目次
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インタビュアー:岸田 / ゲスト:大橋
【オープニングトーク】
岸田 それでは、がんノートmini、スタートしていきたいと思います。きょうのゲストは、大橋洋平先生になります。今日はよろしくお願いします。
大橋 お願いします。
岸田 大橋洋平先生は、緩和ケア医で、本当にその道のトップでもあるんですけれども、今回はがんノートのゲストということで、よろしくお願いいたします。
大橋 お願いいたします。
【ゲスト紹介】

岸田 ありがとうございます。続いてのゲストの自己紹介をさせていただきたいと思います。大橋洋平先生です。三重県のご出身で、現在も三重にお住まいです。お仕事は緩和ケア医ということですね。
大橋 はい、緩和ケア医をしています。
岸田 趣味の欄に「うま」と書いてあるんですが、先生、これはどういう意味ですか。
大橋 もう、この私の風貌を見ていただいたら、多くの方は「上品で高尚な雰囲気があるから、乗馬かな」と思われるでしょうけど、違います。私は乗るほうではなく、買うほうです。
岸田 馬主ではなく?
大橋 馬券を買うほうでございます。
岸田 馬券を買って、国に納税するほうですね。
大橋 もうだいぶJRA、それからお国に、結果的にですよ、最初から寄付目的ではないんですけど、寄付してまいりました。寄付して何十年です。
ありがとうございます。国民のために。それでは、がんの種類について伺います。GISTということですが、先生、GISTって簡単に言うとどんな病気ですか。聞き慣れない方もいらっしゃるかもしれませんが、悪性腫瘍の一つです。英語の頭文字を取ってGIST(ジスト)と呼ばれています。
日本語では「消化管間質腫瘍」といいます。頻度としては10万人に1人、2人程度といわれていて、比較的まれながんの部類に入ります。治療には抗がん剤を使うことも多いので、一般的にはがんの一種として扱われています。
ありがとうございます。ステージはⅣ、ハイリスクで肝転移があるということですが、ステージⅣというと、一般的には「末期」というイメージを持たれる方も多いと思います。このあたり、先生いかがでしょうか。
これは本当によくある誤解なんですが、ステージⅠが軽くて、Ⅳが重い、だからⅣイコール末期、終末期と思われがちです。実際、そういう方も中にはいらっしゃいます。
ただ、私の場合、肝臓の転移は画像上はっきりしているのは1カ所です。疑わしいものが全くゼロとは言えませんが、今のところは1カ所とされています。転移というのは、数が多いほど状況としては厳しくなります。2個、3個、それ以上と増えていく場合もありますが、少ないほうがまだ条件としては良い場合もあります。
繰り返しますが、ステージと末期はイコールではありません。末期の定義自体も難しくて、余命がごく短い、例えば1カ月、半月、1週間といった状況になって初めて末期と呼ばれることもあります。ステージというのは、あくまで病気の進み具合の指標です。私の場合は、ありがたいことに今も動けていますし、きょうもこうしてお話しできています。なので、自分では末期ではないと思っています。
岸田 ありがとうございます。「ステージⅣ=末期」と思われがちな中で、とても大事な説明でした。
大橋 とんでもないです。
岸田 告知を受けたのが54歳、現在56歳ということで、2年前に診断されて、現在も手術や化学療法を続けていらっしゃる、という状況ですね。
【 ペイシェントジャーニー】
岸田 では、早速なんですけども、大橋先生、きょうは「大橋さん」という呼び方で進めさせてください。大橋さんのペイシェントジャーニーを振り返っていきたいと思います。こちらになります。

結構、紆余曲折がありまして、前半戦はマイナスな出来事も多い印象です。ざっと振り返っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。まず大橋さんは、緩和ケア医として勤務されていましたよね。その頃は順調だった一方で、ここから下がっていくことになります。最初に出てくるのが「少量のそばで…」。これはどういうことですか。
大橋 私の場合、GISTの腫瘍は胃にできていました。結果的には、胃から大量出血を起こしました。ただし、血を吐く吐血ではなくて、お尻から出る下血で分かったんです。それは忘れもしない、2年前のある月曜日の早朝でした。
たぶん3時か4時、そのあたりだったと思います。その前日の晩に、そばを食べたんです。そば一杯なんて、普通なら数分で食べ終わる量ですよね。
……ちょっと大げさでした。前日の晩は自宅で夕食を取って、妻がいつものようにそばを出してくれました。ところが、食べられなかったんです。今にして思えば、その時点で食欲が落ちていたのかもしれません。でも、それ以上に、一口入れた瞬間に、胃がすぐ張ってきたんです。振り返ると、その時点で出血が始まっていたんだと思います。胃は風船のように膨らむ臓器なので、血液や液体が溜まっていたんでしょう。そこにそばが入ってきて、もう入らない状態だった。だから、ほんの少量のそばで満腹になったんです。あり得ない話です。
岸田 あり得ない量で満腹になったと。
大橋 はい、それが前日の晩です。
岸田 そして翌朝、下血が起こるわけですね。先生、下血というのは、お尻から血が出ることで合っていますか。
大橋 合っています。消化管からの出血で、肛門から血が出る状態です。赤い血が出る場合も下血ですが、胃など上部消化管から出血すると、腸を通る間に酸化して黒っぽくなります。それを黒色便、あるいはタール便と呼びます。私の場合は、その黒い便が大量に出ました。
岸田 その時点で、すぐ「おかしい」と分かりましたか。
大橋 鋭いところを突きますね。正直、すぐには分かりませんでした。医者なのに。当時は早朝3時ごろでした。急にお腹が張って、強い便意を感じてトイレに駆け込みました。電気をつけるかつけないかの勢いで座って、シャーッと出た感覚は、完全に大量の下痢でした。しばらくして落ち着き、水を流す前に便器を見たら黒かったんです。「え?」とは思いましたが、その時は動転していて、深く考えられませんでした。前日にそばを食べたことを思い出して、のりのせいかな、と一瞬考えました。でも、のりでここまで黒くなるわけがない。イカスミパスタも食べていない。そうこうしているうちに、部屋に戻る間もなく第2波が来ました。
岸田 第2波。
大橋 第2波のほうが大きかったですね。今もそうですが、たいてい第2波のほうが強いです。
岸田 コロナと同じですね。
大橋 すみません(笑)。第2波では、同じか、それ以上の量が出たと思います。その時点で、さすがにこれは出血だと分かりました。しかも黒い。お尻に近い出血なら赤くなりますが、黒いということは上部消化管。食道なら吐血が多い。となると、胃の出血だろうと考えました。胃潰瘍でも出血はありますが、潰瘍は壁がえぐれるようにできる病気です。
岸田 痛いですよね。
大橋 そう。口内炎みたいに痛い。でも私は、胃の痛みはほとんどなかったんです。胃潰瘍は痛みを伴うことが多いのに、私は全然痛くなかった。だから「これはもう間違いなく胃の腫瘍、悪性だ」と思いました。胃の悪性腫瘍といえば代表的なのは胃がんですから、その時点で「100%胃がんだな」と腹をくくりました。2回目の下血の時点で、です。
岸田 うわ…
大橋 医者ですからね。昭和63年卒業で、発病した時には医師歴30年。それはもう違うはずがないと思いました。でも、結果的には誤診でした。がんじゃなかったんです。
岸田 どういうことですか。それはここから分かっていくんですね。じゃあ次に進みましょう。下血して、そこから一度、気持ちは少し上向く。入院したんですね、そのまますぐ。
大橋 その日、最初が3時ごろ、2回目が4時ごろ。2回目の下血のあと、いったん出血は少し落ち着きました。ただ、もうただ事じゃないと腹をくくっていました。入院すると、やっぱり患者としては安心しました。同じ病院、勤めていた病院でもありましたから、「もうここは任せよう、信頼しよう」と思えた。丸投げという意味ではなく、信頼して任せられる安心感です。だから、この時は少し気持ちが上向いた。ペイシェントジャーニーで言うと、このピンク色、赤色の部分ですね。
岸田 ありがとうございます。その後、また下がっていきます。「がん10cm」とあります。え、さっき「がんじゃない」とおっしゃってましたよね。これはどういうことですか。
大橋 「え?」と思われたことがあるかもしれませんが、これも少し説明させてください。よく胃がんというのは、医学的な組織分類で、いわゆるがん細胞がある腫瘍を指しますよね。でも、がん以外にも悪性腫瘍はいくらでもあります。そのうちの一つが、消化管間質腫瘍、GISTです。先ほど私が言った「誤診」というのは、胃がんではなく、胃GISTだったという意味なんですね。
このGISTという病気が、正直、私の頭の中にはありませんでした。頻度が少ないという事情はあるにせよ、私はもともと内科医でしたが、発病当時は緩和ケア医として15年ほどやってきていました。言ってはいけないのかもしれませんが、詳しいがんの種類を見分けるというより、悪性腫瘍の患者さん、とくに終末期に関わる仕事を長くしてきたんです。
だから、「胃の悪性腫瘍なら胃がんだろう」と思い込んでしまった。ところが実際は、GISTという別の悪性腫瘍でした。しかも、がんは通常、小さいうちに見つかるほうがいいですよね。それが10センチの腫瘍だったと聞いて、正直かなりへこみました。
岸田 10センチの腫瘍って、なかなかお目にかからないサイズですよね。
大橋 これも難しいところで、病気がいつできたかを正確に振り返るのは困難です。
もし私が健康診断や人間ドックを定期的に受けていたら、今回のような出血ではなく、10センチになる前、例えば5センチくらいの段階で見つかっていた可能性もあります。
実際、GISTは健診やドックで見つかることが多い病気です。大きくなると私のように出血が現れますが、それまでは自覚症状がほとんどありません。私自身も全く症状がなかった。
だから、「10センチになるまで何をしてたんだ」「健診をきちんと受けていなかったのか」と責められましたね。
岸田 治療の診断結果としてはハイリスクで、標準治療として分子標的薬のグリベッグを使っていった、ということですよね。
岸田 その中で停滞期が入り、食欲不振、白血球の低下、消化液の逆流などがあったと。これらは副作用だったということですよね。
大橋 はい。グリベッグはGISTの治療薬ですが、他の悪性疾患にも使われています。抗がん剤の中では、もちろん副作用がゼロではありませんが、比較的少ないといわれている薬です。
治療開始時、同じ病院の薬剤師から「先生、グリベッグは副作用が比較的少ないですから大丈夫ですよ」と言われて、私もそう思って始めました。でも、私には正直きつかった。副作用はしっかり出ました。
食欲は出ない、吐き気もある、白血球も下がりやすい。結果的に、標準治療の3分の1程度しか続けられなかったと思います。これは胃がないことが大きい。胃の入り口に10センチの腫瘍があったため、ほぼ胃全摘となり、食道と胃の境目の括約部も取っています。そのため、消化液が逆流しやすい状態で、これにもかなり苦しめられました。
岸田 ありがとうございます。そんな副作用と闘いながら、少し上向く出来事として「食べなくても生きていける」という言葉が出てきますね。かなり極論ですが。
大橋 これだけ聞くとおかしいですよね。「食べなきゃ生きられないだろ」と。もちろん、全く食べなくて生きられるとは私も思っていません。ただ、患者として実感したことを伝えたかったんです。以前のようには食べられなくなった。私はもともと、人よりたくさん、速く食べるのがちょっとした自慢でした。体重は100キロを優に超えていましたが、そこから40キロ減りました。
岸田 100キロ超え。
大橋 身長173センチなので、40キロ減ると数字上は標準体重です。でも、私は以前の体形が気に入っていたので、ダイエットなんてしたこともありませんでした。見た目はともかく、自分としてはそれでよかった。
ここは緩和ケアの視点で言うと、患者自身が「これでいい」と思えている状態は、自主性や自立が保たれているということで、必ずしも苦しい状態ではないんです。
話を戻しますが、前のようにはもう食べられない。当たり前です。胃がないし、抗がん剤治療もしている。胃のない人は、1日3食では無理なので、5回、6回と回数を分けて、少量ずつ食べるよう勧められます。これはどの医学書にも書いてあります。
ただ、その1回分が本当に少ない。スプーンで言えば1さじ、2さじ食べられるかどうか。
岸田 苦しいですね…
大橋 分かりにくいので例えますね。飲み物で言うと、ヤクルトがありますよね。
岸田 はい、ヤクルト大好きです。
大橋 ヤクルトって、三重でも東京でもサイズ同じですよね。
岸田 同じだと思います。

大橋 いや、すいません。最近あまり飲んでいないので手元にないんですが、ヤクルトって80ミリリットルなんです。あれ1本が、1食分として飲めない。半分いけたら、ええかどうか。それも時間をかけて、です。
岸田 なかなかですね、それ。
大橋 すごく焦っていました。抗がん剤が始まっていて、手術後、抗がん剤開始時点では画像上、転移はなかったんです。
でも、こんなに食べられない状態では体重もどんどん減るし、副作用にも耐えられなくなるかもしれない。体力が落ちたら、抗がん剤自体も効きにくいんじゃないか。「食べなきゃ、食べなきゃ」と自分も焦るし、嫁さんも心配して、あの手この手で工夫してくれていました。
でも、どうしても食べられない。そんなとき、嫁さんにも当たってしまっていました。「そんなに持ってきたって食べられへんやろ」って、声を荒げたりして。それが8月、9月、10月、11月と続いて、半年ほど経った12月、2年前の年末ですね。
そのとき、誰かに言われたわけでもなく、ふっと思ったんです。「半年、生きてきたよな」って。そこから、「前のように食べなくても、生きていけるんや」と思えた。焦らなくてええよな、と。
人間、焦るとあかんと思うんですよ。何事においても。「焦らなくてええ」って思えたことが、私の気持ちを随分楽にしてくれました。
岸田 そういった形で、気持ちが上向いたということですね。ありがとうございます。ただ、その後、急転直下の出来事が起こります。それが、肝転移の発覚ですね。
大橋 これは2019年4月のことです。1月、2月、3月と少しずつ上向いて、元気が出てきたところで、CTで肝転移が見つかりました。めちゃくちゃへこみました。理由は二つあります。
一つは、主治医が同じ病院の医師で、ある意味同僚だったこと。電子カルテでCTを一緒に見ていて、頭側から足側へスクロールしていくと、肝臓の上のほうで止まるんです。今までなかった影が、はっきりと写っていて、「肝臓転移やな」と、私でも分かる。がん専門医でなくても分かるくらい、典型的な画像でした。
その写真を見たとき、真っ先に思ったのが、「あ、これは俺の肝臓なんや」ということでした。15〜16年、緩和ケア医として、多くの患者さんのCTを見てきました。医学部時代も含めれば、何万回も見てきたと思います。でもそれは全部、他人の臓器だった。
今回は違う。自分の肝臓で、しかも悪性腫瘍が写っている。これは、やっぱり全然違います。ものすごくショックでした。
もう一つ、もっとへこんだ理由があります。手術をして、抗がん剤も量を減らしながらとはいえ、しんどい治療を続けてきました。グリベッグは基本的に毎日飲む薬ですが、とても毎日は無理で、休薬しながら、それでも10カ月ほど頑張ってきた。
それにもかかわらず、転移した。治療をしていたからこの程度で済んだ、という考え方もあるでしょう。でも、そのときの私は、そんなふうには思えませんでした。患者として、ただただ、へこみました。
大橋 はい、言われました。そのときはいろいろ調べてもらって、痛み止めの点滴も打ってもらいました。痛みがゼロになったわけではないんですが、随分和らいで、何とか自宅に帰ることができました。
岸田 ありがとうございます。そして、そこからはだんだん上がっていきます。これは「治療継続」というところですね。治療が続いている。
大橋 このスーテントが、もちろん予定どおりいかないこともあります。スケジュールを調整したり、休薬を挟んだりしながらですが、それでも1年4カ月あまり続けてこられています。正直、次の検査で「え?」という結果が出る可能性は、いつでもあります。でも、現時点では治療を続けられている。つまり、「治療を頑張れている自分」が、今ここにいるという状態です。
【 がんの経験から学んだこと】

岸田 ありがとうございます。本当に長い旅路となるペイシェントジャーニーを、丁寧にお話しいただきました。ここからは「がんの経験から学んだこと」です。大橋先生は、このようにお話しされています。お願いします。
大橋 繰り返しになりますが、やっぱり「足し算命」です。余命のことは、正直、気になります。私も患者ですから。でも、医者の立場から言っても、余命って分からないんです。数字はあくまでデータ、平均値です。患者として知りたいのは「自分の余命」ですが、それは医者にも分からない。だったら、分からないことを気にしても仕方がない。そう思ったのが、肝臓転移を告げられて、強く落ち込んだときでした。一日一日、足していこうと。そうすると、必ず増えていくんですよ。これは絶対に増えます。
岸田 増えます。
大橋 野球で言えば、打率や防御率じゃない。ホームラン数、ヒット数、勝利数です。これは必ず増える。
岸田 増えます。
大橋 そのほうが、私はうれしい。一日一日、どんな形でも生きていれば、確実に足されていく。それが、私の気持ちをすごく楽にしてくれました。人間は、体が楽になるのが一番ですが、まず「気」が楽になると、不思議と体も少し楽になってくる。すると、やる気も出てきます。「これ、意味ないな」と思いながら生きるのは、すごく苦しい。でも、やる気が出てくると、生きる意味や生きがいが生まれてくる。病気は、もちろん、なくなってほしいです。私もGISTが消えてほしい。でも、なくならないなら、なくならない中でも、生きる意味、生きがいを見つけて生きていきたい。なぜなら、これは誰のものでもない、私自身の、唯一無二の命だからです。
岸田 ……本当に心にしみる言葉です。引き算じゃなくて、アベレージヒッターじゃなくて、ホームラン王。打点王ですね。
大橋 野球選手じゃないので例えですが、もし自分が選手なら、打率よりも積み重なっていく数字のほうが合っていると思います。減らないですから。
岸田 ありがとうございます。その言葉を胸に、今日のがんノートminiは、ここで終了したいと思います。本当にありがとうございました。
大橋 こちらこそ、ありがとうございました。
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