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ユーイング肉腫経験者 坪内雄佑さん

インタビュー日:2014年9月15日

病気のこと

【がんの種類】ユーイング肉腫
【ステージ】不明
【闘病時期】小学生5年生の時
【現在】寛解

発覚

Q どうやってわかったのですか??
A  原因不明とはじめは言われていましたが、大きな病院でみてもらったあと、宣告されました。

当時、少年野球でセンターゴロのヒット性の当たりがアウトになり、それを見ていた、父兄から走り方を指摘されました。
また、自覚症状で腰に違和感があるが放置していました。
その後、自覚症状が痛みに変わり病院で診察することがきっかけです。
ただ、直ぐに病名は判明されず、原因不明といわれ、針治療などを行うが改善されることなく、最終的には、大きい病院で、がんであることを本人同席で宣告されました。

治療のこと

Q どのような治療をされましたか?
A 抗がん剤、放射線、大量化学療法を8か月間、入院で実施しました。

大量化学療法は、がん細胞を集中的に殺傷することを目的としていますが、骨髄も破壊するため辛い治療だったことを覚えています。

家族のこと

Q  家族との関係性はどうでしたか??
A 両親が交代でお見舞いに来てくれました。

両親と一緒にがん宣告を受けた時、両親の不安な表情から、ものすごく不安になりました。
ただ入院中は、両親が共働きだったので交代でお見舞いに来てくれていました。
また、病院食に飽きた時には色々な食事を病院外からテイクアウトしてもらいいました。
入院中は、たくさん甘えさせて貰いましたね。

学校・仕事のこと

Q 当時、学校はどうしていましたか?
A 入院中は院内学級に入りました。

抗がん剤治療時には、ベッドで横になり1対1で授業を受けました。
病院内の院内学級は、1人に1人の先生がついて頂けたので、
闘病中に復学後、授業についていけないことは無かったです。
院内学級では、当時、ゲームボーイのポケモンが流行しており、ポケモンで多くの友達を作ることができました。笑。
本当にポケモンに感謝です。笑。

お金・保険のこと

Q 治療費はどれ位かかりましたか?
A 当時は小児慢性特定疾患の制度があったため、無料で治療を受けることが出来ました。

保険加入は不明です。

辛かったこと&その克服法

Q がんになって辛かったことは何ですか?どう乗り越えましたか?
A がんの宣告は悲しいと思わなかったですが、脱毛することを考え涙しました。。。

肉体的な面では、左足の神経が傷ついたのか、痛みを感じなくなりました。
入院中、ベッドから立ち上がって歩こうとした際に、足に力が入らず立つことも、
歩くことも出来なかったことも精神的にも辛かったです。

Q カミングアウトはしましたか?
A高校卒業まで自分が癌に罹患したことを話すことが出来ませんでした。

患者会に入り、同病者と一緒に活動し、がんであることを語ることで色々な意味で、自分自身が引きずっていたことを吹っ切ることが出来きました。
もっと、早く吹っ切ることできれば良かったと少し後悔しています。
また、同病者と、「がんになっても希望があることを広めたい」の思想があい、
音楽を通じて広めていく活動を進めて行くこととなり、ユニットを組み活動を行うことになりました。

 

今、闘病中のあなたへ。

「諦め切れぬ夢があるなら、諦め切れぬと諦めろ‼」

ブルーハーツの曲の一節で、自分の夢の実現のために、普通の人生と違う道をすすめることもあります。

人と違う人生でも、夢があったら諦めないことが大切だと感じています。

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

あくまでも「ひとりのがん経験者の例」です。
詳細・病気については病院や専門医などにご相談ください。
「がんノート」は、がん患者のためにこれからも経験者の情報を発信して参ります。
もし共感されたり応援など、Facebookの「シェア」や「いいね!」その他SNS投稿などしていただければ嬉しいです。がんノートは、経験者の経験談がいま悩んでいる方の役に立つことを心から願っています。

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