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【記事要約】骨肉種 サヤ(仮)(20代)

インタビュー日:2014年8月24日

病気のこと

【がん腫】骨肉種(右足大腿骨の頸部)
【闘病時期】6歳で発病、そこから1年間の治療期間
【現在】経過観察中

現在(2014年時)大学1年生で心理学を学んでいる。

治療のこと

Q 治療はどんなことをしましたか??
A 抗がん剤と人工関節をつける手術を行った。

抗がん剤治療と、骨肉腫なので骨と筋肉を切除して人工関節をつける手術を行いました。
1年かけて治療をしました。
そこから再発はありませんが、人工関節は成長するたびに付け替えたり、
伸ばして調整する必要があるので手術は何度か繰り返しています。 

発覚まで

Q どうやってわかったのですか?? 
A 歩いたり、走ってる姿に違和感が...。 

幼稚園の時に足にびっこを引いて歩いていたようです。
幼稚園の先生が走っている姿をみて異変に気づき、母親もそれを見て何かおかしいことに気づいたそうです。

それがきっかけで病院に行ってみようということになりました。
最初の病院は成長期の独特のもので大丈夫と判断されましたが、だんだん酷くなっていったので、詳しく検査することになりました。

生検(患部の一部をメスや針などで取って,顕微鏡などで調べる検査です。病気を正確に診断することができます。)の検査を受けるために入院しました。
最初は悪性か良性かがわかりませんでしたが、 1ヶ月くらいかかって悪性だと判断されました。病院を移ってそこから 1年間入院して治療しました。
治療が始まったのは小学1年生の5月です。

Q 宣告を受け、どうでしたか??
A 幼かったこともあり、深刻度はわからなかった。。

深刻度はその時はあまりわからなく、ヤバイって思った程度でした。入院もちょっとしたお泊り程度かと思っていました。

後日談として、親は幼いから告知については迷っていたと聞きました。
主治医の先生は「幼くても病気を告知すべき」という先生だったので、両親と一緒ではなくて、先生と一対一対で告知を受けましたが、あまり覚えていません。

今思えば、そこから自分の病気について再度質問をしていないので、その時の説明でなんとなく理解できていたのだと思います。自分としてはそこで自分の病気について聞いておいて良かったと思っています。

家族のこと

Q 家族の反応はどうでしたか??
A 落ち込んでいる姿は見たことない。後から聞いた両親の当時の考えは...

両親の落ち込んでいる姿は見たことがありませんでした。
あとから聞いて知りましたが、両親は私の前では普通に楽しく過ごそうと思っていたらしく、落ち込む姿は見せないと決めていたとのことでした。入院しているときは平日は母親が泊まってくれて、土日は父親もきてくれ、一緒に過ごしてくれました。

弟が居たのですが、両親が私に付きっきりだったので一年間は祖父母の所で預かってもらっていました。また、両親が私の抗がん剤の治療中に交換ノートをしていました。平日は母、土日は父が付き添ってくれていたので私に関する情報を共有するためです。(当時携帯が普及しておらず、連絡は公衆電話でした)

お金のこと 

Q 治療費などはどうされましたか??
A 小児慢性特定疾患として認定されたため、医療費は国が負担してくれた。

小児慢性特定疾患とは・・・

悪性新生物などの慢性疾患に罹っていることによって、長期にわたり療養を必要とする児童等の健全な育成を図るため、医療の給付を行うといったもの。各都道府県が実施している。

骨肉腫なので小児慢性特定疾患として認められ、手術などで人工関節を入れると医療費が高額となってしまいますが、20歳になるまで国が負担してくれます。実際の治療費がいくらぐらいかかっているのかは把握していません。

また、私は1才の時から学資保険に入っていたそうです。20歳を過ぎると小児慢特は切れるので、そのお金には手を付けずに貯金していると両親から聞きました。

学校のこと

Q 学校はどうしましたか??
A 治療中は院内学級で勉強。退院して普通の学校へ。

院内学級とは病棟内の学校で、入院している様々な年代の子どもがそこで学んでいました。院内学級のおかげで学習面では困りませんでしたね。学年に1人先生がついてマンツーマンで教えてもらいました。先生も普通の教員の方なので、普通の学校と特に変わりはありません。

違うところといえば、たまに点滴の交換などで教室を離れることくらいでした。入院は子供にとってすごく暇なものなので、院内学級があってよかったです。 

退院した後は普通の学校に戻りました。杖を使っていましたが、差別されることもなかったです。友達は配慮してくれながらも普通に接してくれて、特に問題もなく馴染むことができました。友達や周りの人には恵まれたと感じています。

<撮影後日談>

退院後の学校で普通に過ごせたのも両親に聞くと色々ありました。学校に復帰する前に両親が学校の階段に手すりを付けるように頼んだり、送り迎えのために車での入校の許可をいただいたりしたそうです。

また、担任の先生に何よりもお願いしたことが「娘を特別扱いしないでください」ということだったそうです。だから私もクラスの子も、病気だからと言って私が特別だという意識がなかったのだと思います。 

Q 今はどうしていますか? ?
A 杖をつきながら普通に大学に通っている。。

長い距離を杖なしで歩くのは辛いので、両腕で杖をつきながら通学しています。でも天候によっては大変なときもあります。杖で両腕がふさがっているので、雨が降るとカッパを着るのですが、カッパは暑いし、リュックを背負っているので、しんどいと思うことがあります。

車で通ってもいいと言われているので、車で通ったり、軽い雨の日はカッパを着ないで登校しています。雪の日は杖が滑るので、自宅待機しています。

辛かったこと&その克服法 

Q がんになって肉体的に辛かったことは何ですか??
A  手術直後の足の痛み...。

抗癌剤はもちろん辛かったですが、手術直後の足の痛みが特に辛いと感じました。手術した関節、周りの筋肉の痛みが激しかったです。

痛みとしては、筋肉が突っ張る感じで、どうしたらおさまるかわかりませんでした。笑っただけでも痛みを感じていました。大腿骨はお腹に近いところなので、切ったあとは座ったりすると痛いです。

これまで何度か手術をしていますが、毎回手術後は痛みに苦しんでいました。強く痛むのは2~3 日でしたが、それが過ぎるまで耐えるのが大変でした。痛み止めもあるので 24時間ずっと痛いということはありませんが、それでも大変でした。

Q 精神的につらかったことは??
A 体育の授業に参加できない...。

治療が終わり、普通の学校に戻ってからは体育の授業は見学をしていました。ふとしたときに「私もやりたい」と思うことがありましたが、みんなと同じようには動けないので、見学するしかありません。それが小さい時には精神的に辛かったです。その時は、自分で自分に仕方ないと言い聞かせていました。

反省

Q あの時こうしとければよかったということはありますか??
A 自転車に乗らなければよかった...。

中学校2年の時に、自転車で転んでしまい、膝の骨折、大腿骨の脱臼、人工関節の損傷などがあって入院しました。脱臼は元に戻せず、今も脱臼したままの状態です。

手術して戻しましたが完璧に治すのは無理と言われました。脱臼していても日常生活には問題ありません。部屋の中であれば杖なしでも歩くことができます。

見た目が変に感じる程度です(骨が出てきてボコっとなる)。しかしその転倒がなければ、外に出るときに杖をつかなくてもよかったかもしれません。

キャンサーギフト

Q あなたの場合のキャンサーギフトは何ですか??
A 夢を見つけることができた!

病気になったから夢を見つけることができました。今、チャイルドライフスペシャリストを目指し、勉強しています。

友達に相談して、自分の経験を活かし、できることが無いかと考えてるときに見つけました。入院している子供の心のケアや、兄弟や家族の心のケアなどをする仕事で、日本で現在資格を持っている人は30人程です。

今、日本では資格が取れないので、アメリカもしくはカナダの大学院を卒業して国家試験を受ける必要があります。心のケアを必要としている子供もたくさんいると思うので、この仕事が広がっていけばいいなと思います。

みんなが感動しないようなところにも感動できる

がんを経験された方と知り合う機会で色々な視野・考え方を持っている人と会うことだけでも感動するしみなさん、がんを乗り越えての今なのでそこにも感動します。

治療中は食べることも制限されるので、好きなものを食べれることだけで感動できました。学校に行けることも感動です。こういった思いは病気になっていなければ感じることはできていなかったと思います。

今となっては病気じゃない自分が想像できません。

今、治療を頑張っているがん患者へ。 

「みんながいるよ!ひとりじゃないよ!」 

治療をしているときはひとりぼっちだと感じてすごく辛いと思いますが、まわりに目を向ければ自分を支えてくれる人がいるので、そんな人たちに相談したり甘えたりしてもいいと思います。

私は思いを貯めこむタイプだったので、治療中はどうしたらいいのかわからないと思い悩むことが多かったです。

今は友達など、話せる人がいるので、病気の事でも相談しています。

例えば、私は理学療法士になりたかったのですが、後遺症などもあって、なれないとわかり悩んだ時がありました。

そんな時、友達に相談しました。親には悲しませてしまうと思って言えませんでしたが、友達に話をすることで精神的に楽になりました。友達に相談して、他にできることが無いかと考えてるときにチャイルドライフスペシャリストになるという夢を見つけることもできました。

1人で頑張るのではなく、ぜひ周りの人を頼ってください!

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

あくまでも「ひとりのがん経験者の例」であることにご注意ください。
病気については専門医や主治医にご相談を。

「がんノート」は、がん患者のためにこれからも経験者の情報を発信して参ります。
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彼らの経験談がいま悩んでいる方の役に立つことを願っています。 

 
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