目次

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インタビュアー:岸田 / ゲスト:田森

本日のゲスト田森さん——虫垂がんを経験した27歳医師

岸田 それでは がんノートスタートしていきたいと思います!今日のゲストは田森大登さんです〜!よろしくお願いします〜!

田森 よろしくお願いします!

岸田 田森さん、よろしくお願いします〜!わざわざ東北から来ていただいてといったところで、ありがとうございます!田森さんは虫垂(ちゅうすい)がんにかかられたということで、虫垂がんって結構珍しいがんですよね?

田森 そうですね。大腸の一部のいわゆる虫垂炎(ちゅうすいえん)になるところ、盲腸とかになるところですね。

岸田 あっ!そうです。皆さん、先にお伝えしておきますが…田森さんは医師でございますので、すごくそういったところはお詳しいので、今日はすごくいろんなところをお話聞いていきたいなと思います!(趣味)サウナとか書いているところね!めっちゃ深掘りしていきたいんですけれども…早く本題入れ〜と言われると思いますので(笑)またの機会にそこはお話しできたらと思っております!

12歳の潰瘍性大腸炎から、25歳の虫垂がんまで——田森さんのペイシェントジャーニー

岸田 ステージ2で25歳の時に告知を受け…そして手術・薬物療法を経て、今経過観察という(現在)27歳の田森さんになります。そんな田森さんのですね、ペイシェントジャーニーのお伺いをしていくんですけれども、これからお話しする内容はですね、個人の経験談でございまして、特定の治療を推奨しているわけではございません。

またご自身の病気は主治医の方にですね、ぜひご相談いただければということを思っております。これから見ていくペイシェントジャーニーというグラフはこのような形となっておりますので、こちらもご参照ください!

はい、ではこちら、ドン!といったところでですね…田森さんのペイシェントジャーニー、こんな形となりました!最初がね、ドーン!と下がって、また真ん中で下がっていって…というふうな形ではございますけれども。

小6で潰瘍性大腸炎、1か月の入院——「完治はなかなか難しい」とされる指定難病から

岸田 最初の下がっているところが、2011年の12歳の頃なんですよね。これは何があったかというと…こちら、潰瘍性(かいようせい)大腸炎で入院ということで、(当時)小学6年生?

田森 そうですね、はい。

岸田 …の頃に、ちょっと潰瘍性大腸炎をご存じない方のために、ちょっとだけ説明していただいてもいいですか?

田森 いわゆる…お腹が痛いとか下痢とかが最初きっかけで気づいたんですけど、そこから内視鏡検査をしたら発覚したって感じで、主に大腸の粘膜が荒れてしまう病気で、完治はなかなか…難しいとはされている、一応国の指定難病にはなります。

岸田 指定難病になっていくといったところで…入院までされていくんですね?

田森 1か月なので本当に重症の方よりかは自分は軽い方なんですけども、学生の頃にしたっていう感じですね。

岸田 あれですか?その時は…治療法としては。

田森 ステロイドの飲み薬ですね。

岸田 そっかそっか。それを続けられているという形なんですよね。最近、またいいお薬が出ていますよね?

田森 そうですね。そのおかげで比較的普通に自分も今は、何も食生活とか気にせずに生活できているので、そういった方はどんどん増えていらっしゃいます。一応…一番多い指定難病だった気がします。

岸田 あ〜そうなんですか!国の中で。

田森 なので、それが最近…そこ(指定難病)から外されるみたいな騒動もあって、結構長期にわたる治療なので…。

主治医への憧れで医学部へ——増悪と寛解を繰り返しながらの受験期

岸田 そうですよね、ほぼ一生付き合っていかないといけない…疾患ですよね。その潰瘍性大腸炎で入院されて、一番下がっているところから上がっていきます、それがこちら、医学部へ!といったところで。これは…医師になろうと思ったそのきっかけっていうのは、潰瘍性大腸炎とかそういったところになるんでしょうか?

田森 それもありますね。やっぱり主治医の先生ともしゃべっていて…そこに憧れていたっていうのもありますし。

岸田 医師に憧れがあってといったところで、医学部に進まれていきます。医学部に進んでいく、あれですよね?そういえば田森さん…こちら!ご出身が秋田県といったところで、そこから勉強されて…地元の大学に行かれるんですか?

田森 大学はその宮城県の方の大学に。

岸田 行かれていって…といったところなんですね。結構医学部…ごめんなさい、医学部は結構…大変(ですよね)?当たり前ですよね!

田森 まあ…勉強ぐらいしかできなかったですね。

岸田 いやいやいや!

田森 やっぱり最初その潰瘍性大腸炎…受験期の…やっぱり何回か増悪・寛解はあって、受験期の頃とかも体調を崩したりもあったので、それで一回(受験を)やめようかなとも思った時期があったんですけど、まあなんとかできた!って感じ。

岸田 お〜!そっか〜。このね、病気を患いながらも医学部へ合格していってというところでね。

岸田 そこからはい、こちら、研修医がスタートしていくということで…今医学部の何年生から…6年生が終わってから研修医?

田森 6年生が終わってから2年間が研修医ですね。

岸田 研修医でさまざまなところに行くんですよね?

田森 はい。1か月置きとかでいろんな科をローテートするって感じですね。

岸田 うん…えっ、これを機に…いろんな質問なんですが、自分の行きたい科とかは選べるんですか?それともその病院で、このローテーションって決まってるんですか?

田森 比較的必須の科というのは決まってて、そこをプラスして自分が行きたいところを選んでやるっていう感じですね。

岸田 だから、もう必須とプラス自分で行きたいところっていうところで。ちなみにどんな科を回られた?

田森 比較的全部は回ったかなと思う、内科であったり外科であったり…精神科・産婦人科とかそこら辺は全部必修なので、そういうのをやったりとかですね。

岸田 回ったという、そこからですね、研修医がスタートしていって仕事にも慣れてきた。これ、研修医も慣れてきたっていうタイミングですよね?

田森 そうですね。

岸田 ずっとね…研修医って…すごいもう…何でしょう、えーと…『ブラックジャックによろしく(漫画)』の…。

田森 どうしてもそのイメージが強いですけど…上の先生方はだいぶ忙しくされて、今も忙しいには忙しいですけど…だんだん職場環境は改善されてきたって感じですね。

岸田 ちゃんと寝れるような感じになってきたという感じですね。

「一生に一回はなるだろう」——出勤後の腹痛、同期にお腹を触ってもらってCTへ

岸田 そこからですよ、皆さん。慣れてきたかな〜と思った時に…虫垂炎で入院されていくということで、虫垂炎で入院ですね?これはだから…さっき盲腸のある場所って言いましたけど、盲腸になったみたいなイメージ?

田森 そうですね。普通に働いて出勤した後に…なんかお腹が痛いな?っていうことで…歩いてて、普通に同期(の医者)にお腹触ってもらって、それで…右下のところが盲腸って痛くなるんですけど、それを触って痛いな〜ってなって。

その…若年のこういう人がお腹痛いってなったら大抵は虫垂炎なので、消化器内科の先生とかに相談して…あっそうだねって、じゃあそこで…CT撮りましょうかってなりまして、そこで診断したって感じですね。

岸田 じゃあ、そこで診断を受けてという感じになるんですね。この…虫垂炎で入院で書かれているんですけど、結構(グラフでは)上めの…ポジティブの赤色でもあると思うんですけど、この時はなんか…まだ大丈夫だろうと思ってた感じでの(ポジティブ)?

田森 そうですね。まあ…一生に一回はなるだろうって自分のイメージがあったので、盲腸は。

岸田 あ〜!そうなんですね。

田森 まあ…ちょっとそこまで忙しくない時になれたし、ちょっと入院して…治療にもお仕事も休めるかな〜ってちょっと…淡い気持ちもあって(笑)

岸田 まあまあ…ね、一生に一回あるっていうことを思っていたということもあってってことですね、はい。

読影結果にあった「虫垂腫瘍の疑い」——自分のCT画像を、自分で見てしまった

岸田 で、そこからですね、虫垂炎で入院していきます。すると…検査の結果が…ということで、これはどんな検査をしていったんですか?この時は。

田森 虫垂炎の診断って主にCT検査と採血検査になるんですけど、CT検査をやった後にやっぱり普通の虫垂炎とは違うんですよね。自分もそこまで詳しくない研修医の身だったんですけど、画像を見たら…明らかに普通の虫垂炎よりかは腫れているというか。それで……あんまりよくないのかもしれない、自分でそのCT(画像)とかを見れたりとかして。

岸田 そうですよね!せっかくね!自分が(医師なので)。あっ!ってことは自分の…研修医でいる病院で(検査した)?

田森 そうです!そこで検査を受けたので。

岸田 自分のやつだったら自分で…そうですね、見れますよね!

田森 そこで…今CT検査を撮った後って放射線科の先生が読影結果とかを出してくれるんですけど、そこで…ただ普通の『虫垂炎』って書き方ではなくて『虫垂腫瘍の疑い』っていうふうに読影結果で書かれてて、そこの時点で…あれ?おかしいってなる。虫垂腫瘍の疑い…虫垂炎の合併も否定できずみたいな書き方で、そこを見て、あれっ?とはなりましたね。

岸田 自分の中であれっ?ていうふうな…。

田森 明らかに…そうではあったんですけど、うーん…他の先生方も気を遣ってくださったのかそこではまだ断定的には言わず、詳しく調べてからしゃべろうという感じにはしてくれてましたね。

岸田 そっか。ちょっと…一瞬だけ脱線するんですけど、CTの結果って…なんか一般の患者さんって出てくるのが1週間くらいかかるイメージなんですけど、それはやっぱり読影の先生が診て、それで…ダブルチェックとかしてOKってなるのがやっぱり1週間ぐらいかかっちゃうんですかね?

田森 そうですね。早いところだと…その日くらいには放射線の先生が診てくれることもあるんですけど、ちょっとラグがあったりしたらやっぱり1週間後とかには説明はなるかなと思います。

岸田 めちゃくちゃ急いでる時はね、多分そういうのがあるんでしょうけど。ありがとうございます。

告知の30分後、また病棟に戻った——「やっぱりか」という気持ちの方が大きかった

岸田 そしてですね、検査の結果…ちょっとそのかんばしくないぞと自分で分かっていき、その後…こちら、内視鏡検査をされていった後にがん告知を受けていくということで、追加の検査があったんですね?

田森 そうですね。最初の虫垂炎の時は主に入院して点滴の抗生剤の治療で一回炎症を落ち着かせてそこで…だったんですけど、普通なら虫垂炎って落ち着いた後に手術して取りましょうか〜とかなるんですけど、やっぱり画像でそういったふうに怪しい所見があるっていうのと、やっぱり自分は…その潰瘍性大腸炎がもともとあるっていうのがあったので、そこでもちょっと非典型的ではあるので、しっかり…そこの虫垂以外に病変がないか?っていうのを調べるために、内視鏡検査を先に、大腸の内視鏡検査をやったって感じですね。

岸田 その場で…大腸内視鏡検査・がん告知なので…その後すぐ告知を受ける?

田森 そうですね。やっぱり検査した後に、麻酔から覚めて結果とか教えてもらうんですけど、普通の内視鏡検査って生検なしで終わるはずなんですけど、生検を8個ぐらいしたと聞いて…それはおかしいな?っていう話で。

やっぱり内視鏡のカメラの画像とかもちょっと見させてもらったんですね。そこで自分的にも…ちょっと内視鏡でカメラで見るとモヤモヤって悪性腫瘍とかはするんですけどそんな感じがあったので、これは(がん)かな?という気持ちはありましたね。

そこで生検して、およそそれも1週間後ぐらいに…結果が出るという感じなので、メインで外科の先生に診てもらっていたんですけど、その働いている時に病院のピッチの方に電話がかかってきて、ちょっと…話があるというふうに、外来の方に来てくれという感じで、結果的に悪性腫瘍でしたというふうに…。

岸田 呼び出されて分かっていくということなんですね〜。この時のご自身の心境というか…検査の…CTの結果でも、もしかしたら…!なんていうところもあったかと思いますけど、この…がん告知を受けた時のご自身の心境はいかがでしたでしょう?

田森 やっぱり最初の(検査結果の)画像を見た時に、やっぱり…悪性というか腫瘍っぽいなっていうのは分かってたので、そこまでその場で…例えば泣くとか感情がすごい動くということはなかったですね。まあ…やっぱりかという気持ちの方が。その場でも一人だったので…って感じですね。

普通なら多分家族とか呼び寄せてちゃんとした場でなんですけど、向こうも自分がカルテを見てるというか、検査結果が出てるのが。

岸田 分かりますよね、履歴的なやつがね。

田森 あるから…そこは分かってるだろうということで。

岸田 その場で。えっ!?そのままお仕事戻っていくんですか?

田森 あっ、そうです。

岸田 すごい(笑)

田森 30分くらい抜けて…がん告知されてそのまま働くという…(笑)

岸田 すごいな〜もう…(気が)動転しちゃいそうやけどな。

腹腔鏡で大腸の3分の1を切除——6時間タイマーをかけて痛み止めを頼んだ3日間

岸田 その後ですね、下がっていきます。一番下がっている部分じゃないですかね?これは。それがこちら、おっ、手術ということで、回盲部(かいもうぶ)切除術と書かれています。これはどんな治療なんでしょうか?

田森 大腸の…小腸から大腸につながってこう…あるんですけど、端っこに虫垂ってのはついてるんですね。その根っこだけを取るのが普通の虫垂の手術なんですけど、そこよりも大きく…大腸の3分の1ぐらいをガボッと取って。

岸田 おー!そんなに取るんですね?

田森 そうですね、はい。あとその周りのリンパ節とかも転移してる可能性があるから、取るっていう感じですよね。おおよそお腹…回復手術じゃないですけど…腹腔鏡です。

岸田 腹腔鏡でそんなに取れるんですか?

田森 腹腔鏡で4個ぐらい穴を開けて、摘出するための傷が横に10cmぐらい開けて、それでやったっていう感じです。

岸田 えっ!腹腔鏡で大腸の3分の1を取るんですよね?

田森 最近は…どんどん。

岸田 最近はそうなんですか!?開腹手術じゃないんですね?

田森 そうです。なので…傷痕も結構少なくはしてはくださいましたね。

岸田 大腸を取る部分の傷はあるけどってことですよね?うわっ、すごっ!!

田森 その手術も自分の病院なので…やっぱり何にしろみんな知り合いなんですよね。

岸田 そうですよね!?

田森 病棟の看護師さんやら手術場やら…。

岸田 ですよね?

田森 全部が、はい。

岸田 それは…だって…自分の病院は嫌だっていう人もいるじゃないですか?

田森 自分も絶対その気持ちだった…ですけど、最初がやっぱり職場に診断してもらったっていうのと、やっぱり担当の先生も指導してくださってたので…まあ変えるのも……う〜ん。

岸田 確かに変えれないですね!そうなると。

田森 あと…働きながら検査とかできたので、今としてはいいのかな?とは。

岸田 仕事を休んでね、行かないといけないっていうのじゃなくて、仕事のちょっと合間にちょっと抜けてっていうことでいけますもんね。

田森 あとその手術の時とかも結構…研修医がいるので、お見舞いとかも結構来てくれたんですよね。向こうの仕事の合間とかに顔を見せてくれたりとか、そういうのが、あと差し入れとか持ってきてくれたりとかそういうことを考えると、まあよかったなぁ〜とは。気まずいですけどね(笑)

岸田 そっか〜まあね、まあ…いい面もありそうではないのもあり。ちょっとそれで、そのままご自身の病院で治療されていくということに…。

田森 これ医療従事者の方…話題に上がるんですよ!自分の病院では手術したくないっていうのは結構。

岸田 言いますよね!

田森 僕としては…よくはあるよとは言いたいです。

岸田 そんな悪いもんではないよ!と。執刀医…変更できないですよね、それね。

田森 できないです(笑)

岸田 この人嫌だ!とかならないですもんね。

田森 一応…上の先生にやってもらって。

岸田 あ〜素晴らしい!じゃあ治療をね、してもらって。ただその…ちょっとお伺いしたいのは、一番やっぱ下がってるってことは…結構キツかったってことですか?これは。

田森 そうですね、自分でも…痛みには強い方なのかな〜っていうのはあったんですけど、手術前までは楽で…。

今って手術が全身麻酔の後に腰からの痛み止めの麻酔のやつを入れて、手術後の痛みとかそれを押せば痛み止め効くっていう感じなんですけど、それ押しても自分の場合全然効かなくて…。

痛み止めは何時間おきに使えますってあるんですよ。それを…6時間経ったら使えるだったので、6時間自分でタイマーかけて。

岸田 おぉ〜!

田森 6時間経ったら看護師さんを呼んで、すいません痛み止めを入れてくださいっていうので、だいぶ…痛みに弱い。やっぱりお腹が張ってる感覚ですよね、大腸が手術後って動かないので、ガスがたまって…って感じで、激痛って感じというより…ずっとなんていうか便秘のガスがたまってる感じが一日中続くっていうのが3日ぐらいですかね。それがあったのが、まあまあしんどかったです。

岸田 はい。手術の後ですね、こちら、職場に復帰されていくといったところがあります。これはどれぐらいで職場に復帰できていくんでしょうか?

田森 えっと…入院自体が10日間ぐらいだったんですけど、終わって1週間以内ぐらいにはもう戻ってましたね…(笑)

岸田 お〜!マジですか?

田森 まあ…やることがなかった、そこまで忙しいローテートでもなかったので、ゆっくり戻っていったって感じになります。

岸田 あー、そうなんですね!

田森 当直とかはちょっと…免除はしてもらいましたけど、1か月ぐらいは。

岸田 当直しながらちょっとキツいですよね!また後でもね、いろいろ詳しくお話し聞いていきますけど、体力的には大丈夫でした?

田森 やっぱり…1週間寝てるとそれなりに体力が落ちて歩くのが少ししんどいなってのがあったんですけど、比較的若いっていうのはあるし、1週間で戻りました、数日では。

転移なし、でも「ハイリスクステージ2」——そしてCapeOXを半年、働きながら

岸田 その中でちょっとまた次上がっていくのがこちら、病理診断で転移なし。病理診断…あっそっか、手術で取ったやつを?

田森 そうですね、はい。一番怖いのがその…虫垂のところだけじゃなくて、他のとこにも転移してないか?っていうのが一番の心配で…。

転移っていろいろあるんですけど、リンパ節に転移したりとか腹水に出てきたりとか肝臓とか肺とかにいってるっていうのがあるんですけど、腹水を手術の時に取って、それが転移してないっていうのがまず何よりで。

あとリンパ節とかも…幸いそこまでは、リンパ節にはいってなかったと。ただその…虫垂の比較的外側の方にも出てて、病理で診ると少し…静脈とかには浸潤してるかもしれないという分類だったので、一応ステージでいうとステージ2の中でも少し再発の度合いが高い、ハイリスクステージ2って言うんですけど、っていうレベルでした。

岸田 もうほぼ…3に近いステージ2ということ?

田森 そうですね。

岸田 そうなのか…。ただ、その中で転移がないということが分かって、いったんここではよかった?

田森 自分としてはもう…転移してそうだなって気持ちの持ち合いだったので…幸いそこはよかったかなという。安どの方が大きかった。

岸田 なのでちょっと上がってきていますが、ただその…安どした後にちょっと下がるんですよね。それがこちら、セカンドオピニオンを受けられていく。おお!セカンドオピニオン…もう一応…取り切ったんですよね?

田森 取り切って…あんまり典型的では…そもそも虫垂がんって大腸がんの中の1%ぐらいで、かつ自分の場合は潰瘍性大腸炎がベースにあるっていうのもありつつなので、病院の先生もほぼほぼ慣れてないっていうのと、自分でも文献を探したけど…どういうのが標準的な治療だとかが分からないっていうのもあって。

最初は…その病院の先生に勧められてセカンドオピニオンって手もあるよって言ってくださったので、東京のがんセンターの方に行ったって感じになります。

岸田 そっか!虫垂がんって、大腸がんの中の直腸がんとか…。

田森 大腸の中の部位の違いなので、大きく見れば大腸がんなんですけど…明らかに虫垂ってピョンと出てるので、本当に一緒でいいのか?っていうのはガイドラインでも…同じ治療法とはされてるんですけど、まあまあ違うと思いますね。

岸田 そうですよね。虫垂がんは虫垂がんで出てくること多いですしね、そっかそっか。そのままでいいのか・どうなのかっていうところで、東京の(がんセンターへ)?

田森 追加で化学療法を受けるかどうか?っていうのですね、メインは。

岸田 国立がん研究センターに行かれていきます。そこでのセカンドオピニオン、これ…ちょっとネガティブめに書かれているので、なんかちょっと…想像…ちょっとあんまりよくないのかな?と思ったんですけど、いかがでしたか?

田森 正直セカンドオピニオンでもがんセンターの先生は、ごめんあんまり分かんないって感じだったんですよね。

岸田 お〜!そうか…。

田森 自分が相談しに行った先生が大腸の専門の先生で、潰瘍性大腸炎っていうのはまた別の分類らしくて、専門の先生とかが…なので。でも、そこの先生は優しかったので、電話で知り合いの潰瘍性大腸炎とかに詳しいような先生に聞いてくださって…基本的には…やった方がいいでしょうと。

一つ自分が懸念してたのが、化学療法やることによって、例えば潰瘍性大腸炎が悪化して…やる必要がない化学療法をやったことによってこう…もっと大腸全体が荒れて潰瘍性大腸炎が悪化するっていうのが…あれだなと思ったので。メリット・デメリット考えた時に、それで悪くなることはないので…再発のリスクを少しでも減らせるならやったほうがいいかなっていうことになりました。

岸田 そうなんですね〜。虫垂がん自体もね、だからその全然症例も少ない中で…といったところでね。

その中で…セカンドオピニオンよりも下がっていくんですよね。それが次こちら、やった方がいいだろうということで、薬物療法をされていきます。これがCapeOX(カペオックス)という薬物療法をされていく。これは、ちょっと下がっていく理由は何でしょうか?

田森 やっぱり…しんどいはしんどかったんですよね。

岸田 CapeOX(カペオックス)はカペシタビンと…。

田森 オキサリプラチンという2週間内服でカペシタビンという飲み薬を飲んで、その最初にオキサリプラチンという点滴ですね…をして(カペシタビンを)2週間内服、1週間休んでの合計3週間のやつを半年間…8クールかな?やるっていう感じで。

岸田 ああ〜そうだったんですね。これはやっぱり…下がっているのは、ちょっと大変だった?

田森 そうですね、初日が…やっぱり点滴した後は…数日間はしんどかった。手足のしびれだったりとか吐き気であったりとか。

岸田 そういうのに悩まされたので、ちょっと低くなっているという感じなんですね。これはどれくらいやるものなんですか?期間的には。

田森 半年間。

岸田 半年間…ずっと!

田森 はい。

岸田 それもあれですよね?もう職場に復帰されているから…その中で。

田森 働きながらやってます。ちょっと…ここも迷ったところではあるんですよね。やっぱり…化学療法中って感染リスクがどうしてもあるっていうので…人通りの多いところには出ないでくださいと、やっぱりネットでも調べたら出てて。

どうしても自分は…感染している可能性がある患者さんに一番触れる職場っていうのはあって、やっていいものなのか?ってなったんですけど。最大限感染には注意しつつ、あんまり形態を変えずにやったっていうのはある。

岸田 難しいですね!しっかり防御してっていう形ですね。

田森 ネットで探しても…医療系の人でどうしてるのか?っていうのは出なかったですよね。

岸田 そうですよね〜!いやー…まあそこの中でね、何もなかったですか?

田森 大丈夫でした。運がよかっただけなので、ちょっとそこは…相談が必要かなと。

岸田 そうですね!そこはね、医療者の皆さんと状況も全然違うと思いますので、ご相談いただければと思います。その中で、その後は上がっていくのでちょっとホッとしていくんですけれども…研修終了〜!となるんですけど…青色のネガティブな吹き出しなんですが…。

田森 一応…ここも化学療法中ではあって。幸い結構自分は点滴した後の数日間っていうのはつらい、2〜3日はつらいんですけど、その後の内服の期間とかはそこまでしんどくはなくて旅行とかもたまにはいけてたんですね。旅行とか…研修修了の飲み会とか。

岸田 うんうん。

田森 そういうのに参加してて楽しいな!っていうのはあったんですけど、やっぱりなんというか自分の中での…気持ちの整理が、元気なつもりだけどふと…思い返す瞬間みたいなのがあって。

例えばこう…内服のお薬飲むと足がしびれるみたいな症状があるんですけど、旅行先で歩いてて…足がビリビリしてて普通に友達と一緒に歩けないみたいになった時に、あっ、なんか自分って普通じゃないんだなってふと思い出す瞬間とかがあって……。うん、そういうので…あー…ってなったりとか…。

告知の時とかも泣かなかったんですけど…なぜかその…うん、旅行先とか修了式の時とかに…みんなと同じようにできないっていうので泣いた記憶はありますね。

岸田 あ〜、そうなんですね…ここで……!ちょっと。

田森 なので…気持ちとしては旅行ですごい楽しいけど…うんっていう。

岸田 自分のね〜!他の皆さんとちょっと違う自分の体であったりだとか…というところで。そっかー!いや本当ね…だから、ちょっと上がってるけど…ちょっとネガティブなこともあってということですね…。

その…しびれとかはどれぐらい続くんですか?

田森 基本的には半年間はずっとあるっていう感じ。なんか手がこうビリビリしててパソコン打ってたりすると…指先がしびれてくるとか、歩いてたりすると足の裏が変とか。あと一番は冷たいものに触るとピリッとくるっていうのですよね。

オキサリプラチンを点滴した時はやっぱり…例えば冬場に自分もやったんですけど、冬の東北だったので…帰り道が寒いんですよ!雪が降ってる中を…しかも送り迎えとかもなかったので…歩いて帰らなきゃいけない。そこで…歩いて帰ってきてドアノブを初めて触った時に…なんだこれは!ってビリッと電撃が走って…。

で、その後にハサミとか持つにしろビリッと来たりとかで…もう何もできないので、当然料理とかも自分でしなきゃいけなかったので…。

岸田 うわ〜そっか!一人暮らしですもんね?そっか…いや、もうその時は全部Uber Eatsにしよう!とか思わなかったですか?

田森 まあ…そういうことも助けは…。

岸田 けど…できることは自分で?

田森 そうですね。皿洗いとかゴム手袋を使ったりとか、あと家では靴下履いたりとかそういったことですかね。

岸田 そっか〜、だからそれはお薬が抜けたら…その症状も(減る)?

田森 そうですね、比較的には。

岸田 そんな中でですね、次は専攻医がスタートしていきます。専攻医!ほう、専攻医…研修医とはまた別?

田森 2年間の研修医生活が終わった後にその後…自分の専門の科を決めて、そこからおよそ3年間とか4年間・5年間の、科によって違うんですけど、そこでやって…その専門の科の勉強をしている立ち位置ということになりますね。

岸田 あー、そうなんですね!じゃあ自分の専門を決めて…そこの科で行こう!っていうのを決めていく。そっか!これはもうあれですか?田森さんはもうやっぱり…大腸外科?

田森 いや…違う(笑)

岸田 えっ、何にされたの?

田森 救急科。

岸田 救急!えっ!これもね、ちょっと脱線しちゃうんですけど、救急は…なぜ救急にされたんですか?

田森 救急科って、いろんな患者さんをやっぱり、救急車で運ばれてきた人を診るとか、あと院内で急変した人とか重症のICUとか管理したりとかで全身を広く診れる医者でありたいとか。あと正直…消化器内科とかやっぱり自分の関わりがあるっていうので興味はあったんですけど…まだ…それ一本で今後やっていくよりかは、他の全身が診れるのを勉強したいなっていう気持ちがあって。

岸田 救急医療をされているんですね!そんな専攻医がスタートしていきます。えっ、ここから5年だったら…今も専攻医?

田森 そうです、はい。

岸田 専攻医をされていかれまして…そしてその後ですね、こちら、薬物療法を終了していくということで、ここでようやく終了していくのか。

田森 はい。

岸田 というところで上がっています。その後、今こちら、現在に至るというふうな形ですね!今はじゃあもう…お薬も抜けて?

田森 何もなく…。結構手足のしびれとかも残る患者さんが多いんですけど、自分の場合は…ほぼほぼ今ない。

岸田 お〜よかった!そういうケースもあるということですね。ありがとうございます。ここからですね、それぞれの各項目に分けてお伺いをしていきたいなということを思います。

大腸全摘か、回盲部切除か——ガイドラインのない天秤を、論文を読みながら決めた

岸田 まず一つ目の項目ですね、病院や治療の選択といたしまして、どのように病院を選ばれたの?どのように治療法を選ばれたの?という、SDMというシェアード・ディシジョン・メイキングという言葉もありまして、共同意思決定。

今までは患者さんに対してインフォームド・コンセント、こうですこれでいいですか?という同意を取っていた選択から、一緒に決めていきましょうよという今の時代の流れがあるかと思うんですけれども、こちらに関してまず病院の選択って、先ほどおっしゃっていただいたように自分の病院で検査してからスタートしているので、自分の病院で…。

田森 そこでですね、はい。

岸田 そこで進めていったと。治療の選択に関しては、まず初めのとこですね、この手術をしていこうといった時は、これはもうこれでやっていこうという感じですよね?

田森 そこも結構…意見が分かれているところらしくて。正直…手術するまであんまり自分も分かってなかったんですけど…潰瘍性大腸炎がベースにある人の発がんというのは他の場所も…発がんするリスクが高いっていうので、一般的には大腸全摘が…。

岸田 えぇ〜!?

田森 これもガイドラインとかはないので…本当に専門家の方々の意見っていう感じなんですけど、全摘の方がいいかもしれない…とはされてるので。ただ…大腸全摘すると当然人工肛門つけたりとか排泄できなくなったりとかもあるので…そういうことを考えると…うん、部分的に取るでよかったのかな?とは思ってますね。何も…今問題はなく生活できてるので。

岸田 そっか…もうそれは自分から部分摘出にしましょうって言ったのか…どうなんですか?

田森 一応チョイスとして…回盲部切除と全摘とかも提案はしてくださった気がしますね。そこは少し相談をして、自分で論文とかも調べたりしてかなって感じですね。

岸田 じゃあその…一番の決定打というか、部分摘出でっていうのはやっぱり…何だったんでしょうか?田森さんの中で。

田森 うーん…部分摘出……。

岸田 別に全摘でもいいわけですよね?部分摘出もあって…田森さんの中で最終的に部分摘出にしようと思ったきっかけというか?

田森 まあ…潰瘍性大腸炎のあれとはまた違うのかな?とは自分は思ってて、普通の潰瘍性大腸炎は関係ない虫垂がんなんじゃないか?と。だとしたら標準治療は回盲部切除なので、それでいいんじゃないかな?と。あとは定期的にしっかり観察していけば、内視鏡検査とか受けて…できた時に考えようと。

岸田 そういうことですね!はい。そしてこちら、セカンドオピニオンに行かれたといったところに関しては、先ほど言った薬物療法をするかどうか?というところで国立がん研究センターに行かれまして、そして薬物療法をしていくという。これはこの先生の意見が大きかったということですかね?

田森 そうですね、はい。

岸田 潰瘍性大腸炎があっても、やっていく方がいいだろうという認識だった?

田森 そうですね、はい。やっぱり全然情報がなかったですね、今思えば。

岸田 そっか〜!いやー、絶対この…見られてる方もね!悩まれてる人は多いと思うんですよ!

田森 潰瘍性大腸炎の治療…発がんの治療とかも今後増えてくとは思うので…探してもないですね、あんまり。

岸田 ですよね〜!田森さんの場合は…こうされていったという形ですけれども、本当ここは主治医の先生とよく皆さん話し合っていただければと思います。

「処方された量を守れば」——吐き気止めも下剤も、遠慮せず使うという判断

岸田 というふうな形で治療の選択をされていかれましたが、その後、つらかったこと、副作用や後遺症などといったところに移っていきたいと思います。

この副作用や後遺症といったお話、これに関しても先ほどいろいろお話いただきました。あの…手術の時の痛さもそうですし、また薬物療法の手足のしびれなどありましたけれども、他には何か印象に残っているものありますか?

田森 あと吐き気とかは…オキサリプラチンの点滴をした3日間ぐらいですかね…というのはあって、ただ自分も…そこまでひどくはなかったので、ごはんとかは…少量好きなものだったら食べれてたって感じです。あとは便秘とか下痢とかが交互に来たりとかがあって、そこはうまく自分でお薬を調整して下剤とかを使ったりして対応してましたね。

岸田 えっ、うまく対応するのは医療者…だから聞きたいんですけれども、自分で…これ来そうだなと思って看護師さんとか医師とかに言って調整してもらう感じなのか…どうなんですかね?

田森 まあ処方されて…こういう症状がありますっていうのは素直に伝えて、薬って…あんまり皆さん使いたくないみたいな気持ちあるかもしれないんですけど、正しい使い方すれば何も…副作用を軽減してくれるものなので、自分としてはもう…どんどん使ってましたね。吐き気が続けば本当吐き気止めを飲んでましたし、あと…しゃっくりとかも結構出てたのでしゃっくりを止める薬とかも全然…めちゃくちゃ飲んでました(笑)

岸田 しっかり処方してもらってといったところで。

田森 処方された量を守れば、あまり怖いことは…そこまではないので。

岸田 吐き気止めも含め、副作用とうまく付き合っていたということですね?

田森 そうですね。

岸田 そのお薬によって?

田森 あと…あんまり、噛む時に顎が痛いという症状もありました。

岸田 そういう副作用があるんですか!?え〜!

田森 そうですね。ごはん食べようと口を開いた瞬間にピキッとここが痛くなるっていうのは…。

岸田 ファーストバイト症候群的な?

田森 あぁ!…だと思いますね!

岸田 あぁ〜!それもお薬の影響で?

田森 はい。

岸田 へぇ〜!

田森 あんまりそれは説明を受けてなかったので、なんだこれは?と思ってネットを調べたら、これは薬の副作用なんだと。

岸田 あっ、じゃああれなんですね!医師でもやっぱり…そういう、なんだこれは?って(ネットで)探して?

田森 いや、全然分かんないですね(笑)

岸田 まあそうですよね〜!そんなね…全部副作用も全部を説明されたら、もうえらい量になりますよね!そっか!で、それで…それの症状は治っていくんですか?

田森 そうです。オキサリプラチンで点滴をした…2日ぐらいですかね、その激しい顎の痛みとかは。なので一過性なものかな?と。

岸田 お薬終わったらまた治っていくって感じですね。

「お前ダメじゃん」と笑ってくれた——温泉の注意書きと、病人扱いしない友人たち

岸田 次こちら、つらい時に支えになったことといたしまして、いろんな大変な時に印象に残っていることで構いませんが、これが支えになったな〜というのは何がありますでしょうか?

田森 あんまり周りが…病人扱いをしなかったことかもしれない。

岸田 おぉ〜!

田森 周りが医療従事者ということもあるので…あんまり普段身の回りにもいるっていうので、普通に接してくれたことですかね。普通に接して…飲み会とかも誘ってはくれましたし。

岸田 あ〜そうなんですね!

田森 普通にしてくれました。それが自分にとってはありがたかったですし、さっき言ってた飲み会とかで急に感情が出て泣いてしまった時とかも、本当に信頼できる友達とかには相談できたのでそこはよかったですね。

岸田 そっかそっかそっか!そういう、周りがいつも通りにやってくれたことが一番支えになった…ということか。やっぱりよく言いますよね。いろんな…さまざまな患者さんも、今まで通り接してほしいというのは。

田森 あと印象に残っているのは、旅行も行ったんですね自分、治療中に。それで…温泉に入った時に。

岸田 温泉に入ったと、ほう!

田森 注意のところに『悪性腫瘍の人は入らないでください』って書いてあるんですね、露天風呂とか。それ見て…僕からですけど、俺入れないかな?って言ったら、あっ、そうだね〜って周りの人が…お前ダメじゃんって、いじってくれたっていうのもあって。

活動性ですごい体調が悪い方はやめてくださいって意味合いだったんで僕は入れたんですけど…なんかそんな感じで…要は(友達が)いじってくれるでもないですけど、そんな感じで接してくれたのはよかったです。

岸田 あー、残念!みたいなね。逆にそれぐらい言ってもらえる方が、こちらとしても気が楽ということですよね。もちろんね、先ほど言ったように本当にもう体調がすごく…かんばしくない時は、ちょっと遠慮していただいてという形かと思います。

父にはLINE、姉にはサラッと——伝える相手ごとに、伝え方を変えた

岸田 そして次こちら、家族のことといたしまして、こちらね、まず…プロフィールに戻っていくんですけれど、田森さんに関しては一人暮らしをされていたといった中で、お父様とお母様とお姉様がお二人、そして祖母の方もいらっしゃるというところで…どのように…だって一人暮らしじゃないですか?どのようにこちら伝えていったのか?

田森 診断をされた後に父親かな最初は、LINEとかでメッセージをして、ああそうだったっていうので…向こうも…当然びっくりはしてたんですけど、自分がそこまで動揺していなかったので向こうも落ち着いては接してくれたっていう感じですね。祖母がだいぶ心配症だったので…祖母には今もぼんやりと、にはしてますね。

岸田 あ〜、そうなんですね!

田森 やっぱり孫がこうなったっていうと多分…心配しちゃうので、ちょっとお腹痛くて入院したぐらいにはぼやかしてます。

岸田 ネット検索されませんように(笑)そっか!お姉様には?

田森 サラッとですね。

岸田 じゃあ普通にメッセージとかで、こうなったよというところで…。ご家族の中でというか、支えになったこととかってありましたか?

田森 当然手術の時とかは実家からこっちに来てくれて面会とかしてくれたっていうのはありがたかったですし、あと年末年始とか帰った時とかは普通に接してくれたのが。

岸田 そっか!じゃあもう…あれですね、結構一人暮らしで生活されてて、できるだけ自分でこう…頑張ってた感じ?

田森 そうですね、ほぼほぼ。

岸田 あぁ〜、そうなんですね!

田森 やっぱり治療中に実家に帰るって選択肢も(頭を)よぎりはしたんですよね。

岸田 そうそうそう!だから実家帰ったのかな?と思うんですけど…。

田森 大抵の方がそうするとは思うんですけど、実家帰っても、ずっと半年間家にこもるっていうのも自分としては気分めいりそうだなと思ってて…。

岸田 確かに!趣味アウトドアですもんね?

田森 そうですね。ですし、向こうだと…自分は大学から宮城県に行ったので知り合いもそこまで多くないっていうので、家族とだけ…あと病院の往復っていうのが自分にとってはあまりよくないかもなっていうのもあって。

岸田 それだったら、もうこっちにいた方がいいなって?

田森 で、できる範囲で働こうという。

岸田 その方が気も紛れますしね〜。そっかそっか!

聞いたのは自分から——「AYA」の若年チームが来てくれて、精子凍結を選んだ

岸田 次こちら、妊よう性のことといたしまして、妊よう性、子どもを作る能力のことを指すんですけれども、20代でがんに罹患されて、こういったお話って医療者の方からありました?…というかもう(ご自身が)医師だからもちろん知ってるっていうあれもあると思いますけど…。

田森 治療…化学療法の種類としてはそこまで妊よう性に影響が出るものではないので、先生たちからも…それほど強くは妊よう性を…(精子凍結)保存のチョイスとかはされなかったんですけど、自分から…こういうのってどうなってるんですか?ってお話した時に、病院の…その『AYA』って言うんですけど、若年のチームの方とかが面談に来てくれて。

岸田 へぇ〜!

田森 それで…精子保存とかそういうのあるよ…とは言ってくれたので、まあ…しといて安心できるならしとこうかな〜っていう感じです。宮城県だと助成金とかもあったので、申請すればお金の負担はしてくれたっていう感じ、全額ではないですけど。

岸田 これも…その妊よう性の温存、精子凍結。自分の病院でできる場合もあれば、ちょっと違う病院に行かないといけないというかクリニックに行かないといけないってあると思うんですけど…それは違うところに行った?

田森 自分は違うところですね。自分の病院ではできなかったので違うところで。

岸田 じゃあ手術とかケモ(化学療法)とかする前に?

田森 手術をやって…化学療法の2週間前とかですね。

岸田 前に…クリニックに行って(精子)凍結したという形なんですね。

「初めに言った方がいいのかな?」——隠さないと決めた理由

岸田 そして次こちら、恋愛や結婚についてといったところで、先ほどAYA世代という若い世代に関しまして、やっぱりがんになったことっていったところは今後の恋愛や結婚のステップに何かが響いてくるんじゃないか?っていう不安の方もいらっしゃると思いますけれども、田森さん的には…パートナーに言うとかそういったところに関してはいかがですか?

田森 あんまり…初めに言った方がいいのかな?とは自分は思ってて、うん。当然向こう方も健康な人がいいという気持ちは当然あるとは思うので…そこも正直に伝えた上で把握してくれればなと。

岸田 当時は彼女いらっしゃらなかったという認識であってますかね?やっぱり事前にちゃんとお付き合いする前に言っていくっていう方がいいんじゃないか。

田森 その方が…後々しゃべってってよりかはいいかな?って。そこに対していろんな思いがあるので、それは皆さんの考えだと思うんですよね。

岸田 そうですね!田森さんの場合ね、なぜ医師になったの?っていったところからなんかいろいろ…潰瘍性大腸炎があってとかいろいろ話で…多分その流れでね、多分…がんのこともお話しされそうですね。

田森 あんまり、うん、隠してはないですね。

点滴は水曜日に、木金と土日で回復——半年間続けた勤務スケジュール

岸田 はい、そして次ですね、こちらお仕事のことなんですけれども、お仕事について。このね、お話の中でもお仕事についてはいろいろ(お話を)いただいたんですけれども、このね、職場復帰のタイミングであったりだとか、まあそこからね、もうずっと治療されながらもお仕事されていってということもありましたけれども…。

先ほどもね、ちょっとお伺いしたちょっと重複しちゃうんですけれども、体力的な面とかそういったところは大丈夫でした?

田森 そこら辺はうまく調整していただいて、スケジュールが3週間に1回点滴の治療だったので、その3週間に1回の点滴は水曜日にして木曜・金曜とお休みをもらって…その後の土日も休んで、そこを休んだ後の次の2週間は働いてっていうのを半年間続けたっていう感じです。

岸田 あ〜そっか!じゃあ週末とくっつけて…ちょっと回復できるような?

田森 なので…働きながら(治療を)やろうかなと思っている方には、水曜日はちょっとおすすめかなと、水曜日とか木曜日に。

岸田 そうか!水曜日か木曜日にやって…金曜日お休みいただいて土日も休んでというふうな?

田森 当然そのスケジュールでやってみてしんどかったら休もうねと職場の方も言ってくれてたので…幸い自分はそこまで重くはなかったので続けられたという感じですね。後半とかは…夜勤もしてましたね(笑)

岸田 おぉ〜!すごい。あと僕聞きたいのは、手足のしびれとかがある時にやっぱりお仕事でパソコンを打つであったりだとか、いろいろやっぱり救急処置をされている時にちょっと気になることとかっていうのはなかったんでしょうか?

田森 細かい作業がちょっとしづらいな〜ぐらいでしたけど、大きく活動が制限されるというのは幸い自分はあんまりなかったかなぁ〜とは、はい。確かに手術とかにはあんまり入りづらい感じはありましたけど。

岸田 そうですね。

田森 心臓マッサージとかもしてましたね(笑)

岸田 心臓マッサージはね!(手の平を)全体的にね。皆さん!ご安心ください、ちゃんとそこはね、命に関わるようなことはしびれながらはやってらっしゃらないのでご安心ください、といったところで…こういうふうにね。そうか!別に手足じゃないか。

田森 あんまりお勧めはしない(笑)

岸田 そうそう!あともう一個聞きたいのが、体力的なところとかまで、もう…今はもう問題ないですよね?

田森 そうですね、本当に元通りかなと思って。

岸田 元通りかなと思えるようになったのは、やっぱりどれくらい経ってからですか?

田森 まあ…治療が終わって、うん、わりとすぐかな?とは自分の場合は。点滴の後が一番僕はしんどい、それが3週間に1回来るってやってたので、点滴が終わったら後は…スンと戻った感じ。ちょっと…手の皮がむけるな〜とかちょっとヒリヒリするな〜はありましたけど。

岸田 それさえ抜ければということですね。

入院費25万円、半分以上が共済から戻った——「働けなかったらまた結構大変だったと思う」

岸田 そして次こちら、お金のこと、お金や保険ってありますけれども、民間の保険とか入られてました?

田森 その学生時代からの流れで親が小さい頃から入ってたやつはあったので。ただそれもがん専門のやつじゃないので、一般的なやつの範囲内では多少は下りたって感じですね。あと…保険で、入院の時のお金が大体…入院費が25万とかかかるんですけど、そこも1か月に最大で何か月何円までっていうのにはなっているので、後で…ほぼ半分以上が返ってきたっていう感じですね。共済保険の一時負担金ですかね。

岸田 そうかそうか!それで返ってきて。じゃあ治療費とかで…自分で持ち出しっていうのは、そこまで多くなかった?

田森 幸いそうですね、はい。

岸田 じゃあ自分の貯金の中で何とか工面してという感じですかね?治療に関しては。

田森 当然親もお金を出してくれたので、そこを助け使いながらという感じですね。これが…(治療を)やってる期間働けなかったらまた結構大変だったと思う。僕の場合は働けたのでなんとか。

岸田 しかもあれですもんね?ずっと潰瘍性大腸炎の治療はずっと続けられているわけですもんね?

田森 正直言うと…結構治療はやめてたんですよね。

岸田 うん、やめてる期間だった?

田森 本来…潰瘍性大腸炎が治った後も一生薬は飲み続けなければいけませんよと、発がんのリスクとかを抑えるために。…なのでそういうののために…指定難病にはされてるって話なんですけど、自分は最終が大学生(の時)に増悪して、その後は本当に…普通の人と同じように暮らしてたので、正直お薬も飲むのをサボってはいたっていうのがあって…。ちょっとそれがよくなかったのかな?って振り返ると思ってますね。

岸田 今はじゃあお薬を飲まれてる?

田森 そうですね、潰瘍性大腸炎の薬をまだ飲み続けている。それは一生ですかね。

岸田 それは一生ですよね〜。だからそこでね…あっ、そうか!指定難病だと補助が下りるのか?

田森 ただこれも…症状がない人って指定難病にはならないんですよね。

岸田 えっ!?

田森 おそらく僕の認識の中では。重症度具合があって、潰瘍性大腸炎の中でも。それがある程度の重症度度合いじゃないと確か…認定されないとか、あと認定するのにも結構手続きの手間があるので、僕の場合は1種類のお薬を年間通して飲んでるのでそこまで高いお薬でもない、保険も…指定難病に登録されてもあんまり負担のお金が変わらないっていうのがあるので、もう僕は指定難病から外れてるって状態です。

岸田 3割負担で自分で払って…お薬飲んでるって感じですね。

田森 またこれが潰瘍性大腸炎が増悪したりとかしたら、もう1回申請するっていうのにはなると思いますね、はい。

岸田 へー!指定難病も、そっか、病気と診断されたらっていう…そこだけじゃなくて。

田森 一生治らないとはされてるけど…症状がなくなったら…僕の認識の中では確か、はい。

岸田 そうか。全然その指定難病とグレードを比較するわけじゃないですけど…僕もアトピー(性皮膚炎)なので、そういったところで悪くなったりちょっと小康状態になったり、そういったのと似てますね〜。

田森 そうなんですよね。

通勤は手袋、皿洗いはゴム手袋、寝る前は保湿クリーム——しびれと皮むけへの備え

岸田 そして次こちらですね、工夫したこと。これは入院中でも構いませんし、退院後でも生活面なんでも構わないんですけど、工夫したことって何かございますか?という質問ですけど、何か工夫したことありますでしょうか?

田森 手足のしびれが一番…冷たいものに触った時にビリッとする感覚があれだったので…通勤とかでは手袋をつける、冷たいものは触らないとか。あと寝る前とか出勤する時とかには手足の保湿クリームを塗るとかですかね。

岸田 やっぱこう…保湿ってめちゃくちゃ医療者から推奨されるじゃないですか?やっぱちゃうんですか?

田森 うん、大事だと思います!やっぱり皮がむけるっていう症状もあるので、それの影響で歩くのもしんどくなる患者さんもいらっしゃるので、僕の場合はそういうのが起こる前にわりかし毎日塗るようにはしてたっていうのがあったので、そこまで…足の皮も、まあむけはしましたけど、痛くて歩けない!ってことではなかったですよね。

岸田 そっかそっか!そういったところで工夫をしていたということですね。

論文だけでは足りなかった——図書館で借りた体験談の本と、経験談サイト

岸田 そして次こちら、情報の面といたしまして、がんノートもネットで発信していますけれども…情報はやっぱりあれですか?田森さんレベルになるともう…医療者ネットワークから情報を仕入れるとかになる?どうなんですか?

田森 病気のことは自分でも当然論文とか調べたりして、あとは…いろんな知り合いの先生とかに聞いたりとかしましたけど…それでも情報足りないっていうのはありましたし。具体的に…あと若年の人が(がんに)なった時にどういう生活をするのか?とか働きながらできるのか?っていうのは、近くの図書館とかに行ってそういう本を何冊か借りてみて読んだりはしましたね。

岸田 そうなんですね〜!(図書館に)行かれて…。

田森 経験談がまとまってる本とかも確かあったので、そういうのを読んだりとか。

岸田 いろいろ、じゃあ情報とか…そうなのか。やっぱり医療情報以外の情報も知りたかった?

田森 そっちの方が自分としては一番嬉しかったですね。あと、こういう経験談のサイトとかも僕は実際見てたので、そこで…あっこんな感じなんだ!っていうのは。

岸田 そうなんですね〜!そっか!やっぱり…いや励みになります、医師の方でもそういった…。

田森 全然見てます(笑)

岸田 医療以外の情報も大事っていう!

田森 なんならそっちの方がメインぐらい。

岸田 じゃあインターネットもそうですし、図書館も行かれて本でもそうですし、さまざまなところで(情報を)仕入れられた?

田森 はい。

岸田 ちょっとこれは…医師である田森さんにお伺いしたいんですけど、このね、見てくださっている方が…いろんな情報で困ってる時があると。例えば…これが良い情報なのか?悪い情報なのか?大丈夫なのか?どうなのか?って一般の我々にとっては結構難しいと思うんですけど、田森さん的に…こういったことがあるとちょっとやめておいた方がいいんじゃないとか、こういったものが信頼できるよとかっていうのはありますか?

田森 治療法としてってことですよね?

岸田 そうですね、どちらかというと…医療的なところ。

田森 やっぱり今悪性腫瘍とかの治療法はいろいろあって、一般的に言われてる、いわゆる民間療法みたいなのもあるにはあって。今推奨されている治療法っていうのはそれなりに検証されて安全で効果があるというものなので、それとは別ルートのやつは、その本とか勧めている人がいいことしか言わないことであっても、それがスタンダードじゃないってことは何かしらの理由があるので。

ちゃんと推奨されているというか…ガイドラインに載っている方法が一番だとは思います。それ以外の…自分の心の励みになれるようなやつを試すっていうのはいいですけど…それから外れて治療するのは、さすがにやめた方がいいかなと。

岸田 っていうことか、そっか!ちょっと意地悪な質問になっちゃいますけど、田森さんの場合は手術の時もガイドラインの方になるのか?どうなのか?みたいなところ。ガイドラインに2つ書いてあるんですっけ?逆にないのか?あれっどうでしたっけ?

田森 えっと…虫垂がんとしてはこの回盲部切除がよくて、潰瘍性大腸炎の発がんっていうのはあんまりガイドラインとかはないですね。

岸田 そっかそっか!だから、もうその時は…ただ、あれ?その時はどうしたらいいんや?

田森 (笑)そこの天秤は本当に…主治医の先生と相談。

岸田 相談って感じですかね、そういった時はね。

田森 いろんな…多分希少がんの方とかは当然ガイドラインとかあんまりないので…。あと病院の先生も普段慣れていない疾患というのは多分往々にしてあるので、いろんなところから情報を仕入れて。

岸田 そのために、手術だけでなく薬物療法の時はセカンドオピニオンに行かれましたしね。専門の先生にも相談していただければと思います。

「80歳まで生きるもんだと思ってた」——がんになって変わったこと

岸田 そして次こちら、がんになる前と後で変わったことといたしまして、これは気持ちの面でも生活の面でも何でも構わないんですけれども、がんになる前と後で何が一番変わりましたか?

田森 やっぱり健康に少しだけ気を遣うようになったかなと。僕はお酒とか好きでしたし、いろいろ飲んだりとか、運動とかもちょっとサボったりもあったりとか。あと潰瘍性大腸炎は定期的な(検査を)2〜3年に1回とかは推奨されて、それはやってはいたんですけど…やっぱり今後もやることは大事だなというのは改めて思いましたね。

岸田 うん。

田森 あと…言い方悪いですけど、やっぱり…若い人でもこうなるんだな〜というか、僕も漠然と…80歳まで生きるもんだと思ってたので…なんかそれって普通じゃないんだなというか、いつ何があるか分かんないから後悔しないようにはその時生きようと。

岸田 何が起こるか分かんないからね!だからそういったところで、一瞬一瞬を大切に生きられているというのもあるんですかね。

「心配しすぎかもな」——悪いことばかり想像していた、告知直後の自分へ

岸田 そしてその次こちら、あのときの自分へということで、これはがんが発覚したときもしくは治療中のとき、そして手術のときでも…いつでも構わないんですけれども、あのときの自分へ何か言葉をかけるとしたらどんな言葉をかけますか?

田森 うーん…心配しすぎ…かもなとは伝えたいかもしれない。

岸田 どのときの自分に対して?

田森 結構最悪なことも自分では考えてて、5年生存率があんまりよくないことであったりとか、そういうので悪いことばっかりをイメージしてたっていうのはあったので…そこまで最悪のケースばっかりを考えない方がいいよと。いつかはどうせ終わって普通に日常に戻れる時があるから。

岸田 …っていうのを、がん告知の後ぐらいの自分に対して(伝えたい)?

田森 そうですね、はい。

「自分の中だけで消化されるのってなんかもったいない」——経験を誰かに渡したい

岸田 …に言ってあげたいと。そして次こちら、大切にしたいことといたしまして、今後の夢や目標などあればお話しいただきたいなと思っております。

田森 あと…これに応募したきっかけもそうなんですけど、もともとあんまり周りの人には(がんのことを)しゃべってなかった、知り合いぐらいしか。それで今大体化学療法が終わって1年ぐらい経って…もう本当に治療したこととか、自分ががんにかかってたことを忘れることの方が多くなってきたんですね。

それで…ただスマホとかを見返した時に、自分はこういう思いをしたんだと。で、それが…ただ自分の中だけで消化されるのってなんかもったいないな〜というか、それを…何かに生かしたいな!って気持ちが最近やっぱり芽生えてきて。

自分がこうやって何もなかったように生活している時にも、誰かしら…新しい患者さんとかになっているわけで、そういった人に対して何かお手伝いできることであったりとかができればな!とは最近思い始めたと思いますね。

自分が調べたことをまとめるであったりとか、身近な人の相談に…これを見た自分の知り合いが連絡してくれれば嬉しいですね!

岸田 特にやっぱり…虫垂がんはね、情報も少ないですしね!どうなっていったのかというところもね、大事だと思いますし。

田森 自分もこれの…虫垂がんの専門ではないので、医療的アドバイスは全然受けられはしないですけど、心理的なアドバイスとかはできるので。

岸田 いや、本当に経験は本当に心強いなと思います!ありがとうございます。

田森 あの時、楽しいこととかワクワクすることをしっかりやりたいな!と思いましたね。

岸田 その時ワクワクすることね!なので…今後はどんなキャリアを積まれていくんですか?田森さん的に。

田森 そこもちょっとまだ…明確には決まってないんですけど、救急科としてずっと続けていくであったり、もしくは他のこのベースを生かし他の科に進んだりとかいろんなことがある、その時に応じてやろうかな!と思ってますね。

岸田 美容外科には進まない?

田森 (笑)今のところは。

岸田 今のところは!

田森 数年後なってるかもしれないです(笑)

岸田 本当に田森さんのような医師の方を、救急科で活躍してくださったりとか、他の分野でもきっと活躍してくださると思います。ありがとうございます。

「それを経て自分は絶対強くなってる」——田森さんから、いま治療中のあなたへ

岸田 そしてここからメッセージに移っていきたいと思います!田森さんね、視聴者の皆さんに対してのメッセージいただいておりますので、次こちらになります!

田森 メッセージは『胸を張って前を向こう』です。つらいこととかあれば…最悪なこととかを考えちゃうこともあると思うんですけど、前向きに前向いてれば…いろんなこと楽しいこともあるので。あと…がんになったことは決して恥ずかしいことじゃないし、それを経て自分は絶対強くなってると思うので、前を向いて胸を張っていきましょう!応援してます!

岸田 はい、ありがとうございます!胸を張って前を向こう!恥ずかしいみたいな…そういった思いっていうのは田森さんの中ではあったりとかしましたか?

田森 恥ずかしいとか…なんか(相手ががんのことを)知ったことでそれが自分にとってマイナスになるんじゃ…当然いろんな考え方の方がいらっしゃると思うんですけど、僕の場合は言った方が気が楽かなと。

岸田 といったところで。そして胸を張ってね、前を向いて治療や生活していただければということでお話をいただきました!

…という形でね、これにてね、がんノート終わっていくんですけど、田森さんいかがでしたでしょうか?

田森 こう…いろいろしゃべってて自分の気持ちが整理された面もありましたし、参加してよかったな!と思います。

岸田 ありがとうございます!やっぱり実際にどういう経過をしてきたのかってグラフでもね、見えていくっていうのをご公表いただたいて。

こうやってね、田森さんのような方が、見てくださっていた方が次の方のために出てくださるのは本当に…がんノートとしてもありがたいので、ぜひぜひ!医療現場でもがんノートを広げていっていただきたい!

田森 ポスター貼っておきます(笑)

岸田 冗談ですけれども、そういった形でね、今後とも…ぜひよろしくお願いします!

それでは、これにてがんノート終了していきたいと思います!それでは皆さん次の動画でお会いしましょう〜!それでは皆さんバイバイ〜!

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
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