽になったなと思ったら、もう1回5時過ぎ、6時ぐらい、ちょっと出ていく直前ぐらいです。

岡本 もう1回、ちょこっとだけ食べて、ほんの少量になるんです。赤ちゃんより食べれないっていう感じなので。

岡本 食べて、バスに乗ってしまえばっていう感じで、出ていくっていう、まず朝です。出勤前が。

岡本 お昼は、やっぱりみんなと同じように食べれないっていうのがあるので、ちょっと遅めに休憩に入らせてもらって、それで物は食べない。物はって言ったら変ですけど、食事は取らず、カロリーの高い飲み物を飲んだり、アメちゃんです。飲んで終了にします。

岸田 お昼は抜いているっていうことですよね?

岡本 それも、食べておなかが痛くなったりとか、できなくなるのが、もう分かっている、怖いので、とにかく。仕事終わるまではって感じです。

岡本 夜、またちょこっと、2回ぐらいに分けて食べてっていう生活を、通常は繰り返してて、土日とかずっと家にいる日は、もうひたすら食べることが仕事だと思って。

岸田 1時間2時間ごとに、ちょっとずつ食べたりだとか?

岡本 そうです、なんか口の中に入れたり、アメちゃんとか、チョコ入れたりとか。チョコもなんか黒いところだと、ちょっとおなかがすぐ痛くなってしまうので、イチゴとか混ぜて。茶色いやつがちょっと駄目なんです。なんか。

岸田 チョコって絶対、茶色いやつじゃないですか。

岡本 そうなんです。はい。それも何となく、分かってきて。そんな感じで、工夫っていうんですかね。

岸田 工夫だと思います。十分しているということです。

【闘病まとめ】

岸田 トークまとめたいと思います。2013年の8月から11月にかけて、第1回目の治療で、いろんな術前抗がん剤とか、手術とかもされていた。

岸田 その後、抗がん剤も続けていたけれども、また大きくなってしまったので、2014年7月から今に至るまで、放射線治療だったりとか、化学療法とかも今も続けているということです。

岸田 副作用としては、先ほどおっしゃっていたいただいたように、脱毛、関節痛、食欲不振、吐き気、頭痛、しびれ、ひととおりいろんなものを経験されているということかと思います。

岸田 生活面で飲み会に行けなくなった。友達がいなくなったっていう、シビアなことを書かれているんですけど。これはどういうことですか。

岡本 単純に食事が取れないので、私自身はみんながご飯食べているところにいて座ってるだけでも楽しいですし、皆さんがおいしそうに食べてる顔見るだけでも、すごく楽しいんですけど。うれしいなと思うんですけど。

岡本 やはり、一緒にいるのはちょっと気を使うなとか、気を使わせちゃうなっていうのもあるので。

岡本 普通の形っていったら変なんですけども、がん仲間同士だったら皆さん分かってくださるから、それで大丈夫なんですけども、一般の方とはやっぱり、食事が一緒に行けなくなってしまったので。

岡本 ごく一部、1人か2人で自分の仲のいいお友達ぐらいなら大丈夫なんですけれども、もう、付き合いがなくなってしまいました。

岡本 やっぱり女子っておいしいものを、みんなで食べに行くっていうのがストレス発散であったりとか、楽しみだったりするじゃないですか。なので、それが全くできなくなってしまったというので、そうなると友達も必然的に減ってしまうというか、っていう流れになりますね。

岸田 そういうことか。特に性格が変わったとかじゃないですね。

岡本 じゃないです。

岸田 よかった。

岡本 逆に楽になりました。今のほうが。多分、病気になる前とかだったら、すごく細かいことに気にしたりとか、八方美人だったんですけれども。今、そういうことがあんまりなくなったので、すごく今のほうが楽です。

岸田 友達がいなくなったっていうのがありますけど、逆に気を使わなくてよくなったりだとか、あと、もしくはがんの経験者たちの仲間が、いっぱいその代わりできた。

岡本 新しい仲間が増えて、また楽しいです。

岸田 治療費とか制度とか、先ほど高額医療費制度とか傷病手当金で、県民の共済に入られていてこれらを活用したということでした。

【学んだこと】

岸田 岡本さんががんの経験を通して学んだことをお伺いしていきたいと思います。がんの経験を通して、岡本さん、どういったことを学びましたでしょうか。『目標ができることで、人は変われる』という言葉をいただいてます。こちらの意味をお願いします。

岡本 がんになる前も、いろいろと目標を持ってはやっていたんですけれども、その目標の重みとかが全然変わっていきまして、目標にそんなに期限がなかったと思うんです。

岡本 今だと、本当に、いつまでっていう自分の体調のこともあるので、今できることをやっていかないとっていう気持ちもあるんですけれども、この言葉を選んだ理由としては、私自身が、あの新聞記事をきっかけにして、他の目標ができて変わりました。

岡本 なので、変わって今があるので、この言葉を出させてもらっています。私自身もそうですし、今、日々、私のところに相談に来てくださるがんの方々も、やはり就職っていう目標ができることで、本当、そのときから、自分、気持ちが前向きになって、何かを始めたりとかして、本当、次会うとき、次会うときで、表情が全く違って変わっていきます。

岡本 なので、それを日々実感しているので。私自身が変わったので、この言葉を、一言書かせてもらいました。

岸田 やっぱ岡本さんが変わったきっかけ、あの記事から変わっていったと思うんですけど。やっぱそういう目標を持って、やっぱ何事にも取り組むと。

岡本 そうですね。ちっちゃいことでも積み重ねていけば、すごく大きな自信になるなと思っていますので。私自身も、また次の目標を持ってこれからも頑張っていきたいなと思っています。

岸田 すごい。そうですね。漠然と過ごしている自分に目標を持っていかないとなということを思います。本当に。ありがとうございます。

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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