大学4年生で告知をされ、現在も分子標的薬(※1)で治療中。彼女の心から出た言葉は「もっと早く周りに言えばよかった」でした。

【略称】インタビュアー:岸田 / ゲスト:はるか

更新日:2018.08.24

告知

岸田 今回のゲストは、はるかさんです。自己紹介をお願いします。

はるか はるかと言います。がん種は慢性骨髄性白血病で、ステージとしては慢性期になります。発病したのが22歳の大学4年生の5月で、現在7年目になります。

岸田 で、今は社会人ということでいいですか。

はるか はい、そうです。

岸田 どうして慢性骨髄性白血病とわかったんですか?

はるか 大学3年生の後半くらいから、 おなかまわりが徐々に太くなってきたんですね。最近太ってきたなと思って、ダイエットを始めたりして。でもそれは結局、白血球が多くなったことで脾臓が大きくなってしまって、おなかが出てしまっていたんですけど……。あと、あざができやすかったりとか。でも年をとったせいなのかなと全然気にしてなかったんです。そして、大学4年生になったくらいから、貧血が続くようになって。あと胃が痛いとか、なんとなく不調だなって感じていたんです。でも、疲れているせいかなと思って、病気だとは思わなかったんです。で、ある日、いつもどおり大学に行こうと思って部屋の時計をぱって見たときに、すごい眩暈に襲われて。すぐソファーに座って休んだんですけど、眩暈が全然おさまらなくて。そのとき初めて、これはおかしいなって思って病院に行ったんです。

岸田 病院は、最初はクリニックみたいなところに行ったんですか?

はるか そう、おなかが出てたり胃の調子が良くなかったから、胃腸系の病気なのかな、と思って胃腸科クリニックに行きました。そこで、「念のため血液検査もしましょう」って言われて検査をしたら、白血球の値が異常に高く出て。その先生に、「あなたはたぶん白血病だと思うので、紹介状を渡すから今から行ってきてください」と言われました。

岸田 じゃあ、そのクリニックで告知されたみたいなもんなんですね。

はるか うん、そうですね。

岸田 どう受け止めましたか?

はるか 言われたときは、他人事のような感じがして。なんか大変な話をしてるな、みたいな。妙に客観的で。その先生がすごくいい先生で、病気のことを調べてくれてて「あなたの病気はこういう病気で、病院に行ったらたぶんこういうことを説明されると思うよ」って説明してくれたんです。それを聞いてるうちに、徐徐に大きい病気になっちゃったんだなって実感してきて。そしたらもう、涙が出て止まらなくなっちゃって……。その病院から紹介された病院に着くまで、終始泣きっぱなしでしたね。

岸田 そっか……。その紹介された病院に行って、すぐまた診察でした?

はるか そう。すぐ、マルクっていう、骨に穴をあけて骨髄液を取る検査をしました。

岸田 骨に穴をあけたんですか? 背中から?

はるか そのときは胸から取りました。腰からでも取れるんですけど。

岸田 で、骨髄液を取られたあと、その日に結果は出たんですか?

はるか いや、結果はたしか3日後とかでした。

岸田 結果が出るときに、また病院行っ て?

はるか いや、もうその日から入院になって……。

岸田 検査したその日から入院?

はるか 病気が進行してなかったら、入院は必要なかったんですけど、私の場合、だいぶ進行したあとにわかったので。脾臓もすごい腫れてて。それがぶつかったりして破裂すると、それはそれで大変だっていう……。

岸田 それで、もうその日から入院だったんですね 。

治療

岸田 治療はどのようなことをしたんですか? 抗がん剤といっても、点滴とかの抗がん剤と、飲む抗がん剤ってあるじゃないですか。どっちですか?

はるか 飲む抗がん剤です。私の場合、 錠剤の抗がん剤を服用するだけだったんです。病名がはっきりしない最初のうちは、白血球の増加を抑える薬を服用してました。で、マルクの検査結果が出て病名がはっきりしたところで、「じゃあ、 白血病の治療をスタートしましょう」みたいな。

岸田 錠剤を1日1回飲むだけだったら、入院中暇じゃないですか? そんなことない?

はるか うーん、けっこう精神的にやられてたから暇とか思わなくて、むしろ ……。

岸田 「死」のことを考えたりとか?

はるか そうそう。常に泣いて、大学戻れないのかな……とか。

岸田 そうなんですね……。どれくらい入院してたんですか?

はるか 入院期間は短くて、1か月くらいですね。

岸田 治療して、1か月したら、腫瘍マーカーの値が下がってきたってことですか?

はるか そう。白血球の値が安定してきたから、もう退院して、通院でいいですよ、みたいな。

岸田 そこから通院はどれくらいの頻度になったんですか?

はるか 通院は、最初はたしか2週間に1回とか。それから1か月に1回になっていって、今は3か月に1回。

岸田 そうなんですか。3か月に1回通わないといけないんですね。

はるか うん、そうですね。たしかに。

岸田 大変ですよね。しかも平日しかやってないし、会社休んでですよね?

はるか 有給休暇を使って行ってますね。

学校

岸田 次に、学校のこと。当時、大学を1か月休んだんですよね?

はるか うーん、でも、研究室だったんで、困ることはなかったんですよね。大学の先生もすごい支えてくれて。入院中に、3回くらいお見舞いに来てくれました。

岸田 えっ、いい先生!

はるか 病気になったときに、本当に周りに支えられたんですよね。最初に行った胃腸科のクリニックの先生も、1回、 お見舞いに来てくれて。あ、でも、なんか用事があったからみたいなんですけど (笑)。

岸田 まあまあ、それでも寄ってくれたわけでしょ。

はるか そうなんですよね。

岸田 いやあ、それすごいですね。ほんと、いろんな方がお見舞い来てくれて。

はるか 本当に感謝してます。

岸田 大学は、研究室だったから別に1か月行かなくても、また普通に復帰できたということですか?

はるか はい。

岸田 じゃあそこは、めちゃくちゃ苦労ってことはなかったんですね。

はるか はい、全然なかったですね。

つらかったこと・克服

岸田 今も闘病中ですけど、精神的や肉体的につらかったことを、どう克服したのかをうかがいたいんですけれども。

はるか はい。まず体力的につらかったのは、抗がん剤の錠剤を飲んだあと、副作用でときどきすごく気持ち悪くなっちゃうんですよね。

岸田 えっ、じゃあ、けっこう毎日気持ち悪くなる?

はるか いや、ごはんをおなかいっぱい食べてから飲むと、気持ち悪くなくなるんですよ。

岸田 なんかそれは女性にとっては敵のような(笑)。

はるか (笑)。だから闘病初期は、めっちゃ食べてたんですよ。そのときは今よりだいぶ太っていました。でも、最近は薬とのつきあい方がだいぶわかってきたから、気持ち悪くなることはめったにないんですけどね。

岸田 そうなんですね。

はるか だから肉体的には、正直そんなに大変な思いをしてないんですよ。私の場合はそのくらいで。日常生活にも支障はないし。

岸田 じゃあ精神的には?

はるか 精神的につらかったことは、私の場合、ずーっと治療していくので……。

岸田 はい、ずっと飲みますからね。

はるか ずっと治療していかなくちゃいけないってことが、なんていうか、不安があったかな。この薬の耐性が、いつかつくんじゃないか……とか。

岸田 それはたしかに不安ですね。それじゃあ、今はどう思っているんですか、 耐性がついてしまうかもしれないということを。

はるか 今は問題ないし、いいんじゃないみたいな。

岸田 まあ、そんな深く考えすぎてもね。 未来のことを考えすぎず、今を楽しんで……ね。まあ、何かあったら、そのときはそのとき考えようっていう感じですかね?

はるか うん、そう!

岸田 今は慢性骨髄性白血病に対して、そのとき飲んでた以外のお薬がありますもんね。

はるか そうなんです。なので一応、効かなくなっても、あと2つぐらい薬はあるな、みたいなことを思っています。

反省

岸田 病気に関して、あのときこうしておけばよかったなっていう反省はありますか?

はるか 病気になったとき、病気のことを周りに打ち明けられずに1人で抱え込んでいた時期が長かったので、早めに周りに言えばよかったなっていうのが反省ですかね……。

岸田 言わなかったんですか?

はるか はい、卒業するまで隠してたんですよ。がんのことを言っちゃいけないんだって思ってたんです。言ったら、相手に迷惑になるかなとか、リアクションに困るだろうなとか、考えすぎちゃって ……。お医者さんにがんを告知されて、その1か月後にはもとの大学生活に戻れたんですけど。でも自分の状況がまった く受け入れられなくて。周りの人は前と変わらずに過ごしてるのに、私は大きな病気になって、この先どうなるかもよく わからなくて不安でいっぱいで……。でも周りの人は何も知らないから、「精神的に病んで入院してたんじゃないの?」みたいなことも言われたりして。それ自体にも傷ついたけど、だからって「違うよ」とも言えなくて。病気のことについても、数値は安定したとはいえ、治療は続いていくってことも受け入れられなかったし。大学生活をちゃんと送れるかな、就職は大丈夫かなとか、とにかくいろんなことが不安でいっぱいでつらくて。よく1人で大学のトイレで泣いたりしてました。泣いて泣いて、気持ちが落ち着い たら、よし! 研究(勉強)しよう! みたいな。

岸田 (笑)。泣いて泣いてね。それ夜中に泣かれたらマジ怖いですよ、周りからは、本当に(笑)。

はるか でたな! みたいな(笑)。

岸田 でたな!(笑)

はるか 私の場合、病気のことを周りに打ち明けたほうが気持ちが楽になったん で、気にせずもっと早くに言っちゃえばよかったなって思います。

岸田 そうなんですね。

はるか あと、「STAND UP!!」 (※2)にも、もっと早く参加すればよかったなって思います。

岸田 知らない方のために言うと「STAND UP!!」っていうのは若年性のがん患者会のことです。それで、そこに参加するまでには2〜3年かかったってこと?

はるか そう、2年くらいかな。まあ、自分の中で就職活動が終わってから行こうって決めてたんですけど。

岸田 なるほど。それもあって、もっと周りの人に言っとけばよかったってことですね。

はるか はい。今振り返ると、1人でふさぎ込んで落ち込んでた時間がもったいなかったなって思います。

岸田 ただ、そういう時間も必要だったかもしれませんしね。

はるか まあ、たしかに。必要だったのかもね。ただ、患者会って自分の中で勝 手に行きにくいイメージがあって……。 今の自分にはまだ必要ないかな、とか思ったりして。でもそういう会に参加して同じように病気を経験した人たちに会うっていうことで、得られるものがすごく大きいんですよね。同じように病気になったけど、前向きに生きている人たちの姿って、すごく励みになったし。「私も がんばろう!」って思えた。あと、悩んでることを話しやすいし、意見もすんなり聞けて。心から相談できる感じがします。

岸田 同じものを経験している同士だからこそ、気軽に心の壁を取っ払って、話せるということですかね。

はるか はい、そうですね。

 

 

 

後遺症

岸田 はるかさんは今、後遺症はあったりするんですか?

はるか 後遺症っていうのは、特にないというか、今も治療中なので、気になることは、副作用ですかね。

岸田 僕たちの年齢だと妊孕性(※3) が気になるところだと思うんですけど、どう思ってますか?

はるか 現状だと、もし子どもを産みたいってなったら、抗がん剤治療をやめるしかないみたいです。で、妊娠活動・出産が終わったら、また治療を再開する、っていう感じみたいです。

岸田 なんと、そういう感じなんですか。

はるか そうそう。でも治療をやめられ るかどうかも、個人差があって。私は今まだ治療はやめられない状態なんですけど。そもそも、治療をやめて出産したケースの情報も少ないので、もっともっと 自分から情報を取りにいかなくちゃって 思ってます。

医療従事者へ

岸田 医療従事者に対して、こうしてほしかった、とかありますか?

はるか うーん、入院してたときベッドが4つある病室だったんですけど、入院している人が私以外ちょっと年配だったんですよね。なので、若い人は自分しかいないのかな、みたいな孤独感があって。 でも退院間近のときに、若い人もいるっていうのを知りました。そこをうまく近い部屋にしてくれてたらなって。まあ、 無理かもしれないですが。

岸田 たとえば院内の患者サロンで定期的に同じぐらいの年齢の人たちの時間を作ってくれたりとかね。

はるか あー、たしかに。そういうのがあったら、けっこう精神的にもまた違っただろうなって思います。

岸田 そうですよね。そういう世代ごとで、集まれるような機会を作ってほしかったっていうところですかね。

はるか はい。あと、ソーシャルワーカーさんが、がん相談支援センター(※4) の存在を知らなくて。入院してるときに、この存在知りたかったなって思います。

岸田 みんな知らないことも多いですよね、本当に。同じ病院の中にあるにもかかわらず……

はるか そう、不思議ですよね。

岸田 そういうのをもっと活用したかったですか?

はるか はい。まあ、教えてほしかったなって思います。

岸田 それでは、医療従事者の方に感謝してることはありますか?

はるか 感謝したい人はたくさんいますね。まず最初に病気がわかったクリニックのお医者さんですね。いろいろ気にかけてくれて。がんだってわかったときに、 すぐ「あなた、これから毎日ブログ書きなさい」って言ってくれたんです。

岸田 ブログですか? すごいですね。 6年前の話ですよね?

はるか はい。「僕は、病気になった人には言っているんだ」って。そのときは 言われたから書くって感じだったんです けど、ブログにまとめることで気持ちが整理されるし、すごくよかったなって思います。

岸田 ああ、書くことによってね。

はるか そう。しかもブログを通して、同じように闘病してる人ともつながれて。「STAND UP!!」も他の人のブログで存在を知ったんです。

岸田 じゃあ、そういうことをやってて よかったなっていう感じですね。

はるか はい。その先生は他にも病気の掲示板の存在とか、そういう情報を私に教えてくれたんですよ。

岸田 めっちゃいい先生じゃないですか。

はるか はい、めっちゃいい先生で。病気について、詳しく書いてあるものをプリントアウトして、郵送で送ってくれたりとかもありました。

岸田 マジですか!?

はるか 本当めっちゃいい人ですよね。

岸田 めっちゃいい人。

はるか そうなんです。あと、その先生以外にも支えになってくれた看護師さんがいて。私が入院したばかりのときに寄り添ってくれた方なんですけど。私、病気がわかったとき、ショックすぎて1人でしょっちゅう泣いてたんですね。そのときに、「つらいよねって、話聞くよ」 って、ゆっくり聞いてくれた看護師さんがいて。その看護師さんの存在があったからこそ、ブログも始められたところがあります。

岸田 すべてを吐露して、気持ち整理して、書くみたいな。

はるか そうですそうです。

岸田 やっぱり聞いてくれる人がそばにいるってことは、それだけでも違いますもんね。

はるか はい、本当に全然違いますね。 ありがたかった。その人は本当にかなり気にかけてくれてたので。あともう1人、 別の若い看護師さんなんですけど。私が退院するってなったときに、わざわざ私のところに来てくれて。で、「周りには言ってないんだけど、じつは私も白血病だったの」って。

岸田 へえ〜‼

はるか そう。その人若いし、普通に働いてるし、「えっ、そうなの 」って驚いて。で、その看護師さんが、「同じ病気の患者団体とかもあるから、そういうところに行ってみるといいよ!」って教 えてくれて。今の私のつらい気持ちとかも、すごいわかるよって言ってくれて。

岸田 いい看護師さん〜。

はるか いい看護師さんですよね、本当。

岸田 そうですね。そういう、ちゃんと 患者が悩みとかを吐露できる看護師さんたちが、もっといっぱい増えてほしいなって思いますよね。

はるか そう思います!

キャンサーギフト

岸田 キャンサーギフトって知ってますか?

はるか がんになって得られたもののこと!

岸田 おー、模範解答!

はるか (笑)。

岸田 (笑)。そのキャンサーギフトは、 はるかさんにあったのでしょうか?

はるか うーん。やっぱり、がんになって、得られたのって、生きてることって すごいな、今があるのってすごいなってことだと思います。普通のことが普通じゃない、当たり前のことが当たり前じゃないんだ、こんな幸せなことなんだっていうのを、気づかせてくれた。

岸田 めっちゃきますね、グサッと。

はるか うん。そうなんですよ、家でごはん食べるとか、家で寝るのってこんなに幸せなことなんだって、退院したときにすごく感じて。それと、あとは、周りに支えてくれる人っているんだなって。 手を差し伸べてくれる人の存在で、「あ あ、1人で生きてるんじゃないんだな」 っていうのを、強く感じました。

岸田 当たり前のことに気付くっていうことですよね。

はるか はい、そうですよね。

岸田 じゃあ、そういうことを経て、今は日々大切に生きてるっていう、認識でよろしいでしょうか(笑)。

はるか そうですね(笑)。正直ね、普通に生活してると忘れちゃいがちなんですけど。

岸田 そうなんですよね。忘れがちになる……。ちなみにあと、他にもあったりします?

はるか あと、病気を通して、素敵な人に出会えたときに、がんになってよかったなって思います。

岸田 そうですね、素敵な人とかね、本当にみんな前向きでね。

はるか そう。

岸田 峠を乗り越えてる姿とかね。

はるか はい。乗り越えて、今度は他の人の役に立とうとしてる姿とかを見ると、すごい素敵な人たちだなと思います。

今、闘病中のあなたへ

はるか 「過去にとらわれず 未来におびえず 今を生きよ」。病気して入院するときに、生きていることってすごいことなんだなって、本当に心から思ったんですよ。病気によって失ったものとか、 未来のわからないことに引っ張られて、 不安になったり落ち込んでしまうことが あるんですけど、そこにとらわれずに、今あるもの、今できることに目を向けようっていうことを思い出させてくれる言葉です。最近、私の中でもすごい染みる言葉でもあります。

岸田 闘病中のはるかさんから言われる と、心にやっぱりきますね。ありがとうございます。

 

※本ページは、あくまで経験者の情報を扱っております。そのため、あくまでその方のケースはそうだったということを念頭においてください。そのため、医療情報に関しては主治医や、行きつけの病院、またはしっかり科学的根拠に基づいたWebページや情報サイトを参照してください。

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