医師や看護師ががんになったとき、何を思うのか、先生とのコミュニケーションは?
医療従事者としての仕事のことなど一歩踏み込んだテーマでインタビュー!

【略称】インタビュアー:岸田 / ゲスト:横田、栃内

更新日:2017年09月09日

【横田先生の闘病歴】

岸田 きょうは埼玉県立がんセンターさんとコラボということで、ゲストには副院長の横田先生と看護師の栃内さんに来ていただきまして、お話を聞いていきたいと思います。まず、お二人の自己紹介をお願いします。

横田 埼玉県立がんセンターの婦人科で副病院長しています。横田です。

栃内 栃内千尋です。埼玉県立がんセンターで看護師をしています。

岸田 よろしくお願いいたします。では早速闘病歴のほうに入っていきたいと思います。横田先生の闘病歴をお願いいたします。

横田 私は肺がんで、診断されたのは2013年の5月です。その2年前ぐらいに人間ドックで肺のCTをやって、「ちょっとおかしいので半年後にまた調べたほうがいいですよ」って言われたんだがサボったと。

岸田 サボったと。お医者さんお忙しいですよね。

横田 いや、性格だと思います。2013年5月にまたCTを撮ったらちょっと大きくなっていて、「こりゃあ、がんでしょう」と言われました。それで、5月の末にCTを撮って、6月には診断を受けて、7月に手術、ということになりました。

岸田 再検査に行かなかったっていうのは大丈夫なんじゃないかな、とかあったんですかね。

横田 そうですね。情けない話ですけど、私も診療していてよくそういう患者さんに会います。当時は、自分は違うだろうって思ったんでしょうね。

岸田 先生もそういうことを思うっていうことなので皆さん、自分がもしそうでも全然責めなくても大丈夫と。

横田 でもまねはしないでください。

岸田 肺がんだと分かったときにどういうシチュエーションでどういうふうに宣告されたんですか。

横田 同じ場所で CT撮ってその日の人間ドックから帰る前に、「2年前とやっぱ違うから、これはがんの可能性があるのでちゃんと診断してもらいなさい」と言われて家に帰りました。

岸田 自分で診ようと思ったら分からなかったんですか。

横田 肺転移のCTは婦人科でも時々見ますけど、肺がんかどうかのCTは自信ないので。

岸田 やっぱり専門がありますからね。それを言われた瞬間に、うわっとか思いましたか。

横田 そうですね。言われてそれでも僕は真剣に捉えてなかったけど、妻とその話をしたときに妻は真顔でした。それを見て、あって。やっぱりそういうことかっていうのを感じました。

岸田 そのあとは治療に入ると思います。そのときに治療をしてくれる先生に自分は医師っていうことを名乗りましたか。

横田 ちょっとは迷ったんですけれど、結局自分が働いてる埼玉がんセンターで手術を受けることにしたので当然、主治医の先生は私が何者かは知っているわけです。

岸田 やりづらいでしょうね。

横田 ちょっと迷いましたけど、でも自分の病院だと仕事の合間でいろいろ検査をしてもらうことができて、そのメリットのほうをとりました。

岸田 仕事しながら通院するといっても、通院場所イコール自分の職場ですもんね。そういったこともいろいろ加味しながら手術を受けたわけですね。手術をするときに、どういう形で説明をされましたか。

横田 僕が医者であることがばれていると、相手も遠慮みたいのがありますね。主治医の先生とか看護師さんとか。ですが一応、ちゃんと妻を呼んで一緒に主治医の説明を聞いてっていうことはしました。

岸田 そうなんですね。手術を受けてみてどうでした?

横田 手術は右肺の下葉切除っていうので。私の乏しい知識では右肺は三つに分かれていて、そのうちの一つ取るんだから、全体では5分の1か6分の1ぐらいなのかなと思ったんですが主治医の説明によると、「肺の機能の3割取る」って言われて。おお、3割かって恥ずかしながらちょっとびびりました。

岸田 手術のときは、先生でもびびるってことですよね。手術を受けてその後はどうでした。

横田 医師としてはおなかの手術ばかりするので手術後すぐは流動食とかおかゆとかになるんです。ですが肺がんの手術なので翌日の夕食にはハンバーグとか食べるんですね。

岸田 そうなんですね。

横田 こりゃあ大丈夫だなっていう感じはしました。あとは入院中のことだとドレーンといって、肺を陰圧に保って排液もする管が入ってるわけですけれど、これが早く抜けないかなと思ってました。今日抜けるかと思うんですけれど、先生は「明日もう一回診てからにしましょうか」って言われて。それが結構、自分では待ち遠しかったです。それも一つの患者さんの気持ちが分かったっていう感じですね。

岸田 横田先生の、本当にざっくりした闘病歴でした。後程、じっくりまた聞きたいと思います。

 

【栃内さんの闘病歴】

岸田 それでは千尋ちゃんの闘病歴についてお願いできますか。

栃内 私は2006年の10月ですね。右の腕に滑膜肉腫っていう肉腫ができて抗がん剤を始めました。2カ月後の12月に手術をして次の年の1月から8月まで手術後の抗がん剤治療を3クールやっていました。なので全部で抗がん剤は4クールやってますね。もともと看護師を目指していて、抗がん剤が終わって1カ月後に、短大の看護学科に復学して1年半後に無事に国家試験にも受かり、がんセンターに就職して病棟看護師になっています。

岸田 そしてその後は……

栃内 去年の5月、息が苦しくなって検査をしたら肺に転移しているかもしれないっていうことが分かりました。一応、半年から1年に1回くらいはCTを撮っていたんですが、それでは分からずここでCTを撮ってみたら「ちょっと転移っぽいね」っていうことになりました。それで手術をして、私は右肺の上葉を取っています。手術が終わってやっぱり転移だったっていうことが分かって、また抗がん剤治療を6クールやっています。副作用で妊娠する機能が落ちてしまうと嫌だったので、他の病院でホルモン剤を打って生理を一時的に止めてっていうことをしていました。職場には抗がん剤を終えて1カ月後に復帰をして日勤だけさせてもらっていました。期間としては半年ぐらい治療してました。それで、今年の4月からまた夜勤を再開しているような感じです。

岸田 それでは千尋ちゃんの闘病中について振り返ってきたいと思うんですけれども、まず最初の19歳でがんと診断されたとき、どんな心境でした?

栃内 死んじゃうんかなあっていう感じでしたね。

岸田 治療を受けていた当時つらかったことなどありますか。

栃内 当時は学校に行けなくなってしまって。19歳、20歳の友達がみんなすごい楽しく遊んでるのに勉強したり遊んだりとかできないのがつらいなっていうのはありましたね。

岸田 そうですよね。患者としては結構、みんな遊んでるのになあ、みたいな気持ちってありますよね。

栃内 みんなキラキラしてるなみたいな。

岸田 それを乗り越え、短大復学してそこから就職。就職先は埼玉県立がんセンターさんがいいと思ってたんですか。

栃内 もともと治療したのが埼玉県立がんセンターだったんです。入院してみて本当に看護師さんがみんな優しくて、これはいい病院だ、ここで働きたいと思って。

岸田 次に、再発のことを語っていただきたいんですけれども。肺転移の疑いが発覚したあとの心境はどうでした?

栃内 いまさらかあっていう感じですね。一応、「10年くらいは見ておいたほうがいい」っていうのを初発のときに先生には言われていて、この5月の段階で9年7、8カ月くらいだったので、もう大丈夫だろうと思っていたところだったんですね。

岸田 それですぐ手術することになったわけですがこれもスムーズにいけました?

栃内 スムーズにいきましたね。

岸田 その後の抗がん剤治療も自分の病院でしたんですか?

栃内 自分の病院でしました。最初の抗がん剤は入院してやって、あとは外来で通院して抗がん剤をやっていたので仕事をしつつ、お休みもらって抗がん剤うってまた仕事してっていうのを繰り返してました。

岸田 ホルモン投与はなんで他院だったんですか。

栃内 他院の専門の先生のところで。

岸田 妊孕性についてとかそういったことに関しては専門的なところでしているわけですね。

 

【医師・看護師 がんになってわかったこと】

岸田 では、メインテーマでもある、医師、看護師ががんになって分かったこと。横田先生ががんになってみて一番、これ分かったなとか思ったことってありましたか。

横田 いろいろあるんですけど、一つ思い付くのは、例えば経過観察のCTとか撮ったときにそのレポートには明らかな転移はない、とかって書いてあるんですね。全然ないとは言ってくれないわけねっていうのは思いました。実は僕も診療で患者さんからよくそういうことは言われてはいたんだけれど。

岸田 患者さんから。絶対って言えないんですか、みたいな。

横田 「言えないんですか」って言うから、「まあ絶対っていうのはねえ」とかって自分は答えていたんだけれど、自分のレポートに書いてあると、うーんっていうのは感じました。

岸田 医師の方々が今後のことがちょっとわからなかったときって「ちょっと様子を見ましょう」ってよく言われるなと思うんですけれども、そのときの医師の心境と患者さんの心境ってどうですかね。

横田 僕の場合は患者として「様子を見ましょう」っていうのは言われたことはないんですけど、確かに医者としてはそういう言い方をすることはありますね。本当にその所見ががんのせいか分からないっていう場合にもいいますし、がんの所見っぽいんだけれど、どのぐらいのスピードで悪くなってくかによって今後の治療方針が違うから「様子を見ましょう」って言うときの両方あるかなと思います。

岸田 千尋ちゃんは明らかな転移はないっていうようなものは受けたことはある?

栃内 あります。「明らかにはないから、まあ大丈夫かな」みたいな、そんな感じ。

岸田 そのときに、自分としてはこう言ってほしいのにとかあります?

栃内 すごく安心する言葉を掛けてもらいたいんですけれど、でも先生の話を聞いてるとそんな気軽に言えないよなっていうところですよね。

岸田 そうですよね。明らかに所見がないというところで、横田先生がそれを言われたのは手術終わってから?

横田 そうですね。経過を見ているときのCTですね。

岸田 手術をした主治医の先生っていうのはどうやって選ばれたんですか。

横田 僕の場合はがんセンターの胸部外科、肺がんの外科の中で一番上の先生ですかね。

岸田 医科長とかそういうことですかね。

横田 実際には一番上の先生が病気で休まれていたので2番目の先生なんですけれど。一番中心的にいろいろやってらっしゃる先生にお願いしたと。

岸田 千尋ちゃんの場合は?

栃内 私の場合は、もともと整形外科の先生が胸部外科の先生に連絡を取ってくれたので。

岸田 先生の紹介だったっていうことですね。千尋ちゃんは看護師をしているわけですけれども、再発したときにがんになって分かったこととか、これやっとけば良かったなとか思うことはありましたか。

栃内 いろいろ思うことはありました。看護師目線で看護師の動きとかすごい気になって見ていたりしました。採血とかそういうのもすごい見ちゃったりとかっていうのが。あとは看護師とかもちろん他の先生とか医療者の人とかもみんなそうなんですけれど、意外とすごい覚えているというか。

岸田 覚えている?

栃内 看護師とかがぽろっと言って自身は覚えてないことでも、患者になって医療者から言われた言葉って、すごい覚えている。

岸田 患者にとってはその人しかいないんですよね。

栃内 そんなに深い意味はなく掛けてくれた言葉も、すごい心に残っていて、働いているときは気を付けて働こうって思いました。

岸田 他になにか思ったことはありますか。

栃内 いろんな看護師さんが関わってくれて、みんな優しい言葉を掛けてくれて。そういうのが全部心に残る感じでしたね。

岸田 横田先生は掛けられた言葉で心に残った言葉はなにかありますか。

横田 具体的には困りますね。でも僕も入院してたときは毎日毎日ドクターも回診に来るし、看護師さんも見に来るわけだけど僕の場合はドレーンをいつ抜くかという話とか、皮下気腫っていう皮膚と脂肪の隙間にどうしても空気が入っちゃうんですね。それが大きくなってる間はドレーンが抜けないみたいな雰囲気で。毎日看護師さんや回診のドクターがチェックしてくれるんだけど、そのときはやっぱり必死に聞いてましたね。きょうはどうなのかな、昨日より良くなってるって言うかな、言うかなって。本当に聞き耳を立てるっていうんじゃないけれど一生懸命聞いてました。具体的な言葉じゃないけどそういうところを患者は必死に聞いてるなっていう。

岸田 外来とかのときにそこの一言一言っていうのも、今大切にされようと思いますか。

横田 そうですね。やっぱり注意しないといけないですね。

岸田 先生が一番医師として注意してることってなんですか。

横田 主に外来でのことですけど、話の時間はなるべく取る。幸い僕は今、婦人科の科長なので外来の患者さんの数は比較的少ないんですよ。なので、それを生かしてなるべく患者さんが話したそうなときはなるべく聞く。限度はありますけど、それでもなるべくそうしようと思ってます。実際、例えば、セカンドオピニオンでいらっしゃったときとか、それまでの自分の経過や受けている診療にちょっと不満っぽいものを持ってらっしゃる方が結構いるわけです。そういう方でも、とにかくおっしゃりたいことをずっと聞いてみてそれに対して、ずっと聞いて「いやそれは大変だけど、そういうものですね」とかっていう話をしてると多くの方は落ち着かれて帰っていくので、やっぱりそういうことは大事なのかなと思います。

岸田 ちゃんと聞いてくれたっていう患者さんの安心感はすごくあると思います。千尋ちゃんも看護師をしてたら患者さんからすごく話し掛けられることもあると思うんですけれど、そういうときに気を付けていることはありますか。

栃内 私も時間を取れるときはできる限り話を聞きたいとは思っています。でもなかなか仕事をしていて聞く時間を作ることがうまくできないなあっていうときは結構ありますね。

岸田 そうですよね。患者さんとしては看護師さんや医師の方も忙しそうだなっていうイメージがあって。千尋ちゃんが患者だったときの気持ちと看護師として実際どのくらい忙しいのかとかもお伺いしてみたいですね。

栃内 そうですね、でも時間帯にもよりますね。その場所にもよるんですけれど、外科だったら手術に行く患者さんが多い時間とか帰ってくる患者さんが多い時間とかは多分忙しいと思います。抗がん剤の病棟とかだったら午後なら結構時間が空いてるのかなっていうのは何となく思います。

岸田 ただ5時ぐらいの引き継ぎのときは今押さないでおこうかなって患者目線として思いました?

栃内 思いました。なので、今時間がありそうかなっていうところを見計らって押してましたね。

岸田 横田先生はどうですか?そういう忙しそうなときに押してましたか。

横田 そうですね。僕はあんまり意識せず押しちゃうときは押してたかもしれないですね。

岸田 看護師さんとしては別に押したいときに押してもらって全然問題ないんですよね。

栃内 全然問題ないです。けれど患者になると、あ、今じゃないかなっていう。

岸田 配膳とかしてもらってるときに、今押したらナースステーションに人少ないだろうなとか。

栃内 ちょっと思っちゃいますね。

【仕事のこと】

岸田 次のテーマに行きますね。仕事のことです。どういうふうに治療されて、どのように仕事復帰をしたか、医療従事者ならではの仕事復帰の仕方など聞いていきたと思います。横田先生、どうですか。

横田 そうですね、僕は手術からひと月半ぐらいで復帰したと思います。

岸田 復帰のために工夫したことって何かありますか。

横田 休んでいる間は特別意識して一生懸命リハビリをしたということはないです。

岸田 それから仕事復帰して……

横田 実際、仕事復帰してからは、そんなに制限するっていうことはなくて。特に手術なんかは僕が休んでる間ももちろん他の先生がいろいろ仕事はしていてくれてたんだけど。僕が出てきたのに合わせて「先生がいたほういいような、ややこしい手術は取っときましたから」って言われていきなり大変な手術がいくつか続いたりして。なんだよっていう感じもしました。

岸田 ちゃんと活躍の場を用意してくださったというわけですね。

横田 そうですね。手術後はせきが結構何カ月も続くんですよね。それは前から言われてたのでびっくりはしなかったですけど。働き始めてからもせき止めも飲むんだけど手術後のせきってあんまりせき止め効かないんで、コホコホせきをしながらそれでも普通っぽく仕事はしていて。だんだん体が慣れていったっていう状況です。

岸田 千尋ちゃんの職場復帰のことを教えていただけますか。

栃内 私は2か月弱ぐらい手術の前からお休みをもらっていました。手術が終わって1カ月くらいで抗がん剤をやり始めて、抗がん剤の1クール投与が終わったところで昼間だけ仕事復帰になっていました。

岸田 昼間だけ職場復帰とかそういったことも調整してくださったんですね。

栃内 そうですね、調整してもらって。

岸田 抗がん剤やりながらお仕事するって結構大変じゃなかったですか。

栃内 結構大変でしたね。

岸田 その分患者さんの気持ちが分かるというのか。今、大変ですよね、私も大変なんです、とは言え……

栃内 言えないけど、でも心の中ではそう思ってました。

岸田 そこから今、体力的に大丈夫になったから夜勤にすると。

栃内 そうですね。主治医の先生にもオッケーをもらって体力的にも落ち着いてきたので夜勤をまた再開していますね。

岸田 どうですか、体力的には大丈夫そうですか。

栃内 やっぱり治療を始める前に比べると体力は落ちたかなっていう感じは正直ありますね。年齢的なものかもしれないですけど。

岸田 それは否めないですね。

栃内 三十路なので。

【埼玉県立がんセンターのいいところ】

岸田 お二人の今働いているところ、埼玉県立がんセンターさんのいいところを紹介していただければとおもいます。

横田 一つは先ほど千尋さんも言ってましたけど、埼玉がんセンターはやっぱり看護師がいいですね。看護師ががんの患者さんとどう相対するかっていうことに慣れてるのもあるでしょうけど、一生懸命対応してくれています。私が今まで勤めた病院の中でもがんの患者さんに対しての看護は素晴らしいと思ってます。

岸田 そうですよね。埼玉県立がんセンターの皆さんは本当に笑顔いっぱいですし、結構明るいなって感じましたね。千尋ちゃんはどうですか。

栃内 私も同じようなことを考えていたんですけれど、職員が優しいと思います。治療していたときには先輩だったりとか、初発のときに関わってくれていた看護師さんがまた担当になってくれたりとかっていうのは何回もあって、天使だって思いました。

岸田 人材がいいんですね。そのために何か工夫してるんですか。

横田 優しいのに直接関係があるかどうか分からないんですけど、がんセンターの職員一同は、がんで本当に厳しい状況にある患者さんに対しても腰を引かないというか、ちゃんと一緒にやってきましょうっていう姿勢がありますね。そういう気持ちを医師、看護師はじめ、全てのスタッフが持ってるんじゃないかと思います。

岸田 ありがとうございます。すごく頑張って寄り添って患者さんと一緒にサポートしてるっていう姿勢が出ていますよね。

【今 闘病中のあなたへ】

岸田 最後にお2人には今闘病中のあなたへということで、がん患者さんに贈りたいメッセージを書いていただきました。横田先生お願いします。

横田 私は、昨日と同じようにきょうを生きて、きょうと同じように明日を生きましょうという、そういうことを書きました。よくいろんな所で、自分らしい生き方をっていうことをがんのときに言われると思うんだけど。僕はその自分らしいっていうのがあんまりピンとこなくて。一生懸命考えた結果、自分らしさって別に、どこかに自分らしさがあってそれを求めるとかっていうんじゃなくて、その人が今まで生きてること自体が、自分らしいことになるんだろうと思うんです。闘病中はいいこともあれば厳しいこともあるだろうけど、がんになってもがんが全てじゃないから、きのう生きてきたようにきょうを生きて、明日も生きるっていうことができればそれが一番いいんじゃないかなと思ってそういうふうに書きました。

岸田 そうですね。患者さんにとっては遠いところに理想を求めがちですけれど、そうじゃなくて昨日の自分、きょうの自分、そして明日の自分がそのまま続いていくっていうことですね。ありがとうございます。千尋さんお願いいたします。

栃内 私は生きていれば何でもできる、考え過ぎず毎日楽しく。

岸田 その心は。

栃内 私は抗がん剤治療始まってから恋人にプロポーズをされて、抗がん剤治療中に両家の顔合わせをしたりとか、入籍の準備をして、治療終わって入籍してすぐに結婚式もあげたような状況だったんですけれど。いろいろ考えもしたんですけれど、それよりも毎日楽しく今を大事に生きようかなっていうことで生きている感じですね。

岸田 今、さらっと、いいことをなんか言いましたけれども。生きていけばなんでもできるということで千尋さんからメッセージをいただきました。お二人ともきょうはどうもありがとうございました。

横田 ありがとうございました。

栃内 ありがとうございました。

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