【略称】インタビュアー:岸田 / ゲスト:藤田

【目次】

0:00 START
00:10 自己紹介
01:08 闘病ストーリー
12:14 困ったこと
15:53 工夫したこと
19:36 学んだこと

【発覚、治療】

岸田 がんノートminiスタートしていきたいと思います。きょうのゲストは藤田理代さんになります。

岸田 彼女はフリーランスでお仕事してるんですけれども、カラクリLab、ダカラコソクリエイトだったりとか、がんに関わる団体のウェブページだったりとか、また名刺の製作などもされています。藤田さんは絨毛がんというがんに29歳のときになったといいます。

岸田 今は、35歳で当時のステージは不明ということでした。治療方法としては、手術と化学療法、抗がん剤の使用を受けたとおっしゃっています。

岸田 そんな藤田さん、今日はぜひよろしくお願いいたします。では早速なんですけれども、闘病歴、教えていただけますでしょうか。

藤田 私は、ちょうど今から6年前、最初は2014年の1月に、妊娠おめでとうございますと地域のクリニックで妊娠を告げられました。

藤田 ただその後、よく腹痛であったり嘔吐であったり、出血というのが出てきて、今回は残念ながら流産ですということで、流産手術受けました。

藤田 その病理検査の結果が、どうも異常な細胞が混ざってると言われて、ずっと経過観察で、腫瘍マーカーなどの検査を受けてきました。

藤田 その腫瘍マーカーがぐんと跳ね上がりだしたのが3月あたまで、すぐ大学病院に転院してくださいということで、転院してすぐ入院。翌日入院で、検査して治療しましょうという状態になりました。

藤田 結局、大出血をその日に起こして、大学病院にもう一回、運ばれて、止血手術を受け、そのときに、もう子宮と両方の卵巣と、両肺にも無数の何かあるっていう状態だったようで、病理検査の結果はまだ先だけれども、明日からでも抗がん剤治療受けたほうが良いですってことで、抗がん剤治療を受けました。

藤田 2クール目の途中まで、ずっと入院をしていて、病理検査の結果が出て、絨毛がんでしたということになりました。

藤田 その後も、この薬がすごく効いていたので、いける回まではこの薬でいきましょうというので、途中から退院して、外来化学療法でもう6クールやりました。2014年の6月に一応寛解して今日に至るという流れです。

岸田 ありがとうございます。端的に説明していただきまして。ちょっと振り返っていきたいんですけれども、妊娠が発覚し、そして翌月から腹痛。この腹痛、嘔吐、出血っていうのは、妊娠の流産だってそういったためのものだったりしたんですかね。

藤田 そうです、今となってはがんだったのかは分からないんですけど、当時はつわりなのか、おなかがつんと張るっていうんで、すぐ先生に相談しながら、妊娠でもそういうことはあり得るし、ちょっと分からないねって。

藤田 診てもらいながら結局、理由が子どもが育っていないからっていう形でしたね。

岸田 そこから手術を行って、腫瘍マーカーが上がってっていった時は、結構怖かったんじゃないすか。そんなことないですか?

藤田 そうです、たまたまその開業医の先生はこの絨毛がんを含めた絨毛腺腫がん、絨毛がんって希少がんなんですけど、それを診たことがある先生で、初めの流産手術も、病理検査に出す必要のないくらい悪いふうには見えなかったんだけど、念のため出しました。

藤田 ちょっと悪い可能性っていうのが出てるんかなということで、この時点で、最悪抗がん剤治療、もしくは難治性、抗がん剤が効かないっていう方もありますって最後までばっと説明されて。

藤田 なんか怖かったっていうか、怖かったけど、先はこうなんだっていう分かれ道がこう続いていくんだっていう、どうなるんだろうっていう感じ。

岸田 じゃあ開業医の先生のファインプレーというか、すごいね。

藤田 診たてもいい先生で。治療がちゃんとできれば寛解も見込めるがんだからしっかり診ていきましょうって。もうすぐ転院が必要になったら切り替えますっていう、本当いい先生。

岸田 すごい。で、大学病院に行って、すぐ大学病院行って倒れて、それで。

藤田 家帰って倒れて。

岸田 家帰って倒れて。そこで、その中で、また検査して。すぐに手術するってなったときに、子宮だったり、両卵巣、両肺転移ってのは、そのときにチェックして分かったていう形じゃないですか。

藤田 これ手術終わってからこんだけありましたよって聞いたのか、手術前にもうこんだけありましたって分かってたのですか?

藤田 夜に自宅で倒れて夜中の緊急手術だったんですよ。

藤田 正直、完全に意識を失っているわけじゃないですけど、とぎれとぎれで。だから、その術前の後で説明を受けたところでは、あの術前のCTの時点で、両肺にも何かあるっていうのはCTなので分かっていたっていう。ただそれを説明され、もう意識がね、飛んで、もう出血多量で。

岸田 そのときの出血って、どんな感じの出血なんすか。

藤田 それは多分、分かりやすいところから出ていたら自分でもなんか下血して分かったんですけど、子宮の外側の動脈だから、おなかの中でどんどん出血をしている状態で、ただ激痛がずっと続いているっていう感じで。

藤田 最後の最後にちょっと下血をして、ああこれは出血だったんだっていうので、倒れて救急車呼んでっていう感じです。

藤田 出血量としては1リットル以上で、「肝臓の上のほうまで全部血だよ」って後で見せてもらったら、もうおなかの腹腔内が出血が、血だらけになってたっていう感じ。

岸田 まじで。

藤田 そう、このときが一番、命として危なかった。出血量がすごく多かった。

岸田 じゃあ本当、外に下血せず、中で結構いろいろなって、本当に痛くて、だからその血を止める手術をしたということですね。

藤田 手術で止血しました。

岸田 その手術が終わって、それで悪いものだろうっていうので抗がん剤がスタートしていくと。もう翌日から、手術の。

藤田 手術を夜中に受けて、その日のうちにMRIを撮って。確定。絶対必要だって確定して、翌日からスタートしたという感じです。

藤田 もう同意書、書いた瞬間に抗がん剤治療スタートていう感じです。本当1日でも早いほうがいいですっていう。

岸田 そうなんですね。その後に絨毛がんって分かったんですよね。

藤田 そうです。出血で手術を受けたときに取った細胞の病理検査の結果が出るのが2週間ぐらいかかりまして、それが出たタイミングでちょっとお話がっていう状況です。

岸田 その後、外来の抗がん剤に変わり。外来でもできる感じなんですか。外来の、通院ってことですよね。

藤田 そうです。これ受けたのが5日間連続筋肉注射を受けるという治療で、普通はがんて言われた時点で治療を変えるんですけど、多剤療法に。

藤田 私の場合はこの1剤がすごく効いてたので、引き続きこの筋肉注射で行けるところまで行って、すぐ切り替えていきましょうっていう感じで、通院してました。

岸田 通院してその日は体調悪くなったりとかするもんですか。

藤田 それも多分、これもすごく個人差あると思うんですけど、私は結構筋肉注射を打ってもらって、2回目ぐらいまでは大丈夫だったですけど。

藤田 クール数がどんどん続いていくに従って、嘔吐の副作用が、骨髄抑制とか肝機能障害とかも出てきまして、それが結構ひどかった。

岸田 ああ、それ大変ですね。その副作用ね。どの副作用が一番大変きつかったですか。個人的に。

藤田 吐き気、嘔吐、制吐剤も調整してもらったりしたんですけど、打ってしばらくしたらもうずっと吐き気、嘔吐っていうのが翌朝ぐらいまで続いて、次の日また抗がん剤なので5日間その状態です。

藤田 それを乗り切ればもちろん休薬期間は大丈夫なんですけど、もうその5日間は24時間つらくて、ずっとベットで寝てました。発音できないっていう状態。

岸田 ですよね。ずっと横になってね。

藤田 トイレとベット、トイレとベット。

岸田 その期間過ぎるまで、待つぐらいですよ、本当ね。

藤田 それが過ぎたら休薬期間でもご飯も食べれるんで大丈夫。

岸田 抗がん剤治療が終了しているということですけど、今はどうなんですか。

藤田 今は結局この後、3年間腫瘍マーカーの経過観察を受けて、「まあいったん大丈夫でしょう」っていうので、フォローも終わって、病院には、大学病院には通っていないです。

岸田 がんの治療としては終了しているということですね。ありがとうございます。

【困ったこと】

岸田 次に、闘病のときにいろいろどんなことに困ったとか、なにが一番大変だったか、それについてちょっとお伺いしたいと思います。藤田さん、この闘病の期間中で困ったタイミングはどこですかね。

藤田 困ったことってたくさんあったんですけど。さっきも言ったようにすごく目まぐるしい、2日の間に手術と抗がん剤治療が始まるっていう段階で、何を相談したらいいのか、どこに相談したらいいのか、相談先にすごく困りました。

岸田 相談先にね。そっか、目まぐるしいその段階で。けど一番はそのお医者さん、医療機関とかじゃなくて、そう意味じゃなくて。

藤田 あ、そうなんです。今の先生はすごくいい先生で、だから治療に関すること、それから体の副作用とかそういうことは本当に何も問題なくずっとサポートしてもらってたんですけど、そもそもなんだろう、流産からいきなり治療に始まって、しかも、珍しいがんなんで、病棟にも世の中的にも今ほどカミングアウトの感じもなかったので、同じ治療期の人もいない、でも流産もつらいけど、取りあえずがんの治療頑張らなきゃいけない、そういう気持ちをどこに相談したらいいんだろうっていうようなのに困りました。

岸田 確かにね。1、2カ月で、こんな急展開になっている人もなかなかいないでしょうしね。

藤田 もちろん私、大学で福祉を学んでいたので、がん相談センターが院内にあって、ソーシャルワーカーさんがいてとかそういうことは分かっているんですけど。

岸田 すげえ、優秀。

藤田 今、自分の友達でソーシャルワーカーの子とかいて、でもこれって相談しても解決策ないよねっていうことを、相談できなくて飲み込んじゃって。病院忙しいだろうし。

岸田 結局じゃあどうしたの。解決としては。

藤田 どうしたんだろう。でも夫はすごく理解のある人だったので、夫に話を聞いてもらったりとか、そういう感じ。

藤田 身近な人に。なんとか治療を乗り切ろうと話しました。

岸田 そうね、まずは乗り切って。身近な、旦那さんだったりだとか相談して、本当もっとそういうのがあれば、あればっていうかね、もっと。でもこんなレアな人、少ないと思うから、いろんな情報交換できたらよかったんですかね。

藤田 この6年で結構、多分AYA世代とかのケアは変わっているので、今は多分もっといいケアが、この病院でもどこでもあると思う。

【工夫したこと】

岸田 次にこちら。そして困ったことについてお話しいただきました。次はですね、工夫したことについて伺いたいと思います。何か闘病のとき工夫したことありますか。

藤田 それは困ったことともつながるんです。病院の先生も含めスタッフの方は、治療に関してはすごくサポートしてくれていました。

藤田 相談先がないっていうのは、自分の周りの人に、いかに協力してもらおうかなということなので、自分ががんで治療中っていうのを公表した上でいろんな人に助けをもらいました。

岸田 それが次のこの写真になりますかね。

藤田 一例ですけど。

岸田 これは、なんすか、おまえら飛べよ的な、

藤田 これは、がんですって言われた、多分次の日だったと思うんですけど。この写真自体は、初めに勤めていた会社の、同僚のプロのカメラマンの子が取ってくれた写真です。

岸田 この写っている方たち。

藤田 私と私の左側に写っているのが夫で、周りにいるのが会社の同期です。

岸田 すてきですね。これを撮った理由とかはあるんですか。

藤田 これは、入院中にがんですと言われて、翌日どうしようってなって、これからアピアランスも変わっていくかもしれないし、もしかしたらこのまま、治療がうまく行かないかもしれないと思ったときに、なんか今の自分の写真を残しておきたいなと思って。

藤田 で、カメラマンの子に、こういう事情でがんになったから遺影にもなるような写真を撮って欲しいってお願いしたんですね。

岸田 頼まれたほう、めっちゃやりづらいですね。

藤田 寛解してから、あれ頼まれたとき、俺駅のホームで泣いたって言われて。

藤田 でも、もちろんちゃんとした写真は撮るけど、なんか治療を一緒に頑張れるような写真を撮ろうよって言って、友達にも声を掛けてくれて、こういう元気な。

藤田 すごい元気そうに見えるんですけどこれ、退院してすぐぐらいで、初めて私服着たぐらいで、もうなんとか歩いて、家の目の前の猫の額みたいな公園で立ってただけなんですよ、私は。

藤田 だけど周りの人がこんなに飛んでるんで私も飛んでるみたい。

岸田 だから、なんかつらいときとか大変なときとか、この写真見てだったりだとか、ご友人に相談したりだとか、そういったこともしてたってことですよね。工夫して。

藤田 具体的に頼みたいことを添えて、連絡を取ってるっていう感じです。

岸田 いいですね、なんか。牛乳持ってきてだったらこの人やなとかね。分かんないですけど

藤田 髪の毛のことだったらお世話になっている美容師さんかなとか、なんかそうやっていろんな人のプロの知恵を借りてって感じ。

【がんから学んだこと】

岸田 すてき。ありがとうございます。闘病経験をいろいろされてきた藤田さんが、学んだこと、何でしょうか。

藤田 正直に打ち明けてみるっていうことです。

岸田 あえて正直に打ち明けてみるっていうこの言葉に託した意味、教えてもらえますか。

藤田 治療の最初のほうは、みんなに心配をかけたくないと思って、何だろう、すごく前向きな患者でして、頑張っていたところもあったんだけど、それだけだと治療も、その後の日々もこうずっと頑張り続けるってなかなか難しくて。

藤田 実はこんなことがしんどいとか、こんなことが不安だとか、案外打ち明けてみると、まずみんな言ってくれてありがとうみたいな感じで一緒に考えてくれるっていうことが多かったです。

藤田 ネガティブなことでも、なんか打ち明けていいんだなっていうのはすごく学んだことです。

岸田 うん、確かに、相談してもらう方からしたら、言ってくれて、頼りにしてくれるんだとか、と思って、親身に寄り添うとか、もっともっと。そうですね、患者さんで自分の気持ちを押し殺しちゃう人もいらっしゃいますもんね。実際にね。

藤田 周りのためを思ってとか、これ以上心配かけたくないってのがあるんだろうなっていう。

岸田 そう。だからちゃんとしっかり正直に打ち明けて、頼ってみるっていうことですね。ありがとうございます。

岸田 はい、藤田さん、今日はショートバージョンでもお送りしましたけれども、本当に、すごいいろんなお話を聞けて、本当、感謝です。

藤田 ありがとうございます。

岸田 それではきょうのがんノートmini、終了していきたいと思います。どうもありがとうございました。

藤田 ありがとうございました。

※本ページは、経験者の体験談を扱っております。治療法や副作用などには個人差がございますので、医療情報に関しましては主治医や、かかりつけの病院へご相談、また科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。
*インタビュー動画、及び音声データなどの無断転用、無断使用、商用利用をお断りしております。研究やその他でご利用になりたい場合は、お問い合わせまでご連絡をお願い致します。

関連したノート