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インタビュアー:岸田 / ゲスト:西村

“違和感”から始まった31歳の誕生日

そんな今日のゲストなんですけれども はい西村さんになります。

簡単に自己紹介お願いできますでしょうか?

西村 西村紗由美です。出身は千葉県で今は高知県に住んでいます。

岸田 そして、今お立場としては主婦でいらっしゃって、趣味に関しては音楽鑑賞やリラックマとたれぱんだのグッズ収集。そうですよね。もう完全にねこのお写真がリラックマのめちゃくちゃでかい⋯ぬいぐるみを持たれていてという風なね。抱えられていてっていう感じだと思いますけれどもリラックマはいつぐらいから好きなんですか?西村さん。

西村 高校2年生から好きです。

岸田 高校生の時からって感じですね。じゃあもう結構ね、いろんなそういったものを、あのグッズを収集されていってっていったところでそして音楽鑑賞とありますけど音楽鑑賞は好きなアーティストさんいらっしゃるんですか?

西村 B’zとかGLAYさんとかそういうハードロックといったそういう感じが好きでを聞いています。

岸田 あぁすごいですね。B’zねこの前ね紅白歌合戦ですごいねもうめちゃくちゃ盛り上がったB’zだったりだとかっていったところなのかなと思いますけれどもそんな中でがんの種類が舌がんですね⋯こちらがんについても簡単に教えていただけますか?

西村 舌がんで⋯舌にできるがんなんですけど。

岸田 西村さんもね舌がんのステージⅣaといったところでしかも告知年齢が31歳、現在32歳って1年前に告知され治療されてきたってことですよね?

西村 はい。

岸田 はい。なので皆さんもねちょっと聞き取りづらいところあるかもしれませんけど、そういった背景もあるといったところもありますので、ぜひこう耳をそばだててというか字幕も入れさせていただくので一緒に聞いていければということを思っております。お願いします。

まさかのがん宣告と、怒涛の治療開始

治療方法は手術や放射線薬物療法っていうねあのフルコースでされているということでもございますけれどもそんな中のですね、西村さんはどのような経過をたどってきたのかといった中でですね、ちょっと色々話を聞いていきます。

感情の浮き沈みっていったものをこういったね、上下とグラフ、吹き出しだったりとかね、そういったところでこう入れておりますのでまた皆さん見ていただければと思いますが、まず西村さんのペイシェントジャーニーこんな形となります。ドン!

結構ね、もう3分の2ぐらいですかね、真ん中よりも下っていったところもあったりだとか、もうほんと去年から治療だったりだとか告知もスタートしているのかなといったところはありますけれども、そういったところをお話をちょっと聞いていければと思っております。

まず初め、上のところというかちょっと上のところ何があるかというと31歳のお誕生日ただその時に舌が痛かったとありますけれども、この時の舌の痛さっていうのはなんかピリピリする感じとかそんな感じですか?

西村 なんか食べる時に痛いな⋯みたいな。

岸田 そんな些細なことでなんか変だなぐらいで、その食べにくいっていったところにもこれも繋がってきますかね?

西村 はい。

岸田 なんかもう普通にご飯が食べて食べてたらなんか食べにくいなって感じですか?それともなんか特定のものを食べる時に食べにくいなって感じですか?

西村 普通にご飯食べてる時に痛いなと思って。

岸田 ただそれがだんだんこう⋯大きくなっていかれるんですよね?

西村 はい。

岸田 この大きくなっていくっていうところに関しては最初何て言うんですかね?ちっちゃいしこりみたいなのができるんですか?それとももうなんか舌のなんか膨れ上がる感じなんですか?どんな感じなんでしょう?大きくなるっていうのは。

西村 気づいた時にはもうなんか結構大きくなっていてなんか2,3cm以上の大きなしこりとか塊になっていてでもなんか変だなぐらいにしか思わなくて。

岸田 そっかじゃあちょっとなんか変だなって2,3cmのしこりというかそういったものがこう舌にあってっていったところでなんか変だなと思われていきます。そして耳鼻科へ。これは地元のクリニックですか?

西村 はい、近所の。

岸田 近所の耳鼻科に行かれて、その時に耳鼻科ではどんなことを言われたんでしょう?

西村 僕ではちょっと診れないから大学病院⋯紹介状書くから行けって言われました。

岸田 それで大学病院に行かれていきます。この間はもうすぐですか?数日レベル?それとも一週間後とか。

西村 数日ですね。3,4日くらいで予約が取れて。

岸田 それで大学病院で診てもらうんですよね?

西村 はい。

岸田 その時大学病院で診てもらっていかがでしたか?

西村 初診でもうほぼがんだからって言われました。

岸田 これはあれですか?西村さん的にもなんかもう、がんじゃないかなっていう感覚でいくんですか?それとももうなんかそう晴天の霹靂というか、まさか!?みたいな感じなんですか。

西村 まさか!?って感じでしたね。

岸田 そうなんですね。十中八九がんなんじゃないかっていったところでその後どうされていくんでしょう?

西村 その後はずっと検査して生検検査をして、細胞取って一応検査に出すけど結局一応初診で、CT撮ったのかな?覚えてないんですけど検査をすごいやりました。

岸田 はい。検査はすごいしてがんの告知を受けていくという風なところでここでもう十中八九がんなんじゃないかっていうところで、もうがんが確定していったって感じですよね。この時はどう言われたんでしょう?医療者からは、お医者さんから。

西村 やっぱりがんだったよみたいな⋯あんまり覚えてなくて。

岸田 うんうんうん⋯で、そのしかもあれですよねステージがⅣになるんですかね?

西村 その時はⅢって言われたんですけど後々、Ⅳだったみたいな。

岸田 がんがもう正式に決まったその時の西村さんの気持ちをお伺いできますか?

西村 あごが外れないのかなって手術するのに。

岸田 手術するのであごが外れないかなってあごの心配をされたんですね?

西村 たまたま初診でがんと言われてからGoogle見ててあごが外れちゃった人がいてそれを見てたから余計になんか手術よりもそっちの不安が大きくて。

岸田 そっかそっか⋯そして、残念ながらそこから治療していこうということで手術で切除されていくっていう感じだと思うんですけれども、まずちょっとですね、この中で西村さんがどこにがんになったかっていうのをイラストでいただいているのでちょっとこちらご覧ください。ドンと。

西村 舌の左奥?上?半分以上取っちゃってるので左側にちょっと大きくできたみたいで。

岸田 この奥の方にこうできていたっていうことですねここらへんに。

西村 段階的に半分くらいは⋯たぶん。

岸田 舌の痛みっていうのも左全体が痛い感じです?それとも舌が全体が痛い感じでした?

西村 左側だけがなんか痛いかな⋯。

岸田 それで、ちょっとまた戻っていきますけど、手術していくといったところでまずそれは切除をしていこうっていう感じになっていくんですね?

西村 切除、そうですね。自分の体の一部で修復するみたいな首のリンパ節は切ってって感じですかね。

岸田 うんそうか⋯そうなんですね。もうこっから怒涛になっていくんですよね。手術取っていってそして一部が壊死をしてしまってその血管をつなげる手術もその後されていくという風なところでこれはあれですか?あの手術で切除したところがちょっとうまく血管が通ってなかったりとかした?みたいな感じなんですかね。

西村 そうですね。私も詳しく聞いてないんですけど血管がちょっと悪いから治す手術をするって。

岸田 その後、またね。再建をしていくっていったところでね、この再建はどっかの部分から持ってくとかっていう感じですかね?

西村 左太もも(から)でしたね。最初の時は右太ももだったんですけど二回目の再建は左の太ももから取るってなってて。

岸田 結構がっつり取ってくる感じです?

西村 そうですね。

岸田 それを取ってでそれで舌に入れてっていう風な再建手術をされていく。そんな中でねこうめちゃくちゃこう下がってるところはまだ続くんですよね。これがICUで肺炎にということです。これはなんか手術の影響かなんかですか?

西村 手術の影響なのかわかんないんですけど肺炎になってICUにいました。

岸田 うわぁ…であれですよね、ちょっとさっきもねお伺いしましたけどなんかもうこの時の記憶っていうのがすごくもうもう西村さん的にもない⋯ぐらいなんですよね?

西村 ないんですよ。2,3日に一回手術したんですけど全然覚えてなくて。

岸田 もうだからこの時のなんか辛さとか苦しさとかっていうのはもう苦しいことは苦しいでしょうけども記憶がもう定かじゃないって感じなんですかね?

西村 はい…覚えているのが肺炎で苦しんでいる風景。最初の手術から肺炎になるまで全然覚えていなくて。

岸田 あーそっか。じゃもうこっからがん告知されて最初の手術切除してからはもうなんかループしてというか色々治療してるけどループして肺炎になってるみたいな感じなイメージですかね?西村さんの中で。

西村 そこからねちょっとだけこう上がっていきます。それは一般病棟で。

岸田 ちゃんとこれ肺炎は治ったんですかね?

西村 治って戻っていいって言われたんで多分戻っていったんだと思います。

岸田 うん。そっかで戻っていかれましてそしてようやくプラマイゼロになるのがご飯が食べられるように。

西村 すごい!

岸田 これどれぐらいの期間でご飯食べれるようになるんですか?

西村 でも一ヶ月ぐらいでしたね 一般病棟に来てから。

岸田 そっか、一か月ぐらいでか食べれるようになるんですねすごいですね。

西村 最初の手術からだと一ヶ月半ぐらいですね。

岸田 いや、やっぱ最初はあれでしょ。めちゃくちゃこうお白湯みたいなからだんだん流動食、固形色みたいな感じになっていく感じですよね?

西村 でも、最初はなんかゼリーかなんかで練習した気がします。

岸田 ああそっかそっか。ゼリーとかそういったものででご飯が食べれるようになって良かったっていう風な形でプラマイゼロになっていくという風なところでただそこからまた下がっていくんですよね。それがこちら。

西村 お!再発⋯ということで。

岸田 再発これはまた同じ舌のところが再発していくんですか?

西村 首のリンパ節。大きくなっててでどのみちその手術もして取ってるんでって検査しようってなってCT撮ったら再発してるって言われて。

岸田 ほお⋯そうなんですね。それは結構ショックですよね。まぁこのショック度合いも一番下がってますけれどもこの時の西村さんのお気持ちとしてはもう勘弁してくれよって感じです?どうでしょう?

西村 そうですね。たまたまその言われた日が退院3日前で本当にもう一晩中泣いてましたね。

岸田 そっか⋯で一回退院してでそれでそこからまた治療をされていきます。そこがまた手術…首のリンパを取っていったって感じですかね。

西村 他の手術よりはちょっとマイナスではありますけどちょっとまだ上がってるっていう感じですけれども他の手術よりはまだちょっと良かったというか。

岸田 マシみたいな…ここだけ切るんで食事制限がないっていうかご飯は食べられるしそういった意味でポジティブになってます。

西村 そっかそっかまだねご飯食べれるしっていったところでただまたちょっと下がっていくんですよねこれは。

岸田 え?無治療なら余命半年から一年と書かれていますがあれ?けどこれ手術切除して取ったんですよね?リンパ⋯。

西村 取ったんですけどたまたま動脈に絡みついてて取りきれないって言われて。

岸田 えーーー!?じゃあ全部取り切れなかったってことなんですか?

西村 はい。

岸田 そうなのか…動脈に転移しているっていったところが分かって、でもまぁそれで手術そこは取らなかったっていうところですよね⋯この無治療なら余命半年から一年で、これは医療者から言われたってことでしょ?

西村 はい。

岸田 結構…このね一番下にやっぱこう下がってきているといったところもあるので、やっぱりこうショックだったっていうのはショックっていうことですよね?

西村 ショックでしたね。

岸田 ただここから無治療ならって書かれているんでこっからはじゃああれですか西村さん的にはじゃあ治療していこうってなっていくんですかね?

西村 そうですね 治療しないと1年って言われたらもう…。

岸田 じゃあ、そこで治療していこうという風な決意をされていく。で治療していきます。放射線と薬物療法をされていくという風なところでこれ放射線と薬物療法一緒にされていくんですか?

西村 一緒でしたね。

岸田 これは入院でです?それとも通院で?

西村 入院です。

岸田 入院で薬物療法されて。

西村 そっか放射線とかほぼ毎日通わないといけないんじゃないですか?

西村 毎日でしたね。

岸田 どれぐらい入院されてました?この時は。

西村 最後の手術からなんで多分終わりまでけっこう4ヶ月以上いましたね、多分。

岸田 それ結構ですね。4ヶ月以上もっていったところは…薬物療法と放射されていった後にようやく治療が終わっていくというところでちなみにさっきの手術よりも薬物療法や放射線の方がちょっとまだ気持ち的に上がっているのは手術よりはマシって感じだからですか?

西村 どうなんでしょう。手術よりもマシなんでまぁ。

岸田 そっかでそこでまたちょっと上がっていきます。転移…次は薬物療法、ニボルマブをされていく。免疫チェックポイント阻害薬ですねをされていくっていうことですがあれまた転移があるっていう感じですかね?西村さん。

西村 転移っていうか元々怪しいって思ってたところがなんか転移みたいな感じなんで私もよく説明できないんですけど結局のところは転移みたいな感じで。

岸田 そっか⋯それはさっきあったその首のところ?

西村 はい。

岸田 え!ちょっと待ってくださいね。僕の見間違いじゃなければポジティブの赤色で書かれているんですけれども結構他のご飯が食べれるようによりも高かったりとかするんですけどどういうどういうことでしょう?これは。

西村 次もまた退院しても抗がん剤やってくれって言われたんですけど入院か通院かわからなくて…最初は入院って言われたんですよ。でもなんか入院しなくていいって言われて通院でってなってそれもあるんで、ポジティブに。

岸田 ああやっぱあれですか?西村さん的には通院で行く方が気持ち的にも体力的にも楽?ていうのもあるし。

西村 ちょっと退院直前にトラブルがあってそれでもう入院したくないって思って⋯。

岸田 はい、そういったところもあって自宅にも帰れるしよかったといったところもあってというところが上がっていきます。そしてちょっと下がっていきますがそれはこちら敗血症に…え!敗血症って結構やばくないですか?これ。

西村 ヤバいですね。

岸田 怖いですよねえ。これはどういう経緯でなったんですか?敗血症には。

西村 CVポートを入れたところから膿んじゃってそこからなんか感染して敗血症になったって言われました。岸田 そっか⋯え?こっからどうしていくんですか?敗血症の治療は?

西村 抗菌薬を2週間くらい打ってましたね。

岸田 この時はなんかいきなり体調が急変して運ばれてみたいな感じなんですか?

西村 ではなくて、元々肝臓が悪いって血液検査で出てて色々CTとか撮ったら肺になんかあるとで色々調べていったら敗血症で肺に何か塊作ってるよみたいなことを言われました。

岸田 うわ⋯そうなのか…ここの肺炎の時より気持ち的に上がってますけど辛さ的にはどうでしたでしょう?

西村 毎晩なんか38度以上の熱が出てて。

岸田 それそれはきついですよね。そっかでそっからねちょっとまた上がっていきますがそれは…がん細胞が見えなくなる。これは薬物療法は効いたってことですか?

西村 一応。

岸田 おー!一番今まで高いですもんね。おぉ!見えなくなってよかったといったところでそっからちょっとまた下がっていくのがこちら要経過観察。これなんか普通の経過観察じゃなくて要経過観察っていうなんか意図があるんでしょうか?

西村 なんかPET-CTを撮ったんですよ。でもなんか再発って言えば再発だし再発じゃないって言えば再発じゃないし、なんか中途半端というか何とも言えない。

岸田 ちょっと何とも言えないみたいな。ああ何とも言えないっていう風なところで今後ねどのようになっていくかっていうところはもう本当にね検査していって他にないかとかいろんなところをねちょっと見ていかないといけないっていったところ。西村さん今なんか西村さんも首にはちょっと違和感はあるんですよね?

西村 なんか変だなみたいな感じで。

岸田 でも何とも言えないですよね。

西村 うんなんとも言えないといったところがあって。

岸田 今はどれぐらいの頻度で病院に行ってるんでしょう。

西村 2週間に1回行ってます。

岸田 ありがとうございます。はい皆さんいかがでしたでしょうか?西村さんのね 激動の一年というか手術もね何回もされて抗がん剤治療だったりとかもされて放射線もされてっていった中で敗血症にまでもなってという風なところでね、今に至っているという風な形かと思います。この中でねまたちょっと少しだけそれぞれちょっと深掘りしていきたいと思います。

舌を失い、肺炎と敗血症を乗り越えて

まずこちらはい病院や医療者のこと申し上げましてどのようにね病院を決めていったのか医療者との関わり繋がりどうだったのかとかっていうそういったところを聞いていきたいと思うんですけれどもまず西村さん病院に関してはさっきあれですよね、地元の耳鼻科に行ってそっからもう大学病院を紹介されたって感じですもんね?

西村 はい。

岸田 医療者のことについてお伺いしたいんですけれどもなんか結構大変なことがあったんですよね?

西村 はい。

岸田 はい、ちょっとお伺いしてもいいですか?

西村 看護師さんからセクハラされました。(失笑)

岸田 看護師からセクハラを…ちなみに看護師さんの性別は?

西村 女性です。

岸田 女性の看護師さんから…え!ど、どういうどういうどういうことというか、どういう感じなんですか?

西村 部屋でスマホをいじっててエロ動画見たんじゃないか?って言われて。

岸田 それを他の看護師さんがいる前でも言うんですね。そんな話をしてたからとかじゃなくていきなりそういうこと言ってきたって感じ?

西村 はい。

岸田 ちなみにおいくつぐらいの看護師さん?

西村 私より多分一回り上だから四十代前半ですね。

岸田 四十代前半の…いやちょっとそれはもう何言ってんの?こいつ⋯みたいな感じになっちゃいますよね。
でも仲が良くてこの話をするとみんな、え!あの人と仲いいのにってそんなこと言われたんだって。結構ね、それは傷つきますよね。2回目は謝罪された翌日に早く帰りたいなら、主治医を泣き落とせば?って言われました。

西村 どういう意図で言うんやろ。

岸田 西村さんそれ聞いてどうでした?

西村 「・・・」っていうか何も言えなくて。

岸田 そういう環境から早く退院したいよって感じですよね。あなたから早く離れたいよって感じですよね。だからあれか⋯さっきのペイシェントジャーニー見た時に一番治療して転移して上がっているっていうところか、時に上がっているっていうのは退院退院してその入院しなくてもいいからみたいな感じでおっしゃっていたのはこの看護師さんから離れられるみたいなことを思ったっていうことですよね?

西村 はい。

岸田 退院されてからはもうその看護師さんとはもう接することはなく?

西村 いえ⋯でもたまにちょっと用事があって病棟に行くと絶対居て…何でか知らないんですけどでもまぁ話しやすいから、状況だけ話してぐらいいるんですけど内心ちょっとビクビクというか怖いというか。

岸田 うんうんうん。それはねなりますよね。一応なんですかね、そういったことがあって謝罪もあってっていうことですよね?

西村 いやでもこの泣き落とせばって言ったのについては謝罪はもういらないって言ってもう無理って言って。

岸田 そっか⋯看護師さんねちょっとそれはきついですね。もう謝罪いらないからで退院していってっていう感じで西村さんはこうねそっから離れていったってことすね。はいありがとうございます。

がんの再発と余命宣告——選んだのは「治療」

そしてねちょっと次こちらはい副作用は後遺症のことになるんですけれども、西村さんが今ね、あの舌を切除した後遺症もたくさんたくさんっていうかあると思いますし、あと副作用、抗がん剤とか放射線とか副作用様々あるかと思いますけれども今何かこう悩んでることっていうか副作用後遺症のことっていったらどうでしょう?

西村 耳鳴り。

岸田 耳鳴りと皮膚のかゆみ。耳なりとか今も続いてますか?

西村 はい。

岸田 なんかどんなイメージどんな感じですか?なんかもう交差点にいるような感じなのかなんかずっとなんちゅうどういう表現したらいいんでしょう?

西村 ピーって言う高音が続いてるんです。

岸田 あー続いてるんですね もう四六時中。

西村 たまに。
ピーって言う高音が続いて気が付いたら止まってるみたいな。

岸田 もうなんかそれも慣れるしかないって感じですよね?舌は痛くないですか?どうでしょう?

西村 痛くないですね。

岸田 動かしやすさ的には最初当初よりも今の方一年近くたった今とかの方がまだ動きやすかったりとかするとかありますか?

西村 どうなんだろう。考えたこともない。

岸田 そっかそっかやけどね声も出しておられますしなんか舌もしっかり結局下は半分左半分が切除されているイメージですかね。

西村 はい⋯半分以上かな。全部は取ってないけど右側に少し残ってるって感じですね。

岸田 そっか味とかはしっかりどうでしょうします?右半分を…それは大丈夫なんですね。いやね全然ね動かしやすさも変わったりとかしますからね大変だと思いますが はいありがとうございます。ちょっとその治療の時にですね、もう一つこちらのことをちょっとお伺いしていきたいと思います。妊よう性のことといたしまして、おそらくねシスプラチンという抗がん剤されているのでちょっとそういったところも影響あるのかなっていうところを思ったりとかするんですけれどもこちら妊よう性子供を作る能力のことになりますけどね。0代の西村さんもね。治療されていってっていったところでこういったなんか相談っていうか説明とかってありましたか?

西村 何もないです。何もない⋯多分子供が一人いるんですけど子供もあるしちょっと多分説明せんでもいいんだよっていうのがあったんじゃないかなとは思います。

岸田 そっかお子さんもいらっしゃって、お子さんは何歳?

西村 7歳。

岸田 7歳のお子さんがいらっしゃってといったところで、そっか妊よう性のね話はそういったところに全くなくという風なところであったということですかね。

治療を支えた家族、そして7歳の子ども

その後、子供のことといたしまして、今ね7歳のお子さんがいらっしゃるということをお伺いしましたが、お子さんのこの子育てというかと治療、その家事と治療っていったところはどういうどのようにこう両立していったっていうとこありますか?

西村 一応学童に入れて入院中は主人が全部やってくれて、最初の入院の時はメンタル面が心配なんで実家から嫌々母をちょっと来いといやいやですけど孫のためにお願いって。

岸田 ああじゃあ実家のお母様にみてもらっていたということですね。

西村 最初の入院中の時はみてもらって、あと長期休暇…冬休みとか春休みは実家に帰ってもらって千葉に、それで何とか。

岸田 過ごしたっていうことですね。そっか ちなみにお子様に7歳ぐらいだったら結構どの認識っていったところがんのことについてはどうお話しされたとかってありますか?

西村 話したけど⋯どう説明したか覚えてなくてただ単に入院するからって言ってがんっていう病気で入院するから。

岸田 そっか⋯そういう風な入院するっていうことはちゃんとがんっていう病気でっていうとこは伝えてるっていうことですよね。まあとはお子さんがこうどうこう認識してというかこうあのいるかっていうのはそれはお子さんのみぞ知るみたいな形で。はい、ありがとうございます。

かかった医療費と支えになった保険制度

次はこちら。お金や保険のことといたしまして、治療をね、どんな制度を使った?だったりだとか民間の保険入っていたの?だったりとか、治療費どれぐらいかかったの?っていうところをお伺いしていきたいんですけれども、民間の保険は何か入られてましたかね?

西村 母がちょうどJAで働いててなんか勝手になんか色々がん保険とか医療保険とか4つくらい入れてるみたいであとは高額療養費制度…使ってって感じですね。

岸田 そうですよね。そっかじゃあじゃあ医療保険とかそういった諸々保険含めて複数入られていてっていったところがあり高額療養制度使いのっていうところあって、治療費全体としてすごい長期間の治療なんで治療だけじゃなくてね。往復する例えばタクシー使ったタクシー代とかいろんなものをトータルして、生活を含めるとどれぐらいかかりましたか?

西村 でも多分さっき(マイナポータルを)見たら1,700万越してるんで、で多分個室ベッド代入れたら結構いってるかなと思います⋯。

岸田 あーそっか。ただその中から高額医療制度で自分で支払う分はそれよりも低いですよね。

西村 はい。

岸田 医療保険とがん保険だったりとかで相殺はされました?それともちょっとプラスぐらい?

西村 プラスじゃないですかね。多分、全然もうプラスです。

岸田 よかった!それだったら。じゃあじゃあしっかりちゃんと色々入っててよかったですね。
親に感謝ですね。ありがとうございました。

副作用・後遺症と“なんとかなる”日常

次こちら工夫していることといたしまして、治療の時でもいいですし日常の時でもいいので、今何か西村さんの中でこれ工夫してるなっていうことあったりとかしますでしょうか?

西村 特に工夫してるっていうのはなくてただ絶対スマホは持ち歩くようにしてますね。

岸田 スマホはね。

西村 話にくいんで、診察の時とか当日になって言いにくいから前もってスマホで打って画面見せるくらい。

岸田 そういったくらいですね なにも。スマホでこう自分の聞きたいこととかをちゃんと書いておいてそれを見せたりだとか会話するときはそういうアプリとか使われてるんですかね?

西村 メモアプリ。

岸田 それでコミュニケーション取ってって感じですね。ありがとうございます。そういったね、いろいろえ診察の時も日常生活も工夫されているというね。西村さんでした。ありがとうございます。

伝えたいメッセージ——“心配しなくていい。意外と生きられる”

西村 意外となんとか生活できるし心配いらないよ。私は大学3年生の時に、最悪の場合、脳出血で死ぬって言われて、でもそこから強く思って治療を受けて今があります。自分の工夫次第で意外と何とか生活はできるので、心配しなくていいと思います。

岸田 はいありがとうございます。え?なんか今さらっと言いましたけど、大学時代に何ですか?え?神経繊維腫?

西村 たぶん なんかレックリングハウゼン病言われててなんか目の上に腫瘍ができやすいタイプで失明するかもしれないし最悪の場合脳出血で死ぬって言われて。そん時もへえ!と思ってて、そうなんだと思って、でそれもあって無治療なら半年から1年って言われてから、でもなんか治療受けなくてもいいかなとも思ったんですけど、やっぱり死にたくないなと思って治療を受けようと思いました。

岸田 そういった経験があるから今もそれが生きてというか、しっかり西村さんも前向きにって言ってもいい?大丈夫ですかね前向きに生きてるっていう風な。

西村 はい。

岸田 はい。という風な形でね、今あれですよねその太ももとかにも結構傷は残られていますけれども、それでもね 好きな服とかも着られて、おしゃれもされたりとかするんですもんね。

西村 そうですね。なんかそういう風なねところもね、やっていったりだとかっていう風な。

岸田 西村さんらしく生きていくっていう風なところは意外となんとか生活できるし、心配いらないよっていう言葉をいただきました。ありがとうございます。、はい といった中でですねえこれにて配信を終了していくという風な感じですけれども、西村さん今日お話ししてみてどうでしたでしょうか?

西村 やっぱり、(看護師から患者に対して)セクハラされた件ってあんまり聞かないんだなって思って、がんノートを見てなかなかないことなんだなあって思って、ちょっとでも、困っている人のためになれば⋯ね。

岸田 そうですね⋯やっぱなんでしょうね、やっぱ舌がんの経験者さんでもね 2年3年とか色々経過してね、結構こうあの方もいらっしゃるかと思いますが、こうやってね西村さんのようにまだ治療して一年以内っていう風なところもあったんですとかしてね、それでこう出てくださるっていうのは本当にまあこのような形でね、あのなっていくんだっていうことも思っていただけるんじゃないかなということを思いますので。またねあの皆さん、またあの参考にしていただければ嬉しいなということを思っております。はいそれではこれにて配信終了していきたいと思います!

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