高校3年生でがんが見つかり、思い描いた将来は突然変わった。しかし、悩んでもしょうがないと前向きに治療に臨んだ。いつも明日を信じ、自分を信じていた。

【略称】インタビュアー:岸田 / ゲスト:中陳

更新日:2018.08.03

 

発覚

岸田 今日のゲストは中陳香織さんです。

どうやってがんと発覚したかとか、その時の心境を教えてもらえますか?

中陳 はい。高校3年生の12月でしたね。もうすぐセンター試験だっていう頃に、ちょっと左の股関節が痛くなってきて。最初はまぁ、筋肉痛だと思ってたんですけど、どんどん痛くなって、足も引きずるようになってきて、これは病院に行かなきゃなーと思って、街の整形外科クリニックに行ったんですね。最初は、とりあえず湿布でも貼っといてって感じで処方されたんですけど、まあ当然効かないです。でもレントゲンを撮っても異常がないので、「じゃあ近くの市民病院でMRIを撮りましょう。」って言われて。内心、そんなMRIなんておおごとになっちゃって、そんな大したことないはずなのにな、って思ってました。そしてMRIを撮ったら、「これは只事じゃないから、大学病院に行ってください。」って言われまして、車で50分かかる大学病院まで行ったんですね。MRIの予約取るのに時間が掛かったので、その時点でもう年が明けてしまっていました。

岸田 うん。そうなのね。

中陳 診察を受けて、最初は「これは骨腫瘍だね。」と、言われました。

岸田 骨腫瘍?

中陳 骨腫瘍って、「大体良性だよ。」って言われたんですね。だから、「別にほっといてもいいんだけど、痛いのなら手術で取りましょう。」って言われまして、センター試験と、私立大学受験の間に手術をすることになりました。びっくりしたんですけど、良性だって言われてるし、まあ大丈夫だろうと思って、友達にも、がんとか思わず、冗談で「いやなんか腫瘍ができてて、なんかもうー。」みたいなことを言ったりしてて、夢にも思わなかったんです。悪性だとは……。センター試験終わってすぐ手術して、1週間で退院して、その後、抜糸に行ったんですね。抜鈎(ばっこう)って正確には言うんですけど。そしたら、お母さんが説明受ける間、私だけレントゲン撮ってくるよう言われて。おっ?なんでだろう?って思った。その後お母さんと合流して、なぜか、麻酔科に行かされて、そいでなんか長く入院することになるので、点滴のためCVポート入れますみたいな説明をされて、私寝耳に水なんですけど、「はっ?はっ?」ってなって、その時お母さんがもう、横に座ってんですけど涙目で。私がレントゲン受けてる間に、主治医に、実は悪性でしたっていう説明を受けてたみたいで。私には、その場で悪性腫瘍ですとは言われなかったんですけど、「もうちょっと長く入院しなきゃいけない」と言われ、「はー…、はー…」って感じで。でも取りあえず大学受験は、私立だけ一通り受けて、じゃあ入院の準備しましょうかってなっていきました。

岸田 ってことは、最初は骨肉腫じゃなくて、骨腫瘍って言われて?

中陳 良性の骨腫瘍だと思われたんですね。手術したときのその場での病理検査では悪性だとわかんなかったみたいで。術後、詳しく調べたら悪性でした、ということで。

岸田 腰、腰っすよね?

中陳 そう。股関節。骨盤にはまってる脚の骨、あの丸くなってるところにできてたみたいで。でも取っちゃったんですよ。良性だと思われたんで。ほんとは悪性なら悪性で、それなりの攻め方があるから、手術しちゃいけなかったらしいんですけど。

岸田 そっか、それってもう取らないとわかんないっすよねー。

中陳 そうですね。骨だから手術しないと、検査もできないし。

岸田 うーん。そっか、じゃあ逆に取ってしまってから、中陳さん(以下、香織ちゃん)のがん生活がスタートしたっていう感じなんですね。

中陳 そうそう。

岸田 うん、そっか。じゃあ悪性ですっていうのは、その時にお母さんが、先に言われて、香織ちゃんは、その後に。

中陳 私はとりあえず私立大学を受けた後、あと1週間ぐらいで入院だってころになって、父親に言われたんですね、家で。

岸田 まじっすか?

中陳 まじです。

岸田 家で、どんな感じで?

中陳 お母さんと出かけて、帰ってきてからコタツに入って、はーってしてたら、お父さんが、「じゃあちょっと病気の話するから。」みたいな。でも内心、まあわかってましたけどね。携帯も持ってるんで、検索して。骨腫瘍って言われて、良性じゃなかったって言われてたんで、骨腫瘍で良性じゃなかったなら、なんなんだろうって調べたら、まあ骨肉腫ですよね。それが一番可能性高いよねって感じで。

岸田 その時、じゃあお父さんから聞いて、香織ちゃんどう受け止めたん?

中陳 骨肉腫だって言われなかったんですけど、悪性だって言われて、まっ、ちょっと落ち込む。ちょっと涙も出そうになるけど……。

岸田 出ない。

中陳 出さない。

岸田 出さない。強いなー。

中陳 泣くときは1人で泣こうって。

岸田 あのー、お父さんお母さんとかは、そっから結構フォローしてくれた感じ?

中陳 そうですね。結局入院したんですけど。

岸田 うん。

中陳 お母さんも働いてたけど、介護休暇を取って。まさか子供のために、介護休暇を取ることになるとは思わないだろうっていう。で、車で40分ぐらい、高速でかかるんだけど毎日来てくれて。

岸田 まじで?

中陳 ほんとに1日も欠かさず、入院中3か月。

岸田 お弁当持って来てくれたりとか?

中陳 病院食が嫌いだったんで、副作用中とか、そうめんしか食べれなかったときとか。

岸田 そうですねー。

中陳 感謝しております。

岸田 あ、じゃあもうそっから骨肉腫っていうことがわかって、当時はステージとかってどうだったんですか?

中陳 その時は、なんかステージとか言われなかったんですけど……。ほんの数か月前、病院で診察に行ったときに、そういえば先生、私のステージなんだったんですか?って聞いてみたんですが。

岸田 え?最近?

中陳 最近(笑)。最初全然知らなくて、親は言われてたかわかんないけど。とりあえず自分で聞いてみたところ。

岸田 おうおう。

中陳 結局、腫瘍取っちゃってたんで、最初の手術で。

岸田 うん。

中陳 それで拡散したとかなんとか言われて、でも目に見えて転移はないし、リンパ節にも転移してないから、ステージIか、IIかなっていう感じでした。

岸田 ステージIか、IIかなって?

中陳 そう、Iか……(笑)。あいまいな感じでしたね。

 

治療

岸田 じゃあそっから、入院をしますってなって?

中陳 入院します。「大学病院でしか、県内では治療ができません。」と、言われたんで、家から遠く離れた、

岸田 大学病院に?

中陳 そう。県内に1個しかない大学病院に行って、それが高3の2月くらいから、11月くらいまで。

岸田 高3の2月から11月。ふーん、うんうん。

中陳 そう、8か月、9か月。

岸田 え?そんぐらい入院するもんなん?長くない?

中陳 いやでもね、私は週末だけ外泊で、家に帰ったり、お盆の時期に、2、3週間ぐらい帰ったりして、そんなに実際に9か月間ずっと入院してたってわけでもない。そのほうが精神的にもよかったかな?

岸田 どんな治療をやったん?

中陳 はい。まず、抗がん剤治療で腫瘍を小さくしてから、それから、5月くらいに、もう一回手術をして、より広範囲の骨を取って、そこからまた抗がん剤治療に戻って、何クールかやって終了って感じでした。

岸田 あ、そんな感じなんや?

中陳 うん。なんか手術の前に、抗がん剤で腫瘍小さくするっていうのが、割といろんな場面でやられてるかなって。でも実際全部取ったってわけじゃないのかもしれない。そこんとこ、よくわからないんですけど……。

岸田 うーん。

中陳 でも、とりあえず抗がん剤で腫瘍は小さくなってるみたいな話を手術前に聞いて、よく効いてますよってことでした。

 

写真(くまの写真)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つらかったこと

岸田 で、じゃあその抗がん剤やって、手術して、また3か月ぐらい毎日抗がん剤やってというときで、つらかったときって、どこでした?

中陳 つらかったのは、うーん、シスプラチンっていう抗がん剤を、

岸田 出た!シスプラチン。

中陳 出た。出たシスプラ!(笑)。つらかったねー、ほんと。

岸田 シスプラチンねー。ほんとに、

中陳 透明なくせしてなんか。

岸田 ウハハハ(笑)。

中陳 凶悪だったからね。

岸田 シスプラチンねー。

中陳 そう、他にもいろいろ毒々しい赤とか、黄色の薬も使ったけど、シスプラチンが一番恐ろしくて、それを最初のクールで使ったとき、一番副作用つらくって。

岸田 つらかった?最初のクールが一番つらかったんやね?

中陳 そう。なんか初めて使ったとき、ほんともう七転八倒みたいな、ほんとに転び返りまくって、つらくって……。

岸田 え?当時って、今だと抗がん剤をしたときに、制吐剤?吐き気止めを飲んだら、だいぶ吐き気マシになるじゃないですか?

中陳 たぶん私も新薬のイメンド?っていう。

岸田 そう。イメンドね。

中陳 イメンドを使ってたの。それで、だいぶ吐き気は治まって、でもイメンドが保険の関係で使えなくなると、朝、目が覚めた瞬間、はぁー疲れたって思ったり、なんかほんとつらくって。でもその次のクールからは、主治医の先生が勉強してて。量自体は変わらないんですけど、投与する時間とか早さとかを変えてくれたら、すっごい楽になって。

岸田 あ、まじ?そんな違うんや?

中陳 そう、ほんとに、びっくりして。

岸田 いろいろ早さとかだけでも?

中陳 順番とか、時間とか、すごいもうびっくりして、先生ってやっぱすごいなっと思いました。

岸田 先生は偉大ですよねー。

中陳 ねー。

岸田 ほんとに、めっちゃ大変やったけど。

中陳 うん、大変。

岸田 解決の方法としては、先生が頑張ってくれた?

中陳 そうそう、でも、肉体的につらいのがその時期で、でもやっぱり入院長くなってくると精神的に……。

岸田 つらいよねー。

中陳 やっぱつらかったから、なんかもう、わ、わーー!って暴れだしたり。

岸田 わーー!って?(笑)。

中陳 そう(笑)。暴れてないけど。

岸田 暴れてない?

中陳 心で……。

岸田 あっ……(察し)。

中陳 ちょっともう暴れだしたいぐらいイライラしちゃうんですね。うん。大部屋は6人部屋のところが多くって、それでちょっとストレスみたいな。

岸田 そっか、じゃあそのストレスは、どうやって解消したんすか?

中陳 解消は、まあ親が来てくれたのもそうですけど。あとは、みんな高校3年生で卒業して、大学に行ったりとか、いろんな新しい世界に踏み込む時期なんですけど、私だけ取り残された感じがしてたんで、ほんとmixiが頼りみたいな。

岸田 うーん。

中陳 mixiでみんなつながってるっていうのはあったし、あとすごいたまに、長電話したりとか。

岸田 ですよねー。じゃあ、結構、mixiとか、友達とのSNS的なやつが唯一じゃないけどストレス発散みたいな。

中陳 そうそう。その、整形外科に入院してて、ほんと周りが同年代の子ほとんどいなかったんで、それが頼りって感じでしたねー。

岸田 あ、そっかー。周りはおじいちゃん、おばあちゃん様が?

中陳 そう、おじいちゃん、おばあちゃん様が(笑)。うん、そういうおばあちゃんとかが、「あら?あなたはなんの手術なの?」って聞いてくるのも、ちょっとつらかったかな?っと。なんか整形外科って、入院して、手術して、リハビリして退院って流れなんです。それでおばあちゃんが聞いてくるんですけど、ちょっと言いづらいみたいな。

岸田 確かにねー。言いづらい。だってそうよ、整形外科で、がんなんですって言ったら結構みんな引かれる。

中陳 「あら、まだ若いのに。」みたいな。

岸田 ハハハ(笑)。

中陳 若いのにって言われるの。まあ若いですけどって。

岸田 しゃあないっすよね。

 

写真

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校

岸田 そうね、当時、1年弱ぐらいは、闘病になるから学校とかってどうなったんすか?

中陳 ちょうど、高3の2月に、入院して、三学期とか授業がないから、特にそこは問題なく卒業はできたんですけど。まあ、国公立(大学)受けらんなかったんで、受けても受かったかどうか怪しいけど、とりあえず受かった私大に入学手続きだけして、すぐに休学手続きをして。

岸田 え?高校は、卒業できたってこと?

中陳 うん、だってほんとに高3の一番最後らへんで発症したんで。

岸田 あ、そっか2月やもんね。

中陳 そう。自由登校になってるんで。でも卒業式は出れなかったけど卒業はして。すぐ大学入って1年休学したから大学生やりながら一応入院したということになるけど、はい。1回しか大学行ったことない状態で。

岸田 ああ、あれやね、友達的にも、1年休学したから、またみんなと一緒に?

中陳 うん、まあ気持ち的には浪人っていう感じ。

岸田 そっかそっか。じゃあそうね、勉強的にも、学校的にも、めちゃくちゃ不自由なことはなかったっていう感じか?

中陳 ほんとちょうどいい時期だと思う、高3っていうのは。

 

反省

岸田 がんになったからこそ、あん時こうしておけばよかったなーっていうのは?

中陳 よかったなーっていうのは、そうやなー、うん、やっぱりすごい私恵まれた環境で入院はしていたんですけど、やっぱりやってほしいことは、口で言わないと伝わらないよねっと思いました。

岸田 おお、なんでなんで?

中陳 えーっと、看護師さんってすっごい忙しそうだから、遠慮しちゃって、まあいいいかって思って。我慢するけど、結局それがイライラにつながって、心の不安定につながったり……。

岸田 確かにね、看護師さん忙しそうに、ね、まあ実際忙しいんやろうけど。

中陳 うん、そう。

岸田 忙しそうに見えるもんね。だから、心優しい僕たちは、なんか、ちょっとナースコール押すの、今回やめといたろっかなみたいなね。

中陳 アハハ(笑)。その脚だから、1人でトイレに行けない期間というのが、いっぱいあって。もうちょっと我慢しようかなみたいな。うん、そしたら逆に看護師さんに、「香織ちゃんトイレ行かないなーと思ってたよ。」って、「夕方から思ってたよ。」って言われたり。あとなんか、病室の改築で病室が足りないときがあって、じゃあ私抗がん剤やるから、重傷者部屋みたいなところに運ばれたんですが、4人部屋だったんですけど重傷者部屋。そこがすっごい雰囲気が重くて。

岸田 重傷やもんね。

中陳 なんかさー、シーン……みたいな。

中陳 ほいで、もう、うるさすぎるのも嫌だけど、シーンも嫌だし、なんか正面のおばあちゃん、すごい痛々しいし、すごい、「ダー、アー。」って。私は嫌になって、2日ぐらいで、6人部屋に戻してくれませんかって言って、戻してもらった。その時はちゃんともう。

岸田 言った?

中陳 言って、やっぱり、こうしたいなっていうことは、ちゃんと言ったほうがいい。

岸田 言ったほうが、

中陳 自分の気持ちは言ったほうがいいと思います。

岸田 そうですよねー。結構ね。みんないい人やからちょっとね、我慢しちゃうんですよね。もっともっと口に出して言ったほうがいいと。

中陳 ちょっぴりわがまま言っても、いいんじゃないかなっと思います。

 

おすすめ情報

中陳 じゃあ必須アイテム、ウィッグなんですけど……。

岸田 ウィッグ!

中陳 女の子なんで「じゃあウィッグを買ってやろう。」ってお父さんが言ってくれました。そこで、看護師さんが病棟にあったパンフレット持って来てくれたんですね。ただ何もわからず、ネットでも調べるっていうこともしなかったので、じゃあ「このパンフレットのとこにお願いしましょうか。」ということになりました。そして、全人工毛のウィッグを買っちゃったんですね。かなり結構お値段するんですけど……。

岸田 だってウィッグとか普通、医療用だと数十万くらいいくんじゃない?

中陳 いく!!

岸田 しかも全人工毛やと高いん?

中陳 そう、高い。

岸田 あ、ちなみに人工って??

中陳 人の毛。

岸田 人の毛なのか。人工っとか、人が作るほうかと思った(笑)。

中陳 違います(笑)。人の毛ですごい自然な感じがいいものだったんだけど……。人の毛だから、洗ったあとブローとかしなきゃいけなくて……。自分でウィッグをトレイに載せて、まるで美容師さんになったかのように手入れをしなければいけなかったんです。だから、それが結構辛くてお母さんにやってもらっていました。その作業はかなり負担だろうなって思ったし、自分でやってもかなり結構大変でした。私は、めんどくさがりだったので、それだったら安くいろいろネットで探せば、きっとあると思うんですよ。ファッションウィッグとかで。それだと形も保っていられるみたいだし、そっちのほうがいいんじゃないかなと……。入院していたら、手入れとかも大変だしと思いますし。

岸田 最近ニット帽にちょっとここだけ毛が出ている帽子もあるよね?

中陳 あー!あるある!

岸田 あれ、おしゃれよね。

中陳 そう!あれ、ほしかった!私あれでよかった(笑)。

岸田 その当時はそんな帽子なかったもんね。ここ最近じゃない?

中陳 私が退院するぐらいのときにその帽子を見て、これでよかったじゃんって思って……。

 

 

今、闘病中のあなたへ

岸田 今、闘病している人に対して、ちょっとメッセージをいただけますか?

中陳 きっと、なんとかなる!!

すっごいシンプルな、言葉なんですけれども、闘病してる人っていうのは、ほんとすごく頑張ってる思うんですけれど、いろんな人に頑張ってって言われますよね。なんですけど、今、現状に耐えることができればいいじゃないかと、入院中に思って。頑張ってるから、なんとかなるって思っとけば、心はちょっと楽になるんじゃないかなっと思って。ま、座右の銘!?

岸田 座右の銘!

中陳 みたいな、なんとかなる人生を送っております。

岸田 中陳香織の座右の銘は、きっとなんとかなる!!

中陳 はい(笑)。

岸田 ですねー。まっ、確かにね、そう思わないと、やってられへんすもんね。

中陳 もう、なんとかなるって思わないと、そんな抗がん剤なんてやってられないし。

岸田 これからもきっとなんとかなると。

中陳 なんとかなると思っておきましょうよ!

 

 

 

今、闘病中のあなたへ

もう十分頑張っているはず。だからきっと、なんとかなる!!

 

 

 

 

 

※本ページは、あくまで経験者の情報を扱っております。そのため、あくまでその方のケースはそうだったということを念頭においてください。そのため、医療情報に関しては主治医や、行きつけの病院、またはしっかり科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。

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