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インタビュアー:岸田 / ゲスト:川畑

【ゲスト紹介】

岸田 本日のゲストは川畑さんです。よろしくお願いします。

川畑 川畑です。よろしくお願いします!

岸田 では、まず川畑さんの自己紹介スライドをご覧ください。川畑翔平さん、出身は愛知県で、現在も名古屋にお住まいということですね。

川畑 はい、そうですね。

岸田 お仕事は理学療法士。趣味はスポーツ観戦とゴルフと伺っています。スポーツは何をご覧になるんですか?

川畑 そうですね、もともと高校まで野球をやっていたので、やっぱり野球を見ることが一番多いですね。名古屋には名古屋ドームがありますし、最近はあまり行けていないですけど、昔は年に1〜2回は観戦に行っていました。あとはサッカーも好きで、にわかではありますけどワールドカップの時なんかは、深夜でも夢中で見ちゃいますね。

岸田 へえ、すごい。じゃあ名古屋グランパスは?

川畑 名古屋グランパスは、あまり見に行かないですね。

岸田 見に行かないんですね。

川畑 実際に会場に足を運ぶのは、やっぱり野球がメインです。

岸田 なるほど、ありがとうございます。そしてゴルフも趣味なんですね。

川畑 そうですね。大好きです。

岸田 では病気について伺いたいと思います。罹患されたがんの種類について教えていただけますか?

川畑 嗅神経芽細胞腫です。

岸田 嗅神経芽細胞腫という希少がんで、ステージに「3、4」と書いてある理由について補足します。TMN分類というものがありまして、Tが4、Mが0、Nが0ということで、川畑さんは「C」という診断だったんですよね。

川畑 そうですね。

岸田 このあたりは、改めて希少がんセンターにも確認をしておこうと思っていますが、腫瘍がかなり大きかったということですね。

川畑 はい。他の部位への転移はなかったのですが、鼻腔内で脳の硬膜まで浸潤していたとのことで、A・B・Cの分類の中では一番重い「C」という診断になっています。

岸田 ありがとうございます。がんの詳しい情報に関しては、がん情報サービスさんや希少がんセンターさんなど、専門的で信頼できる情報をご覧いただければと思います。僕たち「がんノート」では、患者さん自身がどのような経過を辿り、どんな心情だったのかという“体験”にフォーカスしてお届けしていきますので、その点をご理解いただければ幸いです。

岸田 続いて告知を受けた年齢ですが、当時28歳で、現在は31歳。治療は手術と放射線を受けられたということですね。ここからは、川畑さんがどのような治療経過をたどってこられたのか、お話を伺っていきたいと思います。

【ペイシェントジャーニー】

岸田 川畑さんのペーシェントジャーニーはこちらになります。紆余曲折あって、ぐっと下がって、少し上がって、また下がって、そして今また上がっている、そんな流れになっていますね。ここから順に伺っていきたいと思います。

まず、理学療法士になられたんですね。これは、もともと理学療法士を目指されていたんですか?

川畑 そうですね。高校のときは教師になりたい気持ちもあったんですが、金八先生がすごく好きで、武田鉄矢さんの。ご存じですかね。

岸田 分かります。3年B組ですね。

川畑 そうなんです。最初は教師を目指していたんですが、高校生の途中で医療に興味が出てきて、親から「こういう仕事もあるよ」と教えてもらったことをきっかけに理学療法士を志しました。高校卒業と同時に養成校に入りました。

岸田 理学療法士になられて、病院で働き始めたということですね。

川畑 はい、そうです。

岸田 次にグラフが一気に上がります。プロポーズをされたんですね!いきなりプライベートですが、これはどういった流れだったんですか。

川畑 当時付き合っていた彼女が同い年で、僕が27歳のときでした。そろそろ結婚を考える年齢だなと思って、プロポーズしました。

岸田 プロポーズして人生の頂点にいく。これ以上のいいことはなかなかないですもんね。

川畑 そうですね。グラフでも一番の頂点になってますね。

岸田 そんな中、ここでまた下がっていきます。何かというと、鼻血。これは普通の鼻血だったんですか。

川畑 そうですね。腫瘍も右側なんですけど、ある日家で寝ようとしたときに急に右の鼻から鼻血が出てきて。止まるかなと思ってたんですが、1時間くらい止まらなくて、その日は鼻に詰め物をして寝ました。次の日も止まらなかったので病院に行きました。

岸田 病院ではどんな診断でした?

川畑 まず止血をしてもらって、CTを撮りました。そこで「副鼻腔炎じゃないか」ということで、止血処置と薬をもらって終わりという感じでした。

岸田 ただ、そのあとまた下がっていきます。再度出血ということですが、これは同じような症状だったんですか。

川畑 はい。同じ感じで、最初の出血から約1年後でしたね。また1〜2時間、鼻血が止まらなくて。

岸田 同じように怖い状況ですね。そのときも止血だけ?

川畑 はい。前回と同じように止血してもらって、止血剤をもらって終わりでした。

岸田 そしてまた再度出血していき、そのときは切除もされていくということなんですけど、これはどういうことなんでしょうか。

川畑 また、その1カ月後くらいに出血しちゃって。鼻の中をカメラで見てもらったら、ポリープみたいなのがあったんです。

岸田 ポリープ?

川畑 はい。そこから血が出てるねっていうことで、原因を取るために入院して、手術で切除してもらいました。

岸田 このとき、青がネガティブな感情、赤がポジティブな感情、白がどちらでもない、というグラフの表記になっているんですが、切除したときは“これで終わった”というポジティブな感情だったんですよね。

川畑 そうですね。それから鼻血が出なくなったので、とりあえずこれで治っただろうって思いましたし、安心したのでポジティブにしています。

岸田 そして、そこからどん底に下がっていきます。何があったのか。それがこちら。どん。ここで嗅神経芽細胞腫が発覚していくということなんですよね。これはどういうふうに分かったんですか。

川畑 手術で取ったものを細胞診に出していたんですけど、その結果をずっと待っていて、1カ月後くらいに病院から呼び出されました。そこで「取ったものが恐らく悪性だろう」と言われて、急きょCTやMRIの検査を受けることになって、その結果、確定診断が下りました。

岸田 グラフがここで一番落ちているということは、嗅神経芽細胞腫と言われても、最初は分からないですよね?

川畑 そうですね。ただ僕は病院で働いていたので…

岸田 ああ、そっか。

川畑 先生が英語で書いていたんですけど、英語の感じで「これは悪性のものだな」という雰囲気が分かってしまって…。しかも、完全に予想外だったんですよ。切除して、鼻血も止まって、「これで終わりだろう」と思っていたところに、まさかの悪性。予想だにしてなかったので、それが余計につらくて、どうしたらいいんだろう、今後どうなるんだろうって、一気に気持ちが落ちました。

岸田 本当にそうだと思います。一気に落ちていって、そこから少しだけ上がるんですけど…いや、待って。これ、上がってる? 全然上がってないですよね。ここ、白紙ってどういうことですか。

川畑 プロポーズして婚約中で、結婚式も4カ月後に控えていたんですが、治療もしないといけないし、いったん白紙にしようという話になりました。ただ、彼女と話し合って「治療を頑張ろう」と決めて、白紙にはなったけど完全に終わりではなくて。

岸田 治療を終えたら戻ろうと?

川畑 どん底よりは前を向けたかなという感じですね。もちろん落ち込んではいるんですけど、「どうしたらいいんだろう」と思っていたときよりは、治療に専念して頑張ろう、という気持ちになれたというか。

岸田 まずは治療に専念しようということで、いったん白紙になったんですね。そして、そこからまた少し下がります。ここで手術をされているんですが、これは何て書いてあるんですか? 内視鏡…?

川畑 頭蓋底腫瘍摘出術です。

岸田 という手術を受けられたということで、結構すごい手術ですよね。脳…というか頭蓋骨? 脳の手術?

川畑 鼻からやるんです。嗅神経なので鼻の中がメインなんですけど、鼻の奥から入って周りの骨も取って、頭蓋骨も少しだけ、鼻の中から“下から”触る感じですかね。骨をちょっと削るというか、そんな手術でした。

岸田 そうなんですね。そんな大きな手術をされて、そこからまた下がっていきます。悪いことあったんかな…どん。次も治療、放射線治療ですね。しかも陽子線治療。

川畑 そうですね。

岸田 これは手術だけでは不十分で、陽子線治療も必要だという判断だったんですか?

川畑 手術で「目に見える範囲は取り切れた」と先生には言われたんですけど、細胞レベルでは残っている可能性がある、と。だから腫瘍を取ったあとに放射線治療、つまり陽子線治療をするのが、この病気のスタンダードみたいで。最初は同じ病院のがんセンターの放射線科で治療予定だったんですが、そこの種類の放射線だと“目が恐らく失明する可能性が高い”と言われてしまって。

岸田 怖っ。

川畑 なので、陽子線治療のほうがピンポイントに当てられるということで、そちらの施設に紹介状を書いてもらって、陽子線治療を受けることにしました。

岸田 ありがとうございます。皆さん、治療法などは必ず主治医に確認してくださいね。今回はあくまで川畑さんの経験談です。ということで、陽子線治療を受け終わって、ここから上がっていきます。治療を終えて、仕事復帰されました。これはグラフでも上のほうですけど、“帰れた”という実感ですよね。

川畑 そうですね。もともとの仕事に復帰できました。体力的には最初かなりしんどかったですけど、何とか戻れて。ただ、丸3カ月半くらい休んでいたので、最初は丸1日働くのが本当に大変でした。

岸田 そうですよね。理学療法士の方って、基本ずっと立ちっぱなしですし。

川畑 そうですね。

岸田 だから体力面、相当大変だったと思います。どれくらいで慣れてきました?

川畑 2カ月くらい経ったらだいぶ慣れましたけど、最初は朝起きて、8時半くらいに職場に行くだけでしんどかったですね。

岸田 ですよね。

川畑 手術のタイミングで実家に戻ったので、それまで職場の近くで1人暮らしだったのが、今は少し遠くなってしまって。その移動の負担もあって、最初はすごく疲れました。

岸田 けど、徐々に慣れていかれたんですね。

川畑 そうですね。

岸田 そしてここから、がんの発覚レベルで一気に下がる出来事が起きます。それがこちら、どん。婚約破棄。これは衝撃が大きすぎますが…伺ってもよろしいですか。

川畑 一応、治療が終わって、彼女とも何とか続いてはいたんですが、向こうの親御さんから反対されてしまって。

岸田 それは…がんだから?

川畑 がんも理由の一つだとは思うんですけど…

岸田 がんだけではなく理由で反対、ということも?

川畑 結婚しようと思っていたんですけど、正直、そんなにお金があるわけでもなくて…。

岸田 いやいや、20代なんてみんなそうですよ。

川畑 ただ、がんになってしまって、先のことが全く分からないというか。僕自身も分からなかったし、誰にも分からないことだと思うんですけど、病気になっていない人と比べると不安要素はどうしても大きくて…。そういうのもあって、向こうの親御さんから反対されてしまっていた部分がありました。

岸田 なるほど…。

川畑 彼女は頑張って支えようとしてくれていたんですけど、親との間で板挟みになってしまっていて。

岸田 それは…つらいですね。

川畑 1度、僕から直接、ご両親とお話ししたこともあったんです。でも、そのときの言葉をいろいろ聞いているうちに、僕のほうも気持ちがだいぶ折れてしまって。こんな状態で関係を引っ張っても、お互いのためにならないのかなと思ってしまったんです。だから、一度、別れたほうがいいのかな、と。

岸田 つまり、別れるという選択をされたわけですね。

川畑 はい。そういう決断になりました。

岸田 ありがとうございます。それでは次の項目です。ここでグラフが少し上向きになりますが…ん? ちょっと待ってください。右目が見にくくなる? そして“放射線網膜症”。これはさっきの陽子線治療の影響なんでしょうか?

川畑 そうですね。陽子線治療が終わってしばらくして、右目に「なんかぼやけるな」という感覚が出てきたんです。最初は気のせいかと思っていたんですが、2カ月ほど経つころに「これは違うな」と思って眼科を受診しました。そこで検査を受けて、経過から考えると“放射線網膜症”だろうと言われまして。

岸田 そこでレーザー手術になると。

川畑 はい。日帰りで2回ほど受けました。

岸田 そして「いずみの会」。これは患者会ですか?

川畑 はい。名古屋が本拠だと思うんですが、患者会があって。僕も病気になったときに、先にこの病気になった人のブログをたくさん読んで勇気づけられたんです。だから、自分の経験も誰かの役に立てればと思って探していたところ、「いずみの会」を知って入会しました。

岸田 では、ここでまた下がる……これはいずみの会ではなく、右目の別の問題ですね。これは何が起きたんですか?

川畑 右目の硝子体出血です。

岸田 右目、だいぶ大変ですね。

川畑 はい。眼科には1年半くらい通っています。レーザー治療は進行を止めるためのものなので、劇的によくなるわけではなくて。視力自体は0.8~0.9くらいあったんですけど、ある日突然、急にもやがかかったようになって、「これはまずい」と思って職場を半日休んで眼科に行ったら、硝子体出血と診断されました。今は薬を飲んで経過を見ています。

岸田 そういう経過だったんですね。そして最後、グラフがまた上がっていきます。少し回復された。よかったです。

川畑 今はだいぶ良くなりましたね。視力も0.7くらいまで戻ってきました。一番悪いときなんて、眼鏡をかけても0.1とか0.2で、本当にほとんど見えないような状態だったんです。それが今は0.7くらいまで見えるようになったので、やっぱり気持ち的には全然違います。

岸田 ですよね。

川畑 見えるとテンション、上がりますね。

岸田 だから、眼鏡も“それ用”というか…まあ普通の眼鏡ではあるんですけど。

川畑 そうですね。レーザーどうこうというより、日常で目を大事にしないといけないなと思って。今の時代、パソコンもスマホも絶対使うじゃないですか。ブルーライトをカットしたほうが目の負担は少ないかなと思って、この眼鏡にしています。

岸田 ですよね。めっちゃ青く反射してますもんね。でも、いいと思います。

川畑 そうなんですよね…。どうにかこの“青く光る”現象がなくなるように改良できないかなと思ったりもするんですけど。

岸田 確かにね。

川畑 青くならないのにブルーライトをカットしてくれる眼鏡、ないんですかね。

岸田 色付きのやつとかはあったような気がしますけど、ただ反射については…僕も詳しくは分からないですね。もし良い情報があったら、また共有したいと思います。

川畑 ぜひお願いします。

岸田 ありがとうございます。こうして見ていくと、川畑さんのペーシェントジャーニーは本当にいろいろな出来事があって、特に婚約破棄のところなんて、僕も見ていて胸にずしんとくる部分でした。でも今は元気に過ごされていて、“無理にポジティブではなく、自然体で前向きに”という姿勢が本当に素晴らしいなと思います。

【お金・活用した制度】

 

岸田 ではここからは、ゲストエクストラということで、いくつかの項目にも触れさせてください。まずはこちら。“お金に関する活用制度”。高額療養費制度や傷病手当金などを利用されたとのことですが、民間保険が「NG」と書かれているのはどういう意味なんでしょうか。

川畑 一応、最初に鼻のポリープを切除したタイミングで、そのあと民間保険に加入したんです。ただ、その保険が“同じ鼻の部位に関しては3年間は保障の対象外”という特約付きで加入したんです。加入してすぐにがんが発覚したんですけど、場所が同じ部位だったので、保険を使えなかったということですね。

岸田 なるほど。加入はできたけれど、同じ部位だったから対象外になってしまったと。

川畑 そうですね。他の部位の病気だったら、恐らく大丈夫だったと思うんですけど。

岸田 でも、そればかりは分からないですもんね。加入するときには、その出来事が“がん”だなんて誰も思わないですし。

川畑 本当にそうですよね。結婚する予定もあったので、入っておいたほうがいいかなと思って加入したんですけど、タイミング的にどうしても使えなかったという形でした。

【大変だったこと→工夫したこと】

岸田 続いて“大変だったこと・工夫したこと”という項目です。大変だったこととして“メンタルの維持”、工夫したこととして“新たなことへの挑戦”“瞑想・リラックス”と書いていただいています。メンタルの維持というのは、主に治療に向けての気持ちを保つ、という意味でしょうか。

川畑 そうですね。治療が始まった当初は“頑張ろう”という気持ちが強くあったんですけど、陽子線治療が2カ月くらい続いたので、期間が長くて途中で気持ちが折れそうになる瞬間が何度もあったんです。そこを何とか保つのが大変だったというのが一つあります。

川畑 それに、婚約破棄の件もあって、そのときは気持ちの揺れがとにかく大きかったんです。今ではだいぶ落ち着いていますが、当時は本当に心が安定しなくて、“これで維持できてたのかな…”と思うくらい。でも、何とかしようと必死で気持ちを保っていた、そんな感覚がありますね。

岸田 その“何とかする”ために、新しいことへ挑戦したり、瞑想をしたり、リラックスの時間をつくったりされたんですね。1日の中に、意識して落ち着ける時間を設けていたという感じですか?

川畑 そうですね。瞑想は、本を読んで“これは大事だな”と感じて、1日のうちに1分でも2分でもやろうと取り入れていました。

岸田 すごいですね。マインドフルネスですね。

川畑 そうです。あとは趣味のゴルフに行くようにしたり、いずみの会に入ったり、何かしら新しい行動を起こすようにしました。自分から動かないと何も変わらないなと思って、いろいろ考えて、今もそういう姿勢でいたいなと思っています。

【がんの経験から学んだこと】

岸田 ずっとそういったことを考え続けてこられたんですね。では次の項目です。“がんの経験から学んだこと”。川畑さんが病気を通して得た学び、こちらです。どん。“心身ともに健康であることが一番の幸せであること”。こちらについて、この意図をお伺いできますでしょうか。

川畑 そうですね。病気になる前は、健康であることが本当に当たり前だったんです。20代っていうのもあって、「自分はずっと元気だろう」と思い込んでいました。でも、その“当たり前”が一気に崩れてしまって…。そこで、心も体も健康であることが、生きていくうえで何よりの幸せなんだと強く感じました。それまでの自分は、ジャンクフードをたくさん食べてしまったりとか…

岸田 ああ、僕もやってました。

川畑 1人暮らしで、お風呂にちゃんと入らずシャワーだけで済ませたり…。今になって振り返ると、体をぜんぜん気にかけていなかったなと思うんです。だからこそ今は、健康であることが一番大切だと本当に思いますね。

岸田 本当にそうですよね。何をするにしても、健康が基盤になりますから。

川畑 健康じゃないと何もできないので。

岸田 ありがとうございます。川畑さんには本当にいろんな経験談をお話しいただきました。これからのご多幸を心より祈っております。

川畑 ありがとうございます。

岸田 急に堅くなりましたけど(笑)。でも本当に、川畑さんのお話を聞いて、健康って大事だなと改めて感じました。“20代だから大丈夫”じゃなくて、若いうちから健康を意識することの大切さを教えていただきました。これからのお仕事、そして将来的にはご結婚も——そのあたりも含めて応援しております。まあ、祈られても「いやいや、そんな…」って感じかもしれませんが(笑)。

川畑 いえいえ。まずは健康であることが一番大事なので。

岸田 そうですね。心から祈っております。

川畑 はい。

岸田 本日のゲストは川畑さんでした。今日は本当にありがとうございました。

川畑 ありがとうございました!

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