20歳のときに精巣を触ってみて、がんに気がついた佐藤さん。手術から抗がん剤と、めまぐるしい治療が続いて、彼が思ったこととは……?

【略称】インタビュアー:岸田 / ゲスト:佐藤

更新日:2018.08.06

自己紹介

岸田 今日のゲストは佐藤崇宏くんです。

佐藤 佐藤崇宏です。22歳大学生です。

がん種は精巣腫瘍です。ステージがⅠで、2014年1月から2014年の4月まで闘病してました。その当時が20歳ですね。闘病終わってから2年目になります。

岸田 はい。実はですね、精巣腫瘍って

言ってますけども、私たちは胎児性がん同士でもあるんですね。今回は、胎児性がんの2人で結構攻めていこうと思いますのでお願いします。

発覚

岸田 発覚から宣告に向けて、お話ししていただければなと思います。

佐藤 僕は20歳のとき浪人をしてました。まあ言ったら2年間浪人をしてたんですね。で、センター試験の2週間前。2014年1月3日に発覚しました。1月3日の夜にですね。自慰行為をしてたらですね、ちょっと男性の方しか分からないと思うんですけど、普段精巣を触ることはないんですけど、なぜかその日はこう精巣を触ってみた。そしたら、左の金玉が異様に硬いんですね。「あれ、これおかしいな」と思って普通に自慰行為をするためにムービーを再生していたスマートフォンのブラウザーを替えて、「金玉硬い」で検索してみたんですね。そしたら、いきなり「がんの可能性がある」と。見て、びっくりしますよね。まさかと思いますよね。そのまま、ベッドに何かどんどん自分が闇に包まれてく感じ。これが本当のタマヒュンみたいな。

岸田 タマヒュン?

佐藤 ちょっと高いところとか立ってこう下のぞいたときに、こうタマがヒュンッてする感じ。あれの重いやつが来て「もうこれはがんなのかな」と思って、そっから調べていったら……。小さいころに、金玉がちゃんと二つそろってなかったことがある人が精巣腫瘍になる可能性が高いと。僕、何か覚えがあるんですね。「これはどうしようか」と思い、翌日病院に行くことに決めたんですね。ただ、なかなか寝れないんでいろいろブログだとか、情報みたいのを調べた。後々振り返ったらその一晩の間に、僕が経験した治療とか副作用とかを大概のこと調べ終わってた。朝起きて家族に「ちょっとがんかもしれないから病院行ってくるね」と。

岸田 家族は、そのときにけっこうライトに送り出してくれた感じですか。

佐藤 いや、今振り返ると結構バタバタしてたと思いますよ。だって電車で3駅ぐらいのところにある病院なのに、タクシー代くれて、俺もそのまますんなりタクシー乗って。20歳だったから家族ついてくることもなく、「取りあえず病院に行ってくる」って言って病院に行きました。

宣告

岸田 どういうふうに宣告を受けたんですか

佐藤 初めに問診票みたいな感じのあるじゃないですか。僕が行ったのが総合病院だったんで、そこでいろいろ書かされたんです。それを出して、先生に呼ばれて診察室に入り、先生がアンケート見てるときに、「えーっと、ご両親来てる?」って言われて。お、これはもうストライクだなと。

岸田 アンケートだけで。

佐藤 アンケート見ただけでもう「ご両
親来てる?」ってなって。そこからエコーとか、レントゲンも撮りましたかね。医師の説明を受けると、言われたことが全部「あ、調べたことだ」みたいな。先生は「腫瘍は腫瘍だけれども悪性と良性がある」と。「手術して取って調べるか、皮膚に刺して検査してみるか」だけれど、どっちかっていうと手術したほうが「負担も少なくてい
いですよ」って言われたので手術をすることにしました。家族に電話して、「もしかしたらがんかもしれないと言われた。入院の日も決まり手術の日も決まりました」と言って、その日電車で帰りましたね。で、そっから、家族と一緒に入院するために必要なものを買いにいって、その後友達とラーメン食いにいって、ラーメン屋のカウンターで、親友に「俺がんになったわ」って言って。

岸田 どんな反応でした?

佐藤 「ああ」っつって。「また始まったか」って思われてた。

岸田 (笑)。

佐藤 「また始まったかこいつ」みたいのがあって、いつものくだらない話をして帰って。そしたらLINEが珍しくきて。「がんとか何とかってほんと?」って。「うそだよ」って送って。

岸田 いやいやいやいやいや(笑)。

佐藤 「うそだよ」って送ったら「なんだ」ってきて終わったんです。で、手術の日その友人に、「何とか病院に、今入院してる。」って送ったら、その日に来たんですよ。「ぜってーうそだと思った」って言ってきて、何にもお見舞いとか何にも持たずに本当に来て、「本当に入院してるんだ」っつって。

岸田 すごいね、そのお友達。ちゃんと来てくれて。

治療

岸田 じゃそこから治療に。

佐藤 はい。手術の前日に入院しました。手術は、デリケートゾーンのちょい上ぐらいを切るんですね。なので、そこら辺の毛は全部剃ると。で、毛を剃るのに専門のてい髪の方がいらっしゃると。

岸田 てい髪の方。剃る人ですよね。

佐藤「てい髪の人なんか来るのか」って思ってちょっと何かこう心配だったんですよ。でも一瞬こう浮かんだのが、ちょっとかわいい人だったらどうしようかと。

岸田 まあそうですね。

佐藤 まあ確実に見られるし。見られるし切ってもらえるし、うーん、悪くはないんじゃないかなと思って出てきたのは80歳ぐらいのおばあちゃんですね。

岸田 (笑)。

佐藤 で、明らかに切れ味が悪いんですよ。もう一番、その、一番大事なところに差し掛かる辺りとか、恐怖で、おばあちゃんの前でビックンビクンしてるんです、僕。で、バリカンのバッテリーが落ちて、全部露出したまま「ちょっと待っててね」って言われて、露出されたまま待たされて。で、戻ってきたばあちゃんのバリカンの良さね。めちゃめちゃスースー切れるって。「もう先に替えてくれよ」と思って。そして、手術当日。歩ける人って普通に手術室まで歩かされますよね。でも点滴はやるじゃないですか。だがら点滴を看護師さんが持ってくれるみたいな感じで手術室の目の前まではコロコロで行きました。中は、コロコロは入れないんで、コロコロとさよならっていう感じで、看護師さんが持ってくれて、ええと、めっちゃかわいかったんです。僕一応180センチあって、僕よりも圧倒的に身長が低いわけですよ。そんな人に点滴を持たしちゃいけないわけですよ。どんどん逆流してくんですよ。どんどん逆流してるの見て慌てた看護師さんが何をしたかっていうと、誰かに任せるわけじゃなくて背伸びをしたんですよ。

岸田 (笑)。かわい過ぎる。

佐藤 かわいい看護師さんが背伸びしながら歩いてるの超かわいいでしょ。いやもうそれ見て「もう何か全然平気」って思って。

で、手術室入ったら「あ、ドラマで見たのと一緒」っていう結構ありがちな感想で。「ここ寝てください」で寝て、背中に麻酔打たれたりとかして、その間も「大丈夫ですよ」ってそのかわいい看護師さんが、背中をポンポンしてくれるんです。「うん、悪くないな」みたいな。で、麻酔。僕は全身じゃなかったんで、眠るやつだけやったんですね。でも眠るやつに対抗してみようと思って。

岸田 なるよね。どんだけ耐えれるか?

佐藤 麻酔対自分、「よし、耐えてやる」と思ったら「手術終わりましたよ」と言われ、「え?」と思いましたね。

岸田 早いですね。

佐藤 何か耐えられない早さもそうだけど、手術が終わる早さまですごかった。手術終わっても全く何の痛みもないし、「なんだ、手術楽ちんじゃん」と思ってたら、麻酔が切れてくる。そっからがもうジンジンするし、全然それまで麻酔で気付かなかったんですよ、カテーテルに。あの管に入るわけないのに入ってるんですよ。

岸田 お小水が出るように。

佐藤 その晩、全く眠れなくて、めちゃくちゃ体力消費して。翌日抜くときとか。抜いた後のおしっこって何かプスプスッて音鳴るんですよ。空気が出るの。痛い痛い。タマのところに付いてた血を抜き出すやつも抜かれるんですよ。めちゃめちゃ痛い。

岸田 痛い痛い。

佐藤 で、みんな「痛いけれども、みんな優しくしてくれるのかな」と思ったら、看護師さんがすげえおばちゃんの怖い人で、「何で早く歩かないの」みたいな。

岸田 (笑)。

佐藤 「いや、ちょっと歩こうと思ったんですけど、思ったより立てないんですよ、痛くて」って言ったら、「立ってもらわないと困るんだけどな」みたいな。「あれ、俺なんかこんな痛い思いしてるのに、何で優しくしてもらえないのかな」と思って。「冷や汗止まらないんで昼まで待ってもらっていいすか」って言って。で、昼歩いたらそのおばちゃんがすげえ笑顔で俺のこと見てて。ちょっとほれそうだった。

岸田 (笑)。

佐藤 で、えっと、1月手術が終わりましてセンター試験もちゃんと受けました。

岸田 お、受けたんですね。

佐藤 受けました。1週間後。その後、今後の治療の話とかをしていたのですが。CTを撮ってみたら、一番転移しやすいリンパの位置に、黒い影が転移なのか転移じゃないのか判別できないっていうふうに言われたんですね。もし、それが転移であれば、抗がん剤治療を絶対にしなければいけない。ただ、それががんじゃなかったら、抗がん剤治療は必ずしもしなくてもいいと。もし、転移じゃなかったとしても、抗がん剤治療をする意味があって、まず再発予防になるんです。なので、抗がん剤治療しましたね。

岸田 そっから抗がん剤治療に入る。

佐藤 僕はやっぱり調べてたわけですよ。抗がん剤の副作用とか。どうやら髪の毛が抜けるらしいと。じゃあ「髪の毛が抜ける前に何かしたい」と思った僕は、オレンジに染めてみました。

岸田 どうせ抜けるから、ちょっとやんちゃしてみようみたいな感じ?

佐藤 そうですそうです。あと抜けた後の絵が面白いかなと思って。そして、入院して、翌日から抗がん剤治療すると。抗がん剤治療の前の日は、いろいろ検査とか行きました。で、そのときに「佐藤くん精子保存した?」って言われて。「え」っつって。単語は知ってる。「え、でも必要あるの?」と思って。あまりにもびっくりして「俺って、精子の凍結保存する必要あるんですか?」って言ったら「いや、何かまあ抗がん剤治療やるからダメージあると思うよ」と、言われて。先生が「こういう病院あるから」と。「ただもしここに行くんだとしたら今から予約取らなきゃいけないからいったん退院しなきゃいけない」と。まあ僕もスケジュールのこととか、手間のこととか考えてたんで「それも面倒くさいな」と思ってたんですけど、ただ「何かね、あったら嫌だな」と思って、そんときは本当軽い気持ちで、「ま、取りあえず保存してみようかな」ぐらいの感じで保存しにいったんです。

岸田 じゃあ、「した?」っていうことを聞いて、「やってねえぞ」ってなって保存しにいったわけですね。抗がん剤の治療をいったんストップして。

佐藤 はい。1週間後に延期してその1週間の間に、精子の凍結保存をしにいきましたね。で、また入院して抗がん剤治療が始まりました。

岸田 はい。

佐藤 で、ですね、やっぱり言われていたとおりですね、日に日にこうオレンジが抜けてくんですね。副作用がめちゃめちゃきたんですよ、僕。かつ謎の薬に負けたくないみたいな思いがあって、「吐き気止めとか飲みますか?」って言われても断ってたんですよ。そしたらめちゃめちゃ副作用きて、吐き気とか。逃げどこがないんで、1週間ぐらい「うわー」みたいな感じになってた。

家族

岸田 家族に「こうしてほしかったな」とか、「これやってくれて良かったな」っていうのありますか?

佐藤 いやもう極めて、厚いサポートをしてくれたと思いますね。母に関しては1日暴風雨があった日以外は毎日来てくれて、洗濯物とか、気持ち悪いだろうっていうことで枕に乗せてたタオル替えてくれたりとか、そのためだけに毎日ちゃんと来てくれて。祖母は、一時退院とかで帰ると好きなもん作ってくれてとか。

岸田 家族のサポートがあったと。

佐藤 ありました。何か治療とかもほぼ、僕が自分で決めてっちゃったようなもんなんですけど、「自分で決めたんだから」ってことでサポートしてくれました。

学校

岸田 次に学校のこと。治療をして、その後センターだったりだとか。そのときのちょっとエピソードなど教えてください

佐藤 学校はですね、結果、一番目指してたところはちょっと諦めちゃいました。抗がん剤治療で、やっぱセンター試験を受けたときに自信がなくなっちゃたんですね。今行ってる学校なんですけど、めちゃめちゃ憧れてた先生がいたんです。その先生の学校に行くのはありだなと。そこに行くことにしたんですね、はい。

岸田 じゃあその先生に学びたいからそこに決めて。

佐藤 そこに決めて、で、入学が決まってから僕は、学校側と相談をいろいろして、病気のこと、入院が必要なことを全部説明したんですね。でも、抗がん剤で入院してる時、家族が来て、「学校から連絡が来て『佐藤くんが、大学に来てないんですけど大丈夫ですか?』っていう連絡が来た」と。家族は全然そういうやりとりは、分からないんで「僕に、メールで連絡をください」って言ったら、担当の方は「分かりました。もちろんメールでご連絡させていただきます。」っていうふうに言ってたのに。

岸田 完全に共有されてないですね。

佐藤 どうやらその時期に人事異動があったらしくて、その引き継ぎがうまくいってなかったんじゃないかっていう感じなんですけど。でも、先生も結構いろいろサポートしてくれて。仲良くさせてもらったりとかして、今めちゃめちゃ楽しんでます。

お金、保険

岸田 では、お金、保険。

佐藤 こういういやらしい話は、好感度が下がるんでやめてほしいんですけど、大体100万ぐらいもうかりました。

岸田:もうかったんすか?

佐藤 母がですね、高校卒業してすぐに、がん家系という科学的根拠の何もない迷信を信じて僕をがん特約に入れてたんです。

岸田 すごい。

佐藤 がん特約に入れてたら、それが見事に、えーと、大当たりですよ。『がんノート』を一時期支えてたこのカメラ。体で稼いだ金で買ったカメラです(笑)。

恋愛

岸田 次に佐藤くんの恋愛。当時は彼女いたんすか?

佐藤 えーと、2浪のくせに彼女ができかけてました。9個上の彼女になりそうな人がいて、仲良くなるって思ってたところに、発覚が訪れて。で、一応こういう病気になっちゃって、見てるだけでも多分きついです。なので、さよならっていう感じにしてほしいですっていう連絡をしたら、「支える」って言ってくれて。

岸田 マジで?

佐藤 マジで。キターと思って。すごい忙しい人なんですよ。でも、毎日連絡くれて、夜なんか時間ある日は電話とかしてくれて。「すごい」と思って。でも、最初のデートで、明らかに自分に関心がなくなってるのが見えるっていう。びっくりしましたよ。で、もうそっから全く連絡も取らなくなっておじゃん。ま、結構ベタネタですよね。闘病中は支えてくれてたけど、終わったらなかなか会えないとかすれ違っちゃって別れるみたいな。結構ありがちなケースの1パターン。バッチリはまっちゃいました。

岸田 (笑)。

後遺症

岸田 それでは後遺症ですが。

佐藤 抗がん剤で入院する前に、精子の凍結保存をしたのですが。採取した精子を先生に診てもらったら、かなりの確率で妊娠するのは厳しですね。と。かつ、この抗がん剤治療は生殖機能にダメージを与える可能性があるので、かなり絶望的な状況に追い込まれます。そういう趣旨の説明を受けたんです。

岸田 マジですか。

佐藤 これから治療するにあたって、家族が支えてくれると。特に母はね、今までも支えてくれたしこれから治療するにもあたっても支えてくれる、その母が、まあ僕を産んでくれたわけですけど。その先が残せないんだなみたいなことが、「ああ、意外と重いな」と思いましたね。

岸田 その宣告結構きついっすよね。

佐藤 きついですね。そのときは正直抗がん剤治療のこととかで頭いっぱいで実はやり過ごしてた部分で、退院して普通に社会に戻って、けっこう「俺に重しが掛かってるな」と思う部分がこの部分でした。

岸田 これがあったら、あれですよね。次の恋愛っていったときに、自分から行くのはちょっときついとかってなる。

佐藤 僕は、結婚して子どもとかそういう形式ばらなきゃいけないみたいなことを元々考えてないタイプだったんですよ。でも、いざ選択肢がなくなってみると、「いや、さっきの選択肢重かったな」っていうか。選択できてるころは良かったんです。何かもう「お前はそもそも選択できないよ」って言われちゃうと、「いや、でも、そっちも意外と良かったかも」みたいな。

つらい・克服

岸田 きついつながりなんですけど、つらかったこと、その克服方法を教えてください。

佐藤 僕は、「STAND UP!!」っていう団体で、
1人めちゃめちゃ気の合う仲間を見つけたんですよ。まず最初に懇親会みたいなのあって6人ぐらいで座ってたんですけど。1人の男の人がですね、何かすげえナンパ口調なんですよ。「こいつちがくね」っていうのを、2人でパッて目が合った瞬間にバチッて合ったのが同級生。で、野球好き。インドア派体育会系。そういうのでもうバッチリ合って。急に仲良くなって。でも、その半年後くらいに、彼が旅立っちゃうんですね。それがもうめちゃめちゃきつい。亡くなった後に、お宅に顔を見に伺ったら、僕が育ってた地域の風景と彼の家の風景がめちゃめちゃ似てるんです。あ、こういうところで育って、野球が好きで、インドアも好きみたいな。仲良くなる理由が分かったなとか思いながら、今も何かね、たまにきついんですよね。

岸田 どう克服するというか、そんなときどうします。

佐藤 克服というか、納得ができたのは、僕の好きなアーティストがいて、その曲が、人が亡くなる歌ばっかりなんです。僕めちゃめちゃ追っかけなんで、ライブで全日号泣してて、でも何かやっぱ、泣いてるときに冷静になる自分もいて、その冷静な自分が1個1個整理していってくれて。ま、何かきついのは仕方ないし、きついならきついなりにみたいな。乗り越えた……っていうより、納得しました。

岸田 夢。佐藤くんの夢。

佐藤 夢は、チャイルド・ケモ・ハウスっていう神戸にある病院の考え方が広まるといいなと。あの病院が一番好きな理由は、喫煙室があることなんです。チャイルド・ケモ・ハウスは子どもと家族が一緒に泊まりながら治療ができる施設なんです。だから施設に、お父さんお母さんが当然泊まるわけじゃないですか。ただでさえね、子どものこと考えてストレスたまるじゃないですか。そのときに普段たばこ吸ってるお父さんがたばこ吸えないのってめちゃめちゃストレスだと思うんですよ。「子どものためにたばこ、やめられないのか」みたいな。そういうことあると思うんですけど、多分やめられないんです。僕治療中に世話になったおやじが2人いて。やばそうな、じじい2人だったんですよ。1人は何か悪人面で、僕が自販機で飲み物買ってたら、そのじじいが「おう、お前どこなんだ」って言われて。「あ、あ、金玉です」って言ったら、「おめえ何かわりいことしたんだろ」って言われて。

岸田 (笑)。

佐藤 「何だこのおやじ」みたいな。でもそのノリ嫌いじゃないと「いや、してないっすよ」っつって。すごい仲良くしてくれたおじさんがもう1人いて。スキンヘッドの、俺をちょっとちっちゃくしてもっと、横に広げたみたいな、いっつもにこにこしたおじさんがいたんです。で、そのおじさんはですね、長いTシャツがちょっとめくれちゃうとここにペインティング?がある、おじさんなんです。そのおじさんと24時越えて語り合う日があって、「いろんなことに実は感謝してて。その感謝してるってこといろんな人に伝えたい」と。「でも今俺の体はこうだし、なかなかそれも達成できない」みたいなことを言いながら、ただ、たばこもやめられないと。たばこ、ね、どうしてもうまい。相談して「1日1本だけいい」って言われてるから吸ってると。そういう出会いも、このたばこ1本なかったらなかったんだみたいな。それの思いがあったから、チャイケモに行ったときに喫煙室があって。やめらんないんですよ、多分。お父さんお母さんにのし掛かってるものやっぱいっぱい多くて。チャイケモは、お酒も暴れない程度だったら飲んでいいっていうルールがあって。そういうね、人間弱いっていうところから始まってるところが、チャイケモのすごさなんだろうなみたいな。だから、夢はそういうチャイケモが広がること。

今、闘病中のあなたへ

岸田 闘病中の方へメッセージをお願いします。

佐藤 実は僕の大好きな人の言葉を借りてます。「そこにロマンはあるのだろうか。佐藤くん」。どういう意味かっていうと、そこに「何か引かれるものがあるだろうな」みたいなことです。僕が一番大切だと思う友人は、亡くなっちゃいました。ただ、亡くなっていく彼にロマンがなかったかっていうとめちゃめちゃあったんですよ。なぜかっていうと僕がこんなにへこんでるから(笑)。生きていけばいろんなロマンはあるって言いますけど、でも僕死ぬことにもロマンはあると思うんですよ。なので、「今、闘病中のあなたへ」っていう意味で言えば、闘病してる今のあなたにも引かれるものがあると思うんです。それを大切にしていけるって実は良くて。ぜひあなたのロマンをいろんな人と共有してほしいと思います。そして、うまい具合に立ち上がってほしいと思います。

※本ページは、あくまで経験者の情報を扱っております。そのため、あくまでその方のケースはそうだったということを念頭においてください。そのため、医療情報に関しては主治医や、行きつけの病院、またはしっかり科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。

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