目次

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インタビュアー:岸田 / ゲスト:伊藤

【ゲスト紹介】

岸田 今日のゲストは、伊藤未奈子さんです。伊藤さんのご出身は愛知県。そして現在も愛知県にお住まいで、会社員としてお勤めされています。趣味は「子育て」「音楽鑑賞」「スキンケア」と書かれていますが、まずは子育てからお伺いしたいと思います。今、お子さんはおいくつぐらいなんですか?

伊藤 下の子が年少さんで、今年4歳。上の子が年長さんで、今年6歳になります。どちらも女の子です。

岸田 どちらも女の子なんですね。今、すごくかわいい時期じゃないですか?

伊藤 めちゃくちゃかわいいです。

岸田 本当に、見ているだけで癒やされそうですね。その子育てをしながら、音楽鑑賞もご趣味とのことですが、どんな音楽を聴かれるんですか?

伊藤 本当に何でも好きなんですけど、私はもともと4歳くらいからバイオリンを習っていて、高校も音楽科、大学も音楽大学に進学しました。なのでクラシックも好きですし、子どもの童謡などもよく聴きます。ジャンルを問わず、音楽全般が好きですね。

岸田 バイオリンを幼少期から始めて、大学も音楽大学って、もう完全に“ガチ勢”ですね。

伊藤 でも、最近は全く弾いてないんです。

岸田 ガチ勢が「音楽鑑賞」って書いたらダメですよ(笑)。いや、冗談ですけど、ロックやヒップホップが好きっていう人はよく聞くけど、まさか音大出身とは思いませんでした。すごいですね。

岸田 そんな伊藤さんですが、がんの種類は「舌がん」。ステージは1で、32歳のときに告知を受けられ、現在33歳。そして治療は手術を受けられたということです。

【ペイシェントジャーニー】

岸田 ここからは、伊藤さんのペイシェントジャーニーについてお伺いしていきたいと思います。グラフも用意していますので、参考程度にご覧ください。

 では早速、見ていきましょう。伊藤さんのペイシェントジャーニーは、最初に少し下がって、途中で上がり、また下がって、最後に上がる――まるで“W”のような形ですね。そんな伊藤さんの歩みを、順に伺っていきたいと思います。

 まず最初のポイントは、30歳のときに「夢のマイホーム」を購入されたというところです。最初に紹介したかったんですが、こちらがその夢のマイホーム。いや〜、本当に素敵です。後ろのキッチンですよね?

伊藤 はい、そうです。キッチンです。

岸田 おしゃれすぎる……! 本当に素敵な空間ですね。そんな夢のマイホームを購入された後、3年半ぶりに職場復帰をされたとあります。3年半というと、長いお休みですよね。

伊藤 そうなんです。先ほどお話ししたとおり、子どもが2人いるんですが、年齢が1歳9カ月しか離れていないんです。なので、育児休暇を2人分まとめて取らせていただいて、合計で3年半お休みをいただいていました。

岸田 なるほど、育児休暇だったんですね。しっかり子育てに専念されていた期間があって、その後に職場復帰されたわけですね。そしてここからグラフが下がっていきます。舌に“できもの”を発見されたんですね。最初はどんな感じだったんですか?

伊藤 私の場合は、左側の舌の中ほど、サイドの部分に口内炎のようなものができているのを見つけたのが最初です。

岸田 舌の左側のサイドに。

伊藤 はい、左の舌のサイドです。

岸田 それは痛みがあったんですか?

伊藤 痛みはほとんどなかったです。最後まで痛くなかったと思います。

岸田 そうなんですね。痛みもなく、ただ「口内炎があるな」くらいに思っていたと。その後、歯科を受診されたんですね?

伊藤 最初は放っておいたんです。でも、3週間ほどたってふと見てみると、形が全く変わっていなかったんです。大きくもなっていないけど、小さくもなっていない。「なんか変だな」と思って、ネットで“口内炎 治らない”って検索したんです。そうしたら、“2週間以上続く口内炎は歯医者さんか耳鼻科に行ったほうがいい”って書いてあって。しかも、画像検索で出てきた写真の中に、自分のとまったく同じようなものがあって、それをクリックしたら“舌がん”と書かれていたんです。

伊藤 それを見て、怖くなって。「もう病院に行かなきゃ」と思って受診しました。

岸田 それは怖いですよね。自分の状態とそっくりな画像が出てきて、“舌がん”って書かれていたら……。そのまま歯科に行かれたんですか?

伊藤 はい。歯医者さんに行きました。実は私、生まれてから一度も虫歯になったことがないんです。

岸田 えっ、すごい! うらやましいですね。

伊藤 歯が丈夫なのか、虫歯がなくて。だから歯医者さんに行く習慣が本当になかったんです。産後の歯科検診ぐらいしか行っていなかったので、引っ越してからは一度も行っていませんでした。それで「近くの歯医者さんでいいや」と思って受診したんですが、初診だったので問診票を書いて、診てもらったんです。先生は少し触診したあとに、「これは口内炎じゃないので、もう少し大きい病院に行ってください」とすぐに紹介状を書いてくれました。

岸田 歯科で「口内炎ではない」と言われたということは、先生の中である程度の見立てがあったのかもしれませんね。紹介状を書いてもらって、大学病院に行かれたということですが、そこで生検を受けられたんですね。生検は、針を刺すような検査ですか?

伊藤 いえ、切って取って、縫いました。できものを少しだけ切り取って、2〜3針ほど舌を縫ってもらいました。

岸田 なるほど。生検じゃなくて、もう「取っちゃう」感じですね。

伊藤 そうです。取ってしまうやつです。

岸田 その生検のあと、「夫に言えず」とありますが、これはどんなことを言えなかったんですか?

伊藤 私は生命保険会社に勤めているんです。だから、ネットで画像を見たときから「もしかして舌がんかも」と不安になっていました。先生から生検を勧められたときも、「ああ、これはがんの検査なんだな」とすぐに察しました。夫はそうした医療知識がないので、私が「口内炎みたいなのができてて」と言っても、「そうなんだ」くらいの反応で、特に深刻には捉えていませんでした。紹介状をもらって大きい病院で見てもらうことになったと話したときも、「大げさだね」みたいな感じで、本気にしていなかったんです。だから、生検を受けることになっても、なかなか言い出せなかった。子どもも2人いて、心配をかけたくなかったというのもありました。

 結局、生検の2日前に「歯医者さんに行くんだけど、ついてきてほしい」とお願いして、夫に付き添ってもらいました。でも、彼は何の検査かも知らないままでした。結果を聞きに行く予約を取ったときも、「あさって結果が出るから、一緒に来てほしい」と伝えたら、「行くけど、何なんだろうね?」という軽い感じで……。そこで私は、「このまま医師から“舌がんです”って突然言われたら、彼は混乱してしまう」と思い、結果の2日前に初めて「多分、がんの検査で、結果を聞きに行くんだと思う」と伝えました。

岸田 旦那さん、びっくりされたでしょうね。

伊藤 はい。その日はほとんど寝ずに、ネットで舌がんについて調べていたそうです。「まさか……」という感じだったみたいです。

岸田 そうですよね。本当に「まさか」って思いますよね。多くの人がそう言います。旦那さんに伝えたあと、結果として「がんの告知」を受けることになったんですね。

伊藤 はい。

岸田 グラフの中でも一番下がっている部分ですね。やはり告知は相当つらかったですか?

伊藤 はい。自分では「きっとがんだろうな」と思っていたし、覚悟もしていたつもりでした。でも、実際に先生から「がんです」と告げられた瞬間、想像以上にショックで、何も考えられなくなりました。先生に「お子さんいますか?」と聞かれたとき、子どもの顔が一瞬で浮かんで、涙しか出ませんでした。「まだ若いよね」「結婚してるってことはお子さんもいるの?」と立て続けに言われて、もう心が限界でした。

岸田 本当に谷の底に突き落とされたような気持ちになりますよね。その後、がん専門病院で検査を受けることになったんですね?

伊藤 はい。告知を受けた病院は歯科専門の大きい病院だったのですが、CTなどの設備が整っていなかったんです。先生から「これ以上は調べようがないので、もっと大きいがん専門病院に行ったほうがいい」と言われ、がんセンターを紹介してもらいました。

岸田 そのがんセンターでの検査で、転移はなかったんですね。

伊藤 はい。転移は見つかりませんでした。

岸田 そして次に、グラフが少し上がっています。臨床試験への参加とありますが、これはどういうことだったんでしょうか? 手術とは別で、臨床試験に参加されたということですか?

伊藤 そうなんです。大学病院から、がんの専門病院へ紹介状を書いてもらいました。舌がんは口の中のがんなので、首のリンパに転移しやすいタイプだと説明を受けました。舌がん自体、患者数が多いわけではなく、治療法もまだ確立されていない部分があると言われたんです。

転移しやすいがんなので、たとえ転移がなかったとしても、最初から舌と一緒にリンパをすべて取ってしまう――それが一般的な治療方法だと聞きました。そういう治療を行っている病院が多いそうです。私は「今は転移していなくても、今後は絶対にしたくない」と強く思っていたので、「だったら全部取ってください」と先生にお願いしていました。

いろいろと検査をしてもらい、転移はないことが分かって。舌にあるがんの深さや長さなどを調べてステージを判断してもらっていたとき、「臨床試験の対象になります」と言われたんです。

「臨床試験って何だろう」と思って先生に聞いたら、舌がんの治療法は確立されていないから、今まさに研究の段階にあると。つまり、リンパを最初から取ってしまうやり方と、温存して経過を見ていくやり方、どちらがより良いかを比較している最中なんだと説明を受けました。

臨床試験に参加する場合、リンパを取るか取らないかは自分では選べないそうで、私のデータをパソコンに入力し、ランダムに「取る」「温存する」を振り分けるというものでした。

岸田 パソコンが決めるんですね。

伊藤 はい。いちかばちか、みたいな感じです。

岸田 すごい。それは結果次第ではドキドキしますね。パソコンの結果って本人は見られないんですか?

伊藤 見られません。先生だけが分かります。先生から「結果が出ました」と電話をいただきました。参加するかどうかも、主人と何度も話し合って悩みましたし、先生にもたくさん相談しました。先生は「まだ30代という若さで、リンパを取ると首に大きな傷が残る。それが心配」と言ってくださって。

それに、臨床試験に参加すると、しない場合よりも病院に行く頻度が高く、検査や診察もより丁寧にしてもらえるんです。私のデータは東京の病院にも共有されるので、もし将来的に転移が見つかっても、早期発見につながる可能性が高い。だから臨床試験は決して悪いことばかりではないと説明されて、最終的に参加を決断しました。

岸田 悩んだ末に、臨床試験に参加することを決めたんですね。結果は手術のときに分かるということですが、その前に少しグラフが上がっています。「フライングご褒美」とありますが、これはどういうことですか? いいことがあったんですか?

伊藤 はい。入院と手術が決まっていたので、手術に向けて準備を進めていたんです。その中で「自分へのモチベーションを上げよう」と思って、趣味のひとつでもあるスキンケアに力を入れました。1枚3000円くらいする高めのフェイスパックを20枚ほど買って、入院に備えたんです。それから、ちょっとお高い靴も買いました。頑張る自分への“先取りご褒美”ですね。

岸田 なるほど、先に買うタイプですね(笑)。頑張るためのご褒美を先に用意する。いいですね、前向きです。

岸田 そして、その後に手術を受けられたということですが、「部分切除」と書かれています。ということは、結果的にリンパは取らなかったということですか?

伊藤 そうなんです。パソコンが選んだ結果、私は「リンパ温存」のほうに分類されたみたいです。

岸田 なるほど。手術のあとを見れば、どちらかはすぐ分かりますもんね。

伊藤 はい。

岸田 リンパ温存で、舌の部分だけを切除する形になったんですね。臨床試験に参加して、結果的にどう感じましたか?

伊藤 最初は「絶対リンパを取ってほしい」と思っていて、家族にもそう話していました。でも先生の説明や年齢のことを考えて冷静に振り返ると、取らなくてよかったと思っています。今、何もない状態でリンパを取る必要は、私の場合はなかったのかなと。結果的に、温存でよかったと感じています。

岸田 ありがとうございます。まだ臨床試験中とのことなので、今後の経過も見守っていく形だと思いますが、伊藤さんの場合は良い結果につながったんですね。

岸田 そしてその後、少し気持ちが上がる出来事が。「顔が洗える」とありますが、それまでは洗えなかったんですか?

伊藤 そうなんです。手術直後は口の中がパンパンに腫れていて、食事も取れませんでした。鼻からチューブを入れて、胃に栄養を送る形だったんです。そのチューブが鼻に縫い付けられていて、顔はテープだらけ。拭くくらいはできても、バシャバシャ洗うことはできませんでした。だから、一生懸命ご飯を食べる練習をして、無理やりでも飲み込んで、「もう大丈夫」と言われてチューブが外れたときは本当にうれしかったです。

岸田 チューブが取れたことで、ようやく顔も洗えるし、パックもできるようになったと。

伊藤 はい。毎日やってました(笑)。

岸田 それはまさにご褒美ですね。

伊藤 はい。

岸田 でもそのあと、また少し下がる時期があったようですね。「手術の縫った箇所が口内炎に」とあります。これは左の舌を部分的に切除したところが原因ですか?

伊藤 そうです。「部分切除」といっても、実際は舌の3分の1くらいを取っているんです。なので、舌の形も今は少し違います。しっかり縫ってあるので、舌の先が少し伸びたようになっていて、腫れもあって、歯の裏にずっと当たる状態でした。何もしていなくても当たるので、その刺激と傷のせいで、縫った糸の上に口内炎ができてしまったんです。

岸田 痛そうですね……。処置はしてもらえたんですか?

伊藤 一応、薬をもらいましたが、舌の口内炎なので唾液ですぐ流れてしまって効果がなく、基本的には我慢するしかなかったです。痛み止めを少し強めに出してもらいました。

岸田 なるほど……。でも、そのつらい時期を経て、次は「カップスープで号泣」という場面がありました。これはどういうことですか?

伊藤 手術後、最初は“ミキサー食”といって、すべてペースト状の食事から始まるんです。お味噌汁も魚もドロドロで、正直おいしくなくて、ほとんど食べられませんでした。そんなとき、夫が差し入れでカップスープを持ってきてくれたんです。コロナで面会はできませんでしたが、ナースステーションまでは入れたので、そこに5個くらいスープを預けてくれて。

「飲むタイプだから、いけるんじゃない?」と言われて、さっそく飲んでみたら――もう、本当においしくて。普通の人が食べているものを自分の口で食べられることが、ただそれだけでうれしくて、思わず泣いてしまいました。人生で一番、カップスープがおいしいと思った瞬間でした。

岸田 分かります。本当に病院食って味が薄いですし、そんなときに普通の味のものを食べたら、感動しますよね。旦那さんに感謝ですね。素晴らしいご主人ですし、おいしいカップスープでよかったです。

岸田 そしてその後は退院。そこからリハビリが始まっていくという流れですね。今こうして伊藤さん、とても滑らかに話されていますけど、舌は3分の1ないんですよね。

伊藤 そうなんです。

岸田 どんなリハビリをされたんですか?

伊藤 実は、病院でのリハビリは全くありませんでした。リハビリの方法なども特に教わらないまま退院したので、家でどうするか自分で考えるしかなかったんです。結局、一番のリハビリは「家族と話すこと」でした。子どもがまだ小さくて絵本が大好きなので、毎日、絵本を読み聞かせたり、家族とたくさん会話をしたり。そうしていくうちに、少しずつ、話せるようになっていきました。もちろん元通りではないですが、今のようにしゃべれるようになったのはそのおかげだと思います。

岸田 今くらい話せるようになるまで、どれくらいかかりました?

伊藤 退院したのが11月の終わりごろで、2月の頭くらいにはもうほとんど戻っていました。

岸田 3カ月くらいですね。すごい回復力です。本当に努力されたんだと思います。

岸田 そんな中、「一人でコンビニへ」というエピソードが。ようやく行けるようになった、という意味なんですね。

伊藤 違うんです。コンビニ自体には行ってたんですけど、そういうことではなくて……。当時は、本当にしゃべるのが怖かったんです。しゃべれないし、家族以外の人と会話するのが不安で、「自分の言葉がちゃんと伝わらなかったらどうしよう」って。

コンビニやスーパーでも「レシートいりますか?」「袋どうしますか?」と聞かれることがありますよね。行きつけのコンビニだと、ちょっとした会話もあったりして、それすら怖かったんです。

伊藤 それが怖くて、しばらくコンビニには行けなかったんです。でも、リハビリを頑張って「うん」とか「そうですね」とか、「ありがとうございます」といった簡単な言葉が言えるようになって、ようやく行けるようになりました。何事もなくコンビニに入って、買い物をして、出てこられたときは本当にうれしかったです。

岸田 なるほど、そういうことだったんですね。家族以外の人と少しでも会話できたという、その一歩がすごく大きいですよね。
そして、そこから職場復帰へ。復帰してからは、何か不自由なことなどはありませんでしたか?

伊藤 最初はすごく不安でした。私の仕事は研修やセミナーをしたり、電話対応をしたりと、話すことが中心の仕事なので、「ちゃんと話せるかな」と心配でした。でも、今はマスクをしているので口の動きを気にせず話せますし、ありがたいことに、職場でもがんのことを知っているのはごく一部の人だけなんです。リモートワークが増えているので、長く休んでいたこともあまり気づかれませんでした。

復帰してからも、話していて聞き返されることもなく、今は本当に楽しく働けています。

【大変だったこと→乗り越えた方法】

岸田 すてきです。ありがとうございます。
さて、伊藤さんが大変だったとき、困ったときにどう乗り越えたのかについても伺いたいと思います。挙げていただいたのは「コロナ禍で家族に会えなかったこと」、そして「術後はしゃべれないので電話ができなかったこと」。
それをどう乗り越えたかというと――“交換日記”と“ビデオ通話で筆談”とあります。詳しく教えていただけますか?

伊藤 はい。実は今日、その交換日記を持ってきているんです。これは主人が書いてくれたもので、ノート自体も主人が手作りしてくれたんです。

岸田 えっ、めっちゃエモい……! 本当に素敵な旦那さんですね。

伊藤 主人は私の入院中、仕事もかなり休んでくれて、ほとんど毎日病院に来てくれました。来られない日がないくらい。子どもの絵や、日々の出来事を交換日記に書いてくれて、私も返事を書いて……というのを毎日続けていました。

岸田 本当に素敵です。
そして、電話ができなかったときは、筆談でビデオ通話をされていたんですね。

伊藤 そうです。100円ショップのダイソーで売っている、書いて消せるボードを持っていたので、それを使っていました。病室でボードに言葉を書いてカメラに見せて、子どもと会話していたんです。

岸田 なるほど。コロナ禍で面会もできない中、一人の時間が多くて寂しかったのではないですか?

伊藤 そう思って、最初はあえて“大部屋”を選んだんです。

岸田 ああ、そうなんですね。

伊藤 でも……2日で限界でした(笑)。

岸田 限界? どういうことですか?

伊藤 大部屋のほうが人がいて安心するかなと思ったんですけど、やっぱり他の患者さんとは年齢も生活リズムも全然違って。

岸田 そうですよね。性格も違えば、夜の過ごし方も違うし。

伊藤 そうなんです。私以外はかなり年上の方ばかりで、おばあちゃん世代の方が多かったんです。話が合わないし、音や生活リズムの違いもあって、もう2日で「無理だ」となってしまって。看護師さんにお願いして、個室が空くのを待ちました。手術の3〜4日後くらいにようやく個室に移れたんですけど、そこからは本当に気持ちが落ち着きました。

岸田 やっぱり個室だと気兼ねなく家族とも連絡が取れますしね。

伊藤 そうですね。周りを気にせずビデオ通話ができるようになって、だいぶ気持ちも楽になりました。

岸田 ありがとうございます。そして、伊藤さんから最後にメッセージをいただいています。

【メッセージ】

伊藤 はい。私から伝えたいのは、「みんなに甘えること」と「気持ちだけは強く持って」ということです。がんと診断されたとき、本当にお先真っ暗で、「もう人生終わったな」と思って、泣いてばかりいました。そんなとき、主人から「気持ちだけは強く持ってね。大丈夫だから」と、何度も言われたんです。『病は気から』という言葉がありますが、本当にその通りだと思います。

私には子どももいて、主人もいて、両親もいて、大切な家族がいます。家族のために気持ちだけは前向きでいようと思えたのは、主人のおかげでした。もし自分ひとりだったら、きっとマイナスなことばかり考えていたと思います。でも家族がいてくれたからこそ、病気と前向きに向き合うことができたんです。

そして、今日こうして私が話している姿を見てもらえたら、少しは希望を感じてもらえるんじゃないかと思っています。早期発見で部分切除で済めば、これくらい話せるようになる――そのことを伝えたくて、今日は出演させていただきました。だから、もし少しでも「おかしいな」と思うことがあったら、迷わず病院に行ってほしいです。

岸田 ありがとうございます。
「気持ちだけは強く持って」という言葉、本当に響きますね。『病は気から』という言葉のように、同じ時間を過ごすにしても、気持ちを上に持っていくか、下に引きずられるかで、まったく過ごし方が変わります。その思い、とてもよく分かります。

そして、今日こうしてご出演いただいたことも本当にすばらしいと思います。舌がんの手術をされた後で、どれだけ話せるのかという不安もあったと思います。でも伊藤さんのように、これだけ話せるようになる方もいらっしゃる。もちろん、部位や状況によっては難しいケースもあると思いますが、ひとつの希望として、多くの方の参考になるはずです。

番組の大半が、旦那さんとの“のろけ話”だったような気もしますが(笑)、本当に素敵なエピソードでした。エモくて、優しさにあふれていて、あらためて「人を支えられるような存在になりたい」と思いました。

岸田 ということで、本日の「がんノートmini」はここまでです。伊藤さん、本日は本当にありがとうございました。

伊藤 ありがとうございました。

岸田 それでは、またお会いしましょう。バイバイ。

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